長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

検証・ニャニャニャの猫娘ヒストリー ~『ゲゲゲの鬼太郎』サーガより~ 「だ」の章

2010年11月30日 22時54分47秒 | ゲゲゲの鬼太郎その愛
 おこんばんは~。そうだいです。今日も1日、お疲れさまでした。
 いや~、今日という今日は、私もほんとに疲れてしまいました。なんてったって、見ず知らずのおじいちゃんと口ゲンカしちゃいましたからね、真っ昼間に。

老 「バカヤロー!」
私 「バカヤローとはなんだ! あんた、年上でも言っていいことと悪いことがあるぞ!」
老 「おれは仕事でやってんだ!」
私 「私だって勤務中なんだよ! 営業妨害だ、警察呼びましょうや!」
老 「おう、呼べ呼べ! おれだって警察とおんなじ立場なんだぞ!」
私 「あっもしもし、警察ですか? よくわかんないおじいさんに『バカヤロー』って言われちゃってるんです、わ・た・し!」

 ……疲れた。細かいいきさつはカットさせていただきますが、結局、おじいさんは見る影もなくしおらしくなって、平謝りに謝りながら去っていきました。残されたのは、苦笑する私とおまわりさん。
 みんな、駅のまわりによくいる「放置自転車追放」のタスキをかけたおじいさんには、なるべくやさしくしましょう! あの人達もあの人達で、日々とんでもない量のストレスをためこんでるみたいだぞ!


 さて、そんな世俗の垢にまみれた話はチャッチャと忘れて、今日も今日とて、会社も試験もなんにもない妖怪の世界に飛び込むことにしましょう。

 『週刊少年マガジン』版『ゲゲゲの鬼太郎』とそのアニメ化(第1期版)によって、ゲストキャラながらもついにその姿を現した猫娘。しかし、その後のヒロイン昇格への道は長く険しいものであった!

 1971年。1968~69年に放送された第1期の好評にこたえ、初のカラー作品としての第2期アニメ版『ゲゲゲの鬼太郎』が制作されることとなったのですが、ここで大きな問題が発生してしまった!
「原作ストックの残りが少ない……」
 『マガジン』で連載されていた原作第1シーズン(1970年に連載終了)の多くのエピソードは第1期アニメであらかた映像化されており、第2期アニメの放送にさきがけて『週刊少年サンデー』で原作第2シーズンが始まったものの、それでも素材がおいつかな~い!
 そこで考え出されたのが、「鬼太郎の登場しない水木しげるのマンガもムリヤリ鬼太郎ものにしちゃう」というものだったのです。これだったら、制作予定の本数は確保できる。
 そのこころみ自体はすでに第1期アニメ版の末期からなされていたのですが、本格的にこの手段を導入した第2期は、45話制作されたエピソードの多くが、もともとは鬼太郎が活躍しないはずのお話だったのです。
 鬼太郎がいなくてもいい話に鬼太郎をむりくりのっけちゃった! その結果どうなったかといいますと……
 ハイ、鬼太郎が人間に降りかかる怪現象をひたすら傍観するだけだったり、要所要所にチョチョッと出てくるだけですぐに去るなどといった、正義のヒーローというよりも『世にも奇妙な物語』のタモリに近いようなポジションになっちゃったんですね。つまり、人間側から見ると鬼太郎がいまいち信頼できない! まぁ、それだけ妖怪らしくなったといえばそうなんですが。
 そしてそれに追い打ちをかけるかのように、容赦なく現代日本の西洋化・資本主義化を批判する水木原作のシニカルさ、救いのなさ! おそらく、都合5回シリーズ化されたアニメ版の中でも、最もこわいテイストなのはこの第2期版でしょう。

 ところが、第2期制作の事情がもたらした結果はそれだけではなかった。ムリに入れた鬼太郎側の印象を強くするため、そして初カラー化された作品に華をもたせるためにも、レギュラーヒロインに我らが猫娘が起用されることになったのです(声・小串容子)! ぃやった!
 第2期アニメ版の猫娘は、まさにヒロインでした。まずファッションがかわいい。服装は『マガジン』版原作のブラウスに吊りスカートという幼い感じからガラリと変わって、赤地に大きな黄色の水玉のついたワンピースというおしゃれさ! エリだけ白いのがいいですね。しかもこの第2期から、猫娘のトレードマークともいえるおっきなリボンが頭につくようになりました。第2期ヴァージョンはオカッパ頭にピンクのリボンといったあんばいで、リボンのすそが長くたれているのがポイント。
 顔は……かわいいですよ。妖怪っぽいところは残ってるけど。二重の大きな目がちょっと眠そうに見えるのもいいなぁ。性格も、第1期で殺人のバイトをやっていたとは思えないようなやさしさ。しかもヒロインとしての必須条件、主人公への淡い恋心もさっそく炸裂させています。
 妖怪との戦闘に苦戦する鬼太郎を献身的に介抱する猫娘! ポイントあがったか?と思いきや……鬼太郎はまったくそ知らぬ顔。たった1歳差とはいえ、このお姉さんの積極的なアプローチに対して、鬼太郎はまだまだ幼かった。
 この第1・2期アニメの鬼太郎の声を担当した野沢雅子は、のちにあの「孫悟空」を演じた時のテンションはあえてもちいず、「はい、お父さん。」と目玉の親父に静かにしたがって戦う理性的なヒーローの姿を体現しています。
 猫娘の熱い想いも、冷静な野沢鬼太郎には届かなかったというのか……それでも、第2期アニメ版でのレギュラー化によって猫娘は鬼太郎ファミリーへの加入に成功しました。ともあれ、鬼太郎の名パートナーにはなれたわけなのです。

 だぁ~が、しかし! こんな順風満帆な船出をはたした猫娘に、出港直後からとんでもない大嵐が襲いかかった!! 大問題発生……それは、
「原作者に気に入られていない。」

 これはキツい……でも、事実なんです。ただこれが、単純に「猫娘」という個性を水木しげるが嫌ったという話なんでもなさそうでして。
 第2期アニメ版と同時に再開された『サンデー』版『ゲゲゲの鬼太郎』(第2シーズン)にも、アニメと同じレギュラーキャラとして猫娘が登場するんですが……はっきり言って、アニメ版のおしゃれな猫娘とはまるで別人!
 『サンデー』版の猫娘は、すごいです……服装は、たけが全然あってない短すぎる和服(ひとえ)。名前は、「猫子(ねここ)」。顔立ちは『マガジン』版より大人びていて言動もふだんは落ち着いているんですが、ヘアスタイルがとんでもねぇんだ。
 頭のてっぺん以外は髪の毛がなく(剃ってる?)、そのてっぺんの髪もムースで爆発のツンツンにするというパンキッシュなヘアスタイルなのです。トマトじゃねぇんだから……水木先生、ファッションが20年はやすぎです。そんなヒロイン、2000年代でもなかなかいませんよ!

