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  <title>長岡京エイリアン</title>
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   <title>長岡京エイリアン</title>
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   <description>日記に…なるかしらん</description>
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  <description>日記に…なるかしらん</description>
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   <title>あらためて立ち返ろう読書メモ　小説『帝都物語異録』</title>
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   <description>
<![CDATA[
『帝都物語異聞　龍神村木偶茶屋』（2001年12月）<br>
　『帝都物語異聞　龍神村木偶茶屋』（ていとものがたりいぶん　りゅうじんむらでくぢゃや）は、荒俣宏の短編伝奇小説。『帝都物語』シリーズ開始15周年を記念して、「魔人・加藤保憲の野望の実現に向けて協力し、知恵を貸す」目的で出版された、荒俣の編著による『帝都物語』シリーズの解析書『帝都物語異聞』（原書房）に収録された書き下ろし作品である。91ページ。<br>
<br>
　この『帝都物語異録』に寄せたエッセイで荒俣は、魔人・加藤保憲のキャラクター造形の原型となった人物として、以下の名前を挙げている。<br>
・不老長寿の秘薬を求めて国境を越えた旅を続けた流浪の方士・徐福（紀元前3世紀）<br>
・陰陽師、木地師、山の民、巫女といった日本国家の枠組みから外れた人々の祖となった行者・役小角（634～701年）<br>
・8世紀前半に現在のモンゴル北部からベトナム北部まで大規模な子午線の測量を行った真言宗の高僧・一行（いちぎょう）禅師（683～727年）<br>
・日本に陰陽道と牛頭天王信仰を輸入した遣唐使の吉備真備（695～775年）<br>
・大和朝廷に排斥された蝦夷族の族長アテルイ（？～802年）<br>
・日本の山の民や忍者衆の始祖である乱裁道宗（あやたち　みちむね　乱破道宗とも　10世紀後半～11世紀前半？）<br>
・四世鶴屋南北の歌舞伎『天竺徳兵衛韓噺（てんじくとくべえいこくばなし）』などの主人公である、日本の壊滅を目論む妖術師・天竺徳兵衛（江戸時代初期の実在の人物がモデル）<br>
・都市に復興と破壊をもたらす謎の人物・ハーメルンの笛吹き男（1284年に実際に起きたとされる事件）<br>
<br>
※『帝都物語異聞』の寄稿者　……　斎藤英喜（古代宗教学者）、高橋富雄（東北古代史研究者）、佐治芳彦（歴史評論家）、伊藤悠可（古神道、禅宗研究者）、豊嶋泰国（古代宗教研究家）、志村有弘（古代文学研究者）、大宮司朗（古神道、霊学研究家）、黒塚信一郎（古代宗教研究者）<br>
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あらすじ<br>
　明治十一（1878）年9月、太平洋の熊野灘にのぞむ七里御浜。水死体が光り輝いて見える異能を持つ少年・保（やす）は、海のはるか南から小舟を漕いでやって来た謎の男・加藤重兵衛と出逢う。重兵衛は脇腹に重傷を負いながらも、熊野古道をたどり奥地の龍神村を目指して進んでゆく。自分と同じ灰色の瞳を持つ重兵衛に言い知れぬ魅力を感じた保は、自分の異能を認めた重兵衛に従い、龍神村への旅に加わるのだった……<br>
<br>
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おもな登場人物<br>
保（やす）<br>
　三重県の七里御浜にある大馬に住む漁師の青年。元治元（1864）年生まれ。浅黒い肌で筋骨隆々の大柄な体格、長い顔にとがった顎、薄く長い眉に切れ長な目、灰色の瞳をしている。両親を亡くして天涯孤独の身となっている。大馬の獅子岩の上に立って一日中熊野灘を見つめており、まだ発見されていない遠くの水死体が光って見えるという特殊な能力を持っているために近所の村人から「てんぎゃん（天狗のように不思議な小僧という意味）」と呼ばれている。その透視能力は確かで、地元の警察官が捜索の助けを依頼するほどである。字は読めないが、言葉を聞いて相手の意図や感情を読み取る能力が非常に高い。<br>
<br>
加藤　重兵衛（かとう　じゅうべえ）<br>
　七里御浜の大馬に一人乗りの小舟を漕いでやって来た男。黒い鎖帷子の胴着を身にまとい、痩せてクモのように手足が長いが胸板は厚い。保と同じように長い顔にとがった顎、灰色の瞳をしていて、薄い唇で冷たく笑う。大馬の遥か南東に位置する太平洋の無人諸島（ボニン諸島　現・小笠原諸島）で、古代熊野の龍神党陰陽師の末裔と闘って脇腹を斬られ、10日かけて逃れて来た。<br>
　大馬に来たのは、熊野古道を通って和歌山県の龍神村へ行くためであり、日本に眠る数多くの怨霊たちを覚醒させて明治新政府を崩壊させることを目論む。安倍晴明と朝廷の陰陽寮の系譜に連なる土御門神道とは全く異なる、芦屋道満の流れをくむ裏の陰陽道「若一党（じゃくいちとう）」の棟梁であり、賛同する陰陽師や山伏たちを率いて、日本の怨霊たちを「反魂の術」で復活させる。紙から黒いカラスに変じる式神を打つことを得意とする。五芒星（セーマン）の墨書された布を使い死者の魂を召喚することができる。<br>
<br>
村主　熊太郎（すぐり　くまたろう）<br>
　熊野の龍神村の名主で、明治新政府の神仏分離令を名目に10名程の武装集団「神威隊」を組織して、龍神村の龍神寺を襲撃した。日本が世界に通用する近代国家になるためには、国家神道以外には仏教も淫祠邪教も一切邪魔であるとして過激な破壊活動を扇動する。特に、熊野で強く信仰されている陰陽道（ドーマンセーマン）や牛頭天王信仰を外国から輸入されてきた邪教として強く敵視しており、龍神党の聖地である木偶茶屋を陸軍に依頼して砲撃させるほどに憎んでいる。肥満しているが刺叉による攻撃を得意とする。<br>
<br>
庄司　新九郎（しょうじ　しんくろう）<br>
　龍神村の森「和田谷（わだのたに）」の奥にあるあばら家にいた老人。たっつけ袴に胴衣を着て茶筅髷を結っている。その正体は南朝の遺臣ですでに故人であるが、加藤重兵衛の反魂の術により現世に召喚される。<br>
<br>
安倍　晴明（あべのせいめい　921～1005年）<br>
　平安時代の大陰陽師、天文博士にして、日本最大の白魔術師。当時の呪術コンサルタントとして皇族や貴族・民衆の間で絶大な信望を集めた。<br>
　本作では、龍神村を訪れた加藤重兵衛の怨念に呼応する形で笠塔山山頂の木偶茶屋に顕現し、重兵衛と対決する。重兵衛によく似た長い顔だが肥満して色は白く、瞳は黄色く輝いている。<br>
<br>
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おもな用語解説<br>
王子（おうじ）<br>
　仏教を守護する、密教でいう護法童子と同じ役割の、童形の神霊のこと。特に熊野古道の路傍に点在している小さな祠や石柱、碑などで祀られている王子たちは、まとめて「九十九王子（つくもおうじ）」と呼ばれる。古代から熊野の山岳地帯や沿岸地域で祀られ崇敬され、怒ると祟るともいわれる。多くの王子たちはそれぞれの土地や村のみで祀られている小さな神霊だが、強力な祟り神である牛頭天王の眷属は特に「八王子」と呼ばれている。<br>
<br>
餅鉄（もちてつ / べいてつ）<br>
　河川の水に流されているうちに磨耗し、丸い餅のような形になった磁鉄鉱のこと。川原や山中に転がっていて見た目は小石のようだが、色が黒く明らかに石より重い。また磁力も持っている。かつて、たたら製鉄などの古代製鉄において、砂鉄と並ぶ重要な原料として盛んに採集、利用され、日本刀の材料にもなっていた。成分は60 %以上が酸化鉄で、砂鉄よりも不純物が少なく鉄にしやすい。<br>
　古代の煉丹術（れんたんじゅつ）を修める密教の行者たちが、五穀を断って即身仏になるまでの間に食べ続け、それによって肉体が金属に変質し不老不死になると信じられていた。<br>
<br>
龍神村（りゅうじんむら）<br>
　熊野古道の奥地にある、日本の陰陽道の聖地。現・和歌山県田辺市。古代に朝鮮半島から渡来した神仙たちが陰陽道の拠点とし、安倍晴明の師とされる伯道仙人もこの龍神の地で羽化登仙したといわれる。そのため晴明も龍神において、星の位置を測り天の命運を読み取る「宿曜術」の奥義を伯道仙人から学んだ。これによって日本の陰陽道は晴明と朝廷の陰陽寮に独占される形となったが、もともと龍神にいた陰陽師たちの中には、晴明に従わず民間の陰陽師として別個に存続していく流派「龍神党」もあった。<br>
<br>
牛頭天王（ごずてんのう）<br>
　日本における神仏習合の神で、釈迦（ブッダ）の生誕地である祇園精舎の守護神とされた。蘇民将来伝説の祟り神であると同時に薬師如来の垂迹であり、また古代日本神話のスサノオの本地ともされた。京都東山の祇園などに鎮座して祇園信仰の神ともされ、現在の八坂神社にあたる感神院祇園社から勧請されて全国の祇園社、天王社で祀られた。また陰陽道では天道神とも同一視される。<br>
　本作では、古代中国大陸から渡来した際に、それ以前から熊野にいて大和王権の拡大を助けた古代神ハヤムシャとそれを信仰する龍神党陰陽師を排斥して熊野に鎮座したとされている。熊野の天狗たちを使役して、龍神村を目指す加藤重兵衛を妨害する。<br>
<br>
廃仏毀釈<br>
　明治新政府は、慶応四（1868）年3月に布告した「神仏分離令」や明治三（1870）年1月に発布した詔書「大教宣布」などにより、仏教に由来する国民負担の軽減政策を打ち出した。当初、この政策は神道と仏教の分離が目的の行政改革であり、仏教のみの排斥を意図したものではなかったが、江戸時代まで長年にわたり仏教に圧迫されてきたと感じていた水戸派・平田派国学を信奉する神職者たちによって廃仏運動が引き起こされ、民衆も巻き込んで仏像や仏具が破棄される廃仏毀釈運動が全国的に発生することとなった。<br>
　廃仏毀釈運動の規模については全国一律ではなく地域により大きな差があったが、これは主に藩学の普及と、民衆の学力向上の度合いの差による。浄土真宗の信仰が強い愛知県や福井県では、廃仏の動きに反発する護法一揆が発生しているが、それを除けば全体として大きな反抗もなく、明治四（1871）年1月に「寺社領上知令」が布告され、寺社の領地が政府によって調査・確定されたこともあり、運動は終息した。<br>
<br>
神威隊（しんいたい）<br>
　明治新政府が布告した神仏分離令に起因する1870～71年に発生した全国的な廃仏毀釈運動の中で、武装した神職や民衆が結束して寺院を襲撃した過激派集団のこと。1870年4月に、40名ほどの武装した日吉大社（滋賀県大津市）の神官たちが「神威隊」を名乗って蜂起し、延暦七（788）年の伝教大師最澄による開山いらい千年以上にわたって日吉大社を勢力下に置いてきた比叡山延暦寺に対して反旗を翻した。<br>
　神威隊を率いたのは、日吉大社社司で明治新政府の神祇事務局に所属していた樹下茂国（じゅげ　しげくに　1822～84年　岩倉具視の腹心）と、同じく社司の生源寺希徳（しょうげんじ　まれのり　1854～94年以降）で、神威隊は延暦寺に対して日吉大社の自治権を主張し神殿の鍵の引き渡しを要求した。しかし、その要求を頑として拒否する延暦寺側に業を煮やした神威隊は日吉大社の本殿になだれ込み、祀られていた本地仏などの仏像や『大般若経』などの経典、仏具など124点に火を放ち、鰐口や具足などの金属類48点を持ち去った。神威隊の暴徒の中には、社司たちから雇われた地元坂本の農民も含まれていたとされている。これは、当時坂本を延暦寺が支配しており、小作人たちが重い年貢を課されていたことも起因しており、江戸幕府の庇護のもと長年にわたって既得権益を得てきた延暦寺にたいする地元民の反感は、日吉大社の神官たちと同様に深く燻り続けていたと察することができる。この神威隊による日吉大社襲撃事件が、全国に波及していく廃仏毀釈運動の端緒となった。<br>
　本作では、日吉大社の神威隊とは直接の関係は言及されていないが、同じ神威隊を名乗る、木槌や金剛杖で武装した10名程の暴徒が龍神村の龍神寺を襲撃した。ちなみに、本作の時代設定は全国的な廃仏毀釈運動が終息してかなり後の1878年である。<br>
<br>
小笠原諸島<br>
　東京湾の南南東約1,000km の太平洋上にある30余りの島々からなる諸島地域。江戸時代には無人（ボニン）諸島と呼ばれていた。<br>
　本作では、牛頭天王の渡来によって古代熊野から排斥された龍神党陰陽師の末裔が原住民化して暮らしており、南朝天皇の子孫「熊野の天子」が逃れて潜伏し、日本の「偽りの天子」を倒すために再起する「影のみやこ」とされている。<br>
<br>
笠塔山（かさとうやま）<br>
　和歌山県田辺市にある標高1,049m の山で、平安時代中期の大陰陽師・安倍晴明が魔物を笠の下に封じ込めたという伝説が残り、登山口には晴明を祀る小さな祠がある。山頂からの展望は良く、太平洋と瀬戸内海が交わる紀伊水道の海が望める。<br>
<br>
木偶茶屋（でくぢゃや）<br>
　笠塔山の山頂にある、幅5尺（約1.5m）・長さ60間（約108m）ほどの土舞台のようになった馬場のことで、ここでかつて、安倍晴明に辱められた加藤重兵衛の母が自害した。古来から神霊の魂を鎮めるための「巫女舞」の神事が行われていた神聖な場所で、神霊の魂を呼び降ろすための「人形まわし」も行われていたために木偶茶屋と呼ばれるようになった。<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
≪いよいよ本格再始動か！？　本文マダヨ≫<br>

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   <category>すきな小説</category>
   <dc:date>2025-07-18T23:28:08+09:00</dc:date>
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   <title>あらためて立ち返ろう読書メモ　小説『陰陽師鬼談　安倍晴明物語』</title>
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   <description>
<![CDATA[
『陰陽師鬼談　安倍晴明物語』（2000年10月）<br>
　『陰陽師奇談　安倍晴明物語』（おんみょうじきだん　あべのせいめいものがたり）は、荒俣宏の時代伝奇小説。当初は『夢々　陰陽師鬼談』という題名で角川書店から単行本が出版されたが、2003年8月に角川文庫で文庫化された際に改題された。<br>
　のちに出版された『帝都物語』シリーズの解析書『帝都物語異録』（2001年12月　原書房）での荒俣の解説によると、本作は荒俣が『帝都物語』の執筆を開始した1979年ごろに並行して執筆した伝奇ロマン連作小説『平安鬼道絵巻』がベースになっている。また荒俣は、本作で安倍晴明をヒーローとして描いたため、その反対に陰陽師を悪役にした小説を書こうと思い立ち『帝都物語』の魔人・加藤保憲が誕生したと語っている。<br>
<br>
<br>
あらすじ<br>
　そこに立った子どもは、不思議な面立ちをしていた。その顔は、最近都で流行り出した舞楽の面のようだった。風が吹くと、赤毛がふわりとふくらむ。異国の香りを漂わせるその風貌には、高貴なたたずまいと、恐ろしく異質なあやかしの気配とが同居していた。<br>
　今をさかのぼる千年前、平安の世で活躍した陰陽師・安倍晴明の秘められた物語。<br>
<br>
<br>
おもな登場人物<br>
聖徳太子厩戸皇子（しょうとくたいしうまやどのみこ　574～622年）<br>
　飛鳥時代の第三十一代用明天皇（？～587年）の第二皇子。叔母の第三十三代推古天皇（554～628年）の摂政として、大臣・蘇我馬子（551～626年）と共に政治を行い、遣隋使を派遣して中国大陸の隋帝国（581～618年）から進んだ文化や制度をとりいれて「冠位十二階」や「十七条憲法」を定めるなど、天皇を中心とした中央集権国家体制を確立した。また、中国伝来の仏教を厚く信仰して興隆に努め、没後には聖徳太子自身も日本の仏教で尊崇され、「太子信仰」となっていった。<br>
　伝説によると、六歳の時（579年）に空を飛ぶ黒馬に乗って朝鮮半島に渡り陰陽学を学び、法華経を日本に持ち帰ったとされる。<br>
<br>
橘大郎女（たちばなのおおいらつめ　？～？年）<br>
　聖徳太子の妃。第三十代敏達天皇（538～85年）の皇子・尾張皇子（？～？年）の娘で推古天皇の孫にあたる。聖徳太子との間に1男1女をもうけた。聖徳太子の妃たちの中で最も気丈な性格で、大臣・蘇我馬子の権力増大を容認し、異国の仏教や陰陽学に過度に傾倒して夜叉を使役する夫の行動に疑念を抱く。<br>
<br>
吉備　真備（きびのまきび　695～775年）<br>
　奈良時代の学者・公卿。養老元（717）年に遣唐使留学生として阿倍仲麻呂らと共に唐帝国に入り、陰陽学・天文学・兵法・陣法・暦数などを学びながら皇帝皇子の家庭教師を務めた。天平七（735）年に数多くの漢籍を携えて帰国し朝廷で重用され大納言まで昇進し、天平勝宝四（752）年に藤原清河の率いる第12次遣唐使に参加して再び唐に渡り、かつての盟友・阿倍仲麻呂と共に帰国しようと図る。唐にて「奇門遁甲の術」や「夢買いの術」を習得する。<br>
<br>
阿倍　仲麻呂（あべのなかまろ　698～770年）<br>
　奈良時代の学者・貴族。養老元（717）年に遣唐使留学生として阿倍仲麻呂らと共に唐帝国に入り、陰陽学・宿曜経などを学びながら皇帝皇子の家庭教師を務め、そのまま帝国の首都・長安で高官として勤め上げた。天平勝宝四（752）年に藤原清河の率いる第12次遣唐使が来唐した際に、唐皇帝玄宗に日本への帰国を申し出るが許可されず、清河やかつての盟友・吉備真備と共謀して翌年に無断帰国を図る。陰陽学の師である唐の伯道仙人の愛弟子だった、龍宮の龍王の娘・龍女との間に嫡男・満月丸をもうけている。<br>
<br>
鑑真（がんじん　688～763年）<br>
　唐帝国の高僧。日本に僧侶の授戒制度を伝えるべく渡海を目指すが5回失敗して失明してしまう。藤原清河や吉備真備らの遣唐使の帰国船に内密に乗船し、天平勝宝六（754）年についに悲願の来日を果たした。日本の南都六宗のひとつ「律宗」の開祖となった。<br>
<br>
藤原　秀郷（ふじわらのひでさと　885？～991？年）<br>
　平安時代中期の豪族、武将。下野国大掾・藤原村雄の子。承平年間（931～38年）に近江国の瀬田大橋で、全長20丈（60m）の白い大蛇と琵琶湖の龍神に遭遇する。<br>
<br>
平　将門（たいらのまさかど　903～40年）<br>
　平安時代中期の関東地方の豪族。第五十代桓武天皇の皇胤。下総・常陸国で発生した平氏一族の抗争を関東地方全体を巻き込む戦乱へと拡大させ、京の朱雀天皇に対抗して「新皇」を自称し、東国の独立を宣言したが、朝廷の派兵した武将・藤原秀郷らによって討伐された。その死後に日本を代表する大怨霊のひとりとなったが、同時に守護神・鎮守神としても民衆から大事に尊崇・信仰された。<br>
　秀郷に討ち取られた将門の首は京へ運ばれたが、首の無くなった身体は自分の首と秀郷を追って下総国から武蔵国までやって来た。秀郷は将門の身体を埋めて封印し、そこを「骸（からだ）明神」として祀った。これが現在の「神田明神」の始まりであるとされる。<br>
<br>
安倍　晴明（あべのせいめい　921～1005年）<br>
　平安時代の大陰陽師、天文博士にして、日本最大の白魔術師。当時の呪術コンサルタントとして皇族や貴族・民衆の間で絶大な信望を集めた。<br>
　本作の設定では、遣唐使として唐帝国に渡り陰陽学を修めた貴族・阿倍仲麻呂と龍宮の龍王の娘・龍女との間に生まれた子・満月丸の曽孫にあたり、幼少期は童子丸と名付けられ摂津国阿倍野で「狐の子」と呼ばれ貧しい生活を送っていた。しかし10歳の時（930年）に仲麻呂と龍女の陰陽学の師である伯道仙人や龍女の父・龍王と出逢い、龍王の末娘の息長姫（おきながひめ）と婚姻する。その後、龍王から授かった秘宝を駆使して応和元（961）年に内裏の怪事件を解決し、朝廷に仕えるようになる。のっぺりとした狐のような顔をして、明るい赤毛の男。<br>
※本作では晴明は阿倍仲麻呂の直系の子孫とされているが、阿倍家は飛鳥時代の7世紀初期に「布勢系」と「引田系」に分かれており、晴明は布勢系で仲麻呂は引田系であるため、これは架空の設定である。また、晴明が「阿倍」姓を「安倍」姓に改めたというのも架空の設定で、実際に安倍姓になったのは平安時代初期の8世紀末～9世紀前半のこと（晴明誕生の約100年前）とされている。<br>
<br>
息長姫（おきながひめ）<br>
　龍宮の龍王の末娘で、安倍晴明の6歳年上の正妻。亀に化けて摂津国住吉の浦に現れた時に子どもに捕まり、いじめられていたところを童子丸（のちの晴明）に助けられ、一目惚れして婚姻した。晴明に嫁ぐ際に「鯛ノ女（たいのめ）」と「海松ノ巫女（みるのみこ）」という侍女を龍宮から連れてきている。<br>
<br>
賀茂　保憲（かものやすのり　917～77年）<br>
　平安時代中期の貴族・陰陽師。同じく陰陽師の丹波権介・賀茂忠行の嫡男。安倍晴明の陰陽道の兄弟子にあたる。父・忠行と同じく『白衣観音経』を修めた陰陽道の達人で、当時の陰陽道の模範とされるほどの評価を得ており、また暦道も究め、日本の暦法の発展は彼がいなければあり得なかったといえる。<br>
　天慶四（941）年に造暦の宣旨を受けて以降、暦博士・天文博士・陰陽博士・陰陽頭・穀倉院別当・主計頭を歴任し、天延二（974）年には造暦の功により従四位上に叙せられる。これは当時の陰陽師の中では異例に昇進が早く、従五位下だった父・忠行よりも位階が上になっていた。<br>
　陰陽道のうち、暦道を子・光栄に、天文道を安倍晴明に継がせて、陰陽道宗家を二分した。<br>
※本作では忠行・保憲父子の出た賀茂家は吉備真備の子孫とされているが、これは後世の創作である。<br>
<br>
芦屋　道満（あしや　どうまん　958？～1009年以降）<br>
　平安時代中期の法師陰陽師（民間の陰陽師）。播磨国岸村（現・兵庫県加古川市）の出身とも伝えられているが、実像については不明な点が多い。<br>
　本作では、朝鮮半島からの渡来人の血を引き、播磨国天下原（あまがはら）の古墳で先祖の霊や怨霊を鎮めていたが、応和元（961）年に内裏の怪事件を解決するために、新内裏造営の責任者である右大弁・橘元方に招聘されて京に上り、安倍晴明・賀茂保憲と対決する。3体の式神を使役していたが、意図して封印し京には連れて来なかった。乱れた長髪で手作りの紙製の冠をかぶり、くっきりした二重まぶたで唇の厚い青年。法師陰陽師ではあるが、朝廷にとり立てられて陰陽寮の博士になることを密かに望んでいる。星の仏である虚空蔵菩薩の法力を借りる「求聞持法（ぐもんじほう）」を得意とする。<br>
<br>
源　高明（みなもとのたかあきら　914～83年）<br>
　平安時代中期の公卿。第六十代醍醐天皇の第十皇子。左大臣。皇族出身という高貴な身分に加えて学問に優れ朝儀にも通じており、また当時の政界実力者だった右大臣・藤原師輔やその娘の中宮・安子の後援も得て朝廷で重んじられた。しかし師輔・安子父娘の死後には藤原家に忌まれ、安和二（969）年の政変「安和の変」で失脚し、政界から退いた。京の内裏の北東に位置する右京四条に壮麗な豪邸を構えていた。<br>
<br>
渡辺　源次　綱（わたなべのげんじ　つな　953～1025年）<br>
　平安時代中期の武将。第五十二代嵯峨天皇を祖に持つ嵯峨源氏の子孫で、渡辺家の始祖。武将・源頼光の4人の重臣「頼光四天王」の筆頭として知られる。京の一条堀川戻橋で美女に化けた大鬼・茨木童子と対決する。左源太と右源太という郎党がいる。主君の頼光から、源氏重代の名刀「髭切（ひげきり）」を拝借している。<br>
<br>
源　頼光（みなもとのよりみつ　948～1021年）<br>
　平安時代中期の武将で渡辺綱の主君。鎮守府将軍・源満仲の嫡男で清和源氏第三代。名前はしばしば「らいこう」とも読まれる。父・満仲が史上初めて武士団を形成した摂津国多田（現・兵庫県川西市）を相続し、その子孫は「摂津源氏」と呼ばれる。<br>
　のちに実の兄弟である丑御前の抹殺を父・満仲に命じられる。<br>
※本作における丑御前の反乱は天暦十（956）年に起きた事件に設定されているため、頼光の年齢と合っていない。<br>
<br>
源　丑御前（みなもとのうしごぜん　941年～）<br>
　源満仲の息子で、頼光の弟。身長8丈（約2.4m）で2本の長い牙と四方に伸びた黒髪の間に2本の角を持つ異形の姿で、瞳は炎のように赤く輝いている。大きな杉の木を引き抜く怪力と韋駄天のように素早く走る脚力を持ち、その恐ろしい声には大和国の山中の熊もおびえる。<br>
　清和源氏の家に生まれながらも、自分を強引に日本に連れてきた吉備真備の末裔である陰陽師を深く恨む牛頭天王の神意を胎内に宿したという母親の夢告と、3年3ヶ月にわたる異常に長い妊娠を大いに畏れた父・満仲が生まれた丑御前を殺すように命じ、それを不憫に感じた母が、乳母の須崎の方に密かに丑御前を連れて大和国の山中に逃れるようにはかった。天慶四年辛丑の年の三月二十五日丑の日の丑の刻に生まれたため「丑御前」という幼名を名付けられた。<br>
　乳母・須崎の方とその夫・勝馬、2人の息子のひのくま宗虎の3人を家臣に従え、自分を殺そうとした父・満仲への復讐心に燃えて関東地方にくだり、かつて平将門が拠点とした下総国の相馬御所で将門の霊意を得て挙兵する。<br>
※本作では丑御前は源頼光の弟と設定されているが、天慶四年生まれの丑御前は、天慶の次の年号の天暦年間生まれの頼光よりも明らかに年上である。<br>
<br>
源　満仲（みなもとのみつなか　912～97年）<br>
　平安時代中期の武将。武蔵権守。六孫王経基の嫡男で清和源氏第二代。多田源氏の始祖。<br>
　牛頭天王の祟りを受け3年3ヶ月の異常な妊娠期間を経て生まれた異形の息子・丑御前を恐れて殺そうとするが失敗し、大和国の山中に逃れて16歳となった丑御前の抹殺を、同じ息子の頼光に命じる。<br>
<br>
芦屋　宗源（あしや　そうげん）<br>
　安倍晴明の若い弟子の陰陽師。晴明に従いながらも、源満仲・頼光父子の策謀に加わり宇治の橋姫と契ろうとする晴明の企てを、晴明の正妻の息長姫に密告する。黒いひげをたくわえ眼光の鋭い行者風の青年。式神を駆使することができる。芦屋道満との関係は不明。<br>
<br>
坂田　金時（さかたのきんとき　956～1011年）<br>
　平安時代中期の武将。武将・源頼光の4人の重臣「頼光四天王」の一人。幼名・金太郎。駿河国の足柄山（現・静岡県小山町）で育ち、天延四（976）年に足柄峠を訪れた源頼光にその力量を認められて家来となった。武者としての誠を重んじる実直な性格で、実の息子または兄弟である丑御前を策謀に陥れて殺そうとする満仲・頼光父子に真っ向から異を唱える。<br>
※本作における丑御前の反乱は天暦十（956）年に起きた事件に設定されているため、金時の年齢と合っていない。<br>
<br>
<br>
おもな専門用語<br>
亀卜（きぼく / かめうら）<br>
　古代中国大陸の殷王国の時代（紀元前16世紀～紀元前1046年）から広く行われていた、亀の甲羅に火を当てて生じる亀裂の形や方向を見て神意を読み取る占術。中国大陸に伝わる、洛水の神亀の甲羅に大地を治める秘法が記してあったという古代神話に由来する。のちに新しい占術「易」が開発されてからも亀卜の権威は保たれ、易で意見がまとまらない場合や国家の一大事の最終決断には亀卜が用いられた。<br>
　古代日本でも亀卜は占術の最高権威とされ対馬国の卜部家が伝承していたが、手順が難解煩雑であるために滅多に行われなくなり、次第に衰退した。<br>
<br>
易（えき）<br>
　古代中国大陸の周王国の時代（紀元前1046～紀元前256年）に開発された占術で、50本の細い棒「筮竹（ぜいちく）」を無作為に分けて神意を読み取る。殷王朝の亀卜よりも簡単・確実に占うことができる。<br>
<br>
陰陽（いんよう / おんみょう）<br>
　中国大陸で古代から伝えられてきた思想で、世界を動かしている昼の天に輝く太陽の力「陽」と、夜の暗い空に浮かぶ太陰（月）の力「陰」のこと。この世にあるすべての事物、森羅万象の成り立ちは、この陰と陽の力のバランスの変化によって生まれる。<br>
<br>
五行（ごぎょう）<br>
　天に輝く5つの惑星「青の木星」、「赤の火星」、「黄の土星」、「白の金星」、「黒の水星」のこと。この世界のすべての事物はこの5種類に分類できるとされ、方角に関しては中国大陸から見て青い海のある東が「木」、暑く赤い大地のある南が「火」、白い雪の降り積もる崑崙山脈や天山山脈のある西が「金」、暗い夜空のある北が「水」、黄砂の大地の広がる中央が「土」となる。また、季節については春が「木」、夏が「火」、秋が「金」、冬が「水」、それらの4季節の変わり目となる終わりの2週間が「土」となる（土用の丑の日の語源）。<br>
<br>
相性（あいしょう）<br>
　五行同士にある力関係のことで、相性が良いもの同士は力を出し合い、相性が悪いもの同士は力をそぎ合う。「木と火」、「火と土」、「土と金」、「金と水」は相性が良く、「木と土」、「火と金」、「土と水」、「金と木」、「水と火」は相性が悪い。<br>
<br>
陰陽学（いんようがく）<br>
　古代中国大陸に伝わる「陰陽」と「五行」の思想に基づき、亀卜や易の吉凶の判定を体系化したり、実際の天文の運行に合うように研究・改良を進めてきたりした学門のこと。漢帝国の時代（紀元前206～紀元後220年）までは陰陽の関係が重視されてきたが、唐帝国の時代（618～907年）になると五行の分類が注目されるようになり、この時の五行研究が遣唐使を通じて日本に伝来することとなった。同時に、西洋占星術と起源を同じくするインド発祥の占術「宿曜経（すくようぎょう）」を広めていた仏教の僧侶たちも陰陽学を吸収し修めるようになった。日本に陰陽学を伝えたのは朝鮮半島の僧侶たちだったとされている。<br>
　日本では天武天皇（？～686年）が在位五（676）年に、陰陽学を学び実践する役所「陰陽寮」を開設し、そこから日本独自に陰陽学を修める宮廷官僚を「陰陽師（おんみょうじ）」、陰陽師たちの学問と技術を「陰陽道（おんみょうどう）」と呼ぶようになった。<br>
<br>
民間陰陽師（法師陰陽師）<br>
　古代朝廷は日本の陰陽道を独占するために陰陽寮の官人のみに陰陽師を限定し、もともと日本に陰陽学を伝えていた僧侶が陰陽師になることを禁止したが、それ以前に中国大陸から渡来していた仏教系の陰陽学はすでに民間に広く伝わっており、朝廷の傘下に入ることを嫌った呪術師たちが法師陰陽師となり、陰陽寮の陰陽師と対立する存在となっていった。<br>
<br>
夜叉（やしゃ）<br>
　もとは人を喰う邪悪な存在であったが、仏法を守護する四天王のひとり毘沙門天に敗れ配下にくだり、仏法を学んで悟りを開き仏法の守護者となった鬼神や精霊たちのこと。陰陽学を修めた僧侶「方士（ほうし）」に奉仕し、方士に使役されて四方位から襲ってくる外敵や悪霊を撃退したり、墓に眠る先祖の霊を守護したりする役目を担った。人々に不老長寿をもたらし、金銭を儲けさせる神通力を持っている。人間の大人と同じくらいの背丈で身体は青黒く、腕が4本あり、頭髪は炎のように燃え上がっている。非常に気前の良い性格。<br>
<br>
蘇民将来（そみんしょうらい）<br>
　8世紀中期に中国大陸から日本に伝来した、祇園社の牛頭天王に祈願する際に護符と八角形の柱に記す名前で、牛頭天王は疫病や天変地異をもたらし人々を呪う強力な祟り神であるが、この護符を持つ民に対しては災厄や疫病を祓い福を招く神になるとして信仰されている。陰陽道では「天徳神」と同一視され、民衆は蘇民将来の子孫であることを示すために茅の輪を身に着けていたという。<br>
<br>
簠簋内伝金烏玉兎集（ほきないでんきんうぎょくとしゅう）<br>
　龍宮の龍王が所有していた、陰陽学と天文知識を伝える秘伝書。星の動きを知り、未来を予知し、大地の祟りを鎮めることができる禁断の秘術が記されている。<br>
<br>
摩睺羅伽（まごらが）<br>
　仏教を守護する護法善神「天龍八部衆」の一尊。サンスクリット語で「偉大なる蛇」を意味するマホーラガが名前の語源。もとは古代インドの音楽の神で、ニシキヘビのような大蛇を神格化したものである。本作では、日本に持ち出された『簠簋内伝金烏玉兎集』を取り返そうとする龍王の命により、百本の脚を持つ巨大なムカデの姿となり近江国の三上山に出現した。<br>
<br>
宿曜経（すくようぎょう）<br>
　陰陽学とは全く異なる、西洋占星術と起源を同じくする古代インド発祥の星の知識を駆使する占術の経典で、仏教の秘儀と共に高僧・三蔵法師玄奘（602～64年）が中国大陸に伝えた。大乗仏教の一尊である、叡智の仏・文殊菩薩の教えとされる。中東アジアの古代メソポタミア文明を発祥とする、天を12に区分してそれぞれに聖獣を配置した「黄道十二宮」などの天文学も導入されており、陰陽学と共に日本の陰陽道の重要知識のひとつとなった。<br>
<br>
緊那羅（きんなら）<br>
　もとは古代インド神話に登場する、夜叉と共に創造神ブラフマー（梵天）のつま先から生まれた音楽の神だったが、護法善神「天龍八部衆」の一尊となった。歌と踊りに秀でて特に歌が美しいといわれる。男性のキンナラは半人半馬だが、女性のキンナリーは美しい天女で、ときおり地上に舞い降り水浴びなどして遊ぶという。<br>
　日本では、神でも人間でも動物でも鳥でもない半身半獣の生物とされるため「人非人」とも呼ばれ、半人半鳥の音楽神・乾闥婆（ガンダルヴァ）と同様に帝釈天（インド神話のインドラ）の眷属となっている。<br>
　本作では、京の内裏の北東にある左大臣・源高明の邸宅に巣食う、仏教の力で人間になることを夢みる零落した小鬼として登場する。<br>
<br>
乾闥婆（けんだつば）<br>
　もとは古代インド神話に登場する、英雄神インドラ（帝釈天）に仕える半人半鳥の音楽の神ガンダルヴァで、女好きで性欲が強いが処女の守護神でもあるとされる。女性のガンダルヴァも存在する。酒や肉を喰らわず香りを栄養とし、自身の身体からも冷たく濃厚な香気を発する。サンスクリット語でガンダルヴァとは「変化が目まぐるしい」という意味であり、蜃気楼のことをガンダルヴァの居城にたとえて「乾闥婆城（ gandharva-nagara）」とも呼ぶ。古代ギリシア神話の牧神パンと同源であると推定されている。仏教では護法善神「天龍八部衆」の一尊となっている。<br>
　本作では、他の娘の家に泊まり込むようになった夫を強く恨んだ妻が化身した、白髪で全身が青い鬼女として登場する。<br>
<br>
三十番神（さんじゅうばんじん）<br>
　日本の仏教と陰陽道の中でできた守護神の概念。天台宗の宗祖である伝教大師最澄（762～822年）が、日本の国土と法華経の布教を守るために、月に1日の持ち回りで守護する30の仏神を定めたもの（例：毎月の一日は熱田大明神、二日は諏訪大明神、三日は広田大明神など）。特にその中でも、日本の王都である平安京を守護する役割が分担されており、将軍塚に鎮座して朱雀以東を守る青龍八神、石清水八幡宮に鎮座して九条以南を守る朱雀八神、鳴滝川に鎮座して西洞院以西を守る白虎八神、一条以北を守る玄武八神がいる。<br>
<br>
式神（しきがみ）<br>
