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長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

あらためて立ち返ろう読書メモ 小説シム・フースイ Version 2.0『二色人の夜』

2025年05月07日 22時26分58秒 | すきな小説
 ハイサーイ! みなさまどうもこんばんは、そうだいでございます。
 やっぱり予想した通り、今年のゴールデンウィークもあっという間に終わっちゃいましたねぇ。みなさま、どっか楽しいところに行ってきましたか?
 私は5月3日の米沢上杉まつりの他には、5日に日本海側の山形県鶴岡市に出かけて海を見て、6日には内陸にある「私が生涯行った中で一番大好きな温泉」につかって来ました。それぞれの時間はそんなに長くはなく、やりたいことをやったらすぐ帰る強行軍みたいな日程だったのですが、最高にぜいたくなひとときでしたねぇ。大好きな温泉が具体的にどこかは……秘密!! TV でも紹介されるくらい有名な温泉だし、実際に私が行った時も他のお客さんがひっきりなしだったのですが、あのワイルド&唯一無二な空間設計がステキすぎて、山形市の北に行く用事がある時は必ず行くことにしています。でもあそこ、不定期に閉まってる日も結構あるし、そこに行くまでの坂道も狭くて急でね……おまけにゃヘタすると怪我しかねない危険さもある温泉なんですよ! だが、そのツンデレ感がたまんな~い!! 私はあの温泉を、ひそかに「惣流アスカ=ラングレーの湯」と読んでおります……式波さんでは、断じてない。湯につかり虚空を見あぐれば、気分はすっかり旧劇場版♡

 ……え? 沖縄? 行ってないよ!!

 そんなねぇ、山形県内の旅だけでこんなに満足しちゃってんですから、沖縄になんて行ける余裕あるわけないじゃないっすかぁ! 生きてるうちに一度は行ってみたいと思うんですが、まぁいつになりますかね~。

 そんな私にタイムリーな朗報が。なんと、今読もうとしている小説の舞台がどこあろう、沖縄なんですって! しかも、沖縄の中でもさらに西の果てにあるサンゴと白砂の楽園・石垣島なんだとか。

 いいじゃんいいじゃん、お金も時間もないわたくしにはうってつけ! これを読んで旅した気分にひたりましょうよぉ。サイコーじゃん☆

 ……なんて、読む直前まではウッキウキだったんですけどねぇ。


シム・フースイ Version 2.0『二色人の夜』(1993年12月)
 『二色人の夜(にいるぴとのよる)』は、荒俣宏の風水ホラー小説。「シム・フースイ」シリーズの第2作として、角川書店角川ホラー文庫から書き下ろし刊行された。
 本作に『帝都物語』シリーズの登場人物は再登場しない。

あらすじ
 1993年4月。広告代理店に勤務する鉅賀(おおが)くみ子は、都会の喧騒を離れ南海の楽園・沖縄県石垣島を訪れていた。ところが、青空のもと白砂のビーチに突如、異臭を放つサンゴの塊が出現する。そしてサンゴの傍には苦しそうにうめく三本足のニワトリが……楽園は一瞬にして不気味な気配に包まれる。しかしこの不吉な光景は、恐るべき神々の怒りの予兆にすぎなかった。


おもな登場人物
鉅賀 くみ子(おおが くみこ)
 東京の広告代理店に勤務する OL。1963年もしくは64年生まれの29歳。17歳の頃から世界中の海でシュノーケリングをすることが趣味で、沖縄には14歳の頃から旅行に訪れている。石垣島の川平(かびら)湾に今年オープンしたホテル「川平パラダイスリゾート」に宿泊している。普段から良からぬ災難の予兆を察知する感覚が鋭敏で、勤め先では「オートセンサー」という異名をもらっている。目が大きく、よく日焼けした女性。

安里 小夜(あさと さよ)
 川平パラダイスリゾートでフロント係の夜間アルバイトをしている17歳の女子高生。ホテルのある石垣島の米原地区に住んでいる。黒髪によく日焼けした小麦色の肌、栗色の瞳をしている。12歳の時に原因不明の頭痛と夢遊病に悩まされ、全身ずぶ濡れの大男の姿をした神から「かみだーり」に選ばれたと認識するようになり、そのためにホテルオーナーの河合の管理下に置かれている。かみだーりとなった直後に両親と弟を亡くし、現在は同じくかみだーりである祖母と2人で暮らしている。強烈な不眠症に悩まされている。

黒田 龍人(くろだ たつと)
 本シリーズの主人公。1958年7月生まれの痩せた男性。「都市村落リゾート計画コンサルタント」として東京都中央区九段の九段富国ビル5階1号で事務所「龍神プロジェクト」を開いているが、インテリアデザイナーとして風水の鑑定も行っている。風水環境をシミュレーションできるコンピュータプログラム「シム・フースイ」の開発者の一人。黒が好きで、黒い長髪に黒いサマーセーター、黒のサンドシルクズボンに黒のサングラスで身を固めている。喫煙者。事務所を離れる時もノートパソコンを持ち歩いてシム・フースイで調査する。その他に風水調査のために小型の望遠鏡も携帯している。異変が起きた際には、魔物を調伏するという仏法と北の方角の守護神・毘沙門天の真言を唱える。

有吉 ミヅチ(ありよし みづち)
 黒田の4年来のパートナーで「霊視」の能力を有する女性。1971年2月生まれ。北海道余市市(架空の自治体だが北海道余市町は実在する)の出身だが、自分の素性は龍人にも話さない。その霊能力の維持のために自らに苦痛を課す。病的に痩せた体形で、龍人と同じように黒を好み、黒いセーターに黒のミニスカートもしくは黒タイツをはいている。髪型は刈り上げに近い短髪。常に青白い顔色で薄紫色の口紅を塗っている。胸に七支刀をデザインした銀のペンダントをつけている。いわゆる霊道や都会の猫道、野生の獣道を感知する能力に長け、それらの道をなんなく踏破できる非常に高い運動能力とバランス能力の持ち主。仏法と北の方角を守護する神・毘沙門天に仕える巫女で、自身を鬼門封じの武神・弁財天の生まれ変わりだと信じている。龍人の仕事の手伝いはしているが、風水の効能はあまり信じていない。

河合 利明
 東京で、バイオテクノロジーを応用したニワトリやブタなどの畜産動物の品種改良により、食品産業の原料供給におけるシェアを独占して巨額の財産を築き上げ、その余暇で川平パラダイスリゾートを開発しオーナーを務めている実業家。「ベンチャービジネスの帝王」の異名を取る。40歳代後半。石垣島滞在時はホテルから徒歩で10分ほどの距離にある石崎の突端に建てたコテージで生活しており、コテージの庭の奥には厳重に管理された飼育小屋がある。身長185cm。

三沢 秀次
 川平パラダイスリゾートのマネージャー。30歳前後。沖縄本島の出身で、恩納村のリゾートホテルでフロントを務めていたところを河合にヘッドハンティングされた。


おもな用語解説
二色人(にいるぴと)
 古代の日本で信仰されていた、海上のはるかかなたにあると信じられていた他界「常世(とこよ)」から来訪する神のこと。沖縄県などの南島地域では、東の海上の果てにある他界を「ニライカナイ」とよび、特に八重山群島に来訪する神は「アカマタ(赤)」と「クロマタ(黒)」の2色の神であるとされ、そのために「ニロー神」や「二色人(ニイルピト)」と呼ばれている。来訪神は訪問した島の家々に祝いの言葉や耕作方法を伝え、穀物の豊穣や幸福をもたらすと信じられていた。恐ろしい顔をした神で、人の前に現れたら豊作、現れなければ凶作になると伝承されている。
 ちなみに、沖縄地方にはナミヘビ科に属する「アカマタ」という蛇(無毒)もいるが、生息しているのは沖縄県を構成する北部の沖縄諸島や鹿児島県の奄美群島であるため、沖縄県でも最南方に位置する八重山群島の石垣島にはいない。

ふさまろ(ふさまらー)
 八重山群島の波照間島で信仰される来訪神。本作では二色人の子神として、一つ目で小さな半透明のクラゲのような姿で登場する。

かみだーり
 沖縄方言で「神障り(かみざわり)」「神がかり」のこと。神に見込まれて神の意思を代行する役割に選ばれた人。

かみみち
 沖縄方言で「神の道」のこと。御嶽に住む神が海などに行く際に通るとされる神聖な道で、現地では神の道を塞ぐと祟りがあると信じられており、この道を塞がないためにわざと敷地を空けたりしている。御嶽を守るのろ達は、祈願や祭礼を行う時にこのかみみちを利用する。

うたき(御嶽)
 沖縄で古来から独自に育まれてきた宗教文化を象徴する神聖な祈願所。小さな祠であることが多いが、現在、御嶽の前に石鳥居が立てられているのは明治時代以降の宗教政策によるものであり、日本本州の神道とは全く関連が無い。

つかさ(司)
 沖縄の各地に存在する御嶽を守り村落ごとの祭礼や神事を司る、強い権威を持った宗教的指導者のこと。しかし風水文化は継承していない。

のろ
 御嶽の司に従い御嶽を守る神女のことで、地元民の祈願や先祖供養、祭礼などの儀礼を取り仕切る。

ゆた
 沖縄地方で古来から活動している呪術師、シャーマンのこと。神降ろし(口寄せ)や日取り占い、吉凶占い、霊視などを行う特殊な能力を持っている。司やのろは厳格な世襲制や家制度により継承される神職であるが、ゆたは原因不明の病気にかかった人間を他のゆたが「かみだーり」と認定することにより、快復後に新たなゆたになることができる。現在は特に宮古島でゆたが多く活動しているといわれる。

ふんしみ(風水看)
 沖縄地方に古来から存在している地相の占い師。住民の家や墓などの生活の場を建築する際に相を占い、村落の開発などでもアドバイスを行う。現在はかなり減少している。

抱護(ほうご)
 沖縄地方の村落の周囲に植えられた松林や、島の海岸線沿いに生息しているサンゴのこと。「村抱護」や「島抱護」と呼ばれる。風水用語で、北から吹くとされる悪風の邪気を防ぎ、幸運をもたらす気を周辺に散らさないために設置される。抱護の木の枝や葉、サンゴは取ることを禁じられ、取ると村や島全体が祟られて衰退するといわれる。

びっじゅる(びじゅる)
 沖縄地方の各島に見られる、島を守護すると信じられている石のこと。海の彼方の他界ニライカナイから島に流れてきて、海を豊漁にし島の子孫を繫栄させる聖なる石であるとされる。石垣島のびっじゅるは現在、川平町に三角錐型の高さ30cm 程の岩が3つ残っているが、これは本来、明帝国の万暦三十(1602)年に石垣島に漂着し定住して、琉球王国にも仕えた浙江省出身の中国人風水師ジィッカ=パッカが、石垣島の地相を改善する村抱護として3ヶ所の辻ごとに配置したものだった。びっじゅるの置かれた辻はそれぞれ、干潮時に川平下ノ村を刺す形で突出する対岸の「浜崎」、疫病や海賊が侵入しやすい「川平湾」、村落の繁栄を奪い取るとされる背後の三角形の山「川平前岳(まいびりぃ / ひざん)」の三悪所をにらむ形で三角形に配置されていたという。
 沖縄地方独特のびっじゅる信仰の起源については、日本本州の僧が仏教を布教した際に、手でなでると病気平癒や祈願成就が叶うとされた石像(撫で仏 / おびんずる様)の信仰が伝わり、それが地元に古くからあった奇岩信仰と融合したのではないかといわれている。明治時代から昭和初期まで、びっじゅる信仰は日本本土の宗教政策により禁止されていたが、太平洋戦争後に復活した。

悪石(あくせき)
 沖縄地方で見られる、津波などによって島の海岸付近に運ばれた大岩のこと。石垣島では大浜海岸の崎原公園に、江戸時代の明和八(1771)年の大地震による大津波で運ばれてきたとされる高さ6m、周囲27m、重量75t のサンゴ岩の悪石「津波うふいし」がある。大きな川の河口など、海岸線のサンゴ礁が途切れている地形に集中して運ばれることが多く、風水では幸運や財産運といった好ましい運勢を遮蔽し、悪運や魔物をもたらすものとして忌避されている。


 ……いや~、実に強烈な小説でした。ほんとに旅行してきたみたいに疲れた……

 すっごい沖縄、すっごい石垣島な小説! 実際に行ったことは一度もないんですが、まるで行ったかのような気分になれる圧倒的リアリティ。じりじりとした太陽の照りつけや、カラフルな魚たちが舞い踊る碧い海の世界。そこから一転して、黒々とした闇が迫る夜の潮騒のおどろおどろしさ……全ての情景描写が身に迫って来るかのような質感を持っている、荒俣先生の筆力のすさまじさがいかんなく発揮された大傑作です。

 でも、これを読んだ後に石垣島に行きたくは……ならないかな!?

 本作は徹頭徹尾、物語の舞台が石垣島オンリーとなっておりまして、本シリーズの主人公である黒田龍人と有吉ミヅチの「ツン95% デレ5%」コンビが登場するのもお話が1/3ほど進んでからの重役出勤となっていますので、前作にもまして『帝都物語』とは無縁な作品となっております。いちおう申し訳程度なファンサービスみたいに、石垣島の歴史が語られる流れの中で「石垣島の平将門ことオヤケ赤蜂」という言葉が出てきてニヤッとさせるのですが、ほんとに『帝都物語』サーガとは「一見」まるで無関係なお話になっているのです。「一見」はね……

 ちょっと脱線してしまいますが、「シム・フースイ」シリーズ唯一の映像化作品となっている1997年のドラマ作品『東京龍』は、同じ年に刊行されたシリーズ第4作『闇吹く夏』(1999年の文庫化に伴いゲーム化もされている)を原作の主軸としているのですが、それ以外に過去作の要素も取り入れられており、シリーズ第1作『ワタシ no イエ』からでいいますと、TV の情報番組クルーが取材した家屋の壁がカビの異常発生のためにぶよぶよに腐食されているといった描写が挿入されていました。
 それで、今回の『二色人の夜』からの要素で言いますと、ドラマ版の有吉ミズチ(ミヅチではない)が沖縄の出身(ただし石垣島でなく与那国島)であること、祖母と二人暮らしであること、海から聞こえる何者かの恐ろしい声を聞いておびえる展開などが反映されているようです。そしてその中では、龍人の祖父である黒田茂丸がかつて与那国島を訪れて、島に入り込む悪風を防ぐための聖石びっじゅるを設置していたという過去の因縁が開かされるのですが、これは本作で言及された伝説の風水師ジィッカ=パッカの役割をそのまんま茂丸がぶんどっちゃった形になるでしょう。ちなみに『二色人の夜』に茂丸の名前は「し」の字も出てきませんし、原作のミヅチの実家は北海道です。
 こういった感じなので、ドラマ版のミズチはどっちかというとミヅチではなく本作のヒロインである安里小夜のキャラクターを濃厚に継承した人物像になっているのですが、その非凡な霊能力の描写が、ドラマ版ではだいぶ抽象的でソフトな感じになっていることは言うまでもないでしょう。当時の中山エミリさんに、『二色人の夜』の小夜が体験した忌まわしい神との接触の日々を演じさせるわけにはいかないよな……いや誰にだってやらせられないよ!!

