みなさま、どうもこんばんは! そうだいでございます~。週末いかがお過ごしでしょうか。明日からまた月曜日! ひえ~。
いよいよ私の住む山形も雨のお天気が増えてきまして、梅雨入りももうすぐかな、という感じになってまいりました。とは言っても、まだまだ先かな。キュウリ、キュウリ! うちの食卓のどこかに必ずキュウリが顔を出す季節がやって来ます……キュウリが嫌いじゃなくてほんとに良かった。
キュウリって、食べるのが平気な人から見たら、そのまんまでも漬け物にしてもサラダに加えても、何にでも応用が利く素晴らしい食材ですよね。やみつきキュウリ最高!
しかし、そんな万能選手なキュウリでも、嫌いな人はその強い「青臭さ」が苦手なので、どの料理に参加しても必ずその存在感を隠さず発揮してしまうところがたまらなく嫌なのだそうです。確かにキュウリは、トマトやナスほど「生だった時代の自分を消す」ことはできませんよね。頑固一徹というか、自分を貫くというか。
ということで今回は、どのジャンルの作品を撮影しても、自身の色やセンスが隠しようもなく見えてしまうヒッチコック監督の諸作の中でも、特に「青春の青臭さ」のただよう傑作を……もう、何も言わないで! 強引なのは私が一番知ってるから。助けてキューちゃん!!
映画『第3逃亡者』(1937年11月公開 84分 イギリス)
『第3逃亡者(だいさんとうぼうしゃ)』 (原題:Young and Innocent)は、イギリスのサスペンス映画。イギリスの推理小説家ジョセフィン=テイ(1896~1952年)による、スコットランド・ヤードのグラント警部を主人公とする小説シリーズの第2長編『ロウソクのために一シリングを』(1936年)の映画化作品である。 ただし、本作での真犯人は、原作小説とは異なる人物に設定されている。
本作の見どころとして、クライマックスシーンにおけるクレーンを使った大がかりな移動撮影によって、真犯人の居場所を観客にだけ先に明示する約70秒間のワンカット撮影シーンが挙げられる。
ヒッチコック監督は本編開始15分34秒、裁判所前で小さなカメラを抱えた記者の役で出演している。
あらすじ
ある朝の海岸で、水着姿の映画女優クリスティーン=クレイの遺体を偶然発見した青年ロバート=ティズダルは、殺人犯と誤解されて逮捕されてしまうが逃亡し、警察に追われながらも、警察署長の娘エリカの助けを借りながら真犯人を探し出して自らの潔白を証明しようと奮闘する。
おもなキャスティング
エリカ=バーゴイン …… ノヴァ=ピルビーム(18歳)
ロバート=ティズダル …… デリック=デ・マーニー(31歳)
バーゴイン署長 …… パーシー=マーモント(54歳)
エリカの叔母マーガレット …… メアリー=クレア(45歳)
エリカの叔父ベイジル …… ベイジル=ラドフォード(40歳)
ケント警部補 …… ジョン=ロングデン(37歳)
ウィル爺さん …… エドワード=リグビー(58歳)
男 …… ジョージ=カーゾン(39歳)
クリスティーン=クレイ …… パメラ=カルメ(?歳)
おもなスタッフ
監督 …… アルフレッド=ヒッチコック(38歳)
脚本 …… チャールズ=ベネット(38歳)、エドウィン=グリーンウッド(42歳)、アンソニー=アームストロング(40歳)、ジェラルド=サヴォリ(28歳)、アルマ=レヴィル(38歳)
製作 …… エドワード=ブラック(37歳)
音楽 …… ルイス=レヴィ(43歳)
撮影 …… バーナード=ノウルズ(37歳)
編集 …… チャールズ=フレンド(28歳)
制作 …… ゴーモン・ブリティッシュ映画社
ということでありまして、今回はイギリス時代のヒッチコック監督の手腕もいよいよピークに近づいてきた、監督第21作の登場でありんす。
作品の内容に関するつれづれは、いつものように後半の視聴メモにまとめましたので総論から言いますと、この作品は全体的に非常にコメディチックでライトな雰囲気でありながらも、随所でヒッチコック監督の専売特許である「細かいカットの切り換えしによるスピーディな映像」が楽しめるハイクオリティな娯楽作となっております。
この作品、邦題が『第3逃亡者』ということで、『三十九夜』(1935年)みたいに主人公がヒーヒー言いながら逃亡するサスペンスなのかなと思われる方もいるかも知れないのですが、原題を直訳すると『若者と子ども』ということで、青年ロバートと18歳の少女エリカの2人が奇妙な逃走劇を繰り広げながらも、ロバートにおっかぶせられた殺人容疑者の疑いを晴らすべく真犯人を追うという愉快痛快な冒険スリラーになっているのです。
しかも、2人のうち実質的な主人公となるのは少女エリカのほうで、裁判所から逃走してお尋ね者となっているロバートに変わって活躍する場面が非常に多く、事件解決後のラストカットも彼女の笑顔になっているので、まるであの、薬師丸ひろ子あたりが主人公となって1980年代前半に大ブームとなった角川アイドル映画群、もしくは NHK-FMのラジオドラマシリーズ『青春アドベンチャー』や NHK教育(当時)の「少年ドラマシリーズ」 をほうふつとさせるジュブナイル映画の先駆け的傑作なんですね。カイ……カン♡
エリカを演じたノヴァ=ピルビームさんは、正面から見た顔こそ、眉毛と目つきがきりっとしていて実年齢以上に大人びた雰囲気はあるのですが、ロバートたち大人の男どもと並ぶといかにも体格が小さくて華奢ですし、横顔も意外とデコッぱちなラインを描いているので、人並外れて義侠心のあるだけのフツーの18歳の少女が青年の冤罪を証明するという、赤川次郎作品にありそうな、大人顔負けの子どもが大活躍する作品に仕上がっております。
作中のノヴァさんの凛としたたたずまいは非常にかっちょよく、薬師丸ひろ子というよりはむしろジブリアニメのヒロインのようなりりしさに満ちているのですが、たとえば警察の追手がすぐそこまで迫ってきているのに、冷静に愛車のセダンのフロントグリルにささったクランク棒を半回転させて、ノーミスでブルンッとエンジンを起動させて運転席に飛び乗る一連の仕草なんか、もうこれに惚れずになにに惚れるんだっていう漢前感ですよね。あれ、一発で起動させるのそうとう難しいんじゃないの!? かっけぇ!!
