『帝都物語異聞 龍神村木偶茶屋』(2001年12月)
『帝都物語異聞 龍神村木偶茶屋』(ていとものがたりいぶん りゅうじんむらでくぢゃや)は、荒俣宏の短編伝奇小説。『帝都物語』シリーズ開始15周年を記念して、「魔人・加藤保憲の野望の実現に向けて協力し、知恵を貸す」目的で出版された、荒俣の編著による『帝都物語』シリーズの解析書『帝都物語異聞』(原書房)に収録された書き下ろし作品である。91ページ。
この『帝都物語異録』に寄せたエッセイで荒俣は、魔人・加藤保憲のキャラクター造形の原型となった人物として、以下の名前を挙げている。
・不老長寿の秘薬を求めて国境を越えた旅を続けた流浪の方士・徐福(紀元前3世紀)
・陰陽師、木地師、山の民、巫女といった日本国家の枠組みから外れた人々の祖となった行者・役小角(634~701年)
・8世紀前半に現在のモンゴル北部からベトナム北部まで大規模な子午線の測量を行った真言宗の高僧・一行(いちぎょう)禅師(683~727年)
・日本に陰陽道と牛頭天王信仰を輸入した遣唐使の吉備真備(695~775年)
・大和朝廷に排斥された蝦夷族の族長アテルイ(?~802年)
・日本の山の民や忍者衆の始祖である乱裁道宗(あやたち みちむね 乱破道宗とも 10世紀後半~11世紀前半?)
・四世鶴屋南北の歌舞伎『天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえいこくばなし)』などの主人公である、日本の壊滅を目論む妖術師・天竺徳兵衛(江戸時代初期の実在の人物がモデル)
・都市に復興と破壊をもたらす謎の人物・ハーメルンの笛吹き男(1284年に実際に起きたとされる事件)
※『帝都物語異聞』の寄稿者 …… 斎藤英喜(古代宗教学者)、高橋富雄(東北古代史研究者)、佐治芳彦(歴史評論家)、伊藤悠可(古神道、禅宗研究者)、豊嶋泰国(古代宗教研究家)、志村有弘(古代文学研究者)、大宮司朗(古神道、霊学研究家)、黒塚信一郎(古代宗教研究者)
あらすじ
明治十一(1878)年9月、太平洋の熊野灘にのぞむ七里御浜。水死体が光り輝いて見える異能を持つ少年・保(やす)は、海のはるか南から小舟を漕いでやって来た謎の男・加藤重兵衛と出逢う。重兵衛は脇腹に重傷を負いながらも、熊野古道をたどり奥地の龍神村を目指して進んでゆく。自分と同じ灰色の瞳を持つ重兵衛に言い知れぬ魅力を感じた保は、自分の異能を認めた重兵衛に従い、龍神村への旅に加わるのだった……
おもな登場人物
保(やす)
三重県の七里御浜にある大馬に住む漁師の青年。元治元(1864)年生まれ。浅黒い肌で筋骨隆々の大柄な体格、長い顔にとがった顎、薄く長い眉に切れ長な目、灰色の瞳をしている。両親を亡くして天涯孤独の身となっている。大馬の獅子岩の上に立って一日中熊野灘を見つめており、まだ発見されていない遠くの水死体が光って見えるという特殊な能力を持っているために近所の村人から「てんぎゃん(天狗のように不思議な小僧という意味)」と呼ばれている。その透視能力は確かで、地元の警察官が捜索の助けを依頼するほどである。字は読めないが、言葉を聞いて相手の意図や感情を読み取る能力が非常に高い。
加藤 重兵衛(かとう じゅうべえ)
七里御浜の大馬に一人乗りの小舟を漕いでやって来た男。黒い鎖帷子の胴着を身にまとい、痩せてクモのように手足が長いが胸板は厚い。保と同じように長い顔にとがった顎、灰色の瞳をしていて、薄い唇で冷たく笑う。大馬の遥か南東に位置する太平洋の無人諸島(ボニン諸島 現・小笠原諸島)で、古代熊野の龍神党陰陽師の末裔と闘って脇腹を斬られ、10日かけて逃れて来た。
大馬に来たのは、熊野古道を通って和歌山県の龍神村へ行くためであり、日本に眠る数多くの怨霊たちを覚醒させて明治新政府を崩壊させることを目論む。安倍晴明と朝廷の陰陽寮の系譜に連なる土御門神道とは全く異なる、芦屋道満の流れをくむ裏の陰陽道「若一党(じゃくいちとう)」の棟梁であり、賛同する陰陽師や山伏たちを率いて、日本の怨霊たちを「反魂の術」で復活させる。紙から黒いカラスに変じる式神を打つことを得意とする。五芒星(セーマン)の墨書された布を使い死者の魂を召喚することができる。