 そうなんですよ……この『二色人の夜』でも、やっぱりというかデスヨネーといいますか、「ヒロインがとこっとんヒドい目に遭いまくる」という荒俣ワールド定番の展開は健在どころか、むしろギアが上がっているような気さえする苛烈っぷりなのです。荒俣せんせー!! その TVで見せる笑顔が怖すぎる……

 今回はメインのヒロインは間違いなく石垣島の少女・安里小夜で、途中から石垣島にやって来たミヅチも「あたしがヒロイン! ガキは引っ込んでな!!」とばかりに参戦してくるのですが、やはりニライカナイからやって来るアカマタ・クロマタとおぼしき荒々しい神の怒りを一身に受けてしまう小夜の座は揺るぎもしません。そして、そのために小夜は思春期になったばかりの頃から、少女が体験するにはあまりにも悲惨なかみだーりの宿命を背負ってしまうのでした。今回の犠牲者はこの娘か……

 ただし、作中でクライマックスの土壇場までずっとミヅチが小夜に対して厳しい態度を崩さなかったのが、決してヒロインの座を奪われそうになったからとか、龍人を盗られそうになったとか、北海道出身だから沖縄の風土がキライだからとかいう単純な話でないことは、前作でほのめかされたミヅチのつらすぎる過去を知っている読者ならばすぐにわかることでしょう。そう、ミヅチが小夜につらく当たるのは、自分と同じにおいの心の傷を負っていることを敏感に察知してこその、「自分のような過去に囚われた生き方はしてくれるな」という想いのあらわれだったのに違いありません。だから、クライマックスでのミヅチのあの姿がとっても感動的なんでしょうね。
 う~ん、荒俣先生はぱっと見、自分の好きな女性キャラにこそグイグイえげつない受難を降り注ぐ、まさに本作の荒ぶる神そのものみたいなどS 性しか感じられなさそうなのですが、要所要所で女性が女神レベルに輝く瞬間をさしはさんでくるんですよね。このさじ加減が、限りなく「本物」っぽいんだよな……Oh,it's アブノーマル!!

 いや~それにしましても、小夜の過去を振り返るくだりが本当にキツイ! 西洋のポルターガイストや悪魔憑き(『エクソシスト』!!)、日本の狐憑きなどの例を挙げるまでもなく、思春期の女性というキーワードがオカルトにもたらす影響は非常に大きいわけなのですが、現代日本ではストレートに精神障害の症例となりかねない小夜の錯乱が、石垣島では「かみだーりの証し」と解釈されてしまうという展開が、果たして小夜にとって良かったのかどうか。おそらく本作の終わった後、小夜は石垣島でゆたの能力を持つ女性として生きていくことになるのでしょうが、それは普通の女性ではいられなくなるという残酷すぎる宣告でもあると思うんですよね。神に選ばれるということがどれだけつらいことなのか……『二色人の夜』は、小夜を通してそのリアリティを非常に執念深く描き切っている作品だと思います。そういう意味でこの小夜ちゃんというキャラクターは、沖縄地方のゆたと呼ばれる人々の生きざまを代弁させると同時に、一地方固有の文化という枠を超えて、ある集団の中で畏怖の対象となってしまった不思議な能力を持つ女性、例えば明治時代の千里眼ブームの渦中にいた御船千鶴子・長尾郁子・高橋貞子・長南年恵といった悲劇の系譜を受け継ぐヒロインとなっているのです。つまり、小夜ちゃんはあの『リング』の山村貞子の母親になり得る母性を、その小さな身体に秘めているのだ!! いや、1993年当時に貞子大姐さんはもうデビューしてましたけど。

 こういう風に今回の『二色人の夜』は、もうとにかく「石垣島の小夜と荒ぶる神」まわりの造形描写に荒俣先生が120% 筆力を全振りしたかのようなフルスイング作となっており、それがゆえに、小説作品としてのパワーバランスが少々不安定になっている、といわざるを得ない副作用も生じてしまっているようです。

 具体的に申しますと、本作のゲスト悪人のやってることが安っぽいし打算的だしカッコ悪い!
 前作に引き続き、今回の悪人枠である生物の品種改良で財を成したベンチャー企業社長の河合もまた、「表向きは現代社会で成功しているえらそうなおっさん」というキャラクターとなっているのですが、前作の悪人・田網はそれなりにチベット密教の修行に心血を注いでダライ・ラマとも親交があるという大物ではありました。ま、末路は情けなかったけど……
 それに比して今回の河合はというと、倫理観ゼロの生物改良を嬉々として進めるは、人の心を盗み見るという品性下劣な VRの悪用を試みるはで、その悪さこそ個性的ではあるものの、その生き方に荒俣先生ごのみの歴史的バックボーンがまるでなく、単に「最先端科学の使い方を間違っているひと」というカラーしかついておりません。キャラとしての魅力が圧倒的に不足しているんですね。前作の田網なんか、自分の理念を追究しすぎたあまりに家の内装を、勝手に蠕動してげっぷしたり結露した水をぼたぼたたらしたりする『ごっつええ感じ』のコントみたいな感じにしちゃってんだぜ!? それに引き換え今回の河合は快適な石垣島のコテージで真昼間からビールって……もっと身体はれや!!

 だいたい、河合の計画の行き当たりばったり感というか破綻っぷりは作中でもかなりドライに指弾されていまして、まずその、扱う家畜の「脚を増やして可食部アップで大もうけ!」という小学生でも思いついた瞬間にダメだと気付くような発想がひどいのですが、これは言うまでもなく「フライドチキンのニワトリは3本足」という古典的な都市伝説を基にしたものでしょう。
 にしても、作中に出てくる3本足のニワトリはしっかりと「2本の脚で駆け回っていてもう1本が腰についてブラブラしている」という、奇しくもつい最近『機動戦士ガンダム ジークアクス』に出てきた2機の改造リックドムみたいな姿に描写されているのです。
 つまりそれって、せっかく増やした第3の脚はろくに運動もできないから筋肉なんか育たないってことですよね? じゃあ商品にならないじゃん! そんなもん増やすのにどのくらいお金かけてるんでしょうか?
 そして、この作品の舞台となった1993年当時は今ほど SNSが発達していなかったのはもちろんだったとしても、なんてったって商品の清潔なイメージと品質保証が最優先の食産業の話なんですから、いくら一企業が関係者全員の口をつぐませようとやっきになったのだとしても、ヘンな姿をした家畜の流通などというおもしろすぎる話題が世間に漏れないわけがありません。

 その証拠に見てください、作中の後半では、その非常に地道な「赤いのぼり旗と望遠鏡とタクシー無線」という、『砂の器』の今西栄太郎刑事もビックリな地に足つきまくり捜査法の末に、龍人がやっとこさ河合のコテージを発見した時も、それを聞いたタクシーの運転手が、

「あぁ、あの河合さんのコテージね。なんか3本足のニワトリを飼ってるって有名さぁ~。」

 みたいに盛大すぎるネタバレを炸裂させてしまっているのです。た、龍人の汗水たらした風水捜査の意味って一体……
 ほれみい! 石垣島でさえ止められないのに、日本全国でニワトリの秘密を隠しおおせられるわけがないじゃんかよ~う!! こんなん、龍人とミヅチがどうこうする以前に、マスコミの格好の餌食になって河合の会社がぶっ潰れることは火を見るよりも明らかでしょうがぁ!! 南無……

 ここでさらに考えてみますと、そもそもベンチャーの帝王とか言っておきながら、その帝王が日本のはずれの島のホテルのオーナーを昼からビールあおりながらやっているという状況からしておかしな話で、作中で日本本土での仕事の話が全然出てこないことからも、もしかしたらこの河合って、その絶望的な倫理感覚の無さがあだとなって、東京の本社からていのいい追放を喰らっていたのではないでしょうか。たぶん、東京の会社に置けるわけないから3本足のニワトリの施設も抱き合わせにされて。ウン千万するっていうVR のゲーム筐体っていうのも手切れ金だったんじゃないの……?
 あわれな……おそらく河合の会社にはさいわい『オースティン・パワーズ』のMr.ナンバー2みたいな有能な経営者がいて、河合はみごとに会社を丸ごと乗っ取られたのではないでしょうか。そう考えてみると、ああいうふうにどうしようもない河合も、ちょっとは味わいのある哀愁ただようキャラクターに見えてくるんじゃないかな。石垣島での龍人にぶん殴られるまでの日々は、人生で一番たのしいひとときだったんだろうな……合掌。

 つまるところ、正直、龍人とミヅチによる悪人退治は小説を終わらせるための方便にすぎず、本作の魅力はあくまでも、石垣島を取り巻く歴史や風水に見られる島民と大自然との相克の軌跡の活写、これに尽きるのです。

 そしてさらにこの『二色人の夜』という物語は、一見、荒俣先生がかつて世に出した『帝都物語』とはまるで無関係な南国の島の物語のように見えるのですが、実はかなり精巧に設計された「『帝都物語』の再話」であるという構図がほの見えてきます。
 そう、今回のお話を構成する要素はすべて、『帝都物語』の中で別の形で出てきたものばかり! ちょっと比較してみまひょ。

〇物語の舞台 …… 『帝都』は東京、『二色人』は石垣島
〇登場する破壊者 …… 『帝都』は加藤保憲など、『二色人』は河合利明(風水を無視したリゾート開発)
〇破壊者に怒る存在 …… 『帝都』は平将門、『二色人』はアカマタ・クロマタ
〇犠牲となるヒロイン …… 『帝都』は辰宮由佳理&目方恵子&大沢美千代、『二色人』は安里小夜&有吉ミヅチ
〇ヒロインの支援者 …… 『帝都』は鳴滝純一とか黒田茂丸とか団宗治、『二色人』は鉅賀くみ子と黒田龍人
〇破壊者の眷属 …… 『帝都』は式神とか護法童子とか水虎、『二色人』はヘンな VR体験マシーンと三本足のニワトリ

 どうですか~? かなり構図が似通っているではありませんか。
 まぁ、明確な違いとしては、帝都東京における将門公が眠り続けているのに対して、石垣島の神々は完全に目が覚めているどころか、ブチ切れまくりで島にゴロッゴロ悪石をうちあげさせているという点です。さすがは、荒ぶる神……

 余談となりますが、2025年現在にこの『二色人の夜』を読んだうえで石垣島に興味を持って調べてみますと、本作でアカマタ・クロマタと同一視されていた荒ぶる神の正体が、なんと小説の発表後の2000年になって答え合わせのように「銅像となって」画像表示されることに気づかされます。

 ご覧ください、この大男の銅像。大きく足を開いて片手に太い棒を握り、もう片方の筋骨隆々たる腕の先にある節くれだった指は、おそらくは沖縄本島の琉球王朝を狙いさしているのではないでしょうか。
 そして、怒りに打ち震え絶叫する、その表情! これは明らかに、ともに立ち上がってくれる石垣島の民衆を鼓舞する反逆者のあかし。

 いや~、こんなに躍動的でエネルギッシュ、観る者を肝胆寒からしめるおそろしげな銅像があるでしょうか。
 その銅像の主の名は、「オヤケ赤蜂」!! うわーやっぱ将門公だったぁ!!
 これこれ! その姿はもう、小夜が幻視したっていう「全身ずぶ濡れの恐ろしい顔をした大男」そのものじゃないっすかぁ!!

 オヤケ赤蜂という人物は15世紀末に実在した八重山地方の豪族で、琉球王国との間に激しい戦争を繰り広げた石垣島の英雄と今なお讃えられている人物です。伝承によれば、その身の丈2m とか! 小夜の描いた神の姿は、誇張でなどなく解像度の非常に高いものだったのだ!!

 う~ん、荒俣先生もニクいねぇ! ふつうに小説を読んだだけでも荒ぶる神はアカマタ・クロマタとして納得できるようにできているのですが、そこをもうちょっとツッコむとオヤケ赤蜂という「真の正体」が見えてくるという二重のミステリーになっているのです。よくできてるなぁ。

 しかし、ここまで考えてきますと、やはり周囲の別の社会を意識せずにはいられない「島」の宿命といいますか、昔は琉球王国の侵略を受け、今は日本本土の資本主義リゾートビジネスの侵食にさらされているという石垣島の苦難の歴史を思わずにはいられません。ここらへんのはかなさが、『帝都物語』の東京とはちょっと違うところなんですよね。

 そして、我が『長岡京エイリアン』として無視できないのは、この石垣島もまた、その隣にある竹富島にとっては大いなる「他者」なのだということなのです。その入れ子のような構図を、私はかつてあの隠れもない名作映画『星砂の島 私の島 アイランド・ドリーミン』(2004年)で学んでいました! うをを、亀井絵里さま~!!
 島に歴史あり、人に歴史あり。あの映画では竹富島にとっての「一番近くにある都会」になっていた石垣島も、そこはそこで大変な苦難の道を歩んできていたのですな。いや~、その地域の歴史と文化を知ることって、ほんとに大切で、心を豊かにする知的冒険ですね。


 今回もずいぶんと長くくっちゃべってしまいましたが、ともかく言えるのは、本作があの『帝都物語』にすらひけをとらない、とんでもない濃度の野心作になっているということです。ところどころ、まるで雑誌『怪』かなんかの沖縄取材ルポ記事のようにリアルな描写があり、まさに現地のロケーションから筋立てを構築していく風水占術を地でいく捜査を龍人たちが進めていくくだりが圧巻です。そして、小夜と荒ぶる神との愛憎ないまぜになった関係のすさまじさ……本当に、荒俣先生が西欧文化とは全く異質な価値観の世界にドラマを見いだす小説家であることを如実に証明している作品だと思います。
 単なる南国リゾート怪談とあなどるなかれ! 本作はその真逆、地方文化のリベンジ宣戦布告の記なのだ。

 石垣島出身の BEGINさんの音楽をたのしむだけもいいですけどね、やっぱ石垣島の来し方に興味を持ってみることもお勧めしますよ。

「♪こと~ぉばぁの~ いみ~ぃさぁえ~ わかぁ~あ~らぁないぃ~」

 なんて言ってたら、オヤケ赤蜂に首がもげるほどぶん殴られるかもしんないぞ! 助けて毘沙門天さま!!
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あらためて立ち返ろう読書メモ 小説シム・フースイ Version 1.0『ワタシ no イエ』

2025年05月04日 23時16分36秒 | すきな小説
 ゴールデンウィーク、大突にゅー!! みなさま、いかがお過ごしでしょうか? そうだいです~。
 今年の黄金週間、私としましては「なんとかかんとか『週間』になってる……?」という感じでやや短めなのですが、まぁお休みをいただけるだけありがたいだろ文句言うな!ということで、ね。満喫したいと思います~。

 つい昨日も、同じ山形県の米沢市で行われていた「米沢上杉まつり」の最終日イベント「上杉軍団行列と川中島合戦再現」を見てまいりました。
 このイベントほんっとに大好きでして、応募して合格すれば上杉軍の雑兵になって軍団行列や合戦に参加できるということで、私は2022年度と24年度の2回、従軍してまいりました。かなり疲れるけどとっても楽しいです。
 今年は普通に観客として行列と合戦を楽しんだのですが、いちおう自分の中では、もう雑兵としての参加はしないことにしております。体力的には全然問題が無いのですが、去年の川中島合戦であんな最高な体験をしちゃったら、たぶん今後それ以上の満足感は得られないんじゃなかろうかと思いますので……具体的にどんなことがあったのかは、私と信玄公(演・角田信朗さま)とのヒ・ミ・ツ☆ おそらくは永禄四(1561)年にあった本チャンの第4次川中島合戦でも起きなかったであろう奇跡がぁ~ん。

 米沢上杉まつりの何が好きって、米沢市のまさに老若男女がこぞって集まって祭りを楽しんでる感がひしひしと伝わってくるのが最高なんですよね。単に歴史好きな人と地元のお年寄りだけが頑張って盛り上げてるわけじゃないんですよ。
 よく、ああいう歴史イベント、特に合戦の再現行事に対して「ちゃちい」とか「笑いながらやってて真剣感が無い」とか、謎の上から目線でエラそうにぬかす声がありますが、そういうことは実際に兵士になって炎天下や寒い風の下で数時間歩きまわって数百m の戦場を駆けずり回ったことのある人だけ言っていただきたいです。
 特に米沢の川中島合戦に関しては、戦場の雑兵の半分以上が現役の地元高校生のみなさまでして、貴重なゴールデンウィークのさなか、朝もはよから集合させられて重たい鎧装束を着させられて夕方まで従軍させられてるんですよ! それでも友達同士で笑顔でやり切ってくれるんですから、日本の未来も明るいよ!! 上杉軍の中でも最強と謳われた柿崎和泉守景家の先鋒隊は、めっちゃ日焼け止めクリームのにおいがするぞ!!