いや~、こういう映画が、第二次世界大戦のおよそ2年も前に作られてたんだねぇ。さすがはイギリス、文化レベルが高い。
ただ、実はここまで少女エリカが前に出てクライマックスまで活躍するのは、毎度おなじみヒッチコック監督による映画化の際の完全オリジナルな改変なのでありまして、本作の原作となった推理小説『ロウソクのために一シリングを』(1936年)では、エリカの活躍はせいぜい物語の中盤程までとなっており、ロバートの出番もさらに少なく、あくまでも女優殺人事件の捜査の中で発生したエピソードのひとつとしてしか語られていないのです。ヒッチコック監督、ふくらましたねぇ~!!
具体的に言うと原作小説『ロウソク……』は、序盤でロバートが女優殺害の濡れ衣を着せられる展開や、彼を助けるために警察署長の娘エリカが冤罪の証拠となる「ロバートのコート」を捜すという流れこそ同じではあるのですが、女優が生前に残した遺言書にロバートのことは全く書かれておらず、映画版には一人も登場しなかった女優の親族・関係者たちが捜査線上に容疑者としてあがっていくというように物語が分岐していきます。つまり、わりと早めにエリカの奮闘によってロバートが真犯人でないことが判明して、その後は女優の周辺の人物たちの中から真犯人を探し当てていくという、非常にまっとうな本格ミステリーにシフトしていくのが原作小説なんですね。
ここで特記しておきたいのですが、原作小説『ロウソク……』も、映画版とは全く違うベクトルでめちゃくちゃ面白い推理小説となっております! ハヤカワ・ポケットミステリから邦訳が出ているのですが、1930年代にこういう真犯人の設定してる作品があったんだ……と私はビックリしました。もちろん、映画版の真犯人とはまるで別の人物です。
これ、ふつうにデイヴィッド=スーシェの「名探偵ポワロ」シリーズみたいに原作に忠実に映像化しても面白いと思いますよ。ただ、本作の名探偵であるグラント警部がいまいちパッとしないんだよなぁ。原作でロバートをみすみす逃亡させてたのもこの人のせいだし。
でも、この原作の真犯人像って、好きですねぇ。スーシェ版の「名探偵ポワロ」の中にも、非常に似たテイストの犯人が出てくる傑作があるのですが、それも私、大好きなんだよなぁ。いいですよね、こういう人間の心の闇が生む犯罪……
意外とダークな味わいの原作小説と違って、ヒッチコックが映像化した映画版はきわめて明朗快活な娯楽作で、例えて言うのならば、日本の江戸川乱歩の大人向け通俗探偵小説『猟奇の果』(1930年)とか『影男』(1955年)が原作小説『ロウソク……』側で、子ども向け探偵小説の『怪人二十面相』(1936年)とか『超人ニコラ』(1962年)が映画版側、ということになるでしょうか。要するに、完全オリジナルではないのですが、原作の中の「エリカの大冒険!」パートのみの抽出してひとつの作品にまで拡大したのが映画『第3逃亡者』なわけなのです。
あ~そうか、イギリスで本作が出ていたのとほぼ同時期に、日本でも『怪人二十面相』を皮切りとする大乱歩の「少年探偵団シリーズ」も産声をあげていたんですなぁ。なんか、浅からぬ縁を感じますな。映画好きの乱歩だったらイギリスで『 Young and Innocent』という映画が出たという情報は絶対に掴んでいたでしょうけど、『怪人二十面相』の連載開始のほうが先なんですよね。イギリスに天才あらば、極東にも天才あり!
本作『第3逃亡者』は、ちょっとお堅いタイトルからは想像できないような、肩の力を抜いて楽しむこともできるファミリー向けな娯楽作となっております。ただし、ちょっとしたアクションにも細かなカットの切り換えしを入れて臨場感を持たせる編集の妙や、グランドホテルのロビーとミュージックホールの実寸大セットを壁ぶち抜きで製作し、そこを縦横無尽に動くクレーンを投入して70秒間長回しのカットを創出するカメラワークなど、当時のヒッチコックが全力をかけて本気で作った意欲作であることは間違いありません。エンターテイナーとしてのヒッチコックの、当時の時点での最高の仕事を堪能できる傑作になっていると思います。
唯一の瑕疵というのならば、作中の警察の方々がびっくりするくらいに無能ぞろいなところくらいですかね……『ルパン三世』第2シリーズの警察か君たちは!? ま、作品の流れ上、いたしかたないよね。有能だったらロバート速攻でとっつかまって話が続かないから。
まぁ、その「ヒッチコック史上最高」の記録は、このすぐ後の次作でいとも軽々と更新されちゃうんですけどね! すげーなヒッチコック!!
≪いつもの視聴メモ~!≫
・ジャズ調のアップテンポな音楽で始まり、開幕の嵐吹きすさぶ夜のシーンから、女優を殺害する真犯人の顔と、彼が女優の夫であること、そしてその犯行動機までもが矢継ぎ早に観客に提示されるというスピード感がハンパない。でも、原作小説の真犯人とは全くの別人なので問題ナシ!
・嵐の去った翌朝、快晴のドーバー海峡の砂浜に打ち上げられた女優の遺体! モノクロではあるのだが海岸の情景は非常に美しく撮影されていて、もともとヒッチコック監督が鉄道と同じくらいに海や船の撮影も好きであることを思い出させてくれる(『マンクスマン』や『リッチ・アンド・ストレンジ』など)。
・女優の遺体を最初に発見したがためにいろいろひどい目に遭ってしまう主人公ロバート。高身長のハンサムというわけではないのだが、マイケル=J・フォックスやオリエンタルラジオの藤森さんみたいな、人たらしっぽくて憎めない顔立ちの青年である。いいキャスティング!
・ロバートの次に遺体を発見して恐れおののく女性2人の表情に、空を舞うカモメのスローモーション映像をかぶせ、遺体を直接撮影しないところが非常にお上品。
・ちゃんと警察に通報したのに、「第一発見者こそ怪しい」みたいな雰囲気だけで身柄を確保されてしまうロバート。ひどすぎ……哀しいけど、これ、ヒッチコック映画なのよね。理屈よりもテンポ重視!
・被害者と親しかったことと、遺体のそばにあったベルトがロバートのオーバーコートから取れたものらしいことを警察が調べ上げ、ロバートの旗色は俄然悪くなってしまう。本作でのキーワードとなるこのベルトは、原作小説ではコートのボタンである。もちろん、映画として見栄えするという理由からの変更だと思われる。
・ロバートを追求する理知的なケント警部補を演じるのは、『ゆすり』(1929年)以来ヒッチコック作品にちょいちょい出演しているジョン=ロングデン。刑事役が似合う。
・殺された女優が生前、ロバートに資産1200ポンドを譲る旨の遺言書を残していたと知り、ロバートはプレッシャーのあまり失神してしまう。ちなみに1937年当時の1200ポンドの価値は、現在の日本円にして約1200万円である。う~ん、そんなに多くもないのが逆に生々しい!