村主 熊太郎(すぐり くまたろう)
熊野の龍神村の名主で、明治新政府の神仏分離令を名目に10名程の武装集団「神威隊」を組織して、龍神村の龍神寺を襲撃した。日本が世界に通用する近代国家になるためには、国家神道以外には仏教も淫祠邪教も一切邪魔であるとして過激な破壊活動を扇動する。特に、熊野で強く信仰されている陰陽道(ドーマンセーマン)や牛頭天王信仰を外国から輸入されてきた邪教として強く敵視しており、龍神党の聖地である木偶茶屋を陸軍に依頼して砲撃させるほどに憎んでいる。肥満しているが刺叉による攻撃を得意とする。
庄司 新九郎(しょうじ しんくろう)
龍神村の森「和田谷(わだのたに)」の奥にあるあばら家にいた老人。たっつけ袴に胴衣を着て茶筅髷を結っている。その正体は南朝の遺臣ですでに故人であるが、加藤重兵衛の反魂の術により現世に召喚される。
安倍 晴明(あべのせいめい 921~1005年)
平安時代の大陰陽師、天文博士にして、日本最大の白魔術師。当時の呪術コンサルタントとして皇族や貴族・民衆の間で絶大な信望を集めた。
本作では、龍神村を訪れた加藤重兵衛の怨念に呼応する形で笠塔山山頂の木偶茶屋に顕現し、重兵衛と対決する。重兵衛によく似た長い顔だが肥満して色は白く、瞳は黄色く輝いている。
おもな用語解説
王子(おうじ)
仏教を守護する、密教でいう護法童子と同じ役割の、童形の神霊のこと。特に熊野古道の路傍に点在している小さな祠や石柱、碑などで祀られている王子たちは、まとめて「九十九王子(つくもおうじ)」と呼ばれる。古代から熊野の山岳地帯や沿岸地域で祀られ崇敬され、怒ると祟るともいわれる。多くの王子たちはそれぞれの土地や村のみで祀られている小さな神霊だが、強力な祟り神である牛頭天王の眷属は特に「八王子」と呼ばれている。
餅鉄(もちてつ / べいてつ)
河川の水に流されているうちに磨耗し、丸い餅のような形になった磁鉄鉱のこと。川原や山中に転がっていて見た目は小石のようだが、色が黒く明らかに石より重い。また磁力も持っている。かつて、たたら製鉄などの古代製鉄において、砂鉄と並ぶ重要な原料として盛んに採集、利用され、日本刀の材料にもなっていた。成分は60 %以上が酸化鉄で、砂鉄よりも不純物が少なく鉄にしやすい。
古代の煉丹術(れんたんじゅつ)を修める密教の行者たちが、五穀を断って即身仏になるまでの間に食べ続け、それによって肉体が金属に変質し不老不死になると信じられていた。
龍神村(りゅうじんむら)
熊野古道の奥地にある、日本の陰陽道の聖地。現・和歌山県田辺市。古代に朝鮮半島から渡来した神仙たちが陰陽道の拠点とし、安倍晴明の師とされる伯道仙人もこの龍神の地で羽化登仙したといわれる。そのため晴明も龍神において、星の位置を測り天の命運を読み取る「宿曜術」の奥義を伯道仙人から学んだ。これによって日本の陰陽道は晴明と朝廷の陰陽寮に独占される形となったが、もともと龍神にいた陰陽師たちの中には、晴明に従わず民間の陰陽師として別個に存続していく流派「龍神党」もあった。
牛頭天王(ごずてんのう)
日本における神仏習合の神で、釈迦(ブッダ)の生誕地である祇園精舎の守護神とされた。蘇民将来伝説の祟り神であると同時に薬師如来の垂迹であり、また古代日本神話のスサノオの本地ともされた。京都東山の祇園などに鎮座して祇園信仰の神ともされ、現在の八坂神社にあたる感神院祇園社から勧請されて全国の祇園社、天王社で祀られた。また陰陽道では天道神とも同一視される。
本作では、古代中国大陸から渡来した際に、それ以前から熊野にいて大和王権の拡大を助けた古代神ハヤムシャとそれを信仰する龍神党陰陽師を排斥して熊野に鎮座したとされている。熊野の天狗たちを使役して、龍神村を目指す加藤重兵衛を妨害する。
廃仏毀釈