　単に「式」ともいう。吉凶を占い、魔を祓う陰陽師に使役される目に見えぬ鬼といわれ、陰陽師が創った人造人間ともいわれる。人を呪う時に式神が放たれ、式神は呪う相手にとり憑き、生命をおびやかす。呪われた人は一瞬でも早く、より強力な陰陽師に頼んで相手に式神を打ち返さない限り、助からない。<br>
<br>
十二神将（じゅうにしんしょう）<br>
　式神の中でも、特に安倍晴明が使役していた式神たちのこと。もともと晴明の邸宅の南門の梁に棲みついていたが、晴明の正妻・息長姫が彼らを忌み嫌ったため、晴明が自身の邸宅に近い京・一条堀川戻橋の下に置いて必要時に召喚していた。<br>
<br>
茨木童子（いばらきどうじ）<br>
　平安時代中期に、大江山（丹波国にあったとされるが、現在の京都市と亀岡市の境にある大枝山という説もある）を本拠に、貴族の子女を誘拐するなど乱暴狼藉をはたらき京の都を荒らし回ったとされる鬼のひとりで、鬼の棟梁・酒呑童子（しゅてんどうじ）の最も重要な家来。舞の上手な美女に化けて、武将・源頼光の4人の重臣「頼光四天王」の一人である渡辺綱と一条堀川戻橋で闘った故事が、後世の説話集や能、謡曲、歌舞伎などで語り継がれている。<br>
　本作では、もと晴明の式神十二神将のひとりだったという設定で、宇治の橋姫と同一人物となっている。<br>
<br>
橋姫（はしひめ）<br>
　日本各地に古くからある大きな橋にまつわる多くの伝承に現れる鬼女・女神。外敵の侵入を防ぐ橋の守護神として祀られていることもあり、古代の水神信仰が起源といわれている。橋姫は嫉妬深い神ともいわれ、橋姫の祀られた橋の上で他の橋を褒めたり、または女の嫉妬を語ると必ず恐ろしい目に遭うという。これは「愛らしい」を意味する古語の「愛（は）し」が「橋」に通じ、愛人のことを「愛し姫（はしひめ）」といったことに由来するなどの説がある。橋姫伝説の中でも、京都府宇治川の宇治橋、大阪市淀川の長柄橋、滋賀県瀬田川の瀬田大橋などが特に有名である。<br>
　本作では、渡辺綱の実母という設定で登場し、綱を生んだ後に他の女性を愛した夫が橋姫を捨てたために深く恨み、貴船明神に丑の刻参りを行って鬼女に化身した。そののちに宇治橋に移ったとされているが、もと晴明の十二神将のひとりだったという設定も加わり、茨木童子と同一人物となっている。<br>
<br>
牛嶋神社（うしじまじんじゃ）<br>
　現在の東京都墨田区向島の隅田公園内にある、東京本所総鎮守の神社。社格は武蔵国郷社。<br>
　平安時代中期の貞観年間（859～79年）に慈覚大師円仁（794～864年）が当地を訪れた際に、須佐之男命（スサノオ / 牛頭天王）の化身の老翁から託宣を受けて創建したとされる。明治時代以前は「牛御前社」と呼ばれていた。例祭は毎年9月15日。<br>
　この神社には弘化二（1845）年に奉納された絵師・葛飾北斎の大絵馬『須佐之男命厄神退治之図』があったが、大正十二（1923）年の関東大震災で現物は焼失し、現在は原寸大の白黒写真が本殿内に掲げられている。なお、同作は2016年に色彩の推定復元が行われ、すみだ北斎美術館にて展示されている。<br>
　境内には「撫牛（なでうし）」と呼ばれる牛の石像があり、自分の身体の悪い所と同じ部分を撫でると病気が治ると言い伝えられている。また本殿前の鳥居は「三ツ鳥居」と呼ばれる珍しい形態の鳥居である。<br>
　アクセスは、都営地下鉄浅草線の本所吾妻橋駅から徒歩で約10分。<br>
　本作では浅草川（現・隅田川）で討たれた丑御前を祀るためにこの「丑御前神社」が創建されたという設定になっているが、本作における丑御前の反乱は天暦十（956）年に起きた事件に設定されているため、社伝とは合っていない。<br>
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≪な、なんじゃ、この基本情報の膨大さは！？　本文マダヨ≫<br>

]]></description>
   <category>すきな小説</category>
   <dc:date>2025-07-16T22:27:58+09:00</dc:date>
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   <title>なんで今さら！？　10年前の Jホラー映画を観てみよう　～映画『零　ゼロ』～</title>
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<![CDATA[
ゲーム『零』シリーズとは<br>
　『零（ゼロ）』は、テクモ（現コーエーテクモ）から発売された日本のサバイバルホラーゲーム『零（ゼロ）』（2001年発売）を第1作とするシリーズである。シリーズ全体のブランド名は「 project zero」。<br>
　カプコンの『バイオハザード』（1996年）のヒットから始まったサバイバルホラーゲームブームの時流にあった2001年12月に PlayStation 2で第1作『零』が発売され、日本国外版、リメイク、外伝なども含めて数多くシリーズ化され現在に至っている。<br>
　シリーズ最大の特徴は、カメラを攻略アイテムや武器にしている点、西洋文化を背景にしたホラーゲームが多かった中で日本の文化もしくは和洋折衷の世界観にした点、幽霊や心霊現象による恐怖を演出している点などであり、映画『リング』（1998年公開）が火付け役となった Jホラーブームの時流に重なっていた。シリーズのソフト累計発売本数は、2014年時点で130万本。<br>
<br>
　正統シリーズの第1作『零』、第2作『零　紅い蝶』（2003年）、第3作『零　刺青ノ聲』（2005年）、第4作『零　月蝕の仮面』（2008年）、第5作『零　濡鴉ノ巫女』（2014年）の5作品は、内容はそれぞれで独立しているが、登場人物の設定を中心に世界観や時間軸が繋がっている。<br>
　時代設定は『零』が1986年、『紅い蝶』が1988年夏、『刺青ノ聲』が1988年12月、『濡鴉ノ巫女』が2000年前後となっている。『月蝕の仮面』は1980年代とされているのみで正確な時系列関係は不明である。<br>
　正統シリーズ5作の他に、外伝作品として2012年にホラーゲーム『心霊カメラ　憑いてる手帳』（ニンテンドー3DS ）が発売されている。シリーズの中では第4作『月蝕の仮面』の次に制作されたが、AR技術やジャイロセンサーなど3DS 本体の機能を駆使した作品となっている。<br>
<br>
　ゲーム以外のメディアミックスとしては、2004年7月にゲーム第2作『零　紅い蝶』を基にしたテーマパーク向けホラーアトラクション『4D 零』、2014年には大塚英志の小説『零　女の子だけがかかる呪い』を原作としたホラー映画『零　ゼロ』、ホラーマンガ『零　影巫女』、2021年12月に第1作『零』を基にしたホラーアトラクション『デリバリーお化け屋敷　絶叫救急車 Ver.零』などが展開された。<br>
<br>
<br>
映画『零　ゼロ』（2014年9月公開　105分　角川大映）<br>
　『劇場版　零 ゼロ』は、大塚英志によるホラー小説『零　女の子だけがかかる呪い』（2014年8月刊　角川ホラー文庫書き下ろし）を原作とした青春ミステリーホラー映画である。制作と配給は角川書店。興行収入1.2億円。<br>
<br>
　原作小説の作者である大塚による角川ホラー文庫版のあとがきによると、本作の映画化を前提としたゲーム『零』シリーズの制作スタッフとの打ち合わせの場では、すぐにオーストラリアの幻想映画『ピクニック at ハンギング・ロック』（1975年　監督ピーター＝ウィアー）の名が挙がり、そこから「女学校の寄宿舎の物語」や「少女が一人だけ生還する」といった設定が引用されたという。また、同じく寄宿制学校の物語ということで、萩尾望都の少女マンガ『トーマの心臓』（1974年連載）を翻案した青春幻想映画『1999年の夏休み』（1988年　監督・金子修介）や、「同じ演劇を繰り返し上演する」設定として、吉田秋生の少女マンガ『櫻の園』（1985～86年連載）やそれを原作とする映画（1990年版と2008年版の2作あり）のイメージも話題に上ったという。そのため大塚は、ゲーム開発スタッフの心の中に密かにあった、もう一つの『零』を小説化したと語っている。<br>
<br>
　また大塚は、本作公開日の翌日に発売された『零』シリーズ第5作『零　濡鴉ノ巫女』のテーマが「水」であることから、本作も民俗学者・折口信夫の『水の女』（1927～28年発表）に代表される「神の花嫁」研究を物語の骨子にしたと語っている。<br>
　原作小説は、大塚の妻で小説家の白倉由美の文章や、シンガポールのマンガ家フー・スウィ・チンのイラストもイメージ源にして執筆された。角川ホラー文庫版にはフーの挿絵も収録されている。<br>
<br>
　監督・脚本を務めた安里麻里は、「都会的な女子高生ホラーではない、もうちょっとフィクション度の高いもの」を目指したという。ゲームの『零』シリーズが原作であることについては、「ゲームが持つ特殊な世界観は面白いチャレンジだった」と語り、また「今回の映画は女の子のために作られているような、女の子のためのホラーといってもいい側面があると思う」、「普段ホラーは見ないというような女の子にも見てほしい」と語っている。<br>
<br>
　本作の内容はゲームの『零』シリーズとは直接の関係は無いが、主人公のミチが使用する小道具などとしてカメラが重要な役割を果たし、作中では二眼レフカメラ型、蛇腹が下開きで縦長方形のフォールディングカメラ型、左開きで横長方形のスプリングカメラ型、観音開きで横長方形のコンパクトカメラ型の4種類のカメラが登場する。<br>
　本作の撮影ロケ地には、女学園の外観に旧・福島県尋常中学校「安積歴史博物館」（福島県郡山市）、女学園の女子寮の外観に明治四十一（1908）年竣工の旧・皇族有栖川宮別邸「天鏡閣」（福島県猪苗代町）、貯水場のシーンに1932年竣工の旧・芦山浄水場跡（茨城県水戸市）が使用された。<br>
　安積歴史博物館は2022年3月に発生した福島県沖地震で被災したため、2025年7月現在まで休館となっている。<br>
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<br>
あらすじ<br>
　2月10日。ある地方の山の上にある、ミッション系の全寮制女学園。女生徒のカスミは、同級生の中でも最も美しいアヤに憧れを抱いていた。アヤは「午前0時になる千分の一秒前。写真にキスをすれば、同じ呪いにかかる。」と語る。そして写真にキスをした少女は、次々と失踪してしまうのだった。これは神隠しなのか、それともアヤがかけた呪いなのか。女の子だけにかかる呪い、その正体とは……<br>
<br>
<br>
おもな登場人物<br>
月守　アヤ（つきもり　あや）……　中条　あやみ（17歳）<br>
　本作の主人公。女学園の高等科3年生。女学園の中で最も美しいと評判の少女で、周囲からは憧れのカリスマ的存在。卒業間近の2月3日から1週間、寮の部屋に閉じこもってしまう。<br>
<br>
風戸　ミチ　……　森川　葵（19歳）<br>
　もう1人の主人公。女学園の高等科3年生。写真撮影が趣味で、卒業後に写真家を目指して東京に上京しようか悩んでいる。友人が次々と神隠しに遭ったことを機に、アヤと共に事件の謎に迫る。<br>
<br>
鈴森　リサ　……　小島　藤子（20歳）<br>
　女学園の高等科3年生。同級生のアヤに憧れる。イツキの親友。好きな色はオレンジ。金持ちの御曹司との見合いの縁談が進んでいる。<br>
<br>
菊之辺　イツキ　……　美山　加恋（17歳）<br>
　ネイルサロンを開くことを夢見る女学園の高等科3年生の生徒。親友のイツキが憧れているアヤに嫉妬し、生徒達が失踪するのはアヤが呪いをかけたせいだと信じている。<br>
<br>
野原　カスミ　……　山谷　花純（17歳）<br>
　女学園の高等科3年生。ミチの友人で、アヤに憧れを抱いている。やや内気な性格。卒業後は短大に進学する予定。<br>
<br>
藤井　ワカ　……　萩原　みのり（17歳）<br>
　女学園の高等科3年生。アイドルになることを夢見るマイペースな生徒。眼鏡をかけている。<br>
<br>
リツコ　……　ほのか　りん（17歳）<br>
　女学園の高等科3年生クラスの学級委員長。<br>
<br>
麻生　真由美　……　中村　ゆり（32歳）<br>
　女学園の教師を務めるシスター。花の園芸栽培に詳しい。弟で学園の用務員の崇と同部屋で生活している。<br>
<br>
麻生　崇　……　浅香　航大（22歳）<br>
　真由美の弟で、女学園の用務員。右足が不自由で常に引きずって歩き、人との会話が苦手で寡黙。園芸栽培が得意である。<br>
<br>
メリーさん　……　中越　典子（34歳）<br>
　女学園のふもとの町に住んでいる、全身をゴスロリ風衣装でかためてウィッグをつけた女性。女学園の卒業生だと自称しており、彼女が在学していた頃から「午前0時の呪い」の噂は存在していたと語る。遅くとも明治時代から町にある古い写真館の家の娘だったが、現在は写真館は廃業して地元のコンビニに加工パン食品をおろす工場でパート勤務をしている。本名は草薙和美。写真撮影が趣味の小学生の息子・進がいる。<br>
<br>
学園長　……　美保　純（54歳）<br>
　全学園生徒70名弱、教員シスター4名のミッション系の全寮制女学園「セイジツ学園（字が不詳）」の学園長。<br>
<br>
唐津　九郎（からつ　くろう）……　渡辺　裕也（31歳）<br>
　女学園の失踪した生徒5名の葬儀を執り行った業者の、スキンヘッドの男。死体に触るとその死体の声（残留思念）が聞こえる、イタコに近い霊能力を持っている。普段は不愛想だが正義感が強く、困っている人は放っておけない性格。「黒鷺宅配便」と名入れのされた黒塗りのクラシックカーを運転している。<br>
　※本作の原作を担当した大塚英志が同じく原作を務めるホラーマンガ『黒鷺死体宅配便』（作画・山崎峰水　2000年から角川書店のマンガ雑誌にて連載中）の主人公で、映像作品に登場したのは本作のみとなる（2025年7月時点）。<br>
<br>
槙野　慧子（まきの　けいこ）……　柳生　みゆ（23歳）<br>
　唐津と共に葬儀会社で働く、金髪に染めた髪の毛をハーフツインにした女性。アメリカに留学してエンバーミング（遺体衛生保全技術）の資格を取得している。陽気な性格で、アニメキャラのコスプレのような衣服を着ている。<br>
　※唐津と同じく『黒鷺死体宅配便』のレギュラーキャラクターで、映像作品に登場したのは本作のみとなる（2025年7月時点）。<br>
<br>
<br>
≪原作小説と映画版との主な相違点≫<br>
・原作小説の女学園の校名は「聖ルーダン女学園」だが、映画版の女学園は「セイジツ学園（字が不詳）」。<br>
・聖ルーダン女学園は有名大学への進学率の高いお嬢様学校だが、セイジツ学園は大学進学の言及がある卒業生はいない（短大進学か就職）。<br>
・原作小説のミチには、片方の目で霊が見える特殊能力があり、それを嫌って常に左右どちらかの霊が見える方の目に黒い眼帯をつけている（見える目は変わる）が、映画版のミチにその設定はなく物語の途中から両目で霊が見えるようになる。<br>
・原作小説のカスミは高等科3年生クラスの学級副委員長となっているが、映画版ではその設定は言及されない。<br>
・原作小説の女学園のシスターの名前は「鷺宮足穂（さぎのみや　たるほ）」だが、映画版では「麻生真由美」となっている（弟の名前はどちらも崇）。<br>
・失踪した生徒たちの遺体の発見される時間的推移と遺体の状況、リサが発見された経緯が、原作小説と映画版とで違う。<br>
・原作小説ではアヤは謹慎の名目で女学園内の聖堂の塔に監禁されていたが、映画版では自主的に寮の自室に引きこもっている。<br>
・原作小説ではメリーさんの本名は「山田和美」だが、映画版では「草薙和美」（息子の名前はどちらも進）。<br>
・原作小説でいう神社が映画版の貯水場、「オフィーリアのアルバム」がメリーさんの実家の写真館の所蔵写真に置き換えられている。<br>
・原作小説ではメリーさんと鷺宮足穂との因縁関係が明らかになるが、映画版ではメリーさんと麻生真由美との関係は全く言及されない。<br>
・原作小説の方が唐津九郎と槙野慧子の出番が多い。2人が乗る車は原作小説ではワゴン車だが、映画版ではクラシックカー。<br>
・原作小説では学級委員長のリツコが重要な役割を果たすが、映画版ではほぼ出番はない。<br>
・原作小説では女学園に伝わる『オフィーリアの歌』の歌詞の内容が重要な意味を持つが、映画版では歌自体は唄われるものの物語には特に関係してこない。<br>
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≪やらんとすることはわかるんですけどね……本文マダナノヨ≫<br>

]]></description>
   <category>ホラー映画関係</category>
   <dc:date>2025-07-14T23:40:49+09:00</dc:date>
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  </item>
  <item>
   <title>わかるのに4年かかりました　～小説『ゴジラ　シンギュラポイント』いまさら感想～</title>
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   <description>
<![CDATA[
　え～、どもどもこんばんは、そうだいでございます。毎日毎日、あっちぃっすね……<br>
　もういい加減、私の住む東北地方南部も梅雨明けしていいでしょっつうか、もう明けてんじゃなかろうかという疑惑も濃厚なのですが、夏が始まったとしか思えない猛暑がすでに始まっております。日差しが実にキツイ！<br>
<br>
　「夏」と言えば、辻村深月先生原作の映画『この夏の星を見る』（監督・山元環）が今月の4日からついに公開……されてるはずなのですが、なんと私の住む山形県では公開予定日が1ヶ月後の8月16日からということになっとりまして……もう夏も後半じゃねぇかァ！<br>
　しかも、私の経験では県庁所在地の山形市（映画館は3館）で公開されてなくても、お隣の天童市のイオンシネマではやってるというフォローがあったのですが、今回は私の家から100km くらい遠くにある鶴岡市の映画館でしかやる予定がないというていたらく。なんじゃ、このひどい扱いは！？　ダメだずねぇ～！<br>
　まぁ、しょうがないので来月のお盆明けに1泊で温泉かどっかに泊まりつつ映画を観るというステキな旅行の口実にさせていただきました。やったぜ～。今年のお盆はあんまり休めなさそうな気配がしてるんで、ちょうどよかったっすよ。鶴岡市の「まちなかキネマ」っていう映画館も、いつか行きたいと思ってたんで好都合！<br>
　映画そのものを観るのはしばらくお預けなのですが、楽しみにしつつ7月を乗り切っていこうと思うとります。ま、暑い暑い言ってるうちにあっという間に8月も過ぎるでしょ。<br>
<br>
<br>
　そんでもって今回は、そういった2025年のつれづれとはまっっっったく関係のない『ゴジラ　シンギュラポイント』の小説版を最近やっと読み終わったよ、という話のまとめでございます。予想通り、<a href="https://blog.goo.ne.jp/remade-berokron2/e/ce8c8c1ea419a3688c381dd89c2e12ba">前回は設定資料とおまけを並べるだけ</a>で終わっちゃったし……ちゃっちゃといこう！<br>
<br>
　2021年の春から夏にかけて TVアニメシリーズとして放送されていた『ゴジラ　シンギュラポイント』でしたが、「シリーズ構成・円城塔」という大看板にたがわず、その内容はなんとあの、「昭和ゴジラシリーズ最大の鬼子」ともいえる「正義の巨大ロボット・ジェットジャガー」を科学的に説明のつく存在に仕立て上げて、さらにはゴジラによる世界崩壊を止める最期の希望にするという、とんでもないチャレンジに挑む大野心作だったのです！<br>
　いや～、これには放送当時の私も、毎週毎週固唾をのんで見守っておりました。まさか、よりによってゴジラシリーズの中でも最も触れ方の難しい「禁忌きっず」ジェットジャガーを真正面からフィーチャーするとは……その心意気や、最高なり！<br>
<br>
　リアルタイムで視聴していた頃は、正直言ってお話について行くのが精いっぱいで、紅塵とかオーソゴナル・ダイアゴナライザーとか謎のインド民謡『 ALAPU UPALA』とかの聞きなれない要素に翻弄されまくりだったのですが、実はそういったディープな SF＆ミステリー的な流れとバランスを取るかのように、往年のゴジラシリーズのスター怪獣のゲスト出演も散りばめられていて、少なくとも定石ハズしばっかりで終わってしまった感のあるアニメ映画版『ゴジラ』3部作とは比較にならない満足度がありました。さすがに、私が最も愛する三つ首のあのお方までは出られませんでしたが（小説版では……？）、メカゴジラを出すようで全く出さなかったアニゴジへの当てつけのように、最終話の最後の最後で起動メンテ中のロボゴジラを見せたサービス精神は素晴らしかったと思います。エンディングアニメもお遊び感いっぱいでしたよね！<br>
<br>
　正直申しまして、このシンギュラポイント版のゴジラのデザインは非常に個性の際立ったもので、私も今もって「好き」とは言えないクチなのですが、それはもうムッキムキの外国人力士にしか見えないアニゴジ版やハリウッド版のゴジラも同じことなので（異様に小顔なマイゴジも好きじゃないです）、そこはもう何も申しますまい。それ以外の幼体ゴジラたちとかアンギラスとかのリデザインは素晴らしかったですよね。ムビモンのソフビ、ゴジラ・ウルティマとサルンガ以外は全部買いましたよ～。マンダはちょっと深海魚っぽくなって気持ち悪かったけど。ラドンはなんか平成以降のギャオスみたいなポジションになってましたね……数はいいから、強いのを1頭ドンっと出してほしかった！　ちっちゃいのがひと山いくらっていう出演の仕方って、やらされたラドンさんやギャオスさんはどんな気分なんですかね……ラドンさんなんて、来年で芸歴70年なんだぜ。<br>
<br>
　とにもかくにも、本作は物語の芯の部分を、あの日本を代表する前衛 SF小説家の円城塔さんが手がけているということで、ちょっとするとインターネット上の AIが意志を持ち始める過程や、日本の房総半島と東京を舞台にした怪獣災害と、そこから遥か遠く離れたインドの地下秘密基地での動向が同時進行で語られる多角的視点、そして何よりも主人公のメイとユンの2人が全く直接には出逢わずにネット上で連絡を取りながら各自で解決策を模索していくという徹底したリモート展開がかなり複雑に交錯しているので、放送しているエピソードを1回でも、いや、1分でも見逃すとついていけなくなる可能性のある、TVシリーズとしては非常にハードルの高いクオリティの作品、それこそが、この『ゴジラ　シンギュラポイント』だったのです。今振り返っても、よく最終回までやりきって完結させたな、というギリギリな構成だったと思います。<br>
　これはやっぱり、一見かなり面食らいがちな円城塔先生の世界観を、ゴジラをはじめとした非常に認知度の高い東宝怪獣たちのリニューアル復活や、加藤和恵さんと石野聡さんによるかなり見やすいポップなキャラクターデザインで、用意周到に何重にもくるんで娯楽作品に仕上げたという作戦が成功したのではないでしょうか。まさにこの作品は、円城塔ワールドの骨格と東宝ゴジラシリーズの血肉、そのどちらが欠けても面白くならない理想的なコラボレーションだったのです。なんと言っても、まず骨組みに円城塔を招聘するというギャンブラーな姿勢が最高ですよね！　安易なお祭り作品にはしないぞという。<br>
<br>
　作品の内容について考えてみますと、本作は、物語のパターンでいえば典型的な「歴代怪獣総登場もの」と言えると思います。<br>
<br>
　1954年の初代『ゴジラ』いらい70年以上続いているゴジラシリーズ、というか日本の特撮作品の歴史なのですが、非常にざっくりと内容で分類しますと、以下の5種類に分けることができるのではないでしょうか。もちろん、2つ以上の分類がミックスされている作品もいっぱいあるので、人によっては違う解釈になる作品もあるのでしょうが、わかりやすい作品を例に挙げますと、<br>
<br>
<br>
A、単体怪獣の災害もの　……　『ゴジラ』（1954年）、『ゴジラ』（1984年）、『シン・ゴジラ』（2016年）、『ゴジラ -1.0』（2023年）など<br>
<br>
B、2大怪獣の対決もの　……　『ゴジラの逆襲』（1955年）、『キングコング対ゴジラ』（1962年）、『ゴジラ VS キングギドラ』（1991年）、『ゴジラ×メカゴジラ』（2002年）など<br>
<br>
C、地球怪獣 VS 侵略者もの　……　『怪獣大戦争』（1965年）、『地球攻撃命令　ゴジラ対ガイガン』（1972年）、『大怪獣総攻撃』（2001年）、『キング・オブ・モンスターズ』（2019年）など<br>
<br>
D、歴代怪獣総登場もの　……　『怪獣総進撃』（1968年）、『ゴジラ　ファイナルウォーズ』（2004年）、小説『ゴジラ　怪獣黙示録』（2017年）、『ゴジラ　シンギュラポイント』（2021年）など<br>
<br>
E、主人公の成長ファンタジーもの　……　『怪獣島の決戦　ゴジラの息子』（1967年）、『オール怪獣大進撃』（1969年）、『小さき勇者たち　ガメラ』（2006年）など<br>
<br>
<br>
　どうですか？　これに沿って好きな特撮作品を考えてみると面白いですよね？　意外と数種類のハイブリッドになってる作品がほとんどですが。<br>
<br>
　今回の『シンギュラポイント』も、私は Dタイプだと言いましたが、よくよく考えてみると主人公チームおよびジェットジャガーの成長物語ということでE ともとれるし、他の怪獣たちに比べて明らかにゴジラだけが別格に恐ろしい脅威になっているので、ゴジラ一強という意味ではA ともいえるわけなんですよね。最終話でのゴジラ VS ジェットジャガーの決戦の構図はB の醍醐味だし……結局ほぼ全部じゃねぇかァ！！<br>
<br>
　まぁまぁ、かくのごとく、この『ゴジラ　シンギュラポイント』という作品は、おなじみの東宝スター怪獣たちが新たなスタイルでアップデートされるお祭りタイトルでありながらも、様々な面で前代未聞な挑戦をしている、ものすごい野心作なのでございます。まずジェットジャガーをゴジラの相手にしているという時点でとんでもないことですし！　これ、言うまでもなく『フェス・ゴジラ4 オペレーション・ジェットジャガー』（2023年）の前の作品ですからね。<br>
<br>
　本作が、ただの歴代怪獣総登場ものの更新にとどまらないことは、作中で明に暗に示されたさまざまな設定を見てもあきらかなのですが、パッと思い出せるものを挙げるだけでも、<br>
<br>
1、出現する怪獣たちに明らかなフェイズと棲み分けが存在する。<br>
2、ゴジラが成長に合わせて形態変化する。<br>
3、怪獣たちが常識外なスピードで巨大化する理屈が「紅塵」で説明される（そしてジェットジャガーも！）。<br>
4、怪獣たちの出現で世界の秩序が崩壊する過程が克明に描かれている。<br>
5、「1954年に回収された巨大生物の骨」という謎が通底している。<br>
<br>
　というおもしろ要素があるのです。お話が特撮でもあり SFでもあり、ミステリーでもあるんですよね。<br>
　これらの一つ一つを見てみると、全てが過去のゴジラシリーズ作品へのオマージュだったり、あまり詳細に触れられなかったモヤっとした部分にあえてスポットライトを当てるような、過去に残された宿題への回答だったりしていることがよくわかります。単に円城塔先生がゴジラシリーズという食材の調理に挑みましたという話じゃなくて、先生、そうとう前から食材がどの土地でどう生まれ、どう育ち実ったのかを綿密に調べ上げた上でキッチンに立ってるなという気迫がひしひしと伝わってくる陣容になっているんですね。ただ仕事を受けたから、自分のやりたいようにやってるんじゃねぇんだぞと！<br>
<br>
　上のポイントの2、は明らかに『シン・ゴジラ』でのゴジラの「蒲田くん」や「品川くん」形態を意識した設定であると思われるのですが、それだけに留まらず、「水生（魚類）」→「半陸生（両生類）」→「陸生（爬虫類）」→「完全ゴジラ」というふうに、地球上の生物の進化過程を超高速で追ったものになっているのが興味深いですね。鳥類はラドン、節足動物はクモンガに任せてんのかな……本来は陸海空オールオッケーな究極怪獣だったはずのバラダギ様が、なんかカエルみたいなぺたぺた四足歩行をしていたのはおいたわしくもありましたが、まぁこういう作品にゲスト出演できただけでも儲けものでしたよね。本来は護国聖獣にもなるはずだったのに……<br>
<br>
　ポイントの4、に関しては、これはもう「そこを映画でやれや」という全特撮ファンからの総ツッコミを受けていた、アニゴジの前日譚的小説『怪獣黙示録』（2017年）をあらためてちゃんと映像化したという、ファンの留飲を大いに下げる粋なはからいだったと思います。当然ながら、『怪獣黙示録』のほうは「人類がゴジラによって地球から追い出される」という最悪の結果を招いてしまったわけなのですが、メイやユン、そしてジェットジャガーの大活躍によって、そこまでいかずにおよそ2ヶ月間ほどの世界的大混乱で済んだのは、非常に幸運だったと思います。ほんと、本作のゴジラ・ウルティマもほっといたらアニゴジのゴジラ・アースみたいになってたんでしょうね……そういえば、本作の最終話でサプライズ出演していたロボゴジラも、その昭和メカゴジラを彷彿とさせる正統派的なデザインからして、アニゴジが不必要に生んでしまったメカゴジラファンの方々の怨念に配慮したサービスだったのではないでしょうか。メカゴジラを怪獣型でなくするという発想自体はぶっ飛んでて好きなんですけど、ね……<br>
<br>
　ポイント1、もけっこう面白い設定なんですよね。これは、『怪獣総進撃』やハリウッド版ゴジラのモンスター・ヴァースの世界観を大いに意識したアイデアなのではないでしょうか。<br>
　ここは小説版でかなり明確に強調されている部分なのですが、本作に出現する怪獣たちは、全てがゆるやかな「連携」をとって地球に進出しているという特徴があります。要するに、それまでの過去の同じ分類の諸作は、たまたま同じ時期に全く性質も出現した理由も違う怪獣が世界各地に並び立って（中には X星人のような侵略者の意志で動いているものも混じっていますが）、会ったらなんとなく縄張り争い的なノリで闘うといった設定どまりにしていたように見えていました。ところがこの『シンギュラポイント』に登場する怪獣たちは、まるで全員が「紅塵」という全く新たなエネルギー体の先兵もしくは触手であるかのように、地球の陸海空にそれまであった古いエネルギー（生き物）を破壊するという同じ目的で動いているように見えるのです。そして、そこを小説版はさらに明確にし、「怪獣たちが会話しないまでも、意志のレベルで通じ合いながら各自で成長・活動している」とみられる描写も明らかにしているのでした。これは要するに、あの怪獣たちが『エヴァンゲリオン』シリーズ（旧もシンも）における使徒のような関係にある、ということなのではないでしょうか。新しいですね！<br>
<br>
　とは言いましても、作中でもマンダとゴジラ・アクアティリス、ラドンとゴジラ・ウルティマあたりが闘っている描写もあったにはあったのですが、これはどっちかというと「喰うものと喰われるもの」の関係がはっきりした、肉食動物と草食動物のからみのような絶対的な論理（ゴジラが勝つに決まってる）の上で行われている日常の風景のようなもので、『キング・オブ・モンスターズ』のラドンのように「あわよくばオレが怪獣王に！」などという面白すぎる個性があるものでないことは明白でしょう。<br>
　つまり、そういった小競り合いはあったとしても、怪獣たちが構成する「新たなる生態系」自体が一つの脅威となって旧世界を侵略しているという状況に変わりはないわけで、「勝った方が我々の敵です」じゃなくて、「闘っている場そのもの」が地球の敵なのです。よそでやっとくれ！！<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
≪完成マダヨ≫<br>

]]></description>
   <category>特撮あたり</category>
   <dc:date>2025-07-12T23:03:43+09:00</dc:date>
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  <item>
   <title>わかるのに4年かかりました　～小説『ゴジラ　シンギュラポイント』いまさら資料編～</title>
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   <description>
<![CDATA[
『ゴジラ　シンギュラポイント』（2021年4～6月放送　全13話　TOKYO MX ほか）<br>
　『ゴジラ　シンギュラポイント』は、ボンズおよびオレンジの共同制作による SF特撮 TVアニメシリーズ。TOKYO MX、BS11、Netflix にて放送・配信された。<br>
　「ゴジラシリーズ」としては2017～18年に公開されたアニメ映画『 GODZILLA』三部作以来となるアニメ作品であり、日本で制作されたゴジラ作品では初の TVアニメシリーズである。<br>
　本作は、第53回星雲賞（メディア部門）を受賞した。<br>
<br>
　監督を担当した高橋敦史は、映画『ドラえもん　のび太の南極カチコチ大冒険』（2017年）での、原作マンガに基づきつつ物語を一から作る点や、SF要素を盛り込みつつエンターテインメントとしても成立させたアプローチから抜擢された。<br>
　シリーズ構成を手がけた円城塔は、SF要素を組み込みつつ設定のリアリティを重視できることと、SFアニメシリーズ『スペース☆ダンディ』（2014年）で高橋と製作した経験があることから声がかかった。円城は当初、SF考証の監修としての参加であったが、設定と考証の繰り返しの末に別の脚本家への依頼が難しくなったため、ストーリー全体の構成と全話の脚本執筆を兼ねることとなった。この他、高橋とはスタジオジブリ作品、『青の祓魔師』、『ドラえもん』などで面識のあった山森英司、加藤和恵、沢田完がそれぞれ主要スタッフとして参加している。<br>
<br>
　本作は、アニメ映画『 GODZILLA』3部作（2017～18年）との差別化や、完全な SFに振るかファンタジーに寄せるかで議論が重ねられたが、最終的には円城のアイデアを元にして、2030年の日本という現実の延長線上にある世界観を舞台に、天才的な才能をもった一般人の主人公2人が周囲の人間と協力してゴジラの脅威に立ち向かう本格的 SF作品となった。<br>
<br>
　本作の主人公たちは頭脳でゴジラに対抗する設定だが、これは過去のゴジラシリーズの主人公の多くが非戦闘的なタイプであったことや、作品に謎解きの要素を加えようとした高橋の提案による。また、本作のゴジラはシリーズ初となる核エネルギーとは無縁の存在となっている。<br>
　当初、円城の提示した脚本は映像化するには情報量が多く難解な部分もあったため、アクションやロボット、過去の東宝作品の表現といった要素を加えることで、受け手に配慮した作品作りが行われている。<br>
<br>
<br>
おもなスタッフ<br>
監督　……　高橋　敦史（48歳）<br>
シリーズ構成・SF考証・脚本　……　円城　塔（48歳）<br>
キャラクターデザイン原案　　……　加藤　和恵（40歳）<br>
キャラクターデザイン・総作画監督　……　石野　聡（50歳）<br>
怪獣デザイン　……　山森　英司（53歳）<br>
音響監督　　　……　若林　和弘（56歳）<br>
音楽　　　　　……　沢田　完（53歳）<br>
制作　　　　　……　ボンズ、オレンジ<br>