 実際、昨日私が観客席に座って合戦を観ていたら、前に座っていた歴史イベントに似つかわしくないギャルギャルしたお嬢様がたが、「なつかしー! あたし水原(常陸介親憲)隊だった。」とか、「がんばって思い出したら、今でも柿崎隊やれっかも!」とかワイワイはしゃいでおられたのには吃驚してしまいました……戦国最強とも恐れられた上杉謙信の兵として従軍した経験のあるティーンがけっこういる町・米沢! 火縄銃マジうるさい。

 どこでも人口減少が止まらないと言われている地方都市ですが、一年に一度だけでも、こういう町をあげての大イベントがあるっていうのは素晴らしいことですよね。私の住んでる山形市も山形城の復元だけじゃなくて、例えば「東北の関ヶ原」とも言われた長谷堂城の攻防戦あたりを再現したらいいのになぁ。でもあれ、現代で人気のある直江兼続とか前田慶次郎利益とかが完全に敵側なんでね。同じ山形県の同胞である米沢を敵にまわすのは得策ではないのう。

 まま、こんな感じで今年も米沢上杉まつりは楽しかったです。前日が大雨でもこの日だけは毎年絶対に暑いくらいの快晴になるのが不思議ですよ。祭りも最高なんですが、実は個人的には、その後の夕方に行く米沢のスーパー銭湯「鷹山の湯」のひとときも欠かせなくって……電気風呂が死ぬほど好きです。


 ……え~、そんでもってまぁ、今回は荒俣宏先生の小説の感想です。脈絡が無さすぎる。
 あのね、つい先日に「池松壮亮さんの金田一耕助シリーズを観るのがゴールデンウィークの楽しみだ」とかなんとかほざいていたのですが、NHK BS での放送は「2週に1回」ということで、みごとにゴールデンウィークをまたいでしまっておりました。もう、いけず!
 ですので、この連休中は荒俣先生の小説を読むということで代替とさせていただきます。なんと実に30年以上前の作品ということで、鮮度もタイムリー感もあったもんじゃありません。でも、これこそが『長岡京エイリアン』クオリティ!!


「シム・フースイ」シリーズ(1993~99年 全5作)とは
 「シム・フースイ」シリーズは、荒俣宏による風水ホラー小説シリーズである。現在、角川書店角川ホラー文庫から5巻まで刊行されている。
 『帝都物語』シリーズ(1983~89年発表)に登場した風水師・黒田茂丸の孫である黒田龍人が主人公となり、風水の力を用いて怪事件を解決していく。のちに TVドラマ化(再編集され映画化)、ゲーム化された。ちなみに黒田龍人は小説『帝都物語外伝 機関童子』(1995年6月刊)にも登場する。

TV ドラマシリーズ『東京龍 TOKYO DRAGON』(1997年8月放送 全4話)
 NHK のハイビジョン試験放送にて1997年8月25日から4夜連続で放映されたエンターテイメント番組『荒俣宏の風水で眠れない』内で放送された、「シム・フースイ」シリーズ作品を原作とした1話約30分のミニドラマシリーズ。
 『荒俣宏の風水で眠れない』は2部構成となっており、第1部がドラマ、第2部が風水を易しく解説したミニ講座『東京小龍』(出演・田口トモロヲ、荒俣宏、建築家の毛綱毅曠)となっていた。
 本作は再編集され、1997年11月に映画『風水ニッポン 出現!東京龍 TOKYO DRAGON』(配給エースピクチャーズ)として劇場公開された。
 なお、本作は映画編集版がビデオリリースされたが DVDソフト化はされていない。

おもなキャスティング
黒田 龍人   …… 椎名 桔平(33歳)
有吉 ミヅチ  …… 中山 エミリ(18歳)
庄野 夕子   …… 清水 美砂(26歳)
矢崎 昭二   …… 中尾 彬(55歳)
佐久間     …… 清水 綋治(53歳)
新井 美樹   …… さとう 珠緒(24歳)
鈴木 英夫   …… 三代目 江戸家 猫八(75歳)
サキコ     …… 若松 恵(17歳)
ゼネコン役員  …… 寺田 農(54歳)
留守電の依頼客 …… 青野 武(61歳)
黒田 茂丸   …… ミッキー・カーチス(59歳)

おもなスタッフ
監督 …… 片岡 敬司(38歳)
脚本 …… 信本 敬子(33歳)、山永 明子(40歳)
音楽 …… 本多 俊之(40歳)
CGI スーパーバイザー …… 古賀 信明(38歳)

プレイステーション用ゲームソフト『闇吹く夏 帝都物語ふたたび』(1999年4月リリース ビー・ファクトリー)
 「シム・フースイ」シリーズ第4作『闇吹く夏』(1997年6月刊)を原作としたアクションアドベンチャーゲーム。


 きましたきました、角川ホラー文庫、初期の名物シリーズとなっていた荒俣先生の「シム・フースイ」シリーズのご登場だ!

 ここのところ、魔人・加藤保憲に憑りつかれたかのように小説『帝都物語』シリーズの読書感想をつづってきた我が『長岡京エイリアン』なのですが、無事に『帝都物語』本編の全12巻も終わりまして、お次はそこから派生した諸作品についてというふうにお鉢が回ってまいりました。

 それで、順当ならば『帝都物語』以降で最初の派生作品となる小説『帝都物語 外伝』(1995年)にいくべきなのかも知れませんが、実はその前に荒俣先生、『帝都物語』の登場人物である風水師・黒田茂丸の孫であるとされる黒田龍人が活躍する「シム・フースイ」シリーズを始めておりましたので、「毒を喰らわば皿までも」ということで、まずこっちから扱うことにいたしました。
 こういった、「『帝都物語』の登場人物の孫が出てくるシリーズ」という関係なので、いわゆる「スピンオフ」とさえも言えないうっすい繋がりです。余談ですが、この「既出登場人物の孫が活躍」っていう設定、奇しくもこの「シム・フースイ」シリーズが始まる直前の1992年末からマンガ連載が始まった『金田一少年の事件簿』と共通していますよね。もしかして荒俣先生、ここからヒントもらった!?
 でも、なんてったって荒俣先生が満を持して世に出す「風水ホラー小説」だってんですから、スルーする手なんてあろうはずがないのであります!

 ……とかなんとか威勢のいいことを言ってますが、まぁ、こっちの「シム・フースイ」シリーズ、私は一冊も読んだことが無かったんですけどね。

 しょうがないね~。でも、中高生時代に『帝都物語』でガツンといてこまされちゃった私に、もはやその他の荒俣先生作品を読む余力などあろうはずもなかったのでありまして。あれから30年の時を経て、やっと腰をすえて読める「荒俣パワー半減期」が訪れたのだということでカンベンしてつかぁさい!

 このシリーズは1993年に創刊した角川ホラー文庫の最初期からラインナップされていたので、作品自体は読んでなくても、同じホラー文庫から出ていた鈴木光司の『リング』とか瀬名秀明の『パラサイト・イヴ』とかを読んだ人だったら、巻末の宣伝ページでタイトルだけ見たことはあるのではないでしょうか。
 かくいう私もその口でして、当時角川ホラー文庫から出ていた江戸川乱歩の諸作品(『屋根裏の散歩者』とか『化人幻戯』とか)をチェックしていた身としては、「シム・フースイ」シリーズは近くて遠い存在だったのでありました。でも今さらながら、なんで乱歩作品が「ホラー」だったのか……まぁ、裏でなんかいろいろあったんでしょ。

 でも今回調べてみて、このシリーズがいちおう映像化されていたということも初めて知って驚きました。NHK ハイビジョンでやってたってことは、当時は私の実家では視聴できなかったのかな。レンタルビデオ店でも見たことないなぁ~。主人公の黒田龍人を椎名桔平さんが演じているということで、これはおそらくドラマ版『東京龍』以前、1995~96年にテレビ朝日で深夜に放送されていた伝説の SF犯罪捜査ドラマ『 BLACK OUT』での主演をうけてのキャスティングだったのではないでしょうか。『 BLACK OUT』は近未来の科学捜査で怪事件を解決してゆく『怪奇大作戦』系統の内容だったのですが、こちら「シム・フースイ」シリーズは東洋伝統の風水術で現代の怪事件に挑むということで、プロセスはだいぶ違っていても雰囲気は似ていると思うんですよね。そして、作品で扱うテーマも共通項が多いような気がします。当然、発表の順番としては荒俣先生のほうが先であるわけなのですが。
 ちなみに、当時の私が椎名桔平さんの存在を本格的に認識するようになったのは、『 BLACK OUT』でも『東京龍』でもなく、その後1998年以降のやたら椎名さんの全裸ショットを全面的に押し出した「日清ラ王」のコマーシャルからでした。ミーハーだねー!! やっぱあの会社のCM、昔から頭おかしい……

 ということでありまして今回、名前だけは昔からよく知っていたシリーズをやっと初読していくということで、『帝都物語』の再読とはまた違った感じでワクワクしております。
 まぁ、大好きな魔人カトーご本人が登場する期待値はほぼゼロに近いのですが、荒俣先生の風水ホラー小説ナンボやねんということで、まずは記念すべき第1作から、いってみよー!!


シム・フースイ Version 1.0『ワタシ no イエ』(1993年4月)
 角川書店角川ホラー文庫から、角川ホラー文庫の創刊ラインナップの一冊として書き下ろし刊行された。
 本作に『帝都物語』シリーズの登場人物は再登場しないが、作中に主人公・黒田龍人の祖父である「黒田茂丸」に加えて「東京の龍脈」、「とんでもない魔人」、「土師氏」、「大谷光瑞」といったキーワードが言及される。

あらすじ
 1992年12月、ある新婚家庭。新妻の小林雅子は、悪夢にうなされて目を覚ました。カビ臭い。新築の家なのにカビが異常に繁殖する。生命保険会社が配る占いカードも最悪の運勢を示し、雅子はノイローゼにおちいってしまう。困り果てた夫の正彦は、半信半疑ながらもある事務所の扉を叩いた。「風水師・黒田龍人」。彼は土地や建物を看て吉凶を判断し、適切な処置を施すというのだ。
 同じ風水師の女性・有吉ミヅチとともに調査を開始した黒田は、恐るべき邪気の存在を知ることとなる……


おもな登場人物
小林 雅子
 7月に正彦と結婚したばかりの専業主婦。1960年1月生まれ。痩せぎすで面長、切れ長な目の女性。翌9月に移り住んだ埼玉県新川越の新興住宅地の一戸建て新居で感じる異変の連続に神経を消耗させていく。11月に妊娠していることが発覚する。

小林 正彦
 7月に雅子と結婚したばかりの教科書出版会社社員。1959年8月生まれ。島根県出雲地方の出身。黒縁の眼鏡をかけて口ひげを生やしており、筋肉質よりの肥満体型。翌9月に購入した新川越の新居で憔悴していく雅子を心配する。同月に加入した大東生命保険の外交員・河合が持ちかけた「ネオバイオリズム占い」が異常によく当たることを不気味に感じる。身長180cm。

黒田 龍人(くろだ たつと)
 本シリーズの主人公。1958年7月生まれの痩せた男性。「都市村落リゾート計画コンサルタント」として東京都中央区九段の九段富国ビル5階1号で事務所「龍神プロジェクト」を開いているが、インテリアデザイナーとして風水の鑑定も行っている。風水環境をシミュレーションできるコンピュータプログラム「シム・フースイ」の開発者の一人。黒が好きで、黒い長髪に黒シャツ、黒のサンドシルクズボンに黒の革靴で身を固めている。喫煙者。乗用車はボルボ。

有吉 ミヅチ(ありよし みづち)
 黒田の3年来のパートナーで「霊視」の能力を有する女性。1971年2月生まれ。北海道余市市(架空の自治体だが北海道余市町は実在する)の出身だが、自分の素性は龍人にも話さない。その霊能力の維持のために自らに苦痛を課す。病的に痩せた体形で、龍人と同じように黒を好み、黒いセーターに黒のミニスカートもしくは黒タイツをはいている。髪型は刈り上げに近い短髪。常に青白い顔色で薄紫色の口紅を塗っている。胸に七支刀をデザインした銀のペンダントをつけている。飼い猫のお通について遅れずに猫の道を移動できるほど高い運動能力とバランス能力の持ち主。仏法と北の方角を守護する神・毘沙門天に仕える巫女で、自身を鬼門封じの武神・弁財天の生まれ変わりだと信じている。

お通(おつう)
 ミヅチの飼っている青毛の太った猫。その名の通り猫だけが知っている秘密の「道」に通じ、ミズチの危機を救おうとする。

梶原 寅太
 大東生命保険総合サービスセンター室長。口ひげを生やした太った男。東京都荒川区南千住の大東生命本社ビルにやって来た黒田に応対する。大東生命の香港支社に勤務していた経験から風水術を知っている。東京都台東区浅草育ち。

柴田 昌寛
 大東生命保険コンピュータ室主任。「ネオバイオリズム占い」を行うコンピュータシステムを管理しているが、顧客から大量のクレームがついたネオバイオリズム演算システムを危険視している。若いが頭髪が薄くなっている。

河合 佐知子
 大東生命保険の外交員。11月から保険に加入した小林夫妻を担当する。金歯をつけてやや小太りな中年女性。コンピュータで運勢を占う「ネオバイオリズム占い」で顧客の正彦を占う。

小田 雄太郎
 正彦の会社に駐在する企業内カウンセラー。正彦に雅子のノイローゼと新居の異常を相談され、黒田龍人を紹介する。

大石 範夫
 精神科博士。女子医大付属病院に入院したミヅチと雅子の精神障害を診療する。

布施 晃
 微生物研究室博士。大石博士の依頼により、小林家やミヅチが幽閉されていたビルの部屋に異常発生して戸口の開閉を困難にしていたカビの成分分析を行う。

田網 奇鑛(たあみ きこう)
 建築家。白髪まじりの中年男。大東生命保険に「ネオバイオリズム占い」を算出するネオバイオリズム演算システムソフトを提供していた。
 メディアでも多く取り上げられる有名な建築家だが、チベット密教を修行してダライ・ラマとも親交がある。地相や家相を基本に取り入れた「幸運を呼ぶ住宅づくり」を提唱する一方、東京都台東区上野の Mビルで占いソフトウェアの開発事務所も経営している。南千住の大東生命保険本社ビルの設計も担当していた。自邸は目黒区碑文谷にある。
 モデルは、ドラマ『東京龍』を放送した NHKハイビジョンのエンターテイメント番組『荒俣宏の風水で眠れない』(1997年放送)にもゲスト出演していた建築家の毛綱毅曠(もづな きこう 1941~2001年)。


おもな風水用語解説
羅盤(らばん / ロプン)
 風水術で使われる専門道具のひとつ。「風水羅盤」とも呼ばれる。流派により、三元羅盤(三元盤)と三合羅盤(三合盤)の2種類がある。
 中心に磁石の方位磁針が埋め込まれており、外周に向かって地盤・人盤・天盤の三盤から構成されているのが基本である。地盤は、子・丑・寅と方位を示す二十四方位が刻印されている。子を北極星の方角に定位させておく。人盤も二十四方位を示すが「二十四山」と分類してそれぞれの地龍を読むために用いる。地龍とは、陽宅(占う住居)に住む者に流れ込む地のエネルギーのことである。天盤も二十四山で読むが、川の水龍が溯って陽宅に飛び込んでくるエネルギーを占うもので、水龍は地龍と合体して力を発揮するという。

八卦鏡(はっけきょう、はっかきょう)
 風水術で使われる専門道具のひとつ。正八角形の盤の中心に鏡を埋め込み、周囲に先天図の八卦を記したもの。
 凶作用を反射させて軽減したり、吉作用を集中させて増幅させる目的で使用される。鏡の種類は凸面鏡、凹面鏡、平面鏡の3種類が一般的である。
 平面鏡は凶を反射させて軽減するために使用するが、凸面鏡は反射させた凶作用を周囲に拡散させる効果を持つ。凹面鏡は吉作用を反射させて特定方向に集中させる目的に使用する。

魯班尺(ろはんしゃく)
 風水術で使われる専門道具のひとつ。「風水尺」とも呼ばれ、物の大きさや長さの吉凶を判断する物差し。中国大陸の春秋時代(紀元前770~前403年)の発明家・公輸盤(こうしゅ はん 別名・魯班 紀元前507~前444年)によって考案されたとされる。長さの目盛りは上下で分かれており、上段が「門公尺(もんこうじゃく)」、下段が「丁蘭尺(ていらんじゃく)」と呼ばれ、計る対象物によって使い分ける。赤い目盛りは吉、黒い目盛りは凶を示す。
 門公尺 …… 建築建物の寸法の吉凶を占う。単位は5.4cm 刻み。吉文字は「財、義、官、本」、凶文字は「病、離、劫、害」。
 丁蘭尺 …… 墳墓の寸法の吉凶を占う。単位は3.88cm 刻み。吉文字は「丁、旺、義、官、興、財」、凶文字は「害、苦、死、失」。

烏眼鏡(うがんきょう)
 風水術で使われる専門道具のひとつ。一見ただのサングラスのようだが、ガラス面に特殊な塗料が塗られており、これをかけると空間の微妙な偏光を見ることができる。これによって空間の「気」の滞りを察知することができるが、風水術の熟達者でなければ使いこなすことができない。


 はい、というわけで『帝都物語』に続く新たなる「シム・フースイ」シリーズの第1作にあたる本作なわけですが、

め~っちゃくちゃ面白かった!! スピンオフ作品によくある手抜き感など皆無な全力投球作!!

