ロイス ジャズ タンノイ

タンノイによるホイジンガ的ジャズの考察でございます。

ヴィレッジ・ヴァンガードから戻った謎のA氏

2008年04月01日 | 巡礼者の記帳
謎のA氏はテーブルの反対側で、老舗のうどん丼を箸に抓みながら言った。
「このたびは壁の傍のほうに席をとって待ちかまえていましたが、背後をズズーゥとついにあの地下鉄の通る音がしました。おおっ、聴こえるじゃない!...たしかにヴァンガードには、地下鉄の凄い音が走っていましたね」
いたずらそうな眼でどんぶりをちょっと寄せ、テーブルに指先で、ニューヨークに再び訪問したヴィレッジ・ヴァンガードの見取り図まで描いて、当方に帰国の感想を申されている。
A氏は、ROYCEで4年ほどまえであったか、タンノイ・ロイヤルの描く『ワルツ・フォー・デビィ』のエヴァンス・トリオを聴いたとき、ヴィレッジ・ヴァンガードのライブ演奏の背後にズズズーと地下鉄の通過音のするニューヨークのかおりを耳にすると、何喰わぬ顔でいながら、何事かを決心されたらしい。
それはいまにして漠然と気のついたことであるが、おりにふれ現れたA氏のお話をつなぐと、まず数寄屋造りの自宅を新築し、そこにオーディオ・ルームをこしらえ、JBLの大型スピーカーを設置した。次に、ROYCEの300Bと845アンプをしばらく観察されていたが、個性的なメーカー、トライオードの特注品300Bアンプと巨大な赤いトランスのついた845アンプを何喰わぬ顔で配備しておいて再びROYCEに現れ、「わたしの管球ドライブJBLの地下鉄の通過音はこうなっていました」とさりげなく、ヴィレッジ・ヴァンガードの実況録音盤の両面に聞こえてくる地下鉄通過音を何者かに計測させたタイム一覧のメモを、当方に差し出したのである。
一瞥したそのメモが、当方のロイヤルで聴こえる回数より多かったことに、まさか気分を害したわけでもないが、「ヴァンガードに地下鉄は走っていない、と申される客も居ます」と、うるわしいジャズ演奏の本質ではない、ささいな現象を自戒し、それ以上の話はおしまいにしようとした。
しかし考えてみれば、ロイヤルの奏するレコードの五か所くらいに聴こえる地下鉄の音である、あの「ミシミシ、ズズー」という音が、A氏の宅では10箇所くらいにきこえているチェックの行数で、ロイスをうわまわることすこぶるのヴィレッジ・ヴァンガードに仕上がった結果を、遠回しであるが具体的にA氏は申されたのではないのか。
そしてそのことは、オーディオの再生装置の完成度で多くの人がチマナコになっている重低音の再現の重要性にA氏も挑戦し、ヴァンガードの地下鉄の音という、ジャズシーンでもっとも芸術的な尺度に照準を合わせて、管球アンプの瑞々しさをJBLに加えた装置の完成度を表してきたことに遅まきながら気が付いた。
当方は、A氏が指先でなぞったそのヴィレッジ・ヴァンガードの見取り図に、ロイヤルの記憶の『ワルツ・フォー・デビィ』を重ねつつ、老舗のエビ天を割りばしの先につまんで思った。
一見くだけていながら、どこまでも真面目な人物であるA氏の、その意志にあらためて驚く。
ROYCEの丑寅の壁には寺島先生のサインがあって、その側に或る時A氏のサインはあった。



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