主題歌『 in case...』（歌・BiSH）<br>
エンディングテーマ『青い』（歌・ポルカドットスティングレイ）<br>
<br>
<br>
小説『ゴジラ　シンギュラポイント』（2022年7月刊　集英社）<br>
　TVアニメシリーズ『ゴジラ　シンギュラポイント』の構成・SF考証・脚本を担当した円城塔による小説。物語はジェットジャガーユング&amp;ペロ2のナラタケ側と怪獣側の視点から語られ、本作におけるゴジラの目的や「ミサキオク」の地下に保管されていた骨の秘密などの詳細をうかがい知ることができる。なお、本作の時間設定は「2030年7月」となっており、作中では逃尾市の伝承の中に、ゴジラやラドンの他にヘドラらしき緑色の怪獣もいる言及がある。<br>
<br>
<br>
おもな登場人物、キャラクター、怪獣、専門用語（キャスティングは TVアニメシリーズのもの）<br>
神野　銘（カミノ　メイ）……　宮本　侑芽（24歳）<br>
　本作の主人公のひとり。存在しない物質で構成された存在しない幻想生物を考える学問「ビオロギア・ファンタスティカ」を研究する大学院生。明るく朗らかな性格だが、物忘れが多いなど天才らしからぬ抜けた側面も持つメガネ女子。<br>
　国際会議で不在だった笹本教授の代理として、旧嗣野地区管理局「ミサキオク」で突如鳴り始めたアラームの原因を調査依頼されたことが契機となり、ゴジラら怪獣たちとの戦いに関わる。<br>
<br>
ペロ2（ペロツー）……　久野　美咲（28歳）<br>
　銘が、オオタキファクトリーのホームページからパソコンにダウンロードしたユン開発のコミュニケーション支援AI「ナラタケ」から生まれた犬型人工知能。銘のパソコンに住み着き彼女をサポートするが、メイの研究ノートを勝手に共著『幻想生物学序説』としてアップしたり明らかに独自の自我が芽生えているかのような動きを見せる。オオタキファクトリーの作業用ロボットにハッキングしてボディを操り、ラドンに襲われていた銘たちを助ける。<br>
<br>
有川　ユン　……　石毛　翔弥（30歳）<br>
　本作の主人公のひとり。何でも屋の側面も持つ町工場「オオタキファクトリー」に勤務するエンジニア兼プログラマー。24歳。プログラミングやロボット製造など多くのことに精通し、「ナラタケ」に代表される高度支援AI を開発する。常に冷静だが人との接し方に難のある性格である一方、危機の際には自ら立ち向かう勇気を持っている。<br>
　幽霊屋敷と噂される、とある無人の洋館の調査を行ったことがきっかけで電波を発する怪獣の存在を知り、銘と同様に怪獣と関わることになる。<br>
<br>
ジェットジャガー（ユング）……　釘宮　理恵（41歳）<br>
　ペロ2と同様に「ナラタケ」から生まれた人工知能。ユンのスマートフォンにインストールされたことで個性化し、冷静な性格と優れた情報整理能力を活用してユンをサポートする。ジェットジャガーに移植されてからは、青空を見上げながらボディを得たことに思いをはせたり子どもの遊びに付き合ったりと、独自の感情や人格に近いものが形成され始めているかのような動きを見せている。<br>
<br>
加藤　侍（カトウ　ハベル）……　木内　太郎（27歳）<br>
　オオタキファクトリーの社員でユンの相棒。銘の高校時代の同級生であり、銘たちから「バーベル」とあだ名されるほど筋トレが趣味。<br>
　ジェットジャガーを製作し整備・修理を行うほか、ラドンを誘き寄せるためにジャイロを改造した電波発信機をジェットジャガーに取り付けた。<br>
<br>
大滝　吾郎　……　高木　渉（54歳）<br>
　「おやっさん」の愛称で呼ばれるオオタキファクトリーの社長。特許や資格、納品実績を多数保有する世界的科学者である一方、UFO や未確認生命体に目が無く、若いころから宇宙人襲来を予見して裁判沙汰を起こしてきた変人。ひらめきや勘に優れ、昔気質だが積極的に最先端技術を受け入れるところもあり、私財を投じてジェットジャガーを製造する。多くの怪しげな未確認生物を記録した古史料やゴシップ記事を収集している。<br>
<br>
佐藤　隼也（サトウ　シュンヤ）……　阿座上　洋平（29歳）<br>
　外務省から「ミサキオク」内偵の主任職員として出向してきた官僚。ミサキオクの地下に安置されていた巨大生物の骨の存在を知ったことをきっかけに、日本や世界各地で頻発する怪獣出現の原因を独自に探り始め、その過程で葦原道幸の過去を探ることになる。<br>
<br>
鹿子　行江（カノコ　ユキエ）……　小岩井　ことり（31歳）<br>
　外務省国際情報統括官組織第零担当情報分析員で佐藤の上司。陸上自衛隊の松原一佐とは旧知の仲。スティーヴンから持ち掛けられたアーキタイプ開発事業への出資を検討するために、葦原道幸を調査する。国家機密情報に詳しい。<br>
<br>
海　建宏（カイ　タケヒロ）……　鈴村　健一（46歳）<br>
　「独立自営ジャーナリスト」を自称し、SNS 上で動画チャンネル『極東怪獣チャンネル』を運営している素性不明の男。銘に接触して李からの招待状とアーキタイプを渡し、李のいるドバイへ行くよう勧めた。ラドンとアンギラスの調査を行いユンや侍と出会う。<br>
<br>
李　桂英（リー　ケイエイ）……　幸田　夏穂（53歳）<br>
　国際的合弁会社「シヴァ共同事業体」に出向している、計算化学を専門とする顧問研究員。葦原道幸の研究資料を基にアーキタイプ研究を行っている。ペロ2がネットにアップした銘の論文を見たことがきっかけで彼女を短期滞在型研究員としてドバイへ招聘し、彼女と共に葦原が残した「特異点」と「破局」についての謎を解こうとする。<br>
<br>
松原　美保（マツバラ　ヨシヤス）……　志村　知幸（57歳）<br>
　陸上自衛隊一佐。陸海空自衛隊の統合運用部隊である「怪獣対処統合任務部隊」に陸上自衛隊の代表として所属し、ゴジラ上陸後は駆除作戦の指揮を執る。妻との間に2人の息子がいる。物静かだが気さくな性格の男性で、外国語の習得能力が高い。<br>
<br>
ティルダ＝ミラー　……　磯辺　万沙子（63歳）<br>
　シヴァ共同事業体の代表。李たちを利用して「オーソゴナル・ダイアゴナライザー」を開発する。人命よりも研究の完成を優先する非情な性格。<br>
<br>
マイケル＝スティーヴン　……　三宅　健太（43歳）<br>
　ティルダに協力するイギリス保守第一党の政治家。何事も卒なくこなすエリート。自身はティルダと仲が悪く、海と協力関係にある。<br>
<br>
葦原　道幸（アシハラ　ミチユキ）……　井上　和彦（67歳）<br>
　ミサキオクの創設者。旧嗣野地区（現・逃尾市内）の漁村に生まれ、20歳代だった頃の1954年に巨大な生物が赤い海から出現し上陸する様子を目撃し、探し出した巨大生物の骨を研究、監視するためにミサキオクを設立した。50年前に紅塵やアーキタイプの研究を行っており、その際に「特異点（シンギュラポイント）」や「破局」と呼ばれるものを発見していたが、計算爆発を起こして現在は行方不明。<br>
<br>
怪獣<br>
　2030年に謎の音声電波が受信されたことを皮切りに確認されるようになった、既存の生態系を逸脱した巨大生物。円城塔の小説版では、すべての怪獣は個体や種に関係なく共通の記憶情報を共有しながらも互いに競合する関係であることが明かされる。太平洋マリアナ海溝と大西洋バミューダ海域から大量に発生した紅塵とともに出現し、海ではマンダ、沿岸部ではラドン、内陸ではアンギラスが群れを形成して世界全域の人類を襲った。それらの怪獣が定着した地域には、クモンガの群れも発生するようになる。<br>
<br>
ゴジラ・アクアティリス<br>
　本作におけるゴジラの第0形態。名前のアクアティリスはラテン語で「水生」の意味。<br>
　深度900メートルの深海を速力50ノット（時速92.6km ）で泳ぐ姿が潜水艦によって確認された。2030年7月29日に、東京湾内に侵入しようとしたマンダの群れを捕食しながら速力80ノットで東京湾に侵入し、8月9日に上陸する。モササウルスのような体型で四肢はヒレ状に、長い尾は先端に水かきの付いた尾ビレになっており水棲に適化している。ワニのように口吻が長く、触覚のように細いツノが頭部にある。表皮は赤く、通過すると付近の海は紅塵で赤く染まる。<br>
　形態が『メカゴジラの逆襲』（1975年）に登場した水棲恐竜チタノザウルスに似ている。<br>
<br>
ゴジラ・アンフィビア<br>
　身長20m、全長50m。東京・築地に上陸したゴジラ・アクアティリスが陸生に適応した形態に変態した、ゴジラの第1形態。名前の「アンフィビア」はラテン語で「両生類」の意味。<br>
　イグアナのような顔つきになり、四肢は爬虫類に似た形の脚となり四足歩行で進む。2030年8月10日に自衛隊の総攻撃を受けるが、口から －20℃以下の可燃性ガスを吐き、自衛隊の砲撃に引火して直径500m 範囲を焼き尽くし、爆風は直径4km に及んだ。さらに自分自身も爆炎に包まれ、炭化層の外殻に覆われたサナギのような状態になり活動停止する。体色は茶褐色で頭のツノの形状もアクアティリスから変化している。<br>
　形態、特に頭部が『大怪獣バラン』（1958年）に登場したむささび怪獣バランに似ている。<br>
<br>
ゴジラ・テレストリス<br>
　身長30m。2030年8月20日に、サナギの状態となり活動停止していたゴジラ・アンフィビアが外殻を剥がして変態した、ゴジラの第2形態。名前のテレストリスは、ラテン語で「陸生」の意味。<br>
　前脚は小さくなり後脚だけで立ち上がり二足歩行形態となっている。軟質の触手を体表から伸ばして自衛隊の砲弾を包み、爆発させて本体への衝撃を和らげるリアクティブアーマーのような防御能力を持ち、背ビレを青白く発光させながら口元に光の高熱リングを形成して吐き出す能力も見られる。角や尾ビレがなくなり頭部が小さくなっている。表皮は青い鱗状だが眉間から背ビレに沿って赤いラインがある。<br>
　青みがかった体色と恐竜のような体型が、『キングコングの逆襲』（1967年）に登場した恐竜ゴロザウルスに似ている。光輪を口から吐く特徴は、ゴジラの幼体であるミニラへのオマージュである。<br>
<br>
最強怪獣ゴジラ・ウルティマ<br>
　身長50～100m 以上。2030年8月21日の自衛隊の総攻撃を受けたゴジラ・テレストリスが、翌22日に変態して究極の姿となったゴジラの第3形態。名前のウルティマは、ラテン語で「終わり」を意味する。<br>
　千葉県逃尾市（にがしおし）で古くからその伝承が残っており、同市に太平洋戦争以前から存在する旧嗣野地区管理局電波観測所「ミサキオク」の地下には、ゴジラ・ウルティマの全身骨格が保管されていた。円城塔の小説版では、ゴジラ・ウルティマは当初このミサキオクにある同族の骨を完全破壊するために東京に上陸していたことが明らかにされた。<br>
　自衛隊との交戦中にゴジラ・テレストリスから変態し、分厚い鎧が蛇腹状に重なったような強固な外皮で自衛隊の砲撃を寄せ付けず、背ビレと口内を青白く光らせ、口の前方に7つの光輪を放射して重力レンズで空間を1ヶ所に収縮させ、光輪の中央を貫くように熱線を発射し、東京を一瞬で火の海に変えた。紅塵をともなう生物共通の特徴である何重にも生えた歯が口腔内にあり、上アゴより下アゴの方が横幅が大きく張り出している。<br>
　変態した直後はビルほどの大きさだったが、紅塵を吸収し続けて最終的に100m を超える巨体となった。人間ほどの大きさの巨大昆虫メガヌロンが背ビレ付近に寄生している。<br>
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電波怪獣ラドン<br>
　体高5m、翼長10m。白亜紀後期の翼竜ケツァルコアトルスに似た飛行する怪獣。千葉県逃尾市で古来から残る伝承の中では、ゴジラと共にその存在が認識されていた。デンキウナギなどに見られる発電器官に類似した層状組織が細胞内にあり、胃に対応する器官がない。細胞組織から放射性物質ラドンが検出されたことが報道される中で、いつの間にか「ラドン」と呼ばれるようになった。鳴き声を使って高周波の電磁波を発信し、自身も特定の波長に反応する。獰猛な性質で動物や人間を襲い、電波に反応して電柱のトランスなどの電波の流れるものや電磁波を出すものを襲撃する習性があり、高音にも反応する。<br>
　クチバシにはエラのような器官が発達しており、多数の歯が口腔内に密生している。後頭部のトサカは翼竜プテラノドンと同様に1本で、頭部や背ビレ、翼竜ランフォリンクスのような尻尾には半透明の被膜がある。<br>
　2030年7月6日以降に数頭が千葉県逃尾市周辺で確認され、20日に2万頭を超える群れが赤く染まった房総半島南部沖の海中から出現し、身体から紅塵をまき散らしながら房総半島を襲撃した。その後、マリアナ海溝から出現した群れが環太平洋全域の沿岸を襲撃し、30日には大西洋バミューダ海域から出現した別の群れがアメリカ西海岸のニューヨーク、ワシントンDC、シカゴ、中米、南米大陸東岸を襲撃した。出現する時期によって個体の大きさや頭部の形状、体内器官の構造などが違う。<br>
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ジェットジャガー<br>
　全高5.4m～。オオタキファクトリーが製造した搭乗型ロボット。オオタキファクトリーの社長である大滝吾郎が、「地球を守る活動」のために開発した。<br>
　当初は千葉県逃尾市の逃尾商店街の七夕祭りの出し物として、胸部のコクピットで操縦するアトラクション仕様であったが、ラドン戦においてタブレットからの遠隔操縦ができるようにユンによってプログラムが再設定された。<br>
　ラドン戦後に、損傷した下半身を作業用ロボットの三脚ホイールに接続し、バックパックには電波発信装置を取り付けた「ジェットジャガータンク」に改装された。アンギラス戦では捕鯨砲を武器として戦った。<br>
　その後、さらなる修理改良によって大型の脚部に換装して全高7m に大型化し、制御AI としてユングを移植して戦闘に特化した無人機ロボットにバージョンアップされた。ユングとして会話することもできる。<br>
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未来予知怪獣アンギラス<br>
　体高6m。ラドンの死体を求めて千葉県逃尾市に出現したと思われる、陸棲四足歩行の怪獣。背面部に大きな硬いトゲを無数に持ち、現実世界の生物の神経伝導速度では不可能な反応速度で動くことができる。前足は蹠行、後足は趾行と歩行形態が異なる独特な四肢を持ち、背中の装甲は尻尾の根元でツバメの尾羽根のように二股に分かれている。短時間で体長がさらに巨大化していた。最大の武器は、攻撃を受ける際に未来の危機を察知して体色が虹色に変化し、細かく背中のトゲを高速振動させることで敵の攻撃を跳ね返す能力と、高い跳躍力。<br>
　2030年8月にはアメリカのニューメキシコ州でも群れが確認された。ラドンと同様に、群れによってトゲの数や形状、皮膚などの形態が大きく違っている。<br>
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マンダ<br>
　全長210m。最高速力70ノット（時速約120km）で海中を泳ぎ、東京湾の浦賀水道沖で漁船を転覆させた、巨大なウミヘビのような海棲怪獣。東洋の龍に酷似した姿をしており、四肢と4本のツノ、2本の長いヒゲを持つ。全体的に爬虫類よりも魚類を彷彿とさせる形態だが、頭部付近についた短い前脚や赤いエラのような形状のヒレなどは、両生類のアホロートルを連想させるものとなっている。<br>
　2030年7月27日に複数の個体が房総半島沖とドーバー海峡に出現し、群れを成して周囲を紅塵に染めながら隅田川やテムズ川を遡上していった。長い尾を武器とし、浦賀水道沖では13頭の群れが出現して漁船や海上保安庁のヘリコプターなどを襲った。8月にはアメリカ西海岸にも群れが出現した。<br>
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再生怪獣クモンガ<br>
　全長2.8 m。2030年8月初めに東京湾沿岸の造船所に2体現れた虫型の怪獣。胴体部分が硬い甲殻に覆われて盛り上がり、クモというよりもヤシガニのような形態をしている。8本の脚のうち、特に巨大な2本の前脚は返しがついたトゲのような形状になっている。肉体を切断されても再生して活動を継続できる強い生命力を持ち、破壊された肉体を断面から溢れ出た体液で元の姿を形成させることもできる。その際に、ヘドラのような形状の新たな頭部と瞳が体液から形成されていた。群生して口から糸状の粘液を吐いて巣を作り、そこで捕らえた人間を繭のように糸で包み、体液を失ってミイラ化した状態の食料としてまとめて備蓄する。紅塵をまとわず、本作の中で唯一、人間を捕食する描写のあった怪獣。<br>
　怪獣の中で最も現実世界に適化した種であり、現実世界の物質（人間など）を摂取して生命活動ができる反面、現実世界の法則性に縛られている。<br>
　前脚がカマキリのように巨大な鋭い鎌状になった「カマンガ」形態、背中にトンボのような2対の羽を持ち飛行できる「ハネンガ」形態、クモンガ・カマンガ・ハネンガすべての性質を備える最強形態「ゼンブンガ」に変態できる。<br>
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モスラ<br>
　ゴジラウルティマが出現した時に、翼長15cm ほどの大量の小さな個体が、紅塵に染まった空を舞っていた。小説版には登場しない。<br>
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メガヌロン<br>
　ゴジラ・ウルティマの背ビレ付近に群生している、大人の人間ほどの大きさの巨大昆虫。<br>
　小説版には明確には登場しないが、「ゴジラの体表にはまた新たな怪獣の幼体たちの姿が見え」という描写が存在する。<br>
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サルンガ<br>
　体高7m、全長21m。シヴァ共同事業体が管理しているインド北方ウパラの研究施設の地下深くにあるアーキタイプ粒子の地底湖から出現した。<br>
　丸いイボに覆われた緑色の皮膚を持ち、ヒヒとトカゲをかけ合わせたような姿をした四足歩行の怪獣で、猿のように長い四肢を持ち、四足歩行やナックルウォーク、鉄骨を飛び移ってよじ登るなど極めて高い運動能力を示す。性格は獰猛で攻撃的。サルンガの出現に合わせて紅塵も上昇し、さらに紅塵を煙幕のように使って身を守る様子から、紅塵をコントロールする能力も推測される。紅塵のエネルギーを吸収して巨大化し、最終的には体高10m を超えていた。<br>
　名前の由来は、額の青い模様がヒンドゥー教の女神ヴィシュヌが使う天の弓「シャランガ」のように見えることから。<br>
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ブロブ / グレイグー<br>
　ゴジラと共に出現した、紅塵を吸収して成長する植物怪獣。これらが自生する空間では時空間に歪みが生じる。小説版には登場しない。<br>
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ロボゴジラ（ ROBOGODZILLA）<br>
　対怪獣用決戦兵器。ミサキオクで発掘されたゴジラの骨格をベースに人工兵器で武装し、電子頭脳で制御されている。その製造にはスティーヴン、海、葦原が関係している。最終話のラストシーンにのみ、まだ起動していない状態で登場した。<br>
　小説版には登場しないが、その代わりにエピローグで「三つの頭があってヒレが翼のように広がった金色の怪魚」が釣れたことを報じるスポーツ新聞の記事と、江戸時代末期の慶応二（1866）年に全身を固いウロコでおおわれたカメとイタチを合わせたような怪生物「豊年魚」が大坂の淀川に出現したことを報じる瓦版についての言及がある。<br>
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オーソゴナル・ダイアゴナライザー<br>
　シヴァ共同事業体が開発した、アーキタイプの「フェイズ13」の段階にある存在。触媒のような働きを持ち、他のアーキタイプを結晶に変質させて分解・消滅させる性質がある。怪獣に対する唯一の対抗策として考えられているが、完成形でなければ完全な結晶化はできない。<br>
　1954年版『ゴジラ』などに登場した超兵器オキシジェン・デストロイヤーに酷似した容器に入っており、略称も同じ「 OD」である。小説版では、オキシジェン・デストロイヤーとオーソゴナル・ダイアゴナライザーの関係が明らかにされている。<br>
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紅塵<br>
　複雑な構造を持つ分子が集合してできた赤い砂のような物体。活性状態と非活性状態を持ち、通常の生物種の代謝系との反応が確認されない。<br>
　後に、アーキタイプの13のフェイズのうち「フェイズ1」の段階のものであることが判明するが、サルンガがコントロールしたり、ラドンの生命活動を安定させるなど、ゴジラなどの怪獣がその巨大化した体躯と生態を維持するために必要なエネルギー源となっている。<br>
　日本では、ラドンが出現した逃尾市のある房総半島南部沖の海域を赤く染め、漁業や農業に深刻な被害を与えた。<br>
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アーキタイプ<br>
　紅塵を原料とする、従来の物理法則を超越した合成方法不明な新素材。強靭性や軽量性、優れた属性や剛性を備え、時には自己再生もすると言われ、エネルギー保存の法則を破るメカニズムを有する。時間逆行現象すら可能とする媒質で、過去へ送り込んだ光子を媒質に再度入射することでさらにエネルギーを増幅させることが可能とされており、李たちはこれを「葦原カスケード」と呼んでいる。<br>
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特異点（シンギュラポイント）<br>
　ラドンをはじめとする未知の怪獣や紅塵が出現する、地球上の物理法則の破綻した正体不明の地点。60年前にインド・ウパラにあるシヴァ共同事業体の地下洞窟で発見されたが封印されていた。<br>
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　……ヒエ～あいかわらず長くなってしまい大変に申し訳ございません！！<br>
　あの、ごくごく簡単な私的感想文みたいなもんは、また次回に、ほんとにさらっと。<br>
　やっと小説読めた……やっぱり円城塔はオモチロイなぁ！！<br>
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≪特別ふろく　更新しました！2025年度版・東宝怪獣の作品登場回数ランキング！！≫<br>
※2024年3月公開のハリウッド映画『ゴジラ×コング　新たなる帝国』までの歴代東宝特撮映画と東宝怪獣の登場する特撮作品（ TVアニメシリーズ『ゴジラ　シンギュラポイント』も含む）と、小説『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年10月刊）、『 GODZILLA　プロジェクト・メカゴジラ』（2018年4月刊）に複数回登場した怪獣をまとめ、その回数をランキング付けしています。<br>
※登場した作品によって性質が全く異なる怪獣であったとしても、同じ名前の場合は同じ怪獣として加算しています（例：宇宙超怪獣と超ドラゴン怪獣、護国聖獣み～んないっしょ）。<br>
※同じ作品内に複数個体登場した場合は「1回」とカウントしています（例：メガヌロンやカマキラスの群体、モスラの幼虫と成虫など）。<br>
※同じ「ゴジラの幼体」として登場するミニラとベビーゴジラは、性質の違いから別の怪獣として区別しています。<br>
※『ゴジラ　シンギュラポイント』に登場したゴジラ幼体の各形態は、そのモデルとなった東宝怪獣のリブート出演とみなしカウントします（チタノザウルス、バラン、ゴロザウルスとする）<br>
※『ゴジラ VS スペースゴジラ』（1994年）に登場したフェアリーモスラと、『ゴジラ　FINAL WARS』（2004年）に登場したモンスターX / カイザーギドラは、それぞれモスラとキングギドラの形態の一つと解釈して合算しています。<br>
※アニメ『 GODZILLA 』三部作に登場した異星人エクシフは X星人、ビルサルドはブラックホール第3惑星人として合算しています。<br>
※2019年以降に展開している上西琢也監督の『 G vs.G』シリーズおよび中川和博監督の『フェス・ゴジラ』シリーズへの出演はカウントしません。面白いですけど！<br>
※円谷プロのウルトラシリーズで有名な「東宝怪獣の着ぐるみの改造」によって造形された怪獣はカウントしませんが、『ウルトラQ 』第23話『南海の怒り』に登場した「大ダコ　スダール」だけは、改造もへったくれもなくまんま同じ形態なので、例外としてカウントに入れました。まぁ、ハレのピン仕事だし、いいじゃないの……<br>
※怪獣の名前の前につく肩書は、最初に登場した時のものを使用しています。<br>
※2018年までの時点で1作品にしか登場していない怪獣は省略しています（例：ショッキラス、サルンガなど）<br>
※過去作の映像の流用のみで新規撮影がない作品はカウントしていません。市販の玩具を利用して撮影された TVドラマ『ゴジラアイランド』（1997～98年放送）もカウントしていません。<br>
※アメリカ映画が発祥となっている怪獣キングコングは、東宝特撮映画もしくはゴジラと共演した作品のみをカウントしています。また、ゴジラが登場していないモンスター・ヴァース作品『キングコング　髑髏島の巨神』（2017年）出身の怪獣（スカルクローラーなど）は東宝怪獣とみなさずカウントしません。<br>
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第1位　水爆大怪獣ゴジラ（41作）<br>
　注意：ハリウッド映画『 GODZILLA』（1998年）に登場した怪獣は、強足怪獣ジラのほうに加算しています。あしからず……<br>
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第2位　巨大蛾怪獣モスラ（19作）<br>
　『モスラ』（1961年）、『モスラ対ゴジラ』（1964年）、『三大怪獣　地球最大の決戦』（1964年）『ゴジラ・エビラ・モスラ　南海の大決闘』（1966年）、『怪獣総進撃』（1968年）、『ゴジラ VS モスラ』（1992年）、『ゴジラ VS スペースゴジラ』（1994年）、『モスラ』（1996年）、『モスラ2　海底の大決戦』（1997年）、『モスラ3　キングギドラ来襲』（1998年）『ゴジラ・モスラ・キングギドラ　大怪獣総攻撃』（2001年）、『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ　東京SOS』（2003年）、『ゴジラ　FINAL WARS』（2004年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）、『 GODZILLA　プロジェクト・メカゴジラ』（2018年）、『 GODZILLA　星を喰う者』（2018年）、『ゴジラ　キング・オブ・モンスターズ』（2019年）、『ゴジラ　シンギュラポイント』（2021年）、『ゴジラ×コング　新たなる帝国』（2024年）<br>
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第3位　宇宙超怪獣キングギドラ（11作）<br>
　『三大怪獣　地球最大の決戦』（1964年）、『怪獣大戦争』（1965年）、『怪獣総進撃』（1968年）、『地球攻撃命令　ゴジラ対ガイガン』（1972年）、『流星人間ゾーン』（1973年）、『ゴジラ VS キングギドラ』（1991年）、『モスラ3　キングギドラ来襲』（1998年）、『ゴジラ・モスラ・キングギドラ　大怪獣総攻撃』（2001年）、『ゴジラ　FINAL WARS』（2004年）、『 GODZILLA　星を喰う者』（2018年）、『ゴジラ　キング・オブ・モンスターズ』（2019年）<br>
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同　スーパーロボット怪獣メカゴジラ（11作）<br>
　『ゴジラ対メカゴジラ』（1974年）、『メカゴジラの逆襲』（1975年）、『ゴジラ VS メカゴジラ』（1993年）、『ゴジラ×メカゴジラ』（2002年）、『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ　東京SOS 』（2003年）、『GODZILLA　怪獣惑星』（2017年）、『レディ・プレイヤー1』（2018年）、『 GODZILLA　プロジェクト・メカゴジラ』（2018年）、『GODZILLA　決戦機動増殖都市』（2018年）、『ゴジラ VS コング』（2021年）、『ゴジラ　シンギュラポイント』（2021年）<br>
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第5位　空の大怪獣ラドン（10作）<br>
　『空の大怪獣ラドン』（1956年）、『三大怪獣　地球最大の決戦』（1964年）、『怪獣大戦争』（1965年）、『怪獣総進撃』（1968年）、『ゴジラ VS メカゴジラ』（1993年）、『ゴジラ　FINAL WARS』（2004年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）、『 GODZILLA　プロジェクト・メカゴジラ』（2018年）、『ゴジラ　キング・オブ・モンスターズ』（2019年）、『ゴジラ　シンギュラポイント』（2021年）<br>
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第6位　暴竜アンギラス（8作）<br>
　『ゴジラの逆襲』（1955年）、『怪獣総進撃』（1968年）、『地球攻撃命令　ゴジラ対ガイガン』（1972年）、『ゴジラ対メガロ』（1973年）、『ゴジラ対メカゴジラ』（1974年）、『ゴジラ　FINAL WARS』（2004年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）、『ゴジラ　シンギュラポイント』（2021年）<br>
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第7位　知的宇宙人 X星人（7作）<br>
　『怪獣大戦争』（1965年）、『ゴジラ　FINAL WARS』（2004年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）、アニメ『 GODZILLA 』三部作（2017～18年）、『 GODZILLA　プロジェクト・メカゴジラ』（2018年）<br>
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同　大宇宙ブラックホール第3惑星人（7作）<br>
　『ゴジラ対メカゴジラ』（1974年）、『メカゴジラの逆襲』（1975年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）、アニメ『 GODZILLA 』三部作（2017～18年）、『 GODZILLA　プロジェクト・メカゴジラ』（2018年）<br>
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第9位　海魔　大ダコ（6作）<br>
　『キングコング対ゴジラ』（1962年）、『フランケンシュタイン対地底怪獣』（1965年）、『フランケンシュタインの怪獣　サンダ対ガイラ』（1966年）、『ウルトラQ 』（1966年）、『戦え！マイティジャック』（1968年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）<br>
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同　守護龍マンダ（6作）<br>
　『海底軍艦』（1963年）、『怪獣総進撃』（1968年）、『ゴジラ　FINAL WARS』（2004年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）、『 GODZILLA　プロジェクト・メカゴジラ』（2018年）、『ゴジラ　シンギュラポイント』（2021年）<br>
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同　大グモ怪獣クモンガ（6作）<br>
　『怪獣島の決戦　ゴジラの息子』（1967年）、『怪獣総進撃』（1968年）、『ゴジラ　FINAL WARS』（2004年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）、『 GODZILLA　プロジェクト・メカゴジラ』（2018年）、『ゴジラ　シンギュラポイント』（2021年）<br>
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同　原始怪獣ゴロザウルス（6作）<br>
　『キングコングの逆襲』（1967年）、『怪獣総進撃』（1968年）、『行け！ゴッドマン』（1972～73年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）、『 GODZILLA　プロジェクト・メカゴジラ』（2018年）、『ゴジラ　シンギュラポイント』（2021年）<br>
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第13位　妖虫メガヌロン、古代昆虫メガニューラ、超翔竜メガギラス（5作）<br>
　『空の大怪獣ラドン』（1956年）、『ゴジラ×メガギラス　G消滅作戦』（2000年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）、『 GODZILLA　プロジェクト・メカゴジラ』（2018年）、『ゴジラ　シンギュラポイント』（2021年）<br>
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同　地底怪獣バラゴン（5作）<br>
　『フランケンシュタイン対地底怪獣』（1965年）、『怪獣総進撃』（1968年）、『ゴジラ・モスラ・キングギドラ　大怪獣総攻撃』（2001年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）、『 GODZILLA　プロジェクト・メカゴジラ』（2018年）<br>
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同　かまきり怪獣カマキラス（5作）<br>
　『怪獣島の決戦　ゴジラの息子』（1967年）、『ゴジラ・ミニラ・ガバラ　オール怪獣大進撃』（1969年）、『ゴジラ　FINAL WARS』（2004年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）、『 GODZILLA　プロジェクト・メカゴジラ』（2018年）<br>
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同　ちびっこ怪獣ミニラ（5作）<br>