 という感想でございました。いや~やっぱ荒俣先生ハンパねぇって!

 上の情報にあります通り、本作は角川書店の当時の新レーベル「角川ホラー文庫」の創刊ラインナップの一作であり、言うまでもなく角川書店が生んだメディアミックスの大ヒット作品『帝都物語』の原作者である荒俣先生の繰り出す新シリーズということで、それはもう相当な鳴り物入りでの出版であったことは想像に難くありません。
 余談ですが、本作は「シム・フースイ」シリーズ5作の中でも最大のボリュームを持った(文庫本で約460ページ)長編作であり、結果的には『帝都物語』の「荒俣&角川春樹タッグ」による最後の小説ということになります。ほら、本作が出た4ヶ月後の8月に麻薬取締法違反とかでとっつかまっちゃったから、あの奈須香宇宙大神宮大宮司。

 この作品は、序盤のすべり出しこそ、埼玉県で新居を購入した新婚さん夫婦が見舞われるカビの異常発生からスタートということで、それこそ当時から大人気だったフジテレビのオムニバスホラードラマシリーズ『世にも奇妙な物語』(1990年~放送)のように日常生活の些細な異変から物語が始まる形式であるため、どうしても稀有壮大な歴史大河ドラマだった『帝都物語』と比べるとスケールダウン感は否めません。ま、小説の形式が違うので比較すること自体ナンセンスではあるのですが。

 ところが、話が進んでいくと本当に雪だるまのように話の規模が際限なく肥大化していき、挙句の果てにゃ、クライマックスで黒田龍人ら主人公チームの目の前に顕現する存在は、なんとまぁ『帝都物語』の平将門公にさえ全くひけをとらない「超大物」という大盤振る舞いなのでございます! 世界的に有名な神格よ、このお方……本邦では大黒さまとして浸透していますよね。
 いやほんと、生命保険会社が持ちかけてくる「当たりすぎて怖いコンピュータ占い」という話が、最終的にはチベット密教 VS 大東亜共栄圏という、ある意味で『帝都物語』以上に規模の大きい国際オカルト戦争になるってんですから、娯楽小説ここに極まれりですよ! すごいなホント、荒俣先生は!!

 ただ、この「シム・フースイ」シリーズの特色として忘れてならないのは、主人公たる黒田龍人という人物が、見た目こそ全身黒ずくめのファッションで異様感はあるものの、ほんとのほんとに「風水術の専門家」であるだけで、超能力とか霊能力とかいう特化能力をいっさい持ち合わせていない、ごくごくふつうの人間であるということです。ここを徹底的に順守しているのが面白いところなんですよね。
 本作に関していうと、この龍人は世間の一般人たちには「怪しげな占い師のたぐい」として白い目で軽視されるし、暴漢に襲われればロクな抵抗の一つもできずに重傷を負いますし、密かに(バレバレですが)愛しているヒロインのミヅチをやすやすと拉致されてしまうという、頼りないこと昭和ドラマの小倉一郎のごとしな小人物です。物語の後半で重要な場所になってくる「あのどろどろプール」でだって、勝手に足を滑らせてプールに落ちたせいで「あれ」に追いかけられて「助けて!!」って絶叫するし、最後の最後に勇気を振り絞ってミヅチをラスボスから助け出したのに「あんな目」に遭っちゃうし、主人公なのにその後の経過はエピローグで「ナレーション処理」されちゃうしで……徹底的に「平均かそれ以下のひ弱な人物」として描写され通しています。ふびんすぎ……

 その点、本作のヒロインであるベリーショートの短髪も凛々しい黒豹のような魔性の美女・有吉ミヅチはというと、邪悪な存在を敏感に感知できる「霊視」の能力に長けており、その他テレパシーやサイコキネシスの超能力も持ち合わせているらしい、ホラー小説にふさわしい特異なキャラクターに設定されています。
 そうではあるのですが、こちらもこちらで『帝都物語』いらいの伝統である「ヒロインはロクな目にあわない」という鉄則にのっとり、辰宮由佳理や目方恵子にも余裕で肩を並べることのできそうな「痛い・キツイ・げろげろ!!」体験の洗礼をじゃぶじゃぶ浴びてしまうのでした……荒俣先生、まだシリーズの1本目ですよ!? 本当に当時の荒俣小説のヒロインの扱いは苛烈すぎです。令和の御世でこれやったら、ヒロインのなり手がいなくなっちゃうよ!!
 だいたい、本作でひどい目に遭うのは人間だけじゃないですから……動物愛護の点からも本作レベルの展開を描くのは令和の出版業界では不可能だと思います。いや、本作を読んだからって真似をするような狂人はそうはいないでしょうが。エアガンだとかハサミだとかいう次元の話じゃないですからね。歯て!!

 いやホント、この有吉ミヅチってキャラ、映像版では当時キャピキャピのヤングアイドルだった中山エミリさんが演じてたんですよね!? よくやったな、こんな異常ヒロイン……と思いながら実際に『東京龍』を観てみたら、99% 別人の無難なキャラクターに設定変更されてました。出身地も北海道とは180°真逆の沖縄の与那国島になっちゃってるし、「14歳の時の真っ黒な経験」のくだりはもちのろんで全カットです。当たり前よね……こんなもんハイビジョンで映像化できるかバカー!!
 あぁ、そういえばドラマ版のミヅチって、確か名前の表記が「有吉ミズチ」ってなってたな! なるほど~、これ誤記じゃなくて別人ってことなんだな。うん、それでいいと思います……原作のミヅチを演じたい女優さんなんて、この世にいるかな? イザベル=アジャーニぐらいじゃない? そんな奇特なお人。

 ともあれ、荒俣ヒロインのこういった「敵の攻撃オール総受け」のノーガード戦法、どっかで見たことがあるなーと思ったら、水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』の原作マンガにおける、鬼太郎が喰われたり切り刻まれたり溶かされたりハゲさせられたりかまぼこに加工販売されたりした上で反撃に転じていく、「誰かの自己犠牲が聖性を生み悪を祓う」っていう観念に通じるものがあると思うんですよね。これは「敵対者には攻撃で対抗」という人類の尋常な価値観とは全く違う、さかのぼれば説教節の『身毒丸』さえ経由しそうな「世界の浄化法」だと思うんですよ。う~ん、深い! 社会の犠牲、人柱になる女性の人権はどうなんだという話にもなりそうなのですが、そういう観念とはまるで別の次元の問題なんですよね。だって、荒俣ヒロインが対峙しているのは人間ではなくて、地球規模の自然災害や大自然そのもののような絶対的上位存在の「なにか」なのですから。

 こういった主人公ペアの意図的な「弱体化」を押し通した物語であるため、本作のクライマックスも、一連の不可思議な事件を引き起こした「ラスボスらしき存在」にやっとこさたどり着くことはできるのですが、その正体を白日の下に暴いたり退治したりする余力などあろうはずもなく、みんなで全力で逃げてラスボスのいた空間を封印して調査打ち切り!という、けっこうとんでもない未解決っぷりを遂げてしまいます。だいたい、龍人に事件解決を依頼した人もああなっちゃってるし……シリーズ第1作にして、すがすがしいまでの大黒星です! 大丈夫か!?

 でも、この潔すぎる主人公ペアの弱さ、連帯感のなさ、ギスギスっぷりが、それゆえにシリーズ第1作としての奇妙な魅力を放っているというか、それ以上堕ちようがないんだから、ここからシリーズを重ねていくにつれて、この2人がどう「浮上」していくのかが大いに気になってしまうという引力を発生させているんですよね! さっすが荒俣先生、うま……いのか? あれよ、これまた古い話になってしまうのですが、この手のジャンルドラマの世界的大ヒット作と言われる『 X-ファイル』(1993~2018年)の第1シーズンみたいな不安感ですよね。あ、でも「シム・フースイ」シリーズのほうがギリ先輩なのか。

ミヅチ「龍人、あなた疲れてるのよ……あたしのせいで(笑)」

 さぁこんな感じで、第1作からものすごい大負けを喫してしまった黒田龍人くんではあるのですが、ここからどう巻き返していくのか? ミヅチとのよりは戻していけるのか? そして『帝都物語』シリーズの登場人物のゲスト出演はあるのか?
 さまざまな不安まじりの期待に胸をふくらませつつ、次回以降も「シム・フースイ」シリーズの読書感想を続けていきたいと思いま~っす!

 ほんと、なんで2025年にこんな企画をやってるんでしょうか……なんぴとのためにもあらず、ただ自分のために文章をつづる個人ブログの真骨頂、ここにあり!! いえ~。
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あらためて立ち返ろう読書メモ 小説『帝都物語』8 まとめまとめ~!

2025年04月30日 21時56分19秒 | すきな小説
≪『帝都物語』の各巻についてのあれこれ、第1・23・45・1112・67・89・10巻は、こちらで~い。≫

 え~、というわけでありまして、『帝都物語』全12巻を2025年の今ごろになって唐突に再読してみた、感想のまとめでございます。
 つってもまぁ、そんなに大きな話をするでもなく、今までの各巻感想で言わなかったかな~、みたいな拾遺をぶつぶつつぶやくのと、この企画を「これからどう進めていくのか」を言っときますか、みたいな程度の雑文なんですけどね。

 今までも何度か語ってきたのですが、私にとっての『帝都物語』とは、最初はまったく「意味の分からない不気味なもの」としか言いようのない異物でした。

 それは別に、私が『帝都物語』がキライだったとかいう話ではなく、『帝都物語』の小説完結から実写映画版第2作『帝都大戦』公開までという1987~89年くらいの大ブームが到来した時に小学生低~中学年くらいの山形のガキンチョだったから全然理解できなかった、ただそれだけの話でした。
 別にゴジラみたいな大怪獣が出てくるわけでもないんだけど、家のお茶の間で大人たちが観ているような会話だけのつまんないドラマとは「明らかに何かが違う物語」が、なんかやたらとコマーシャルで流れてくる。その画面の中央にいるのは、これまた別に『仮面ライダー BRACK』のゴルゴム怪人みたいにゴテゴテしたスーツを着ているわけでもないんだけど「特殊メイク無しでもめちゃくちゃ怖い軍服おじさん」……そして、空から舞い落ちてきた五芒星の紙が、あっという間にくしゃくしゃっと丸まって漆黒のカラスに変化したり、我が家の菩提寺の山門に控えている仁王像みたいな巨大な仏像がゴットンゴットン歩き出して、なぜか TVで「いらっしゃ~い♡」と言ってるはずの落語家さんを追いかけ回したりしているという、理解不能な謎映像ラッシュ!
 まぁ、2時間前後もある映画本編を観れるわけのない当時の私は、TV番組内のプロモーションで流される数秒刻みの紹介映像でしか知り得なかった『帝都物語』だったのですが、それでも瞬時に脳みそがパンクするほどの混乱をもたらす異様な新世界だったのでした。大人ドラマのようでそうでもなく、子ども向け特撮のようで怪獣もヒーローも出てこない第3の世界……思えば、私が人生の中で「特撮技術の奥行きの広さ」を知った初めての出会いが、断片ながらもこの『帝都物語』とも言えたのです。『レイダース』(1981年)とか『ゴーストバスターズ』(1984年)とかの海外 SFX映画とも明らかに違う、もっと土臭く距離感の近い、恐ろしさと親しみの同居した世界。

 こんな感じで、『帝都物語』との最初の出会いは、あくまでも印象論だけの話に留まるものだったのですが、改めて本格的に小説としての『帝都物語』に挑戦することとなったのは、私が高校生になるかならないかの1995年のことでした。
 思い起こせば1987~89年の『帝都物語』ブームも、60年以上続いた「昭和」の終焉という大きな変動の起こった時期だったのですが、その『帝都物語』が角川文庫から「合本新装版」となってリニューアル再版された1995年もまた、1月の阪神淡路大震災に3月の地下鉄サリン事件そしてその後のもろもろ……と、これでもかというほどに日本が揺れに揺れた激動の時期でした。
 その1995年すなはち荒俣先生が「危ないぞ!」と警告していた「亥の年」に、田島昭宇のエログロカッコいいカヴァー絵で装いも新たに復活した『帝都物語』6冊(+『外伝』♡)にドズッキューンと胸を射抜かれた詰め襟学生服姿の当時の私は、一も二もなく7冊ぜんぶを購入してイッキ読みをしたのでした。5、6年前のあの時、いたいけな私をドン引き&恐怖せしめた、あの「カトーなにがし」とかいう顔の長い怪人の正体は一体なんなのか、それをこの目で確かめてやろうぞと!

 そうしたら、あーた、どうですか……そんなおっかなびっくりの期待に胸をふくらませた私の眼前に広がった原作小説『帝都物語』の世界はなんとまぁ、

・映画になっていたのは全体の3分の1ほど
・序盤の加藤保憲が拍子抜けするほど人間っぽい
・『帝都大戦』の内容が小説(『ウォーズ篇』)とぜんっぜん違う
・三島由紀夫とか全共闘とか……よくわかんない時代が出てくる
・物語が途中から近未来SF にとんでってしまう
・なんか、最近お薬で逮捕されたはず(当時)の人が堂々と「ナントカ大宮司」みたいな重要な役どころで大活躍する

 という、一つとして私が想定しえなかった展開を見せる異様な内容のオンパレードとなっておりまして、私はもう完全にノックアウトされてしまいました……少年時代とはまた違う意味で、私の脳みそは再びあえなくショートしてしまったのです。2アウト~!!

 なな、なんじゃこの世界は!? なんつうかその……自由すぎる!!

