ハイどうもみなさまこんばんは! そうだいでございます~。
いや~、気が付けば、もう年の瀬が近づいてますよ。師走! 別に師でもなんでもない私までもが忙しく駆けずり回る時期になってまいりました。今年もあっという間だったな……
いろいろと忙しいんですよ、お仕事も遊びも。こんな時に、何の脈絡もなく昔の映画なんかのんびり観てらんないんですよ!
それなのに、いつものこの企画をやってしまうというアンビレパンツ(©内田春菊)っぷりよ……うん、いつもの『長岡京エイリアン』だ!!
映画『断崖』(1941年11月公開 99分 RKO)
『断崖』(原題:Suspicion)は、アメリカのロマンティックスリラー映画。夫に殺されるという疑念に取り憑かれた新妻を描く。 イギリスの推理小説家フランシス=アイルズ(1893~1971年)が1932年に発表した長編犯罪小説『レディに捧げる殺人物語』を原作とする。
製作費110万2000ドル、配給収入は北米で130万6000ドルで海外では91万9000ドルとなった。
第14回アカデミー賞でジョーン=フォンテインが主演女優賞を受賞した。
本作は後年、アメリカの TVドラマシリーズ『 American Playhouse』(1982~93年放送)の枠内で1988年4月にリメイクされた(第7シーズン第11話)。
ヒッチコック監督は、本編約46分51秒頃、村の郵便ポストに手紙を入れる帽子をかぶった男の役で出演している。
あらすじ
1938年。ハンサムだがいい加減な性格の遊び人ジョニー=エイズガースは、イギリスの列車の中で眼鏡をかけた女性リナ=マクレイドローと出逢い、彼女を散歩に誘う。ジョニーはリナに接近するが、リナはそれを不愉快に感じ警戒する。しかしリナは、父である裕福な有力者マクレイドロー将軍が自分の結婚を考えていないことを知って傷つき、自暴自棄になった末に駆け落ち同然にジョニーと結婚してしまう。
ヨーロッパでの豪華な新婚旅行を終えてジョニーが購入した新居に入ったリナは、ジョニーが仕事も収入もなく惰性的な借金生活を送っており、リナの父の脛を齧ろうとしていることに気づく。リナの説得を受けたジョニーは、彼の従兄の不動産業者メルベックの下で働くことになるが、そこへリナの父マクレイドロー将軍の死の知らせが届く。
将軍の遺産がほとんどもらえないことを知ったジョニーは機嫌を悪くし、友人ビーキーと共に不動産会社を設立して景観の良い断崖にリゾート地を開発する計画を立て始める。そんな中、リナの脳裏にある疑惑がよぎる……
おもなキャスティング
リナ=マクレイドロー …… ジョーン=フォンテイン(24歳)
ジョニー=エイズガース …… ケーリー=グラント(37歳)
イゾベル=セドバスク …… オリオール=リー(61歳)
バートラム=セドバスク …… ギャビン=ゴードン(40歳)
ビーキー=スウェイト …… ナイジェル=ブルース(46歳)
マクレイドロー将軍 …… セドリック=ハードウィック(48歳)
マーサ=マクレイドロー …… メイ=ウィッティ(76歳)
メイドのエセル …… ヘザー=エンジェル(32歳)
ジョージ=メルベック …… レオ=G・キャロル(49歳)
ホジスン警部補 …… ラムズデン=ヘア(67歳)
おもなスタッフ
監督 …… アルフレッド=ヒッチコック(42歳)
脚本 …… サムソン=ラファエルソン(47歳)、アルマ=レヴィル(42歳)、ジョーン=ハリソン(34歳)
製作総指揮 …… デイヴィッド=O=セルズニック(39歳)
音楽 …… フランツ=ワックスマン(34歳)
撮影 …… ハリー=ストラドリング(40歳)
編集 …… ウィリアム=ハミルトン(48歳)
はい、というわけでありまして、今日も今日とてヒッチコック監督の映画を観ていく企画なのでございます。いつも通り、後半の視聴メモでだいぶ字数がかさんでしまってるんで、ちゃっちゃといきましょう。
いや~、おかげさまでこの企画もついにヒッチコック監督作品の「第27作」となるこの『断崖』まできました。感慨深いものがありますね!
なんで感慨深いのかと言いますと、ヒッチコックが監督を手がけた長編映画って、全部で「53作」なんですよ。ということは、今回の第27作がまさに半分、「折り返し」をすぎた後半戦の最初ってことになるんですね!
やっと半分を越えました……この調子で、ちゃんと最期の遺作までいけるのかしら!? まぁ、健康第一でのんびりいきましょう。
ちょっと、本題の監督第27作『断崖』にいく前に、その前の第26作『スミス夫妻』(1941年1月公開)に関して。
この『スミス夫妻』ですが、我が『長岡京エイリアン』のヒッチコック企画では独立した記事にしないでスルーしちゃいます。
その理由は、『スミス夫妻』がヒッチコックお得意のサスペンス映画ではなく純然たる「ラブコメ映画」だからなのですが、ヒッチコック監督が非サスペンス映画を撮るのって、けっこう久しぶりですよね。イギリス時代の『ウィンナ・ワルツ』(1932年)以来10年ぶりということになるでしょうか。私、この作品もしかしたら2005年のアクション映画『 Mr.&Mrs.スミス』のリメイク元とかなのかなと思ってたんですが、タイトルが同じだけで全く無関係だそうです。なんだよ……
この作品は、当時ハリウッドでヒッチコックを雇っていた大物プロデューサー・セルズニックが映画会社の RKOに2作ぶんヒッチコックを職人監督として貸し出していたうちの一作で、もうひとつが今回の『断崖』ということになります。
『スミス夫妻』は、主演の売れっ子女優キャロル=ロンバードを前面に押し出したコメディ映画で、ほんのささいなことから離婚するしないの大ゲンカになった夫妻のてんまつを描く他愛もない内容の作品です。はっきり言ってヒッチコックらしさがうかがえる演出はほぼ無く、すがすがしいまでに「キャロル=ロンバードを楽しむだけの映画」になっているのが、逆にヒッチコック作品としては異色ですよね。まぁ、アイドル映画みたいなものです。
正直、役者が2人向かい合ってしゃべる画面ばっかりで悪い意味で演劇的だし、ギャグのクオリティも高いとは言えない(若い頃のドレスを着てお尻の部分が破れるとか、デートで屋根なし観覧車に乗ってたら停電で止まってどしゃ降りに遭うとか……)のですが、翌年に不幸な飛行機事故で33歳という若さで夭折してしまうキャロル=ロンバードの美貌と演技を楽しむのなら、まぁ見て損はないかなという感じですかね。別のヒッチコック作品に出てくる彼女が見たかった。
当時この『スミス夫妻』もそれなりにヒットしたそうなのですが、その頃のコメディ映画を観たいのだったら、ふつうに『或る夜の出来事』(1934年 監督フランク=キャプラ)とかを観た方がよっぽどいいと思います。これはよくできてますよね。『スミス夫妻』よりも昔の映画なのに、比較するのもバカバカしいくらいハイレベルですよ!