・失神したロバートを、刑事そっちのけで率先して介抱する本作のヒロイン・エリカ! 演じるのはヒッチコック作品『暗殺者の家』(1934年)で子役を演じていたノヴァ=ピルビーム18歳。本作のタイトルでは身もフタもなく「子ども」と評されている彼女だが、のっけから義侠心にあふれた漢気あふれる勇姿を見せてくれる。顔立ちこそ正統派な美人ではないものの、いかにも刑事の娘らしくきりっとしたまゆ毛と鋭い眼光がすばらしい。親父さんのバーゴイン署長のほうが、逆にのほほんとした顔なんですよね。
・冒頭の真犯人といい失神したロバートといい、男どもが女優さんがたに、これでもかというほどにビンタされるくだりが頻繁に出る。ヒッチコック監督、ご趣味がもれてます!
・ロバートの顔を見て「人殺しをするような顔じゃない。」とつぶやくエリカ。それを聞いた刑事が「見た目で判断しちゃいけませんぜ。」と諭すと、何を勘違いしたのかエリカは冷たい表情で「べっ、別にタイプだからってかばったわけじゃないんだから!」と答える。お~い、ツンデレ! 第二次世界大戦前のツンデレ発見!! しかもこれ、原作小説にもがっつりあるくだり!
・そうやってエリカがツンとなったかと思えば、エリカのおかげで失神から目が覚めたロバートも、開口一番「し、失神なんかしてないぞ。」と意味不明な意地を張って応戦する。相性よすぎだろ、この2人。ちなみに、こっちのロバートの返し言葉は原作には無い。脚本、グッジョブ!
・登場してすぐに立ちまくったキャラクターを発揮するエリカだが、さらには警察署長の令嬢で車の運転もお手の物というおてんば娘でもあった。いや~、このへんのつるべ打ち感、21世紀でも全然通用する軽快なテンポである。映画というよりはテレビドラマっぽいけど。
・さほど物語には絡んでこないのだが、裁判がかなり不利な状況なのに他人事のようにのんびり天気の話などをして、ロバートが大丈夫なのかと尋ねると「今すぐ前金払える?」と外道なことをぬかす高田純次みたいな弁護士のおっちゃんがいい感じにひどい。そりゃロバートも早々に見切りをつけるわ!
・裁判所の喧騒にまぎれてみごと脱走に成功するロバート。ここでの、ちょっとした廊下の混みあいにまぎれた失踪からさざ波のように「被告が脱走したってよ!」の伝言ゲームが始まり、最終的に裁判所から全員が逃げ出してパトカーがバンバン出動する大騒ぎに発展するピタゴラスイッチな流れが非常に丁寧で面白い。その中にちっちゃなカメラを抱えた記者の役で、迷惑顔のヒッチコック監督自身がいるのも粋である。
・本作ではエリカの愛車として、当時としても古いと思われるオープン形式のセダン車が大活躍するのだが、いちいちフロントグリルに付けたクランク棒(スターティングハンドル)を回してエンジンを起動させなきゃいけないのが古式ゆかしい。ジブリアニメの『紅の豚』か! このコツのいる力仕事を自分でやれるっていうのが、エリカ18歳のすごいとこなんだな! 余談だが、1930年代の当時でも車内からの操作で電力によってエンジンを起動させる機能(英語でセルフスターター。日本でよく使われる「セルモーター」は和製英語)はすでに普及しており、クランク棒を使って起動させるエリカの姿は周囲からそうとう珍しく見られていたと思われる。今で言うと、うら若い娘さんがマニュアル車を運転しているようなものだろうか。かっこいいな!
・このエリカの愛車についてなのだが、実は原作小説での愛車(「ティニー」という愛称もある)は、イギリスの自動車メーカー「モーリス」の2ドア小型車である「初代モーリス・マイナー」(1928~34年製造 車長3m、重量700kg、最高時速88km)であると推定され、映画に登場するような立派な図体のセダン車(おそらく同じモーリスが1919~26年に製造していた「2代目モーリス・カウリー」と思われる)ではない。また、映画で描写されるようにクランク棒で人力起動させることもなく、普通に車内からの電力起動でエンジンをかけている。要するに、原作版のエリカは若い女性が一人で使用する車として機能的にも価格的にも順当な小型中古車を使っているのに、映画版のエリカはわざわざロープを使ってレバーを引きながら人力起動させなければいけない(=電力起動が故障している)ほどに古くて無駄にでかいセダン車を使っているのである。これはつまり、ロバートがエリカの車のトランクに隠れて裁判所からの逃走に成功するという映画オリジナルの展開のために小型車でなくセダン車にしたという理由もあるし、何よりも「画的に面白い」という動機から原作以上におんぼろな車種にしたものと思われる。いや~ヒッチコック監督、この頑ななまでの「原作がどうか知らんが、映画的には絶対にこっちの方が面白い」と確信した時のためらいの無いアレンジが微に入り細に穿ちまくりである。こまけ~!!
