長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

吹雪の真冬に、なぜ!?  ~今さら、つのだじろう『学園七不思議』を読む~

2015年02月19日 23時05分00秒 | マンガとか
つのだ じろう(1936年7月3日生まれ)とは


 つのだじろうは、日本のマンガ家、心霊研究家。東京府東京市下谷区豊住町(現・東京都台東区下谷)出身。血液型は O型。四弟のつのだたかしはリュート奏者、末弟のつのだ☆ひろはミュージシャンである。

 東京の下町に育つが、小学2年生の時に家族で福島県に疎開。戦後の中学2年生のおり東京に戻り、新宿区立淀橋中学校、東京都立青山高等学校卒業。
 高校在学中にマンガ家の島田啓三(1900~73年 代表作『冒険ダン吉』)に師事し、1955年、月刊マンガ雑誌『漫画少年』に『新桃太郎』が掲載されマンガ家デビュー。この作品はわずか3ページの短編であるが、師である島田から何度も書き直しを命じられ、苦心の末に投稿を許されたものだという。
 やがて「新漫画党」(寺田ヒロオ、藤子不二雄ら)に入党。豊島区のトキワ荘に通うこととなる。当時は生真面目な青年で、トキワ荘仲間の活動方針の違いに激怒し抗議文を書いて飛び出すが、藤子不二雄(藤本弘)から返書をもらい、心機一転。彼らのマンガに対する情熱を目の当たりにし、それからはトキワ荘の「道楽派」になったという。
 デビューから3年後に UFOを目撃し、趣味でオカルトを研究し、日本の心霊研究の第一人者となる。
 月刊少女マンガ雑誌『りぼん』(集英社)に連載された『ルミちゃん教室』(1958年)の初ヒット以後、初期は主としてギャグマンガを執筆していた。『忍者あわて丸』(1965~68年 TVアニメ『ピュンピュン丸』の原作)、『空手バカ一代』(1971~73年)などのヒットを飛ばす。その後は『うしろの百太郎』(1973~76年『週刊少年マガジン』連載)や『恐怖新聞』(1973~76年『週刊少年チャンピオン』連載)などのオカルトホラーマンガで一大ブームを巻き起こした。
 オカルト、恐怖怪談系の作品の他にも、極真空手の世界を描いた『空手バカ一代』や、本格将棋マンガの草分けとなった『5五の龍』(1978~80年)、様々な女性たちの運命をリアルに描いた『女たちの詩』シリーズ(1971~73年)などがある。ギャグからシビアな作風、少年・少女向けから大人向けまでと、オールラウンドで活躍するマンガ家である。
 作品に対しては「恐怖マンガとしての表現」の範囲でエンターテインメント性を重視するが、心霊研究に関しては、単なる興味本位での「心霊スポット巡り」や「こっくりさん」といった、霊を弄ぶような行為に警鐘を鳴らし続けた。「先祖を大切にすること」や「守護霊の存在」といったテーマを、マンガや著作、出演する TV番組や講演などで常に訴え続けている。また「超能力・霊能力」の実証研究や分析も行っている。
 将棋アマ4段、スキー1級、書道三段、催眠術、空手、剣道、浮世絵春画収集など多趣味で知られている。


ホラーマンガ『学園七不思議』

 『学園七不思議』は、つのだじろうが1986~1989年に、少女向けホラーマンガ雑誌『月刊サスペリア』(秋田書店、2012年休刊)で連載したホラーマンガ。全28話。
 連載開始当初は、舞台となる中学校や高等学校が毎回変わり、体験者(主人公となる生徒)の告白によって物語が展開されていく、一話完結形式の実録投稿怪談ふうの連作となっていたが、のちに第8~14話が「青嵐学園編」(主人公・一条みずき)、第15~21話が「赤尾学園編」(主人公・二条みずほ)、第22~28話が「黄泉学園編」(主人公・三条みずえ)となり、舞台となる学校と語り手が固定され、それぞれの学校で発生した七不思議が各話で語られていくという形式になった。
 なお、第8話以降は架空の高等学校を舞台にしたフィクション形式となっているが、第20話『書道室』や第25話『霊媒体質』では、作者に投稿された体験談を元にしていると明言されている。

第1話『君の名は……』    舞台・K市北浦女子高等学校、主人公・長尾しのぶ(1年C組)
第2話『給食の栄養』     舞台・ある公立中学校、主人公・浜田美和(2年B組)
第3話『黒板になにかが!?』 舞台・私立日塔学園中学部、主人公・増尾美鈴(2年 A組)
第4話『花ことばの怪』    舞台・私立東都女子中学校、主人公・花輪みどり(園芸クラブ部員)
第5話『地底からの声』    舞台・東堂学園、主人公・小池由貴(3年C組)
第6話『一番奥の扉』     舞台・青蓮学園、主人公・本間美也子
第7話『狐火』        舞台・言及されず、主人公・中村ミドリ


TV アニメシリーズ『ハイスクールミステリー 学園七不思議』

 『ハイスクールミステリー 学園七不思議』は、つのだじろう原作のホラーマンガ『学園七不思議』をアニメ化した TVシリーズであり、学校や日常生活にまつわる心霊現象を扱ったホラーアニメ作品である。全41話。1991年4月~92年3月にフジテレビ系列で毎週金曜日16時~16時30分に放送された。
 第1~21話は1話完結形式のエピソードだが、第22~24話は3話完結構成となっている。原作マンガ全28話中23話がアニメ化されており、アニメオリジナルのエピソードも18話制作されている。
 物語の主人公は、全話で一貫して原作マンガの「青嵐学園編」の主人公・一条みずきに統一されているが、「青嵐学園編」以外の原作エピソードも数多くアニメ化されており、学校も「黄泉学園」に変更されている。
 原作マンガでは、舞台となる学校を変えてそれぞれの「七不思議」を語っているが、アニメ版では舞台が一貫して黄泉学園のみになっているため、「七不思議」どころではない数の怪奇現象が学園で発生しているという事態におちいっている(逆に、黄泉学園に直接の関係のない舞台で発生した怪奇現象をテーマとするエピソードも少なくない)。

 なお、つのだじろうのマンガ作品がアニメ化されたのは、『空手バカ一代』(1973~74年)以来17年ぶりのことであった。


あらすじ
 黄泉(こうせん)学園に通う女子高生・一条みずきが、学園内で起こるさまざまな心霊・怪奇現象を経験していく。学園内の伝説や噂、事故、自殺、いじめ、恨み、悩み、恋愛など各話のテーマは多様で、自殺や事故が非常に多い学園で悲惨な結末に終わるエピソードが多い。
 エピソードの中には、展開が原作マンガから大きく変わっているものがある。