　『怪獣島の決戦　ゴジラの息子』（1967年）、『怪獣総進撃』（1968年）、『ゴジラ・ミニラ・ガバラ　オール怪獣大進撃』（1969年）、『行け！グリーンマン』（1973～74年）、『ゴジラ　FINAL WARS』（2004年）<br>
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同　サイボーグ怪獣ガイガン（5作）<br>
　『地球攻撃命令　ゴジラ対ガイガン』（1972年）、『ゴジラ対メガロ』（1973年）、『流星人間ゾーン』（1973年）、『ゴジラ　FINAL WARS』（2004年）、『 GODZILLA　プロジェクト・メカゴジラ』（2018年）<br>
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第18位　むささび怪獣バラン（4作）<br>
　『大怪獣バラン』（1958年）、『怪獣総進撃』（1968年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）、『ゴジラ　シンギュラポイント』（2021年）<br>
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同　大怪力怪獣キングコング（4作）<br>
　『キングコング対ゴジラ』（1962年）、『キングコングの逆襲』（1967年）、『ゴジラ VS コング』（2021年）、『ゴジラ×コング　新たなる帝国』（2024年）<br>
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同　人造人間フランケンシュタイン、サンダ、ガイラ（4作）<br>
　『フランケンシュタイン対地底怪獣』（1965年）、『フランケンシュタインの怪獣　サンダ対ガイラ』（1966年）、『行け！ゴッドマン』（1972～73年）、『行け！グリーンマン』（1973～74年）<br>
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同　凶悪怪獣ガバラ（4作）<br>
　『ゴジラ・ミニラ・ガバラ　オール怪獣大進撃』（1969年）、『行け！ゴッドマン』（1972～73年）、『行け！グリーンマン』（1973～74年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）<br>
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同　大亀怪獣カメーバ（4作）<br>
　『ゲゾラ・ガニメ・カメーバ　決戦！南海の大怪獣』（1970年）、『行け！ゴッドマン』（1972～73年）、『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ　東京SOS 』（2003年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）<br>
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同　強足怪獣ジラ（4作）<br>
　『 GODZILLA』（1998年）、『ゴジラ　FINAL WARS』（2004年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）、『 GODZILLA　プロジェクト・メカゴジラ』（2018年）<br>
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第24位　ロボット怪獣モゲラ（3作）<br>
　『地球防衛軍』（1957年）、『ゴジラ VS スペースゴジラ』（1994年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）<br>
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同　巨大エビ怪獣エビラ（3作）<br>
　『ゴジラ・エビラ・モスラ　南海の大決闘』（1966年）、『ゴジラ　FINAL WARS』（2004年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）<br>
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同　公害怪獣ヘドラ（3作）<br>
　『ゴジラ対ヘドラ』（1971年）、『ゴジラ　FINAL WARS』（2004年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）<br>
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同　昆虫怪獣メガロ（3作）<br>
　『ゴジラ対メガロ』（1973年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）、『 GODZILLA　プロジェクト・メカゴジラ』（2018年）<br>
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同　電子ロボット　ジェットジャガー（3作）<br>
　『ゴジラ対メガロ』（1973年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）、『ゴジラ　シンギュラポイント』（2021年）<br>
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同　伝説怪獣　キングシーサー（3作）<br>
　『ゴジラ対メカゴジラ』（1974年）、『ゴジラ　FINAL WARS』（2004年）、『 GODZILLA　プロジェクト・メカゴジラ』（2018年）<br>
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同　恐竜怪獣　チタノザウルス（3作）<br>
　『メカゴジラの逆襲』（1975年）、『 GODZILLA　プロジェクト・メカゴジラ』（2018年）、『ゴジラ　シンギュラポイント』（2021年）<br>
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同　ベビーゴジラ、リトルゴジラ、ゴジラジュニア（3作）<br>
　『ゴジラ VS メカゴジラ』（1993年）、『ゴジラ VS スペースゴジラ』（1994年）、『ゴジラ VS デストロイア』（1995年）<br>
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同　ゴジラ細胞生物セルヴァム（3作）<br>
　アニメ『 GODZILLA 』三部作（2017～18年）<br>
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第33位　南極怪獣マグマ（2作）<br>
　『妖星ゴラス』（1962年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）<br>
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同　宇宙大怪獣ドゴラ（2作）<br>
　『宇宙大怪獣ドゴラ』（1964年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）<br>
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同　怪鳥　大コンドル（2作）<br>
　『ゴジラ・エビラ・モスラ　南海の大決闘』（1966年）、『 GODZILLA　プロジェクト・メカゴジラ』（2018年）<br>
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同　合成怪獣グリホン（2作）<br>
　『緯度0大作戦』（1969年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）<br>
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同　大いか怪獣ゲゾラ（2作）<br>
　『ゲゾラ・ガニメ・カメーバ　決戦！南海の大怪獣』（1970年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）<br>
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同　大蟹怪獣ガニメ（2作）<br>
　『ゲゾラ・ガニメ・カメーバ　決戦！南海の大怪獣』（1970年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）<br>
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同　バイオ怪獣ビオランテ（2作）<br>
　『ゴジラ VS ビオランテ』（1989年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）<br>
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同　魔獣バトラ（2作）<br>
　『ゴジラ VS モスラ』（1992年）、『 GODZILLA　プロジェクト・メカゴジラ』（2018年）<br>
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同　完全生命体デストロイア（2作）<br>
　『ゴジラ VS デストロイア』（1995年）、『 GODZILLA　プロジェクト・メカゴジラ』（2018年）<br>
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同　魔海獣ダガーラ（2作）<br>
　『モスラ2　海底の大決戦』（1997年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）<br>
<br>
同　宇宙怪獣オルガ（2作）<br>
　『ゴジラ2000　ミレニアム』（1999年）、『 GODZILLA　怪獣黙示録』（2017年）<br>

]]></description>
   <category>特撮あたり</category>
   <dc:date>2025-07-10T20:46:12+09:00</dc:date>
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   <title>あらためて立ち返ろう読書メモ　小説シム・フースイ Version 5.0『絶の島事件』</title>
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   <description>
<![CDATA[
　あぢぢぢぢ～。みなさまどうもこんばんは、そうだいでございます。<br>
　いよいよ始まっちゃいましたね、7月が！　東北はまだ梅雨明けしてないんですが、日本の半分くらいはもう明けて夏に入ってるということで、猛暑日のニュースが毎日続いてますねぇ。こっから10月くらいまでが長いんだよなぁ！<br>
　つい昨日のことなんですが、私の住む山形市の周辺でもものすんごいゲリラ豪雨が発生したそうで。私の自宅ではなんにも影響がなかったのですが、つい隣の市では道が冠水とか停電とか、ものすごかったそうです。でもいかんせん予測しづらいんでね……臨機応変に対処するしかありませんか。<br>
<br>
　ちょうど、全国ニュースにもなったそのゲリラ豪雨が起きていた頃、私は映画館にいて、遅ればせながらデミ＝ムーア主演の話題の映画『サブスタンス』を観ていました。<br>
　いや～、なかなかエッジのきいた映画ですばらしかったです！　途中から、「これ漫☆画太郎先生の『ババアゾーン』の映画化だっけ？」と錯覚してしまうような凄惨な地獄絵図が繰り広げられていたのですが、もういくとこまでいって笑うしかないことになっちゃってましたね。デミ＝ムーアさんの女優根性は5大陸に鳴り響くでぇ！<br>
　内容はほんとに、『笑ゥせぇるすまん』とか『アウターゾーン』の一話でもおかしくないような因果応報の幻想譚なのですが、主人公の破滅の仕方のしつっこさがさすがハリウッドというか、徹底的な感じだったので、その突き抜け感があっぱれでしたね。いろいろツッコミたいところもあるのですが、メインの女優さん2人の全力演技とスピード感で押し切った感じ。<br>
　よくよく見るとキューブリック監督の『シャイニング』（1980年）オマージュも露骨だし、画面が真っ赤に染まるクライマックスもピーター＝ジャクソン監督の『ブレインデッド』（1992年）で観たことのある風景だし、比較するのはかわいそうですがデイヴィッド＝リンチほどの映像美学も感じはしなかったものの、途中から迷走しまくりだったアリ＝アスター監督の『ボーはおそれている』よりもずっとわかりやすくて好感の持てる一本槍スタイルだったので、スッキリ爽快な後味でした。でも、私が観た回は「終映時刻18:30」だったんですよね……夕飯の食欲わかねぇ～！！<br>
　そういえば、最近は私、観る映画観る映画、客層が同世代かそれ以上の方々ばっかりで「わしも歳をとったのう……」とか慨嘆していたのですが、この『サブスタンス』を私が観た時の客層はみごとに私以外全員10～20代のわこうどばっかりで（そして8割女子）、しかも「わたし芸術系の大学生ですが、なにか……？」みたいなとんがった1人客が多かったので、日本の未来も明るいなと思いました。みんな、ルサンチマンもってこぉぜぇ！！<br>
<br>
　さて、そんな前置きはさておきまして、今回はいよいよ、えっちらおっちら問はず語りで続けてきた「荒俣宏の『帝都物語』関連小説を読む」企画の中の風水ホラー小説「シム・フースイ」シリーズを読んでいく記事の最終回となります！　いや～ついにここまできちゃいましたか！<br>
　そういえば、このシリーズのレギュラーヒロインの有吉ミヅチさんも、ほんとにいたら絶対に『サブスタンス』観てるような気がする……ミヅチさんは1971年生まれだそうですから、もし実際に生きていたら54歳ですか。どこで何してるんだろうねぇ。<br>
<br>
<br>
シム・フースイ Version 5.0『絶の島事件』（1999年10月）<br>
　『絶の島事件』（たえのしまじけん）は、荒俣宏の風水ホラー小説。「シム・フースイ」シリーズの第5作。1999年に『鳥羽ミステリー紀行　どおまん・せいまん奇談』という題名で出版社ゼスト（ゲーム会社アートディンクの子会社）から単行本が出版され、2001年9月に角川書店角川ホラー文庫で文庫化された。<br>
　本作は、2025年5月時点では「シム・フースイ」シリーズの最終作となっている。<br>
　本作に『帝都物語』シリーズの登場人物は再登場しないが、主人公・黒田龍人の祖父・黒田茂丸が、幼少期の龍人に「気をつけろ。ドーマンセーマンに。この印をもつ者に、気をつけろ。」と語ったエピソードや、魔人・加藤保憲が使っていたと思われる五芒星の縫い取られたハンカチを黒田家が所有しているという言及がある。<br>
<br>
あらすじ<br>
　絶の島（たえのしま）。400年前に地震のため鳥羽の海に消えた、幻の島。<br>
　1999年6月。この島を探し出してほしいとの依頼を受けた風水師・黒田龍人は、現地で九鬼水軍が残したといわれる秘宝の謎に巻き込まれる。果たして龍人と助手ミヅチは「どおまん・せいまん」の謎を解き、秘宝を見つけ出すことができるのか。<br>
<br>
<br>
おもな登場人物<br>
中村　元<br>
　三重県鳥羽市の鳥羽水族館企画室長で、鳥羽水族館創設者の中村幸昭（はるあき）の娘婿。古代からの風水伝承をテーマにした鳥羽市の町おこしキャンペーンの監修を黒田龍人に依頼する。真夏日にもスーツとネクタイを欠かさない、よく日焼けした角ばった顔の小柄な紳士（ミヅチよりも背が低い）。個人的に5千万円の借金に苦しんでおり、そのために鳥羽湾内にある小島「ミキモト真珠島（旧名・相島）」にある「真珠博物館」で発生した宝石盗難事件の被疑者の一人として鳥羽署にマークされている。もとは鳥羽水族館でアシカやイルカ、スナメリのトレーナーをしていた。<br>
<br>
志多　勝彦（しだ　かつひこ）<br>
　鳥羽駅前のショッピングビル「鳥羽一番街」社長。丸顔で嫌味の無い若手経営者。警察沙汰を起こしながらも強引に町おこしキャンペーンを進める中村を不安視している。<br>
<br>
松月　清郎<br>
　真珠博物館の学芸員。銀縁のメガネをかけている温厚そうな顔だちの男。江戸川乱歩の研究も行っており、乱歩が1936年に鳥羽の海女を撮影したフィルム映像に映り込んだ「2人の少女」の謎を解明しようとする。<br>
<br>
野町　貴子<br>
　真珠博物館の学芸員。中村と交際しているという噂が立っており、そのために中村の宝石盗難の共犯ではないかと鳥羽署に疑われている。<br>
<br>
岩田　貞雄<br>
　伊勢神宮の図書館「神宮文庫」に勤務する神道研究家で、鳥羽市の歴史に詳しい生き字引。江戸川乱歩と親交のあった画家で民俗学研究家の岩田準一（1900～45年）の次男。準一は竹久夢二（1884～1934年）の弟子であり、鳥羽の真珠島をモデルとした乱歩の中編探偵小説『パノラマ島奇談』（1926～27年連載）の挿絵を担当しており、乱歩がプライベートで鳥羽の海女を撮影したフィルム映像にも一緒に映っている。<br>
<br>
黒田　龍人（くろだ　たつと）<br>
　本シリーズの主人公。1958年7月生まれの痩せた、切れ長な一重まぶたの目の男性。「都市村落リゾート計画コンサルタント」として東京都中央区九段の九段富国ビル5階1号で事務所「龍神プロジェクト」を開いているが、インテリアデザイナーとして風水の鑑定も行っている。風水環境をシミュレーションできるコンピュータプログラム「シム・フースイ」の開発者の一人。黒が好きで、黒い長髪に黒いサマーセーター、黒のサンドシルクズボンに黒のレイバンサングラスで身を固めている。喫煙者。事務所を離れる時もノートパソコンを持ち歩いてシム・フースイで調査する。その他に風水調査のために小型の望遠鏡も携帯している。異変が起きた際には、魔物を調伏するという仏法と北の方角の守護神・毘沙門天の真言を唱える。<br>
　夏場は常にエアコンで室温を20℃に設定して仕事をする。1995年頃から、地上げや土地競売にまつわるトラブル、大手ゼネコン株で失敗しサラ金破産で危機に陥った人々を救う仕事も行っている。スクーバダイビングを40、50回行った経験がある。<br>
<br>
有吉　ミヅチ（ありよし　みづち）<br>
　黒田の4年来のパートナーで「霊視」の能力を有する女性。1971年2月生まれ。北海道余市市（架空の自治体だが北海道余市町は実在する）の出身だが、自分の素性は龍人にも話さない。その霊能力の維持のために自らに苦痛を課す。病的に痩せた体形で、龍人と同じように黒を好み、黒いセーターに黒のミニスカートもしくは黒タイツをはいている。髪型は刈り上げに近い短髪。常に青白い顔色で薄紫色の口紅を塗っている。胸に七支刀をデザインした銀のペンダントをつけている。いわゆる霊道や都会の猫道、野生の獣道を感知する能力に長け、それらの道をなんなく踏破できる非常に高い運動能力とバランス能力の持ち主。仏法と北の方角を守護する神・毘沙門天に仕える巫女で、自身を鬼門封じの武神・弁財天の生まれ変わりだと信じている。龍人の仕事の手伝いはしているが、風水の効能はあまり信じていない。<br>
　現在は2代目にあたる黒猫のお通（おつう）を飼っている。鬼神を捕縛する武器として、人間の女性の黒髪で編み上げたロープを携行している。<br>
　江戸川乱歩が好き。エアコンの冷気が嫌い。右手首に、龍人から受けたストレスのために自傷したリストカット跡が2本ある。<br>
<br>
橋本　ミチ<br>
　鳥羽湾最大の島・答志島の和具港に住む海女。夫の太一とアワビ採り漁をしていた際に妖怪ともかづきに出遭う。<br>
<br>
目崎博士<br>
　毎年夏に伊勢湾の神島に滞在して、伊勢湾の海底地形や絶の島の推定地を調査している M大学の地形学教授。スクーバダイビングの経験が豊富で、鳥羽の地理と歴史に詳しい。大柄でたくましい体格で、手入れをしていない白髪まじりの頭髪の中年男。青みがかった目をしていて、笑うとえくぼができる。探検帽に探検靴、ちゃんちゃんこのような青のベストにカーキ色の半ズボンを着て、常に虹色に輝く偏光サングラスをかけている。心理療法の一種である「変性意識療法」への造詣が深い。最新のコンピュータ技術の教育にも熱心で、神島の神島小学校（全校生徒24名）に通信回線をつなぎ、テレコングレス（テレビ電話を使ったヴァーチャル会議）も可能なコンピュータ端末と大型液晶スクリーンを導入して生徒への指導にあたっており、NHK のTV番組にも出演した経験がある。<br>
<br>
<br>
おもな用語解説<br>
ともかづき<br>
　三重県鳥羽市や志摩市で伝承される海の妖怪。名前は同地方の古い方言で「一緒に潜水する者」の意味。<br>
　ともかづきは、海女などの海に潜る者そっくりに化けて一緒について来るという。ともかづきに遭遇するのは曇天の日といわれる。ともかづきは海女を暗い場所へ誘ったりアワビを差し出したりする。この誘いに乗ると命が奪われると恐れられている。また、ともかづきは蚊帳のような被膜をかぶせて海女を苦しめるともいい、ある海女は持っていたノミで無我夢中にこの膜を破って助かったという伝承もある。ともかづきが出たという話を聞くと、近隣一帯の村の海女たちは2,3日海に潜らなくなるほど、ともかづきは大変に恐れられていたという。<br>
　海女たちはこの怪異から逃れるために、五芒星と格子の模様を描いた「ドーマンセーマン」と呼ばれる魔除けを描いた衣服や手ぬぐいを身につける。ドーマンセーマンは、陰陽道で知られる安倍晴明や蘆屋道満に由来するともいわれるが、トモカヅキとの関連性はよくわかっていない。<br>
　ともかづきは溺れ死んだ海女の亡霊とされているが、科学的には過酷な長時間の海中作業によって陥る譫妄症状ではないかと言われ、イルカの一種で体色の白いスナメリの見間違いではないかという説もある。ともかづきと同様の怪異は静岡県南伊豆町や福井県坂井市の海女のあいだでも伝承されているが、共通して海女が大勢で作業を行なっている際には一切出現せず、単独作業を行なっている時にのみ現れるという。<br>
　本作では頭から足先まで真っ白な姿で常に笑い顔を浮かべながら出現する。<br>
<br>
しろんご祭り<br>
　三重県鳥羽市の伊勢湾にある菅島で受け継がれている、海女の伝統行事。毎年7月11日に開催され、海女らが雌雄つがいのアワビ「まねきあわび」を誰が一番早く獲れるかを競い、勝者は1年間菅島の海女頭になれる。獲ったアワビは、神域として一年を通じて禁漁区に指定されている白浜（通称しろんご浜）の丘の上に鎮座する白髭神社（しらひげじんじゃ　通称しろんごさん　菅島神社の境外社）に奉納され、海上の無事安全と豊漁が祈願される。ちなみに、まねきあわびは生物学的な雌雄つがいではなく、メガイアワビを雌貝、クロアワビを雄貝とする。メガイアワビの数は他のアワビに比べて極端に少ないため採取が難しい。<br>
　白髭神社の祭神・白髭明神は日本神話の神・猿田彦であるとされ、猿田彦には伊勢国阿邪訶（あざか　現・三重県松阪市）の海で漁をしていた時に比良夫貝（ひらふがい）に手を挟まれ溺れたという伝承があることから、海女を守護する神とされている。本作では、白髭神社の「白（しら）」が古代朝鮮半島の新羅王国（現地語でシラ）と通じることから、猿田彦も中国大陸南部から渡来して海女文化を伊勢国に広めた先住民「安曇族」が信仰していた外来神だった可能性を示唆している。<br>
<br>
日和見師（ひよりみし）<br>
　江戸時代に伊勢湾に面する鳥羽の日和山に立ち、海の状態を観察して、そこを航行する帆船「千石船」に明日の天候と海況を予報していた専門職集団。日和見師のルーツは江戸時代以前に天候を予測していた古代の陰陽師や聖（日知り）にさかのぼり、航海術や地相占術を受け継ぐ風水師の役割も果たしていた。<br>
<br>
九鬼　嘉隆（くき　よしたか　1542～1600年）<br>
　戦国時代に九鬼水軍の棟梁となり、豊臣政権の有力大名として朝鮮半島にまで遠征した武将。関ヶ原合戦で西軍についた責めを負って自害した際に、九鬼家の居城・鳥羽城のあった鳥羽湾の中でも最大の島である答志島の山上に首が埋められたとされ、嘉隆は現在も鳥羽の守護神として崇敬されている。答志島には嘉隆の首塚の他にも「胴塚」や「血洗い池」の史跡が残っている。<br>
<br>
九鬼家<br>
　南北朝時代の貞治年間（1362～66年）に、紀伊国熊野から鳥羽に北上してきたといわれる海賊党。紀伊国にいた頃は熊野神宮や修験道に関わりがあり、捕鯨技術を持った海の民であった可能性が高い。九鬼家第十一代当主・嘉隆の時に伊勢国司・北畠具教の攻撃を受けて鳥羽から三河国に亡命したが、織田家の水軍棟梁として躍進し、志摩一国の大名として返り咲いた。嘉隆は関ヶ原合戦で西軍についたために戦後に答志島で自害したが、嘉隆の次男・守隆が徳川家に従ったことで九鬼家は志摩鳥羽藩の藩主として存続した。九鬼家が海賊だった時代に集めた財宝が鳥羽の島々のどこかに隠されているという伝説が残っている。<br>
<br>
絶の島（たえのしま）<br>
　別名「鯛ノ島」。戦国時代の天文六（1537）年の三河大地震と翌年の熊野大地震によって水深10～15m の海底に沈んだという言い伝えが残る、直径2km ほどの島。伊勢湾の島々の中でも最も本土から遠い神島（かみしま　三島由紀夫の小説『潮騒』の舞台として有名）の、南の沖10km の地点にあったといわれ、かつては神島と砂州でつながり、鳥羽湾から見て神島の玄関口のような役割を果たしていたとみられる。絶の島の伝承は神島に多く残っており、神島は鳥羽湾や伊勢神宮から見て鬼門にあたる北東に位置するため、絶の島にも伊勢・志摩国全体の鬼門封じの役割があったと思われる。<br>
<br>
あわ（輪）<br>
　伊勢湾の神島にある八代神社で、毎年元旦の未明に行われる伝統行事「げーたー祭り」で使用される、浜グミを丸めて白布で巻いた直径2m ほどの輪のことで、東から昇る太陽を象徴しているとされる。神島は、古代日本の神聖な場所である伊勢の旧斎宮、三井寺、大和の三輪山、仁徳天皇陵、天武・持統両天皇陵、淡路島をつなぐ龍脈「太陽の道」の東端にあたり、地形学でいう「中央構造線」と重なっている。<br>
<br>
蘇民将来（そみんしょうらい）<br>
　8世紀初期に編纂された『備後国風土記』に登場する人物であり、日本各地にその説話と民間信仰が広まっている。主にスサノオ（牛頭天王）を祀る神社で「蘇民将来」の名の記された護符と八角形の柱が伝わっており、災厄や疫病を祓い福を招く神として信仰されている。陰陽道では「天徳神」と同一視されている。蘇民将来と牛頭天王の信仰は、陰陽師の賀茂家によって播磨国から大和国、山城国に伝播し、紀伊国から熊野街道を通って伊勢国に伝わったといわれ、民衆は蘇民将来の子孫であることを示すために茅の輪を身に着けていたという。この信仰は現在も、鳥羽の海女が魔除けに使う九字切りやドーマンセーマン、神島のげーたー祭りのあわなどに残っているとされている。<br>
<br>
亀卜（きぼく / かめうら）<br>
　古代中国大陸の陰陽学と道教を起源とする占術。天武天皇（？～686年）が在位五（676）年に陰陽寮を開設して日本独自の陰陽道を創始した以前に、卑弥呼（170？～248年）の時代から日本に渡来して、古代天皇家を支える「亀卜師（きぼくし）」として存在していた。かつて亀卜に使われるウミガメの甲羅は対馬国沖の神聖な海域で獲られていたが、垂仁天皇の時代（3世紀後半～4世紀前半）に伊勢神宮が創建されてからは、伊勢国の鳥羽沖で獲られたウミガメを使用するようになっていた。その歴史の古さから、古代朝廷では陰陽寮の占術よりも亀卜による神託を重んじていたという。<br>
<br>
九字切り（くじぎり）<br>
　修験道に伝わる、遠くにいる敵を呪力で倒すための秘法。「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」の九字を四縦、五横に切る。<br>
<br>
法師陰陽師（ほうしおんみょうじ）<br>
　播磨国の六甲山を発祥とする、僧形の修験者集団。古代朝廷は日本の陰陽道を独占するために陰陽寮の官人のみに陰陽師を限定し、もともと中国大陸で陰陽学を伝えていた僧侶が陰陽師になることを禁止したが、朝廷の傘下に入ることを嫌った呪術師たちが法師陰陽師となり、民間に陰陽道を伝えていくようになった。陰陽寮の陰陽師である安倍晴明（921～1005年）のライバルであったという芦屋道満（958？～1009年以降）は、この法師陰陽師の頭目であったという。<br>
<br>
法道仙人<br>
　6～7世紀ごろにインドから中国大陸、朝鮮半島を経由して日本に渡来したという伝説の仙人。鉄の宝鉢を持ち、鉢を飛ばしてお布施を集める「飛鉢の法」を会得していたことから「空鉢（くはつ）」もしくは「空鉢仙人（からはちせんにん）」とも呼ばれる。播磨国の六甲山を中心に、六甲比命大善神社や吉祥院多聞寺など数多くの寺社の開山・開基として名を遺し、関東地方でも鉢山町や神泉町などの地名が法道に由来するといわれる。日本に渡る際に牛頭天王と共に渡ったとされる。芦屋道満はこの法道仙人の弟子であるという伝承が残っている。<br>
<br>
土圭（とけい）<br>
　古代中国大陸の風水師が宮殿を建てる位置を決定するために発明した、太陽の方位を測る器材。L字型の指金のような形をしており、8尺（約24cm）の長い目盛付きの尺を垂直に立てて1尺5寸（約4.5cm）の短い尺を大地に寝かせ、夏至の日に南中する太陽がつくる長い尺の影が短い尺と重なる地点を、世界を支配できる王宮の建つべき「地中」としていた。地中に選ばれる位置は必ず「北緯34度32分」になるといわれ、実際に、中国大陸の歴代古代王朝の首都となった西安、洛陽、北京はことごとくこの緯度の付近にあるという。また、この緯度は古代日本の龍脈「太陽の道」とも一致する。<br>
<br>
ドーマンセーマン<br>
　五芒星の形をした魔除けの印。ほぼ世界共通に存在し、もともとは人をとり殺す魔力を持つ「邪眼」に睨みつけられた時、その視線をそらすために使われた。日本では、史上最大の陰陽師で土御門家の開祖である安倍晴明にちなみ「晴明判」と呼ばれる。ドーマンセーマンとは紀伊国とその周辺地域で使われる言葉で、「ドーマン」は、これも有名な法師陰陽師である芦屋道満、「セーマン」は晴明のことといわれる。六芒星や籠目もドーマンセーマンの類のものである。<br>
<br>
六芒星（ペンタグラマ）<br>
　同じ籠目型の呪符であっても、ドーマンセーマンのような五芒星とは別種のものである。2つの三角形を上向きと下向きとで組み合わせた六芒星は、日本では籠目の他に古代ユダヤ教の「ダビデの星」の意味も含む。強力な魔除けとなる呪符で、数秘学的に見ると6は完全数すなわち万能の霊力を持っている。<br>
<br>
ミルトン・ハイランド＝エリクソン（1901～80年）<br>
　アメリカの精神科医、心理学者で、催眠療法家として知られる。アメリカ臨床催眠学会の創始者で初代会長を務めた。催眠の臨床性・実践性向上のため精力的にワークショップを開き世界各国を行脚した。精神療法に斬新な手法を用いたことで知られ、「ユーティライゼーション（利用できる物はなんでも利用する）」をモットーとした臨機応変・変化自在な技法を用いて、その名人芸は「魔術師」とも呼ばれた。被験者ごとに異なるアプローチを行うべきだという信念から、振り子やコインといった特別な道具は一切使わず、技法の体系化は好まなかった。魅惑（不思議な体験）、嚇し（物理的なショック）、繰り返しによる疲労といった手法により、被験者の意識と身体を麻痺させて無意識の扉を開くカタレプシー（硬直）を利用した催眠療法を創始した。<br>
<br>
<br>
　……相変わらず基本情報がめっちゃくちゃ膨大になってしまって申し訳ないのですが、最終作なんだもの、このくらいまでふくらみもしますよ！<br>
<br>
　ということでありまして、2025年6月現在、荒俣先生の「シム・フースイ」シリーズは続刊が途絶えておりますので、この第5作が実質最終作ということになっております。<br>
　そして、当然ながら荒俣先生の『帝都物語』関連の小説はこれ以降も陸続と執筆されてはいくのですが、どうやら「作中の時間軸」という見方でいきますと、本作の「1999年」よりも後の時代設定になっている作品は無いようなんですね。ぜんぶが『帝都物語』以前の前日譚になっているようなんです。そして『帝都物語』の<a href="https://blog.goo.ne.jp/remade-berokron2/e/9029d797d012d56e52df70b9a50bb7dd">『未来宮篇』</a>以降も<a href="https://blog.goo.ne.jp/remade-berokron2/e/433391629ee0aa3356f9ac34f5244f4d">『帝都物語外伝　機関童子』</a>も、時間軸は「1998年」でしたから。<br>
　あっ、でも、平成版と令和版の『妖怪大戦争』2作と京極夏彦先生のやつが、いちおう魔人・加藤が出てくるから続編になんのかな。でも、あのへんは荒俣先生の小説ありきの話じゃないからな（ノベライズはあるけど）……果たして、あの令和版『妖怪大戦争』の続きはあるんだろうか？　う～ん。<br>
<br>
　え～、じゃあこの『絶の島事件』が、あの長大なる『帝都物語』サーガの「実質最終章」になるってわけ！？　いいんですか、そんな超重要な立ち位置で……<br>
<br>
　そうなんです、この作品、「シム・フースイ」シリーズ＆『帝都物語』サーガの最終作というにはあまりにもあっけらかんとした、「黒田龍人、鳥羽にてちょっとした小事件に巻き込まれてタイヘンの巻」みたいなスケールのお話になっているんですよ！　え？　ミヅチさんはどこだって？　最後にちょろっと鳥羽にやって来るだけで、出番ほとんどない。<br>
<br>
　な、なんちゅうこっちゃ……これ、まさに「番外編」といった感じの、のほほんミステリ紀行じゃないか！　タイトルに「殺人」がついてない時点でヤな予感がしてたんだよ……たいしたことない事件だなって。<br>
<br>
　ただ、こんな私の物言いから勘違いしないでいただきたいのは、この『絶の島事件』、決して面白くないわけじゃないんです。少なくとも、<a href="https://blog.goo.ne.jp/remade-berokron2/e/7f88f9827d028d14e82c8e9d9ea9ce6f">前作『闇吹く夏』</a>よりは内容にけれん味もあるしオカルト要素もふんだんに配置されているので楽しい小説なんですよ。事件のスケールはシリーズ最小ですけど……<br>
<br>
　本作のキーワードは、ざっと挙げるだけでも「九鬼水軍の秘法」と「古代風水都市・鳥羽」、「海中に沈んだ幻の島」と「江戸川乱歩の秘蔵フィルムの謎」ということで、時代を超えて鳥羽にまつわる非常にうまみのあるミステリアスな食材がそろっている感じなのですが、正直、それらの伏線が想像しうる限り最も「しょぼしょぼっ……」とした感じで回収されて事件が解決しちゃった、という印象はいなめません。<br>
　いなめはしないのですが、まぁ伏線をほっぽり投げたまんまよりはマシですよね！　ともかく、これだけのおもしろ要素が集まってるってだけで、なんか楽しくなっちゃうんですよね。心なしか、荒俣先生の筆のノリも軽やかで愉快です。<br>
<br>
　そして、なんかほんとに『なあばす・ぶれいくだうん』の気の利いた1話完結エピソードみたいな感じなんですが、鳥羽に来て事件を捜査している内にどんどん龍人がこんがらがってきて、佳境にふらっとやって来て話を聞いたミヅチがスパスパ～ッと解決しちゃうという流れが実に痛快なんですよね！　龍人が汗まみれで溜息をついてる姿を見て、ミヅチが「いい気味……フフ」と笑ってるカップリングが、2人の最終形として実にしっくりくるんです。<br>