・中古車をはさんでのエリカとロバートの奇妙な出逢いから、2人がロバートの無実を証明するコートを探し求めるドラマチックな逃避行の始まりとなるのだが、原作小説での2人の接触はほんの数分間のみで、ロバートはエリカを巻き込むまいと早々に姿を消し、彼の無実を確信したエリカが単独でコートを探すという流れとなる。まぁそっちのほうが現実的なのだが、どちらのバージョンでもエリカが人並外れた義侠心の持ち主であることに変わりはない。むしろ原作版のエリカは行きがかり上の必要から、スカートの下に履いていたブルマの内側に刺繍された自分の名前を、初対面の中年男性にめくって見せるという映画版以上にきわどい行動もとっていて、ほんと、勇気と無謀が紙一重の大冒険をしてしまうのである。さすがにこれ、当時の映画界では映像化不可能だったろうなぁ。
・宿なしの連中がたむろする定食屋「トムの帽子」に単独潜入するエリカに、亭主がうっかり見慣れないコートを着たウィル爺さんの話をしてしまい、ウィル爺さんをかばおうとする連中と正直に話そうとするトラックの運ちゃん達とで壮絶な殴り合いに発展してしまう。ここ、やっぱり殴り合いの部分が映画オリジナルなので、別にウィル爺さんから金をもらってるわけでもないのに殴り合いまでする理由がよくわからない。まぁ、それだけ仲間意識の強いホームレスさんなんだな、ということで……
・展開的には強引なのだが、この客同士の大乱闘のおかげで、巻き添えをくらって流血してまでもエリカを救おうとしたロバートの勇気が証明される重要なシーンとなったので、映画的にはオールオッケー! でも、あのドリフのコントみたいな噴水のくだり、2人ともよく笑わずに演技できたな……
・ロバートの「君の左折に感謝するよ。」というセリフも粋だが、その後に並木道をさっそうと去って行くロバートの後ろ姿も、後年の歴史的名画『第三の男』(1949年)の構図を先取りしているようで小憎らしい。そしてそこからの「続くんかーい!」な流れは、ユーモアセンスが冴えわたる流れである。
・2人が忍んでエリカの叔父叔母の邸宅に寄ったところ運悪く誕生パーティの真っ最中で、しかも詮索好きな叔母とお人よしすぎる叔父のために予想外の足止めをくらうという展開が観ていてハラハラするわけだが、別にその時点で警察が『三十九夜』のように全力で2人を追っているわけでもないので、いまひとつ緊張感がわかないのが惜しい。ロバートの人相が知れ渡るテレビニュースみたいなツールも無いしね……のんびりしたもんです。
・どうやら仲が良くないらしい妹マーガレットからのチクリ電話によって、娘エリカに変な男が同行していることを知るバーゴイン署長。最初こそ「まぁあいつも年頃だし、彼氏の一人や二人……」と余裕の表情だったが、なんとその相手がくだんの逃亡者らしいと聞いて愕然としてしまう。とは言っても、愛娘が殺人犯の恐れのある男と2人きりでいるという絶望的状況にぶち当たった割には、的確に捜査網を張って2人を確保寸前まで追い詰めているので署長は意外と冷静である。さすが父娘、エリカに対して「そう簡単におっ死ぬようなやつじゃないよ、あいつは。」という堅い信頼があるのであろうか。
・本作は原題通りにロバートとエリカの逃避行が中心の物語となるので、運転席と助手席に並ぶ2人を映す「スクリーンプロセス」撮影のシーンが非常に多い。だが、さすがヒッチコック監督というべきか、バーゴイン署長の張った検問を抜けた時に慌てふためく警察官たちを背景に映すなど、合成前の映像にもしっかり演技をつけているので、観ていて飽きない。それにしても、2人が突破した検問のお巡りさんは、非常時にすぐ出動できるパトカーも用意していなかったのか……役に立たなすぎ!
・ほんとに一瞬しか使われないのだが、捜査網から逃れた2人が潜入した地方駅の車両倉庫を遠景で映すために、町並みから線路から、そこを走る汽車や自動車、果てはロバートとエリカの人形までをもミニチュアサイズで制作して撮影する力の入れようがものすごい。ふつうの特撮映画だったら、そういうのが出てきたらのちのちハデに破壊されるのかとか思うじゃん? それが、そんなスペクタクルほとんどないんだなぁ! 監督、ロケ撮影めんどくさかった!?
・浮浪者用の安宿「ノビーの宿」で、問題のウィル爺さんを待つロバート。逃避行でたまった疲労からついつい熟睡してしまい、朝に起きるとウィル爺さん用のベッドには誰かが寝ていた跡が! ここでの「人間の形にへこんだベッドの跡」という小道具が、のちのちの『サイコ』(1960年)のあるカットを彷彿とさせる。こんなに昔から使ってたキーワードだったんだなぁ。
・念願のウィル爺さんを確保したロバートは、エリカの車で駅から脱出するが、その時にミニチュアと実景を非常にうまく組み合わせたカーアクション撮影で、パトカーに追われる緊迫感を見事に演出している。ここ、横転クラッシュや爆発炎上が当たり前の昨今のハデハデなカーアクションから見ればかわいらしいことこの上ないひと幕なのだが、0コンマ何秒で切り換わるカット割りがスピーディなので、21世紀の現在でも固唾を呑んで楽しめる場面になっている。やっぱ、映像作品はカット割りが命!
・とっつかまえたウィル爺さんから、ベルトの無いロバートのコートをくれた謎の男の存在を聞き出し、2人はついに女優殺害の真犯人にたどり着く。この、ロバート、エリカとは別の「第3の逃亡者」の出現で邦題の伏線回収となるわけだが、ここまでかれこれ約1時間、真犯人の動向はまったく語られていないので、やっぱり邦題はいまいちピンとこない感がある。そもそも、真犯人は逃亡してねぇし! 薬のみながら頑張って働いてるし!
・駅からなんとか逃れたものの、結局エリカは逃げ込んだ炭坑で警察に確保され、ロバートとは離れ離れになる。ここも、単に別れたというだけでなく、1分そこそこの場面なのにかなり大規模な炭坑崩落の実寸大アクションを入れてくるのが贅沢きわまりない。エリカの愛車と愛犬、お疲れさまでした。
・ロバートと別れて警察の厳重な取り調べを受け、失意のていとなるエリカ。原作のエリカはバーゴイン署長の一人娘なのだが、映画版では4人の弟たちがいる設定となっている。普段は元気でうるさいのに、お父さんにこってりしぼられたエリカを気遣いシュンとなってしまう弟たちの様子がほほえましい。
・1~2日の逃避行の中でロバートが犯人でないことを確信したエリカだったが、逃亡犯を手助けした上に頑固にかばおうとする娘を深刻に思ったバーゴイン署長は、自身の辞表さえをも用意してロバート捜索に血道をあげる。まぁ、はたから見たらエリカの言動はストックホルム症候群以外の何者でもないだろうしね……
・しかし、バーゴイン署長が自身のバッジも懸けて捜索しているというのに、他ならぬ署長の邸宅に侵入してまんまとエリカに再会しおおせるロバートの逃亡スキルがハンパじゃない。1人で逃げてんじゃないよ、ヨボヨボのウィル爺さんも一緒なんだぜ!? ジャパンのニンジャもビックリな隠密行動術だ。
・真犯人につながるたった一つのキーアイテム「グランドホテルのマッチ」をつかみ取り、物語はついに伝説の「約70秒間のワンカット撮影」をまじえたクライマックスへ! そこで単に盛り上がる音楽を流すというだけでなく、演奏するバンドの中に……という演出が非常に巧妙でニクい。『暗殺者の家』でのオーケストラ公演中の殺人に並ぶアイデアだと思う。もちろん、こんな展開は原作小説のどこにもない。
・グランドホテルの場面は、観客がすでに冒頭で真犯人が誰なのかを知っているので、『刑事コロンボ』のように真犯人が追い詰められるハラハラを中心に描く倒叙ものミステリーのような楽しみ方となる。ただ正直言って、本作に名探偵のようなポジションの万能キャラがいないので(原作小説にはいるのに……)理論で真犯人が責め立てられる醍醐味はなく、エリカのいつもの義侠心によって「たまたま」真犯人が見つかるという結末なので爽快感はさほどないのだが、「天網恢恢疎にして漏らさず」といった因果応報なラスト、と言えるかもしれない。なによりも、捕まったことでホッとしたような朗らかな笑顔を浮かべる真犯人の表情が興味深い。結論:悪いことはしちゃダメ!!