主な登場人物
一条 みずき …… 富沢 美智恵(29歳)
 物語の主人公。黄泉学園に通う元気で明るい女子高生。興味本位で心霊現象に関わろうとすることが多く、それが引き金となって大事件を起こしてしまい、よく南郷に咎められる。
 非常に霊感が強く、幽霊に取り憑かれやすい体質の持ち主。レンタルビデオ店でアルバイトをしている。
※原作マンガにおける一条みずきは、「私立青嵐学園2年 A組の生徒」という設定になっている。
※原作マンガでみずきや月影明子が通学する私立青嵐学園は、校舎から歩いて10分ほどの距離に外房線が通っている、太平洋と切り立った崖のような山「金槌山」に挟まれた町にあると描写されていることから、「千葉県南部の房総半島東沿岸」に存在すると推測される。

月影 明子(つきかげ めいこ)…… 本多 知恵子(28歳 2013年没)
 黄泉学園の3年生で一条みずきの先輩。お寺の娘で幼いころ霊能力に目覚める。非常に冷静沈着で、周りから信用されている。「月影先輩」と呼ばれている。バイクを乗りこなす。
 ※原作マンガにおける月影明子は、「私立青嵐学園1年C組の生徒」という設定であり、先輩であるみずきに対しては敬語を使っている。

南郷 涙子(なんごう るいこ)…… 川島 千代子(36歳)
 霊に関する相談から退治までこなす霊能者。みずきや月影が困難に陥ったとき最も頼りになる人である。未婚でマンションに一人暮らし。かつて婚約者がいたが強盗に殺害された。
 婚約者の形見であるオープンカーを乗り回す。落ち着いた性格だが、霊魂の存在を否定したり軽視する者がいると激昂する。
※原作マンガにおける南郷涙子は、「黄泉学園編」の後半エピソードに登場するため、みずきや明子との共演はない。
※原作マンガにおいて、婚約者などの南郷の周辺に関する詳しい情報は語られていない。
※原作マンガでみずきと明子が活躍する「青嵐学園編」に南郷涙子は登場しないが、明子とマンションで同居している元霊媒師の祖母が南郷の役割を果たしている。

石沢 まきえ …… 青羽 美代子(29歳)
 みずきの親友。学園内の噂に詳しく、情報通。まきえの持ち出した情報からみずきがトラブルに巻き込まれることが多い。
※原作マンガに石沢まきえは登場しないが、同じようにみずきの親友である、ツインテールにリボンをつけた同級生が登場する(名前は不明)。

後藤 のりこ …… 金丸 日向子(24歳)
 みずきの親友。ギャル口調でお茶目な女子高生。
※原作マンガに後藤のりこという名前の人物は登場しないが、同じようにボブカットをしたみずきの親友が登場する(名前は不明)。

河合 ゆかり …… 三石 琴乃(23歳)
 みずきの親友。メガネっ娘。一番の怖がり。食べ物の話題がすき。
※原作マンガに河合ゆかりという名前の人物は登場しないが、同じようにメガネをかけたみずきの親友「マッチョン」(本名不明)が登場する。


主なスタッフ
監督   …… 三沢 伸(29歳)
作画監督 …… 金沢 比呂司
音楽   …… りゅう てつし(エンディングテーマのみ見岳章)
音響監督 …… 三間 雅文(28歳)
制作   …… フジテレビ、スタジオコメット
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失われたエロマンガ家をもとめて  孤高の流れ星・香愁(果愁麻沙美)、一瞬のきらめき

2012年07月13日 23時49分26秒 | マンガとか
 あぢぢ、あぢぢ~。どうもこんにちは、そうだいでございまする~。
 いや~、ヤバいですねぇ……湿度がたっぷりある蒸し暑さの到来であります。明け方か夕方にドッカーン!!と豪雨が降って、日中は基本的に晴天、という流れもかなりおなじみのものになってきちゃいましたね。昼間の試験勉強がきついなぁ。まぁ、そのぶん夜中にやってるからいいんですけど。

 あいかわらず「もう安心!」の最初の子音の「m」さえも見えていない勉強の進度なのですがまぁ、今のところは独学の良さというところでマイペースに無理せずやれてきております。
 こういうときは、現在のお仕事にしろ次のお仕事探しにしろ、友達と会うにしろひとり遊びにしろ、とにかくなんでもいいけど外に行くのが最高の気分転換になりますね。もともと一日中がんばって詰め込むということができないたちなもんで、適当にフラフラしながらやってま~す。
 試験勉強は「新しいことをおぼえる楽しみ」が味わえるのがいいですね。ここがないと頭にも入ってこないから。高校時代の私自身に教えてやりたいですよ、ホントに……脳細胞若いくせに休ませてんじゃないよ、コノヤロ~!! 恋しろよ!

 実はその、おとといに自分の中では「史上最大規模の息抜き」をしたんですが……これは今は語るのはやめておきましょう。来月の試験後に語っても遅くはないでしょうから。この幸せは胸の中におさめておきたいです。まさかこんな日を迎えてしまったとは。大学時代の自分に自慢してやりたいですよ! 思わずフラワーカンパニーズの『深夜高速』のサビ部分を絶唱してしまいかねないひとときでした。


 さぁ、そんなことはいいとしまして。

 今回は久しぶりに、読む方々に「知らねぇよ、そんなもん!」と思わせてしまうようなお題をあつかってみたいと思います。いや、まぁ毎回毎回この『長岡京エイリアン』の存在自体が「知らねぇよ、そんなもん!」なわけなんですが。

 「2010年9月の記事」といいますから、もう2年ちかく昔のことになるんですけど、私はこの『長岡京エイリアン』で、自分がど~しようもないポンスケ高校生だったころに愛読していたエロマンガ雑誌『月刊COMIC Zip 』(フランス書院)との出逢いの思い出を語ったことがありました。

 この雑誌は、「日本の官能小説出版界の雄」としてその名をとどろかせるフランス書院が、1994年8月から2003年2月までおよそ10年間刊行していたもので、もともと隔月刊だったものが1995年8月からは月刊誌化されていました。
 さらにたどると、この『COMIC Zip 』はフランス書院の主力エロマンガ雑誌だった『月刊COMIC パピポ』(1991年6月~2007年10月)から分立した増刊号『隔月刊 パピポ外伝』(1992年10月~99年5月)からさらに独立したものでした。

 あぁ~、あったあった、『パピポ』! でも、知らない作家さんもいるし、それになんか「浮気」するのはいけないんじゃないかという100% 意味のない倫理観から、私は『パピポ』買わなかったなぁ~。
 私が『COMIC Zip 』を買っていたのは確か1995年の夏から翌97年いっぱい……くらいだったかなぁ。
 たいして長くは購読していなかったものの、いい感じに実験的な作品が多くあって、思いっきり世界観のできあがっている SFファンタジーものから、「かなりキツいこと」をヒロインに強要する日常ものまで、なかなか読みごたえのある充実した雑誌だったと記憶しています。