ただ、一つだけ言っておくのならば、この『スミス夫妻』での「会話ゼリフだけのお芝居映画」というつまらなさからの反省として、「大事なシーンになればなるほどセリフ演技が少なくなる」次作『断崖』が生まれたという意義はあるのではないかと思います。『スミス夫妻』はキャロル=ロンバード、『断崖』はジョーン=フォンテインということで、どちらもかなりの美人女優が出ずっぱりな作品ではあるのですが、全く対照的な作風になっているのが興味深いですね。
ということで本題の『断崖』に入りたいのですが、本作はアカデミー主演女優賞(フォンテイン)を獲得した作品でありまして、実は賞レースにあまり縁のなかったヒッチコック監督のキャリアの中ではノミネートこそ何度もあったものの、オスカーをゲットできたのは作品賞の『レベッカ』と、この『断崖』だけだったのです。監督賞はついに獲れなかったという。
でも、ここからわかるのは「賞とったとかホントどうでもいい」ってことですよね。だって、今ヒッチコックの代表作に『レベッカ』とか『断崖』を推す人って、いますかね? いや、どっちも面白い作品ではあるんですけど、それ以上の大傑作がゴロッゴロしてますから!
もう最近は、アカデミー賞をとったとかいう売り文句なんて屁のツッパリにもなってない感じ、しません? 昔はもうちょっと作品の質の担保になってる感じもあったような気がするのですが、今はもう、ね~。つまんないもんは賞とっててもつまんないし、そういうのに限って3時間くらいあるし! 「無冠の帝王」最高じゃないですか。トム・ブラウンに栄光あれ!!
話を戻しますが、この『断崖』は、すでに有名だったイギリスの推理小説家フランシス=アイルズ(別筆名アントニー=バークリー 1893~1971年)の長編小説『レディに捧げる殺人物語』(原題 Before the Fact : A Murder Story for Ladies 1932年発表)を原作としています。
キャリアの初期から有名な小説や戯曲を原作として映画化することの多いヒッチコック監督でしたが、今作の原作者アイルズは、原作の知名度の高さでいうのならば『巌窟の野獣』、『レベッカ』そして『鳥』の原作者であるダフネ=デュ・モーリア(1907~89年)とゆうにタメを張るのではないでしょうか。でも、私が一番好きなヒッチコック映画の原作になった小説はジョセフィン=ティの『ロウソクのために1シリングを』(1936年 ヒッチコックの『第3逃亡者』の原作)ですけどね! あの小説版の犯人にはほんとにビックラこきました。
そんでま、今回の『断崖』は上の情報にもあります通り、純然たる犯罪サスペンス映画なのですが、ちょっと原作小説『レディに捧げる殺人物語』との違いもチェックしておきましょう。
ちょうどね、今年の9月に創元推理文庫から復刊されてたんですよ! なんというグッドタイミング。『ピクニック at ハンギングロック』の原作小説とか、創元さんはいいとこを出してくれますよね~。大好き! でも、昨今はほんとに文庫本の値段が高くなり申した……
映画『断崖』と小説『レディに捧げる殺人物語』とを比較してみますと、
≪完成マダナノヨ≫
≪視聴メモで~っす≫
・本作の公開は1941年11月ということで、まさにアメリカが日本軍の真珠湾攻撃を受けて第二次世界大戦に参戦する1ヶ月前というとんでもないタイミングなのだが、当然ながら1932年発表の推理小説を原作とする本作に、戦争の気配はみじんも感じられない。嗚呼、前々作『海外特派員』の緊張感はいずこに……ちなみに作中での電報の日付から、この映画版は「1935年の3月はじめ」から物語が始まる設定となっている。
・若くはないものの、登場した1カット目から観客の目を奪う二枚目ハリウッドスターのオーラをだだもれにしているケーリー=グラントの別格感がすばらしい。失礼ながら、今までのヒッチコック諸作の男性主人公のみなさんとは比較にならないゴージャスさがある。その一方で、いくらおばさんくさい恰好をして地味なメガネをかけていてもその知的な美貌を隠すことができていないフォンテインもさすがである。
・同乗者のタバコの副流煙で気分が悪くなったというていを装いながら上級の指定席に座り込み、それを車掌にとがめられ差額を請求されたら赤の他人であるリナに肩代わりしてくれとすがりつくというジョニーのクズさがハンパない。まぁ、でもケーリー=グラントだしな……と思わず許してしまいそうになる、この色男っぷり! ほんと、別の人がジョニーを演じてたら開始2~3分のこの時点で視聴をやめてたかもしんない。
・ジョニーはその甘い外見の通りに相当に名うてなハンサム紳士だが、彼が電車で乗り合わせたリナもまた、地元で知らない者はいない名門マクレイドロー家の令嬢だった。ジョニーの狩人のような眼が光る……! 演じるケーリー=グラントの魅力でワクワク感が高まる。嵐の予感!
・見た目もジョニーに対する態度もそっけなくツンツンなリナだったが、ジョニーはリナが読んでいた本の中に、しおり代わりに自分の写真が載った新聞記事の切れはしがはさんであるのを見てニヤリと笑う。「脈あり……!」意外と落ちやすいかも。
・ウキウキでジョニーたちと教会に行く娘リナの様子を見て不思議に思う母マーサを演じるのは、ヒッチコックのイギリス時代の最高傑作といっていい『バルカン超特急』(1938年)でのミス・フロイ役で有名なメイ=ウィッティ。今作ではあんまり出番がないのが残念。
・教会に行くというのは完全なる方便で、その途中でかなり強引にリナを連れて2人で誰もいない田舎道にしけこむジョニー。出会って数時間ほどの午前中の段階でリナの髪の毛はいじるは身体をベタベタさわるは……たぶん現代どころか1940年代当時でもアウトな所業におよぶクズっぷりに拍車がかかる。ほんと、ケーリー=グラントじゃないと映像化はムリですね。
・異様なまでに急接近してくるジョニーにドン引きしたリナは自宅に戻るが、そこで両親であるマクレイドロー将軍夫妻の「あいつ(リナ)は恋愛に奥手そうだし、結婚はしばらくはないだろ。」という発言を盗み聞きしてしまい、ついカッときてジョニーの唇を奪って交際を始めてしまう。ここで、ヘンなのがジョニーじゃなくてリナだというふうに立場が一瞬で逆転するスピード感がマンガのようである。レディスコミックだね~。
・リナの父で、女性問題だいかさまギャンブルだと浮ついたニュースの多いジョニーに悪印象しか持っていない頑固なマクレイドロー将軍を演じているのは、イギリスで「サー」の叙勲を受けている名優セドリック=ハードウィック(1893~1964年)。え! 「ハードウィック」!? そうなんです、このセドリック卿はグラナダTV 版『シャーロック・ホームズの冒険』シリーズ(1984~94年)の2代目ワトスン役でつとに有名な俳優エドワード=ハードウィック(1932~2011年)のご尊父なのです! そういえばエドワードもちょいちょいハリウッド映画に出ていたが、お父様もハリウッドスターだったのね。でも彼もまた、本作では出番がちょっとしかないのが残念。
・自分のことを恋愛ベタだと思っている両親にあてつけるかのように、ジョニーからきた電話に嬉々として出るリナ。しかしそれ以来1週間ジョニーからの連絡はぱったり止まり、リナはジョニーの写真を眺めたり自分から電話をかけたり郵便局の自分宛私書箱を調べたりと、いったん距離を置く「飢餓戦術」に見事にひっかかり、勝手にジョニー一途になっていく。ジョニー、恐ろしい男やでぇ!