<br>
　う～ん、そう考えると、「シム・フースイ」シリーズのこの2人は、『帝都物語』本編みたいな仰々しいクライマックスじゃなくて、こんな感じでつかず離れずの『トムとジェリー』みたいな関係のまま未完にするのが最善手なのかも。これでおしまいのほうが、シリーズを通してさんっざんひどい目に遭わされ続けてきたミヅチにとっては幸せなのか……ほんと、本作のミヅチは何の苦労もせずに「高みの見物」な天才探偵ポジションだもんな。龍人は最終作でみごとワトスン役に降格！　インガオホー！！<br>
<br>
　ミヅチが探偵役と書きましたが、本作はほんとうに「シム・フースイ」シリーズの中でも特に異色な作品で、海の中の幻の島や九鬼の秘宝、フィルムに映った謎の少女たちや妖怪ともかづきと、相変わらず怪しげなアイテムはわんさと出てくるのですが、主軸となるお話は完全なるミステリなのです。ホラー小説では断じてないんですね。<br>
　これはおそらく、作中にも鳥羽に縁のある偉人として登場してくる江戸川乱歩への、荒俣先生なりの敬意のあらわれかと思えるのですが、繰り広げられる一連の謎は、いちおう論理的に成立可能なトリックを悪用した純然たる計画犯罪に起因することが立証されるのです。ドーマンセーマンとかペンタグラマとか言ってますが、式神や魔法なんか一切使われないのです。<br>
<br>
　ただ、かといってミステリとしてこの作品を楽しめるかと言われると……ま、寛大な心でお読みくださいって感じでしょうか。いや、たぶんこれは実際にできるトリックなんじゃないかと思うんですが……ほら、ポオの昔からトリックに動物はつきものですから……<br>
　ひとつ苦言を呈させていただけるのならば、登場人物の一人が「昔、水族館で海獣ショーのトレーナーをやってた」という重要な情報が物語のクライマックスになってやっと提示されるのでそこはアンフェアかなという感じはしましたが、私は本作のオチに納得はできました。<br>
<br>
　あと、メイントリックをサポートする第2のトリックとして、上の情報にもあるような催眠療法が重要な意味を持ってくるわけなのですが、ここは明らかに乱歩作品の中でも幻想系の傑作としてつとに有名な「ある短編小説」を明確に意識した内容になっているのが面白かったです。そうか、あれは科学的に説明がつかないこともない話だったのか……ヒントは、登場人物のひとりの名前！<br>
<br>
　まぁこんな感じで、本作は「ホラーの皮をかぶったミステリ」であり、「怪奇現象の皮をかぶった犯罪」ということになるので、ここまでシリーズの中でさんざん魔術的なことをしておきながら、最後の最後で『怪奇大作戦』みたいな別ジャンルをぶち込んでくるという、異例すぎる内容となっていたのでした。そもそも原題からして『鳥羽ミステリー紀行』だったんですから、案外、荒俣先生もほんとに肩の力をぬいた番外編のつもりで書いてたのかも。まさかそれが最終作になろうとは……なんか、『ウルトラマン80』とか『魁！！男塾』の最終回みたいな脱力感なんですよね。逆にそこがいいと言えばいいのですが。<br>
<br>
　最後にもう一つ、これはどうしても、本作を語る以上は言っておかねばならないことかと思うのですが、本作では、現在明らかにその史実性に疑問符のつく偽書として有名になっている、ある文書の内容が前提となって論が進んでいる部分があります。「九鬼」といったら、やっぱこれが出てくるでしょうねぇ。<br>
　当然ながら、荒俣先生も文章の中で「偽書の可能性が高い」とただし書きをつけてはいるのですが、「内容すべてを否定することもできない」として、その文書の中でまことしやかに語られている事項を、あたかも九鬼家の歴史的事実のように受け入れ、実質全肯定で取り入れているように見えるのです。<br>
<br>
　いや、ここは例えフィクションの中の話なのだとしても、やってはいけないことなのでは。私はここだけは容認してはいけないと思うんだよなぁ。「面白いから」「ロマンがあるから」という理由でオカルティックなウソを面白がった結果、1995年の日本で何が起きたのかを考えれば、そこは慎重になるべきなのではないかと思うんですよね。<br>
　ここはね……誰かが明確な目的をもってついた嘘と、幽霊やネッシーを信じることを一緒くたにしては絶対にいけないと思うんです。その線引きは、難しいかもしれないけど忘れないでいかないと大変なことになるぞと。<br>
<br>
　そういう思いもありましたので、私はこの『絶の島事件』を非常に興味深く読ませていただきました。ともかく、一筋縄ではいかない怪作なんです。<br>
　まぁ、もろもろ固いことを抜きにしましても、何度も言うように本作はミヅチの快刀乱麻を断つ探偵っぷりも爽快ですし、なんといっても第1作ぶりに情けない龍人の「早く助けろ！！」ネタが炸裂するので、やっぱりこの2人はそうとうな名コンビなんだなと実感させてくれる愉快痛快な小説となっております。こいつ、いっつも溺れてんな。スクーバの経験が30～40回あるとかなんとかほざいといてこのざまなんですから、黒田龍人のスネ夫っぷり、ここに極まれりという感じですね。<br>
<br>
　これ以降、四半世紀もこの2人の新たな冒険が読めていないのは非常に残念なのですが、まぁ、今はますますコンプライアンスうんぬん厳格な時代になっておりますので、龍人とミヅチのような愛憎なかばする関係は、主人公カップルとしては成立しづらくなってるのかも知れないし、やむをえないことなのでしょうかね。ストレスでミヅチに自傷行為をさせるわ、しじゅうセクハラ発言を浴びせかけるわ……こんなやつが主人公でいていいはずがないですよね。<br>
<br>
　1990年代の日本だからこそ続いたのかも知れない、時代のあだ花「シム・フースイ」シリーズ。今はただ、龍人とミヅチが程よい距離感で元気に生き続けていることを切に願いましょう。ま、続刊がないということはヒマしてるってことなんでしょ！　無事これ名馬！！<br>
<br>
　2025年だと設定上、ミヅチさんは54歳で龍人は67歳かぁ。荒俣先生、なんか書いてくれませんかね！？　まだギリいけるっしょ！！<br>

]]></description>
   <category>すきな小説</category>
   <dc:date>2025-07-03T20:54:37+09:00</dc:date>
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  <item>
   <title>あらためて立ち返ろう読書メモ　小説シム・フースイ Version 4.0『闇吹く夏』</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/remade-berokron2/e/7f88f9827d028d14e82c8e9d9ea9ce6f?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
　え～、みなさまどうもこんばんは！　そうだいです。<br>
　なんだかんだ言ってるうちに6月も終わっちゃいますね～。今年も半分すぎちゃいましたよ！　早いねぇ。<br>
　私の住む山形はまだ梅雨明けしてないんですが、なんかすでに猛暑日が続いております……今月すでに暑さでダウンしちゃってるんで、本格的な夏に入ってまた同じ目に遭うのはヤダな～！　とにもかくにも水分補給を欠かさずに備えていきましょ。<br>
<br>
　そんなこんなで、私たちの生きている2025年はどうやら無事に夏を迎えることができそうなのでありますが、今回取り上げますのは、誰が望むでもなく勝手気ままに続けている「荒俣宏の『帝都物語』関連作品を読みつくす」企画の更新でございます。こっちはちゃんと夏、来たかな！？<br>
　現在は<a href="https://blog.goo.ne.jp/remade-berokron2/e/3a49a9cf7a90b62bde257084444ca47e">『帝都物語』本編シリーズ</a>を通りすぎまして、そこにセミレギュラーで登場していた風水師・黒田茂丸、その孫が主人公となっている「シム・フースイ」シリーズの諸作を読み進めているのですが、それも今回で4作目ということで、いよいよ佳境に入ってまいりました！<br>
<br>
<br>
シム・フースイ Version 4.0『闇吹く夏』（1997年6月）<br>
　『闇吹く夏』は、荒俣宏の風水ホラー小説。「シム・フースイ」シリーズの第4作として角川書店から単行本の形で出版され、99年4月に角川ホラー文庫で文庫化された。文庫版の表紙絵には、ドラマ『東京龍』（1997年8月放送）にて使用された CG画が流用されている。<br>
　本作に『帝都物語』シリーズの登場人物は再登場しない。<br>
<br>
あらすじ<br>
　異常気象……1997年6月。黒く怪しい闇が、夏の到来を阻んでいた。<br>
　雨が降り続け、人々は不安をかきたてられ、東京はカビに覆われようとしていた。<br>
　時を同じくして、遥か南太平洋ではエルニーニョ現象が起こっていた。南米大陸ナスカ高原の呪術師は、渇ききった砂漠で雨乞いの儀式を開始した。その裏で密かに進行する首都移転計画の影には、暗黒の帝都建設の陰謀があった。異常気象の謎を解くため、風水師・黒田龍人は東北地方へと飛んだ。<br>
　もう、夏はこないかもしれない……<br>
<br>
<br>
おもな登場人物<br>
太田黒　喜作<br>
　岩手県花巻市で「羅須地人農業青年団」（会員56名）の中心人物となり、冷害対策の研究を行っている80歳代の小柄な禿頭の老人。1931年から3年間、花巻市在住の童話作家で農業指導者の宮沢賢治（1896～1933年）に師事し、農業科学を学んでいた。<br>
<br>
太田黒　真魚（まお）<br>
　喜作の孫で、切れ長な目の美女。男勝りなきっぷの良い性格。<br>
<br>
荻野　良雄<br>
　「羅須地人農業青年団」の団長。29歳。五分刈りで長い顔にあばたの残る、たくましい体格の青年。他の団員たちと共に太田黒喜作の弟子となり、宮沢賢治の農業理論を継承・実践している。慇懃で控えめな話し方が特徴。前歯が2本欠けているためか老けて見える。配布部数200部の機関紙『羅須地人』を編集・発行している。<br>
<br>
イチロー<br>
　「羅須地人農業青年団」の団員。寡黙で小柄な丸顔の青年。<br>
<br>
庄野　夕子（しょうの　ゆうこ）<br>
　黒い長髪に透き通るような白い肌の美女。背が高く、ハイヒールを履くと黒田龍人と同じくらいの背丈になる。国立東京外国語大学言語文化学部中国語科に在籍中だった1982年もしくは83年に、中国返還前の香港で、かつて清帝国宮廷に仕えていた風水師・劉の運営する「香港風水研究所」に入所し、龍人や李東角と共に活動していた。現在は李と共に劉の研究所を引き継き筆頭格となっている。龍人が独自に完成させた「シム・フースイ」の原型は、もともと夕子たちと共同開発したものだった。劉が理想としていた、世を正し国を富ませる「国家風水」を標榜し、都市や国家を創造するための風水術を活動原理とする。国土庁（現・国土交通省）の依頼を受け、極秘計画に参画する田網奇鑛の地相鑑定事務所に協力する。<br>
<br>
黒田　龍人（くろだ　たつと）<br>
　本シリーズの主人公。1958年7月生まれの痩せた、切れ長な一重まぶたの目の男性。「都市村落リゾート計画コンサルタント」として東京都中央区九段の九段富国ビル5階1号で事務所「龍神プロジェクト」を開いているが、インテリアデザイナーとして風水の鑑定も行っている。風水環境をシミュレーションできるコンピュータプログラム「シム・フースイ」の開発者の一人。黒が好きで、黒い長髪に黒いサマーセーター、黒のサンドシルクズボンに黒のレイバンサングラスで身を固めている。喫煙者。事務所を離れる時もノートパソコンを持ち歩いてシム・フースイで調査する。その他に風水調査のために小型の望遠鏡も携帯している。異変が起きた際には、魔物を調伏するという仏法と北の方角の守護神・毘沙門天の真言を唱える。<br>
　本作からジャケットのポケットに細長い革製の鞭を携行するようになり、数人の男たちを圧倒するほどの格闘能力を持つようになった。また、格闘術も1～2人の大男を倒せる程度には上達している。正座が苦手。<br>
　かつて10代を沖縄県石垣島で過ごしていたが、21歳の頃（1979もしくは80年）に、龍人の祖父・黒田茂丸と親交のあった風水師・劉の運営する香港風水研究所に入所した。しかし1985年頃にシム・フースイの原型を持って離脱・帰国していた。当時、龍人と交際していた夕子によると、愛する女性に加虐的な態度をとる性癖があり、ミヅチに対しても身体的暴行を加えるだけでなく（だが性的交渉はことごとくミヅチに拒絶される）、聞くに堪えない猥談を語り続けるセクハラも繰り返し行う。ただし、これはミヅチの心身を常に不安定な状態に置くことによって強力な霊能力を維持させ続けるためにあえて行っている処置であると本人は考えている。<br>
<br>
有吉　ミヅチ（ありよし　みづち）<br>
　黒田の4年来のパートナーで「霊視」の能力を有する女性。1971年2月生まれ。北海道余市市（架空の自治体だが北海道余市町は実在する）の出身だが、自分の素性は龍人にも話さない。その霊能力の維持のために自らに苦痛を課す。病的に痩せた体形で、龍人と同じように黒を好み、黒いセーターに黒のミニスカートもしくは黒タイツをはいている。髪型は刈り上げに近い短髪。常に青白い顔色で薄紫色の口紅を塗っている。胸に七支刀をデザインした銀のペンダントをつけている。いわゆる霊道や都会の猫道、野生の獣道を感知する能力に長け、それらの道をなんなく踏破できる非常に高い運動能力とバランス能力の持ち主。仏法と北の方角を守護する神・毘沙門天に仕える巫女で、自身を鬼門封じの武神・弁財天の生まれ変わりだと信じている。龍人の仕事の手伝いはしているが、風水の効能はあまり信じていない。<br>
　現在は2代目にあたる黒猫のお通（おつう）を飼っている。鬼神を捕縛する武器として、人間の女性の黒髪で編み上げたロープを携行している。その他に、龍人から護身用に与えられた革製の鞭も携行し、龍人と同じように数人の男たちを圧倒するほどの格闘能力を持っている。<br>
<br>
田網　奇鑛（たあみ　きこう）<br>
　白髪まじりの中年男。メディアでも多く取り上げられる有名な建築家だったが、5年前に起きた『ワタシ no イエ』事件（「シム・フースイ」シリーズ第1作）で自身の事業を黒田龍人につぶされて以来、龍人を強く恨み復讐の機会をうかがっていた。<br>
　本作では「地相鑑定士」の「毛綱阿弥之助（けづな　あみのすけ）」と名乗り、岩手県花巻市の中心街にオフィスを構えて国土庁の極秘計画に参画し、紫色のスタンドカラースーツを着て暗躍する。敵を罠に誘い込む「八門遁甲術」を使うことができる。<br>
　モデルは、ドラマ『東京龍』を放送した NHKハイビジョンのエンターテイメント番組『荒俣宏の風水で眠れない』（1997年放送）にもゲスト出演していた建築家の毛綱毅曠（もづな　きこう　1941～2001年）。<br>
<br>
久保田　晃<br>
　田網の地相鑑定事務所の幹部。40歳ほどの大柄な男。<br>
<br>
八大将軍<br>
　田網に従う8人の屈強な大男たち。全員が「八門遁甲術」を駆使することができ、常に黒革でできた菱形の防塵マスクを着けている。<br>
<br>
<br>
おもな用語解説<br>
地鎮（じちん）<br>
　日本で古代から陰陽師が執り行っていた、結界を張って地中に潜む鬼を封じ、人間が安全に住める場所を造成する地相術。新しい田畑や村、都などの都市を作る際に行われていた。<br>
<br>
やませ（山背）<br>
　主に東北地方や北海道、関東地方の太平洋側で5～9月頃に吹く、冷たく湿った東もしくは北東の風（偏東風）のこと。寒流の親潮の上を吹き渡ってくるために低温であるため、やませが続くと太平洋側沿岸地域では最高気温が20℃を越えない日が多くなり、日照不足と低温による水稲を中心とする農産物の作柄不良（冷害）を招き、地域の経済活動に大きな悪影響を与える。下層雲や霧、小雨や霧雨を伴うことが多い。<br>
　本作では「闇風」という字があてられ、風水で繁栄や豊作、幸福をもたらすとされる龍脈をはね返す、分厚い壁のような邪気の大気「シャ」の一種と解釈されている。黒田龍人によれば、宮沢賢治の短編小説『風の又三郎』（没後発表）に登場する風の又三郎は「シャ」のことであるという。<br>
<br>
風（ふう）<br>
　風水でいう世界の各方位とそれぞれの土地の特色のことで、大風や台風の際に吹く強風のことではない。古代の中国大陸では各方位に神がおり、それぞれの神の意志を四方に伝達する使者が「風」であるとされていた。それぞれの方位の特色をそこに住む人々に伝える存在であることから、「風土」、「風俗」、「風習」、「風味」、「風景」、「風格」などの語源となっている。生命エネルギーを運んでくる陽の力を持つ。<br>
<br>
水（すい）<br>
　風水でいう陰の力の象徴。生命エネルギーを留め蓄える役割がある。物事の標準や雛型、基本であり、水の力によって土地は理想の形「局」を形成することができる。「水準」の語源となっている。風水では、尾根が充分に張り深い山ひだと谷があり龍の胴体のように起伏の多い山と、ヘビのように曲がりくねった川のある、中国の山水画に描かれるような土地が最強の局であるとされている。<br>
<br>
地下大将軍<br>
　金星を神格化した存在で、風水用語で「太白（たいはく）」ともいう。大将軍星は、天をめぐる8柱の軍星（いくさぼし）の中でも最強とされ、陰陽道では「金神（こんじん）」と呼ばれ畏れられている。大将軍星が地上に降りると各方位を巡る遊行神となり、大将軍のいる方位を侵犯すると祟られると信じられている。地下大将軍の名の刻まれた赤い釘を「風水釘」といい（韓国では「チャンスン」と呼ばれる）、これを大地に刺すと邪気を払う能力があるが、悪用するとその土地の龍脈を断ち切り災いをもたらしてしまう。<br>
<br>
香港風水研究所<br>
　1977年に劉が設立した、史上最古の風水師の近代的研究養成機関。18世紀の清朝から存在していた風水術の一派の教えを引き継ぐ形で創設された。原則として女性や外国人も受け入れる。<br>
<br>
祖山（そざん）<br>
　陽の気を生み出し、土地に龍脈を送り込む聖山のこと。花巻市にとっては約40km 北北西にある岩手山（薬師岳）がそれにあたる。<br>
<br>
朔の鬼門（さくのきもん）<br>
　宇宙の四方軸に対して地球の軸（地軸）が23.5°ずれていることから、月の始まりである「朔」の数日前（27日ごろ）の約15分間に、地球とそれを取り巻くエーテル体の宇宙空間との間に生じるわずかな隙間「空芒（くうぼう）」のこと。これこそが真の鬼門であり、風水ではここから魔物が出没して地上に現れるとされているが、逆にこの隙間に地上の災厄の原因を駆逐・封印する秘術も存在する。<br>
<br>
テレコネクション理論<br>
　ノルウェーの気象学者ヤコブ＝ビヤークネス（1897～1975年）が1961年に提唱した、地球の各地域でばらばらに発生する気象現象が、遠く離れた別の地域の気象現象と連動していると考える理論。連動の媒体となるのは、大気圧の差によって生じる気の流れ（偏西風、貿易風、ジェット気流など）と、海流の温度差から生じるエネルギーであり、南米のエルニーニョ現象が日本も含む環太平洋全体の気象に大きな影響を与えるのも、この理論で説明できる。<br>
<br>
精霊迎え（しょうりょうむかえ）<br>
　あの世へ祖先の霊を送る送り火として行われる、宗教的な聖山で松明の炎による文字や図形を描く行事。風水思想では、聖山の中のマグマに代わるエネルギーを龍脈に注入する効果がある。京都の大文字焼きが有名。<br>
<br>
パラカ（パリアカカ）<br>
　インカ神話において、ペルー中部高地のワロチリ地方で伝承される、創造神4柱の中の1柱。水の神で、火の創造神ワリャリョ・カルウィンチョを倒した。半人半蛇で双頭の神。天を支配し、気象を司り、風を止めて砂漠に雨を降らせると伝えられる。<br>
<br>
<br>
　……はいっ、というわけでありまして「シム・フースイ」シリーズ第4作『闇吹く夏』の登場なのでありますが、どうやらこのシリーズ全5作の中でも、知名度においてピークとなるのがこの作品のようなんですね。<br>
　と言いますのも、この『闇吹く夏』は、それまでのシリーズ作が3作すべて角川ホラー文庫の書き下ろしだったのと違って、1997年にいったん単行本として刊行されてから99年に角川ホラー文庫で文庫化されたという経緯がありまして、それに歩調を合わせて、97年に TVドラマ化、99年にゲームソフト化という、これまたシリーズ初のメディアミックスが試みられたタイトルとなったのです。そして、この『闇吹く夏』が文庫化された99年に出た次の第5作をもってシリーズも刊行が途絶えているので、結果的に言えば今回の第4作が、いろいろとメディア露出度が最も恵まれた作品、ということになるのでした。<br>
　振り返れば、荒俣先生の『帝都物語』シリーズに関しては映画化、マンガ化、OVAアニメ化とそうとうに華々しいメディアミックスがあったわけなのですが、この「シム・フースイ」シリーズは今回の TVドラマ化とゲーム化のみということで、比較すれば若干さみしい気もするのですが、まぁ、上の情報をご覧いただいてもおわかりのように、シリーズの主人公である黒田龍人も助手のミヅチちゃんも、かなり人間性にクセのあるキャラクターなんでね……むしろ、よく NHKでドラマ化してくれたなって感じです。<br>
<br>
　さて、そういった展開がなされた『闇吹く夏』なのでありますが、単行本化と文庫化とで2年の時間差がありながらも、この「原作小説」「TVドラマ版」「ゲーム版」の3つは、全て「東京を中心に常識外の長雨が続く」という基本設定が共通しています。つまり、3つとも『闇吹く夏』というお話のバージョン違いという捉え方をして良いようなのです。そして、この3つは全てきれいに別の物語になっているのです。なんじゃこら！？<br>
<br>
　ただ、『帝都物語』シリーズという、メディアミックスとは名ばかりで実質的にメディアが違うどころか内容からしてほぼ別作品と言って良い映画作品が当たり前に横行していた惨状をすでに体験している私や賢明な読者の皆様ならば、もはやこの程度のことで動揺するようなこともないでしょう。角川書店がからむメディア化作品なら日常茶飯事ですよね！<br>
　察しますに、単行本とほぼ一緒に放送された TVドラマ版は「東京に長雨」という基本設定だけを共有した状況で小説とドラマ脚本が並行して執筆され、2年後のゲーム版もまた、サブタイトルが『帝都物語ふたたび』となっているように、小説の内容とは全く関連しない「そのころ東京では……」的な外伝として自由に制作されていたのではないでしょうか。まぁ、2年前の小説をわざわざゲーム化したってねぇ……しかも舞台、東京じゃなくて岩手県だし。<br>
<br>
　という経緯がありますので、今回はやや変則的に、「小説版」と「TVドラマ版」と「ゲーム版」とで、別々に内容に関するつれづれをつぶやいていきたいと思います。なので少々長くな……いや、長いのは通常営業か。<br>
<br>
≪小説版に関して≫<br>
　まず荒俣先生が執筆した小説の『闇吹く夏』についてなのですが、本作はほんとに TVドラマ版ともゲーム版とも内容が全然違っているので、何かの他作品の「原作小説」にはなりえていません。ですので、そういう意味で「小説版」という表記にさせていただきます。<br>
<br>
　内容についてなのですが、実はこの小説版は3バージョンの中でも最も「東京が関係ない」お話となっており、作品の舞台はほぼ100% 岩手県花巻市となっております。<br>
　ふつう、岩手県がフィクション作品の舞台となると、かなりの高確率で「遠野」が選ばれそうなものなのですが、本作は実に堅実に「冷害にあえぐ花巻市」という、ビックリするほど地味なセレクトになっており、メガロポリス東京はもちろんのこと、シリーズ第2作『二色人の夜』の舞台となった沖縄県石垣島と比較しても、だいぶ異色なチョイスとなっております。<br>
<br>
　なので、まぁ……岩手県と同じ東北の民である私が言うのも心苦しいのですが、かなり印象の薄い作品なんですよね、この小説版って。<br>
　やませっていう自然現象が、東北地方にとってそうとうに恐ろしい災厄だということは当然知ってはいるのですが、私は日本海側の山形県の人間なので、やっぱり実際に体験する機会は無かったので実感がわかない部分は否めませんし、今までの「シム・フースイ」シリーズ諸作にあった「異常発生するカビ」とか「動き回るサンゴ岩」とか「東京都庁に埋められたチャンスンの呪い」とかいうけれん味たっぷりのオカルト要素に比べると、やけにリアルで現実的なんですよね。やませとかエルニーニョとか……<br>
<br>
　当然、本作を執筆する荒俣先生も、そこらへんのインパクトの弱さは重々承知していたのか、「黒田龍人の過去を知る元恋人・庄野夕子の登場」とか「<a href="https://blog.goo.ne.jp/remade-berokron2/e/dde349b2126fb85e79949bf16ca5563f">第1作</a>の敵キャラ田網奇鑛の復活」とか「はるか遠く南米ペルーの守護神の助っ人出演」とかいうテコ入れもどしどし取り入れてはいるのですが、やはり物語の本筋は「不作にあえぐ農家を助けんべや」という土くさいものなので……いや、それは非常に大事な内容なんですけれどもね。<br>
　ただ、古代アジアの広い地域で、国境を越えて研究・伝承されてきた風水を作品の共通テーマにしている以上、いつかこのシリーズの中で「民衆の生活を助ける風水」の理論を真正面から描く必要はあったわけなので、一見非常に地味な内容の本作を世に出すことも、荒俣先生にとっては避けるわけにはいかない必然だったのではないでしょうか。一国の帝都をマジカルに守護し、悪疫悪霊をズビズバ退治させるだけが風水じゃないってことなのよね。そういう意味で、本作をちゃんと書き切った荒俣先生は本当に誠実な方です。<br>
<br>
　そして奇しくも、私がこの記事を書いている2025年は何を隠そう、この農業の問題に関してかなり切実に差し迫った危機に瀕している年でもあるのです。1997年に本作が世に出た頃からすでに言及されていた、農家さんに降りかかる理不尽な社会の圧力をほったらかしにしておいた結果が、このざまなのです。いや～、今年この小説を読めて本当によかった。<br>
<br>
　もう一つ、この作品の中では「首都機能移転計画」という裏テーマも語られるのですが、結局は頓挫するものの、東京に代わる新首都の候補地として、この花巻市も検討されていたという驚愕の事実が後半で判明します。<br>
　でもこれについては、2011年3月の惨禍を経た現代から見ると、小説の世界ならではの夢物語、という思いがよぎりますね。事実は小説よりも奇なり……<br>
<br>
　いろいろ申しましたが、結論としては、この小説版はシリーズの中でも一番目立たない、と言わざるをえない作品になっております。いや、風水の「風」と「水」の意味とか、龍人 VS 夕子の構造に象徴される「民衆の風水」と「国家の風水」の対立とか、非常に重要なテーマも見え隠れしているのですが、いかんせん派手な見せ場がクライマックスの北上川の水龍とペルーのパラカ神とのコラボくらいしかないんですよね……渋滞の車列のテールライトを利用する作戦とか展開のアイデアは素晴らしいんですけど、オカルティックな飛躍が少ないというか。<br>
<br>
　庄野夕子の登場も面白くはなりそうだったのですが、結局ミヅチ以上のヤバい魅力を持っているわけでもない常識的な大人の女性でしたし、まさかの復活を遂げた田網先生も、なんの反省もなく相変わらずヘンなカビのまざった仏舎利を持ち込んでくるしで、せっかく前半でいろいろと提示されたおもしろ要素が、ちゃんと昇華されないままシュンとしぼんで終わっちゃった、みたいなうらみが残りました。<br>
　強いてあげれば、いつのまにかミヅチのひそみにならったかのようにムチを使って1人2人の相手はやっつけられるくらいは戦闘力が上がった龍人の成長だとか、シリーズ4作目にしてやっと主人公とヒロインの関係らしくなったラストでの2人の抱擁とかが本作の見どころではあったのですが、正直いいまして、今回取り上げる3バージョンの中で最も荒俣ワールドらしくないおとなしさがあるのも、先生ご自身が執筆したはずのこの小説版だったのでありました。<br>
　う～ん……キビシ～っ！<br>
<br>
<br>
≪TVドラマ版に関して≫<br>
TV ドラマシリーズ『東京龍　TOKYO DRAGON』（1997年8月放送　全4話）<br>
　NHK のハイビジョン試験放送にて1997年8月25日から4夜連続で放映されたエンターテイメント番組『荒俣宏の風水で眠れない』内で放送された、「シム・フースイ」シリーズ作品を原作とした1話約30分のミニドラマシリーズ。<br>
　『荒俣宏の風水で眠れない』は2部構成となっており、第1部がドラマ、第2部が風水を易しく解説したミニ講座『東京小龍』（出演・田口トモロヲ、荒俣宏、建築家の毛綱毅曠）となっていた。<br>
　本作は再編集され、1997年11月に映画『風水ニッポン　出現！東京龍　TOKYO DRAGON』（配給エースピクチャーズ）として劇場公開された。<br>
　なお、本作は映画編集版がビデオリリースされたが DVDソフト化はされていない。<br>
<br>
おもなキャスティング（年齢はドラマ初放映当時のもの）<br>
黒田　龍人　　　……　椎名　桔平（33歳）<br>
有吉　ミズチ　　……　中山　エミリ（18歳）<br>
庄野　夕子　　　……　清水　美砂（26歳）<br>
矢崎　昭二　　　……　中尾　彬（55歳）<br>
佐久間　　　　　……　清水　綋治（53歳）<br>
新井　美樹　　　……　さとう　珠緒（24歳）<br>
鈴木　英夫　　　……　三代目　江戸家　猫八（75歳）<br>
サキコ　　　　　……　若松　恵（17歳）<br>
ゼネコン役員　　……　寺田　農（54歳）<br>
留守電の依頼客　……　青野　武（61歳）<br>
黒田　茂丸　　　……　ミッキー・カーチス（59歳）<br>
<br>
おもなスタッフ（年齢はドラマ初放映当時のもの）<br>
監督　……　片岡　敬司（38歳）<br>
脚本　……　信本　敬子（33歳）、山永　明子（40歳）<br>
音楽　……　本多　俊之（40歳）<br>
CGI スーパーバイザー　……　古賀　信明（38歳）<br>
<br>
<br>
　というわけで、お次は単行本と同時期に放送され、のちに劇場公開もされたこの TVドラマ『東京龍』についてでございます。<br>
　上にもある通り、この作品は現在は鑑賞が非常に限定された作品となっておりまして、私も有志が動画投稿サイトにあげられていた、劇場公開用に編集された VHS版を鑑賞して内容を確認いたしました。なんでビデオリリースで止まってるんだろ……別に何かしらのオトナの事情が察せられるような内容のドラマではなかったのですが。出ている俳優さんの権利関係なのかな。<br>
<br>
　お察しの通り、このドラマに登場する黒田龍人と茂丸、庄野夕子、そして有吉「ミズチ」は、原作小説に出ている同名のキャラクターとはまるで別人のような設定になっています。そりゃそうよね、原作通りの龍人とミヅチなんか1990年代でも、アダルト業界以外では映像化は困難だったでしょ……まだ当時お元気だった実相寺昭雄監督だったら、平気で映像化してたかもしんないけど。<br>
<br>
　このドラマ版における黒田龍人は、特に人間的にクセの強いこともない好青年で、「シム・フースイ」システムを使って市井の人々の生活上の悩みに応える私立探偵のような仕事をしており、庄野夕子は龍人と半同棲の関係にある有名キー局の人気お天気キャスター（風水の知識ゼロ）、有吉ミズチは沖縄の与那国島で海底ツアーのインストラクターのバイトをしている高校生となっています。ミズチはもともと東京の龍人とは縁もゆかりもなかったのですが、二色人のような強力な神の導きで東京の龍人のもとを訪ね、半分助手のような居候を決め込むこととなります。その他、龍人の祖父である黒田茂丸もドラマ版の重要なキーマンとして龍人の回想シーンの中でのみ登場するのですが、日々、どっかの山の中の滝壺近くで太極拳の鍛錬にはげむカンフーの達人みたいな人物として描かれています。そんな描写、『帝都物語』にも「シム・フースイ」シリーズにも全然なかったのに……<br>
　当然、そんな祖父の背中を見て育った龍人も、ドラマ中で激しいアクションこそないものの、考えが煮詰まった時は事務所の屋上で太極拳を行い集中力を高める習慣があるし、演じているのも脂の乗り切った椎名桔平さんなので、原作小説のイメージとはまるで違う胸板の厚い人物となっています。黒い服が好きなとこくらいしか成分が残ってない！<br>
<br>
　ただし、よくよく観てみますと、さすが荒俣宏先生が完全監修した TV番組内で放送されていたこともあってか、だいぶ省略されてはいるものの作中で風水の基本ルールはしっかりと龍人の口から説明されておるし、東京一円が異常な長雨の被害によってインフラを中心に深刻な機能不全に陥っている惨状も地味ながらちゃんと描写されています。また、本作に小説版やゲーム版のような明確な敵キャラは設定されていないのですが、かつて黒田茂丸が東京に施した風水の封印が土地開発によって破壊されて龍脈が暴走したことが長雨の原因だったことを解明した龍人が、茂丸と縁の深い与那国島の神の導きによって上京してきた霊感の強い少女ミズチと協力して龍脈を救う一大作戦を仕掛ける、という内容になっておりまして、非常に理路整然としたわかりやすい風水ファンタジードラマとなっております。ホラーではないですね、NHK 制作のドラマらしくぜんっぜん怖くなかったです。<br>
　上のように、ドラマに登場する有吉ミズチは、ミヅチというよりは<a href="https://blog.goo.ne.jp/remade-berokron2/e/5038782f74649775fb89cfc0e27655fb">シリーズ第2作『二色人の夜』</a>のゲストヒロインだった少女サヨのキャラ設定を色濃く踏襲しており、ドラマの夕子も同作の東京から来た OLくみ子のように明るい性格のポジティブな女性となっています。ミズチの故郷が『二色人の夜』の石垣島でなく与那国島に変わっているのは、与那国島沖にある海底遺跡と噂される地形のミステリーをドラマに取り入れたためですね。遺跡じゃないらしいけど。<br>
　ただし、もちろんミズチを演じる中山エミリさんが『二色人の夜』のサヨのように悲惨きわまりない霊感体験をするところなんか映像化できるわけがないので、荒ぶる神に襲われる描写もビックリするほどマイルドなものになっています。ミズチが与那国島の実家で「タマ」という名前の猫を飼っているのは、原作小説へのオマージュでしょうか……さすがに「お通」という名前にするのは今どきの女の子っぽくなかったか。<br>
<br>
　こういう内容なので、小説版にあったような龍人とミヅチ、夕子の複雑な人格設定や愛憎関係などはあるべくもないのですが、地味な作りながらも中尾彬さんや清水綋治、猫八師匠にさとう珠緒さんといった通ごのみで適材適所なキャスティングが非常に手堅く、クライマックスでの CG作画で描写された雨龍の姿も1990年代後半の TVドラマとしてはかなり健闘している方で、制作年代が近い映画『帝都物語外伝』のように観て損をするたぐいの作品でないことは間違いありません。いや、あの映画にも負けちゃう作品なんて、そうそうないけどね。<br>
<br>
　本当に、いま鑑賞が簡単なソフト商品になっていないのが不思議でしょうがないくらいにウェルメイドな作品ではあるのですが、確かにあえてリリースし直すほど派手な出来のドラマでもないので、事実上の封印状態にあるのもやむをえないことかと思えてしまいます。<br>
　あ～、こういう目立たない作品も掘り起こされるくらいに、日本の景気も良くなんねぇかなぁ～！<br>