 そうか、ちょうど『COMIC Zip 』が月刊化したときから読み始めたのか。そういえば、雑誌の最後の『ジャンプ放送局』みたいなハガキコーナーでも、「月刊化おめでとう!」みたいな投稿があったような。エロ、マンガ、活字にかかわらず雑誌ならどこでもそうですけど、はがき投稿コーナーの充実度は雑誌全体のクオリティのいい指針になりますよね。

 こういう資料で振り返ってみると、『COMIC Zip 』が月刊誌となった1995年から、『パピポ外伝』が休刊する1999年までの1990年代後半がフランス書院のエロマンガ部門にとっての「最盛期」だったことが見えてきますね。その後は2003年に『COMIC Zip 』が、2007年には『パピポ』が休刊して、ついにフランス書院はエロマンガ市場から撤退して現在にいたっているというわけなのです。
 そういえば、大学時代(2000年代初頭)に近所の古本屋で「1冊60円」みたいなたたき売りで休刊直前の『COMIC Zip 』がならんでいたのを見たときには、「まだやってたんだ!」という感慨と、「知ってる作家さんがひとりもいない……」という孤独感におそわれたものでした。時はそうやって流れていくんだねい。

 1995~97年ごろに『COMIC Zip 』で作品を発表していた作家さんは基本的に全員大好きだったのですが、現在も現役で活躍なされているのはどのぐらい残っておられるんでしょうか。
 私が思いつくかぎりでは、安藤慈朗(当時はあるまじろう)先生と小野敏洋(当時は上連雀三平 大好きだった!!)先生と朔ユキ蔵先生くらいかなぁ。あれ、朔先生は『COMIC Zip 』じゃなかったかな?
 みなさん、現在は一般マンガ家として大成なされているんですけれども、小野先生は「あんなエロマンガ」を描いていたのに今は『コロコロ』系みたいな子ども向けの作品をフィールドにしてるんですからね……まぁ天才ですよ。「超危険」と「ごく健全」の両面を持っていながら、そのどちらもが小野先生なのだというこのバランスは、現在存命の作家さんの中では最も「手塚治虫に近い」ものがあるんじゃないんでしょうか。今はエロマンガ描いてないんですか? 描いてほしいなぁ~! でも、描いたら大変なことになるんだろうなぁ~。

 前置きはここまでにしておきまして、今回私が注目したいのは、そんな個性的な作家陣の中でも特に強烈な異彩を放っておられた、この作家さんなんです。


香愁(かしゅう 別ペンネーム・果愁麻沙美)


 具体的なプロフィールはまったくわかりません! おそらく女性であることは間違いなさそうなんですが……

 このひとは異色でしたねぇ~!! なにが異色って、本物の少女マンガ家もはだしで逃げ出す美麗な描線で「かれんな美少女」と「白皙の美少年」とのロマンスを描いておきながら、いざ「こと」におよぶとプレイがアブノーマル、アブノーマル!!
 具体的にどうアブノーマルなのかを説明するのは……やめときます!
 やめときますが、香愁先生が作中でよく使うアイテムに「灯油をじゅぽじゅぽするアレ」があるということだけを言っておいて、あとはみなさまのご想像にお任せしたいと思います。危険だ~!!

 この方はまぁ~ほんとに、自身の作品に貫かれている「美学」みたいなものがバチコーン!と定まっている方でして、まず美少女か美少年しか出てきません。年をとった人物が登場するとしても、ステッキの似合うダンディか古城に住まう王侯貴族といったふぜいの、気品あふれる紳士淑女にしかセリフは割り当てられないのです。
 手がける作品は短編・長編を問わず、すべての作品で10代の女の子が主人公になっていて、現代の日本が舞台なら必ず偏差値の高そうなシャレオツな制服の女子中高生、中世ヨーロッパふうのファンタジー設定なら白亜の城のお姫さま、という感じで相場が決まっていました。

 そ、そんなかれんな乙女たちが、現実の世界でやったら即刻病院送りになりそうなあんな目にあわされるとは……!
 好きでしたねぇ。

 私のいろんな技術不足のせいで、手っ取り早く画像というかたちで香愁先生のものすごさを説明できないのが大変に恐縮なのですが、香愁先生の魅力は、「美しいものしか描かない。そして、その美しいものを美しくけがす!!」という、その妥協のない哲学に裏打ちされた美麗な細密描写。これに尽きます。
 確かに、2010年代の現在から見れば多少、キャラクターの顔つきが1990年代のアニメ的(いわゆる『新世紀エヴァンゲリオン』以前)で目が大きかったりもするのですが、ぜい肉のかけらもない、常に立体的なリアリズムをたたえている男女の肉体描写と、そこからバンバン繰り出されるアクションの数々は、エロマンガだの少女マンガだのという障壁を超えて、「香愁というジャンル以外の何者でもない」孤高の存在感をはなっていたんじゃないかと思います。
 私もそんなにマンガを読んでいる人間ではないのでデカい口はたたけないのですが、とにかく「絵のうまさ」という点においては、私は今までエロだろうが一般だろうが、この香愁先生以上だと認識したマンガ家さんには一度も出会ったことがありません。

 そんな香愁先生だったのですが、私が夢中になっていたのは高校生時代のたった2年間ほど。その後はさすがに大学受験でエロマンガからも離れていってしまい、『COMIC Zip 』も香愁先生も、忘却のかなたへ置き去りにされていってしまったのでした。


 ところが、そんな私が去年あたりからやり始めるようになったのが、自宅にいながらにして絶版になった本やら廃盤になったCD やらがチョチョイのチョイクリックでお安く手に入るアマゾンショッピングというわけ! 遅すぎ……

 と、いうことでありまして、私が香愁先生のことを思い出し、「『COMIC Zip 』以外にどんな仕事をやってたんだろう? 古本で安くなってるだろうし、ここはいっちょ、香愁先生の単行本をコンプリートしてみっか!!」と決意するまで、さほどの時間は必要なかったのでありました。

 さァ、その結果わが家に集まったのが、以下のラインナップというわけ。


知ってどうする!? 香愁(果愁麻沙美)エロマンガ・オールワークス

『とこしえのソドム』(1994年8月 三和出版)「香愁」名義
 1993年4~9月に『COMIC フラミンゴ』などに掲載された短編8作を収録

『プラグインせのあ』(1995年6月 三和出版)「香愁」名義
 SFアクション長編『プラグインせのあ』シリーズ全9話を収録

『風のクルエルティア』(1996年5月 三和出版)「香愁」名義
 怪奇コメディ長編『風のクルエルティア』シリーズ全9話を収録

『シリー・ピーチ・ラヴ』(1996年8月 三和出版)「香愁」名義
 実の兄を慕う妹・水音(みずね)は、兄を恋のライヴァルに取られないようHに頑張ってしまう……(『Silly Peach 』)
 『とこしえのソドム』以降に掲載された中シリーズ『Silly Peach 』全6話と短編8作を収録