・自邸でパーティがあっても「頭痛い……パーティ出たくない……」とうなっていたリナが、ジョニーからのパーティ行くヨという電報を読んだ瞬間にケロッと治ってニッコニコでドレスを選び出すという描写が、それを演技達者なフォンテインがやっているだけに余計に面白い。20代中盤という絶妙な年齢のわりに小娘みたいな挙動がバカっぽいけど、そこがチャーミングですよね。
・大好きなジョニーがパリッとした正装姿でパーティに来て、呆れかえる両親や友達連中を尻目に私と踊ってくれて、高級車でドライブに連れて行ってくれる。そして車の中で……というマンガみたいな展開が、まさにリナが見ている白昼夢のようで、始終酔っぱらったようなにやけ顔になっているリナがなんだか気の毒にすら見えてくる。だって、このまんまうまくいくわけないもんね、これ、ヒッチコック映画だから……始まってまだ30分も経ってないから……
・もう何回すんねんというくらいにジョニーとのキスを重ねるリナなのだが、そんな彼女を演じているのが、あの『レベッカ』で夫との冷え冷えとした新婚生活に苦悩するヒロインを演じたフォンテインなので、まるで本作が『レベッカ』のパラレルワールドのような不思議な世界に見えてくる。やっぱ、結婚するならしかめっ面のローレンス=オリヴィエよりこっちよね~!
・ついにリナは家を飛び出し、両親の許可を得ないままジョニーと結婚してヨーロッパのイタリア、フランスへと新婚旅行に出てしまう。ここらへんの経緯を2人のキャリーバッグに貼られたご当地ステッカーで説明する演出が非常にスマート。
・夢のような気分で新婚旅行を楽しみ、ジョニーが購入したというメイド付きの新居での生活を始めるリナだったが、ついにここで知りたくなかったジョニーの素顔を見てしまう。ジョニーはまるで生活能力のない無職の借金常習者で、新婚旅行の費用1千ポンド(現在の貨幣価値にして約800万円)も新居の購入費も、すべて知り合いからの借金で捻出したものだったのだ。一気に顔の青ざめるリナだが、ジョニーは「これからは君が用立ててくれればいいさ☆」と底なしの笑顔を見せる。こ、こわい……サイコ方面とは違うのだが、自分の置かれている、地獄に落ちる断崖の一歩手前のような状況に全く気づいていないジョニーの麻痺っぷりが恐ろしすぎる!! そんな現実、知りたくなかった……でも、これぞヒッチコック映画!
・マクレイドロー家から送られてきた結婚祝いの椅子セットにジョニーが閉口するくだりはちょっとしたコミカルなシーンだが、こういうところで「借金大好きで伝統に無関心なジョニー」と「借金を恥として嫌い伝統を重んじるリナ(マクレイドロー家)」という価値観の大きな溝をはっきりと提示してくれる脚本が非常に巧妙である。さて、現代においてはどちらのほうが正常なのか……
・ジョニーの親友で、リナにうっかりジョニーが競馬を止めていないことをバラしてしまう中年男ビーキーを演じるのは、フォンテインと同じく『レベッカ』以来のヒッチコック作品出演となるナイジェル=ブルース。この人いつもうっかりしてるな。ナイジェルといえば言うまでもなくベイジル=ラズボーン版シャーロック=ホームズシリーズ(1939~46年)での功罪相半ばする「うっかりワトスン」役なので、できればセドリック卿と共演してほしかった! ワトスン VS ワトスンの父!!
・両親が結婚祝いに贈ってくれた先祖伝来の椅子セットを、事前に断りもなく知らないアメリカ人に売ってしまったと語るジョニー。しかもくだんの椅子は、近くの町にある質屋のショーウィンドウに飾られていた……その発言が全く信用できないジョニーのふるまいにいよいよ心が離れそうになるリナだったが、競馬で2千ポンド(今でいう1600万円!)もうけたジョニーは椅子セットを買い戻し、リナは喜びの笑顔を見せるのだった……でも、それでええんかリナはん!? 今回たまたま結果オーライになっただけですよ……たまたま当たったから良かったけど、旦那さん1レースに200ポンド(160万円)賭けたって言ってるよ。
・その後もジョニーは「競馬はもうやめる」と言っていたが、平日の昼間に競馬場でジョニーを見たという友人のチクリから疑念を再燃させたリナは、ジョニーが勤務しているはずの不動産屋に行き様子を伺ってみる。すると、なんとジョニーは1ヶ月半も前に不動産屋の金2千ポンドを持ち逃げした疑いでクビになっていた……え? じゃあ、競馬で2千ポンド当てたっていう話も……リナの心はもうズタボロ!
・いよいよジョニーと別れようと心に決めるリナであったが、折悪しくリナの父マクレイドロー将軍が死去したとの報が届き、離婚の話はいったん保留となる。この時の電報の日付が「1938年7月」となっているので、つまりジョニーとリナの結婚生活は3年ちょっとは続いていたということになる。よく続いたもんだな!