 このように異色な味わいの『サンデー』猫娘なんですが、加えて原作の中では鬼太郎とのロマンスはまったく描写されません。鬼太郎をしたっているという立場は同じなのですが、それ以上は進展せず! むしろからんでいるのは天敵・ねずみ男の方で、いっつもねずみ男に襲いかかったり、逆にその奸計にはめられて殺されかけるというヘヴィな役回り。鬼太郎に寄り添うヒマもあったもんじゃありません。
 要するに、水木しげる作品のシニカルな展開には、ヒーローとヒロインの淡い恋愛を許す余地はないのです。ヒーロー鬼太郎は、徹底的におのれを殺してただひたすら理不尽な事件を解決していくだけの犠牲精神のかたまりのような存在であり、そんな鬼太郎が好きになるのは、自分がヒーローでなくなることを許してくれる母のような包容力を持った女性だけなのです。体型が小~中学生にしか見えない猫娘にははなはだツラい話なのですが、鬼太郎が心を許すのは、どうやら自分よりも大柄で成熟したマリリン=モンローのような容姿の大人の美女であることが多いんです。ホントよ!
 また水木作品が手厳しいのは、この鬼太郎からの愛がことごとく成就しないというところで、鬼太郎を魅了する美女はほぼ100%悪人です。鬼太郎を抹殺するか、その幽霊族の末裔としての超能力を奪うために接近していたという美女の正体が明らかになった後、限りない喪失感を味わった鬼太郎をなぐさめてくれる者は目玉の親父のまなざしだけ。なんでしょうか、女性が嫌いなわけではないんでしょうが、水木先生はほんっとに女性の描写がドライです! 魅力的だけど。

 不思議な話なんですが、『ゲゲゲの鬼太郎』のヒロインといえば猫娘!とまで最近では認識されているのに、こと水木先生ご本人が描く原作マンガの中で猫娘が活躍することはめったにないのです。
 謎だ……水木先生はネコ好きとしてもつとに有名で、鬼太郎はおろか、ねずみ男までもがネコに変身してしまうという『猫町切符』(1978年『新ゲゲゲの鬼太郎』より)という名作まで生んでいるというのに。
 水木しげる原作の「鬼太郎」サーガは、掲載雑誌を転々としながらも1990年代後半まで連綿と描き続けられていくのですが、『マガジン』版から数えると9作目のシリーズとなる『雪姫ちゃんとゲゲゲの鬼太郎』(1980年)まで、ついに猫娘がアニメのような重要な役回りをもらうことはありませんでした。
 シリーズ6作目にあたる『ゲゲゲの鬼太郎 スポーツ狂時代』(1978年)ではお化け高校野球部の紅一点としてレギュラー出演するのですが……まったく見せ場ナシ。高校生らしいおさげはかわいいけど。
 1980年までにレギュラー出演しているのはそのくらいで、1976年のシリーズ3作目『鬼太郎のお化け旅行』にいたっては1コマも登場しません。他の砂かけ婆とか子泣き爺とかは鬼太郎といっしょに気ままな世界旅行を楽しんでいるのに!
 ひどいのは1977年のシリーズ5作目『続ゲゲゲの鬼太郎』にゲスト出演した猫娘で、この時だけはなぜか、鬼太郎をメロメロにする魅力じゅうぶんなグラマー女子大生(設定はそうなんですが、見た目はほとんど熟女)として登場するのですが、またもやねずみ男の悪魔のような策略に引っ掛かってこの世から消滅してしまいます。いや、ほんとに消滅しちゃったんですよ! ねずみ男、容赦なし。おそらくこの時の猫娘は死亡したと思われますし、外見も他の作品のものとは似ても似つかないので、『続』の猫娘は前後シリーズの猫娘とはどうやら別人のようです。ただ、アルバイトをして鬼太郎をやしなうという涙ぐましい努力をした初めての猫娘が彼女であったことは忘れてはならないでしょう。合掌。

 まぁこんな感じで、なんとか第2期アニメ版でかわいいヒロインになった猫娘だったのですが、原作者との思わぬ水のあわなさ、そしてたびかさなる設定・デザインの変更のために、キャラクターのはっきりしない不遇の15年間を過ごしてしまうことになってしまいました。
 そんな中でも、順調に鬼太郎ファミリーとしての知名度を上げていく、同期加入の砂かけや子泣き、一反もめんたち……もうあたし、『怪物くん』に移籍しちゃおっかな……

 しかし神は猫娘を見捨ててはいなかった! 1985年、ついに「猫娘完全ヒロイン化計画」ののろしを上げることとなる大転機がおとずれたのです。
 きっかけはやはり、「アニメ化」でした……つっづく~!!


 余談ですが、最近ついに角川文庫から、長らく幻の書とされてきていた原作シリーズ第5作『続ゲゲゲの鬼太郎(ゲゲゲの鬼太郎・青春時代)』と第6作『ゲゲゲの鬼太郎・スポーツ狂時代』が復刊されました。
 これはすごい快挙です……みなさんもこれを機会に、悪い妖怪を退治することだけがすべてじゃない、鬼太郎ワールドの秘境をぜひともお楽しみになってみてください。
 『青春時代』のエロエロ感もいいんですが、『スポーツ狂時代』のばかばかしさは神の領域です。私、お化け高校野球部と宇宙人野球部との試合のシーンなんか涙が出ちゃいました。こんな幸せな笑いにつつんでくれるマンガなんてめったにありませんよ! もうねぇ、常人には予測のつかない、妖怪同士のかけあいテンポのズレズレっぷりが異次元の領域にまで到達してるんだ!! 超絶おすすめです。
  