『夢跡のメモリオーラ』(1997年8月 フランス書院)「果愁麻沙美」名義
 1996年7月~97年3月に『COMIC Zip 』に掲載された短編8作を収録

『ベルジェフスカの城 残酷美学物語』(1999年5月 三和出版)「香愁」名義
 謎の都市・ラズモフスカ、そして世界の破滅を企てるベルジェフスカ大学。その恐るべき野望を阻止せんとする美少女戦士達の命をかけた戦いを描く。
 1997年8月~99年2月に『COMIC Zip 』で連載されたオカルトアクション長編『ベルジェフスカの城』全3章を収録

『ウラ23区』(2000年4月 三和出版)「香愁」名義
 教え子と関係する女教師の孤独な内面が垣間見える『「さん」づけの孤独』、オフィス街でH行為に至ってしまうカップルを描く『丸の内 HIGH NOON SNAP』ほか。
 1998年1月~99年3月に『COMIC フラミンゴ』と『COMIC Zip 』に掲載された短編8作と単行本書き下ろし短編『透明な劇場』を収録

『まりのゲリラ』(2001年8月 三和出版)「果愁麻沙美」名義
 オレは万里野まりの。下町の天才バレリーナ。昔に家出したママの帰りを待ちながら、オヤジと二人の貧乏暮らし。この町には旧日本軍の宝が隠されてるって噂があって、オヤジは何か知ってるみたいなんだよな……
 2001年1~7月に『COMIC アイラ』で連載された昭和活劇長編『まりのゲリラ』全7話を収録

※その後、「果愁麻沙美」名義で『COMIC アイラ』にて2001年8月~02年3月に長編シリーズ『ソニア・ソニック』を連載し、2002年4月に短編『改造都市?』も掲載していたが、2002年9月に『COMIC アイラ』は休刊し、『ソニア・ソニック』の単行本化はされていない


 これだけだったんですね。香愁先生の単行本は8冊しか刊行されていなかったんです。
 もう10年以上のことになるんですよ……当然ながら、ほとんどのアマゾン価格は「1円」! 哀しきお手ごろ価格でありました……

 ところで上述のとおり、『COMIC Zip 』で先生が使用していたペンネームは「果愁麻沙美」だったのですが、今回の文章では便宜上、使用頻度の高かった「香愁」のほうで統一させていただきたいと思います。
 入手できた作品を読むかぎり、先生の中で「香愁」と「果愁麻沙美」とを掲載雑誌や作品ごとに明確に使い分けているというルールは特にないらしく、単に1990年代後半から「果愁麻沙美」というペンネームも使うようになった、ということだけのようです。

 それにしても、ついにすべて集めてしまった……でも集めたところで、なんかひとつだけ願いごとがかなったりするノベルティは、ない! ギャルのパンティひとつ降ってきやしません。

 ともあれ、今回こうして香愁先生の単行本をぜんぶ集めることに成功し、ドキドキワクワクしながらページをめくっていったわたくし。
 出版された全作品を読了したあと、心に残ったのはこういった思いでした。

う~む、総じてエロくない!!

 まぁ、そりゃあそうですよ……一般のマンガ界だってそうかもしれませんが、エロマンガ業界は「絵柄のはやりすたり」が非常に激しく、ちょっとでも古臭い要素が見え隠れしていれば、(主に)読む男性読者の気持ちの昂ぶりは一瞬にして冷めきってしまうのです。
 あと、これは私の経験が根拠となっているだけの私見になるのですが、エロマンガの内容の「過激度」は、ちょうど『COMIC Zip 』が刊行されていた時期に当たる「1990年代後半~2000年代初頭」をピークにして頭打ちになっているような気がするのです(絵のクオリティはそれ以降も上がり続けているとしても)が、それ以前、つまり上の香愁作品でいう『とこしえのソドム』~『シリー・ピーチ・ラヴ』の4作品に関しては、ちゃんとそれなりの「こと」には及んでいたのだとしても、今の視点から見れば「描写がソフトすぎて実用的でない」レベルだといわざるを得ないわけなのです。なにをまじめな口調で語っているんだ、おれは……

 とはいいましても、香愁先生特有の「美少女を美少女と見ない危険プレイの連続」は、なんとすでに第1単行本『とこしえのソドム』に収録されている処女作『SHY SHY DRESSING 』からしっかり始まっていました。ちなみに、そこで最初に展開されていた危険プレイは「人間いけばな教室」。先生、最初っからトップギアよ~!!
 毎回ヒロインたちにムチャ振りされていたあれこれをリストアップしたい衝動にもかられるのですが……やめときましょうね、うん。

 今回の全作品コンプリートでわかった、香愁先生に関する新事実はいろいろあったのですが、まず私から見てけっこうおもしろかったのは、私がそれしか知らなかった先生の『COMIC Zip 』での仕事が、もっぱら「アウェー」の要素を多分に含んだものであった、ということです。

 上のラインナップを見てもわかるとおり、香愁先生のホームグラウンドは『COMIC Zip 』のフランス書房ではなく、『COMIC フラミンゴ』と『COMIC アイラ』の展開されていた三和出版だったのです。いつからかはわからなかったのですが、先生は『フラミンゴ』末期の表紙イラストも担当していました(少なくとも2000年いっぱい)。
 三和出版のエロマンガ雑誌の流れとしましては、1993年ごろ~2000年5月に発行されていた月刊エロマンガ雑誌『COMIC フラミンゴ』の後継誌が『COMIC アイラ』(2001年1月~02年9月)で、その流れは『アイラ・デラックス』(2002年10月~05年4月)、『フラミンゴR』(2005年5月~06年8月)と続いて途絶えたと、まぁこんな感じになります。

 現在、エロマンガ市場から完全撤退しているフランス書房とは違って、三和出版は2012年現在も『月刊COMIC MASYO(ましょう)』という雑誌を展開しているのですが、実は同じ三和出版でも、香愁先生のいた『フラミンゴ』~『フラミンゴR』の流れと、この『MASYO 』とはまったく別系統のエロマンガ雑誌となっているようです。
 そう、『COMIC MASYO 』はいたって健全なエロマンガ雑誌なのですが、『フラミンゴ』系はこれ、「SM 」と言うのも生やさしい「鬼畜系」!! え、血? 流れないわけがないでしょう。

 誓って言いますが、こんな個人ブログをつづって、一応ある程度の変態を自認している私そうだいでも、実はこの『フラミンゴ』系はなかなかどうして敷居の高いものがあります……現在は後継誌はないわけなのですが、むしろ2005年までよく続いてたもんですよ。
 『フラミンゴ』系の常連作家陣は、駕籠真太郎、天竺浪人、町野変丸、掘骨砕三、しのざき嶺といった感じでして……知っている人の実に97% がドン引きし、3% がモーレツに興奮する陣容です。みなさん、「氏賀Y太」という先生のお名前の読みかた、わかります? その読みあげた言葉こそが、『フラミンゴ』系の本質だと言っても間違いないわけなのです。なんで「フラミンゴ」なんでしょうか……鳥の名前じゃなくて「映画の名前」が由来なんでしょうね、きっと。

 そんな中で作家としてのキャリアを開始させたのが香愁先生だったんですから、そりゃあムチャしますわな。たぶん、『フラミンゴ』~『アイラ』での立ち位置は「かわいらしい絵柄の箸休め」みたいなところだったのではないかと。レベルの目盛がムチャクチャなんですよ!