明治新政府は、慶応四(1868)年3月に布告した「神仏分離令」や明治三(1870)年1月に発布した詔書「大教宣布」などにより、仏教に由来する国民負担の軽減政策を打ち出した。当初、この政策は神道と仏教の分離が目的の行政改革であり、仏教のみの排斥を意図したものではなかったが、江戸時代まで長年にわたり仏教に圧迫されてきたと感じていた水戸派・平田派国学を信奉する神職者たちによって廃仏運動が引き起こされ、民衆も巻き込んで仏像や仏具が破棄される廃仏毀釈運動が全国的に発生することとなった。
廃仏毀釈運動の規模については全国一律ではなく地域により大きな差があったが、これは主に藩学の普及と、民衆の学力向上の度合いの差による。浄土真宗の信仰が強い愛知県や福井県では、廃仏の動きに反発する護法一揆が発生しているが、それを除けば全体として大きな反抗もなく、明治四(1871)年1月に「寺社領上知令」が布告され、寺社の領地が政府によって調査・確定されたこともあり、運動は終息した。
神威隊(しんいたい)
明治新政府が布告した神仏分離令に起因する1870~71年に発生した全国的な廃仏毀釈運動の中で、武装した神職や民衆が結束して寺院を襲撃した過激派集団のこと。1870年4月に、40名ほどの武装した日吉大社(滋賀県大津市)の神官たちが「神威隊」を名乗って蜂起し、延暦七(788)年の伝教大師最澄による開山いらい千年以上にわたって日吉大社を勢力下に置いてきた比叡山延暦寺に対して反旗を翻した。
神威隊を率いたのは、日吉大社社司で明治新政府の神祇事務局に所属していた樹下茂国(じゅげ しげくに 1822~84年 岩倉具視の腹心)と、同じく社司の生源寺希徳(しょうげんじ まれのり 1854~94年以降)で、神威隊は延暦寺に対して日吉大社の自治権を主張し神殿の鍵の引き渡しを要求した。しかし、その要求を頑として拒否する延暦寺側に業を煮やした神威隊は日吉大社の本殿になだれ込み、祀られていた本地仏などの仏像や『大般若経』などの経典、仏具など124点に火を放ち、鰐口や具足などの金属類48点を持ち去った。神威隊の暴徒の中には、社司たちから雇われた地元坂本の農民も含まれていたとされている。これは、当時坂本を延暦寺が支配しており、小作人たちが重い年貢を課されていたことも起因しており、江戸幕府の庇護のもと長年にわたって既得権益を得てきた延暦寺にたいする地元民の反感は、日吉大社の神官たちと同様に深く燻り続けていたと察することができる。この神威隊による日吉大社襲撃事件が、全国に波及していく廃仏毀釈運動の端緒となった。
本作では、日吉大社の神威隊とは直接の関係は言及されていないが、同じ神威隊を名乗る、木槌や金剛杖で武装した10名程の暴徒が龍神村の龍神寺を襲撃した。ちなみに、本作の時代設定は全国的な廃仏毀釈運動が終息してかなり後の1878年である。
小笠原諸島
東京湾の南南東約1,000km の太平洋上にある30余りの島々からなる諸島地域。江戸時代には無人(ボニン)諸島と呼ばれていた。
本作では、牛頭天王の渡来によって古代熊野から排斥された龍神党陰陽師の末裔が原住民化して暮らしており、南朝天皇の子孫「熊野の天子」が逃れて潜伏し、日本の「偽りの天子」を倒すために再起する「影のみやこ」とされている。
笠塔山(かさとうやま)
和歌山県田辺市にある標高1,049m の山で、平安時代中期の大陰陽師・安倍晴明が魔物を笠の下に封じ込めたという伝説が残り、登山口には晴明を祀る小さな祠がある。山頂からの展望は良く、太平洋と瀬戸内海が交わる紀伊水道の海が望める。
木偶茶屋(でくぢゃや)
笠塔山の山頂にある、幅5尺(約1.5m)・長さ60間(約108m)ほどの土舞台のようになった馬場のことで、ここでかつて、安倍晴明に辱められた加藤重兵衛の母が自害した。古来から神霊の魂を鎮めるための「巫女舞」の神事が行われていた神聖な場所で、神霊の魂を呼び降ろすための「人形まわし」も行われていたために木偶茶屋と呼ばれるようになった。