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検証・ニャニャニャの猫娘ヒストリー ~『ゲゲゲの鬼太郎』サーガより~ 「こ」の章

2010年11月29日 23時22分50秒 | ゲゲゲの鬼太郎その愛
 どうもこんばんは、そうだいです。いやぁ、今日は天気良かったですねぇ! そんなに寒くもなかったし。雲ひとつない小春日和でした。

 突然ですが、昨日の夜、NHK大河ドラマ『龍馬伝』の最終回、やってたでしょ!? 私もちゃんと観ましたよ、友だちの家で!! Oh,友だち……あんたは、えらい!
 ほんとにねぇ、何度も言うように、私の家のTVはあとかたもなく消え去ってしまったわけなんですが。私、NHK大河ドラマはほんっとに大好きなんですよ。もともと、実家が日曜日の夜は必ず大河ドラマを観るという家庭だったため、ものごころがついた1983年の『徳川家康』から、ぼんやりとした記憶は残っています。
 しばらくして、本格的に日本の歴史に興味を持つようになった小学校時代の1991年『太平記』から最近の2009年の『天地人』まで、どんなに気に入らない内容の年だったとしても、最終回だけは必ず観るようにしてきていました。
 ところが! 今年の『龍馬伝』は比較的しょっちゅう観ていたのに、肝心のTVが夏にブッ壊れるという未曾有の大事件発生。きゅうきゅうとした挙げ句、親友の家にあがりこんでしまったという次第でした。しかも手作りのカレーまでいただいちったよ。Oh,心の友!! 超絶感謝。
 さて、そこまでして観ることに成功した『龍馬伝』最終回だったんですが……なんか、演出上あえてそうしたんだろうけど、かなり地味な出来でしたね。やっぱり、暗殺直前の龍馬さんだけピックアップしちゃうと、華々しい出来事もないまま殺されちゃう流れになっちゃうのかなぁ。
 『龍馬伝』らしさをつらぬいた最終回と言ってしまえばいいんでしょうが、女性キャラも真木さんと寺島さんがお情け程度に出ていたくらいで、なんかさみしくて暗い終わり方だったなぁ。好きだったオープニングテーマも丸ごとカットされてたし。
 オープニングをカットしちゃ絶対にダメ! NHK大河ドラマは主題曲が命なんだから。最終回に関する限り、『龍馬伝』の挑戦はやり過ぎだったんじゃないかと思いました。あぁ、かえすがえすも、真木よう子さんの「寺田屋事件」が観られなかったのが無念で無念で……あたしゃくやしいよ。
 来年の大河もおもしろそうですねぇ! 常連の「天下取り三羽ガラス」の配役はなんか……な感じですが、主人公の浅井三姉妹がよさそう! なんたってあんた、宮沢りえさんの「茶々」よ!? 楽しみね~え。早くお金をためて最新のパソコンを買わねば。

 さぁ、前回に引き続き『ゲゲゲの鬼太郎』の名ヒロイン・猫娘の成り上がりサクセスストーリーの後半戦でございます。
 マンガという形式では、1959年の貸本版『墓場鬼太郎』からはじまった「鬼太郎サーガ」なんですが、のちに不動のヒロインとなる猫娘は初期には登場せず、その原型となった悲劇のキャラクター「寝子」は活躍するものの、残念ながら黄泉の国へと旅立ってしまいました。無惨!

 それじゃあ、我々の知っている「猫娘」はいつから現れたのかというと、『週刊少年マガジン』に連載されていた原作マンガ『墓場の鬼太郎』第1シリーズのエピソード『猫娘とねずみ男』(1967年9月)が初登場だったのです。ただし、この時点の猫娘は、あくまでこのエピソードに出演するだけのゲストキャラでした。
 ちょっとここですんません! 補足なんですが、『マガジン』で1965~69年に連載されていた「鬼太郎」のタイトルはもともと『墓場の鬼太郎』だったのですが、1968年に初めてTVアニメ化されるにあたって、TV局側の「スポンサー企業のつく番組のタイトルに『墓場』はちょっと……」という意見から、『ゲゲゲの鬼太郎』に連載途中から変更されることとなったのです。したがって、『猫娘とねずみ男』の掲載された1967年の時点では、マンガのタイトルはまだ『墓場の鬼太郎』でした。

 『墓場鬼太郎』に登場した寝子は、「魚やネズミを見ると凶暴なネコのようになってしまう奇病を持つ人間」という設定だったのですが、『猫娘とねずみ男』の猫娘は「人間と猫妖怪のハーフである半妖怪」という設定のキャラクターになっています。
 具体的なこの猫娘の生い立ちについては、いまだかつて語られたことがありません。これは同じく「半妖怪」であるねずみ男もそうです。この2人がどうして人妖ハーフとしてこの世に生まれることになったのか? う~む、気になる!

 公式プロフィールによると、『猫娘とねずみ男』に登場した猫娘のデータは、以下のようになります。
 1953年生まれ(鬼太郎の1歳年上)・身長136cm・体重29kg・調布市の神社の裏に在住

 ライフスタイルはかなりワイルドですね……でもファッションは白いブラウスに赤い吊りスカート。髪型もワカメちゃんをしのぐ勢いで刈り上げた短髪と、意外と清潔感のあるいでたちの女の子です。細かいポイントですが、この時点ではのちにトレードマークとなるおっきなリボンはつけていません。
 短編『猫娘とねずみ男』にゲスト出演した猫娘は、鬼太郎に呼び出されて、悪質な霊感商法でもうけていたねずみ男をこらしめる手伝いを頼まれます。報酬はラーメン2杯。
 おいしそうに2杯目のラーメンを「ぞろぞろ」という音をたてて食べ、「ききききき」と笑ってパンツ丸出しでねずみ男に飛びかかる猫娘の勇姿は、とても40年後に萌え萌えヒロインになるとは思えないネコ本来のエネルギッシュな躍動感に満ちています。かっこいいし、かわいい!
 私はアニメ第5期版の猫娘よりも、こっちのほうが好きですねぇ! ラーメン2杯で協力するという鬼太郎とのビジネスライクな関係も実にネコっぽくてクール。
 お話を観てもらってもわかる通り、ここに登場した半妖怪・猫娘は、キャラクターから言ってもずっと子どもっぽくなった外見から言っても、『墓場鬼太郎』の寝子とはまったくの別人のように見えます。
 ただし気になるのは、来ている服装の感じが瓜二つであること。もしかして猫娘は、黄泉の国にわたった寝子が鬼太郎に再会するために現世に転生した姿なのでは……ずいぶんとロマンチックな解釈ですが、それだと1953年生まれという設定とズレちゃうからなぁ。