 ここまできてやっとわかったのですが、エロマンガ家としての香愁先生は、実は「ホーム」ではエロさはさほど要求されておらず、「アウェー」となった『COMIC Zip 』のほうが逆にエロマンガ家らしい仕事になっているという、なんとも不思議な逆転現象が発生していたのです。可愛い娘には旅をさせよ、ってことなんでしょうか。

 ここに、私が今回のタイトルで香愁先生のことを「孤高の流れ星」と言いあらわしたゆえんがありまして、先生の活動自体は1993~2002年の9年間ということで、決して短い期間ではなかったのですが、「独特の美学を持ち続けた」香愁という才能が「エロマンガ家としての人気」という歯車とかみあったのは、私が目の当たりにした『COMIC Zip 』出張時期の約2年間に限るものがあったんじゃなかろうかと思うんですね。
 わかりやすく言えば、香愁という流星が大気圏に突入してきらめいた時期、そここそが第5単行本『夢跡のメモリオーラ』に凝結されている期間だったということだったのです。

 実際に香愁先生の画力は、場数を踏んだことによる上達もさることながら、『COMIC Zip 』のお仕事と時を同じくしてパソコン技術を積極的に導入したことによって1996年ごろを契機に爆発的にアップしており、ここにきてやっと香愁イズムが、単なる「少女マンガ調のエロマンガ」という部分を脱して「香愁」という一ジャンルを築くにふさわしい「肉体」をそなえた、とも言える段階にいたったんですね。

 ところが、はっきり言わせていただけるのならば、香愁先生が「読んでエロいマンガ」という意味でのエロマンガを描いた時期はこの『夢跡のメモリオーラ』だけだったと言わざるをえませんでした。

 その後、先生は『ベルジェフスカの城』と『まりのゲリラ』という、自身のキャリアのクライマックスとも言えるとてつもない2大長編を世に問うことになったのですが、これがまた、エロくないエロくない!! 画力は引き続きうまくなっているのにも関わらずですよ!?

 これはもう、端的に言えば香愁先生の美学が成熟しすぎて「エロマンガ」という即物的・実用的な要求を完全に突き抜けてしまった。そういうことだったのではないでしょうか。
 この2作品は1コマ1コマに投入された情報が絵柄・セリフともに異常に濃密過ぎて、1回や2回読んだだけではまるで展開が理解できない、けれども読めば読む程じわじわおもしろくなってくる「するめマンガ」になっているのです……

 ところで、そこのエロマンガを読んだことのあるあなた。あなたがエロマンガに要求するものって、「するめ」じゃなくて、最初にパッと読んだ段階でちゃんと「役に立つ」ってところじゃありませんこと?

 そうなんです。香愁先生の作品レベルは、そのキャリア終盤ではすでにエロマンガの領域を超えてしまっていたのでした……流星は大気圏を突破したかと思ったら、地上に落ちることなくまた大気圏に突入して大宇宙へと消え去っていったのだった! 地球素通り!!

 だってさぁ、「謎の都市ラズモフスカ」とか「ベルジェフスカ大学」とか言われましても、ねぇ……こっちはウキウキワクワクしながら人目を気にしつつ買ったわけでして。思春期の男どもはガン首そろえて「ポッカ~ン」ですよ。客が悪かったね、先生!


 ともあれそんなわけでして、私があのとき惚れ込んだ香愁先生は、自身の哲学を体現できる肉体を手にしたのち、手に入れたがゆえにその速度をゆるめることができなくなり、狭い日本マンガ界をあとにすることとなったのでした。こんな退場の仕方をしているお方がいたとは……ただひたすら敬服するばかりです。

 こんなわけなので、今回のコンプリートで私は「エロいマンガ」を入手することはかなわなかったのですが、『ベルジェフスカの城』と『まりのゲリラ』という「もんのすごいマンガ」を手に入れることはできたのでした。これはいい買い物でしたわ!

 特に『まりのゲリラ』。これがまぁ~すごい。
 この作品は、いちおうやたらと女性キャラが裸になる展開はそこかしこに用意されてはいるのですが、肝心の「こと」におよぶ場面は単行本一冊ぶん、まるまる一切ありません!
 時代設定は「昭和30年代の公害はなやかなりしころの東京」で、主人公は「下町の天才バレリーナ少女」。作品のテーマになるものは「旧日本軍の隠し資金」で、それをめぐって争うのはむさい顔のおっさんだらけの地元・荒川警察署と謎の公安2人組。少女たちに襲いかかるのは突然変異で巨大化した体長1メートルものザリガニ軍団……

 エロマンガの要素がひとっつもないのですが、な~んかおもしろそうじゃありませんこと? 主人公たち下町のバレエ学校生徒は、家が貧乏なので着の身着のままのレオタード&タイツ姿で生活しているという涙ぐましいライフスタイルです。でも、それにめげず下ネタを連発しながら大人たちをだしぬいていく彼女たちの明るすぎる勇姿には間違いなく、それまでの香愁作品お決まりのパターンである、受身一辺倒のヒロイン像にはなかった新境地がありました。
 ここにきて初めて、「今までの恨み!」とばかりに男どもに高々と反旗をひるがえすこととなったヒロインたち。だって、肛門括約筋で人の指を折ったり、膣圧で人のベロをぶっちぎったりするんですよ!? 痛快ね~。

 また、ここに登場するオッサン連中も今までにはなかった非常に人間くさくて欠点の多いキャラクターばかりになっていて、そこにも大きな可能性に満ちた輝きがありました。出てくる顔ぶれがのきなみ俳優の小林昭二、寺田農、天本英世、岸田森といった面々にそっくりなのも、実に香愁先生らしいお遊びでしたね。

 ただ、とにかく残念なのはそんな『まりのゲリラ』が香愁先生の最後の単行本となったことですね。いや、むしろこれは、香愁先生があえて世間に突きつけた「絶縁状」だったのかもしれません。そのあとに連載されて単行本化されることのなかった『ソニア・ソニック』も読んでみたい気もするのですが、『まりのゲリラ』が、まったくエロくなくてもひとつのマンガ作品としてびっくりするほど完成された作品だったので、ここをもって香愁先生のキャリアの完結と見ても良かったのではないでしょうか。


 まぁいろいろ言ってきましたが、こんなに長々と語っておきながら、作品がほとんど全部「絶版」という、この意味のなさね。すすめたところで読んでもらえないんじゃんか~!!