≪いよいよ本格再始動か!? 本文マダヨ≫
『帝都物語異聞 龍神村木偶茶屋』(ていとものがたりいぶん りゅうじんむらでくぢゃや)は、荒俣宏の短編伝奇小説。『帝都物語』シリーズ開始15周年を記念して、「魔人・加藤保憲の野望の実現に向けて協力し、知恵を貸す」目的で出版された、荒俣の編著による『帝都物語』シリーズの解析書『帝都物語異聞』(原書房)に収録された書き下ろし作品である。91ページ。
この『帝都物語異録』に寄せたエッセイで荒俣は、魔人・加藤保憲のキャラクター造形の原型となった人物として、以下の名前を挙げている。
・不老長寿の秘薬を求めて国境を越えた旅を続けた流浪の方士・徐福(紀元前3世紀)
・陰陽師、木地師、山の民、巫女といった日本国家の枠組みから外れた人々の祖となった行者・役小角(634~701年)
・8世紀前半に現在のモンゴル北部からベトナム北部まで大規模な子午線の測量を行った真言宗の高僧・一行(いちぎょう)禅師(683~727年)
・日本に陰陽道と牛頭天王信仰を輸入した遣唐使の吉備真備(695~775年)
・大和朝廷に排斥された蝦夷族の族長アテルイ(?~802年)
・日本の山の民や忍者衆の始祖である乱裁道宗(あやたち みちむね 乱破道宗とも 10世紀後半~11世紀前半?)
・四世鶴屋南北の歌舞伎『天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえいこくばなし)』などの主人公である、日本の壊滅を目論む妖術師・天竺徳兵衛(江戸時代初期の実在の人物がモデル)
・都市に復興と破壊をもたらす謎の人物・ハーメルンの笛吹き男(1284年に実際に起きたとされる事件)
※『帝都物語異聞』の寄稿者 …… 斎藤英喜(古代宗教学者)、高橋富雄(東北古代史研究者)、佐治芳彦(歴史評論家)、伊藤悠可(古神道、禅宗研究者)、豊嶋泰国(古代宗教研究家)、志村有弘(古代文学研究者)、大宮司朗(古神道、霊学研究家)、黒塚信一郎(古代宗教研究者)
あらすじ
明治十一(1878)年9月、太平洋の熊野灘にのぞむ七里御浜。水死体が光り輝いて見える異能を持つ少年・保(やす)は、海のはるか南から小舟を漕いでやって来た謎の男・加藤重兵衛と出逢う。重兵衛は脇腹に重傷を負いながらも、熊野古道をたどり奥地の龍神村を目指して進んでゆく。自分と同じ灰色の瞳を持つ重兵衛に言い知れぬ魅力を感じた保は、自分の異能を認めた重兵衛に従い、龍神村への旅に加わるのだった……
おもな登場人物
保(やす)
三重県の七里御浜にある大馬に住む漁師の青年。元治元(1864)年生まれ。浅黒い肌で筋骨隆々の大柄な体格、長い顔にとがった顎、薄く長い眉に切れ長な目、灰色の瞳をしている。両親を亡くして天涯孤独の身となっている。大馬の獅子岩の上に立って一日中熊野灘を見つめており、まだ発見されていない遠くの水死体が光って見えるという特殊な能力を持っているために近所の村人から「てんぎゃん(天狗のように不思議な小僧という意味)」と呼ばれている。その透視能力は確かで、地元の警察官が捜索の助けを依頼するほどである。字は読めないが、言葉を聞いて相手の意図や感情を読み取る能力が非常に高い。
加藤 重兵衛(かとう じゅうべえ)
七里御浜の大馬に一人乗りの小舟を漕いでやって来た男。黒い鎖帷子の胴着を身にまとい、痩せてクモのように手足が長いが胸板は厚い。保と同じように長い顔にとがった顎、灰色の瞳をしていて、薄い唇で冷たく笑う。大馬の遥か南東に位置する太平洋の無人諸島(ボニン諸島 現・小笠原諸島)で、古代熊野の龍神党陰陽師の末裔と闘って脇腹を斬られ、10日かけて逃れて来た。
大馬に来たのは、熊野古道を通って和歌山県の龍神村へ行くためであり、日本に眠る数多くの怨霊たちを覚醒させて明治新政府を崩壊させることを目論む。安倍晴明と朝廷の陰陽寮の系譜に連なる土御門神道とは全く異なる、芦屋道満の流れをくむ裏の陰陽道「若一党(じゃくいちとう)」の棟梁であり、賛同する陰陽師や山伏たちを率いて、日本の怨霊たちを「反魂の術」で復活させる。紙から黒いカラスに変じる式神を打つことを得意とする。五芒星(セーマン)の墨書された布を使い死者の魂を召喚することができる。