 寝子との関係はさておき、『マガジン』版の猫娘は、『マガジン』版を忠実に映像化した第1期アニメ版(1968~69年 モノクロ)で放送された『猫娘とねずみ男』にも同じ役回りで登場するのですが(声・山口奈々)、ここではさらに設定が追加されて、ふだんは「閻魔大王から取りつけた人間の魂を刈りとるバイト」にいそしんでいるということに。それ、バイト!? 同じバイトでも、アニメ版第5期のバイトとは大違いよ! こわすぎる……

 さて、こういったインパクトあふれるスタイルで颯爽と登場した猫娘だったのですが、まだ鬼太郎ファミリーの一員にはなっていません。ていうか、鬼太郎ファミリー自体がまだできていませんでした。
 鬼太郎と目玉の親父の行動に同調した妖怪たちが、現在の砂かけ婆や子泣き爺のようにレギュラー化するのは、第1期版アニメの好評によって1971~72年に放送された第2期アニメ版(初カラー)からのこととなります。
 それまでは基本的には鬼太郎父子に仲間はおらず、たまに敵が強すぎた時(『妖怪大戦争』など)に、随時手助けが入るといった形式が『マガジン』版原作の定型だったのです。ねずみ男にいたってはむしろ鬼太郎の敵になっていることがしょっちゅうでした。『猫娘とねずみ男』のねずみ男は本当に悪人です。

 つうことで、1970年代に入ってめでたくレギュラー入りした猫娘だったんですが、ここも一筋縄じゃいかねぇんだよなぁ!
 なぜなら、1971年に同時にスタートした第2期アニメ版と『週刊少年サンデー』版の原作マンガ第2シリーズとでは、猫娘のキャラクターがまっったくの別人になっているのです! 特に外見が。
 果たして、いつになったら猫娘は、鬼太郎のフィアンセという安定した地位を勝ち取ることができるのか!? 白熱の次回につづく~。

 あれ、もっと簡単にまとまって終わるハズだったのに……?
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検証・ニャニャニャの猫娘ヒストリー ~『ゲゲゲの鬼太郎』サーガより~ 「ね」の章

2010年11月27日 22時48分23秒 | ゲゲゲの鬼太郎その愛
 ボンソワ~ル。そうだいです。秋ももう終わりなんでしょうか。日が暮れてからほんとに寒くなってきましたねぇ。
 今日も、夜に東京に行ってお芝居を観てきました。早稲田の学習院女子大学構内で上演された、ポかリン記憶舎の第17回公演『冬の穴』です。
 作品本編のほかにもおもしろい要素がいろいろあって、お客さんといえども入構許可証が必要な女子大に入るというイベント感があったり、敷地が地方ほど広くない都内の大学だけあってビルのような高層な学部棟が林立している様子に圧倒されたり。公演の会場も不思議で、構内にあるホールではなく、ホールの入り口エントランスで芝居を上演するというフェイントの妙。お話の舞台として、空間の間取りがとてもおもしろく活用されていました。
 作品の内容もおもしろかったのですが、惜しむらくは、私のとなりにものすごくかわいい女子大生(友だちとの会話から類推するに早稲田大生か)がいたため、芝居に集中することができなかったところでしょうか。残念!
 もう、気になっちゃって気になっちゃって……もちろん、しげしげとはながめられなかったのですが、もんのすごく気になる! 浜崎あゆみさんがノーメイクになって、ヒョウ感が20%アップしたような顔立ちの娘さんでした。
 さすがネコ科顔。上演中は微動だにせず、じーっっと舞台を前のめりになって見つめていました。あれよ、ネコの、「あ、あんた、人間が見えないもの見えてるでしょ!」といった感じで虚空を見つめている表情よ。Oh,It’s ミステゥリアス!

 好きなんですねぇ、こういう顔! なにもかもお見通しなんじゃないかと思わせるその眼光。意外と感情豊かではあるんだけど、基本的にクールな表情とその身のこなし。ある時はシャシャッと目にもとまらぬ素早さで跳躍し、そうかと思うと天気のいい日にはボヨ~ンと日だまりに丸くなっている……そんな猫と、それを思い起こさせるネコ顔の女性。クール、スマート、オフの時には思いっきりオフ! そのイメージにあこがれちゃうんでしょうか。

 ネコつながりですし、前回に『ゲゲゲの鬼太郎』関連の話もしたので、今回は「鬼太郎」サーガに欠かせない存在となっている「猫娘」のことをつづってみたいと思います。
 猫娘! 大好きなんですよ、このキャラクター。そんなに数多くアニメを観ているわけでもないので大きな口はたたけないのですが、私が好きなアニメの女性キャラクターの中でも、ランキング第2位に入っているお方です。そんな猫娘さんをおさえてランキングトップになっているのは……そちらのお話は、また機会をあらためて。

 ところがこの猫娘、実は現在の「鬼太郎のフィアンセ」「鬼太郎サーガのヒロイン」という不動の位置をおさえるまでには、非常にけわしい山あり谷ありの道ゆきをたどらなければならなかった、マンガ史上屈指の苦労人キャラクターでもあったのです。
 1980年代生まれの私にとって、もっとも印象に残っている猫娘はというと、1985~88年に放送されたアニメ第3期版『ゲゲゲの鬼太郎』(鬼太郎の声・戸田恵子)にレギュラー出演していた猫娘(声・三田ゆう子)です。しかしこの第3期のヒロインは、猫娘ではなく真人間の天童ユメコというオリジナルキャラクターでした。
 2007~2009年に放送されたアニメ第5期版では押しも押されもせぬ「萌え萌えヒロイン」と化していた猫娘は、いったいどんな経歴をたどって今の地位を築きあげたのでしょうか? その歴史をひもといてみましょう。