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≪ゲーム版に関して≫<br>
プレイステーション用ゲームソフト『闇吹く夏　帝都物語ふたたび』（1999年4月リリース　ビー・ファクトリー）<br>
　「シム・フースイ」シリーズ第4作『闇吹く夏』（1997年6月刊）を原作としたホラーアクションアドベンチャーゲーム。<br>
　黒田龍人のほか、『帝都物語』の重要人物・キャラクターも登場する。現在使用されていない地下鉄駅（千代田区の東京地下鉄道・万世橋駅跡がモデル）や無人の地下街など、知られざる東京の風景を再現したステージも設定されている。<br>
<br>
あらすじ<br>
　世界的異常気象が東京にも押し寄せる1999年、7月。<br>
　大学生の木村ヒロシは、偶然に拾ったコンピュータプログラムを起動させたことから、恐ろしい事件に巻き込まれる。<br>
　狂い始めた東京の風水の謎とは？　「表」と「裏」の2つのステージを行き来しながら謎を解き明かし、風水を正すべく木村は立ち上がった……<br>
<br>
登場する怪異<br>
・首無し武者　・付喪神「鉄入道」　・魍魎「骸火」　・妖怪「火車」　・妖怪「びしゃがつく」　・寺本洋子の霊　・神内の式神　・魍魎「濡蟲」　・妖怪「わいら」　・妖怪「木霊」　・木霊学天則　・妖怪「がしゃどくろ」<br>
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アニメパートのキャスティング（年齢はゲームソフトリリース当時のもの）<br>
木村　ヒロシ　……　うえだ　ゆうじ（31歳）<br>
首守　美和　　……　川崎　恵理子（26歳）<br>
陰陽師・神内　……　岡野　浩介（29歳）<br>
黒田　龍人　　……　古沢　融（36歳）<br>
寺本　秀造 / 龍岡　皇紀　……　茶風林（37歳）<br>
<br>
おもなスタッフ（年齢はゲームソフトリリース当時のもの）<br>
監督・脚本　……　やすみ　哲夫（45歳）<br>
キャラクターデザイン　……　末吉　裕一郎（37歳）<br>
音楽　　　　……　野沢　秀行（サザンオールスターズ　44歳）、TAKA（ TAM TAM　？歳）<br>
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　最後に、99年にリリースされたゲーム版についてなのですが、これは『闇吹く夏』というタイトルを持ちつつも、小説版とはまるで違った内容となっております。<br>
　小説版での黒田龍人は、基本的に岩手の花巻市に出張しているので東京にはいなかったのですが、このゲーム版はその穴を埋めるかのように、主人公（ゲームのプレイヤー）が、東京圏の長雨の原因を探るために遠方に出かけた龍人と「シム・フースイ」システムのオンライン機能を通して連絡を取りながら、東京の東西南北の聖地をめぐって「帝都東京の大怨霊」の謎に迫るという内容になっております。ただし、龍人が出張しているのは海を渡った韓国なので、小説版とゲーム版とが完全にリンクしているわけでは決してありません。<br>
<br>
　おぉ～、久しぶりのお出ましですね、帝都東京の大怨霊サマ！！<br>
　そうなんです、このゲーム版はサブタイトル『帝都物語ふたたび』の看板にたがわず、小説の「シム・フースイ」シリーズのどれよりも濃厚に『帝都物語』の内容を継承した物語になっており、さすがに魔人・加藤保憲こそ出てはこないものの、マサカド公はもちろんのこと、『帝都物語』本編での地下鉄開発作戦に殉じて爆破・廃棄された、あの人造ロボット「学天則」が、妖怪・木霊に侵食された形で復活して強豪敵キャラになるという、ファン狂喜のゲスト出演もあるのです。マニアック～！！<br>
　それにしても、『ウルトラセブン』の改造パンドンとか『ゴジラ VS キングギドラ』のメカキングギドラみたいに、いったん敗退した生身の怪獣が一部をメカ化して復活するという流れは昔からよく聞くのですが、その逆でもともとメカだったものが半分くらい植物化して復活するという展開にはたまげましたね。みごとな発想の転換！<br>
<br>
　内容はアドベンチャーゲームらしく、東京に東西南北4ヶ所ある霊的スポットを主人公がめぐり、龍人の助言を得たり謎の陰陽師・神内の妨害やサポート（こいつがベジータみたいに複雑な立ち位置なんだ！）を受けながら将門の霊を鎮めるというわかりやすい流れになっております。ここでの東京圏の長雨の原因は、魔人・加藤の帝都壊滅計画のひそみにならって将門の怨霊を暴走させようとする、韓国を拠点とする風水秘密結社のもたらした災厄のひとつとなっており、ドラマ版ほど深刻に描写されてはいません。<br>
　まぁ、単純明快なゲームらしく、作中に登場するオカルト要素は風水というよりも若者に大人気な「陰陽師」や「妖怪」をモチーフとした呪術結界や敵キャラが多い、典型的なホラーものとなっているのですが、魔人・加藤とは直接の関係はないものの、登場する妖怪たちのデザインがことごとくパイプがついたり車輪がついたりと、半分以上メカメカしいものになっているので、このゲームの6年後に公開された映画『妖怪大戦争』（監督・三池崇史）で復活した加藤が錬成・使役していた付喪神「機怪」（こちらのデザインはあの韮沢靖サマ！！）に先行したものになっているのが興味深いです。びしゃがつくとかわいらとか、妖怪のチョイスも実にシブくていいですね！<br>
<br>
<br>
≪まとめ≫<br>
　いや～今回も長くなってしまいすみません！！<br>
<br>
　以上、『闇吹く夏』にまつわる3バージョンをざっとおさらいしてみたわけなのですが、お話として一番わかりやすくまとまっているのは TVドラマ版、『帝都物語』ファンに嬉しいのはゲーム版ということでありまして、最も地味で目立たない出来なのは荒俣先生おんみずからが執筆した小説版……という結果とあいなりました。なんじゃぁ、こりゃあ！！<br>
<br>
　いや、内容的にいちばん風水をまじめに扱ってるのは小説版なんですけど、ね。<br>
<br>
　荒俣先生、せっかくの TVドラマ化とゲーム化がついてくるタイミングだったのに、よりによってど～してシリーズ中随一に地味な内容にしちゃったんだろうか……ミヅチもゲストヒロインも大してひどい目に遭わないし、かなり「らしくない」内容なんですよね。先生、さすがに丸くなっちゃったのか？　これも時代の流れなんでしょうか。<br>
<br>
　でも、今回の小説版のラストで、しじゅうツンケンしていた龍人とミヅチの関係も大きな転換を迎えたのかもしんないし、ついにこのシリーズも、事実上の最終作である次作に向けて大きく動いたのかも知れませんね！<br>
<br>
　さぁ、泣いても笑っても、次回の第5作で「シム・フースイ」シリーズはおしまいです！<br>
　ここまでやっちゃったんですから、固唾をのんでその終幕を見届けることにいたしましょう！！<br>
<br>
　……おもしろいといいな……<br>

]]></description>
   <category>すきな小説</category>
   <dc:date>2025-06-29T19:11:21+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/remade-berokron2/e/7f88f9827d028d14e82c8e9d9ea9ce6f</guid>
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   <title>吸血鬼よりもブラック企業のほうが怖い！！　～『ノスフェラトゥ』2024～</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/remade-berokron2/e/3febd69966ab093e1d48da54ef9d89c2?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
　へいへいどうも！　みなさんこんばんは、そうだいでございます。<br>
　いや～、いよいよ暑くなってまいりましたが、お元気ですか～！？<br>
　わたし、先日カンペキに体調を崩してしまいました……もうだめ！　身体が若い頃みたいにムリできなくなっちゃって。<br>
　猛暑の中での作業でしょ、寝不足でしょ、夜中のドカ食いでしょ。一つ一つはやったことのある無理ではあったのですが、それがたまたま重なっちゃって、「なんか調子悪いなぁ。でも食えばなんとかなるか！」と思って『カリオストロの城』のルパン式に無理して食べたらよけいに悪くなってダウンしてしまいました……熱中症も何割か入っていたと思います。<br>
<br>
　当然、その後は生活リズムを見直して今は全快バリバリなのですが、昔は何でもなかった無理が、ちょっといくつか重なっただけで簡単に機能停止におちいってしまうという事実に、恥ずかしながら生まれて初めて直面した思いで、内心けっこうなショックでした。でも、ぶっちゃけこのくらいの被害で済んでよかった……一生付き合ってかなきゃいけない病気が見つかったとかいう話じゃないのでね。<br>
　健康は、本当にすばらしい宝物ですよ。ほんとに無理はせず、睡眠不足や暴食は厳禁でつつましやかに生きてまいりたいと思います。<br>
　この辺の経緯を全然知らない人から、会ってすぐに「やつれた？大丈夫？」って言われましたからね……気をつけてこ、まじで。<br>
<br>
　そんなこんなで、自業自得ながらひどい体験をした私だったのですが、最悪な状態でもなんとか仕事場から帰ってきて（体調が悪いときは自分で運転していて車酔いすんのね！）、やっとこさ家に入ったら、たまたまニンニクをふんだんに使った料理の香りが充満していて、それが完全ノックダウンのフィニッシュとなってぶっ倒れてしまったのでした。帰った瞬間、物理的にぶん殴られた感じ……<br>
　いやぁ、ニンニクの香りって、普通の体調だとあんなにおいしそうなのに、なんで調子悪い時はあんなに攻撃的な匂いに感じちゃうんだろうか！？　ものすごいクセと主張ですよね。<br>
<br>
　ということで今回は、その時の私のようにニンニクにめっぽう弱いおじさんが登場する、この映画を観た感想をば、ひとつ。なんというグッドタイミングか……ニンニクに弱いわ、夏場に窓を開けてると夕方にコウモリが部屋に入ってくるわ、私はほんとに生身の人間なのだろうか！？　大好きが昂じるとだんだん好きな対象に似てくるって、ほんとなのねぇ。<br>
<br>
<br>
映画『ノスフェラトゥ』（2024年12月公開　133分　ユニバーサル）<br>
　『ノスフェラトゥ』（原題：Nosferatu）は、2024年のアメリカ合衆国のホラー映画。イギリスの小説家ブラム＝ストーカー（1847～1912年）の怪奇小説『吸血鬼ドラキュラ』（1897年発表）を非公式に映画化したドイツの映画監督フリードリヒ・ヴィルヘルム＝ムルナウ（1888～1931年）のサイレント映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』（1922年）のリメイク作品。2015年から企画が進められ、2023年2～5月にチェコ各地で撮影が行われた。製作費5千万ドル、興行収入1億8千万ドル。<br>
<br>
　監督・脚本を務めたロバート＝エガースは、吸血鬼オルロック伯爵のキャラクター造形に関して『吸血鬼ドラキュラ』や、ドラキュラのモデルとなったワラキア公国君主ヴラド3世ツェペシュ公（1431～76年）の史話の他に、スウェーデンの映画監督ヴィクトル＝シェストレムの幻想サイレント『霊魂の不滅』（1921年）からも着想を得ており、フランスの神経科医ジャンマルタン＝シャルコー（1825～93年）のヒステリー研究も脚本執筆の参考にしている。またエガースは脚本に関して、ポーランドの映画監督アンジェイ＝ズラウスキーの映画『夜の第三部分』（1971年）、『悪魔』（1972年）、『ポゼッション』（1981年）からも影響を受けたことを明かしている。<br>
<br>
　オルロック伯爵役のキャスティングについてはダニエル＝デイルイスやマッツ＝ミケルセンなど複数の俳優が検討され、一時期は『吸血鬼ノスフェラトゥ』を題材にした吸血鬼映画『シャドウ・オブ・ヴァンパイア』（2000年）でマックス＝シュレック（オルロック伯爵を演じた俳優）役を演じたウィレム＝デフォーも有力候補に挙がっていたが、2022年にビル＝スカルスガルドがオルロック伯爵役として出演することが発表された。また、2023年1月にウィレム＝デフォーらの出演も発表された。<br>
<br>
　本作の撮影は2023年2月から中央ヨーロッパのチェコ共和国で始まり、3月には首都プラハのバランドフ撮影所でも撮影が行われた。同月末までにチェコ西部のロジュミタール・ポト・トジェムシーネム城、東部のペルンシュテイン城、プラハの退役軍人寮インヴァリドヴナで撮影が行われたほか、東ヨーロッパのルーマニア共和国西部のコルヴィン城でも撮影され、5月19日に撮影は終了した。撮影監督のジェアリン＝ブラシュケは、映像について「19世紀のロマン主義を思わせる雰囲気」に仕上がっていると語っている。撮影には5000匹のラットが用意された。<br>
　オルロック伯爵役のビル＝スカルスガルドは役作りのために大幅な減量を行ったほか、オペラ歌手の指導を受けて声域を下げるトレーニングを行い、撮影には6時間かけて特殊メイクを施したという。これらの役作りに付いて、彼は「純粋な悪を呼び起こすかのようだった」と語っている。<br>
<br>
<br>
あらすじ<br>
　1838年、ドイツの港湾都市ヴィスブルク。<br>
　不動産業に従事するトーマス＝ハッターは、新しい土地売買の契約のために東ヨーロッパ・カルパチア山脈の奥地に棲むオルロック伯爵の居城を尋ねる。トーマス出張の間、彼の妻エレンは夫の親友フリードリヒとその妻アンナの邸宅で過ごすが、数年前に彼女の夢の中に現れた「彼」の幻覚と恐怖に、再び悩まされるようになる。それと時を同じくして、ヴィスブルクでは様々な災いが起こり始める……<br>
<br>
<br>
おもなスタッフ<br>
監督・脚本　……　ロバート＝エガース（41歳）<br>
撮影　……　ジェアリン＝ブラシュケ（46歳）<br>
配給　……　ユニバーサル・ピクチャーズ<br>
<br>
<br>
おもなキャスティング<br>
オルロック伯爵　……　ビル＝スカルスガルド（34歳）<br>
　古城で暮らす謎めいた貴族。その正体は吸血鬼（ノスフェラトゥ）で、ドイツに移住するために同国内の不動産を探している。生前に黒魔術に傾倒し、悪魔の呪いで魂を肉体に封じ込められたことで不死者ノスフェラトゥとなった。夜のみ活動することができ、朝日が昇り最初の鶏が鳴くまでに棺に戻らないと肉体ごと消滅してしまう。<br>
　原作小説『吸血鬼ドラキュラ』におけるドラキュラ伯爵。<br>
<br>
トーマス＝ハッター　……　ニコラス＝ホルト（35歳）<br>
　ドイツの街ヴィスブルクに暮らす青年。ノックの経営する不動産屋で働いている。<br>
　原作小説『吸血鬼ドラキュラ』におけるジョナサン＝ハーカー。<br>
<br>
エレン＝ハッター　……　リリーローズ＝デップ（25歳）<br>
　トーマスの妻。孤独な幼少期を過ごし、そのころに守護天使に救いを求める願いをしたことでノスフェラトゥと精神的に結ばれてしまい、オルロック伯爵に狙われるようになる。<br>
　原作小説『吸血鬼ドラキュラ』におけるミナ＝ハーカー。<br>
<br>
フリードリヒ＝ハーディング　……　アーロン＝テイラージョンソン（34歳）<br>
　トーマスの親友で裕福な海運業者。アンナの夫で2児の父。ノスフェラトゥの存在に懐疑的な人物。<br>
　原作小説『吸血鬼ドラキュラ』におけるアーサー＝ホルムウッド。<br>
<br>
アンナ＝ハーディング　……　エマ＝コリン（29歳）<br>
　エレンの親友。夫のフリードリヒとの間に2児をもうけ、現在は第3子を妊娠中の身。<br>
　原作小説『吸血鬼ドラキュラ』におけるルーシー＝ウェステンラ。<br>
<br>
アルビン＝エバーハルト・フォン・フランツ教授　……　ウィレム＝デフォー（69歳）<br>
　スイス人の哲学者で、錬金術・神秘主義・オカルトに精通している。エレンとオルロック伯爵の精神的な結びつきを理解する唯一の人物。<br>
　原作小説『吸血鬼ドラキュラ』におけるヴァン・ヘルシング教授。<br>
<br>
ヴィルヘルム＝ジーフェルス医師　……　ラルフ＝アイネソン（55歳）<br>
　ヴィスブルクの医師。ノスフェラトゥに悩まされるエレンの治療を担当し、恩師のフォン・フランツ教授を頼る。<br>
　原作小説『吸血鬼ドラキュラ』におけるジャック＝セワード医師。<br>
<br>
ノック　……　サイモン＝マクバーニー（67歳）<br>
　トーマスが働く不動産屋の社長だが、その裏でオルロック伯爵の下僕となっている。オルロック伯爵との土地売買の交渉人としてトーマスを起用するが、伯爵の影響で精神に異常をきたし、ジーフェルスの精神病院に入院させられる。<br>
　原作小説『吸血鬼ドラキュラ』におけるレンフィールド。<br>
<br>
<br>
　いや～、この映画たのしみにしてたんですよ！　結局、アメリカ本国での公開から半年以上たってやっと観られたわけなんですが、やっぱりこのくらいの上映館数の作品もちゃんと大スクリーンで観られる山形市は本当にいいですね。のちのちソフト商品か配信の形で観るのって忘れちゃうし画面はちっちゃいしで、なかなかいい出会いにはならないような気がするんだよなぁ。多少お金と手間ひまはかかっても、やっぱり映画は映画館で観るのが最高ですよね～。<br>
<br>
　それで今回の『ノスフェラトゥ』2024なわけなんですが、この映画は上の情報にもあるように1922年のサイレント映画が元ネタで、私もこのオリジナル版は当然ながら大好きです。100年以上昔の映画なので今観ても怖いかといわれると難しいのですが、オルロック伯爵のビジュアルとノックの狂気の笑い演技は、今観てもなかなかに悪夢的ですばらしいですね。<br>
<br>
　でも、実は私がこのオリジナル版以上にゾッコンこよなく愛しているのは、1979年にヴェルナー＝ヘルツォーク監督がリメイクした西ドイツ映画の『ノスフェラトゥ』なのでありまして、オルロック伯爵役はあの伝説の「全身これ怪優」クラウス＝キンスキーさま、そしてヒロインのエレンにはこれまた「怪」のつく美人女優イザベル＝アジャーニという、とんでもないキャスティングの奇跡的怪作です。ぜ～んぶ「怪」がついちゃうよ！　また、伯爵のせいでひどい目に遭うトーマスを演じているのが、『ベルリン・天使の詩』（1987年）二部作（クラウスの娘ナスターシャさまも出るヨ！！）や、そうとう後年にあの『ヒトラー最期の12日間』（2004年）で知られることとなる世界的名優ブルーノ＝ガンツさんであることも見逃せません。チキショウメーイ☆<br>
<br>
　この79年版『ノスフェラトゥ』はね、本当に大好きです、愛してます。ヘルツォーク監督のクセの強すぎる美学が炸裂しまくっている逸品ですよね。と言っても、私がヘルツォーク監督の作品の中で一番好きなのはこの作品ではなく『フィツカラルド』（1982年）なのですが、この監督は『アギーレ　神の怒り』（1972年）もいいし『コブラ・ヴェルデ』（1987年）もいいしねぇ……全体的に評価ゲージが振り切れている傑作ぞろい！　まぁ、あくまでも私個人の中での絶賛なので、人によっては「セリフが少なくて話が全然わからない」とか「起伏がない！眠い！！」という向きも多々おられるかもしれませんが。そこがい～の！<br>
<br>
　我が『長岡京エイリアン』でも、かな～り昔にこの<a href="https://blog.goo.ne.jp/remade-berokron2/e/fd3ddd0ab7cbf1c2f6bca11695cfea3d">79年版『ノスフェラトゥ』の話はした</a>ので、そっちのほうの面白さは深くは触れませんが、79年版はちょっとホラーとは言いがたい「芸術的に不吉な映画」になっておりまして、そんなに怖くないという意味では22年のオリジナル版と同様なのですが、もはや「ヘルツォーク映画」としか言いようのない全く別種の映画になっていたと思います。同じ話なはずなのに、22年版と79年版はびっくりするほど味が違うんですよね。ラーメンとひやむぎくらい違う！<br>
　そんなに触れないと言いつつ、それでも大好きなのでちょっとだけ語ってしまいますと、79年版は吸血鬼ノスフェラトゥになってしまったオルロック伯爵を、全く悪者に描いていないんですよね。ちょっとした生き方の違いで、人類全体から忌み嫌われる病原体になってしまった哀しき存在で、その永遠の生を無言で受け入れてくれるのはカルパチア山脈の厳しい自然のみ。そしてそんな伯爵が、よせばいいのに文明社会や他人との愛にあこがれてしまったがために破滅、したかと思いきや……という、冷徹に扱っているようでいて、伯爵への限りない共感と慈愛のまなざしを送り続けている79年版は、とっても心地よく不吉な映画なのです。22年版にも、今回の2024版にもないオリジナルな結末は、愛というより他ないですよね。まさかの伯爵ハッピーエンド！<br>
　不吉な予兆に満ちた静寂、誰にも相手にされない孤独というものが、こんなに甘美であるとは……79年版は非常にヤバい映画です。毎日観ていいもんじゃないですね。<br>
<br>
　こんな感じで、映画史的にもかなり重要な長兄（102歳年上）と、クセ強すぎてホラー映画でなくなってしまった次兄のいる超名門「ノスフェラトゥ家」の末っ子として生を受けた今回の2024年版なわけなのですが、2人の兄はどちらも偉大でありながらも、「怖さ」という点では勝負していないので、実はそんなに高いハードルにはなっていないという不思議な家庭環境の中で、一体どのような作品になったのでありましょうか！？<br>
<br>
<br>
怖い、エグい、美し……い？　でも「不吉さ」はしっかり継承している大傑作！！　<br>
<br>
<br>
　こういう感じでございました。非常に面白かった！！<br>
<br>
　いや～、実に見ごたえのある最新型の吸血鬼映画でした。でも、オリジナルストーリーでもなく『吸血鬼ドラキュラ』でもなく、ちゃんと『ノスフェラトゥ』でなければならない味わいのある、新しくも古めかしい、斬新で鮮烈ながらも古典的なロマンに満ちた作品でした。<br>
<br>
　そうなんですよ！　この作品、ドラキュラ系じゃダメなんですよ。その二次創作が発祥であるノスフェラトゥ系じゃなきゃいけないのです！　ここを見失っておらず、ノスフェラトゥとしての独自性を大切にしていたのは本当に素晴らしかった。<br>
<br>
　上の情報にもある通り、まず映画『ノスフェラトゥ』が、イギリスの怪奇小説である『吸血鬼ドラキュラ』のドイツアレンジ二次創作であったという事実は見逃せないのですが、その一方でクライマックスの「吸血鬼の倒し方」において、かなりオリジナルな展開が盛り込まれている点が、決して無視できません。<br>
　『ノスフェラトゥ』が、小説＆戯曲『ドラキュラ』の著作権無許可映画であることは非常に有名なのですが、これは単にムルナウ監督が海外フィクション作品の著作権許諾ルールへの認識がゆるかったことから起きてしまった単純なミスであって、確信犯的にパクったという問題ではなかったのではないでしょうか。パクったにしてはあまりにもガードが甘いのです。<br>
　まぁ『ドラキュラ』が、映画を作る時点ですでに25年前に発表された小説だったし、そもそも文庫本にして550ページくらいある（創元推理文庫版）大長編をたかだか90分ちょいの映画（しかもセリフの無いサイレントで！）にする時点でそうとうな改変が加わることは必定だったので、ムルナウ監督側も「こうした方が映画的におもしれーぜ！」というノリで自由気ままにドイツナイズして、「だいぶ原作から変わっちゃったな。もう許可もらわなくてもいいっしょ！」と判断してしまったのが真相だったのではないでしょうか。ストーカー夫人なめんなよ！！<br>
<br>
　なので、『ノスフェラトゥ』はある意味、原典の『ドラキュラ』以上にナチュラルにヨーロッパの滋味をふくんだ、オリジナルみの強い吸血鬼物語になっているのです。結果的にはパクリ作品なのに、原典以上に吸血鬼伝承の味わいを継承してるって、こりゃ一体ど～いうこと！？　ま、『ドラキュラ』の作者ブラム＝ストーカーが東欧に一度たりとも行ったことがないっていう話は有名ですしね。ヨーロッパ風カレーを日本のそば屋のおやじが厨房のありもんで作ったら、なぜか元ネタよりも本家に近いインド風カリーになっちゃったみたいな。なんだこのたとえは。<br>
<br>
　『ドラキュラ』にない『ノスフェラトゥ』の魅力。それは、<br>
<br>
1、長大な大河群像劇だった原作小説の大胆なダウンサイジング＆ロマンあふれる退治法<br>
2、吸血鬼伯爵の「怪物感」の強調<br>
<br>
　この2つが大きいのではないでしょうか。<br>
<br>
　まずポイントの1、についてなんですが、原作小説『吸血鬼ドラキュラ』は、ドラキュラ伯爵という絶対的な悪役キャラを中心軸にすえつつ、それと対峙する人間側の主人公をあえてコロコロ交代させるリレー形式にして、無名の人々が結集し団結することによって伯爵という超人を打ち倒すという壮大な群像劇となっています。小説自体も、一見なんの関連性も無いような日記、新聞記事、契約書類、電報、医療カルテなどのパッチワークという実験的な構成になっているので、その点、これをまともに忠実に映像化したら2、3時間なんかでは収まらない上映時間になることは火を見るよりも明らかです。ほんと大河ドラマ。<br>
　しかも、人間側の主人公が代わるということはつまり、前半であんなにスリリングな体験をしてドラキュラ伯爵の恐怖を体感した不動産屋社員のジョナサンが、中盤からほぼ空気みたいな存在になって、どこからともなく現れた吸血鬼ハンターのヴァン・ヘルシング教授がいきなり物語のハンドルを奪い取ってしまうみたいな流れになっちゃうので、読者からすれば、ちょっと誰に感情移入すればいいのかよくわからないブツ切り感も生じてしまうわけなのです。まぁ、その分ドラキュラ伯爵の牽引力がものすごいのでダレルことはないわけなのですが。<br>
<br>
　こういった原作小説の難しさもあるので、歴代の『ドラキュラ』映像化作品は、内容を2時間前後におさめるための脚本上の工夫を強いられるわけで、ある作品は人間側の登場人物を統合・簡素化し（1931年『魔人ドラキュラ』）、ある作品はヴァン・ヘルシング教授を伯爵とタイマンはれるスーパーヒーローにして物語の主軸にすえ（1958年『吸血鬼ドラキュラ』）、またある作品は伯爵とヒロインのミナ（『ノスフェラトゥ』でいうエレン）との間に、原作小説ではついぞ無かった「400年ものの愛の因縁」を創作して無理矢理まとまりのあるロマンホラーに仕立て上げる（1992年『ドラキュラ』）といった、苦心惨憺の歴史が積み上げられていったわけなのでした。どれも違って、どれもいい！！<br>
　でも、1992年のコッポラ監督版『ドラキュラ』の原題が『 Bram Stoker's Dracula』なのは、さていかがなものかと思いますけどね。しれっと「元祖」みたいな看板出してるけど、おめーもたいがいアレンジきかせまくりじゃねーか！！　中学生時代にこれを観てから原作小説読んでビックラこいたよ、あたしゃ……でも、深夜の雷雨でネグリジェがびっしゃびしゃに濡れたミナ役のウィノナ＝ライダーさんが階段を駆け降りる時の「おっ〇いぷる～んぷるん♡」をフィルムに収めてくれた功により、この1992年版『ドラキュラ』は「永世100点満点映画」とさせていただきます。コッポラ版ドラキュラを悪く言うのは、このわしを倒してからにせい！！<br>
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　こういった、なみいる「本家ドラキュラ」系の映像化作品がありつつ、なんとそれらに先んじて小説『ドラキュラ』のショートカットに挑戦した1922年版『ノスフェラトゥ』の功績には、絶大なものがあります。<br>
　簡単に言いますと、『ノスフェラトゥ』は小説でいう前半の主人公「ジョナサンとミナ夫妻」を物語の最後まで主軸からずらさずにつらぬき通し、伯爵を倒すのもまた、夫（ジョナサン / トーマス）の敵討ちを狙うヒロイン（ミナ / エレン）にすることで、一本筋の通ったお話にしているのです。もちろん、これによって物語のスケールは原作小説とは比較にならないこぢんまりしたものになってはしまうのですが、余計なぜい肉がそぎ落とされて実に映画っぽい怪奇譚にまとまってくれるわけです。<br>
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　これによって、前半のトーマス出張パートの全体に対するパーセンテージが大きくなってしまうので、必然的に「出世をちらつかせられてヨーロッパ奥地のとんでもない僻地にぶっ飛ばされる新婚社員」という、ブラック企業全盛の現代日本すらほうふつとさせる「サラリーマン残酷物語」成分がいやがおうにも高まってしまうのは否めません。ましてや、今作は気候的にカルパチア山脈がとんでもない厳寒になっている中での出張なので、険しい山道ながらもどこか牧歌的な雰囲気も漂っていた22年版や79年版とは比較にならない不動産営業職（35歳男性）のつらさが強調されまくっているのです。<br>
　トーマスかわいそう！！　もはや吸血鬼がどうとかいう以前の恐ろしさですよ。上司のノックの口先ひとつで死にかける体験をさせられる若者の悲哀！　100年経っても全く風化しないどころか、ますますリアルに身に迫ってくるブラック企業の恐怖が、ここに！！<br>
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　さて、このようなトーマス夫妻のクローズアップによってあおりを食らうのは当然、そのぶん大幅に出番を減らされる後半の主人公たちであるわけでして、特に本家ドラキュラ系では吸血鬼ハンターの名をほしいままにしているヴァン・ヘルシング教授（単独主人公のホラーアクション映画もあるくらい！）が、ノスフェラトゥ系のフォン・フランツ教授になると途端に、実戦では何の役にも立たないモブお爺さんになってしまうという弊害がありました。<br>
<br>
　ところが今回の2024年版のすばらしいところは、この「ヴァン・ヘルシング教授のデバフ問題」にも独自のフォローを加えている点なのでありまして、今作ではなんと、エレンに例の「身を挺しての吸血鬼退治法」をアドバイスしたのは教授だったという、それなりに重大な役割を持たせるアレンジを加えているのです。これはいいですね！！　これで教授にも立つ瀬ができます。79年版なんか、役に立たないうえに警察にとっつかまってたもんね。<br>
　この貢献度の大幅な上昇は、当然ながら今作で教授を演じたのが、ご本人もかつて番外編的作品『シャドウ・オブ・ヴァンパイア』（2000年）でノスフェラトゥを演じたことのある名優ウィレム＝デフォーさんだったという事実も大きな影響を与えている気がします。そらそうよ、あのデフォーさんを呼んでおいて何の役にも立たないお爺さん博士にするわけがないですよね！<br>
　それにしてもしみじみ感じ入ったのですが、デフォーさんもいいお爺さんになったな……なんか髪型と口ひげもあいまって、ずっと稲川淳二にしか見えなかったもんね。デフォーさんって、けっこう小柄なんですね（身長169cm らしい）。全然そんな印象なかった。顔の迫力が190cm くらいだもんなぁ。<br>
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　ともかく、『ノスフェラトゥ』はお話のサイズを、あくまでも「世にも怪奇な体験をした夫婦のはなし」の範疇におさめているので、ある意味で現代の日本でずっと流行っている「実録系怪談」のご先祖さまと言える、映画として実にすわりのいい形になっていますし、なおかつ肝心カナメの伯爵の退治法についても、むくつけき男どもが伯爵の寝ている棺桶を追いかけ回して、太陽が出て伯爵が動けない内に胸に杭を打って首をぶった切るとかいう、原作小説の実もフタもない正攻法ではなく（こっちのほうが実に効率がいいのですが）、美しい新妻が自らの若さと血液をもって吸血鬼を夜明けまでにベッドに釘付けにするという、これをロマンと言わずして何と言おうという艶っぽい作戦にしているのが本当にすばらしいです。<br>
　いや～、このオチを考えついた時点で、もう『ノスフェラトゥ』は『ドラキュラ』の二次創作なんかではありえなくなっちゃってるんですよね！　だって、どっからどう見ても『ノスフェラトゥ』オチのほうが美しいに決まってるんだもん。<br>
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　まぁ実際に考えてみれば、エレンが一体何時間伯爵を引き留めなきゃいけないんだというキビしさもあるのですが、そこはそれ、ロマンですから。そういえば、これまた今回の2024年版独自のアレンジとして、夜明けの一番鶏が鳴くちょっと前に、伯爵が顔を上げて朝が近いことに気づきつつも、何かを諦めたかのように再びエレンの胸に顔をうずめるという一瞬の描写がありました。これも良かったですね！　伯爵はエレンの真意に気づき、彼女の献身的な愛もまたかりそめであることを知りつつも、そのつかの間のしあわせに殉じて自ら破滅の道を選んだのです……哀しい！　実に哀しいなぁ！！　でも誰にだってそういう、後先考えずに「もうどうなってもいいや……」な感じになっちゃう瞬間って、ありますよね。深夜の大食い超厳禁！　夜店のタンメン！！<br>
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　ついついポイント1、の話が長くなってしまいましたが、もうひとつの2、に関して言いますと、原作小説では恐ろしい容貌をした老人から、血を吸うたびに若返り貴族然とした紳士になっていく伯爵というスーパーヒーローっぽい要素があったのですが、『ノスフェラトゥ』ではそこがカットされて最初から最後まで人間離れした「コウモリ＋ネズミ＋人間÷3」みたいなおぞましい外見になり、それに加えて、原作ではそれほど強調されていなかった「大量のネズミを介して街に死の疫病をまき散らす伯爵」という属性が前面に押し出されて、伯爵の不吉さと人外感が原作以上に強調されているという独自性があります。<br>
　特に、「吸血鬼＝ペスト」というイメージの融合が今回の2024年版と79年版ではかなり意図的にクローズアップされていまして、79年版では無言の葬列と棺桶の散乱した街、そして真夜中の無人の広場をひらひら～と実に楽しそうに舞い踊る伯爵という間接的な描写で死の嵐がえがかれていましたが、今作では脇役のハーディング一家が、いたいけな2人の幼子にいたるまで伯爵と疫病の犠牲になっていくという直接的で容赦のないエピソードで語られていました。<br>
　ちなみに、22年版も79年版もハーディング一家にあたるキャラの皆さんは完全なるモブにとどまっており、今作ほどひどい目に遭うことはありませんが、観客の記憶にも残らない空気と化しています。どっちがいいんだか……<br>
　ちなみにちなみに、今作でいうアンナ＝ハーディングにあたる原作小説『吸血鬼ドラキュラ』の第2ヒロインことルーシー＝ウェステンラが、物語中盤の中ボスのような吸血鬼と化してかなりすごい名シーンの主役となることは、コッポラ版『ドラキュラ』でも有名ですね。血ゲボブッシャーでキャハハハハ☆　これに比べたら、人間としてすんなり死ねた今作のアンナのほうがいくばくか幸せか。<br>
<br>
　また、イギリスで生まれたドラキュラ伯爵には、まだ百歩譲ってカッコよさや若返りの魔性をともなった魅力があったのですが、『ノスフェラトゥ』のオルロック伯爵には、ただひたすら死のもたらす恐ろしさとけがらわしさ、共感を全く持たせない虚無しかないのです。ここらへん、歴史的に本当にペストの恐怖が蔓延したドイツならではの伯爵アレンジと言えるのではないでしょうか。そして、実際に東欧で伝承されていた吸血鬼のロマンもへったくれもない汚さ、気持ち悪さに近いのは、明らかにドラキュラ伯爵よりもオルロック伯爵のほうなのです。<br>
