長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

嗚呼、わが心の神聖ローマ帝国

2010年09月07日 08時59分49秒 | ざっくり世界史
 みなさん、おはようございま~す。そうだいです。いやぁ、最近は劇団の稽古も本番3日前と言うことで佳境に入ってきまして、家に帰ったらまずズドンと夢の世界におちてしまうサイクルになっております。そのため、このブログを更新しているのも次の早朝といった感じになってまして、陽が昇るのを窓から眺めて「今日も暑そうだなオイ……」と感慨にふける朝型ライフを楽しんでいるわけなんです。
 朝型ライフなんて、学生時代にもできないことだったんですけどね! 大学受験の時には、私はもっぱらAMラジオの深夜放送を聴きながら3~4時まで机に向かっているという深夜型の勉強をやっていまし……すいません、ウソです! ほんとは勉強するよりも深夜ラジオを聴く方がメインだったんです! 哀しいかな、戻らぬ日々よ。愚かしいかな、未来を知らぬ若者よ!! おい、高校3年生の私! アンタのことよ~!
 そんな未来の私の声も届きようのなかった受験生の私は、なんとか勉強の世界から逃避できないものかともくろみ、もともと好きだった歴史の教科の中におもしろいロマンを探すという、勉強以外の超不純な目的でそのあたりの教科書を眺めていたものです。
「ふが~。日本史はまあまあ知ってることが多いからなぁ。思い切ってなんにも知らない世界史の方が妄想がふくらんでよさそうだにゃ~。」
 そして、私はついにその国家の存在を知ってしまったのです。
「……ん? なにこれ。『神聖ローマ帝国』? なんかむやみにカッコいい国名だな。自分で神聖だって言っちゃってるよ、この国! え、これローマ帝国となんか関係あんの? だって、地図に書いてある国土がローマ帝国とぜんぜん違うじゃん! え、え、1806年に神聖ローマ帝国は『解散』!? 帝国が解散? そんなやんわりした終わり方なの? 帝国って、もっとデススターが爆発したりしてド派手な終わり方するんじゃないの!? 解散って、バンドじゃないんだから。」

 やられました。私は中世のヨーロッパ地図から登場しだしたこの「神聖ローマ帝国」というやたらイカした名前の国家に夢中になってしまったのです。果たしていかなる国家なのか?

 ところで、みなさんもここまでこの文章をお読みになってうすうすお気づきになっておられるかと思いますが、私そうだいはヨーロッパ人ではありません。極東の国に住むアジア人です。そんな私が神聖ローマ帝国を語るということに、私はいささかひるんでしまいます。
 「何を大げさな」と思われる方もあるいはいらっしゃるかもしれませんが、神聖ローマ帝国というか、その中にある「帝国」という言葉とヨーロッパ全体の歴史とは表裏一体、切っても切れない関係にあるらしいのです。もちろん、国がどうとかなんて関係のない民衆の生活視点から見た歴史も無視できないのですが、ヨーロッパ中の偉い人たちが、実に395年のローマ帝国東西分裂から20世紀に至るまでという1500年にわたる長い時間をかけてしのぎをけずった「帝国の看板」争奪戦も、現在のヨーロッパを考える上で大変に重要な話になってくるんですね!

1回戦
 カール大帝の西ローマ帝国(フランク王国)VSビザンティン帝国
2回戦
 神聖ローマ帝国VSビザンティン帝国
3回戦
 神聖ローマ帝国VSローマ教皇
4回戦
 神聖ローマ帝国VSナポレオン1世のフランス帝国
5回戦
 オーストリア帝国VSドイツ帝国VSロシア帝国

 ずいぶんあらいまとめ方ですが、こんな感じの闘いがあったのです。う~ん、燃える!
 今回は、具体的な神聖ローマ帝国の愛すべき魅力の説明まではいきませんが、なるべく早いうちに紹介したい! ホントにステキなんですから。ということで、今回は神聖ローマ帝国のすばらしさを一言で見事に表現してくださった、18世紀のフランスの思想家ヴォルテールの言葉をひいて、むすびとしたいと思います。

「神聖でもなければローマ的でもなく、そもそも帝国ですらない。」ヴォルテール


 
 
コメント
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