村主 熊太郎(すぐり くまたろう)
熊野の龍神村の名主で、明治新政府の神仏分離令を名目に10名程の武装集団「神威隊」を組織して、龍神村の龍神寺を襲撃した。日本が世界に通用する近代国家になるためには、国家神道以外には仏教も淫祠邪教も一切邪魔であるとして過激な破壊活動を扇動する。特に、熊野で強く信仰されている陰陽道(ドーマンセーマン)や牛頭天王信仰を外国から輸入されてきた邪教として強く敵視しており、龍神党の聖地である木偶茶屋を陸軍に依頼して砲撃させるほどに憎んでいる。肥満しているが刺叉による攻撃を得意とする。
庄司 新九郎(しょうじ しんくろう)
龍神村の森「和田谷(わだのたに)」の奥にあるあばら家にいた老人。たっつけ袴に胴衣を着て茶筅髷を結っている。その正体は南朝の遺臣ですでに故人であるが、加藤重兵衛の反魂の術により現世に召喚される。
安倍 晴明(あべのせいめい 921~1005年)
平安時代の大陰陽師、天文博士にして、日本最大の白魔術師。当時の呪術コンサルタントとして皇族や貴族・民衆の間で絶大な信望を集めた。
本作では、龍神村を訪れた加藤重兵衛の怨念に呼応する形で笠塔山山頂の木偶茶屋に顕現し、重兵衛と対決する。重兵衛によく似た長い顔だが肥満して色は白く、瞳は黄色く輝いている。
おもな用語解説
王子(おうじ)
仏教を守護する、密教でいう護法童子と同じ役割の、童形の神霊のこと。特に熊野古道の路傍に点在している小さな祠や石柱、碑などで祀られている王子たちは、まとめて「九十九王子(つくもおうじ)」と呼ばれる。古代から熊野の山岳地帯や沿岸地域で祀られ崇敬され、怒ると祟るともいわれる。多くの王子たちはそれぞれの土地や村のみで祀られている小さな神霊だが、強力な祟り神である牛頭天王の眷属は特に「八王子」と呼ばれている。
餅鉄(もちてつ / べいてつ)
河川の水に流されているうちに磨耗し、丸い餅のような形になった磁鉄鉱のこと。川原や山中に転がっていて見た目は小石のようだが、色が黒く明らかに石より重い。また磁力も持っている。かつて、たたら製鉄などの古代製鉄において、砂鉄と並ぶ重要な原料として盛んに採集、利用され、日本刀の材料にもなっていた。成分は60 %以上が酸化鉄で、砂鉄よりも不純物が少なく鉄にしやすい。
古代の煉丹術(れんたんじゅつ)を修める密教の行者たちが、五穀を断って即身仏になるまでの間に食べ続け、それによって肉体が金属に変質し不老不死になると信じられていた。
龍神村(りゅうじんむら)
熊野古道の奥地にある、日本の陰陽道の聖地。現・和歌山県田辺市。古代に朝鮮半島から渡来した神仙たちが陰陽道の拠点とし、安倍晴明の師とされる伯道仙人もこの龍神の地で羽化登仙したといわれる。そのため晴明も龍神において、星の位置を測り天の命運を読み取る「宿曜術」の奥義を伯道仙人から学んだ。これによって日本の陰陽道は晴明と朝廷の陰陽寮に独占される形となったが、もともと龍神にいた陰陽師たちの中には、晴明に従わず民間の陰陽師として別個に存続していく流派「龍神党」もあった。
牛頭天王(ごずてんのう)
日本における神仏習合の神で、釈迦(ブッダ)の生誕地である祇園精舎の守護神とされた。蘇民将来伝説の祟り神であると同時に薬師如来の垂迹であり、また古代日本神話のスサノオの本地ともされた。京都東山の祇園などに鎮座して祇園信仰の神ともされ、現在の八坂神社にあたる感神院祇園社から勧請されて全国の祇園社、天王社で祀られた。また陰陽道では天道神とも同一視される。
本作では、古代中国大陸から渡来した際に、それ以前から熊野にいて大和王権の拡大を助けた古代神ハヤムシャとそれを信仰する龍神党陰陽師を排斥して熊野に鎮座したとされている。熊野の天狗たちを使役して、龍神村を目指す加藤重兵衛を妨害する。
廃仏毀釈