 まず、すべてのいできはじめの親・水木しげるが、『ゲゲゲの鬼太郎』のもととなった『墓場鬼太郎』をはじめて描いたのは1954年のこと。最初はマンガでなく紙芝居というかたちでした。
 さらに言うと、『墓場鬼太郎』の物語は水木しげるがゼロから創り上げたものではありません。もともと別の紙芝居作家さんが描いていた『墓場奇太郎』という物語の設定を水木先生がゆずりうけたのだそうです。残念ながら、その先生のものも水木先生のものも、紙芝居作品は現存していません。
 さらにさらに言うと、「鬼太郎サーガ」のうちの記念すべき第1話「鬼太郎の誕生」の大筋は、江戸時代から伝えられていた怪談『飴屋幽霊』がもとになっています。つまり、「ゲゲゲの鬼太郎」は江戸時代生まれのキャラクターともいえるわけなんですな。

 さて、『墓場鬼太郎』は水木先生の手によって、紙芝居から貸本(1959~64年)、そして貸本から連載マンガ(『週刊少年マガジン』1965~69年)、さらに第1期アニメ版(1968~69年 モノクロ)へと、みるみるうちに立派な国民的マンガへと成長していきます。
 ここで、鬼太郎の歴史の追跡はいったん中断して本題。猫娘が鬼太郎ファミリーにめでたく加入したのはいつからなのか?
 実は、第1期アニメまでの段階で、猫娘はまだレギュラーキャラにはなっていません。他の、砂かけ婆や子泣き爺、一反もめんや塗り壁といった連中も、マガジン版原作の『妖怪大戦争』というシリーズ屈指の一大エピソードには出演していますが(猫娘は不参加!)、レギュラー登場はしていないのです。
 今ではすっかり有名となった「鬼太郎ファミリー」が形づくられていくのは、1971~72年に放送された第2期アニメ版(こっちはカラー)と、同時に連載が開始された『週刊少年サンデー』版の原作マンガからです。鬼太郎、『マガジン』から『サンデー』への電撃移籍。すげぇ!(1986~87年連載の『新編 ゲゲゲの鬼太郎』では、再び古巣の『マガジン』に帰ってきています。)
 ついでに言っておくと、第1期アニメ版までにレギュラー出演できていたのは、鬼太郎、目玉の親父、そしてねずみ男の3人のみです。シンプル&むさい! このへんのテイストは、数年前にフジテレビの深夜アニメ枠「ノイタミナ」でアニメ化された貸本版「鬼太郎」をもとにした『墓場鬼太郎』をごらんになるとわかりやすいんじゃないでしょうか。でもはっきりいって、原作マンガ版の方が100倍おもしろいけどね! 『墓場鬼太郎』の鬼太郎はダーティですよ……いっつも片頬で笑ってるふてぶてしい顔つきだし、つぶれてる左眼は髪の毛でかくしてないし、平気で他人を地獄におとすし(比喩じゃなくてガチで地獄送りにする)、小学生なのにヘビースモーカーだし……みなさん、『墓場』の鬼太郎の長距離の移動手段ってなんだか知ってます? 『ゲゲゲ』の鬼太郎だったら一反もめんかカラスコプターですよね? 『墓場』の鬼太郎は「盗んだバイク」なんですよ。目玉の親父も公認の不良小学生です。

 このように、蝶よ花よともてはやされるヒロインとして最初から登場していたわけではなかった猫娘なんですが、現在活躍している彼女のモチーフとなった別のキャラクターは貸本版の『墓場鬼太郎』に登場していました。
 これも、「ノイタミナ」の『墓場鬼太郎』でおぼえている方も多いかと思うんですが、人間の世界で生活することにした鬼太郎父子が下宿した三味線屋「ねこや」のひとり娘・寝子(ねこ)がそうです。アニメ版の声優はご存じ!中川翔子先生が担当。
 寝子は、鬼太郎が入学した小学校の同級生でもあり、白いブラウスに赤い吊りスカートというおしゃれなファッションの似合う、普通の人間の女の子です。服装こそのちの猫娘と同じものですが、髪型はロングヘア、まつげが長くうれいをおびた大人っぽい表情、小学生にしてはスラッと背の伸びたモデル体型と、ごく正統派のマンガヒロインといった感じです。
 一見、猫娘とはほど遠いイメージがあるのですが、この寝子は先祖代々ネコを殺して三味線を作ってきたことによるたたりから、魚やネズミのにおいをかぐと凶暴な猫娘に変身してしまうという奇病にかかっていたのです!
 こういった「奇病を持った人間」という寝子のキャラクター設定は、水木先生が1958年に発表した貸本『怪奇猫娘』の主人公のものを継承しています。
 ひとつ屋根の下に同居している鬼太郎はそんな寝子の秘密に、幽霊族(人類とは違う地球の先住民族)の最後の生き残りである自分の普通でない境遇を重ね合わせて同情し、寝子もまた、鬼太郎の理解に好意を寄せるのでした。いい感じの仲です。
 そんな特異体質をひた隠しにしながら新人歌手としてデビューする寝子(現役小学生)だったのですが、鬼太郎をおとしめようとするねずみ男(ここでは敵!)とニセ鬼太郎の奸計により殺されてしまいます。キッツい展開!
 鬼太郎は黄泉の国にわたって寝子の魂を現世に連れ帰ろうとするのですが、あたりかまわずネコに変身してしまう自分の呪われた体質にほとほと嫌気のさした寝子は、現世に戻ることを拒否して黄泉の国にとどまるのでした。
 鬼太郎よ……小学生の身としてはあまりにつらい失恋です。これが、のちに正義のヒーロー「ゲゲゲの鬼太郎」となる彼のパーソナリティにおよぼした影響は甚大なものがあったことでしょう。

 こうして、異常な境遇に生まれた鬼太郎は親父以外の唯一の理解者であった寝子を失ってしまったわけなんですが、めげずに全国をさすらいはじめ、妖怪の悪行に苦しむ人々、もしくは人間社会の増長に苦しむ妖怪たちを助けるダークヒーローとしての活動を開始するのでした。最初の出会いでの相性は最悪だったねずみ男も、いつのまにか腐れ縁のように行動をともにする、かけがえのない「強敵と書いて“とも”と読む」関係になっていくのでした。

 さぁさぁそれでは、現在は鬼太郎のフィアンセとなって、キャンギャルやラーメン屋などのアルバイトを通して人間社会の学習にいそしんでいる「猫娘」は、いつどのように鬼太郎サーガに登場したのか?
 「ニャニャニャの猫娘」の、いよいよ核心にせまっていく内容は次回ということで! おったのしみに~ん。
 