 ちょうど小説版をウンウンうなりながら読んでいたその頃、私は TVの衛星映画劇場や町のレンタルビデオ屋さんで実写映画版の2作(と、あの『外伝』……)も初鑑賞していたのですが、まぁ映画もたいがい自由なのですが、映画制作スタッフが自由にやりたくなる気持ちも分かるほどに、小説がまず自由奔放すぎるのです! 歴史伝奇ものかと思ったら戦争ものになる、かと思ったら風水ミステリー、エロティックホラー、政治闘争、国際謀略、宗教戦争、近未来SF へと変幻自在……こんなんまともに映画化なんかしてられっかと!!
 これほどにムチャクチャな原作なので、全編映像化などという無謀には走らずに、歴史ファンタジーやガチホラーなどに照準をぎゅぎゅっと絞って映画化した判断は、それはそれで正しかったのかも知れません。ま、それが興行映画として成功したのかどうかは別問題ですが。

 とにもかくにも、映像化された諸作品のヤバさや、嶋田久作さん演じる不世出のヒールキャラクター・加藤保憲の有無を言わせぬ悪のオーラをはるかに超えるレベルでデンジャラスだった原作小説の全容に触れてしまった私は、なかば封印するような形で『帝都物語』を忌避するようになってしまいました。こんなジャンルの形容もできないような破天荒な小説は認められない、これは邪道だ! おのれの度量の狭さを認められなかった青年の短慮ですね。若さゆえの過ち……認めたくないものです!
 それにしても、あんなとんでもない作品を恥ずかしげもなく世の中におっぴろげた荒俣先生が、さも「小説界のオーソリティで良識派文化人の代表」であるかのような顔をして、ご意見番ポジションにドデンと座っている TV界って、いったい……当時の私は、そこらへんの不可解さにも困惑してしまっていたものでした。また先生、なんの害毒もなさそうな温厚な顔でいっつもニコニコしてるからよけいに始末が悪いんですよ!! 一体、書斎ではどんな顔をして辰宮由佳理をヒーヒー言わせる展開をつづっていたというのでしょうか……鬼! 悪魔! 腹中虫げろげろ!!

 まぁまぁ、そんな経緯がありまして、従来の枠にとらわれない『帝都物語』の世界を認められなかった、認めたくなかった私は、その後もず~っと、これを異端の文学としてタブー視していたのです。ミステリーならミステリー、ホラーならホラー、ロマンスならロマンスとジャンルをはっきり規定したうえでの名作こそが王道ではないか!と。

 だが、しかし。

 荒俣先生が『帝都物語』で創造した魔人・加藤保憲は、お話がちゃんと完結したというのに、その後何度となく復活してくるのです。『帝都物語』の枠を超えて、荒俣先生の筆を超えて、小説を超えて、時代を超えて!

 『帝都物語』の前段となる荒俣先生の小説『帝都幻談』(1997年)、『新帝都物語』(1999~2001年)、『帝都物語異録』(2001年)。
 荒俣先生が原作や製作総指揮を担当した映画『妖怪大戦争』(2005年)『妖怪大戦争 ガーディアンズ』(2021年)
 そして、ついに荒俣先生の筆からも解き放たれてしまった、京極夏彦の大長編妖怪小説『虚実妖怪百物語』(2016年)……

 いくら『帝都物語』を忘れようとしても、いくら世間に『帝都物語』の最終『復活篇』まで読みきって内容をちゃんと記憶し続けている人が少なくても、あの異様にインパクトの強い痩躯軍服の魔人は何度でも蘇り、『帝都物語』の正統な世界線ではないはずの現代社会をおびやかすラスボスの座に舞い戻ってきてしまうのです。なんじゃコイツ~!?

 だってそうですよね、ほんらい加藤の活躍するはずの世界の日本は、昭和六十一(1986)年の三原山噴火の直後に関東地方で大規模な噴火と地震が連鎖的に群発して荒廃し、1989年になっても昭和が終わらない日本なのです。
 それがまたどうして、時空を超越して私たちが曲がりなりにも平和に暮らしおおせているこちらの世界線に、平気な顔してやって来られているのか……よく考えてみたら、あの『ゲゲゲの鬼太郎』で鬼太郎が一度しか使わなかった超絶秘技「先祖流し」を喰らっても、1~7000万年(振れ幅よ)の時を超えて現代に帰ってきた(自称)妖怪総大将ぬらりひょんサマと同じくらいデタラメ&ロケンロールな勢いで、21世紀の日本サブカルチャーにしぶとくしがみついているわけで、これを可能にする加藤保憲の規格外のキャラクター性と人気には、正編『帝都物語』の好き嫌いなど問答無用で瞠目せざるを得ない説得力がそなわっているのです。

 こういう時代を超えるキャラクターについて考えてみますと、文化史的にみれば、この加藤保憲は「昭和最後の名ヒールキャラ」と言えるのかもしれません。ここ、今は「ヒールキャラ」とか「悪役」と表現するよりも「ヴィラン」と言った方が通りが良いのかもしれませんが、それだとなんだかアメコミの軍門に降ってしまうような気がするので、ここは「ヒールキャラ」で通させていただきます。ジョーカー、ペンギン、なにするものぞ!! でも実は、『バットマン』にも「 Dr.ダカ」っていう日本人のヴィランがいたらしいんですけどね(1943年の実写映画版)。

 同じように、その頃つまり昭和末期~平成初期に人気になってその後も2020年代現在まで知名度の衰えを知らない人気ヒールキャラといいますと、私はやっぱり『それいけ!アンパンマン』のばいきんまんとホラー小説『リング』発祥の山村貞子大姐さんをすぐさま連想してしまうのですが、ばいきんまんは1970年代後半のミュージカル公演あたりから原型となるばい菌キャラが登場してきて1988年に開始したアニメ版でキャラクターが完成したとのことなので、まぁだいたい加藤保憲の同期かやや先輩といった関係のようです。いや関係ねぇけど。
 貞子大姐さんは、我が『長岡京エイリアン』でもさんざん扱っているように、作中での生年は昭和二十二(1947)年ではあるのですが、原作小説が平成三(1991)年の出版なので、こちらは加藤のすぐ下の後輩で「平成最初の名ヒールキャラ」ともいえるかも知れません。怨霊とヒールキャラとでは、また意味合いが異なるのでしょうが……
 余談ですが、この貞子大姐さんもまた、その出生や家庭環境に「三原山」や「役小角」がむちゃくちゃ関係してくる方なので、そういう点でも、加藤保憲とはちょっと縁浅からぬ間柄にあるのかも知れませんね……おおっ、まさかのコラボ企画クル~!?

 ただ、加藤保憲と山村貞子さんとでは、「原作小説を読んでない人でも知っているくらいに有名な架空のキャラクター」という強力な共通項を持っていながらも、ここはだいぶ違うぞという差異がありまして、それはやはり「依り代」としての生身の俳優さんの重要度の割合だと思うんですよね。
 つまり、貞子さんはホラー映画のキャラである特性から「ここぞという時まで顔を隠している」という外見上の特徴がありまして(原作小説ではそんなこと全然ないのですが)、そのために「どの女優さんが演じていても黒髪&長髪の痩せた女性だったら貞子」という記号化が進んでいるのです。だからこそ、貞子さんは1995年の三浦綺音さんによる実写化いらい2022年の最新映画『貞子 DX』にいたるまで、非常にフットワーク軽くひんぱんに復活することができているのです。「この人が演じないと貞子じゃない」という定型イメージがないことが強みなんですね。だからマウンドから103km の速球を投げることもできるのか……

 しかし、こと加藤保憲に関しては、こうもいかないのは周知の事実かと思います。嶋田久作さん以降、加藤や加藤に準ずる人物を演じた他の役者さんとしては西村和彦さん、豊川悦司さん、神木隆之介さんがいるのですが、この中で出番の最初から最後まで加藤を演じているのはトヨエツさんだけですし、そのトヨエツさんも……嶋田さんの足元にも及ばない感じでしたよね。まぁ、それは作中の加藤のテンションが低かったことが主な原因なのですが。
 やはり、「将門覚醒!帝都壊滅!!」という余人の理解しがたい夢を持って猛スピードで疾走する加藤を演じるには、1988~89年の嶋田さんくらいの異物感とツバとばしまくりの沸点が不可欠なのではないでしょうか。かといって、とっくの昔に加藤を卒業していぶし銀の名優の年輪を深められておられる嶋田さんに再登板していただけるわけもなく、この点で加藤保憲の映像面でのイメージ更新はかなり難しく、あくまでも『帝都物語』前半の数巻か、それを映画化した作品の記憶を元にした派生に限定されているのです。屍解仙バージョン以降のぷりっぷりヤング加藤を映像化しようなんて話は……私が生きているうちにおがめることは、ないでしょうねぇ。

 いや、新たな俳優さんによる加藤の復活が不可能というわけでもないのでしょうが、やっぱり比較対象があの頃の嶋田さんになっちゃうと大変ですよね……それにしても、初映画化の前に荒俣先生がイメージしていたという立花ハジメさんとか、キャスティングの時点で映画会社側が加藤役に推していたという小林薫さん(実相寺昭雄監督の証言より)のような知的でクールそうな二枚目が順当に演じなくて、本当に良かった! そういえば、それからはるか後の昨年2024年の映画『陰陽師0』で小林さんが嶋田さんと並んでああいう役を演じていたのも、なにかの因縁かもしれませんね。それにしても、お2人とも歳とったな~。

 とにもかくにも、現在に至るまでこういった派生作品の広がりを見せている『帝都物語』の世界ですので、何を言いたいのかといいますと、


『帝都物語』12巻を読んだくらいで加藤をわかった気になるなんて、おこがましいとは思わんかね……


 ということなんですな! ヒエ~私の脳内の本間丈太郎先生、は、ははは、まさかそんなこと思うわけないじゃないっすかぁ~!!

 いやいや、ダミよダミダミ!! 派生作品ぜんぶ読まなきゃ加藤保憲の全貌なんずぁつかめねぇっぺよぉ~。
 もちろん原点となった聖典『帝都物語』をおさえることは大前提です。そうではあるのですが、「それだけ」でおしまいにできないのが、時空を超えて出没しまくる魔人・加藤の恐ろしいところなのです。本体だけが加藤ではない、分身もまた、すべて質量をともなう実体と化しているのだ!!

 注意セヨ、「昭和七十三年」のあの最終戦争の世界線から逃れて、魔人・加藤が映画『13日の金曜日8 ジェイソン N.Y.へ』のごとく襲来していることは間違いがないのです! 大変だ、早く全作品チェックしないとサウナであっつい石をぐりぐりされちゃうぞ!!

 ……みたいな感じの流れで、これからは執筆発表順にあわせまして、『帝都物語』から派生していった荒俣先生の小説諸作品、それと京極夏彦の『虚実妖怪百物語』を読んでまいりたいと思います。映画の2作はむか~しに「ぬらりひょんサーガ」企画で触れでだっけがら、いいびゃ~。

 それで、次回の荒俣先生の派生作品なのですが、ふつうにいくと私も愛している『帝都物語 外伝』(1995年)にいくのが常道ではあるのですが、実はその前に、加藤と直接の関連は無くとも『帝都物語』の重要な登場人物である黒田茂丸のお孫さんが活躍なされている風水ホラー小説「シム・フースイ」シリーズが始まっていましたので、『外伝』はひとまずほっときまして「シム・フースイ」の第1作を扱ってみたいと思います。

 ある意味、『帝都物語』以上になつかしい……でも、こんな企画誰が読んでくれるんだろう!?

 カトーは、たぶん来ないぞォオー!! 次に来てくれるの、いつかな。
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あらためて立ち返ろう読書メモ 小説『帝都物語』7 『喪神篇』&『復活篇』

2025年04月21日 23時38分06秒 | すきな小説
≪過去記事の『帝都物語』第1・23・45・1112・67・8巻は、こちらで~っす。≫

『帝都物語9 喪神篇』(1987年5月)&『帝都物語10 復活篇』(1987年7月)
 角川書店カドカワノベルズから書き下ろし刊行された。

あらすじ
 世紀末、昭和七十三(1998)年。魔人・加藤保憲は帝都東京の完全崩壊の野望を果たすべく、海龍を駆って再び関東大震災以来の大激震を引き起こした。さらに大怨霊・平将門を目覚めさせんと、加藤の容赦なき殺戮は続く。だが加藤の前には、帝都の守護霊を救うべく、若き隠宅陰陽師・土師金鳳と、三島由紀夫が転生した女性・大沢美千代が立ちはだかった!
 帝都の命運を握る闘いの結末は? そして、地獄と化した東京にその姿を現す平将門の恐るべき真の正体とは……!?


おもな登場人物
大沢 美千代
 1970年生まれ。長野県の山村から、目方恵子によって帝都東京に呼び寄せられた、三島由紀夫の転生。東京の托銀事務センターに勤めるかたわら、恵子の後継者として魔人・加藤保憲と対決し東京の崩壊を阻止すべく、団宗治らの協力を得て闘ってきたが、ついに自身が三島の転生であることを自覚する。

加藤 保憲(かとう やすのり)
 明治時代初頭から昭和七十三(1998)年にかけて、帝都東京の滅亡を画策して暗躍する魔人。紀伊国龍神村の生まれとされるが、詳しい生い立ちについては一切不明である。
 長身痩躯で、こけた頬にとがった顎、さっぱりとした刈上げといった容姿で、いかなる時代においても老いの感じられない20~30歳代の外見をしている。眼光は鋭く、身体の大きさに似合わぬ軽い身のこなしが特徴的である。黒い五芒星(ドーマンセーマン)の紋様が染め抜かれた白手袋を着用している。剣の達人で刀は孫六兼元を愛用する。 極めて強力な霊力を持ち、あらゆる魔術に精通している。とりわけ陰陽道・風水・奇門遁甲の道においては並ぶ者のいないほどの達人であり、古来最も恐れられた呪殺秘法「蠱毒」を使う。天皇直属の陰陽道の名家・土御門家が総力を挙げても彼一人に敵わない。秘術「屍解仙」を用いて転生したこともある。さまざまな形態の鬼神「式神」を使役し、平将門の子孫を依代にして将門の大怨霊を甦らせようとしたり、大地を巡る龍脈を操り関東大震災を引き起こしたりした。中国語や朝鮮語にも通じる。
 太平洋戦争の終結後は自衛隊に所属し、調査学校の教官を務めながらも再びの帝都崩壊をたくらむ。年齢は100歳を超えながらも外見は30歳代の若さを保ち、式神や水虎を使役して、東京湾の海底に眠る龍を目覚めさせるべく暗躍する。

鳴滝 二美子(なるたき ふみこ)
 1969年生まれ。鳴滝純一の養女。大沢美千代や団宗治らと協力して、帝都東京の崩壊を阻止しようとする。多大な犠牲を出すこともいとわず野望を推し進める養父に心を痛める。

鳴滝 純一(なるたき じゅんいち)
 東京帝国大学理学士。1881年か82年生まれ。九州地方で巨万の富を築き、太平洋戦争後に帝都東京に戻る。現在は100歳を超える老齢であるが、「人胆」で得た全財産を投じて、自邸の地下室に関東大震災前の銀座の赤レンガ街を復元し、辰宮由佳理の亡霊をこの世に呼び戻すことに執念を燃やす。

団 宗治
 1947年生まれ。托銀事務センターの電算室次長。仕事の片手間に世紀末風オカルト小説を執筆する。幸田露伴と三島由紀夫を心の師と仰ぎ、魔術と文学に深い興味を抱く。目方恵子とは20年来の親友で協力者だった。コンピュータ技術を駆使して「前生回帰実験」を行い、大沢美千代に前世の記憶を取り戻させようとする。美千代と協力して、加藤の放つ水虎や式神と対決する。身長185cm。

滝本 誠(たきもと まこと 1949年~)
 雑誌の元副編集長で、団の友人のジャーナリスト。政府と鳴滝純一の陰謀を察し、大沢美千代や団らと共に帝都東京の崩壊を阻止するために、魔人・加藤の式神や水虎と闘う。身長180cm 以上。

岡田 英明(1948年~)
 SF小説家で翻訳家の鏡明(かがみ あきら)。電通東京本社に勤務するかたわら、作家やロックミュージック評論家として活動する。団宗治の親友。大沢美千代や団らと協力して、帝都東京の崩壊を阻止せんと闘う。身長が190cm 以上あり、大柄な団よりもさらに大きい。

土師 金凰(はじ きんぽう)
 角川春樹に見いだされた、土師一族の若き棟梁。古代土木工事職工集団の末裔「川太郎党」を率いて、団や春樹と協力して魔人・加藤保憲の野望を阻止するために命をかけた闘いを挑む。短髪で、男性か女性か判然としない華奢で小柄な姿をしている。戦闘時は、木製の宝輪「チャクラ」をブーメランのように飛ばして妖魔を切り裂く。土師家の邸宅と、川太郎党の菩提寺である曹源寺(かっぱ寺として知られる)のある浅草を拠点とし、普段は立川市の国営昭和記念公園に隣接する桜苗試験所に勤務している。