 じゃあ、この記事を読んでいるあなたに何を言いたいのかといいますと、とにかく昔に「香愁」という不世出の天才がいたという事実を知っていただきたかったのです。そして、機会があったらどこかの古本屋さんで入手して読んでいただければうれしいし、もっと欲を言うのならば、わたくしのようなファンがいたことを、何らかの形で「香愁先生ご本人」に知っていただけたのならば、もうそれ以上の喜びはないと。
 可能性もゼロにひとしいし、ありえないことなのかもしれませんが、こうやって個人ブログに思いのたけを語っていれば、まかり間違っていつの日にか、大宇宙のどこかにいるはずのあの流星にその声が届く日があるのかも。少なくとも、私は心の中にその希望の灯をともしながら生きていきたいんですなぁ。

 完全なる自己満足ですけれども、そんなロマンを夢見ながら、今日も遠大なる香愁ワールドをひもとく私なのでありました~。

 いや~……何回読んでもわけわかんねぇわ……
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トラウマの 正体みたり? やっぱ変  奥浩哉『変』シリーズ ひとまず第1章

2012年03月16日 15時55分15秒 | マンガとか
 どうもこんにちは~、そうだいでございま~っす。
 今日も千葉はいいお天気でした。ただ、明日は久しぶりに雨が降るかもって言うんでねぇ。あさってぐらいから、この前にも言った岡山行きとか、個人的な重要行事がバタバタッとたてこむ予定なので、体調に気をつけないといけませんなぁ~。


 さてさて、前回は観た映画のことをつらつらくっちゃべってしまいました。今回はそのおかげでのびのびになった、いまや日本を代表するマンガ家の1人となった奥浩哉先生が、その若き日の情熱をかたむけた有名な『変』シリーズの、私の「現時点での」つれづれをちゃっちゃとまとめてしまいたいと思います。
 「現時点での」と強調したのは、私がまだ、この広大なるシリーズの全貌を把握していないからなんですね……にんともかんとも中途半端な感じなんですよぉ。

 前回まであれこれを整理しますと、まず最初に、私が『変』シリーズに踏み込むために用意したのは2000~01年に出版された新装版コミックスの第2~4巻と、2006年に出版された文庫版コミックスの第2巻と9巻だけでした。
 これだけだと、読むことができるのは「ある日突然、男の鈴木一郎が女の子のような外見の佐藤ゆうきに一目惚れする」という内容の『変 HEN 鈴木君と佐藤君』(1992年8月~94年12月)の大部分と、その原型となった全3話の中編『嫌(いや)』(1989年9~12月)、そしてそれらの「鈴木君と佐藤君」ものとはまったく異なる内容の、「ある日突然、女の吉田ちずるが女の山田あずみに一目惚れする」という『好(すき)』(1991年10月~92年12月)の3作品だけになってしまいます。
 ちなみに、この『好』がさらに拡大されて奥先生の現時点での『変』シリーズの最後を飾る作品となったのが、『HEN ちずるちゃんとあずみちゃん』(1995年1月~97年3月)ということになるわけなんですね。こっちのほうは去年に全6巻の文庫版コミックスが出版されたばかりなので、比較的かんたんに書店で手に入れることができるようです。ここまできちゃったんでねぇ、いずれ私も買いそろえるつもりです! ただし、こちらは「女×女」ということで、奥先生の女体への探究心が究極までに凝縮された内容と装丁になっているので、ちょっとレジに持っていくのが恥ずかしい……まぁ、何をいまさらって話ですけど。


 とにかく、不完全ながらも以上の手ゴマだけでまず『変』の世界をのぞいてみたわけだったのですが……

 なにはともあれ、変なマンガだった!!

 タイトルにいつわりがまったくないんですよ。まさしくこの一連のマンガは、『変』!!


 私が読んだ3つの『変』作品のうち、まずは中編作品の『嫌』と『好』とを比較してみましょう。

 それぞれ、「鈴木君と佐藤君」もの、「ちずるちゃんとあずみちゃん」ものの原型となり、のちの長期連載の雛型となった重要な作品であるわけなのですが、『嫌』が全3話、『好』が全7話とスマートな容量におさまっているため、どちらも作者の描きたい「変な愛のかたち」といったものがわかりやすくストレートに投影された作品になっています。

 たぶん、奥先生がプロのマンガ家としての活動を始めた1980年代後半にはすでに、男女それぞれの「同性愛」を題材にしたマンガ作品は、もうそれこそくさるほど氾濫していたのではないかと思うのですが、『嫌』と『好』の内容が「変」なのは、それぞれで同性の誰かのことが好きになる人物が、「自分が同性愛者であることを徹底的に否定している」という部分です。
 『嫌』で佐藤君のことが好きになる鈴木君はリーゼントのがっちりきまった高校生で、それまでは女性経験も普通にあったはずなのに佐藤君に出逢った瞬間から彼に夢中になってしまうし、『好』のちずるちゃんにいたっては、肉体関係が目的としか思えない大学生の彼氏がちゃんといるのに、それと並行する形であずみちゃんに心を奪われてしまうのです。

 当然、物語の中で佐藤君につきまとう鈴木君や、あずみちゃんにべったりなちづるちゃんを見る周囲の目は大半が「気持ち悪いな……」という冷たい視線になってしまうのですが、鈴木君やちづるちゃんは「惚れたのがたまたま同性だっただけ! しょうがねぇだろ!!」といったひらきなおりに近い明るさで相手にアタックしていくのです。

 この、「つきあったところで、行きつく先は幸せなのかどうか……」というあたりの一抹の不安を吹き飛ばすキャラクターの陽性さかげんは『嫌』も『好』も同様なのですが、1989年の『嫌』、1991~92年の『好』と奥先生がキャリアを積むごとにそのぶっとび感はアップしていき、その方向性でマンガならではのキャラクターの縦横無尽な活躍ぶりがついに爆発してしまったのが、『好』の次に連載が開始されることとなった『変 HEN 鈴木君と佐藤君』なんじゃないかと思うんですねぇ。


 ところが、この『変 HEN 鈴木君と佐藤君』は、「変な愛のかたち」というストーリーの根幹にかかわる「変さ」の他に、さらなる新要素の「変さ」を奥先生に開眼させてしまうこととなったのでした。

 それはすなはち、「長期連載の迷走ぶりが変」!! これはいけませんよ! あまりにもデンジャラス!!