いよいよ私の住む山形も雨のお天気が増えてきまして、梅雨入りももうすぐかな、という感じになってまいりました。とは言っても、まだまだ先かな。キュウリ、キュウリ! うちの食卓のどこかに必ずキュウリが顔を出す季節がやって来ます……キュウリが嫌いじゃなくてほんとに良かった。
キュウリって、食べるのが平気な人から見たら、そのまんまでも漬け物にしてもサラダに加えても、何にでも応用が利く素晴らしい食材ですよね。やみつきキュウリ最高!
しかし、そんな万能選手なキュウリでも、嫌いな人はその強い「青臭さ」が苦手なので、どの料理に参加しても必ずその存在感を隠さず発揮してしまうところがたまらなく嫌なのだそうです。確かにキュウリは、トマトやナスほど「生だった時代の自分を消す」ことはできませんよね。頑固一徹というか、自分を貫くというか。
ということで今回は、どのジャンルの作品を撮影しても、自身の色やセンスが隠しようもなく見えてしまうヒッチコック監督の諸作の中でも、特に「青春の青臭さ」のただよう傑作を……もう、何も言わないで! 強引なのは私が一番知ってるから。助けてキューちゃん!!
映画『第3逃亡者』(1937年11月公開 84分 イギリス)
『第3逃亡者(だいさんとうぼうしゃ)』 (原題:Young and Innocent)は、イギリスのサスペンス映画。イギリスの推理小説家ジョセフィン=テイ(1896~1952年)による、スコットランド・ヤードのグラント警部を主人公とする小説シリーズの第2長編『ロウソクのために一シリングを』(1936年)の映画化作品である。 ただし、本作での真犯人は、原作小説とは異なる人物に設定されている。
本作の見どころとして、クライマックスシーンにおけるクレーンを使った大がかりな移動撮影によって、真犯人の居場所を観客にだけ先に明示する約70秒間のワンカット撮影シーンが挙げられる。
ヒッチコック監督は本編開始15分34秒、裁判所前で小さなカメラを抱えた記者の役で出演している。
あらすじ
ある朝の海岸で、水着姿の映画女優クリスティーン=クレイの遺体を偶然発見した青年ロバート=ティズダルは、殺人犯と誤解されて逮捕されてしまうが逃亡し、警察に追われながらも、警察署長の娘エリカの助けを借りながら真犯人を探し出して自らの潔白を証明しようと奮闘する。
おもなキャスティング
エリカ=バーゴイン …… ノヴァ=ピルビーム(18歳)
ロバート=ティズダル …… デリック=デ・マーニー(31歳)
バーゴイン署長 …… パーシー=マーモント(54歳)
エリカの叔母マーガレット …… メアリー=クレア(45歳)
エリカの叔父ベイジル …… ベイジル=ラドフォード(40歳)
ケント警部補 …… ジョン=ロングデン(37歳)
ウィル爺さん …… エドワード=リグビー(58歳)
男 …… ジョージ=カーゾン(39歳)
クリスティーン=クレイ …… パメラ=カルメ(?歳)
おもなスタッフ
監督 …… アルフレッド=ヒッチコック(38歳)
脚本 …… チャールズ=ベネット(38歳)、エドウィン=グリーンウッド(42歳)、アンソニー=アームストロング(40歳)、ジェラルド=サヴォリ(28歳)、アルマ=レヴィル(38歳)
製作 …… エドワード=ブラック(37歳)
音楽 …… ルイス=レヴィ(43歳)
撮影 …… バーナード=ノウルズ(37歳)
編集 …… チャールズ=フレンド(28歳)
制作 …… ゴーモン・ブリティッシュ映画社
ということでありまして、今回はイギリス時代のヒッチコック監督の手腕もいよいよピークに近づいてきた、監督第21作の登場でありんす。
作品の内容に関するつれづれは、いつものように後半の視聴メモにまとめましたので総論から言いますと、この作品は全体的に非常にコメディチックでライトな雰囲気でありながらも、随所でヒッチコック監督の専売特許である「細かいカットの切り換えしによるスピーディな映像」が楽しめるハイクオリティな娯楽作となっております。
この作品、邦題が『第3逃亡者』ということで、『三十九夜』(1935年)みたいに主人公がヒーヒー言いながら逃亡するサスペンスなのかなと思われる方もいるかも知れないのですが、原題を直訳すると『若者と子ども』ということで、青年ロバートと18歳の少女エリカの2人が奇妙な逃走劇を繰り広げながらも、ロバートにおっかぶせられた殺人容疑者の疑いを晴らすべく真犯人を追うという愉快痛快な冒険スリラーになっているのです。
しかも、2人のうち実質的な主人公となるのは少女エリカのほうで、裁判所から逃走してお尋ね者となっているロバートに変わって活躍する場面が非常に多く、事件解決後のラストカットも彼女の笑顔になっているので、まるであの、薬師丸ひろ子あたりが主人公となって1980年代前半に大ブームとなった角川アイドル映画群、もしくは NHK-FMのラジオドラマシリーズ『青春アドベンチャー』や NHK教育(当時)の「少年ドラマシリーズ」 をほうふつとさせるジュブナイル映画の先駆け的傑作なんですね。カイ……カン♡
エリカを演じたノヴァ=ピルビームさんは、正面から見た顔こそ、眉毛と目つきがきりっとしていて実年齢以上に大人びた雰囲気はあるのですが、ロバートたち大人の男どもと並ぶといかにも体格が小さくて華奢ですし、横顔も意外とデコッぱちなラインを描いているので、人並外れて義侠心のあるだけのフツーの18歳の少女が青年の冤罪を証明するという、赤川次郎作品にありそうな、大人顔負けの子どもが大活躍する作品に仕上がっております。
作中のノヴァさんの凛としたたたずまいは非常にかっちょよく、薬師丸ひろ子というよりはむしろジブリアニメのヒロインのようなりりしさに満ちているのですが、たとえば警察の追手がすぐそこまで迫ってきているのに、冷静に愛車のセダンのフロントグリルにささったクランク棒を半回転させて、ノーミスでブルンッとエンジンを起動させて運転席に飛び乗る一連の仕草なんか、もうこれに惚れずになにに惚れるんだっていう漢前感ですよね。あれ、一発で起動させるのそうとう難しいんじゃないの!? かっけぇ!!
いや~、こういう映画が、第二次世界大戦のおよそ2年も前に作られてたんだねぇ。さすがはイギリス、文化レベルが高い。
ただ、実はここまで少女エリカが前に出てクライマックスまで活躍するのは、毎度おなじみヒッチコック監督による映画化の際の完全オリジナルな改変なのでありまして、本作の原作となった推理小説『ロウソクのために一シリングを』(1936年)では、エリカの活躍はせいぜい物語の中盤程までとなっており、ロバートの出番もさらに少なく、あくまでも女優殺人事件の捜査の中で発生したエピソードのひとつとしてしか語られていないのです。ヒッチコック監督、ふくらましたねぇ~!!