角川 春樹(かどかわ はるき 1942年~)
 角川源義の長男。角川書店社長となるも、昭和六十六(1991)年1月に突如辞任し一時消息不明であったが、新興宗教「奈須香宇宙大神宮」の大宮司として受けた「終末の霊告」をもとに東京の破滅を見届け、新たな遷都計画に全力を傾ける。また、自ら「紫微大帝(しびたいてい)」と名乗り、宝剣を手に魔人・加藤保憲と対決する。
 ※実際の角川春樹は1993年8月に麻薬取締法違反などで逮捕されるまで角川書店社長を務めており、1990年ごろは超大作時代劇映画『天と地と』の監督・脚本も手がけていた。なお春樹は1984年に、作中の大神宮の場所と同じ群馬県嬬恋村(浅間山の北)で実際に宗教法人「明日香宮」を創始し宮司を務めている。

鈴木 力(すずき りき)
 「破滅教」こと新興宗教「奈須香宇宙大神宮(なすかうつだいじんぐう)」の宮司にして事業部長。帝都東京の守護霊を救うために角川春樹の処方を明し、遷都計画を推し進める。ヘリコプターの操縦ができる。

梅小路 文麿(うめこうじ あやまろ)
 元侯爵の文官。新時代のために老齢の昭和天皇を「人胆」の力で生かし続けていた。大地震のために崩壊寸前となった帝都東京の遷都卜占と引き換えに、「将門の首塚」の秘密を魔人・加藤に明かす。

政所 典子(まんどころ のりこ)
 土師金鳳のしもべとして働く川太郎党の女性。土師や姉の利子と共に加藤と闘う。黒のスラックスに黒革のジャケットを着ており、土師や利子よりも背が高い。姉妹とも、土師と同じ宝輪「チャクラ」と黄金の羂索を武器として使用する。

合羽(あいば)
 霞ヶ関ビルの華族会館の幹事スタッフ。幸田露伴の研究者であり、魔人・加藤保憲の存在を露伴の遺稿から知っていた。超絶貴族集団「思想アカデメア」の日本支部長。

春井 裕
 東京都副知事。昭和七十三(1998)年10月28日18時35分に発生した東京大地震に対処するため、国会入りした都知事に代わって都庁内の災害対策本部を統括する。数年前から大地震を予知していた「奈須香宇宙大神宮」の宮司・鈴木力を召喚して東京を救う手立てを尋ねる。

辰宮 由佳理(たつみや ゆかり)
 鳴滝の親友だった辰宮洋一郎の妹。すでに死去しているが、鳴滝が仕掛けた次元の罠に捕らわれ、亡霊として鳴滝邸の地下空間で蘇る。

目方 恵子(めかた けいこ)
 福島県にある、平将門を祀る相馬俤神社の宮司の娘。将門の霊を守護するために、加藤保憲に数々の闘いを挑んできた。自分の後継者に大沢美千代を選び、巫女の修行を積ませて帝都東京の崩壊阻止を託しつつ、その一生を終えた。

平岡 公威
 小説家・三島由紀夫。昭和四十五(1970)年11月25日、市ヶ谷の自衛隊駐屯地で自決。その霊は地下に降り、平将門の怨霊と対決。将門の正体を明かせぬまま、大沢美千代として転生した。

平 将門(たいらのまさかど 903~40年)
 平安時代の関東地方最大の英雄。京の中央集権主義に刃向かい関東を独立国家化したため討伐されたが、その没後もなお千年間、大手町の首塚の下で関東と帝都東京を鎮護し続ける大怨霊。『帝都物語』シリーズ全体の根幹をなす最重要人物。


おもな魔術解説
土師氏(はじし)
 日本神話の最高神アマテラスと弟スサノオが生んだ農耕と産業の神・天穂日命(アメノホヒ)の子孫とされる野見宿禰(のみのすくね 3~4世紀か)を始祖とする、古代日本の氏族。その名の通り「土」すなわち土木技術を専門職とし、古墳時代(4世紀末~6世紀前期)に古墳・墓陵の造営や葬送儀礼と守護をつかさどった。大江氏や、怨霊や天神として知られる菅原道真を輩出した菅原氏が土師氏の末裔である。死や闇、地下(黄泉)の世界は全て土師氏の支配領域といえる。崩御した天皇や皇族の魂を安らげるという役職から、独特の魔術儀礼を伝承していた。土師氏の象徴はニワトリである。
 始祖の野見宿禰は出雲国飯石郡能見(現・島根県中南部)の出身だったが、垂仁天皇に大和国当麻村(現・奈良県葛城市當麻)の土地を与えられ移住し臣従した。その後、その子孫は畿内・中国地方を中心に広く分布していき、大阪府藤井寺市の三ツ塚古墳や、7世紀中~後期に土師氏の氏寺として創建された道明寺の一帯は河内国の土師氏の本拠地となった。また、備前国邑久郡(現・岡山県南東部)にも「大伯郡土師里」と呼ばれる一帯が存在していた。

しりこ玉
 世界には魔物を退治することのできる武器の伝説が流布し、特に銀製の弾丸が人狼を撃ち殺すことができたり、最後から二番目の弾丸が「魔弾」としての能力を発揮するなど、その種類も多い。しりこ玉とは、しり(最後)の弾丸という意味の他に、人間の生命エネルギーを象徴する男根も連想させる魔弾である。

六芒星(ペンタグラマ)
 同じ籠目型の呪符であっても、ドーマンセーマンのような五芒星とは別種のものである。2つの三角形を上向きと下向きとで組み合わせた六芒星は、日本では籠目の他に古代ユダヤ教の「ダビデの星」の意味も含む。強力な魔除けとなる呪符で、数秘学的に見ると6は完全数すなわち万能の霊力を持っている。

紫微宮(しびきゅう)
 古代中国には、北極星を中心とした星座に天帝の宮殿があるという信仰があった。この高貴な宮殿が紫微宮である。後に、北極星を最高神として「紫微神」と呼んだ。北極星と北斗七星に住まう神々は天界・人間界・冥界を支配し、これらを祀れば国家安寧・長寿・天災回避などが可能になると信じられた。紫微宮信仰は日本にも伝わり、妙見信仰や星祭となって定着している。

幽体離脱
 肉体と霊体の間をつなぐ神秘的な自己意識体「幽体」が、肉体を離れて地上・宇宙・幽冥界などで浮遊すること。幽体とはエーテル物質ないしメスメルの動物磁気のことともいわれる。19世紀に西洋で心霊学や神智学が流行した際に定着した言葉。日本では「離魂病」ともいわれていた。

金鶏
 世界では古代から、金のニワトリや金のガチョウにまつわる伝説が広く流布していた。これらは、地中から発掘される黄金と卵のイメージが結びついたためと考えられる。日本では、金のニワトリは土師氏に関わり、地中で鳴くニワトリの説話が伝わっている。金鶏は、天照大神の岩戸隠れ(太陽の死)とその再生を示したものともいえる。中国大陸や日本では、夜や闇の邪鬼を祓うために棺の上に白いニワトリを乗せる風習も存在している。

安摩(あま)
 大陸から伝来した日本最古の音楽である舞楽の一つ。「へのへのもへじ」に似た奇怪な布製の面を顔に垂らして舞う。魔術的な舞であるが、道化踊りにも似た悪魔的な側面もある。舞楽全体がそうであるように、東洋のどこかから伝来した悪魔祓いの儀式に由来するものであると思われる。

紀伊国龍神村(りゅうじんむら)
 加藤保憲の出身地であるとされる。和歌山県の中東部に位置し、2005年5月に市町村合併により田辺市に統合されたが、現在も大字に「龍神村」の名称が残っている。奈良県の十津川村などと隣接している。日本三美人の湯(龍神温泉、群馬県川中温泉、島根県湯の川温泉)の一つである龍神温泉の村として知られる。龍神温泉は役小角(634~701年)が発見し、弘法大師空海(774~835年)が開湯したと伝えられ、江戸時代には紀州徳川家の御殿湯となっていた。村の約70% を標高500m 以上の山岳が占め、日高川が村内の中心地を流れている。 北に護摩壇山(標高1372m )がある。主要産業は林業と観光業。
 『帝都物語』では、古代に朝鮮半島から渡ってきた、役小角を棟梁とする魔道士一族が棲んだ村とされる。飛鳥時代、天智天皇(626~672)は朝鮮半島への出兵にかこつけて龍神の民を大陸へ追放し、龍神村を支配下に置いた。しかし、朝廷への深い恨みを持つ龍神の民の子孫が海を渡って奇跡的に龍神村に帰還し、その怨念を受け継ぐ末裔こそが加藤保憲であるといわれる。


 はぁ~感慨深い! 実に感慨深いですねぇ!!
 全部で12巻続いてきた『帝都物語』正編も、ついに今回取り上げる第9・10巻をもって堂々の完結でございます。なんで12巻ある物語の最終巻が第10巻なのかは、これまでの過去記事を見てね!

 まぁ世の中には、この『帝都物語』よりも長くお話が続いている一大長編もあまたあるかとは思うのですが、この『帝都物語』ほどカロリーが高く、そして満足度も高い作品となると、なかなか無いのではないでしょうか。私の感覚なんですが、この『帝都物語』って、文庫本にして総計3000ページ分くらいなんですけど、ひとつのお話としては、やっぱこのくらいの文量が限界なんじゃないでしょうかね~。『帝都物語』の大先輩にあたる日本伝奇小説の最高峰『南総里見八犬伝』は、現行の岩波文庫版で全10冊なんですけど、現代の日本人でも楽しめるように編集するとなるともうちょっとコンパクトになりますから。
 管見ながら、この他に私が読んだことのある『帝都物語』以上の長さの小説となりますと、プルーストの『失われた時を求めて』(ちくま文庫で全10巻)とか中里介山の『大菩薩峠』(ちくま文庫で全20巻)とか、川上稔の『終わりのクロニクル』(角川書店電撃文庫で全14巻)と『境界線上のホライゾン』(電撃文庫で全29巻)があるのですが、ちょっとー……「一つの物語」を読んだぞ、という感覚にはならないような気がするんですよね。手塚治虫の『火の鳥』シリーズみたいな感じで、何コかの長編が並んでまとまってるというような。
 いやぁ、やっぱり長い長いっていっても、長編小説は3000ページくらいでおしまいにするのがいいんじゃないっすか!? 本棚もそんなに場所とらないし。

 それにしたって、並大抵の小説家だったら伏線の張りすぎとか回収し忘れで支離滅裂になりそうな3000ページという広大なフィールドを、荒俣先生はよくぞまぁハイテンションをキープしたまま突っ走って、『復活篇』での大団円にもってきてくださったなぁと思います。この剛腕は、本当に素晴らしい才能ですよ。
 『復活篇』のエピローグに広がる風景の、なんと美しいことか。全てが崩壊し滅び去った、廃墟だけが建ち並ぶ大地。しかし、その一面に狂い咲く、桜の花の満開の息吹きよ!
 最高ですね、絵としてこれ以上ないくらいの絶景です。しかし……


おまえが踊るんかーい!! 心の底からもう一度。おまえが踊るんかぁーーああい!!


 さすがは荒俣先生。陰陽道の呪法合戦の終幕に、日本古来の舞楽の『安摩』の鎮魂の舞をもってくるという采配は、まさにこれ以上ないくらいの静謐で清らかな締めくくりだと思います。
 でも、それを踊るのが、なんでよりにもよってこの人なんですかー!! ま、何を隠そう角川書店から出ているシリーズなので、最後をシメるのがこの人というのも、もはや笑うしかない清々しいまでの忖度キャスティングであるわけなのですが……なんかねー!
 この人、現実の世界線では『復活篇』が刊行された6年後に、お薬のやらかしでお縄になってますからね。それで、『復活篇』のエピローグが語られていた時代設定は「2004年」だったのですが、現実世界ではその2004年に仮出所されていたのだとか。なんという皮肉か……
 大体この人、『帝都物語』に登場してくるのは今回取り上げたクライマックスの2篇だけなのですが(名前は『未来宮篇』から出ている)、出番は4シーンくらいしかないんですよ。意外と心配しているほどしゃしゃり出てはこないのです。
 でも、その4シーンのうちの2つが、「加藤保憲との宇宙空間での真剣ガチンコ勝負」と、この「エピローグ」だってんですから、厚遇もはなはだしい!! エピローグに出るってことは、あの加藤に負けてないってことじゃん! うそーん!!
 実際にその戦いのもようを見てみますと、まぁ加藤に一太刀あびせられて劣勢になるのですが、東京壊滅を優先させた加藤が勝負をおあずけにするという流れで勝敗の行方はドローとなってました。荒俣先生、ニクいねぇ~! 両者に花を持たせる演出ですよ。『キングコング対ゴジラ』か!

 いやーもう、ここらへんはムチャクチャですよ。死んだはずなのに、なぜか死んでからさらに大活躍しだす三島由紀夫大先生もたいがいムチャクチャなのですが、この人のハバのきかせ方も、『帝都物語』クライマックスのどんちゃん騒ぎ感に大幅に貢献しているような気がします。

 あとは、これまた終盤の2篇になっていきなり降って湧いたように加藤の前に立ちはだかる史上最強の刺客、「冥府の守護者」こと土師キンポー君も、加藤でなくても「なんだチミは!?」と叫びたくなる唐突感がたまらないのですが、こういったもろもろの「ん? んん?」要素を満載にさせながらも、それでもこの『帝都物語』を満足度の高い大団円に導きえているのは、やはりなんといっても、

「帝都の地下に眠る平将門の正体とは? そして『真の彼』はどこにいるのか?」

 という、『帝都物語』に通底していた最大のミステリーに対して、ちゃんとした「意外性のある答え」を用意していたこと。これに尽きるのではないでしょうか。

 いや、これはあくまでも一読者である私の個人的な感想ですので、読み進めていくうちにその答えの予想がついてしまったという方にとっては、そんなに重大なことでもないのかも知れませんが、少なくとも私は、この『帝都物語』が、ある意味で将門の怨霊を執拗に追い求める加藤保憲を探偵役にすえた、純然たる「推理小説」であったという真実に驚きましたし、それだけに非常に満足しました。あぁ、そうだったのか、だからあのシーンで加藤は、将門の真相に迫るヒントをくれた登場人物に対して、長い『帝都物語』3000ページの歴史の中でもそうとうに珍しい(もしかして1回だけ?)、

「わかった! 〇〇〇さん。よく知らせてくれた。約束は守る。」

 という、感謝の念のこもったまごころあふれるお礼をしていたのか! と、冗談抜きで読んでいて鳥肌が立っちゃったんですよね。屍解仙になっても人間っぽい素直さは忘れない加藤保憲! 武人の鑑じゃ。

 いや~ホント、平将門の本体が、まさかあそこにあったとはねぇ。
 作中でも加藤が言及していましたが、それを推理するためのヒントはちゃ~んと作中で出てたんですよね! そして、そこから導き出されるのは、なんと、その「真の答え」に本人たちも知らぬ間に肉薄していたのは、加藤でもトマーゾでもドルジェフでも大谷光瑞でも甘粕正彦でも平井保昌でもなく、

北一輝と全学連の学生諸君

 であったという、この大逆転!! やったぜイッキ!!

 浮かばれたね……『魔王篇』の北一輝と『百鬼夜行篇』の学生諸君って、正直、『帝都物語』の中でも屈指の「冷や飯くわされポジション」といいますか、つまはじきにされてるような悲哀があったのですが、まさか、そんな彼らが「将門の真実」に最も近づいていたとは! まぁ、本人たちも知ってて接近してたわけじゃないので、単なる偶然なんですけどね。

 いや、それにしても、こういう形で冷遇キャラに脚光をあびせるのって、とってもいいですよね。人生捨てたもんじゃねぇな、みたいな生きる希望を私たちに与えてくれる粋な計らいだと思います。荒俣先生、ありがとう!!