 この前にもまとめましたが、『変 HEN 鈴木君と佐藤君』のおおまかなストーリーの変遷をおってみましょう。


第1部 .... 鈴木君と佐藤君との出逢い(第1~14話)

第2部 .... 鈴木君の恋がたき・冴木貴仁の登場(第14~26話)

第3部 .... 鈴木君と冴木君のマンガ対決(第27~67話)
       鈴木君の妹・早映菜と冴木君に想いをよせる滝川美咲の登場

第4部 .... 自信家の美少女・山本静香と自称「真性半陰陽」西条ひろみの挑戦(第68~85話)

第5部 .... 鈴木君と佐藤君の前世にまつわる騒動(第86~113話)

最終話 .... 日本マンガ史上もっとも最終回らしくない衝撃の最終回


 こんな感じになっておりまして、あいまに同性愛のお兄さんから鈴木君(リーゼントのほう)が追いかけられるというミニエピソードもはさみつつも、だいたいはこんな流れの連続ストーリーになっております。
 このうち、原型の『嫌』のかおりを残している内容は第1部と4部のみ。第4部のメインキャラとなる山本さんと西条さんが『嫌』に登場するわけではないのですが、魅力的な人物が現れて鈴木君に強烈なアプローチをかけるという構図は共通するものがあります。

 ということなので、逆に言えば、『変 HEN 鈴木君と佐藤君』はそのほとんどがオリジナル要素でできあがっているんですね。要するに、主軸となる鈴木君と佐藤君との「変なつきあい」はもちろんあるにはあるのですが、1990年代前半に成長した奥先生が当時リアルタイムで関心を持ったテーマが第2・3・5部には投影されているのです。

 まず第2・3部にかんしては、やっぱり鈴木君と同じように同性愛者ではないはずなのに佐藤君に興味を持ってしまうイケメンの冴木君の登場と、高校のマンガ研究クラブに所属しながらプロのマンガ家になるため研鑽を重ねているメガネ女子の滝川さん(メガネをはずすまでもなく美人)、そして、中学生でありながらすでにマンガ家デビューして大ヒット作『NIGHT RUNNER (ナイトランナー)』を連載しているペンネーム「大野克幸」こと、鈴木君の実妹の早映菜ちゃんの登場と、はっきりいって「鈴木君と佐藤君のあれこれ」が無くても十二分に話がゴロゴロ転がっていきそうな面白要素にあふれているのです。

 余談ですが、早映菜ちゃんの連載しているマンガ『ナイトランナー』自体のストーリーは作中では紹介されないのですが、真っ黒でピッチピチのスーツをまとい、口径のばかにでかい銃のようなものをかまえている青年が描かれている単行本の表紙イラストといい、異形のクリーチャーとの激しいバトルアクションがスケッチされている彼女のイラストメモといい、『ナイトランナー』はおそらく、奥先生その人の現在の代表作となっている『GANTZ 』にきわめて酷似したマンガであるようです。つながってるねぇ~!!

 第2部は、学園コメディによくあるような佐藤君をめぐっての鈴木君と冴木君とのバスケ対決などが健康的に展開され、佐藤君が普通の女の子だったらどこからどう見ても王道のスポーツマンガなのに……という様相を呈しています。
 ここを見ると、どうやら当時の奥先生はスポーツで激しく躍動する筋肉やコマ展開のテンポの技術を貪欲に吸収しようと努力を重ねていたようです。

 ここ!! ここなんです。奥浩哉先生のキャリアは、まさしく「なにかの分野に挑戦する」対象の移り変わりでその20数年間がいろどられて現在にいたっているんですね。奥先生の努力のすさまじさはその作品を観ても一目瞭然で、たとえば『嫌』と『変 HEN 鈴木君と佐藤君』にはたかだか3年ほどの時間差しかないのですが、そのタッチには別人かというほどの劇的な進化が見られ、さらに『変 HEN 鈴木君と佐藤君』だけの中でも、第1話と最終話(時間差およそ2年半)とでは格段のレベル差があります。

 たとえば、奥先生の画風はデビュー当初は「リアル志向」で、『嫌』の鈴木君は「やんちゃしている雰囲気たっぷりの不良」で佐藤君は「女に見間違えられなくもない華奢な男子」という感じになっていたのですが、その3年後の『変 HEN 鈴木君と佐藤君』にいたっては、鈴木君は「なぜ不良になっているのか理由がさっぱりわからない美青年」で佐藤君は「もはや女子が男装しているとしか思えないかわいこちゃん」というふうに衝撃的な変貌を遂げているのです。同じキャラクターなはずなのに、なにこれ!?


 ただ……その移り変わりの激しさゆえに、『変 HEN 鈴木君と佐藤君』には作品カラーの一貫性がなかなかない!! どうやら奥先生は、作中で起こる出来事の「脈絡」というか「つながり」のようなもののディティールには、作画ほどの興味を持っていないのではないでしょうか。
 も~う読者をふりまわすふりまわす。

 第2部のスポーツ対決で、両者とも拮抗した高い身体能力を持っていたために勝負がつかなかった鈴木君と冴木君。
 そんな2人にあきれた佐藤君は、『かぐや姫』理論で2人に無理な難題をふっかけてあきらめさせるために、続けてこんな第2回戦を提案します。

「マンガ対決! それぞれがマンガ作品を執筆して『ヤングジャンプ』の新人賞に応募して、より高い賞に入選したほうが佐藤君の恋人になれる。負けたほうはあきらめる。もし2人とも入選されなかったらどちらもあきらめる。」

 体育会系の対決から思いっきり文化部系にふり切れてしまいました! 両極端だな~。

 佐藤君が提案した時点では、鈴木君も冴木君もともに、マンガどころか絵心が皆無に近かったのですが、「勝ったほうが佐藤君をゲット」ということで、本人たちの驚異的な努力はもちろんのこと、それぞれ鈴木君に妹のプロマンガ家の早映菜ちゃん、冴木君に高校のマン研随一の実力を誇る滝川さんがコーチについたことによって、にわかに新人賞の獲得は現実味を帯びたものとなってくるのでありました。

 こういった流れの第3部「マンガ対決編」は、以上のような経緯のために「佐藤君×鈴木君」という構図は一気にうすれ、そういった前提があった上での進行ではあるものの、一緒に努力する「鈴木家の兄妹」と「冴木君×滝川さん」の2ペアが物語の主軸となっていくのです。佐藤君は完全に高みの見物! 気楽な主人公もいたもんです。

 このため、第3部によって『変 HEN 鈴木君と佐藤君』における「男が男を好きになる」テイストはサーっと影をひそめるようになり、この対決がきっかけで急速に距離を縮めた冴木君と滝川さんはきわめて普通のラブコメチックな愛をはぐくむこととなり、最終的に冴木君は佐藤君を鈴木君にまかせて滝川さんとともにお話の舞台を去っていくのです。ふっつー! ふつうの高校の恋愛だ~。