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同人誌から学ぶ水木しげるの偉大さ 「ドリヤス工場」諸作より

2010年11月26日 18時52分33秒 | マンガとか
 こんばんは~。そうだいです。今日も1日、お疲れさまでした。

 さっそく本題に入ってしまうのですがみなさん、「同人誌マンガ」って、本物を手にしたことってありますか?
 というのもねぇ、最近、近所に同人誌コミックを販売しているお店があると聞いて行ってみたんですよ。そしたら、思わぬ掘り出し物が。

 行ったお店は、「とらのあな 千葉店」。「とらのあな」と言えば、新品の一般コミックとともに、「同人誌コミック」も豊富に販売している本屋さん。それがまさか、自転車で行けるような距離の場所にあったとは……!
 私もはっきり言って、コミケに行ったことのない門外漢ですもので大きな口はたたけないのですが、だいたい「同人誌コミック」というものを説明しますと、一般の書店を通して発行するのではなく、たとえば定期的に開かれるコミックマーケット(コミケ)で直接ブースをもうけて販売するようなマンガのことです。本のかたちは、普通のコミック本よりも大きめなノートくらいのもので、映画のパンフレットのような簡単なつくりのものがほとんどです。平均して3~40ページの内容で、値段は5~600円ほどといった感じでしょうか。
 ずいぶんとおおざっぱな説明で申し訳ないんですが、おおかたの同人誌コミックは、その時どきに流行しているアニメやマンガのパロディであることが多く、18歳未満の人、いや、その年ごろを遠く離れた私でさえも不用意に観てはいけないようなド過激なものもワンサカあります。
 同人誌ということで、「プロじゃない素人が描いてるんだろ?」と、クオリティの高さを不安視される方もいるかもしれませんが、今回、少なくとも店内にならべられていたものの表紙を眺めるかぎり、その心配はいらないようです。とにかくみんな、プロなみに絵がうまい! まぁたぶん、とらのあなに委託販売しているという時点で、一定のレベルに達しているものばかりなんでしょう。だって最近は、プロの漫画家さんがその一方で同人誌を描いているということも珍しくはないんですからね。「同人誌」業界、まったくあなどりがたし!

 そんな同人誌の世界、私はてっきり、そういったものを入手するためには面倒くさい通信販売かエッチラオッチラ秋葉原に行くしかないかと思いこんでいたのですが、つい数日前に、今年のはじめから京成電鉄の千葉中央駅の真ん前に「とらのあな」ができていたと聞いて、いてもたってもいられず飛んでいったというわけなのです。気づくのが遅かったなぁ!
 さて、満を持して足を踏み入れた「とらのあな 千葉店」だったのですが、まさに「虎の穴」。きれいで広いお店なのに、なぜか入る時に勇気がいる。入り口でついつい、誰か知り合いに見られてはいないかとあたりを見回してしまう! てごわい……
 店内にはもう、目うつりするようなエル・ドラドオが! いや~、私ももうオッサンなんでしょうか、喜び勇んで来てはみたものの、なにがなんだか、なにがおもしろいのか皆目見当がつきません!

 ところが! そんな中に1冊、私の琴線をビンッビンつまびく同人誌マンガがあったのです。こ、これはァ!!
 タイトルは、「私家版 死んだ世界戦線」(作・ドリヤス工場)。
 私はこの、シックなモノクロの表紙イラストを見て、思わず「フハッ!」と水木しげる風の鼻息をもらしてしまいました。
 なぜか!? なぜならば、この「ドリヤス工場」なるサークル(主宰者は後藤康有紀という方)の制作した同人誌は、最近はやっているアニメやマンガを、『ゲゲゲの鬼太郎』でおなじみ、今年でおん年88歳におなりになる水木しげる超先生の画法で描き直すという作風なのです。
 おらァもう、ビックラこいちまったよ……どうやらこの作品は、今年の春から放送されて大人気となったらしいアニメ『Angel Beats!』のパロディらしいのですが、私は元ネタのアニメのことをまっったく知りませんでした。
 それなのに買っちゃった! そして、読んでもおもしろい、おもしろい!! とにかく、ドリヤス工場さんの水木イズム継承のレベルの高さは、パロディや盗作の域をはるかに超えてしまっています。これはもう、水木老師への尋常ならぬ愛がなければ到達しえない世界ですよ!
 いやぁ、正直言って、今回のとらのあな来訪の目的は、「いかがわしい同人誌でいいのはないかさがす」という不純度100%のものだったのですが、そんな邪念はドリヤス工場さんのおかげで吹き飛んでしまいました。

 ドリヤス工場さんの同人サークル活動は2001年から始まっており、2005年からは一般の書店で販売されるアンソロジーコミックにも作品を提供するようになっております。とにかく気づくのが遅すぎたよ、私……
 『ひぐらしのなく頃に』、『新世紀エヴァンゲリオン』、『けいおん』、『らき・すた』、『かんなぎ』、『涼宮ハルヒの憂鬱』……なみいる平成の萌えアニメたちが、あっという間に戦後昭和の香りが濃厚な「ぽあ~ん」な水木ワールドに!
 今回に買った作品集の中では、『エヴァンゲリヲン新劇場版・破』とハリウッド超大作SF映画『アバター』の水木しげる版リライトが秀逸でした。ま、真希波さんがあんなことに……

 私も今までのまずしいマンガ体験の中で、『ドラクエ4コマ劇場』での児嶋都先生の諸作や、とりみき先生のパロディ版『ゴーストバスターズ』などでの水木しげる風パロディを観たことはあったのですが、あくまでワンポイントリリーフとしてのパロディや企画であったのに対して、ドリヤス工場さんはおよそ10年にわたって水木ワールドの探求をし続けています。そして、キャリアを積めば積むほどドリヤス工場独自の絵のくせは消えてゆき、そのぶん水木ワールドとしての純度が高くなっていくというこの不思議。ほんとに、元ネタがあるとわからなかったら、水木老師ご本人が筆をとっているといわれてもおかしくないくらいのうまさよ。

