ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

トリノ王立歌劇場来日公演 「ラ・ボエーム」(7/28) @東京文化会館

2010-08-06 | オペラの感想
昨日は日帰りで福岡出張だった。
往復ともに、搭乗した便は満席。
機内を見渡すと、子供連れやカジュアルな服装の若者が多い。
あらためて、世の中、夏休みなんだと実感した次第。
この時期にスーツを着てネクタイを締めるなんて、ほんとクレイジーの一言ですね。
そんな中、行きの羽田空港でちょっぴり嬉しいことがあった。
機内からぼんやり外を眺めていると、整備を終えた整備員の人たちが、一礼した後、とびきりの笑顔で手を振ってくれている。
マニュアルどおりなのかもしれないが、炎天下の中、彼らのみせてくれた笑顔がとても素敵だった。
思わず「皆さんありがとう。行ってきます。」と心の中でつぶやきながら、私も少しだけ頭を下げた。
何気ないことだけど、大いに元気をもらったような気がした。

さて、最近精神的に元気をもらったといえば、トリノ歌劇場の来日公演だ。
「椿姫」のことは前回書かせてもらったが、ナタリー・デセイのヴィオレッタに涙した翌々日、今度はフリットリのミミを聴くべく再び東京文化会館へ向かった。
フリットリの舞台を観たのは2回しかないけど、彼女は既に私の中で絶対的な存在だ。
ウィーン国立歌劇場来日公演のフィオルディリージ、ミラノ・スカラ座来日公演のエリザベッタ、いずれもフリットリが登場するだけで、大袈裟ではなく場の空気が一変する。
そしてフリットリが歌い出すと、まるで催眠術にかかったかのように彼女の世界に引き込まれてしまう。
ミルキーボイスと呼びたくなるような磨き抜かれた声の美しさ、とりわけ弱音の美しさが本当に魅力的だ。
今回演じたミミでも、フリットリの存在感、そしてミルキーボイスは健在だった。
第1幕、屋根裏部屋にノックして彼女が入ってくるだけで、何だかドキドキする。
アルバレスの瑞々しい「冷たい手」に続いてフリットリが「私の名はミミ」を歌い出すと、「ラ・ボエームの魅力、ここに極まれり」という感じがして、思わずジーンときてしまった。

そして、この日感動的だったのは第3幕以降だ。
それにしても第3幕の雪の情景は美しかったなぁ。
「花咲く頃に別れましょう」と歌うミミに、ぴったりと優しく寄り添うヴァイオリンとハープ。
一方で、「雪解けの最初の太陽は私のものだ」と語るほど春を愛してはずのミミが、「冬が永遠に続けばいいのに」とつぶやくいじらしさ。
フリットリの歌を聴きながら、ミミの抱きしめたくなるような可愛らしさと優しさに、私は涙が止まらなかった。


第4幕は、もう涙なしには観れなかった。
「朝の光のように美しいよ」と励ますロドルフォに対し、「ちがうわ、夕暮れのように美しい」でしょうと答えるミミ。
このよく知っているはずのやりとりも、この日は特別のものに感じた。
そして、ミミが天に召されるあのラストの場面まで、息もつかせぬくらいの濃密な時間を与えてくれた。

フリットリのことばかり書いてきたが、彼女の大ファンなので何卒お許しください。
この日「ラボエーム」は、上演に関わったすべての人が本当に素晴らしかった。
アルバレスは、歌も容姿も今最高のロドルフォかもしれない。
詩人ロドルフォを、単なる「好青年」ではなく、「生身の人間」として、瑞々しくかつ人間的に歌ってくれたと思う。
森麻季さんのムゼッタは、第4幕がとても良かった。彼女の透明感のある声は、「祈り」の表現にふさわしいと思った。
ただ、第4幕の素晴らしさと比べると、第2幕の方は少々無理をして演じていたか・・・。
それから、忘れてはならないのが、マエストロ・ノセダ。
「椿姫」も素晴らしかったが、ノセダの統率力のお陰で、「ラ・ボエーム」ではさらに完成度が高いオペラになっていたと思う。
強引にドライヴする場面は、ほとんどない。
にもかかわらずというか、だからこそ、オペラそのものの魅力そして歌手たちの素材としての魅力が、よりストレートに出てきたのではないだろうか。
この日、第1幕が始まってすぐに感じたのは、驚くほどの軽さと柔らかさだった。
これこそが「椿姫」と根本的に違う部分だと常々思っていたのだが、この日の上演は、まさにそういった「ラ・ボエーム」の性格が明確に表現されていたと思う。
加えて、トリノのオーケストラも、この日は実に素晴らしかった。
やはり「ラ・ボエーム」が初演された歌劇場であるという伝統の強みもあるのかなぁ。

トリノ歌劇場の来日公演、チケット販売当初は何故かあまり話題にならなかったようだが、両方の演目を実際に聴いてみて、きわめて水準の高い感動的な公演だった断言できる。
チューリッヒ歌劇場もそうだったけど、トリノ歌劇場のもつ「家族的な暖かさ」が、この素晴らしい成果を生んだ原因のひとつかもしれない。
「椿姫」が5階中央の天井桟敷席、この日の「ラ・ボエーム」が1階6列目中央という絶好のロケーションに恵まれたこともあり、本当に感慨深い想い出をプレゼントしてもらった。ただただ感謝あるのみです。

最後に、ノセダが「ラ・ボエーム」について興味深いコメントをしていたので、ご紹介させていただく。
「『ラ・ボエーム』ではミミが病に倒れて幕となるが、プッチーニの思いはすべてこの最終部に凝縮されていると思う。ただ、ミミは当然のこと、ミミを看取るほとんどの人々に明日はないだろう。改善しようのない各々の性格、ボヘミアンの厳しい生活を考えた場合、そのような発想こそ相応しいように思えてくる。(中略)しかし、すべてを不幸の底で絶望的に表現するわけにはいかないので、ほんの少しの希望、僅かな喜びを控え目に音に表すために、極力、抑揚をつけずに音を紡いでいきます。(以下略)」

うーん、なるほど。思い返すと、まさにマエストロの言葉どおりの音楽でした。


プッチーニ:オペラ《ラ・ボエーム》
<日時>2010年7月28日(水)18:30開演
<会場>東京文化会館
<出演>
■ミミ:バルバラ・フリットリ
■ロドルフォ:マルセロ・アルバレス
■ムゼッタ:森麻季
■マルチェロ:ガブリエーレ・ヴィヴィアーニ
■ショナール:ナターレ・デ・カローリス
■コッリーネ:ニコラ・ウリヴィエーリ
<指 揮>ジャナンドリア・ノセダ
<管弦楽>トリノ王立歌劇場管弦楽団
<合 唱>トリノ王立歌劇場合唱団
<演 出>ジュゼッペ・パトローニ・グリッフィ
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする