ロイス ジャズ タンノイ

タンノイによるホイジンガ的ジャズの考察でございます。

ハーブ・エリス

2009年08月30日 | 巡礼者の記帳
むかし当方が、神奈川の瀬谷の駅前に停めた『シマノ』の自転車が、買って1週間で行方不明になった。
すばらしいシマノの部品で構築した絶品の自転車がどこかに無くなって、眼の前の交番のお巡りさんも苦笑しながら調書を作成した。
隣の自転車店のあるじが、「かといって、他のモノを借用してはえらいことになりますので、ご注意ください」と、日々の教訓を伝授してくれたあのころ、瀬谷には畑がまだあって、小さな子供が道端に足をふんばってVサインを突き出している。
なんじゃらほい、と思ったとき、追い越して通りすぎた米軍人の乗った車が、やはり子供も含めて家族全員で真剣にVサインをつくって子供に返したのを見た。
まだ瀬谷には、畑が当時のように残っているだろうか。
当方の家の自転車が、あまりに何度もパンクするので、子供に修理のしかたを教えておいた。テレビでパンクの修理を見ると、ベトナムでは、カエルのおなかの皮を使っているのがジャズである。
そういえば仙台から3人のお客が登場したが、社長と呼ばれた御仁がタンノイ・カンタベリーを鳴らしておられるそうで、「どうしてもJBLのほうが似合っているジャズもあるが、タンノイでこんなふうに鳴るとは、どうなっているの」と申されると、おかしいですねと首をかしげている人や、笑っている鈴木勲研究家がふと我に返って、ところで珈琲をお願いします、と言っている。
60年に『ハーブ・エリス』がヴァーブに吹き込んだサンキュー・チャーリー・クリスチャンなどを聴いていると夜の更けるのも忘れて、聴きほれてしまうちかごろだ。





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冬虫夏草

2009年08月26日 | 巡礼者の記帳
久しぶりに登場の元船長殿は、以前にも増して事業展開のタネを、手品師のように、さまざま数え上げるところがあいかわらず怪しい手品師のようである。が一粒の麦もし撒かずばという言葉もある。
それらの事業テーマに、傍らに座る同伴の溶接工場王の表情が、いまひとつ冴えないような気がするが、これまでも、欲は無く決していからず、見返りを期待していなかった人生なのでと申されながら、あいかわらずびっしり書き込まれた手帳をちょっと当方がのぞくと、いよいよ真剣な表情で視線を斜に飛ばしながら一行アンダーラインが引かれた。
山の上でアワビの養殖はひとまず置くとして、冬虫夏草の金魚鉢による栽培などは、成功すればマンション住まいでも爆発的に流行して、京都の花札会社と並ばないともかぎらない。
スタン・ゲッツのディア・オールド・ストックホルムを聴きながら、差し出された写真のうちの一枚に、ツクシのようなものが成長しているのをしばらくながめ、ジャズの気分を楽しんだ。






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ヴィーナス・レコード

2009年08月25日 | 巡礼者の記帳
秋田のJBLランサーのお客が、2万枚長者殿の運転するフェラーリに乗って登場した。
気鋭の『ヴィーナス・レコード』の180gLPが、はたしてタンノイからどう聴こえるのか?
というテーマにそって耳を傾けると、それはスリー・ブラインド・マイスの登場のような「アチャー....」という衝撃のサウンドではない、というのかクイーン・エリザベス号に乗って外洋航路にクルーズしている気分がこれじゃぁないの、と思わせるゆったりしたサウンドが聴こえている。
するとまた、アルテックで鳴らすとどうなのか?次々と確かめたい謎が湧いて、ジャケットを眺めて珈琲を喫するうちに、まあいいか...と思ってしまう、そういうLPであった。
ところで、以前乗っていた銀色のフェラーリから替えて、漆黒のフェラーリに跨った2万枚殿は、TVタレントのイタリア人ジローラモ氏にますます似てきたように見えるのだが。

波流奈礼波伊万志久珂七之
由米余伊母波夜久伊和太狭泥止利珂波志

秋田市の秋田城跡から発掘された一枚の木片の表裏に和歌の断片が記されていた。
発掘地点などから、延暦十年(791)前後に投棄されたものであるそうな。
家持が残した太政官符の署名の筆跡と似ているそうである。