 あの「マンガの神様」手塚治虫のパロディストとして知られるギャグマンガ家の田中圭一だって、そのプロとしてのサービス精神から、ついついオリジナルな自分の色を出すことがあります。
 TVの世界でもほとんどの物まね芸人は、オリジナルの持つささいな特徴を、自分の芸風に取り込んで極端に誇張することによって人気をはくすることがほとんどです。コロッケさんとか、清水アキラさんとか、そうでしょ? 「ロボ五木ひろし」は、日本の至芸ですよ。

 ところがドリヤス工場はちがう。全身全霊をこめて最近の萌えアニメを「水木化」するという点では間違いなくプロなのですが、自分の作品に自分の足跡を残したいと思うといった意味でのプロ意識はまったく感じられません! 自分の色は徹底的になくす……おそろしい。まるで冷徹な変換マシーンのようです。
 そういう意味で、私はドリヤス工場の諸作の持つオーラに、タモリの物まねをしだした頃のコージー富田さんと同じものを感じました。本人は、お客さんにまったくこびずに淡々と作業をこなす。そのさまが本当におかしいんです!
 あと、もうひとつ。私が観たかぎり、どうやらドリヤス工場の諸作には、あの水木ワールド屈指の名キャラクターである「ねずみ男」をもとにした絵柄の人物がいっさい登場しません。これはおそらく、水木老師に対する工場側の最大限の敬意のあらわれなのではないでしょうか? アニメなんかではグッチャグチャに改変されている水木キャラなんですが、なんだかんだやられても、本物のねずみ男を描けるのは世界で1人だけだという謙譲の信念があるのでは……考え過ぎか、オイ!?

 ドリヤス工場は、すごいよ! なんとかして一般の書店で単独の単行本が販売されるようにはならないもんでしょうか。なるわけねぇよなぁ……丸パクリだもんなぁ。
 でも、ドリヤス工場のおかげで、今どきの萌えアニメなんかも簡単に喰ってしまう水木ワールドの強固さを再確認することができました。水木ワールド、ばんざい!!

 そのうちに、本家水木しげるの世界にも触れていきたいですね。私はもう、大好きよ~!!
 今年は『ゲゲゲの女房』もありましたしね。私、今でも、TVがこわれて朝ドラの後半が観られなかったことをくやんでいます……
 
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哀しみの末っ子映画 『劇場版 機動警察パトレイバー3 ウェイステッド13』

2010年11月25日 22時49分50秒 | 特撮あたり
 どうもこんばんはー。そうだいです。今日も、天気は悪くなかったけど寒かったねい。
 先日、久しぶりに恥ずかしい思いをしてしまいました。
 いやほら、よくある話なんですよ。気分良く自転車に乗ってると、ついつい鼻歌とか独り言なんかをおっきめの声で口走っちゃう時なんか、あるじゃないですか。それをやっちゃったんですよ。
 帰り道に自転車に乗ってて、深夜だったもんで、誰もいないと思って浅香光代さんの物まねをしだしちゃったんですね。
「でもねェ、あたしゃゆルさないよ!(この「ル」の部分を巻き舌で言うのがコツ)……あたしゃゆルさないよ!……ゆルさないよ! むずかしいな。」
 こんなことについヒートアップしてしまい、深夜の寒い夜道でお客さんの呼び込みをしていた、飲み屋の店員の女の子に笑われてしまいました。恥ずかしい!
 でも、こんな私の醜態が、寒い外にこごえて立ちつくしていたあの女の子の心に、ささやかなともしびを与えることができていたのならば。私は、いや、あたしゃあ本望だねェ。

 くだらない話はさておき、前回までくっちゃべってきた「劇場版 機動警察パトレイバー」3部作の感想なんですが、いよいよ最後の3作目に取り組む番になりました。
 シリーズの3作目は、2002年に公開された『劇場版 機動警察パトレイバー3 ウェイステッド13(サーティーン)』です。それと同時上映だった短編の3本オムニバス『ミニパト』も、今回のオールナイト上映で観ることができました。

 1988~1992年に制作されたOVA、映画、TVなどのアニメ作品で「パトレイバー」の大筋の物語はひと段落し、1993年に公開された問題作『劇場版2』によってシリーズは完結をみることとなりました。
 ところが! そんな一連の「パトレイバーブーム」もひと昔前のものとなり、フィクションの世界ではない「本物の」21世紀がおとずれたころになって突然、この『ウェイステッド13』は制作されたのです。
 前作の『劇場版2』を観た人なら誰もが予想できると思うのですが、押井守監督は今回の作品には参加していません(同時上映の『ミニパト』の脚本は担当しています)。

 いったい、なぜ今になって……
 前回までも言ってきたように、「パトレイバー」シリーズの作品世界は、「架空の近未来」だった1998~2002年の日本(の東京)です。もう現実の時間が追いついちゃってるSF作品の新作をなぜつくる!?
 こんな素朴な疑問が出てきてしまうんですが、実はそれこそが、『ウェイステッド13』が制作された理由だったのかもしれません。要するに、この作品の中に登場する「東京」は、限りなく現実の「東京」に近い世界になっているんです。前作以上に繊細に描写された画面の雰囲気も含めて、この極限までに高められたリアリティが、作品の重要な魅力のひとつになっています。そこにはSF的なうわついたお遊びはほとんどありません。もちろん、レイバーという巨大ロボットが普及しているパラレルな別の世界である以上、ゼロではないわけなんですが。
 さぁ、そんな世界で巻き起こる今回の事件は、いったいどんなものなのでしょうか?