具体的に言うと原作小説『ロウソク……』は、序盤でロバートが女優殺害の濡れ衣を着せられる展開や、彼を助けるために警察署長の娘エリカが冤罪の証拠となる「ロバートのコート」を捜すという流れこそ同じではあるのですが、女優が生前に残した遺言書にロバートのことは全く書かれておらず、映画版には一人も登場しなかった女優の親族・関係者たちが捜査線上に容疑者としてあがっていくというように物語が分岐していきます。つまり、わりと早めにエリカの奮闘によってロバートが真犯人でないことが判明して、その後は女優の周辺の人物たちの中から真犯人を探し当てていくという、非常にまっとうな本格ミステリーにシフトしていくのが原作小説なんですね。
ここで特記しておきたいのですが、原作小説『ロウソク……』も、映画版とは全く違うベクトルでめちゃくちゃ面白い推理小説となっております! ハヤカワ・ポケットミステリから邦訳が出ているのですが、1930年代にこういう真犯人の設定してる作品があったんだ……と私はビックリしました。もちろん、映画版の真犯人とはまるで別の人物です。
これ、ふつうにデイヴィッド=スーシェの「名探偵ポワロ」シリーズみたいに原作に忠実に映像化しても面白いと思いますよ。ただ、本作の名探偵であるグラント警部がいまいちパッとしないんだよなぁ。原作でロバートをみすみす逃亡させてたのもこの人のせいだし。
でも、この原作の真犯人像って、好きですねぇ。スーシェ版の「名探偵ポワロ」の中にも、非常に似たテイストの犯人が出てくる傑作があるのですが、それも私、大好きなんだよなぁ。いいですよね、こういう人間の心の闇が生む犯罪……
意外とダークな味わいの原作小説と違って、ヒッチコックが映像化した映画版はきわめて明朗快活な娯楽作で、例えて言うのならば、日本の江戸川乱歩の大人向け通俗探偵小説『猟奇の果』(1930年)とか『影男』(1955年)が原作小説『ロウソク……』側で、子ども向け探偵小説の『怪人二十面相』(1936年)とか『超人ニコラ』(1962年)が映画版側、ということになるでしょうか。要するに、完全オリジナルではないのですが、原作の中の「エリカの大冒険!」パートのみの抽出してひとつの作品にまで拡大したのが映画『第3逃亡者』なわけなのです。
あ~そうか、イギリスで本作が出ていたのとほぼ同時期に、日本でも『怪人二十面相』を皮切りとする大乱歩の「少年探偵団シリーズ」も産声をあげていたんですなぁ。なんか、浅からぬ縁を感じますな。映画好きの乱歩だったらイギリスで『 Young and Innocent』という映画が出たという情報は絶対に掴んでいたでしょうけど、『怪人二十面相』の連載開始のほうが先なんですよね。イギリスに天才あらば、極東にも天才あり!
本作『第3逃亡者』は、ちょっとお堅いタイトルからは想像できないような、肩の力を抜いて楽しむこともできるファミリー向けな娯楽作となっております。ただし、ちょっとしたアクションにも細かなカットの切り換えしを入れて臨場感を持たせる編集の妙や、グランドホテルのロビーとミュージックホールの実寸大セットを壁ぶち抜きで製作し、そこを縦横無尽に動くクレーンを投入して70秒間長回しのカットを創出するカメラワークなど、当時のヒッチコックが全力をかけて本気で作った意欲作であることは間違いありません。エンターテイナーとしてのヒッチコックの、当時の時点での最高の仕事を堪能できる傑作になっていると思います。
唯一の瑕疵というのならば、作中の警察の方々がびっくりするくらいに無能ぞろいなところくらいですかね……『ルパン三世』第2シリーズの警察か君たちは!? ま、作品の流れ上、いたしかたないよね。有能だったらロバート速攻でとっつかまって話が続かないから。
まぁ、その「ヒッチコック史上最高」の記録は、このすぐ後の次作でいとも軽々と更新されちゃうんですけどね! すげーなヒッチコック!!
≪いつもの視聴メモ~!≫
・ジャズ調のアップテンポな音楽で始まり、開幕の嵐吹きすさぶ夜のシーンから、女優を殺害する真犯人の顔と、彼が女優の夫であること、そしてその犯行動機までもが矢継ぎ早に観客に提示されるというスピード感がハンパない。でも、原作小説の真犯人とは全くの別人なので問題ナシ!
・嵐の去った翌朝、快晴のドーバー海峡の砂浜に打ち上げられた女優の遺体! モノクロではあるのだが海岸の情景は非常に美しく撮影されていて、もともとヒッチコック監督が鉄道と同じくらいに海や船の撮影も好きであることを思い出させてくれる(『マンクスマン』や『リッチ・アンド・ストレンジ』など)。
・女優の遺体を最初に発見したがためにいろいろひどい目に遭ってしまう主人公ロバート。高身長のハンサムというわけではないのだが、マイケル=J・フォックスやオリエンタルラジオの藤森さんみたいな、人たらしっぽくて憎めない顔立ちの青年である。いいキャスティング!
・ロバートの次に遺体を発見して恐れおののく女性2人の表情に、空を舞うカモメのスローモーション映像をかぶせ、遺体を直接撮影しないところが非常にお上品。
・ちゃんと警察に通報したのに、「第一発見者こそ怪しい」みたいな雰囲気だけで身柄を確保されてしまうロバート。ひどすぎ……哀しいけど、これ、ヒッチコック映画なのよね。理屈よりもテンポ重視!
・被害者と親しかったことと、遺体のそばにあったベルトがロバートのオーバーコートから取れたものらしいことを警察が調べ上げ、ロバートの旗色は俄然悪くなってしまう。本作でのキーワードとなるこのベルトは、原作小説ではコートのボタンである。もちろん、映画として見栄えするという理由からの変更だと思われる。
・ロバートを追求する理知的なケント警部補を演じるのは、『ゆすり』(1929年)以来ヒッチコック作品にちょいちょい出演しているジョン=ロングデン。刑事役が似合う。
・殺された女優が生前、ロバートに資産1200ポンドを譲る旨の遺言書を残していたと知り、ロバートはプレッシャーのあまり失神してしまう。ちなみに1937年当時の1200ポンドの価値は、現在の日本円にして約1200万円である。う~ん、そんなに多くもないのが逆に生々しい!