・マクレイドロー邸での遺産相続発表の結果、リナには毎年500ポンド(400万円)の手当と将軍の肖像画が贈られることに。ゼロではないにしても、将軍の妹(リナの叔母)一家には計6千ポンド(約5千万円)の遺産が贈与されているので、これはもう事実上の勘当扱いであることに違いなく、ジョニーが失望を隠さず自暴自棄な態度になるのも仕方のないことである。でも生前から関係は最悪だったと思うので、何もかもジョニーの自業自得よ。
・不動産屋をクビになって間もないのに、ジョニーは性懲りもなく近所の海岸の土地をビーキーの出資で購入してホテルリゾートにすると言い出し、その意図をはかりかねるリナは再び不信感を再燃させる。そんな中、アルファベットの書かれた積み木を使った言葉遊びゲームでたまたま「 MURDER(殺人)」の文字を作ったリナは、土地の下見と称してビーキーを海岸の断崖に連れ出し、背後から突き落とすジョニーの姿を妄想して失神してしまう。映画も半分を過ぎてやっとサスペンスらしい雰囲気が漂い出す重要なシーンなのだが、ちょっとヒッチコックにしては妄想シーンが陳腐(落下するビーキーのバストショットくらい)なのが逆に珍しい。のちにさまざまな傑作で悪夢的妄想を映像化していくキャリアを考えると、かなり「らしくない」処理である。どったの?
・失神から目を覚ましたリナは、いても立ってもいられなくなり車をぶっ飛ばして断崖に様子を見に行き、悄然として帰宅する。ここのくだりは情緒不安定になったリナを描くだけのシーンなのだが、セリフ無しで約2分半ももたせる演出が、ヒッチコックがサイレント映画出身の職人であることをそうとう久しぶりに思い出させてくれる。でも、ここが面白いのは映像演出よりもフォンテインの表情の演技のおかげなんですけどね。一人でオープンカーを飛ばす思いつめた表情の横顔が、かっこいいのなんのって! ぷれいばっ、ぷれいばっ♪
・夫の殺意はわたしの勘違いか……と安心させておいてからの、唐突なビーキーのフランス・パリでの不審死。そしてそこには正体不明な「英語をしゃべる男」の影が……いよいよサスペンス映画らしくなってきたわけだが、ここらへんからいきなり寡黙になるジョニーと、セリフ無しの表情演技だらけになるリナとがつむぎ出す緊張関係がすばらしい。ここまでの1時間くらいの流れと温度差が違いすぎてカゼひく!
・映画の本筋とは全く関係ないのだが、ホジスン警部と一緒にリナを尋ねる郡警察の若いベンスン刑事(演ヴァーノン=ダウニング)が、リナの家の壁に掛けてある抽象的な静物画の前でいちいち立ち止まり絵を凝視する姿がミョ~に印象に残る。ヒッチコック監督、これにはどんな意味が……? なんか、ここだけ後年のデイヴィッド=リンチ監督の世界を連想させる「ふしぎな間」がただよっている。わけわかんないけど、面白いからヨシ!!
・目撃者の証言によると、ビーキーは飲み屋で「英語をしゃべる男」に無理にブランデーの一気飲みを強要された末に急死したという。その男が夫ジョニーではないかと疑うリナは、近所の女流推理小説家イゾベルのもとに相談に行くが、イゾベルもまた、ビーキーの死は意図的な殺人であると見ていた。ここでいきなりアガサ=クリスティみたいな味のあるキャラが前面に出てくるのがやや唐突なのだが(それ以前のシーンでちょっとだけ顔は見せている)、当然ながらこのイゾベルは、フランシス=アイルズの原作小説『レディに捧げる殺人物語』にも登場する人物である(出番はもっと多い)。そういえばクリスティも、自身の「エルキュール=ポアロ」シリーズの中に女流推理小説家アリアドネ=オリヴァを登場させているので、「ご近所のおばさん推理小説家」という設定は推理小説にはうってつけのキャラクターだったのかも知れない。なんか、男の作家さんよりも話しやすいのかな。男だと松本清張とかいささか先生みたいだしね。
・イゾベルがリナに話す「リチャード=パーマー」という毒殺犯のモデルは、「19世紀で最も有名な犯罪者」「毒殺王子」と呼ばれたイギリスの犯罪者ウィリアム=パーマー(1824~56年)であると思われる。このパーマーは、まさに「酒飲み勝負」で相手を急死させたり競馬で借金した相手がパーマーの家で不審死したりと、本作のジョニーのキャラクター造形に大きな影響を与えた存在のようである。たぶん、当時この映画やアイルズの原作小説を読んだ人の多くも、パーマーの事件を即座にイメージしていたのではないだろうか。実録ヴィクトリア朝犯罪史!!
・ある朝、リナはついに、自分に相談もなしにジョニーがリナに多額の生命保険金をかけていることを知り、いよいよ疑念が確信へと変わっていってしまう。表向きは変わらず愛妻家でいるジョニーなのだが、ジョニーとキスをした時のリナの表情が、映画の序盤と今とでびっくりするほど違うのが、さすがフォンテイン、この作品でオスカーを掴むだけのことはある名演! 本作でのケーリー=グラントはヒッチコック作品史上最もハンサムな男性主人公だが、ジョーン=フォンテインは間違いなくヒッチコック作品史上最も知的なヒロインである。
・ジョニーへの不信から心身ともに衰弱しきったリナは熱を出して丸一日寝込んでしまう。見舞いに来たイゾベルと「絶対に検出されない毒」の話をした後、ジョニーが就寝前の牛乳の入ったグラスを持ってきてくれても、リナは全く手をつけることができないのだった……リナの疑惑を見事に象徴する挿話なのだが、ここで炸裂するのが、もはや世界映画史上の伝説となっている「光る牛乳」の演出である。すなはち、毒が入っているかもしれない牛乳の恐怖を映像化するために、ヒッチコックは牛乳の入ったグラスに豆電球を入れて光らせ、わざと電気を消した暗い家の階段をジョニーが牛乳を持って上ってくることで、漆黒の闇の中から真っ白な牛乳を持った黒い人影が迫ってくるという象徴的な画を作り出すことに成功したのである。まさしく、リナのイメージを現実の映像に変換するという表現主義的技法! ヒッチコックのキャリアの原点であるサイレント映画の世界に立ち返るような奇想である。でも、ほんとに牛乳の中にライトを入れたら光るのかな……こんど試してみよう! じゃあコーヒー牛乳は? 森永カルダスは? キッコーマンの豆乳は!? よし、これでこの夏の自由研究はきまりだ!!
・ジョニーとの2人きりの生活に耐えられなくなったリナは、カゼを理由に2~3日実家に帰ろうとするが、ジョニーは車に乗せていくと言って運転を申し出る。そして2人の車は、海岸沿いの断崖の道へ……ここらへんの流れるように断崖のクライマックスにつながっていくお膳立てが非常に小気味いい。観客の動悸を上げていくようなアップテンポな音楽もぴったりである。さぁ、ジョニーは本当に殺人者なのか? リナは助かるのか!? 衝撃の結末は……え~!? そんなん、あり!? よくぞまぁ、そんな感じのエンディングに持ってこれましたね! ハリウッド映画ならではの「力技」、ここにきわまれり!!