 観終わってからの感想。か、哀しい! 哀しすぎる!! なんて重たい作品なんだ、これは! オールナイト上映の最後の作品という条件を抜きにしても、観てて本当に疲れてしまいました……なんか、体重が4~5キロ重くなったような気分!
 「重い」といえば『劇場版2』も重かったんですが、そこはそれ、押井監督のエンタメ味付けによって、メインが重くてもトータルで楽しめる四川料理みたいなおいしさがありました。『劇場版1』はみんなでワイワイ楽しみながら食べるすき焼きみたいな鍋ものですね。
 しっかし、この3男坊は……ひたすら重たい。ユーモアによる救いもないわ、人はバッタバタ死んでいくは、事件が解決してもやるせねぇラストだし……まるでほっくほくに蒸した皮付きの新じゃがが2~30個デーンと大皿にのっかっていて、かたわらにバターだけが置いてあるような映画でした。
 いや、私が言いたいのはね、この『ウェイステッド13』は、おもしろい。おもしろい作品ではあるんですが、いささか「哀しみ」という味だけをゴリ押ししすぎたきらいがあるんじゃないのかということなんです。

 哀しみ本線『ウェイステッド13』。思いついただけでも、この映画には、あの華々しい「パトレイバー」シリーズの最新作だとはにわかに信じがたい「哀しい要素」がゴロッゴロしています。


 まず第1に、「前作にましてパトレイバーが関係なくて哀しい」。
 実はこの映画、内容からいうと「怪獣映画」とも言える作品なので、必然的にクライマックスではパトレイバーと怪獣が戦うという白熱の見せ場が用意されているわけなんですが、そこまではパトレイバーはじぇんっじぇん登場しません。しかも、同じように「パトパト詐欺」の疑いのあった前作『劇場版2』ではかろうじて主役の位置を死守していたシリーズのレギュラーメンバーも、今回は1人のこらず、わき役! 主役はこの映画で初めて登場した何の変哲もない刑事2人です。しぶすぎ! 最初に「元」主人公だった人たちが登場するくだりなんか、笑っちゃったよ。天下の名優・古川登志夫サマをあんなあつかいにするたぁ、いい度胸だ!

 第2に、「日本の怪獣映画として実に哀しい」。これはガチでなげかわしい!!
 今回の映画は、東京湾にある貨物飛行機が墜落するという事故から物語がはじまります。実はその飛行機には、日本の生物医学研究所からアメリカ軍に極秘に輸出されるはずだった謎の貨物「廃棄物13号(ウェイステッド13)」が積み込まれていたのですが、引き上げられた機体の貨物室からウェイステッド13は消えていて、その日からというものの、東京湾では謎の事故やバラバラ殺人事件が頻発するようになり……というのが、物語の大筋。
 もうおわかりですね。要するにウェイステッド13つうのが、遺伝子操作によって創造された巨大生物すなわち怪獣だったわけなんです。
 この怪獣はもう生い立ちからして哀しすぎます。物語の進行につれて明らかになる部分なので詳しくは申せませんが、この怪獣を創造したマッドサイエンティスト役の人物とのあいだには哀しい関係が……あぁ、涙なしには思い出せないラストシーン、スタジアムでの怪獣の最期!
 しっくぁ~し(しかし)!! 私が声を大にして叫びたい「怪獣の哀しさ」は、そんなストーリーの哀しさではない! 日本の伝統文化たる「怪獣映画」の末裔としてあまりに情けなさすぎるという哀しさなんです!
 このウェイステッド13、リアル指向だけにこだわりすぎて、人々の記憶に残るようなインパクトのある「かわいさ」要素が全然ない! 日本の「怪獣」は、海外の凡百の「怪物」とは本来、別モンなんです! おそろしい存在である中にも、どこかに「人間の破壊願望をかわりにかなえてくれる」神様としての魅力がなくてはならない、愛嬌がなくてはならない! それなのにコイツはもう……ただ気味悪いだけ、ただ残酷なだけ! 日本の伝統あふれる「怪獣」じゃないんだよなぁ。なげかわしいよ、あたしゃ!
 そんなていたらくだから、よその国の『グエムル』やら『クローバーフィールド』やらに似てるとかパクられたとか言われるんだよ、情けない! そんなこと言われもしないようなオリジナリティに満ちた怪獣を出せってんだよ。火ィ吐け、東京タワーたおせ!!

 ……すみません、とりみだしました。とにかく、こんだけ哀しかったのよ、私は。

 第3。「季節が梅雨なので哀しい」。
 あーんまり、物語が梅雨どきである必要はないんですが、とにかくこの映画の舞台は5月。全編にわたってしとしとと雨が降っています。ほんと、この映画を観ると体感の湿度が50%増しになります。加湿器か!

 第4。「役者の表情と生活感が哀しい」。
 さっきから言っている、今回の事件の真犯人ともいえるマッドサイエンティスト役の人物は、とてもそんなことをする人物とは思えないような静かな人物で、とにかく無表情。かつて経験した哀しすぎる過去によって、ウェイステッド13のこと以外はどうでもいいという境地にいたってしまっていたのです。哀しいなぁ。
 真犯人に負けず劣らず哀しいのが主人公の1人であるベテラン刑事・久住の私生活で、女房に逃げられて帰宅後の夜食はコンビニ弁当という……あら、うってるだけで涙が。

 第5。「映画そのもののみなしご感が哀しい」。
 実はこの映画『ウェイステッド13』には、総監督と監督という2人の人物がクレジットされています。これはなんでも、総監督にクレジットされている方が最初に監督をしていたのですが、制作途中で作品の完成を断念したために、監督にクレジットされている方がそれを引き継いで完成させたのだとか。
 うーん、だから、いまいち監督の色が見えてこない作品になっていたのか! 生みの親がはっきりしない……これは映画として哀しすぎる。


 ざっとよ! ざっとあげただけでこんなに哀しいんだから、この映画の業の深さが伝わってくるでしょう!?

 でもねぇ、この作品は決して駄作ではありません。第1級の重厚な「刑事ドラマ」としても楽しめるこの『ウェイステッド13』は、名門『機動警察パトレイバー』家の末っ子としてはどうかと思える部分もあるにはあるのですが、充分に味わい深い名作にはなっているのです。
 ほら、いっつも豪華なフルコースばっかり食べててもあきるでしょ? たまにはじゃがいもを素材のままでガツガツいきたい日もあるじゃないですか。
 実際、今回のオールナイト企画を観ていて『ウェイステッド13』はツラいな、と思っていたのですが、しばらくたつとまた観たくなってくるんですよね、これが! 尋常じゃない「負」のオーラが、本作を天才・押井守の2つの傑作に伍するほどのレベルに押し上げているんですね。こえぇ!!

 いや~、とにかく収穫の大きかった今回の「パトレイバー」オールナイトでした。いつか、OVAやTVのシリーズも観てみたいですね。
 久しぶりに、私の大大大好きな2人の声優、千葉繁サマと榊原良子閣下の名演がたっぷり聴けたのも最高でした。
 よ~し、新しいパソコンを買ってDVDが観られるようになったら、まっさきにまた観なおすぞ~い!!
 
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