明治新政府は、慶応四(1868)年3月に布告した「神仏分離令」や明治三(1870)年1月に発布した詔書「大教宣布」などにより、仏教に由来する国民負担の軽減政策を打ち出した。当初、この政策は神道と仏教の分離が目的の行政改革であり、仏教のみの排斥を意図したものではなかったが、江戸時代まで長年にわたり仏教に圧迫されてきたと感じていた水戸派・平田派国学を信奉する神職者たちによって廃仏運動が引き起こされ、民衆も巻き込んで仏像や仏具が破棄される廃仏毀釈運動が全国的に発生することとなった。
廃仏毀釈運動の規模については全国一律ではなく地域により大きな差があったが、これは主に藩学の普及と、民衆の学力向上の度合いの差による。浄土真宗の信仰が強い愛知県や福井県では、廃仏の動きに反発する護法一揆が発生しているが、それを除けば全体として大きな反抗もなく、明治四(1871)年1月に「寺社領上知令」が布告され、寺社の領地が政府によって調査・確定されたこともあり、運動は終息した。
神威隊(しんいたい)
明治新政府が布告した神仏分離令に起因する1870~71年に発生した全国的な廃仏毀釈運動の中で、武装した神職や民衆が結束して寺院を襲撃した過激派集団のこと。1870年4月に、40名ほどの武装した日吉大社(滋賀県大津市)の神官たちが「神威隊」を名乗って蜂起し、延暦七(788)年の伝教大師最澄による開山いらい千年以上にわたって日吉大社を勢力下に置いてきた比叡山延暦寺に対して反旗を翻した。
神威隊を率いたのは、日吉大社社司で明治新政府の神祇事務局に所属していた樹下茂国(じゅげ しげくに 1822~84年 岩倉具視の腹心)と、同じく社司の生源寺希徳(しょうげんじ まれのり 1854~94年以降)で、神威隊は延暦寺に対して日吉大社の自治権を主張し神殿の鍵の引き渡しを要求した。しかし、その要求を頑として拒否する延暦寺側に業を煮やした神威隊は日吉大社の本殿になだれ込み、祀られていた本地仏などの仏像や『大般若経』などの経典、仏具など124点に火を放ち、鰐口や具足などの金属類48点を持ち去った。神威隊の暴徒の中には、社司たちから雇われた地元坂本の農民も含まれていたとされている。これは、当時坂本を延暦寺が支配しており、小作人たちが重い年貢を課されていたことも起因しており、江戸幕府の庇護のもと長年にわたって既得権益を得てきた延暦寺にたいする地元民の反感は、日吉大社の神官たちと同様に深く燻り続けていたと察することができる。この神威隊による日吉大社襲撃事件が、全国に波及していく廃仏毀釈運動の端緒となった。
本作では、日吉大社の神威隊とは直接の関係は言及されていないが、同じ神威隊を名乗る、木槌や金剛杖で武装した10名程の暴徒が龍神村の龍神寺を襲撃した。ちなみに、本作の時代設定は全国的な廃仏毀釈運動が終息してかなり後の1878年である。
小笠原諸島
東京湾の南南東約1,000km の太平洋上にある30余りの島々からなる諸島地域。江戸時代には無人(ボニン)諸島と呼ばれていた。
本作では、牛頭天王の渡来によって古代熊野から排斥された龍神党陰陽師の末裔が原住民化して暮らしており、南朝天皇の子孫「熊野の天子」が逃れて潜伏し、日本の「偽りの天子」を倒すために再起する「影のみやこ」とされている。
笠塔山(かさとうやま)
和歌山県田辺市にある標高1,049m の山で、平安時代中期の大陰陽師・安倍晴明が魔物を笠の下に封じ込めたという伝説が残り、登山口には晴明を祀る小さな祠がある。山頂からの展望は良く、太平洋と瀬戸内海が交わる紀伊水道の海が望める。
木偶茶屋(でくぢゃや)
笠塔山の山頂にある、幅5尺(約1.5m)・長さ60間(約108m)ほどの土舞台のようになった馬場のことで、ここでかつて、安倍晴明に辱められた加藤重兵衛の母が自害した。古来から神霊の魂を鎮めるための「巫女舞」の神事が行われていた神聖な場所で、神霊の魂を呼び降ろすための「人形まわし」も行われていたために木偶茶屋と呼ばれるようになった。
≪いよいよ本格再始動か!? 本文マダヨ≫