いや~、気が付けば、もう年の瀬が近づいてますよ。師走! 別に師でもなんでもない私までもが忙しく駆けずり回る時期になってまいりました。今年もあっという間だったな……
いろいろと忙しいんですよ、お仕事も遊びも。こんな時に、何の脈絡もなく昔の映画なんかのんびり観てらんないんですよ!
それなのに、いつものこの企画をやってしまうというアンビレパンツ(©内田春菊)っぷりよ……うん、いつもの『長岡京エイリアン』だ!!
映画『断崖』(1941年11月公開 99分 RKO)
『断崖』(原題:Suspicion)は、アメリカのロマンティックスリラー映画。夫に殺されるという疑念に取り憑かれた新妻を描く。 イギリスの推理小説家フランシス=アイルズ(1893~1971年)が1932年に発表した長編犯罪小説『レディに捧げる殺人物語』を原作とする。
製作費110万2000ドル、配給収入は北米で130万6000ドルで海外では91万9000ドルとなった。
第14回アカデミー賞でジョーン=フォンテインが主演女優賞を受賞した。
本作は後年、アメリカの TVドラマシリーズ『 American Playhouse』(1982~93年放送)の枠内で1988年4月にリメイクされた(第7シーズン第11話)。
ヒッチコック監督は、本編約46分51秒頃、村の郵便ポストに手紙を入れる帽子をかぶった男の役で出演している。
あらすじ
1938年。ハンサムだがいい加減な性格の遊び人ジョニー=エイズガースは、イギリスの列車の中で眼鏡をかけた女性リナ=マクレイドローと出逢い、彼女を散歩に誘う。ジョニーはリナに接近するが、リナはそれを不愉快に感じ警戒する。しかしリナは、父である裕福な有力者マクレイドロー将軍が自分の結婚を考えていないことを知って傷つき、自暴自棄になった末に駆け落ち同然にジョニーと結婚してしまう。
ヨーロッパでの豪華な新婚旅行を終えてジョニーが購入した新居に入ったリナは、ジョニーが仕事も収入もなく惰性的な借金生活を送っており、リナの父の脛を齧ろうとしていることに気づく。リナの説得を受けたジョニーは、彼の従兄の不動産業者メルベックの下で働くことになるが、そこへリナの父マクレイドロー将軍の死の知らせが届く。
将軍の遺産がほとんどもらえないことを知ったジョニーは機嫌を悪くし、友人ビーキーと共に不動産会社を設立して景観の良い断崖にリゾート地を開発する計画を立て始める。そんな中、リナの脳裏にある疑惑がよぎる……
おもなキャスティング
リナ=マクレイドロー …… ジョーン=フォンテイン(24歳)
ジョニー=エイズガース …… ケーリー=グラント(37歳)
イゾベル=セドバスク …… オリオール=リー(61歳)
バートラム=セドバスク …… ギャビン=ゴードン(40歳)
ビーキー=スウェイト …… ナイジェル=ブルース(46歳)
マクレイドロー将軍 …… セドリック=ハードウィック(48歳)
マーサ=マクレイドロー …… メイ=ウィッティ(76歳)
メイドのエセル …… ヘザー=エンジェル(32歳)
ジョージ=メルベック …… レオ=G・キャロル(49歳)
ホジスン警部補 …… ラムズデン=ヘア(67歳)
おもなスタッフ
監督 …… アルフレッド=ヒッチコック(42歳)
脚本 …… サムソン=ラファエルソン(47歳)、アルマ=レヴィル(42歳)、ジョーン=ハリソン(34歳)
製作総指揮 …… デイヴィッド=O=セルズニック(39歳)
音楽 …… フランツ=ワックスマン(34歳)
撮影 …… ハリー=ストラドリング(40歳)
編集 …… ウィリアム=ハミルトン(48歳)
はい、というわけでありまして、今日も今日とてヒッチコック監督の映画を観ていく企画なのでございます。いつも通り、後半の視聴メモでだいぶ字数がかさんでしまってるんで、ちゃっちゃといきましょう。
いや~、おかげさまでこの企画もついにヒッチコック監督作品の「第27作」となるこの『断崖』まできました。感慨深いものがありますね!
なんで感慨深いのかと言いますと、ヒッチコックが監督を手がけた長編映画って、全部で「53作」なんですよ。ということは、今回の第27作がまさに半分、「折り返し」をすぎた後半戦の最初ってことになるんですね!
やっと半分を越えました……この調子で、ちゃんと最期の遺作までいけるのかしら!? まぁ、健康第一でのんびりいきましょう。
ちょっと、本題の監督第27作『断崖』にいく前に、その前の第26作『スミス夫妻』(1941年1月公開)に関して。
この『スミス夫妻』ですが、我が『長岡京エイリアン』のヒッチコック企画では独立した記事にしないでスルーしちゃいます。
その理由は、『スミス夫妻』がヒッチコックお得意のサスペンス映画ではなく純然たる「ラブコメ映画」だからなのですが、ヒッチコック監督が非サスペンス映画を撮るのって、けっこう久しぶりですよね。イギリス時代の『ウィンナ・ワルツ』(1932年)以来10年ぶりということになるでしょうか。私、この作品もしかしたら2005年のアクション映画『 Mr.&Mrs.スミス』のリメイク元とかなのかなと思ってたんですが、タイトルが同じだけで全く無関係だそうです。なんだよ……
この作品は、当時ハリウッドでヒッチコックを雇っていた大物プロデューサー・セルズニックが映画会社の RKOに2作ぶんヒッチコックを職人監督として貸し出していたうちの一作で、もうひとつが今回の『断崖』ということになります。
『スミス夫妻』は、主演の売れっ子女優キャロル=ロンバードを前面に押し出したコメディ映画で、ほんのささいなことから離婚するしないの大ゲンカになった夫妻のてんまつを描く他愛もない内容の作品です。はっきり言ってヒッチコックらしさがうかがえる演出はほぼ無く、すがすがしいまでに「キャロル=ロンバードを楽しむだけの映画」になっているのが、逆にヒッチコック作品としては異色ですよね。まぁ、アイドル映画みたいなものです。
正直、役者が2人向かい合ってしゃべる画面ばっかりで悪い意味で演劇的だし、ギャグのクオリティも高いとは言えない(若い頃のドレスを着てお尻の部分が破れるとか、デートで屋根なし観覧車に乗ってたら停電で止まってどしゃ降りに遭うとか……)のですが、翌年に不幸な飛行機事故で33歳という若さで夭折してしまうキャロル=ロンバードの美貌と演技を楽しむのなら、まぁ見て損はないかなという感じですかね。別のヒッチコック作品に出てくる彼女が見たかった。
当時この『スミス夫妻』もそれなりにヒットしたそうなのですが、その頃のコメディ映画を観たいのだったら、ふつうに『或る夜の出来事』(1934年 監督フランク=キャプラ)とかを観た方がよっぽどいいと思います。これはよくできてますよね。『スミス夫妻』よりも昔の映画なのに、比較するのもバカバカしいくらいハイレベルですよ!