・失神したロバートを、刑事そっちのけで率先して介抱する本作のヒロイン・エリカ! 演じるのはヒッチコック作品『暗殺者の家』(1934年)で子役を演じていたノヴァ=ピルビーム18歳。本作のタイトルでは身もフタもなく「子ども」と評されている彼女だが、のっけから義侠心にあふれた漢気あふれる勇姿を見せてくれる。顔立ちこそ正統派な美人ではないものの、いかにも刑事の娘らしくきりっとしたまゆ毛と鋭い眼光がすばらしい。親父さんのバーゴイン署長のほうが、逆にのほほんとした顔なんですよね。
・冒頭の真犯人といい失神したロバートといい、男どもが女優さんがたに、これでもかというほどにビンタされるくだりが頻繁に出る。ヒッチコック監督、ご趣味がもれてます!
・ロバートの顔を見て「人殺しをするような顔じゃない。」とつぶやくエリカ。それを聞いた刑事が「見た目で判断しちゃいけませんぜ。」と諭すと、何を勘違いしたのかエリカは冷たい表情で「べっ、別にタイプだからってかばったわけじゃないんだから!」と答える。お~い、ツンデレ! 第二次世界大戦前のツンデレ発見!! しかもこれ、原作小説にもがっつりあるくだり!
・そうやってエリカがツンとなったかと思えば、エリカのおかげで失神から目が覚めたロバートも、開口一番「し、失神なんかしてないぞ。」と意味不明な意地を張って応戦する。相性よすぎだろ、この2人。ちなみに、こっちのロバートの返し言葉は原作には無い。脚本、グッジョブ!
・登場してすぐに立ちまくったキャラクターを発揮するエリカだが、さらには警察署長の令嬢で車の運転もお手の物というおてんば娘でもあった。いや~、このへんのつるべ打ち感、21世紀でも全然通用する軽快なテンポである。映画というよりはテレビドラマっぽいけど。
・さほど物語には絡んでこないのだが、裁判がかなり不利な状況なのに他人事のようにのんびり天気の話などをして、ロバートが大丈夫なのかと尋ねると「今すぐ前金払える?」と外道なことをぬかす高田純次みたいな弁護士のおっちゃんがいい感じにひどい。そりゃロバートも早々に見切りをつけるわ!
・裁判所の喧騒にまぎれてみごと脱走に成功するロバート。ここでの、ちょっとした廊下の混みあいにまぎれた失踪からさざ波のように「被告が脱走したってよ!」の伝言ゲームが始まり、最終的に裁判所から全員が逃げ出してパトカーがバンバン出動する大騒ぎに発展するピタゴラスイッチな流れが非常に丁寧で面白い。その中にちっちゃなカメラを抱えた記者の役で、迷惑顔のヒッチコック監督自身がいるのも粋である。
・本作ではエリカの愛車として、当時としても古いと思われるオープン形式のセダン車が大活躍するのだが、いちいちフロントグリルに付けたクランク棒(スターティングハンドル)を回してエンジンを起動させなきゃいけないのが古式ゆかしい。ジブリアニメの『紅の豚』か! このコツのいる力仕事を自分でやれるっていうのが、エリカ18歳のすごいとこなんだな! 余談だが、1930年代の当時でも車内からの操作で電力によってエンジンを起動させる機能(英語でセルフスターター。日本でよく使われる「セルモーター」は和製英語)はすでに普及しており、クランク棒を使って起動させるエリカの姿は周囲からそうとう珍しく見られていたと思われる。今で言うと、うら若い娘さんがマニュアル車を運転しているようなものだろうか。かっこいいな!
・このエリカの愛車についてなのだが、実は原作小説での愛車(「ティニー」という愛称もある)は、イギリスの自動車メーカー「モーリス」の2ドア小型車である「初代モーリス・マイナー」(1928~34年製造 車長3m、重量700kg、最高時速88km)であると推定され、映画に登場するような立派な図体のセダン車(おそらく同じモーリスが1919~26年に製造していた「2代目モーリス・カウリー」と思われる)ではない。また、映画で描写されるようにクランク棒で人力起動させることもなく、普通に車内からの電力起動でエンジンをかけている。要するに、原作版のエリカは若い女性が一人で使用する車として機能的にも価格的にも順当な小型中古車を使っているのに、映画版のエリカはわざわざロープを使ってレバーを引きながら人力起動させなければいけない(=電力起動が故障している)ほどに古くて無駄にでかいセダン車を使っているのである。これはつまり、ロバートがエリカの車のトランクに隠れて裁判所からの逃走に成功するという映画オリジナルの展開のために小型車でなくセダン車にしたという理由もあるし、何よりも「画的に面白い」という動機から原作以上におんぼろな車種にしたものと思われる。いや~ヒッチコック監督、この頑ななまでの「原作がどうか知らんが、映画的には絶対にこっちの方が面白い」と確信した時のためらいの無いアレンジが微に入り細に穿ちまくりである。こまけ~!!