 ずいぶん昔に我が『長岡京エイリアン』であつかった別企画でもそんなキャラ、いましたよ。第6使徒ガギエルさんっていうんですけどね。新劇場版にも出られなかった可哀そうなお使徒でしたが、彼を見た時のような、さわやかな感動におそわれました。よかったよかった、よかったね☆

 「真の将門の居場所」という謎の他に、「将門の正体」という大きな謎もあったのですが、これに関してはもう、有名なことわざの「〇〇〇取りが〇〇〇になる」を地でいくような展開で、もう笑うしかないしっくり感があるのが実にお見事でした。要するにこれは、地球最大規模の「七人ミサキ」だったのかも知れませんね。もしくは水木しげるの単発マンガ『やまたのおろち』的な。憎悪と愛情って、紙一重なのよね……

 とにもかくにも、破綻とはまた違った意味合いでハチャメチャなことになってしまっているクライマックス2篇ではあったのですが、一大叙事詩たる『帝都物語』を見事に締めくくる大事なところはちゃんと押さえていたということで、私は本当に、満足することができました。終わりよければ全てよし! 辰宮由佳理さんは最後の最後までひどい目に遭いっぱなしだったけど、ヨシ!!

 あ、そういえば今さらになって思い出してしまいましたが、あの令和版の映画『妖怪大戦争 ガーディアンズ』(2021年)のクライマックスで安摩の面が出てきてたのって、この『帝都物語』へのセルフオマージュだったのね。でも、別に加藤保憲と安摩の舞に直接の関係はないもんねぇ。ちょっとピンとこないですね。

 あと、加藤と将門の熱すぎる関係ばかりに文字を割いてしまいましたが、その一方で加藤の式神十二神将をみごと撃退した、大沢美千代と団宗治たちむさくるしい中年おじさんズによる、コンピュータシステムを使った退魔戦法も、非常に血沸き肉躍るベストバウトでしたね。
 ここって、単に荒俣先生がコンピュータ好きだからとか、団宗治が荒俣先生自身を色濃く反映しているキャラクターだから花を持たせたっていう単純な話じゃなくて、今までは平井保昌しかり黒田茂丸しかり、「過去の叡智」を継承するだけにとどまっていた戦法では加藤の執念に打ち克つことはできなかったのですが、過去の遺産をふまえた上で、現代リアルタイムの「私たちの叡智」を絞りだしてミックス、アップデートさせなければ、今そこにある壁を乗り超えることはできないというメッセージが込められていると思うんです。そりゃそうですよ、陰陽道も風水術も、加藤は完全履修済みなんですから!
 ここらへんの、100年近い物語の積み重ねを経たうえで団と美千代たちがたどり着いた(とりあえずの)勝利があるという展開は、そこまでの長~い敗北の歴史があったればこその「ヤッター!!」だと思うんですよね。

 そういった美千代・団サイドの鳴滝邸における泥くさい激闘のくだりは、まぁ結局はブチ切れた加藤本人が鳴滝邸に乗り込んできちゃって壊滅するという悲劇を招いてしまうわけで、『帝都物語』全体の大局から見れば加藤の優位をくつがえすまでの重要度はなかったわけなのですが、ある意味では土師キンポーがどうのこうのいう最終決戦以上に荒俣先生が描きたかったストーリーだったんじゃなかろうかと思うんですよね。まぁ、『帝都物語』を終わらせるために必要な装置として土師サイド春樹サイドはなければなかったのでしょうが、それだけでは絶対に『帝都物語』はここまでの名作にはならなかったと思います。どんなにハチャメチャでも当時の角川書店に忖度しまくりでも、読めば読んだ即時に、昭和末期のマグマのように熱いテンションの奔流が召喚されるというこの普遍的な面白さこそが、この『帝都物語』12巻を、がんばって最後まで読んだ人がたどり着ける最上の果実なのではないでしょうか。
 雑味ありまくり! だが、そこがイイ~!!


 さて、まぁこんな感じで『帝都物語』クライマックスに関する感想は以上なのでございますが、せっかくここまでこれたので、次回は『帝都物語』全体に関するつれづれのまとめと、今後のもろもろについてをくっちゃべっていきたいと思います。ま、ちょっとだけね!

 いや~『帝都物語』、決して端整な造作の二枚目ではありませんが、読んだら絶対に忘れられない唯一無二の魅力を持った一大娯楽作ですよ!
 だまされたと思って、読んでみたらいいさ!!
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あらためて立ち返ろう読書メモ 小説『帝都物語』6 『百鬼夜行篇』&『未来宮篇』

2025年04月19日 20時00分04秒 | すきな小説
≪過去記事の『帝都物語』第1・23・45・1112・6巻は、こちらで~っす。≫

『帝都物語7 百鬼夜行篇』(1986年10月)&『帝都物語8 未来宮篇』(1987年2月)
 角川書店カドカワノベルズから書き下ろし刊行された。

あらすじ
 昭和三十五(1960)年4月。「安保反対」のシュプレヒコールがこだまする東京。学生運動を統率する者たちは「国際反戦デー」に多角的武装蜂起を決行することを画策し、海外から謎の超能力者ドルジェフを招聘した。
 一方、自衛隊将校となった魔人・加藤保憲は、小説家の三島由紀夫を特別訓練生として鍛え、祖国防衛隊を結成する。しかし、三島は加藤の行動が帝都壊滅への布石であることを知り、魔人に敢然と挑む!


おもな登場人物
≪百鬼夜行篇≫
平岡 公威(1925~70年)
 小説家・三島由紀夫。辰宮雪子の助けを借りて、自分に取り憑いた怨霊を祓うが、その際に見た霊視に興味を持つ。後に自衛隊に体験入隊した時に加藤保憲と再会し、加藤の影響下で祖国防衛隊隊長となり、全学連などと対峙する。

加藤 保憲(かとう やすのり)
 明治時代初頭から昭和七十三(1998)年にかけて、帝都東京の滅亡を画策して暗躍する魔人。紀伊国龍神村の生まれとされるが、詳しい生い立ちについては一切不明である。
 長身痩躯で、こけた頬にとがった顎、さっぱりとした刈上げといった容姿で、いかなる時代においても老いの感じられない20~30歳代の外見をしている。眼光は鋭く、身体の大きさに似合わぬ軽い身のこなしが特徴的である。黒い五芒星(ドーマンセーマン)の紋様が染め抜かれた白手袋を着用している。剣の達人で刀は孫六兼元を愛用する。 極めて強力な霊力を持ち、あらゆる魔術に精通している。とりわけ陰陽道・風水・奇門遁甲の道においては並ぶ者のいないほどの達人であり、古来最も恐れられた呪殺秘法「蠱毒」を使う。天皇直属の陰陽道の名家・土御門家が総力を挙げても彼一人に敵わない。秘術「屍解仙」を用いて転生したこともある。さまざまな形態の鬼神「式神」を使役し、平将門の子孫を依代にして将門の大怨霊を甦らせようとしたり、大地を巡る龍脈を操り関東大震災を引き起こしたりした。中国語や朝鮮語にも通じる。
 太平洋戦争の終結後は保安隊(のちの自衛隊)に所属し、二佐(中佐)として調査学校の教官を務めながらも再びの帝都崩壊をたくらむ。式神を操りながら平岡公威に近づき、全学連などの学生運動と対決し、その動乱を崩壊の足がかりにしようとする。

目方 恵子(めかた けいこ)
 福島県にある、平将門を祀る相馬俤神社の宮司の娘。加藤保憲に闘いを挑んだが敗れ、加藤によって満州国へと連れ去られたが、再び日本へ戻った。新宿区新小川町の大曲にある江戸川アパートメントに住み、将門の霊を守護するためにドルジェフと対決する。1894年か95年生まれ。

辰宮 雪子(たつみや ゆきこ)
 由佳里の娘。母から強い霊能力を受け継ぎ、そのために加藤に狙われる。
 母・由佳理亡き後は目方恵子を母と呼び、平岡公威と深く関わる。1915年8月生まれ。

紅蜘蛛
 新宿三丁目の酒場「紫」で女装し、辰宮雪子や三島由紀夫と親しくする。自称「三島を邪霊から護る半陰陽の守護天使」。本名も年齢も不詳だが、本名のイニシャルは「 K」であると語っている。

角川 源義(かどかわ げんよし 1917~75年)
 角川書店初代社長。国学院で折口信夫に学んだ新進の国文学徒であったが、敗戦直後の荒廃に際し、日本文化を守り抜く決意をもって28歳で角川書店を創業する。学者、俳人としても名を成し、西行法師や柳田国男に深く傾倒した。

セルゲイ=ドルジェフ
 アルメニア出身の民族解放運動リーダー。「スーフィー(イスラム神秘主義者)の悪魔」の異名を持つ。チベットの山岳寺院で第三の眼の修行に励み、モンゴルのゴビ砂漠でスーフィー秘術を学ぶ。灰色の瞳を金色に輝かせる邪視を用いて、イランの首都テヘランや東南アジアを中心に民族解放闘争に暗躍する稀代の超能力者。全学連に協力するために来日し、加藤や恵子と壮絶な闘いを繰り広げる。極度に肥満した巨漢で頭髪や眉毛はなく、常に車椅子で移動する。外見は50歳程だが年齢不詳で、一説には1969年の時点で120歳(1849年生まれ)であるといわれる。

房子・イトー
 全学連の元闘士でドルジェフの側近。本名不明。イランの首都テヘランでドルジェフの元にいたが、昔の同志たちの呼びかけによりドルジェフと共に帰国する。1969年の時点で30歳前後。日本人とは違う抑揚で日本語を話す。日本では「ローザ」という偽名を使用する。

森田 必勝(1945~70年)
 三島由紀夫が率いる祖国防衛隊の学生長。

辻 政信(つじ まさのぶ 1902~61年以降消息不明)
 旧・大日本帝国陸軍大佐。本草学に精通している。戦後、東南アジアに長く潜伏していたが、昭和二十三(1948)年に帰国して国会議員となる。岸信介首相の命により再び東南アジアへ潜入し、謎の人物ドルジェフと対面する。

市岡 仁
 江戸川アパートで同居する兄の影響を受けて、学生運動に参加する。1947年か48年生まれ。

市岡(兄)
 東京大学の大学生。江戸川アパートの目方恵子の隣の部屋に弟の仁と共に住み、学生運動に参加する。後に出版会社に勤め、角川源義らとも面識を持つ。

滝田
 全学連闘士時代の房子の同志。市岡仁の所属する全学連中核派のリーダー。顎髭を生やして眼鏡をかけている。「滝田」は活動時に使用する偽名で、本名は不明。

井上 正弘
 京都大学一年生。東京の砂川町(現・立川市)で発生した砂川闘争(1955~69年)に参加するために上京し、江戸川アパートの市岡兄弟を頼る。

石橋 湛山(いしばし たんざん 1884~1973年)
 鳩山一郎の後に内閣総理大臣に就任するが、加藤保憲の陰謀により毒を盛られ、健康を害して退陣を余儀なくされる。

中島 莞爾
 辰宮雪子のかつての恋人で、二・二六事件に関わった大日本帝国陸軍の青年将校。事件後に処刑されるが、怨霊となって平岡公威に取り憑く。

平 将門(たいらのまさかど 903~40年)
 平安時代の関東地方最大の英雄。京の中央集権主義に刃向かい関東を独立国家化したため討伐されたが、その没後もなお千年間、大手町の首塚の下で関東と帝都東京を鎮護し続ける大怨霊。『帝都物語』シリーズ全体の根幹をなす最重要人物。

≪未来宮篇≫
大沢 美千代
 1970年生まれ。長野県の山村から目方恵子によって帝都東京に呼び寄せられた、三島由紀夫の転生。東京の托銀事務センターに勤めるかたわら、恵子のもとで魔人・加藤保憲と対決すべく、恵子の後継者として巫女になる修行をおこなう。

団 宗治(1947年~)
 托銀事務センターの電算室次長。仕事の片手間に世紀末風オカルト小説を執筆する。幸田露伴と三島由紀夫を心の師と仰ぎ、魔術と文学に深い興味を抱く。目方恵子とは20年来の親友で協力者である。コンピュータ技術を駆使して「前生回帰実験」を行い、大沢美千代に前世の記憶を取り戻させようとする。大沢美千代と協力して、加藤の放つ水虎や式神と対決する。身長185cm。自宅の水槽でトビハゼや、ウミサボテン、ミノガイ、ヒカリキンメダイといった発光生物を飼っている。

岡田 英明(1948年~)
 SF小説家で翻訳家の鏡明(かがみ あきら)。電通東京本社に勤務するかたわら、作家やロックミュージック評論家として活動する。団宗治の20年来の親友。身長が190cm 以上あり、大柄な団よりもさらに大きい。

藤森 照信(ふじもり てるのぶ 1946年~)
 帝都東京に残された役に立たないもの、不思議なもの、怪建築、廃墟の類を調査し、地図化する路上観察学会の建築史家。鳴滝から4億円の資金提供を受け、東京湾から関東大震災で崩壊した銀座の赤レンガの引き上げ作業を行う。団宗治の親友。

鳴滝 純一(なるたき じゅんいち)
 東京帝国大学理学士。1881年か82年生まれ。移住先の鹿児島県坊津の海底から沈没船の財宝を引き揚げて巨万の富を築き、太平洋戦争後に帝都東京に戻る。現在は100歳を超える老齢であるが、全財産を投じて、自邸のおよそ100m ×200m もの広大な地下空間に、関東大震災前の銀座の赤レンガ街を復元しようとする。

鳴滝 二美子(なるたき ふみこ)
 鳴滝純一の養女。1969年生まれ。1976年に純一の養女となる。多大な犠牲を出すこともいとわず野望を推し進める養父に心を痛める。

滝本 誠(たきもと まこと 1949年~)
 1992年に活動を停止した出版社マガジンハウスのニュージャーナリズム雑誌『鳩か?』の元副編集長で、団の友人のジャーナリスト。夜な夜な、高性能無音モーター付き自転車を駆って通行人を襲撃する暴走族「サイクラー」として活動している。身長180cm 以上。
 ※実際の出版社マガジンハウスはもちろん2025年現在も健在で(『 an・an』や『 BRUTUS』などで有名)、『鳩か?』の元ネタの雑誌『鳩よ!』は2002年まで発行されていた。

五島 政人
 托銀事務センターの電算室課長で、次長の団宗治の部下。顧客情報ファイルの検索システムの異常を団に報告する。

チズコ
 マガジンハウスの編集部員で滝本の部下。ショートカットに丸メガネの小柄な女性。ピンク色のドライスーツを着て紫色の口紅を塗り、滝本と共に「サイクラー」として暴走行為を行っている。

益田 兼利(1913~73年)
 陸上自衛隊東部方面総監。陸将(中将クラス)。1970年11月25日に三島由紀夫や森田必勝ら「楯の会」が起こした、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地のクーデター未遂事件で人質となってしまい、三島と森田の自決に立ち会うこととなる。

吉松 秀信(1920~?年)
 陸上自衛隊幕僚防衛副長。一佐(大佐クラス)。三島らのクーデター決起に遭遇し、三島の要求書を受け取り説得を試みる。


おもな魔術解説
八陣遁甲(はちじんとんこう)の図陣
 中国大陸で発明された、陰陽二気の流れに応じて身を隠したり災難を避けたりするための方位魔術「奇門遁甲術」に含まれ、古代中国の名将・諸葛亮公明(181~234年)が編み出したものといわれる。天の九星、地の八卦に助けを借り「八門遁甲」ともいわれる各方位への出入り口「門」のうち、どれが吉でどれが凶なのかを知ることができる。巨大な岩石を一定の形式に陣立てして、迷路のようになった内部に敵を誘い込み、自分の行方をくらましたり敵を誘い込み混乱させる罠に利用された。

蟲毒(こどく)
 蟲術や、短く「蟲」ともいう。中国大陸で発達し、日本でも平安時代ごろまでに盛んに用いられた、相手に生物の霊を憑かせる呪殺術。ヘビ、サソリ、虫など魔力あるいは毒のある生き物から特別な方法で魔のエキスを採取し、これを呪う相手に服用させたり、持たせたりすることで発動する。古代の日本ではしばしば蟲毒の禁止令が出されるほど流行した。