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　そういう意味で、ヘルツォーク監督流にあいまいに死の恐怖を描いた79年版よりも、より直接的にエグく血なまぐさく伯爵の害毒を描いた2024年版は、どっちが良いのかは別としても、『ノスフェラトゥ』の独自な面白さをアップデートする、非常に意義のあるリメイクになったのではないかと思います。<br>
　でもほんと、なんてったって元ネタが100年以上前のサイレント映画なんですから、リメイクも何もないんですよね。もう2024年版はどこからどう見ても、22年版とも79年版とも違う独立独歩な擬古典ホラー映画なんですよ。「古くさそう」とか「吸血鬼映画あんま知らないし」とかいう先入観で敬遠するのは全くの損です。ぜひともご覧いただきたい！<br>
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　……とは言いつつも、そこはそれ、ここはひねくれまくったブログ『長岡京エイリアン』ですので、このまま絶賛で終わらせずに「ここはど～かな～」な点をいくつか言わせていただきますと、<br>
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やっぱり……ヒロインが……ロマン作品にしては……<br>
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　あの～、エレン役のリリーローズさん、なんでそんなに身体はってんの？<br>
　まぁ、その全身痙攣ダンスといい、ベロを辛子めんたいこのように怒張させた顔面ショッキング演技といい、20代のみそらとはとても思えない覚悟の決まった体当たりな姿勢は実に好感が持てるのですが、「あなた、こんな仕事をして、これからどうやって生きてくつもりなの……？」みたいな、実家のお母さんみたいないらぬ心配を抱いてしまう身の捨てっぷりようなのです。それはもう、映画を観ずともちょっと検索したら画像が出てくるんですけど……ものすごいですよね。親父のジョニーも、『エルム街の悪夢』（1984年）でそんなには身体はってなかったよ？<br>
<br>
　いや、わかります。イザベル＝アジャーニだとかウィノナ＝ライダー（親父ジョニーとの因縁！！）だとか、ポランスキー監督の『吸血鬼』（1967年）のシャロン＝テートだとか、とかく先達の吸血鬼映画に出てくるヒロインは絶世の美女率が高いですから、そこに挑戦するのにいくばくかの危機感をおぼえたのは無理もないことなのです。<br>
　でも、だからといって、全然違う方向性のインパクトを狙って「そっち」に行っちゃうとは……いや、確かに唯一無二のヤバさを持ったヒロイン像は間違いなく確立してくれましたが、純粋に伯爵が魂を奪われるほどの美女なのかと言われますと、その……<br>
<br>
　でも、今作のエレンは現代にも通じる「生きづらい心の傷を負ったひと」という側面がだいぶ強調されていますので、リリーローズさんのアプローチに誤りはないと思います。誤りはないのですが……時代を超えて愛される映画って、そういうヒロインでいいのかな！？<br>
　なんか、今回の『ノスフェラトゥ』を観て、直接の関係はないのですが、あの伝説の怪映画『ポゼッション』（1981年）って、イザベル＝アジャーニさんがあの美貌でああいう役をやったから伝説になってるんだな、ということをつくづく認識しました。どの女優さんがああいうムチャクチャな演技をしてもいいって話じゃないのね。<br>
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　もうひとつの苦言としましては、2024年版のオルロック伯爵の姿が、醜いながらも若干、人間っぽい要素を残しているという中途半端さが気になりました。つるつる頭に真っ白い顔、ギョロっとした目つきにとがった耳と前歯という、22年版と79年版に共通していた独特すぎる容姿でなく、原作『ドラキュラ』前半の「口髭の老人」イメージをだいぶ残した、どれが一番近いかというと、あのジェス＝フランコ監督の『ドラキュラ　吸血のデアボリカ』（1970年）でクリストファー＝リーさまが演じた原点回帰伯爵が最も近いようなデザインになっていたのが、なんか残念に感じました。なぜそこでドラキュラ系に歩みよっちゃうの！？　そこは頑固にノスフェラトゥ系メイクで通していただきたかった。<br>
　ただこれに関しましても、伯爵の禿頭にちょびっとだけ残っている髪の毛がきれいな七三わけのように額に貼りついているあたり、口ひげや、伯爵の指先までピンと伸ばした片手の大きな影が街を包み込むイメージショットともあいまって、あの20世紀最悪の独裁者を大いに意識したデザインになっていると感じました。それはわかるんですが、なんかそうなると伯爵の異形性が薄まるような気がしてねぇ。ちょっと、ほんのちょっとですが残念でした。<br>
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　以上、他にも言いたいことはいっぱいあるのですが、字数も字数なのでここまでにいたしとうござりまする。要するに、かなり正統派で面白い吸血鬼映画が観られてよかったな～ってはなし！<br>
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　いや～、ついおととしに<a href="https://blog.goo.ne.jp/remade-berokron2/e/4527878f33dbaccb56602fc504d8ca51">『ドラキュラ　デメテル号最期の航海』（2023年）の感想記事</a>で「ドラキュラ全編を映画化しとくれ！」なんて言ってたら、その斜め上をいく感じで『ノスフェラトゥ』の最新バージョンが出てきてくれて、吸血鬼ものファンとしては本当にありがたいばかりです。<br>
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　この調子で『フランケンシュタイン』とか『狼男』とか『ミイラ男』とかもどんどんリメイクして、元祖「モンスター・ヴァース」作品も復活してください！　こちとら、マーベルなんちゃらとか DCなんちゃらのクロスオーバー作品なんか、とっくの昔に飽き飽きしてるんでぇ！！　ただし、『バットマン』の単独シリーズのみ可とする。<br>
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　全裸のコウモリ男メイクとか、今作のもふもふファーで防寒バッチリ外套姿とかもいいけど、そろそろ黒燕尾服に黒マント（裏はもちろん真紅！）のベッタベタな伯爵にもご復活いただきたいと！！<br>
　今回の2024年版も異例の大ヒットとなったようですので、夢は広がりますね！　なにとぞ、よろしくお願い致しまする～。<br>
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　あそれ、どらどら、きゅっきゅっ、どらきゅら～♪<br>

]]></description>
   <category>ホラー映画関係</category>
   <dc:date>2025-06-25T23:52:25+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/remade-berokron2/e/3febd69966ab093e1d48da54ef9d89c2</guid>
  </item>
  <item>
   <title>祝・ガラシャープ地上波初登場！？企画　便利屋怪獣ギャオス　令和もやっぱり傷だらけ！！</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/remade-berokron2/e/46d63b3303b70a1082466ac0a95ca2b1?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
　ヘイヘイ、どもども、そうだいでございます～。みなさま、今日も一日お疲れさまでございました！<br>
　連日、私の住む山形も35℃に届かんとする勢いの猛暑が続いているのですが、梅雨、まだ明けてないのよね……ど～なっとるのかねコリャ！？<br>
　とは言いましても、実は今日の山形はそうとう久しぶりに一日中の雨で、人間も田んぼの稲も畑の野菜・果物もほっと一息つける貴重な日となりました。天気予報だと、なんか4～5日はこういう天気が続くみたいなので、その後の梅雨明けからの猛暑に備えるためにも、ゆっくり体調を整えたいと思います。まぁ、湿度が高いのは我慢ですよね！<br>
<br>
<br>
　え～、おとといの21日土曜日に、4月から NHK総合で深夜に放送していた CGアニメ『ガメラ・リバース』がついに最終回を迎えました。<br>
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　言うまでもなく、このアニメシリーズはすでにおととしに配信されていた作品でして、私もその時点でお話にざざっと目を通しておりまして、登場した怪獣たちの中でも特にグッと来たリバースギャオスとリバースギロンのムビモンを購入したりもしていたのですが、今回はいよいよ地上波放送、しかも6エピソードを12話に分割して1週ずつ放送するというじっくり形式でしたので、あらためて今回、毎週毎週録画して見直すたのしみにしておりました。<br>
<br>
　まず、この作品の基本情報をおさらいしてみましょう。<br>
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『 GAMERA -Rebirth-』（2023年9月配信　全6話　Netflix）<br>
　『GAMERA -Rebirth-』（ガメラ・リバース）は、ENGIが制作を担当し、Netflixで配信された特撮SF アニメシリーズ作品。2025年4月から NHK総合で地上波放送された。NHK 放送版では全12話形式に再構成されている。<br>
　「ガメラシリーズ」としては初のアニメ作品であり、1989年の夏を舞台に、ガメラと怪獣たちとの戦いを目撃する4人の少年たちを描く。<br>
　ガメラとギャオスのデザインは、2015年に公開されたシリーズ50周年記念映像を基にしており、第1話でのガメラと小型ギャオスの群れとの戦闘シーンも50周年記念映像での描写を踏襲している。<br>
　本作における怪獣の能力や描写、人間のキャラクター、ストーリー面や戦闘シーンの細部などは、未制作を含む過去のシリーズ作品へのオマージュが重視されており、ガメラと子どもたちが助け合う関係性も含めて、昭和シリーズを中核として全作品のガメラの要素を込めている。<br>
<br>
　本作には、『ガメラ　大怪獣空中決戦』（1995年）の最初期の原案に参加した脚本家の小中千昭・小中和哉兄弟の構想との類似性が見られ（子どもたちの冒険、超古代文明の遺跡から発見された怪獣の卵、ガメラと子どもたちとの超古代文明の記憶の共有、青白い攻撃を口から発射するガメラ、卵と幼体状態が登場するガメラとギャオス、熱に関する特性を持つギャオスなど）、その一部は後に『小さき勇者たち　ガメラ』（2006年）ですでに映像化されていた。その他にも『小さき勇者たち』と本作には世界観上の類似点が散見され、たとえばガメラの能力（複数の攻撃を口から放つ、火球攻撃の際に腹部が発光する、身体から高熱を発して敵にダメージを与える手段を持つ、周囲全体を攻撃する能力を持つ、ビーム状の攻撃能力を持つ、肉体が分解される攻撃の跡に卵が残されるなど）や、登場する敵怪獣たちが共通の出自や性質や能力を持っているが見られる。<br>
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おもなスタッフ（年齢は Netflix配信当時のもの）<br>
監督　……　瀬下　寛之（56歳）<br>
シリーズ構成　……　猪原　健太（41歳）、瀬古　浩司（42歳）、瀬下　寛之<br>
脚本　……　山田　哲弥（38歳）、猪原　健太、瀬古　浩司、瀬下　寛之<br>
造形・光画監督　……　片塰　満則（59歳）<br>
音楽　……　片山　修志（？歳）<br>
制作　……　ENGI、unend、スタジオKADAN<br>
主題歌『夏暁』&amp;エンディングテーマ『 FLY &amp; DIVE』（歌・WANIMA ）<br>
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登場怪獣<br>
　本作に登場する怪獣は、すべて10万年前まで存在した「エリシタニア」などの超古代文明が戦闘用兵器および過剰増加した人口の調整装置として生み出した生物とされている。怪獣たちはそれぞれが複数の系統から派生した近縁関係にあり、各々が高い知能を持って戦略的な行動を行い、遠方から近づく危険要素を感知して判断したり、プラズマや電磁波や電波シールドを発生させたり、人類とくに怪獣との接触経験のある子どもを遠方から感知したり、対象の人間に何らかの精神干渉を行う、赤い眼をして紫色の血液が流れているなどの類似した身体構造や能力を持つのも、このためである。<br>
　本作の前日譚にあたるあるマンガ『 GAMERA -Rebirth-　コードテルソス』（角川書店）によれば、超古代文明の時代にガメラは24種類の怪獣と戦っていたことが示唆されている。その中には本編未登場の冷凍怪獣バルゴンの存在も確認されており、ガメラとギロン、ギャオスとジグラ、バルゴンとジャイガー、バイラスと詳細不明の複数の未登場怪獣が、それぞれ同系統から派生したとされている。<br>
　ガメラ以外の怪獣たちの特徴として、同種を含む怪獣同士の共食いや人間を捕食することで急速成長・巨大化する傾向があり、場合によっては巨大化を加速させるために戦略的に共食いや人間の捕食も行う。また、場合によっては獲物（人類）に意図的に恐怖を与えて逃げ惑う様を楽しむような行動を取り、特に人間の子どもの捕食に非常に強い執着を見せる。<br>
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<br>
ギャオス<br>
　体高20～25m、翼長100m、体重200t。飛行速度マッハ3以上。出身地・太平洋南部ニューギニア島。<br>
　平成ガメラ3部作と2015年のシリーズ50周年記念映像でのデザインと設定を踏襲しており、従来のようなコウモリや鳥、ドラゴンのデザインだけでなく、ヘビの特徴も取り入れている。目の周りに炎のような模様がある。<br>
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　超古代文明が品種改良して生成した、戦闘兵器および人口調節装置。本作でのギャオスとジグラは同系統から派生しているために骨格などに類似性が強く、胸に主力武器の生成器官を持ち、足の裏にダイオウホウズキイカの吸盤のような「牙のある吸盤」を持つ点も共通している。<br>
　数百個以上の卵がニューギニア島奥地の大空洞の石柱群に保存されており、現代人類の採掘工事によって発見された。孵化後は人類の捕食や共食いを経て生き残った40頭ほどが群れを成して日本列島に飛来した。ちなみに、ニューギニア島は昭和ガメラシリーズの冷凍怪獣バルゴンの出身地でもある。<br>
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　孵化時には体高が3～5cm ほどであるが、1週間で体高5～10m、最大で体高20～25m にまで成長するとされている。人間を捕食する度に巨大化し、特に人間の子どもに対して強い食欲を示す。<br>
　知能が高く極めて残忍であり、各個体が共食いの危険性を回避するために戦略的な行動を取ろうとするほか、獲物にした人間を意図的に逃がして恐怖を与えてから捕食しようとするなどの面も持つ。また、初めて見るガメラやミサイルなどの危険を瞬時に察知して一時的に連携し集団戦術を執ったり、ガメラの接近を予知する描写も存在する。死ぬと有毒性のガスを噴出しながら急速に融解する。<br>
<br>
　口から発する超音波メスで切り刻む攻撃を得意とする。超音波メスは過去の歴代ギャオスとは異なり赤い。本作での超音波メスは非常に高温で、人体を瞬時に破砕させる。超音波メスは攻撃だけでなく、獲物の肉を食べやすい大きさに切り分けたり障害物を排除したりする用途にも使われる。長大なヘビのような舌を持っており、これを槍のように瞬時に伸ばして人間を串刺しにして、ヘビのようにアゴの関節を外して獲物を吞み込む。足の裏にある吸盤によって垂直の壁にも吸着したり、相手に掴みかかったりする。翼の先端や脚にある猛禽類に近い形状の鉤爪は、ガメラの皮膚にもダメージを与えることができる。体表面に不可視の電波シールドを発生させて物理攻撃を防ぐことができるが、ガメラの火焔攻撃は特定波長のパルス放電を使用してこれらのシールドを無効化・貫通できるため、ガメラに対しては有効でない。<br>
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エスギャオス<br>
　体長340m、翼長不明、体重3,600t。<br>
　ユースタス財団の上層部「評議会」によって、幼生ギャオスに遺伝子変異を促す特殊な RNAガスを投与して生み出された突然変異の個体。さらに人間を捕食し他怪獣バイラスの死体を摂取したことによって増殖細胞が暴走し、通常のギャオスとは比較にならない大きさと攻撃力と防御力を得たが、その一方で飛行能力は失っており、与那国島近海から石垣島の枝先半島まで泳いで移動した。名前の「S」は「 Special Mutation」を意味する。<br>
<br>
　幼生時には左右3個ずつ計6個の目を持っており、成長すると4個に減少した。成長すると頭部に可動できる反射膜の付いた4つの角を持つようになり超音波メスの発射時にはこの反射膜が帯電する。舌から相手の遺伝子コードを書き換える特殊な RNAウイルスを投与する能力を持つ。超音波メスの威力も上昇しており、軍艦や戦車を容易く破断したり海水を吹き飛ばす威力を持ち、着弾点の砂地も焼け焦げていたが、ガメラの甲羅を貫通することはできていなかった。ガメラの火焔弾の連続攻撃にも耐えることができる。<br>
<br>
　映画『小さき勇者たち　ガメラ』に登場した凶悪怪獣ジーダスと、昭和ガメラシリーズの幻の怪獣「大邪獣ガラシャープ」の設定を受け継いでいる。<br>
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　……え～、こういうわけでありまして、今回の「ガメラ VS 6大怪獣」という非常に魅力的な設定をババンと提示してくれた『ガメラ・リバース』の中で、なんと「先鋒と大将どっちも」という、おいしいにも程のあるポジションを横取りしてしまったのが、かつて我が『長岡京エイリアン』においても、なみいるガメラ怪獣の中で特に私が大好きな名怪獣として<a href="https://blog.goo.ne.jp/remade-berokron2/e/c3f973b96dfa7bc4e5463eee0a376d4c">ピックアップしたこともある</a>、<a href="https://blog.goo.ne.jp/remade-berokron2/e/649dd7aee4f4bbec29e855326024b384">凶悪怪獣ギャオス</a>だったのでありました。<br>
　いや～、やっぱガメラシリーズにおける時代・シリーズを超えた貢献度の高さをかんがみれば、ギャオスさんが最初と最後を飾るのは当然の理ですよねぇ！　ま、「予想通りすぎる」という声もあるかも知れませんが、最大公約数のガメラファンの方々が納得する怪獣選だったのではないでしょうか。<br>
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　ですので今回は、ちょっと『ガメラ・リバース』全エピソードについて語るまでの余裕はないものの、令和最初のギャオスさんの TV初登場でもありますし、本作に登場したリバースギャオスとエスギャオス（以下、スペシャルギャオスと呼称します）の活躍について感じたことをくっちゃべっていきたいと思います。とは言っても、やっぱりシリーズ全体についての話になってしまいますか。<br>
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　まず、エピソード1『東京上空』（TV版1・2話）に登場したリバースギャオスについてなのですが、う～ん……まぁ、押しなべて「ギャオスが CGで活躍するとしたら、こんな感じよね。」という感想でした。いかん、言い方がキツいぞ！<br>
<br>
　リバースギャオスの、過去の歴代ギャオスと比較してのオリジナルポイントといえば、やはり「身体がまっ赤」という点と「ワイバーンみが増してる」というところだと思います。やはり CGで活躍できるという利点を大いに活かして、まさに東京上空を大群で跳梁するその紅蓮の姿は空の悪竜そのもの。羽ばたく躍動や一瞬で身をひるがえすアクションの軽やかさは、実写特撮ではなかなか実現不可能なスピード感を持っていたと思います。また、ゲームセンター内で主人公たちを追い回す様子は、巨大怪獣とはまた違った、まさしくあの映画『ジュラシック・パーク』（1993年）での「厨房室でのヴェロキラプトルの追撃」シーンを彷彿とさせるリアルな恐怖感たっぷりな活躍を見せてくれたと思います。<br>
<br>
　そうそう、こういうところでギャオスさんの芸の幅がきいてくるんですよね。つまり、人間を喜んで喰らい尽くす憎々しい悪役としての表情演技もお手の物だし（特に今回はベロを多めに出していて下っ端チンピラ感がすごい）、その一方で多少ケガをしてピョコピョコ歩くような、どこかまぬけでユーモラスな味わいも出せるのが、ギャオスさんのすごいところなんですよ。これはもう、1967年の初代以来ずっと変わっていない専売特許ですよね！<br>
<br>
　このギャオスさんくらいに恐怖も笑いもどっちもいける万能怪獣って、そんなにいますかね？　飛行怪獣の大先輩であらせられる東宝のラドン師匠（1956年生）も、近年のハリウッド版でけっこう面白いキャラクターになってはいましたが、自分の身のこなしで笑いを取るまでの身の切り方はしてませんでしたしね。あれはギドラに負けたらギドラに従い、ギドラが死んだらゴジラへ乗り換えるという腰の軽さが面白いのであってね。<br>
　円谷プロのウルトラシリーズでいうと、レッドキングとか、代によっては面白い言動をする（5、6代目）バルタン星人とかが、面白い面もある悪役怪獣・宇宙人として連想されるかと思うのですが、ウルトラ怪獣は総じて新幹線やビルから人をつまんでボリボリ喰うみたいなダーティワークはしませんからね。<br>
<br>
　やっぱりね、「人を喰う」という外道一直線な所業をしときながら、それでいてどこかユーモラスというギャオスさんの「最低だけど最高」なポジションは、特撮キャラ界の中でもそうとうに稀有な存在だと思うんですよ。それはもう、令和でも揺らいでいないんですね。<br>
<br>
　とまぁ、そういう感じでギャオスさんのキャラの代替不可能な稀少性をあらためて証明してくれた『ガメラ・リバース』ではあったのですが、その一方であえて厳しい物言いをさせていただけるのであれば、リバースギャオスにそれ以上の、諸先輩ギャオスをあっと言わせるようなオリジナリティがあったのかというと……あんまりなかったような気もします。<br>
<br>
　だって、超音波メスは初代ギャオスから、大群属性は平成ギャオスから、執拗に人をつけ狙う残酷性は50周年ギャオスからといった感じで、だいたいの特徴が歴代からの拝借＆ミックスなので、ほんとに新しいのは、先ほど挙げた外見上の変化しかないのです。<br>
　そして、基本情報にもあったように、今作でのリバースギャオスに、その物語上の役割において最も似ているのは『小さき勇者たち　ガメラ』の冒頭に登場したオリジナルギャオスだと思うのです。共通している点は2つあって、1つは「お話の最初であっさり殲滅させられる点」、もう1つは「お話のラスボスの素体になっている点」です。ここでいうラスボスというのは、スペシャルギャオスとジーダスのことですね。<br>
　いちおう、オリジナルギャオスはアヴァンガメラの自爆を誘発したので「あっさりと」の表現に語弊はあるのですが、まぁ冒頭でとっとと退場させられていることに間違いはありません。<br>
　つまり、本作のリバースギャオスと『小さき勇者たち』のオリジナルギャオスはともに、「お話の最初でガメラにやられて退場」という、まさに先鋒、まさにかませ犬な役割を粛々と演じざるを得なかった、哀しき脇役ポジションを甘んじて受けていたわけだったのでした。<br>
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　なんということでしょう、これがギャオスさんの令和最初の活躍だったとは……非常に無念！　誠に遺憾であります！！<br>
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　でも、こういう前座がいないと、『小さき勇者たち』も本作も盛り上がらないわけなんで、ね。適度にガメラを奮い立たせて、序盤の敵として潔く散ってくれるキャラとしても、ギャオスさんは非常に使い勝手のいい存在だったのですね。令和も、こんな感じでいくのかな……あら、涙が。<br>
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　しょっちゅう再登場してくれるのは本当に嬉しいのですが、ギャオスさん、忘れないでください。あなたは1967年に初登場した時は、胸から黄色の「消化毒液」を噴出して、ガメラの得意技である火炎攻撃をいっさい無効化させ、たった1頭で1本の映画をもたせられてた「強豪敵怪獣」だったんですからね！？　何頭も群れをなしてガメラにたかって、挙句に火炎攻撃で一掃されるようなやっすいキャラじゃなかったんですよ～！？<br>
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　思い出せ、1967年を！！　次に再登場する時は、ぜひっとも1頭でガメラを苦戦させる大怪獣に原点回帰してくださいませい！！<br>
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　あ、ちなみに、今回のリバースギャオスに全くかぶっていない唯一の先輩ギャオスとして、全身銀色の「宇宙ギャオス」がいるのですが、この先輩のマネだけは絶対にせんといてくださいね。若干、今作のリバースジグラにその面影があったような気もしたのですが、リバースギロンに惨殺されるようなくだりはさすがに無かったので、ほっといたしました……<br>
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　余談ですが、ぬいぐるみ特撮の昔と全く同じように、昨今の CG特撮の世界でも、制作費節約のために既製怪獣の姿にあれこれ手を加えて別怪獣に仕立て上げるという伝統が残っていたのにはビックラこきました。なるほどねぇ～。<br>
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　さて、『ガメラ・リバース』の序盤に登場したリバースギャオスの話はここまでにいたしまして、いよいよ本作のラスボスと言って良いポジションについた、スペシャルギャオスのほうに触れていきたいと思います。<br>
　まぁ、視聴された方ならばわかるように、本来この作品においてラスボスの位置にいたのは、その1コ手前のリバースバイラスだったのですが、その殲滅後に突然変異的に飛び入り出場したのが、このスペシャルギャオスだったわけなのでした。<br>
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　ところで、とにかく私として無視できなかったのは、このスペシャルギャオスの基本情報において、上記のように「ジーダスと幻の怪獣ガラシャープの設定を受け継いでいる」という記述があったことだったのです。<br>
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　おぉ、ガラシャープとな！？　まさか、令和の御世にガメラと歴代敵怪獣が復活するという今回の企画において、バルゴンやらレギオンやらイリスをさしおいてこの怪獣にスポットライトが当てられるとは！　長生きはするもんじゃのう。<br>
　ここでちょっと、ガラシャープについての基本情報をば。<br>
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大邪獣ガラシャープとは！！<br>
　大邪獣ガラシャープは、昭和ガメラシリーズの没映画に登場する予定だった、ガラガラヘビとキングコブラをモチーフとした蛇の怪獣。<br>
　昭和ガメラシリーズの制作会社であった大映の1971年12月の倒産によって、『ガメラ対深海怪獣ジグラ』（1971年7月公開）に続くシリーズ第8作として企画されていた『ガメラ対双頭怪獣 W』の制作はお蔵入りとなった。しかし、1991年発売の昭和ガメラシリーズの LD-BOXの映像特典として、この企画は『ガメラ対大邪獣ガラシャープ』と題して、ハイライトシーンのみがイラストとミニチュアによって映像化された。原案は高橋二三、イラスト・怪獣デザインは井上章、監修は湯浅憲明。登場する怪獣は大邪獣ガラシャープと怪獣マルコブカラッパ。ただし、マルコブカラッパは物語にはからんでこない。<br>
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　昭和ガメラシリーズの敵怪獣の中でも最大級の大きさであるとされ、目が赤く光り、頭頂部も発光する。炎などの熱エネルギーが好物で、舌を使って吸引するため、ガメラの火炎噴射が効かない。ミサイルとして発射できる角は、通常はアンテナにもなる。口から昭和ギャオスと同様の消火性の毒ガスを吐く。尻尾の先端には回転式ドリルが付いており、尻尾全体を震わせて超音波を発する。とぐろを巻いてホバークラフトの様に飛行することができる。2頭の子ども（幼体）がいるが、クライマックスでガメラに命を救われている。<br>
　1991年の特別映像版ではガメラシリーズ初の人類が開発した架空兵器が登場し、ガメラがそれを利用してガラシャープを倒すという展開になっていた。<br>
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　……いやはや、まさかこのガラシャープの要素を継承した怪獣が、6大怪獣のトリを務めようとは！　ガラシャープさんそのものが念願の初出演を果たしたわけでもないのですが、それにしたって大いに言祝ぐべきことじゃないっすかぁ。<br>
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　ただし、ここで注意しておかねばならないのは、昭和ガメラシリーズにおいてジグラの次に映画化されるはずだった幻の「双頭怪獣W 」が、そのままイコールでガラシャープではないというところなのです。そもそもガラシャープは頭1コだし！<br>
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双頭怪獣W とは<br>
　双頭怪獣W は、幻となった企画『ガメラ対双頭怪獣W 』に登場する予定だった怪獣。その設定が活かされて1991年に特別映像『ガメラ対大邪獣ガラシャープ』が制作された。<br>
　湯浅・高橋・八木正夫・徳間康快などが執筆協力した書籍『強いぞ！ガメラ』（1995年　徳間書店）に、『ガメラ対双頭怪獣 W』の原案を再利用したプロットが掲載されており、ここでは「 W」こと銀色の双頭怪獣ワイバーン（『ガメラ対大邪獣ガラシャープ』のガラシャープにあたる）が登場する。<br>
　プロットの設定では、ワイバーンはバイラス星人とジグラ人が、太陽系第10惑星テラにて生成した生物兵器で、かつてガメラと戦った怪獣たちの戦闘データが組み込まれている。<br>
　深海怪獣ジグラから受け継いだ「細胞活動停止光線」を額から発射し、双頭のそれぞれの口から火炎放射と冷凍光線を吐く。<br>
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　はいはい、お蔵入り企画あるあるの展開で、話がややこしくなってきましたね～。<br>
　要するに、おそらくは1972年に映画化される予定だった昭和ガメラ第8作（『宇宙怪獣ガメラ』ではない）の敵怪獣「双頭怪獣W 」は、正確に言うと1991年にミニチュア人形で映像化されたガラシャープとは100% 同一の怪獣ではなく、かといって、1995年にプロットの形で世に出た双頭怪獣ワイバーンについても、上記のようにお話自体は「大映版怪獣総進撃」的なお祭り企画となっているので、決して純粋に幻の企画を復元させたものとは言えそうにないのです。や、ややこしい。<br>
　無理やり解釈すれば、1991年特別映像版のストーリーラインで1995年の双頭怪獣ワイバーンが暴れる物語が、1972年の幻の映画であったんじゃないかと思えるのですが……つまり、頭が1つしかない怪獣ガラシャープは、1991年の企画の予算都合の問題で生まれたのではないでしょうか。こやつもこやつで、哀しき出生の事情が～！<br>
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　とまぁ、こういうごたごたがあった末に、2023年にやっと世に出ることができたガラシャープ（の要素を持ったスペシャルギャオス）だったわけなのでした。良かったね～！！　やっぱり『フレディ VS ジェイソン』で殺人鬼フレディが語っていた至言ではないですが、「名前を忘れられない限り、そのキャラクターは永遠に死なない」んですね～。これは、ジャンルこそ違いますが『機動戦士ガンダム　ジークアクス』でまさかの大注目を浴びた「キケロガ」もそうですよね。実質はだいたいブラウ・ブロながらも。<br>
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　そんでもって、肝心なのは『ガメラ・リバース』の最終エピソード『幼年期の終わり』（TV版11・12話）でのスペシャルギャオスの活躍のほどなのでありますが、う～ん……決して「ラスボス」らしい華々しさがあるとは言えない、ちょっと寂しいものだったと思います。<br>
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　先ほども申したように、今作におけるスペシャルギャオスは「たまたま最後に出てきたから」という感じで最終エピソードの対戦怪獣になっているので、例えていえば『ウルトラマン』の宇宙恐竜ゼットンではなく『ウルトラセブン』の双頭怪獣パンドンのような味わい深い立ち位置のラスト敵になっているのです。パンドンなんか、そもそもセブンが元気だったら簡単に倒せる怪獣だったはずで、今作のスペシャルギャオスもまた、本気を出したガメラのフル回転攻撃になすすべもなく敗れ去ってしまいました。<br>
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　これは、結局『ガメラ・リバース』全体に対する感想になってしまうのですが、制作スタッフがかつて手がけたアニメ映画版『ゴジラ』三部作と同様に、やはりこのスタッフ陣は「怪獣特撮」の要諦をはずしているというか、大事な「そこは押さえとかないと」な部分を理解できていない所があると思います。でも、これは決して批判ではなくて、そういう異質な才能が伝統とお約束で凝り固まった業界に参入するのは、あるジャンルの新陳代謝として健康的な動きではあると思うのですが。<br>