・中古車をはさんでのエリカとロバートの奇妙な出逢いから、2人がロバートの無実を証明するコートを探し求めるドラマチックな逃避行の始まりとなるのだが、原作小説での2人の接触はほんの数分間のみで、ロバートはエリカを巻き込むまいと早々に姿を消し、彼の無実を確信したエリカが単独でコートを探すという流れとなる。まぁそっちのほうが現実的なのだが、どちらのバージョンでもエリカが人並外れた義侠心の持ち主であることに変わりはない。むしろ原作版のエリカは行きがかり上の必要から、スカートの下に履いていたブルマの内側に刺繍された自分の名前を、初対面の中年男性にめくって見せるという映画版以上にきわどい行動もとっていて、ほんと、勇気と無謀が紙一重の大冒険をしてしまうのである。さすがにこれ、当時の映画界では映像化不可能だったろうなぁ。
・宿なしの連中がたむろする定食屋「トムの帽子」に単独潜入するエリカに、亭主がうっかり見慣れないコートを着たウィル爺さんの話をしてしまい、ウィル爺さんをかばおうとする連中と正直に話そうとするトラックの運ちゃん達とで壮絶な殴り合いに発展してしまう。ここ、やっぱり殴り合いの部分が映画オリジナルなので、別にウィル爺さんから金をもらってるわけでもないのに殴り合いまでする理由がよくわからない。まぁ、それだけ仲間意識の強いホームレスさんなんだな、ということで……
・展開的には強引なのだが、この客同士の大乱闘のおかげで、巻き添えをくらって流血してまでもエリカを救おうとしたロバートの勇気が証明される重要なシーンとなったので、映画的にはオールオッケー! でも、あのドリフのコントみたいな噴水のくだり、2人ともよく笑わずに演技できたな……
・ロバートの「君の左折に感謝するよ。」というセリフも粋だが、その後に並木道をさっそうと去って行くロバートの後ろ姿も、後年の歴史的名画『第三の男』(1949年)の構図を先取りしているようで小憎らしい。そしてそこからの「続くんかーい!」な流れは、ユーモアセンスが冴えわたる流れである。
・2人が忍んでエリカの叔父叔母の邸宅に寄ったところ運悪く誕生パーティの真っ最中で、しかも詮索好きな叔母とお人よしすぎる叔父のために予想外の足止めをくらうという展開が観ていてハラハラするわけだが、別にその時点で警察が『三十九夜』のように全力で2人を追っているわけでもないので、いまひとつ緊張感がわかないのが惜しい。ロバートの人相が知れ渡るテレビニュースみたいなツールも無いしね……のんびりしたもんです。
・どうやら仲が良くないらしい妹マーガレットからのチクリ電話によって、娘エリカに変な男が同行していることを知るバーゴイン署長。最初こそ「まぁあいつも年頃だし、彼氏の一人や二人……」と余裕の表情だったが、なんとその相手がくだんの逃亡者らしいと聞いて愕然としてしまう。とは言っても、愛娘が殺人犯の恐れのある男と2人きりでいるという絶望的状況にぶち当たった割には、的確に捜査網を張って2人を確保寸前まで追い詰めているので署長は意外と冷静である。さすが父娘、エリカに対して「そう簡単におっ死ぬようなやつじゃないよ、あいつは。」という堅い信頼があるのであろうか。
・本作は原題通りにロバートとエリカの逃避行が中心の物語となるので、運転席と助手席に並ぶ2人を映す「スクリーンプロセス」撮影のシーンが非常に多い。だが、さすがヒッチコック監督というべきか、バーゴイン署長の張った検問を抜けた時に慌てふためく警察官たちを背景に映すなど、合成前の映像にもしっかり演技をつけているので、観ていて飽きない。それにしても、2人が突破した検問のお巡りさんは、非常時にすぐ出動できるパトカーも用意していなかったのか……役に立たなすぎ!
・ほんとに一瞬しか使われないのだが、捜査網から逃れた2人が潜入した地方駅の車両倉庫を遠景で映すために、町並みから線路から、そこを走る汽車や自動車、果てはロバートとエリカの人形までをもミニチュアサイズで制作して撮影する力の入れようがものすごい。ふつうの特撮映画だったら、そういうのが出てきたらのちのちハデに破壊されるのかとか思うじゃん? それが、そんなスペクタクルほとんどないんだなぁ! 監督、ロケ撮影めんどくさかった!?
・浮浪者用の安宿「ノビーの宿」で、問題のウィル爺さんを待つロバート。逃避行でたまった疲労からついつい熟睡してしまい、朝に起きるとウィル爺さん用のベッドには誰かが寝ていた跡が! ここでの「人間の形にへこんだベッドの跡」という小道具が、のちのちの『サイコ』(1960年)のあるカットを彷彿とさせる。こんなに昔から使ってたキーワードだったんだなぁ。
・念願のウィル爺さんを確保したロバートは、エリカの車で駅から脱出するが、その時にミニチュアと実景を非常にうまく組み合わせたカーアクション撮影で、パトカーに追われる緊迫感を見事に演出している。ここ、横転クラッシュや爆発炎上が当たり前の昨今のハデハデなカーアクションから見ればかわいらしいことこの上ないひと幕なのだが、0コンマ何秒で切り換わるカット割りがスピーディなので、21世紀の現在でも固唾を呑んで楽しめる場面になっている。やっぱ、映像作品はカット割りが命!
・とっつかまえたウィル爺さんから、ベルトの無いロバートのコートをくれた謎の男の存在を聞き出し、2人はついに女優殺害の真犯人にたどり着く。この、ロバート、エリカとは別の「第3の逃亡者」の出現で邦題の伏線回収となるわけだが、ここまでかれこれ約1時間、真犯人の動向はまったく語られていないので、やっぱり邦題はいまいちピンとこない感がある。そもそも、真犯人は逃亡してねぇし! 薬のみながら頑張って働いてるし!
・駅からなんとか逃れたものの、結局エリカは逃げ込んだ炭坑で警察に確保され、ロバートとは離れ離れになる。ここも、単に別れたというだけでなく、1分そこそこの場面なのにかなり大規模な炭坑崩落の実寸大アクションを入れてくるのが贅沢きわまりない。エリカの愛車と愛犬、お疲れさまでした。
・ロバートと別れて警察の厳重な取り調べを受け、失意のていとなるエリカ。原作のエリカはバーゴイン署長の一人娘なのだが、映画版では4人の弟たちがいる設定となっている。普段は元気でうるさいのに、お父さんにこってりしぼられたエリカを気遣いシュンとなってしまう弟たちの様子がほほえましい。
・1~2日の逃避行の中でロバートが犯人でないことを確信したエリカだったが、逃亡犯を手助けした上に頑固にかばおうとする娘を深刻に思ったバーゴイン署長は、自身の辞表さえをも用意してロバート捜索に血道をあげる。まぁ、はたから見たらエリカの言動はストックホルム症候群以外の何者でもないだろうしね……
・しかし、バーゴイン署長が自身のバッジも懸けて捜索しているというのに、他ならぬ署長の邸宅に侵入してまんまとエリカに再会しおおせるロバートの逃亡スキルがハンパじゃない。1人で逃げてんじゃないよ、ヨボヨボのウィル爺さんも一緒なんだぜ!? ジャパンのニンジャもビックリな隠密行動術だ。
・真犯人につながるたった一つのキーアイテム「グランドホテルのマッチ」をつかみ取り、物語はついに伝説の「約70秒間のワンカット撮影」をまじえたクライマックスへ! そこで単に盛り上がる音楽を流すというだけでなく、演奏するバンドの中に……という演出が非常に巧妙でニクい。『暗殺者の家』でのオーケストラ公演中の殺人に並ぶアイデアだと思う。もちろん、こんな展開は原作小説のどこにもない。
・グランドホテルの場面は、観客がすでに冒頭で真犯人が誰なのかを知っているので、『刑事コロンボ』のように真犯人が追い詰められるハラハラを中心に描く倒叙ものミステリーのような楽しみ方となる。ただ正直言って、本作に名探偵のようなポジションの万能キャラがいないので(原作小説にはいるのに……)理論で真犯人が責め立てられる醍醐味はなく、エリカのいつもの義侠心によって「たまたま」真犯人が見つかるという結末なので爽快感はさほどないのだが、「天網恢恢疎にして漏らさず」といった因果応報なラスト、と言えるかもしれない。なによりも、捕まったことでホッとしたような朗らかな笑顔を浮かべる真犯人の表情が興味深い。結論:悪いことはしちゃダメ!!
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