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長野県の客

2009年08月23日 | 諸子百家
涼しさを我宿にしてねまる也

尾花沢スイカ売りの声も絶えて、贔屓のチームとともにジェットコースターに乗ったような消耗の熱闘甲子園の夏が終わった。
そういえば向野にあった高校にかよったころ、当方のクラスにも、背の高い鉄人28号的野球部の男が、あたりが暗くなるまで黙々とグランド整備やランニングをしていた姿を、畏敬の視線で憶えているが、他校に敗退を続けながら、彼はいとも静かに卒業していった。
当方の場合は、入学してすぐどうしてもやってみたい楽器があったからブラスバンドに入部すると、隣の棟の先輩がクラスに訪ねてきて、エエッ、ブラス・・・と驚いて「それじゃぁ、高校生活が終わってしまう」と口走ってパッとどこかにいなくなり、いま、話をつけてきたからと、入部を取り消されてしまったのには驚いた。
そうだ、入学前から約束があったのを思い出した。
そうして連れていかれた部室にはなぜかほとんど女子ばかり二十何人か新入生がいて、助手のような役目がまっていた。
あるときドアを叩く音がするので、ハイと出る当方に、廊下で二人並んでいる女生徒が、「○○さんいますか」と、取り次ぎを望んでいる。
ぼそぼそと低い会話があって淡々と戻ってきた先輩に、なに?と尋ねると、オレの写真がほしいんだって、とか言う、表情一つ変えない様子には驚いた。
野球のことは、社会人になって一度だけライブ観戦したときの写真を持っているが、付き添いを頼まれた熱烈なジャイアンツ・ファンの○子さん姉妹につきあって後楽園に行ってみると、ローマのコロッセオのように擂鉢状になっているアルプススタンドの上から、試合をしている選手の顔は小さくて誰か判別さえできない。それが某新聞の招待券であったから、開始まで延々四時間も炎天下に行列した恐ろしい思い出となった。しかしながら、当方以外の人間は喜々として待っている不可解集団であった。
翌日、会社でみんなから、きのうの試合はホームラン連発の接戦で最高!と羨ましがられたが、顔もよくわからない高い場所に昇らされて、メガホンを持たされて困惑した体験にかんがみ、いくら○子さんの付添いとはいえ、二度と行くことはないであろうと思ったのは当たったといえる。
長野県から朝8時に高速道を飛ばしてきた、JBL4344を鳴らしているお客が立ち寄られてロイヤルを聴いたが、タンノイでジャズを観賞する東北の涼しい日が戻ってきた。
その御仁いわく、「いま、次のスピーカーを探しているのですが、なんといったらよいか、気品のある音で惹かれますね」とのことで「これから海の方に行く途中です」とトヨタの車で去っていった。

☆写真は、試合開始を待つ、嵐の前の静けさの後楽園スタンド。







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JBLランサー101の客

2009年08月10日 | 歴史の革袋
そういえば、インター通りの右手に昔有ったレストランは、ステーキ・ソースの隠し味が『山椒』であった。
この山椒の木は、庭の窓辺に繁ってあったが、白い粉が付いて葉も繁らずトゲがあぶないと掘り起こしたら、根が、ずるずる三メートルも土中から出現し驚いた。
子供の時、この山椒を使って魚捕りする話を、メガネの男が真剣に話しているのを憶えている。
二人の顔を下から見上げていると、相手はそれを真に受けないので、やってみるということになった。
石垣から敷地にせりだしている大きな山椒の枝を折って、トゲのある皮をナイフで剥ぎ取って、葉と一緒に微塵に石で叩いて擦ったものを泥ダンゴに含ませ塊に何個か作り、それを持っていよいよ溜め池にドボン、ドボンと投げ込んだのを見た。
水紋がひろがって、やがてそれがどうなったのか?

眼の前の小さな庭にもいつのまにか、鳥が運んだか山椒が次第にある程度の大きさになったが、たまにあの水紋と根の長さを思い出す。
一年ブランクのあった今年の打上げ花火の日、夏の一瞬の豪華な黒アゲハ蝶がまたヒラヒラと庭に舞い踊るのを見て、毎年忘れずどこから来るのか不思議に思っていたが、この山椒の葉が丸ボウズになるほど食べ尽くす緑の幼虫が、蝶の正体であった。

蝶の飛ぶばかり野中の日影哉

黒揚羽は、食通なのか。
めずらしく、秋田の二万枚長者殿が登場し、連れの客人は『JBLランサー101』をご自宅に備えて聴いているそうである。
往年のジャズを聴き尽くされたかのような人々に、ロイヤルの『SKIPPIN’』を鳴らしてみた。
マルもクラークも、パリで71年に、終わりのない旅をしているのかといえば、5人は面白いようにハッとするサウンドを創ってみせる。






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2009年08月01日 | 徒然の記
庭の凌霄花を掃き寄せていると、ポストに夏の到来を告げるハガキが届いた。
3行メッセージがあり、hpをつくられたとのこと。
この万年筆の筆跡であるが、どこかで見たような記憶にうーんと考えると、泉鏡花の原稿の字が浮かんだ。
ジャズに造詣の深い一番町のまだ行ったことのないこの店が、セビルロードにあるような佇まいで、ベイシー・イン・ロンドンがさりげなく鳴っていたりするのではないか、などと妄想する。





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