ただ、一つだけ言っておくのならば、この『スミス夫妻』での「会話ゼリフだけのお芝居映画」というつまらなさからの反省として、「大事なシーンになればなるほどセリフ演技が少なくなる」次作『断崖』が生まれたという意義はあるのではないかと思います。『スミス夫妻』はキャロル=ロンバード、『断崖』はジョーン=フォンテインということで、どちらもかなりの美人女優が出ずっぱりな作品ではあるのですが、全く対照的な作風になっているのが興味深いですね。
ということで本題の『断崖』に入りたいのですが、本作はアカデミー主演女優賞(フォンテイン)を獲得した作品でありまして、実は賞レースにあまり縁のなかったヒッチコック監督のキャリアの中ではノミネートこそ何度もあったものの、オスカーをゲットできたのは作品賞の『レベッカ』と、この『断崖』だけだったのです。監督賞はついに獲れなかったという。
でも、ここからわかるのは「賞とったとかホントどうでもいい」ってことですよね。だって、今ヒッチコックの代表作に『レベッカ』とか『断崖』を推す人って、いますかね? いや、どっちも面白い作品ではあるんですけど、それ以上の大傑作がゴロッゴロしてますから!
もう最近は、アカデミー賞をとったとかいう売り文句なんて屁のツッパリにもなってない感じ、しません? 昔はもうちょっと作品の質の担保になってる感じもあったような気がするのですが、今はもう、ね~。つまんないもんは賞とっててもつまんないし、そういうのに限って3時間くらいあるし! 「無冠の帝王」最高じゃないですか。トム・ブラウンに栄光あれ!!
話を戻しますが、この『断崖』は、すでに有名だったイギリスの推理小説家フランシス=アイルズ(別筆名アントニー=バークリー 1893~1971年)の長編小説『レディに捧げる殺人物語』(原題 Before the Fact : A Murder Story for Ladies 1932年発表)を原作としています。
キャリアの初期から有名な小説や戯曲を原作として映画化することの多いヒッチコック監督でしたが、今作の原作者アイルズは、原作の知名度の高さでいうのならば『巌窟の野獣』、『レベッカ』そして『鳥』の原作者であるダフネ=デュ・モーリア(1907~89年)とゆうにタメを張るのではないでしょうか。でも、私が一番好きなヒッチコック映画の原作になった小説はジョセフィン=ティの『ロウソクのために1シリングを』(1936年 ヒッチコックの『第3逃亡者』の原作)ですけどね! あの小説版の犯人にはほんとにビックラこきました。
そんでま、今回の『断崖』は上の情報にもあります通り、純然たる犯罪サスペンス映画なのですが、ちょっと原作小説『レディに捧げる殺人物語』との違いもチェックしておきましょう。
ちょうどね、今年の9月に創元推理文庫から復刊されてたんですよ! なんというグッドタイミング。『ピクニック at ハンギングロック』の原作小説とか、創元さんはいいとこを出してくれますよね~。大好き! でも、昨今はほんとに文庫本の値段が高くなり申した……
映画『断崖』と小説『レディに捧げる殺人物語』とを比較してみますと、
≪完成マダナノヨ≫
≪視聴メモで~っす≫
・本作の公開は1941年11月ということで、まさにアメリカが日本軍の真珠湾攻撃を受けて第二次世界大戦に参戦する1ヶ月前というとんでもないタイミングなのだが、当然ながら1932年発表の推理小説を原作とする本作に、戦争の気配はみじんも感じられない。嗚呼、前々作『海外特派員』の緊張感はいずこに……ちなみに作中での電報の日付から、この映画版は「1935年の3月はじめ」から物語が始まる設定となっている。
・若くはないものの、登場した1カット目から観客の目を奪う二枚目ハリウッドスターのオーラをだだもれにしているケーリー=グラントの別格感がすばらしい。失礼ながら、今までのヒッチコック諸作の男性主人公のみなさんとは比較にならないゴージャスさがある。その一方で、いくらおばさんくさい恰好をして地味なメガネをかけていてもその知的な美貌を隠すことができていないフォンテインもさすがである。
・同乗者のタバコの副流煙で気分が悪くなったというていを装いながら上級の指定席に座り込み、それを車掌にとがめられ差額を請求されたら赤の他人であるリナに肩代わりしてくれとすがりつくというジョニーのクズさがハンパない。まぁ、でもケーリー=グラントだしな……と思わず許してしまいそうになる、この色男っぷり! ほんと、別の人がジョニーを演じてたら開始2~3分のこの時点で視聴をやめてたかもしんない。
・ジョニーはその甘い外見の通りに相当に名うてなハンサム紳士だが、彼が電車で乗り合わせたリナもまた、地元で知らない者はいない名門マクレイドロー家の令嬢だった。ジョニーの狩人のような眼が光る……! 演じるケーリー=グラントの魅力でワクワク感が高まる。嵐の予感!
・見た目もジョニーに対する態度もそっけなくツンツンなリナだったが、ジョニーはリナが読んでいた本の中に、しおり代わりに自分の写真が載った新聞記事の切れはしがはさんであるのを見てニヤリと笑う。「脈あり……!」意外と落ちやすいかも。
・ウキウキでジョニーたちと教会に行く娘リナの様子を見て不思議に思う母マーサを演じるのは、ヒッチコックのイギリス時代の最高傑作といっていい『バルカン超特急』(1938年)でのミス・フロイ役で有名なメイ=ウィッティ。今作ではあんまり出番がないのが残念。
・教会に行くというのは完全なる方便で、その途中でかなり強引にリナを連れて2人で誰もいない田舎道にしけこむジョニー。出会って数時間ほどの午前中の段階でリナの髪の毛はいじるは身体をベタベタさわるは……たぶん現代どころか1940年代当時でもアウトな所業におよぶクズっぷりに拍車がかかる。ほんと、ケーリー=グラントじゃないと映像化はムリですね。
・異様なまでに急接近してくるジョニーにドン引きしたリナは自宅に戻るが、そこで両親であるマクレイドロー将軍夫妻の「あいつ(リナ)は恋愛に奥手そうだし、結婚はしばらくはないだろ。」という発言を盗み聞きしてしまい、ついカッときてジョニーの唇を奪って交際を始めてしまう。ここで、ヘンなのがジョニーじゃなくてリナだというふうに立場が一瞬で逆転するスピード感がマンガのようである。レディスコミックだね~。
・リナの父で、女性問題だいかさまギャンブルだと浮ついたニュースの多いジョニーに悪印象しか持っていない頑固なマクレイドロー将軍を演じているのは、イギリスで「サー」の叙勲を受けている名優セドリック=ハードウィック(1893~1964年)。え! 「ハードウィック」!? そうなんです、このセドリック卿はグラナダTV 版『シャーロック・ホームズの冒険』シリーズ(1984~94年)の2代目ワトスン役でつとに有名な俳優エドワード=ハードウィック(1932~2011年)のご尊父なのです! そういえばエドワードもちょいちょいハリウッド映画に出ていたが、お父様もハリウッドスターだったのね。でも彼もまた、本作では出番がちょっとしかないのが残念。
・自分のことを恋愛ベタだと思っている両親にあてつけるかのように、ジョニーからきた電話に嬉々として出るリナ。しかしそれ以来1週間ジョニーからの連絡はぱったり止まり、リナはジョニーの写真を眺めたり自分から電話をかけたり郵便局の自分宛私書箱を調べたりと、いったん距離を置く「飢餓戦術」に見事にひっかかり、勝手にジョニー一途になっていく。ジョニー、恐ろしい男やでぇ!