<br>
　本作は昭和ガメラシリーズに代表されるような「怪獣プロレス」のアップデートを謳っているようなのですが、それは1エピソード1ゲスト怪獣という形式をなぞっていただけであって、最後の最後までガメラが他怪獣と一線を画してケタ違いに強い優位は揺るぎませんでした。怪獣プロレスにしては、ガメラが強すぎて勝負の展開にドキドキできないし、したがって応援する気にもなれないんですよね。けっこう苦戦しときながら、本気を出した瞬間にギロンをさくっと瞬殺するという流れはメリハリがあって良かったのですが、その後のバイラスもスペシャルギャオスもおんなじ流れとなってしまうと、誰でも飽きてしまいますよね。「てめーはおれを怒らせた」は、最終戦1回だけしか通用しない禁じ手ですよ！<br>
<br>
　だいたい、「レギオンくるか？　まさかのイリスか！？」とさんざん期待させておきながら、最後に出てきた怪獣が復活怪獣でも完全オリジナル怪獣でもない、「すでに出した怪獣のマイナーチェンジ個体」という、中途半端にもほどのある選択になってしまったのは、いろいろ厳しい台所事情はあったにしても、作品全体の期待値と評価をガクガクッと下げる判断だったと思います。こんなん、特撮ファンの神経を逆なでするだけでしょ……それでめっちゃ強いわけでもないし！　ギャオスファンも嬉しくないですよね。<br>
<br>
　なので、『ガメラ・リバース』もまた、アニゴジ三部作からだいぶ特撮ファン向けに見やすく譲歩したようでありながらも、本質的には同じように特撮ファンの期待する定石をことごとくはずしている、記憶に残りづらい異端作になってしまったと思います。<br>
　ほんと、ギロン戦までは面白かったと思うんだけどなぁ……全体的に、「わざとツボをはずしてるんですよ」じゃなくて単純にわかってないだけにしか見えないのは非常に痛いですね。はずすにしても、そこまでの王道の歴史を理解しなきゃあ。「役作りの邪魔になるから過去作は見ない」ってのたまって自分の能力不足をさらしてる三流役者とおんなじですよね。いま思い出しても、メカゴジラを出すって見せかけといて（怪獣型のは）出さなかったあの演出は、詐欺すれすれの神をも恐れぬ大魔球でしたよ……<br>
<br>
　話を戻しますが、スペシャルギャオスにおけるガラシャープ要素というのも、「首らへんがヘビっぽい」というのと「舌が武器になる」というところくらいという、ファンタの果汁成分なみの薄さだったので、ガラシャープ自体の待望の正式登場とは口が裂けても言えない話でしたね。やっぱり、完全復活は今回もおあずけか……<br>
　そもそも、本気で今回のような「シリーズ内の過去怪獣のリブート」を標榜するんだったら、「ガラシャープ要素をひとつまみでギャオスを焼き直し……」みたいなケチくさいことを言わずに、それこそ双頭怪獣ワイバーンを設定までまるっとガチで映像化するような全力投球を見せて欲しかったですよね。最後は全部のせのお祭りでドカーン！！とね。そうしたら、少なくとも現状よりはワクワクする最終回になっていたことでしょう。無理だったんでしょうけれど！<br>
<br>
<br>
　いろいろくだくだと申しましたが、まずは『ガメラ・リバース』が世に出たことを大いに喜びながらも、ことギャオスに関しては「平成イメージの追認」という意義しかない令和デビューであった、と評価するしかないうらみは残ったかと思いました。ま、それでもギャオスが非常に使い勝手のいい名怪獣であることはわかりましたし、令和も始まったばっかですから！　今度は是非とも、実写映像での「火炎攻撃をキャンセルできる強豪怪獣としての単体ギャオスの復活」を、大いに期待したいと思います。群体はもういいです！　1体でガメラと渡り合っていただきたい、人間たちをむんずとつかみ取りガツガツ喰いまくってトラウマメイカーになっていただきたい！！　タクシーを真っ二つに切断（補助タイヤは残して）も忘れずにネ。<br>
<br>
　あ～、また『大怪獣空中戦　ガメラ対ギャオス』（1967年）、観よう。あれと『カリオストロの城』が、1980年代生まれの私にとっての「王道どストライクの娯楽映画とは」の産湯＆教科書です。めがまわる～！　そして、夜が明ける。<br>

]]></description>
   <category>特撮あたり</category>
   <dc:date>2025-06-23T20:33:11+09:00</dc:date>
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   <title>地味だけど絶対に無視できないターニングポイント作！　～映画『疑惑の影』～</title>
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   <description>
<![CDATA[
　はいどうもこんばんは！　そうだいでございます～。<br>
　いや～、私の住む山形もいよいよ梅雨入り……しそうになってきました。もうそろそろですかね？　でも、そんなに雨も降らないしすでにあっちぃんですよ！　なんかもう夏になっちゃったみたいな感じ。でも、野菜や果物さん的には梅雨が来ないとほんとに困っちゃうんで！　思いきりドザーっと降ってほしいんですけどねぇ。アイスコーヒーのおいしい季節になってまいりました。<br>
<br>
　そんでま、今回も例によってヒッチコック監督の諸作を古い順に観ていく企画の続きなのでございますが、今回はもう、地味！　あまり派手なアクションもないし、世界的に有名な名所も出てこない地味な作品ではあるのですが、観てみたらすぐにわかります、とっても重要な作品ですね！<br>
<br>
<br>
映画『疑惑の影』（1943年1月公開　108分　ユニバーサル）<br>
　『疑惑の影』（ぎわくのかげ　原題: Shadow of a Doubt）は、アメリカのサスペンス映画。本作は1958年にハリー＝ケラー監督作品『 Step Down to Terror』としてリメイクされた。<br>
　ヒッチコックは、当時所属していたデイヴィッド＝O＝セルズニックの映画制作会社の女性文芸部長の夫が思いついた原作を基にした『疑惑の影』を、ユニバーサルでの2作目として監督した。本作のほとんどのシーンは、スタジオでなく物語の舞台であるカリフォルニア州サンタローザでロケ撮影を行った。その撮影中の1942年9月26日にヒッチコックの母エマが79歳で病死し、その4ヶ月後には兄ウィリアムが52歳で亡くなった。ヒッチコックは母と兄の死に立ち会うことはできなかったが、それを機に肥満体だった自らの健康を危惧し、医師の助けを借りて食事療法に取り組んだという。<br>
　ちなみに、ヒッチコックの体重は1939年に165kg に達した時期が最高であるとされ、本作の撮影に入る前の配役オーディション時には150kg ほど（メイキング映像でのヒューム＝クローニンの証言より）、本作公開後に本格的に食事療法を開始した時点では136kg であったという。<br>
<br>
　ヒッチコックは本編開始16分06～47秒のシーンで、サンタローザ行き列車の中でトランプのゲームをしている男として出演している（画面に映る時間は長いが顔は直接映っていない）。<br>
<br>
<br>
あらすじ<br>
　シャーロット＝ニュートンは、カリフォルニア州サンタローザののどかな町で退屈している10代の女の子である。そんな彼女に素晴らしい知らせが舞い込んだ。彼女の母親の弟で興行師のチャールズ＝オークリーが遊びに来るというのである。彼が来ると家族の誰もが、特に若いシャーロットは大喜びする。チャーリー叔父はシャーロットにエメラルドの指輪を贈る。しかし、彼女はその内側に誰か別人のイニシャルが刻まれていることに気づく。<br>
　それから間もなく、ニュートン家に政府の調査員と称する2人の男が現れ、チャーリー叔父の写真を撮ろうとする。シャーロットは彼らが警察の潜入捜査官だと推測する。その内の一人である青年ジャック＝グレアムは美しいシャーロットに好意を持ち、彼女の叔父が「メリー・ウィドウ連続殺人事件」の容疑者の一人であると説明し、捜査協力を求める。シャーロットは最初は信じようとしなかったが、彼が彼女に贈った指輪の内側に刻まれたイニシャルが、殺害された女性の一人のイニシャルと一致することを知る。<br>
<br>
おもなキャスティング<br>
シャーロット＝ニュートン　……　テレサ＝ライト（24歳）<br>
チャールズ＝オークリー　　……　ジョゼフ＝コットン（37歳）<br>
ジャック＝グレアム　　　　……　マクドナルド＝ケリー（29歳）<br>
サンダース刑事　　　　　　……　ウォーレス＝フォード（44歳）<br>
エマ＝ニュートン　　　　　……　パトリシア＝コリンジ（50歳）<br>
ジョゼフ＝ニュートン　　　……　ヘンリー＝トラヴァース（68歳）<br>
アン＝ニュートン　　　　　……　エドナ・メイ＝ウォナコット（10歳）<br>
ロジャー＝ニュートン　　　……　チャールズ＝ベイツ（8歳）<br>
ハーブ＝ホーキンス　　　　……　ヒューム＝クローニン（31歳）<br>
ルイーズ＝フィンチ　　　　……　ジャネット＝ショウ（24歳）<br>
<br>
おもなスタッフ<br>
監督　……　アルフレッド＝ヒッチコック（43歳）<br>
脚本　……　ソーントン＝ワイルダー（45歳）、アルマ＝レヴィル（43歳）、サリー＝ベンソン（45歳）<br>
製作　……　ジャック・ハロルド＝スカーボール（46歳）<br>
音楽　……　ディミトリ＝ティオムキン（47歳）<br>
撮影　……　ジョセフ＝ヴァレンタイン（42歳）<br>
配給　……　ユニバーサル・ピクチャーズ<br>
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　というわけで、ハリウッド時代もすでに6作目となった本作『疑惑の影』の登場でございます。<br>
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　この作品、<a href="https://blog.goo.ne.jp/remade-berokron2/e/848e9d2c4587c43d1cd4238150f83b44">前作『逃走迷路』</a>から打って変わって、ありふれた日常生活に忍び込む疑惑を描く、一つの町の中で完結するような非常にミニマムな物語となっておりまして、予算規模もキャスティングの陣容もとってもつつましやか、カリフォルニア州サンタローザの実景ロケや、借りた一軒家で撮影を敢行したのも予算削減のためという、かなり地味な作品なのですが、あの<a href="https://blog.goo.ne.jp/remade-berokron2/e/031a813362983ddac7f524d8333c3f6d">『下宿人』</a>いらいの長い歴史を誇るヒッチコックの「日常サスペンスもの」の中でも、確実に次なるフェイズへ進化していく息吹きを感じさせる新鮮な傑作に仕上がっているのです。<br>
<br>
　詳しいことは例によって、この後にズラズラ～っと羅列した視聴メモをご覧いただきたいのですが、この作品は本当に、のちの『サイコ』を想起させる、登場人物の心理のうつろいにピッタリ寄り添う自由自在なクレーン撮影や、エドワード＝ホッパーの絵画のように、家の中に無言でたたずむ人影から言い知れぬ不吉さを引き出すカット割りなどが大いに取り入れられた意欲作で、お金をかけなくとも観客の注目を引く画づくりはできるゾというヒッチコックの気概を感じさせる名品となっております。<br>
　まぁ、タイトルの通り「疑惑」がメインの作品になっていますので、その疑惑が確信に変わった段階で映画はほぼおしまい、その後の容疑者が暴走し自滅していくくだりで急に古臭い犯罪活劇になってしまうのが非常に惜しいのですが、そこはそれ、第二次世界大戦にやっと参戦するかしないかという頃のアメリカで作られた作品ですので、時代がヒッチコック監督のセンスに追いついていなかったということで、勧善懲悪のやけにはっきりしたオチになってしまうのは仕方ないかと思います。まだ、悪役の心の闇を真正面から照射した作品が受け入れられる世の中ではなかったのでしょう。<br>
<br>
　「ごくごく近くで生活しているあの人が、まさか殺人を！？」という設定こそ、<a href="https://blog.goo.ne.jp/remade-berokron2/e/c69b28ecbd8eb2ad600c2de7a60eea25">前々作『断崖』</a>と同じではあるのですが、舞台設定であるサンタローザや、そこに住む「古き良きアメリカの模範的家庭」をかなりリアルに接写した解像度の高さにおいて、本作はいかにもなフィクション世界のロマンスである『断崖』とはまるで段違いな、観客の肌身にじかに迫ってくる「迫真性」を持っていると思います。80年以上前の映画なのに、2020年代に観ても「あぁ～、いるいる、そういう人！」という共感を引き出せる登場人物を描くのって、ものすごいことですよね。<br>
<br>
　イギリスはロンドンから来た異邦人であるがゆえに、「アメリカあるあるネタ」のそうとうな使い手でもあったヒッチコックのセンスが随所に光る名品です。そんなにハデで目立つ作品でもないのですが、のちの「ほんとは怖いヒッチコック」の到来を静かに感じさせる重要な一作ですので、おヒマならば、ぜひぜひ！<br>
<br>
　いや～、戦争が始まったっていうのに、そしらぬ顔でこんなハイクオリティな映画をポンポン公開してる国なんだぜ。そりゃ勝てるわけないわな……思わず淀川長治さんな気分になっちゃいますね。<br>
<br>
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≪いつもながらの視聴メモでござ～い≫<br>
・オープニングが、いかにも豪華絢爛なレハールの『メリー・ウィドウ・ワルツ』（1905年）の調べに乗せて、どこかの舞踏会場で紳士淑女が手を取りワルツを楽しんでいる情景なのだが、本編の内容とおもしろいくらいに乖離しているのが興味深い。そういった上流階級の娯楽とは無縁のように見える本作の登場人物たちにとって、このワルツは一体どのような存在なのであろうか……<br>
・ワルツのオープニングから一転して、画面の情景はニューヨークと思われるアメリカの大規模な港湾都市に移り変わり、海辺にたむろする浮浪者や朽ち果てた廃車が映る。そしてそこからさびれたアパート街に移り、車のない通りいっぱいに走り回り、草野球ならぬ「道野球」をしている子ども達を映してから、道に面したアパートの一室の窓が映り、最後にその窓の奥でスーツ姿のままベッドに寝そべっているチャーリー叔父に画面が移って物語が始まる。このように、「街全景」→「通り」→「アパート」→「部屋の中」と大→小にカメラがズームしていって最終的に登場人物に到着するという流れが非常にスマートで面白い。まさに観客の視線を画面に引き込む魔術である。ただ、当たり前ながらも本作の時点でそれぞれの情景は別場所で撮影した映像をフェイドイン・フェイドアウトで切り貼りしたぎこちないものであるのだが、ここの撮影・編集技術がさらに洗練されて、街全体から部屋の中までがあたかもワンカメで撮っているかのように洗練され抜いた最終成果が、言うまでもなくあの『サイコ』（1960年）の冒頭映像なのではないだろうか。ヒッチコックの挑戦は、すでにここから始まっていたのか！　くぅう～本作の存在意義はデカいぞ！！<br>
・車も滅多に通らないし空き地も多い、さびれた通りのアパートに住むチャーリー叔父ではあるが、なぜか部屋のそこら中に無造作に紙幣が放り投げられており、それを見たアパートの大家のおばちゃんは眉をひそめる。お金には困っていないようなのに、チャーリー叔父の表情は常にかげり、おばちゃんが語っていた先刻の「2人の男」の来訪にいっそう警戒の色を強め、持っていたコップを床に叩きつける……なんだなんだ、おもしろそうだぞ！　本作の台風の目ことチャーリー叔父を演じるジョゼフ＝コットンの無言の名演もあって目が離せなくなる。<br>
・これは本作全体で言えることなのだが、映画音楽がめ～っちゃうるさい！　ヒッチコックの映像演出が120% 物語を語っているのに、音楽も音楽で「ここ大事なとこ！」とか「ここスリル満点でしょお客さん！！」みたいな感じで、フルオーケストラガンガンで通販番組の司会のようにアピールしてくるのである。トゥウーマッチ！！　本作の音楽を手がけたのは、1925年にロシアから移住して以来ずっとアメリカで活躍し、『ジャイアンツ』（1956年）や『 OK牧場の決闘』（1957年）、それ以外にもほんとに映画史に残る多くの名作の音楽を創造した名匠ディミトリ＝ティオムキンで、ヒッチコックともその後何度も組んで『ダイヤルM を廻せ！』（1954年）などを飾っている重要人物なのだが、それでもやっぱ、日常に潜む犯罪に照射したミニマムサイズな本作とは相性が良くないのでは……大作映画みたいな音楽設計なんですよね。<br>
・チャーリー叔父が「カリフォルニアのサンタローザのニュートン家（姉一家）のうちに行く」と電報で伝えた後に映画の舞台がそこに移るわけなのだが、先ほどの大→小のカメラワークと全く同じ文法で「風光明媚なサンタローザの町並み」→「笑顔で警官が交通整理をするにぎやかな大通り」→「白板壁の瀟洒なニュートン宅」→「窓」→「部屋の中のベッドに寝そべるチャーリー（シャーロット）」と画面が移り替わっていく「てんどん方式」が面白い。シャーリー叔父と全くいっしょの流れなのに、観客に与える町と人物のイメージが「陰」と「陽」でみごとに対照的なのが非常に象徴的である。もうすでに、誰が問題人物で誰が主人公なのかがはっきりわかる。ちなみに、本作では両者ともに「チャーリー」と呼ばれているのだが、まぎらわしいのでこのブログではヒロインのチャーリーの方は本名の「シャーロット」と呼んでいきます。<br>
・ニュートン家の電話が鳴り、姉のシャーロットに「電話出て～」と言われ、思いッきり「うっせーな……」という顔をしながら電話に出る読書メガネ少女アンのキャラが非常にすばらしい。一般的な「かわいい子」ではないかも知れないが、髪に花を挿し、右手には帰ってきたウルトラマンかってくらいに主張のはげしいでかいブレスレットを着けているセンスに只者でなさを感じさせる。味があるな～この娘！　「クリスチーネ剛田」って筆名でマンガ描いてそう。<br>
・いかにも人畜無害で実直生真面目そうな銀行員の父ジョゼフに対して「毎日がだらだらと過ぎていく……退屈そのもの。将来に夢なんてないわ。」とのたまう長女シャーロット。事件もロマンスもない平穏無事な日常に飽ききっているヒロインであるわけだが、その後の展開を考えると「そんなこと言ってるから神様がバチを与えたのでは……」と感じてしまう。いま放送してる『機動戦士ガンダム　ジークアクス』のヒロインみたいなこと言ってますね。無事これ名馬！<br>
・今作のヒロイン・シャーロットを演じるテレサ＝ライトはとり立てて絶世の美人女優というわけでもないし、シャーロットのような夢見る少女を演じるにしてはちょっと年上でもあるのだが、映画が進むにつれてどんどんチャーリー叔父の闇を通じ社会を知り大人になっていく「心の成長の演技」は非常にみごとで、ヒッチコックのキャスティングは正しかったと言うしかない。初登場のベッドでの表情とエンディングでのジャックとの会話とで、ほんとに10年以上の歳月が経っているみたいな顔つきの違いがある。<br>
・ニュートン家の末っ子である長男ロジャー（8さい）が、帰宅した瞬間に誇らしげに「薬屋からうちまで何歩だと思う？　649ほ～！！」と叫び、それをシャーロットと母エマが華麗に黙殺するという数秒の風景がまことにすばらしい。本作は「ヒッチコックが初めてアメリカを描いた映画だ」と評されることが多いが、それを如実に証明するワンカットである。アメリカを描いたというか、当時の「アメリカの家庭あるあるギャグ」を効果的に導入した作品と言うべきか。だから、これはヒッチコック流『サザエさん』とも言える作品なのではないだろうか。確かにニュートン家って、それぞれのキャラが立ちまくってるのに、一つ屋根の下にいてもぜんぜん邪魔し合わないんですよね。<br>
・電報の内容を確認するために電話をしたエマを見て、「ママ、今の電話は大声で話さなくても聞こえてるよ。」と的確なツッコミを入れるアンに子どもならではのシニカルな視点も垣間見える。ヒッチコック流『ちびまる子ちゃん』か！　でも、アンがさほど本筋に絡んでこないのが実にもったいない。<br>
・電話でチャーリー叔父が来ることを知ったエマが大喜びで「ええ、私の末の弟なんですよ。末っ子はいつまでも甘えん坊でわがままでねェ～ホント！」と語るのを見てうんざり顔になる末っ子ロジャーという一コマが実にほほえましくうまい。フィクション作品内の家庭を見て「作者のうちもこうだったに違いない」と判断するのは大間違いなのだが、こういう非常にリアルな描写は、作中のロジャーやチャーリー叔父と同じく末っ子だったヒッチコックが実際に観た、「家族のことなら私がいちばん知ってる」とうそぶく母ちゃんの姿のトレースのような気はする。奇しくもヒッチコックの母の名前は本作のシャーロット達の母親と同じ「エマ」だし、本作の撮影中にその母がイギリスで亡くなっているというのもできすぎた符合なのだが、本作で実力派女優パトリシア＝コリンジ（50歳）が演じる頑固で情に厚くやや専制君主ぎみな母親の造形は、他作品と比べても異様に彫りが深いのである。Mother of Love……ルナシーねぇ。<br>
・「うちヒマすぎなので遊びに来て！」とチャーリー叔父に電報を打とうとして郵便局に向かったシャーロットは、まさにすれ違いでニュートン家に届いたチャーリー叔父来訪の電報を受け取る。この偶然の一致に喜ぶあまり、窓口のおばちゃんに「ねぇ……テレパシーって信じる？」と聞いて、おばちゃんが「テレグラム（電報）ですか？　どうぞ。」と機械的に対応する単純なボケが、なんか妙におかしい。ほんと、夢見る少女のウキウキワクワクなんて他人にとっちゃどうでもいいよねぇ。<br>
・機関車でサンタローザに向かうチャーリー叔父の描写で本作のヒッチコック出演シーンが出てくるのだが、具体的に彼が向かいの医者夫婦とやっているトランプゲームが何なのかが今一つはっきりしないのがもどかしい。スペードの AからK まで全ぞろいでヒッチコックの顔が青ざめているらしいので、たぶんババ抜きの最初なんじゃないか（捨てるカードがないから）と私は推測したのだが、これだとババのジョーカーがないのでそれほどダメでもないのである。それに始まったらどんどんカードは捨てられるし。そう不思議に思ってちょっと調べてみたら、スペードは「剣」がモチーフなので、人殺しの道具ということで不吉だという迷信があるのだそうだ。だから、それが全ぞろいで青ざめてたのか……なるほど。でも、日本ではあんまり浸透してない迷信ですよね。仮面ライダーブレイドとかキュアソードいるし。<br>
・迷信といえば、ニュートン家での逗留中に割り当てられた部屋（もとはシャーロットの部屋）に入ったチャーリー叔父が、取った帽子をベッドに置こうとしたところを義兄のジョゼフに「置いちゃいけないよ！」と注意されるくだりも、ニュートン家のちょっと古臭い雰囲気を象徴していていいやり取りである。主にイタリアを中心に、ベッドに帽子を置くとベッドの持ち主に不幸が訪れるという迷信があるらしい。それはかつて、臨終をみとった医者や司祭が帽子をベッドに置いていたからだとか。勉強になるなぁ。そして、その忠告にもかかわらずベッドに帽子を投げ置くチャーリー叔父なのであった……<br>
・さすがはニュートン家の全員から慕われているチャーリー叔父だけあって、彼はそつなく家族全員にプレゼントを贈り、その中でシャーロットに贈ったエメラルドの指輪が本作の重要なキーアイテムとなる。ただ、姉エマにプレゼントとは別に2人の両親（シャーロットの祖父母）の遺影を渡しているのも、本作の結末を予感させるようでちょっと違和感のある行動ではある。本作登場人物たちの言動はほんと、一挙手一投足に意味があり見逃せない。<br>
・プレゼントのうち、義兄ジョゼフに贈られたのが簡素な革ベルトの腕時計で、ジョゼフがそれにかなり喜び「生まれて初めて着けるよ……職場でうらやましがられないかな！？」と語っているのが時代を感じさせる。今は「ケータイあるから着けない」を通り過ぎてスマートウォッチに戻ってきましたね。<br>
・見知らぬ他人のイニシャルの彫られた指輪をもらった直後から『メリー・ウィドウ・ワルツ』のメロディを口ずさみ、「これなんていう曲だったっけ……？」とつぶやきだすシャーロット。最終的に彼女は思い出すのだが、そのタイトルを言おうとした瞬間にチャーリー叔父はわざとグラスの水をこぼして話題を断ち切る。なぜ叔父は『メリー・ウィドウ・ワルツ』を嫌うのか。「メリー・ウィドウ」とは「陽気な未亡人」のこと。つまり……という感じで謎は深まるのだが、ちょっとここの経緯でのシャーロットの『メリー・ウィドウ・ワルツ』の連想が、先ほど彼女が嬉々として語っていたテレパシー的であるのがいかにも皮肉である。いや、指輪から読み取ってるから、これは「サイコメトリー」か。<br>
・チャーリー叔父の歓待で沸くニュートン家に、父ジョゼフの推理小説好き仲間である隣人ハーブがやって来るのだが、どうやらこのハーブはジョゼフ以外のニュートン家からは一様に嫌われているようで、特にアンとロジャーはあからさまに顔をしかめてハーブから離れていく。確かに、周囲の空気に気づかずジョゼフとの推理小説談義にひたすら没頭する不器用なハーブが毛嫌いされるのもよく分かるのだが、そんなハーブに本作のどの登場人物よりも強い親近感をおぼえてしまうのはなぜなのかしらん！？　わかるわ～。<br>
・同じ推理小説好きなはずなのに、ジョゼフとハーブで話がまるでかみ合わないのがとっても面白い。これもわかるわ～。私、大学んときに推理小説同好会に入ってたから。横溝正史ファンと森博嗣ファンで話が合うかって話ですよ！　楽しいですけどね。<br>
・ニュートン家に来た夕刊新聞のある記事を読んで顔をしかめたチャーリー叔父は、近くにいたアンを呼んでむりやりに「新聞を折りたたんで小屋を作る」工作を始め、ドアの部分を開けるしぐさで「その部分」をちぎり取るのであった……実に巧妙な隠ぺい工作！　しかも小屋うまい。<br>
・咄嗟に考えたにしてはいい作戦だったはずのチャーリー叔父の新聞工作だったが、超能力レベルで察しのいいシャーロットはすかさずこれを「都合の悪い記事を抜き取るための策」だと見抜いてしまう。叔父は一瞬顔をこわばらせるが、すぐ笑顔に戻り「昔つき合ってた彼女の記事が載ってたんだよ……恥ずかしいからさ。」と釈明するのだった。これ、ウソじゃないんですけどね……<br>
・「政府のなんとか調査委員会」の2人組が来て、アメリカの模範的な家庭とみなされたニュートン家が取材と写真撮影を受けるという話を嬉しそうに話すエマと、それに対して露骨に嫌な表情になり「写真なんて絶対ダメだ！　国中のさらし者だよ。思慮が浅いと思わないのか？」と反対するチャーリー叔父。これは当然、その2人組が自分を追ってきた刑事だと確信している叔父だからこその拒絶ではあるのだが、2020年代の今から見ると、叔父の言い分も「お国から認められた」ことを全面的かつ無批判に受け入れる思考停止状態へのまっとうな抵抗のように見える。いや～、本作のチャーリー叔父というキャラクターは、単なる悪役にとどまらぬ造形の深さがハンパない。<br>
・2020年代現在のサンタローザは人口約18万人の都市（日本の鎌倉市くらい）だが、本作が制作公開された1940年代当時は人口約1万2千人という町レベルの規模だった。作中でも、シャーロットが誇らしげにチャーリー叔父を連れて外を歩いて、彼女の友人や周囲の通行人が叔父を珍しげに見る様子や、交通整理をしている警官が叔父の来訪を知っている描写があることからも、サンタローザという町全体が一つの家族のような空気感を持っていた片鱗がうかがえる。フィクションではあるものの、古き良き第二次世界大戦前のアメリカを今に伝える貴重な史料映像ということになるのだろうか。<br>
・ニュートン家の中では粋で明るいチャーリー叔父なのだが、ひとたび表に出ると、銀行では窓口にいるジョゼフに「やぁ、預金使い込んでる？　銀行はどこもいい加減だからな。」と周囲がドン引きするブラックジョークをかまし、ヒマしてる未亡人のポッター夫人に会えば「こんにちは、ミス・ポッター……え？　ミセス？　すみませんミスかと思ってしまいました。」と見え透いたお世辞を言って笑わせるという、サンタローザの純朴な住民にとって刺激の強い言動を繰り返し、さすがのシャーロットも閉口してしまう。単にニューヨーク仕込みのジョークがきついだけなのか、それとも冗談が通じないのは承知の上で周囲の人達を混乱させるのが好きなのか。<br>
・チャーリー叔父が刑事だとにらんでいる、くだんの「政府のなんとか調査委員会」の2人組、グレアムとサンダースがニュートン家を訪問するのだが、一階のキッチンでウッキウキで取材に応じるエマと、二階から階段の手すり越しに階下の様子をうかがっている叔父との「動」と「静」の対比が実に印象的。特に物音も立てずに無表情で下を見おろすチャーリー叔父のたたずまいは、どこからどう見ても『サイコ』のノーマン＝ベイツと同種の不穏さを身にまとっている。比較すればけっこう家の作りも違うのだが、両者の「階段」を重要な境界線に設定した撮り方も、かなり似ているような気がする。<br>
・本作のニュートン家のシーンは、実際にサンタローザにあった住宅を借りて撮影したとメイキング映像でも語られているのだが、セットを作って撮ったとしか思えないくらいにカメラが自由に登場人物に寄ったり離れたりしているのも特徴的である。今までのヒッチコック作品はカット割りで引きとアップを取り分けたり、ずっと引き固定で演劇みたいに話を進める古い手法が多かったような気がするのだが、いよいよ本作から「ハリウッドのヒッチコック映画」らしい、登場人物の心理状態に合わせてカメラが距離を変えていくタッチが始まったような気がする。明らかにフェイズが変わった感じ！<br>
・チャーリー叔父が静かにキレてサンダースの写真フィルムを取り上げたせいで、30分もしない内に終わってしまった2人組の来訪だが、若いグレアムは実にスムーズにシャーロットとイイ感じになり、その夜に2人きりでサンタローザの町案内をしてもらうという名の初デートにこぎつける。やりますねぇ！　グレアム役のマクドナルド＝ケリーは決してケーリー＝グラントのような完全無欠の二枚目スターという感じでもないのだが、とにかく笑顔がステキで、表情にチャーリー叔父のような裏表がないところが魅力的である。にしても、シャーロットといいエマといい、なんでこうも「よその都会から来たひと」に弱いのだろうか。まるで東京もんを見る山形人のごとし！<br>
・本作も半分を過ぎたところで物語は大きく進みだす。出逢って数分でナンパし、数時間後の初デートにこぎつけたグレアムが、自身がチャーリー叔父を追う刑事であるという衝撃の告白をシャーロットにうちあけたのだ。え！　告白って、そっちの！？　全くひっぱりなしにすぐ正体を明かすのも実にグレアムらしいどストレートな攻め方なのだが、これによってシャーロットの叔父を見る目は大きく変わり、「そういえば……」という感じで叔父がもみ消した新聞記事を図書館で発見した彼女は、ニューヨークで世間をにぎわせている「メリー・ウィドウ連続殺人事件」の最後の犠牲者のイニシャルが、叔父からもらったエメラルドの指輪に彫られたイニシャルと同じであることを知るのだった。これによって、物語の焦点はシャーロット VS チャーリー叔父の構図にぐっと絞られてくるのだが、クロかシロかはまだわからないにしても、チャーリー叔父が容疑者であることが判明する経緯があまりにも最短ルート（刑事が教えてくれた）なのが、ちょっとヒッチコックらしくなくてもったいない気もする。まぁ、サンタローザで撮りきることを目指すような小品映画だし、しょうがないっちゃしょうがないのだが……なんかこう、さぁ！<br>
・夜の町を図書館目指して疾走するシャーロットの姿にかぶせる BGMがやっぱりうるさいのだが、ラフマニノフみたいなピアノのゴリ押しで強引に「あハイ、いいシーンっすね……」と納得させられてしまう。問題の記事のどアップで「ジャーン！！」じゃないよ。2時間サスペンスじゃないんだから。<br>
・本作の核心に迫る、ニュートン家の晩餐におけるチャーリー叔父の「都会の陽気な未亡人」を痛烈に糾弾する30秒ワンカットの独白シーン！　徐々に叔父の顔にズームしていき、シャーロットの「あの人たちだって人間よ？」という反論を聞いて、叔父が急にカメラ目線になって「果たしてそうかな？」とつぶやく余韻がものすごい。思えば、この映画の公開された直前にアメリカも真珠湾攻撃を受け、「未亡人が大量に生まれる時代」が始まっていたわけで、そこにこういうテーマを持ち込んでくるヒッチコック監督のセンスは相当にきわどいものがある。もうちょっと遅れてたら、この映画お蔵入りになってたかもね……<br>
・物語の本筋には全くからんでこないのだが、チャーリー叔父とシャーロットが入った、勤務明けの兵隊さんがクダを巻いてるような場末のバーで働いている、シャーロットの幼なじみの娘ルイーズのやさぐれ感が妙に印象深い。これもまた、ヒッチコックが描きたいと思ったアメリカの一面だったのだろうか。「バイト先しょっちゅう変わるの」と語るルイーズらしく、店員の制服のサイズがまったく合っておらずだぶだぶなのが細かい！<br>
・本作のラストまでの残り30分くらいは、大好きだった叔父が連続殺人犯であるという疑いが確信に変わったシャーロットと、その命を奪おうとつけ狙う叔父との緊張関係がメインのサスペンスドラマが展開されていくのだが、正直、シャーロットを殺そうと工作してるヒマがあるんだったら夜逃げしてでもとっととトンズラぶっこいた方がいいんじゃないかと思えてしまうので（逃走資金にも困ってなそうだし）、ここらへんから叔父の行動に合理性が無くなっている気がして、ドラマとしては質が落ちているように思える。サンタローザにいる限りグレアムたちが逐一マークしてるのは明らかだし、とりあえず通報しないと約束してくれているシャーロットをあえて殺す意味がないのである。<br>
・映像として、クライマックスの列車内でのシャーロットとチャーリー叔父のアクションシーンは非常にスリリングで面白いのだが、やはりそこで叔父が犯行に及ぶ意味がないように感じられるので、やはり物語の帰結でそうなったというよりも、「映画として悪人には死んでもらわないと」という大人の事情で叔父が無理やり退場させられたように見えてしまう。結局、叔父が悪人であると確定するまでの演出は本当に先鋭的で面白かったのだが、確定したとたんに古臭い勧善懲悪の犯罪活劇みたいになってしまったのが、本作の致命的なマイナス点だと思う。ふろしきを畳むための展開でしかないんですよね、後半が。そこにちょっとヒッチコック一流のセンスが光る余裕はなくなってるんだよなぁ。惜しい！　実に惜しいんだけど、この失敗への反省がのちの『サイコ』を生んだのではないかという気配は、かなりある。<br>
・ただ、後半のチャーリー叔父の行動の論理性の破綻の原因となったのは、娯楽映画としての事情とかいう単純な話ではなく、冷徹な殺人鬼である彼ですら生身の人間に戻ってしまうほどの強さを持った「エマやシャーロットのいるニュートン家の愛の引力」だったのかも知れない。一刻も早く逃げるのが最善のはずなのに、叔父は姉エマの一点の曇りもない信頼のまなざしに「自慢の弟」として応えるためにニュートン家に留まり、「あんなに敬愛してくれていたはずの姪が自分を裏切った」という絶望に憑りつかれたがゆえに、功利計算抜きでシャーロットを殺さねばという執着にひた走ってしまったのである。すべては愛のなせるわざだったのか……いや～やっぱ、この映画は深いわ！！<br>

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   <category>ふつうじゃない映画</category>
   <dc:date>2025-06-12T23:27:31+09:00</dc:date>
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