ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

ポートレート『カルロ・マリア・ジュリーニ』

2007-08-13 | BS、CS、DVDの視聴記
昨日、ついに愛用のパイオニアのDVDレコーダーが壊れてしまいました。
私の酷使に耐え、4年間本当に毎日しっかり働いてくれたので、「何で・・・」という怒りの思いはまったくありません。
とくにクラシカ・ジャパンを見れるようになってからは、まさしく業務用のようなハードな使い方をしておりましたが、画質・編集機能ともにアナログレコーダーとしては一級品でした。
「ありがとう」という感謝の気持ちでいっぱいです。
もちろん修理に出す予定ですが、サービスセンターもお盆休みに入っており、果たして修理できるかどうか・・・。
心配です。

ところで、このレコーダーで録画した最後のプログラムが、ご紹介するジュリーニの映像です。
ひょっとすると、このレコーダーの遺作になってしまうんだろうか?

前置きが長くなってしまいました。
このポートレート『カルロ・マリア・ジュリーニ』という映像、わずか50分足らずの作品ですが、ジュリーニ・ファンならずとも垂涎の内容です。
ジュリーニの音楽観を彼の肉声で聴けることが、何よりも貴重でしょう。
そして、この映像では全編をとおして「田園」のリハーサル風景が流されるのですが、これが前回『最後の田園』のCDとしてご紹介したオルケストラ・ジョヴァニーレ・イタリアーナとのリハーサルじゃないかと思えるのです。
あくまでも想像ですが・・・。

それにしても素晴らしいリハーサルです。
抽象的な表現は極力控えて、ジュリーニは実践的な言葉と指示で若いオーケストラを引っ張っていきます。
そしてジュリーニの簡潔な指示によって、みるみる音楽が充実していくのです。
ジュリーニの音楽づくりの秘密の一端に触れた思いがしました。

また、ジュリーニの語りの部分は、そのすべてが重みのあるものでしたが、とくに印象に残った部分をご紹介します。

「開演前は恐怖ですが、慣れて恐怖を感じないのはもっと恐ろしいことです。舞台で音楽に向き合ったとたん恐怖は音楽に昇華します。」

「私は平凡な人間です。天才の作曲家の意思を楽譜から読み取るためには人生経験や時間が必要です。作曲家が表現したことをきちんと理解し、それを音という形で再現しなければなりません。演奏者や聴衆に伝えるには熟考が必要なのです。」

「オーケストラの演奏者は一人残らず演奏に参加することに恩恵を感じるべきでしょう。(中略)全員が自分を脇役と感じることなくそれぞれが音楽作りの恩恵・責任や楽しみを感じるべきです。大事なのは共感すること。指揮者と奏者が同じ気持ちで音楽を作ることなのです。一緒に音楽を作っていることを全メンバーに感じてほしい。共同作業なのです。」

「演奏中、音楽を作りたいと感じる瞬間があります。その時私はオーケストラの世界に入り込み、団員は私の世界に入っています。こうして気持ちを一つにして音楽を作るのです。」

「胸の痛みは人間らしい感情でしょう。しかし、悪意や憎悪、すさまじいほどの苦悩は私には理解できません。心の痛みや苦しみならば実感できるものなのでどんなものか分かります。悲しい時や苦しい時も必ず希望はあるものです。希望があるから私たちは救われるのでしょう。喜びはともかく、希望は永遠にあるものです。」

「人は善行を心がけねばなりません。音楽というのは、確実に善行だと思っています。」


音楽家としてももちろんですが、一人の人間としてなんと素晴らしい人物なんだろう。
これらの話をきいて、私はジュリーニのことがますます好きになりました。
しかし、このジュリーニの人間味溢れる暖かいキャラクターは、誰かを思い出させませんか?
そうです、ブルーノ・ワルター。

そういえば、ジュリーニは映像の中でこんなことも言っていました。
「私の好きな指揮者は、ワルターとクレンペラー、そしてデ・サバータです。」
全ての人が、「あー、なるほど」と大きく頷かれることでしょう。


コメント
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