・自邸でパーティがあっても「頭痛い……パーティ出たくない……」とうなっていたリナが、ジョニーからのパーティ行くヨという電報を読んだ瞬間にケロッと治ってニッコニコでドレスを選び出すという描写が、それを演技達者なフォンテインがやっているだけに余計に面白い。20代中盤という絶妙な年齢のわりに小娘みたいな挙動がバカっぽいけど、そこがチャーミングですよね。
・大好きなジョニーがパリッとした正装姿でパーティに来て、呆れかえる両親や友達連中を尻目に私と踊ってくれて、高級車でドライブに連れて行ってくれる。そして車の中で……というマンガみたいな展開が、まさにリナが見ている白昼夢のようで、始終酔っぱらったようなにやけ顔になっているリナがなんだか気の毒にすら見えてくる。だって、このまんまうまくいくわけないもんね、これ、ヒッチコック映画だから……始まってまだ30分も経ってないから……
・もう何回すんねんというくらいにジョニーとのキスを重ねるリナなのだが、そんな彼女を演じているのが、あの『レベッカ』で夫との冷え冷えとした新婚生活に苦悩するヒロインを演じたフォンテインなので、まるで本作が『レベッカ』のパラレルワールドのような不思議な世界に見えてくる。やっぱ、結婚するならしかめっ面のローレンス=オリヴィエよりこっちよね~!
・ついにリナは家を飛び出し、両親の許可を得ないままジョニーと結婚してヨーロッパのイタリア、フランスへと新婚旅行に出てしまう。ここらへんの経緯を2人のキャリーバッグに貼られたご当地ステッカーで説明する演出が非常にスマート。
・夢のような気分で新婚旅行を楽しみ、ジョニーが購入したというメイド付きの新居での生活を始めるリナだったが、ついにここで知りたくなかったジョニーの素顔を見てしまう。ジョニーはまるで生活能力のない無職の借金常習者で、新婚旅行の費用1千ポンド(現在の貨幣価値にして約800万円)も新居の購入費も、すべて知り合いからの借金で捻出したものだったのだ。一気に顔の青ざめるリナだが、ジョニーは「これからは君が用立ててくれればいいさ☆」と底なしの笑顔を見せる。こ、こわい……サイコ方面とは違うのだが、自分の置かれている、地獄に落ちる断崖の一歩手前のような状況に全く気づいていないジョニーの麻痺っぷりが恐ろしすぎる!! そんな現実、知りたくなかった……でも、これぞヒッチコック映画!
・マクレイドロー家から送られてきた結婚祝いの椅子セットにジョニーが閉口するくだりはちょっとしたコミカルなシーンだが、こういうところで「借金大好きで伝統に無関心なジョニー」と「借金を恥として嫌い伝統を重んじるリナ(マクレイドロー家)」という価値観の大きな溝をはっきりと提示してくれる脚本が非常に巧妙である。さて、現代においてはどちらのほうが正常なのか……
・ジョニーの親友で、リナにうっかりジョニーが競馬を止めていないことをバラしてしまう中年男ビーキーを演じるのは、フォンテインと同じく『レベッカ』以来のヒッチコック作品出演となるナイジェル=ブルース。この人いつもうっかりしてるな。ナイジェルといえば言うまでもなくベイジル=ラズボーン版シャーロック=ホームズシリーズ(1939~46年)での功罪相半ばする「うっかりワトスン」役なので、できればセドリック卿と共演してほしかった! ワトスン VS ワトスンの父!!
・両親が結婚祝いに贈ってくれた先祖伝来の椅子セットを、事前に断りもなく知らないアメリカ人に売ってしまったと語るジョニー。しかもくだんの椅子は、近くの町にある質屋のショーウィンドウに飾られていた……その発言が全く信用できないジョニーのふるまいにいよいよ心が離れそうになるリナだったが、競馬で2千ポンド(今でいう1600万円!)もうけたジョニーは椅子セットを買い戻し、リナは喜びの笑顔を見せるのだった……でも、それでええんかリナはん!? 今回たまたま結果オーライになっただけですよ……たまたま当たったから良かったけど、旦那さん1レースに200ポンド(160万円)賭けたって言ってるよ。
・その後もジョニーは「競馬はもうやめる」と言っていたが、平日の昼間に競馬場でジョニーを見たという友人のチクリから疑念を再燃させたリナは、ジョニーが勤務しているはずの不動産屋に行き様子を伺ってみる。すると、なんとジョニーは1ヶ月半も前に不動産屋の金2千ポンドを持ち逃げした疑いでクビになっていた……え? じゃあ、競馬で2千ポンド当てたっていう話も……リナの心はもうズタボロ!
・いよいよジョニーと別れようと心に決めるリナであったが、折悪しくリナの父マクレイドロー将軍が死去したとの報が届き、離婚の話はいったん保留となる。この時の電報の日付が「1938年7月」となっているので、つまりジョニーとリナの結婚生活は3年ちょっとは続いていたということになる。よく続いたもんだな!