烏玉(うぎょく)
 カラスの目玉のこと。中国大陸では、これを干して粉末にし服用すると、亡霊や鬼が見えるようになると信じられた。

邪視
 英語で「 evil eye」という。古代人は、悪意のある邪悪な目に睨まれると、その悪意の魔力が実際に害をなすと信じた。西洋の幻獣「バジリスク」は、ひと睨みで人間や他の動物たちを殺すことができたとされる。邪視に対抗する手段には、ギリシア神話の魔女ゴルゴン退治のように鏡などで邪視を反射させるか、目立つものや見極めが難しいもの、極度に見にくいもの(九字を切る、ドーマンセーマン、籠目の図法など)を出して邪視を逸らせるかの2通りがある。日本では、博物学者の南方熊楠が邪視と邪視破りの研究を行った。

紅茶占い
 西洋に伝わる占い。日本では「茶柱が立つと縁起がいい」と言われるが、西洋の場合は紅茶かすの残り具合から図形や文字を読み取り、占いの手がかりとする。

第三の眼
 仏教のチベット密教に伝わる特別な能力。修行を積んだ僧は、頭上や額に盛り上がりができたり、脳内に光が通過するようになり、2つの眼の他に神秘的な視覚を獲得する。これを第三の眼という。かつてロブサン=ランパ(1910~81年)というイギリス人のチベット行者が第三の眼を喧伝し、日本でも著作が翻訳された。

水虎(すいこ)
 日本で一般に「河童」と呼ばれる妖怪に似ている。しかし、河童は日本の妖怪だが、水虎は古代中国で伝承されていた。3、4歳の子どものような背丈で、矢で射ても突き刺さらない硬い甲羅を持っている。脛が長く牙が鋭い。常に水中に身をひそめ、水辺に来た人間や家畜を襲って命を奪う。
 『未来宮篇』では、平安時代の大陰陽師・安倍晴明の式神十二神将の子孫である水の妖怪とされ、古くから江戸の水域に生息していたが、1987年から東京の地下に設置された密閉式ダストシュートシステムを通じて違法に投棄される人間の死体を喰らうために、東京湾に出没するようになった。

月下儀式
 古代中国には月にまつわる俗信が多くあり、日本にも伝わっている。月の中にウサギが住むという伝承も、その一例である。中国では他に、三本足のヒキガエルが住んでいるという伝承もある。月は、縁結びの神である「月老」(または結璘)とも関係があり、月老は目に見えぬ赤い糸を用いて、結婚するべく生まれてきた男女の縁を結ぶという。


 ……いや~、いよいよ、『帝都物語』という大河ドラマも佳境に入ってきましたね!

 それにしましても、のっけから水を差すようで申し訳ないのですが、1995年に発行されて現在に至る角川文庫の合本新装版は、全12巻が半分の6巻にまとめられて入手しやすいし、なんてったって田島昭宇さんのカバーイラストがカッコよくもありグロくもありエロくもありでとってもよろしいわけなのですが、やはりこうやって読んでいきますと、ちょっとペアリングに無理がある感も否めません。
 前回までもちょいちょい言ってはきましたが、『帝都物語』の正編10巻の完成後に出た番外編2作『ウォーズ篇』と『大東亜篇』を、時系列順にということで中途に差しはさんでしまうのは、物語のリズムとしては若干の違和感があります。この2篇では加藤保憲がほぼヒーローのような役割を担っているので、これを入れると太平洋戦争中の加藤の動向ははっきりするのですが、ブラックコーヒーに角砂糖を2コといった感じで、加藤のワルさがにぶってしまうのです。これを良いと見るのか悪いと見るのか……加藤保憲という昭和生まれ屈指の名キャラクターが好きな人であれば好きな人であるほど、非常に狂おしい問題ですね! でも、こういうふうに個性のふり幅でファンをやきもきさせてしまうのって、ゴジラとか仮面ライダー級にインパクトの絶大な存在にしか許されない振舞いですから。加藤はなんと、1983年の雑誌連載での誕生からわずか数年でその域に達してしまったわけです。ほんとすごい! 荒俣先生の筆霊の威力は当然としましても……神さま仏さま嶋田久作サマ!!

 それで今回とり扱う2篇なのですが、これは別に番外編どうこうは関係ないのですが、これもこれで2篇を1冊にまとめちゃうのはどうかな……と感じてしまうチグハグさが目立ってしまうのです。時系列的には順番通りなんですけど。

 要するにこの『百鬼夜行篇』と『未来宮篇』って、小説のジャンルがぜんぜん違うんですよ。『百鬼夜行篇』はこれまでの諸篇同様に伝奇時代小説なのですが、第8巻にあたる『未来宮篇』から最終第10巻まで、『帝都物語』はいきなり近未来 SF小説にフォームチェンジしてしまうのです! こいつぁびっくりですわ!!

 具体的に見ますと、この『帝都物語』は明治四十(1907)年の帝都東京から物語が始まるわけなのですが、『百鬼夜行篇』は昭和三十一(1956)~四十四(1969)年の戦後復興期の東京を舞台とします。
 この『百鬼夜行篇』は、加藤や北一輝やトマーゾといった明確な悪役のポジションに「目からビーム!」の新外国人ドルジェフこそ登板しているものの、その一方で全共闘や新安保、国際テロリストの女傑に三島由紀夫と盾の会といった感じで、正史を元にしたパートが文字通り「事実は小説よりも奇なり」といった感じでバンバン読者を幻惑してくるので、長い『帝都物語』の中でも、ちょっと類似する空気の見られない「鬼っ子」のように特異な存在となっております。地味な市井の描写が結構多くてドキュメント性が強いんですよね。ドルジェフみたいな飛び道具感満載のキャラがいるのに、三島由紀夫というそうとうに強烈な個性が、それを喰いまくる勢いで異彩を放っているのです。ま、そのくらいの逸材でなければ、以降のキーマンにはなりえないですよね。
 ちなみに、『百鬼夜行篇』の中でも特にインパクトの強い、「え、今なんの時間?」的な不気味な空気が流れる挿話「三島と加藤のスパイ訓練電車旅」のところなのですが、これ、実際に三島由紀夫と盾の会の自衛隊側からの強力な指導者となっていた山本舜勝(きよかつ 1919~2001年)陸将補が行っていた変装訓練をほぼ忠実に加藤にだけ置き換えて再現しているようです。『百鬼夜行篇』のクライマックスの舞台となった。昭和四十三(1968)年10月21日の「新宿騒乱事件」でも、山本陸将補の指導で三島と盾の会が変装してほんとに現場に潜入していたのだとか……カトーは実在した!?

 ところがそういった『百鬼夜行篇』が、ドルジェフと鬼ババ恵子の地獄のような画ヅラのビーム合戦の末に終わりまして、その次の『未来宮篇』はといいますと、荒俣先生がこの『帝都物語』を発表していたリアルタイムの昭和五十八~六十二年を完全スルーして跳び越え、なんと「昭和六十九年」の東京からスタートするのです。ろろ、六十九年!?

 言うまでもなく、私たちが生きている世界線の日本では昭和は六十四年で終わっており、無理やり解釈すれば昭和六十九年こと1994年は「平成六年」であるわけなのですが、この『未来宮篇』から、『帝都物語』は「昭和が終わっていない架空の未来」を舞台とした SF小説として進行していきます。この、「昭和が終わっていない」というところも物語の重要なポイントとなっているのがニクいですねぇ! 昭和を無理やり終わらせないようにしている闇の勢力が混在しているという……陛下、いい迷惑!

 昨今のアニメ好き(特に高年齢層)のハートを見事にわしづかみにしている『機動戦士ガンダム ジークアクス』でも、「ある時点から世界が正史からズレていく」という分岐点が大きなキーワードとなっているのですが、この『帝都物語』の場合は、どうやら自然災害の規模の違いが最初の分岐点となっているようです。
 すなはち、『帝都物語』の世界でも、現実の日本と同じように昭和六十一(1986)年11月、東京湾の南にある伊豆大島の三原山が噴火を起こすのですが、史実では11月21日を最後に噴火活動は終息し、避難者も伊豆大島の1万人余りが東京都と静岡県に約1ヶ月間避難するにとどまったものの、『帝都物語』のほうでは、災害規模はそれどころじゃないとんでもないことになっております。

 なんと『未来宮篇』の世界では、三原山の噴火を契機として昭和六十四(1989)年までに三宅島、八丈島、そして長野・群馬県境の浅間山までもが噴火を起こし、さらには伊豆半島と房総半島で直下型地震が群発したために200万人もの避難民が東京に流入するというムチャクチャな状況に陥ります。現実の200倍の災害規模! 現実の方の世界に生きててよかった……こっちは1989年に三原山からゴジラが出てくるくらいで済んだもんね。
 こういう事態を受けて東京都と政府は、昭和六十六(1991)年に「第一次開放」として二十三区内の体育館と公共施設を、「第二次開放」として政府所管の遊休施設を、翌六十七(1992)年に「第三次開放」として都内数万ヶ所の公私を問わない巨大建築物を、10年間の期限付きで避難民の仮設居住地として開放します。これによって大きな神社仏閣、図書館、高層ビル、ホテルの3階以上の全客室に生活空間が密集するというものすごいことになります。作中で描写されているだけでも、団宗治たちが勤務する拓銀事務センタービルの6階以上や築地本願寺大本殿、果ては国会議事堂までもが仮設住宅地に!
 その他、東京湾沿岸の埋め立て地にも約30万人もの避難民が移住することとなり、元々の東京都民は中央区の晴海地域を「租界A 」、築地地域を「租界B 」と呼び、そこに住む避難民を「新都民」と呼ぶようになったというのです。

 いや~、この情報ディティールの細かさよ。これがあーた、全共闘とか三島由紀夫のあれやこれやがあった『百鬼夜行篇』が終わった数ページ後にドバドバッと出てくるんですぜ!? 同じ一冊の本にするの、ムリっしょ!

 こういう惨状なものですから、またたく間に人口が200万人も増加した東京は治安も急激に悪くなり、バイク並みのスピードを出せる電動機付自転車で暴走する「サイクラー」という暴徒が夜な夜な跳梁する世紀末無法都市に変貌してしまいます。まるでほぼ同時期に大ヒットした大友克洋のマンガ『 AKIRA』(1982~90年連載 映画版は1988年公開)みたいなケイオスシティになっちゃったわけなのですが、暴走するのが自転車なところが、そこはかとなく荒俣先生っぽいですよね。
 ただ、『未来宮篇』の冒頭で、東京湾にそそり立つ鉄組みの櫓から噴き上がる海上バーナーの炎が燃え上がる描写は、『 AKIRA』よりもむしろ1982年公開の SF映画の金字塔『ブレードランナー』(監督リドリー=スコット)の中で、タイレル社本社ビルの周辺でボーボー燃えるバーナーのイメージを強く意識しているような気がします。いずれにせよ、1980年代は洋の東西を問わず「世紀末」を舞台とした SFものの花盛りだったわけですな。

 いや~……こんな状況になっちゃうと、「加藤保憲、いる?」みたいな東京の勝手に崩壊感が目立ってくるわけなのですが、そこはわざわざ苦労して屍解仙にまでなっちゃった加藤なもんですから、今さら後戻りもできない哀しさまぎれに、東京湾の海底に眠る「海龍」を覚醒させて関東大震災いらいの決定的な東京大震災を引き起こし、帝都を今度こそ再起不能な状態にまで壊滅させようと暗躍するのでした。これもう、やけのやんぱち八つ当たりですよね。

 ただ、こうなってしまうと平将門の怨霊だドーマンセーマンだとさんざん言ってきたオカルト要素が、三原山噴火に象徴されるような「現実の災害」の圧倒的なリアリティに駆逐されてしまうような気もするのですが、さすがは荒俣先生といいますか、この『未来宮篇』ではそれらの SF的設定はあくまでも背景描写にとどめておき、本筋にドンッとすえてくるのはやっぱり、加藤なみの異常な執念で100歳を超えても生き延び、東京の自邸の地下に「大正時代の銀座通りの復元パノラマ」を再現して辰宮由佳理の亡霊を無理やり召喚するという奇策に出た鳴滝純一と、目方恵子に「三島由紀夫の転生」であると見いだされた女性・大沢美千代の物語なのです。ここにきても、オカルト成分の補強を忘れないバランス感覚はさすが……いや、バランスをはかる計量器なんてとっくに爆散してますか。

 荒俣先生、ひどいです。まさかあの可哀そうすぎるヒロインこと由佳理さんを、『百鬼夜行篇』1回ぶん休ませただけでまた駆り出すとは! 由佳理さん死んでるんですよ!? 兄貴はもうちゃっかり成仏しおおせちゃってるのに……ひどすぎる! しかも、『百鬼夜行篇』で辰宮雪子さんも、しれっと恵子を「お母さん」って呼んでんだもんね。実の母に冷たすぎでしょ! 一緒にみゃーみゃーネコの声真似した仲じゃないか!!

 でも、ひどいと言うのならば、『百鬼夜行篇』のクライマックスで唐突に物語から「卒業」することになってしまった雪子さんも、由佳理さんとは別の意味でひどい扱いですよね。ロマンもそっけもないモブのようなご最期……次の『未来宮篇』で鳴滝二美子が雪子の転生らしいと言われていることからも、おそらく雪子さんご本人の再登板はありえなさそうなので、あまりにもあっけない退場の仕方だと思います。ドルジェフのバカー!!

 やっぱりここでも『帝都物語』の面白さはぶっちぎりで保証付きなのですが、勢いに任せて枝葉末節は豪快にスルーしていく荒俣先生の筆致は意気軒高のようですね。このスピードに乗り切れないキャラは、辰宮雪子クラスでも振り落としてくゼ!みたいなバイオレンスさがたまりません。

 だってさぁ、『百鬼夜行篇』でいい味だしてた市岡仁なんか、見比べてみたら『未来宮篇』の主人公チームにいる団・岡田・藤森・滝本らへんとほぼ同年代じゃないっすか。並みの作家さんだったら、ここまで育てたんだから絶対に『未来宮篇』でも再登場させるじゃん? でも荒俣先生はしないんだよなぁ! きれいさっぱり忘れたかのようにご卒業です。市岡兄弟以上にミステリアスなキャラになってたイトー房子とか紅蜘蛛なんかも、『百鬼夜行篇』のみの登場であとはハイサヨナラなんだもんね! もったいなさすぎでしょ!!

 この豪快さ。やっぱり、荒俣先生って、みみっちぃ損得勘定にあくせくするふつうの人間とはまるで格が違うんでしょうね。水木しげる先生の非妖怪マンガの名作『大人物』を思い出しちゃった。ンゴー!!
 紅蜘蛛なんか、モデルはどこからどう見たってあの、本当に三島由紀夫とも親交が深かったという、「だまれ小僧☆」のあのお方でしょ? それを1回こっきりのチョイ役にとどめるとは……とんでもない采配だ。
 それにしてもこう見てみると、昭和時代に実在したご先達の方々の個性のなんと濃いことか! 私たちもコンプラに引っかからない程度にがんばらなきゃね!!

 こうして次回にはいよいよ、現実の1980~90年代でもそうとうにヤバかったあのお方をゲスト枠にすえつつ、加藤の野望を敢然と迎えうつ美千代ら正義の特攻チームがついに結成、そして加藤にとって最大の障壁となる魔青年も唐突に出現! 100年に近い東京の時をつづってきた『帝都物語』、泣いても笑っても堂々完結のクライマックス2篇の登場でございます!!
 さぁ、盛り上がってまいりました! ホント、この物語はなんだかんだ言ってもテンションが上がってくばっかで一向に下がらないのがすばらしいです。途中で振り落とされてリタイアされる読者の方が少なくないのもよくわかりますが、これを笑って楽しめる側にいられて良かったと思いますよ……しみじみ。
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