・マクレイドロー邸での遺産相続発表の結果、リナには毎年500ポンド(400万円)の手当と将軍の肖像画が贈られることに。ゼロではないにしても、将軍の妹(リナの叔母)一家には計6千ポンド(約5千万円)の遺産が贈与されているので、これはもう事実上の勘当扱いであることに違いなく、ジョニーが失望を隠さず自暴自棄な態度になるのも仕方のないことである。でも生前から関係は最悪だったと思うので、何もかもジョニーの自業自得よ。
・不動産屋をクビになって間もないのに、ジョニーは性懲りもなく近所の海岸の土地をビーキーの出資で購入してホテルリゾートにすると言い出し、その意図をはかりかねるリナは再び不信感を再燃させる。そんな中、アルファベットの書かれた積み木を使った言葉遊びゲームでたまたま「 MURDER(殺人)」の文字を作ったリナは、土地の下見と称してビーキーを海岸の断崖に連れ出し、背後から突き落とすジョニーの姿を妄想して失神してしまう。映画も半分を過ぎてやっとサスペンスらしい雰囲気が漂い出す重要なシーンなのだが、ちょっとヒッチコックにしては妄想シーンが陳腐(落下するビーキーのバストショットくらい)なのが逆に珍しい。のちにさまざまな傑作で悪夢的妄想を映像化していくキャリアを考えると、かなり「らしくない」処理である。どったの?
・失神から目を覚ましたリナは、いても立ってもいられなくなり車をぶっ飛ばして断崖に様子を見に行き、悄然として帰宅する。ここのくだりは情緒不安定になったリナを描くだけのシーンなのだが、セリフ無しで約2分半ももたせる演出が、ヒッチコックがサイレント映画出身の職人であることをそうとう久しぶりに思い出させてくれる。でも、ここが面白いのは映像演出よりもフォンテインの表情の演技のおかげなんですけどね。一人でオープンカーを飛ばす思いつめた表情の横顔が、かっこいいのなんのって! ぷれいばっ、ぷれいばっ♪
・夫の殺意はわたしの勘違いか……と安心させておいてからの、唐突なビーキーのフランス・パリでの不審死。そしてそこには正体不明な「英語をしゃべる男」の影が……いよいよサスペンス映画らしくなってきたわけだが、ここらへんからいきなり寡黙になるジョニーと、セリフ無しの表情演技だらけになるリナとがつむぎ出す緊張関係がすばらしい。ここまでの1時間くらいの流れと温度差が違いすぎてカゼひく!
・映画の本筋とは全く関係ないのだが、ホジスン警部と一緒にリナを尋ねる郡警察の若いベンスン刑事(演ヴァーノン=ダウニング)が、リナの家の壁に掛けてある抽象的な静物画の前でいちいち立ち止まり絵を凝視する姿がミョ~に印象に残る。ヒッチコック監督、これにはどんな意味が……? なんか、ここだけ後年のデイヴィッド=リンチ監督の世界を連想させる「ふしぎな間」がただよっている。わけわかんないけど、面白いからヨシ!!
・目撃者の証言によると、ビーキーは飲み屋で「英語をしゃべる男」に無理にブランデーの一気飲みを強要された末に急死したという。その男が夫ジョニーではないかと疑うリナは、近所の女流推理小説家イゾベルのもとに相談に行くが、イゾベルもまた、ビーキーの死は意図的な殺人であると見ていた。ここでいきなりアガサ=クリスティみたいな味のあるキャラが前面に出てくるのがやや唐突なのだが(それ以前のシーンでちょっとだけ顔は見せている)、当然ながらこのイゾベルは、フランシス=アイルズの原作小説『レディに捧げる殺人物語』にも登場する人物である(出番はもっと多い)。そういえばクリスティも、自身の「エルキュール=ポアロ」シリーズの中に女流推理小説家アリアドネ=オリヴァを登場させているので、「ご近所のおばさん推理小説家」という設定は推理小説にはうってつけのキャラクターだったのかも知れない。なんか、男の作家さんよりも話しやすいのかな。男だと松本清張とかいささか先生みたいだしね。
・イゾベルがリナに話す「リチャード=パーマー」という毒殺犯のモデルは、「19世紀で最も有名な犯罪者」「毒殺王子」と呼ばれたイギリスの犯罪者ウィリアム=パーマー(1824~56年)であると思われる。このパーマーは、まさに「酒飲み勝負」で相手を急死させたり競馬で借金した相手がパーマーの家で不審死したりと、本作のジョニーのキャラクター造形に大きな影響を与えた存在のようである。たぶん、当時この映画やアイルズの原作小説を読んだ人の多くも、パーマーの事件を即座にイメージしていたのではないだろうか。実録ヴィクトリア朝犯罪史!!
・ある朝、リナはついに、自分に相談もなしにジョニーがリナに多額の生命保険金をかけていることを知り、いよいよ疑念が確信へと変わっていってしまう。表向きは変わらず愛妻家でいるジョニーなのだが、ジョニーとキスをした時のリナの表情が、映画の序盤と今とでびっくりするほど違うのが、さすがフォンテイン、この作品でオスカーを掴むだけのことはある名演! 本作でのケーリー=グラントはヒッチコック作品史上最もハンサムな男性主人公だが、ジョーン=フォンテインは間違いなくヒッチコック作品史上最も知的なヒロインである。
・ジョニーへの不信から心身ともに衰弱しきったリナは熱を出して丸一日寝込んでしまう。見舞いに来たイゾベルと「絶対に検出されない毒」の話をした後、ジョニーが就寝前の牛乳の入ったグラスを持ってきてくれても、リナは全く手をつけることができないのだった……リナの疑惑を見事に象徴する挿話なのだが、ここで炸裂するのが、もはや世界映画史上の伝説となっている「光る牛乳」の演出である。すなはち、毒が入っているかもしれない牛乳の恐怖を映像化するために、ヒッチコックは牛乳の入ったグラスに豆電球を入れて光らせ、わざと電気を消した暗い家の階段をジョニーが牛乳を持って上ってくることで、漆黒の闇の中から真っ白な牛乳を持った黒い人影が迫ってくるという象徴的な画を作り出すことに成功したのである。まさしく、リナのイメージを現実の映像に変換するという表現主義的技法! ヒッチコックのキャリアの原点であるサイレント映画の世界に立ち返るような奇想である。でも、ほんとに牛乳の中にライトを入れたら光るのかな……こんど試してみよう! じゃあコーヒー牛乳は? 森永カルダスは? キッコーマンの豆乳は!? よし、これでこの夏の自由研究はきまりだ!!
・ジョニーとの2人きりの生活に耐えられなくなったリナは、カゼを理由に2~3日実家に帰ろうとするが、ジョニーは車に乗せていくと言って運転を申し出る。そして2人の車は、海岸沿いの断崖の道へ……ここらへんの流れるように断崖のクライマックスにつながっていくお膳立てが非常に小気味いい。観客の動悸を上げていくようなアップテンポな音楽もぴったりである。さぁ、ジョニーは本当に殺人者なのか? リナは助かるのか!? 衝撃の結末は……え~!? そんなん、あり!? よくぞまぁ、そんな感じのエンディングに持ってこれましたね! ハリウッド映画ならではの「力技」、ここにきわまれり!!