 こんなことからもわかるとおり、奥先生は第3部の時点で早々に「鈴木君と佐藤君」の物語を中心におくことを放棄しています。飽きたと言ってしまえばそれまでなのかも知れませんが、『変』という枠を守るかたちで、そこにどうにかして「今、自分が描きたいもの」をぶち込んでいきたいという情熱は尋常でないものがあります。普通なら飽きた時点で『変』というマンガ自体をたたむのが自然であるような気がするのですが、そういったありきたりな選択をしなかったところに、奥浩哉先生の『変』シリーズの「変」たるゆえんがあるんじゃないでしょうか。

 あと、『バクマン』や『まんが道』ではないのですが、第3部に「プロのマンガ家」と「マンガ家になりたい少女」という2者を登場させたところは、当時の奥先生の「今」と「あのころ」を投影させた興味深い部分もあるかと思います。どっちも男じゃなくて美少女ですけど。

 ちなみに、『変』シリーズの諸作にはいたるところに「奥浩哉」という名前のちんちくりんな体型をした青年か、そのヘアスタイルが単にロングになっただけの少女「奥園さん」が登場するのですが、このキャラクターは作者本人というよりも物語全体に的確なツッコミやちゃちゃを入れる便利な観察者として機能しています。美青年、美少女ばっかりの『変』シリーズの中では貴重な箸やすめになる「非美形キャラ」ですね。


 第3部ののち、第4部に入ると今度は鈴木君に2人の美しき挑戦者「山本さんと西条ひろみ」がたて続けにモーションをかけてくるという、うらやましいにも程がある展開となり、そういった外的要因のために佐藤君にたいする鈴木君の愛情はさらに燃え上がっていくこととなります。ただ、絵的には「美青年に接近する美少女」という構図が前面に押し出されることとなるため、やっぱりここでも「男×男」という部分の背徳感のようなものはうすれていく一方です。

 そして、実質的な最終章にあたる第5部になると、構図は原点回帰な「鈴木君×佐藤君」になりながらも、「鈴木君が佐藤君に一目惚れした原因はなんと、2人の前世の因縁によるものだったのだ!!」という、現実的な問題をズドバビューンとぶっ飛ばした非常に空想的な物語が展開されていくのです。
 もう、「鈴木君と佐藤君は前世、太平洋戦争中に生き別れになった兄妹だった」とか、「前世の鈴木君が乗っていたゼロ戦が南国の小島に不時着して、そこで出会った部族の娘が妹の早映菜ちゃんの前世だった」とか、「佐藤君の前世が盲目の女性だったために現世の佐藤君までもが盲目になってしまう」とか……なにがなんだか。きわめてインスタントラーメン的な三島由紀夫の『豊饒の海』みたいになってますよ、これ。

 また、これらの前世がたりの大部分が「自称・前世が見える男」の口から出た内容だけで構成されているというのだからぶっ壊れています。なんなんでしょうか、この「筋ともいえない筋」。もう同性愛もへったくれもあったもんじゃありません。

 そして、その混沌たる第5部がモヤモヤ~ッとした結末とともに終幕して、そのまたあとに「とってつけたような」第114話、すなはち最終話が登場します。

 これはもう、ホンットにふつうの「ある日」!
 佐藤君が「つきあうとしたらどんなことすんの? 『彼女』になってあげるとしたら?」という言葉を鈴木君に投げかけて、酒を飲んだり女装したりして逆に鈴木君を振り回すといった内容のドタバタでこの回は終わり、これとともにおよそ2年半続いた『変 HEN 鈴木君と佐藤君』は「完!!」となるのでありました。

 まさしく「はへっ? こ、これでおしまい!?」という終結。
 記念すべき最後のコマでの2人の会話のやりとりは、


佐藤 「さて、帰るか……」

鈴木 「帰るかじゃねーよっ。どこが『彼女』だよっ。いったい何しに来たんだよォ!」


 でした。普通だ……ごく普通のラブコメのオチです。でも、「男が男を好きになる?」「2人はどうなる?」「っていうか、そもそもあんなにかわいい佐藤君は男なのか?」というもろもろの問題をひとっつも解決させないで普通に「チャンチャン☆」としめてしまうこの最終回は、あまりにも異常! あまりにも「変」です。
 しいて似た雰囲気のあったマンガの最終話を思い出してみるとするならば、『行け!稲中卓球部』(作・古谷 実)のしんみりした終わり方があげられるんですけどね……あれも「えっ、終わり!?」という不思議な空気が流れていました。

 まったくわけのわからない、しかし、今までさんざん鈴木君に追い回されてきた佐藤君がついにその「本性」をあらわし、「ほんとに変なのはやっぱり佐藤君のほうなんだ……」という転換でおしまいにしてしまうこの最終話は、まぁ見事にこの作品と奥浩哉という作家の特徴とを体現したものだったのではないでしょうか。とにかく「正体不明」なんですよ、このお方は。


 ただ、やっぱりこういった経緯でうやむやになった「鈴木君と佐藤君」には奥先生自身もなにがしかの「やり残し感」をいだいていたのでしょう。実はこの2人の「変な愛の結末」は、その直後に連載が開始された「ちずるちゃんとあずみちゃん」ものの完成形『HEN ちずるちゃんとあずみちゃん』の後半で再びあつかわれているのだそうで。

 まいりましたね~。だったら、また『HEN ちずるちゃんとあずみちゃん』をいちから読まなきゃいけないんじゃないっすかぁ!

 やってやろうじゃありませんか……つい最近に『変 HEN 鈴木君と佐藤君』の欠巻部分となる「文庫版第1巻」もアマゾンで注文しましたからね。コンプリートしなきゃいかんわ。


 というか、今回読んではじめてわかったのですが、「男×男」ヴァージョンの『変 HEN 鈴木君と佐藤君』は、3パターンある『変』シリーズの中でもいちばん刺激がうすかったですね……

 なんとなくわかってきた。私が中学生時代に立ち読みして大きな衝撃を受けたのは、「男×男」でも「女×女」でもなく、奥先生が最初に手がけた、男が女になっちゃう「鳥合くん」シリーズですわ!!

 そうだ、そうだ……だって、私が読んだマンガは大友克洋みたいな線描の多いリアルタッチな絵だったんだけど、今回の『変 HEN 鈴木君と佐藤君』の時点ですでに奥先生は、現在に通じる無駄な線描を排した独自の作風になってたもんなぁ。

 しかも今回、いろんな資料を調べてみたら、奥先生が最初に世に出したコミックス『変』というものは、正確には長期連載された『変 HEN 鈴木君と佐藤君』の単行本コミックスなのではなくて、デビュー時から奥先生が発表してきた短編のあれこれが第1~3巻に収録されていて、肝心の「鈴木君と佐藤君」のやりとりが始まるのは第4巻からだったんですって!!

 第4巻から本編スタートって……どんだけ「変」な作家さんなのでしょうか!?

 これじゃあ、当時ガキンチョだった私も混乱するわけですよ……お話が連続してなかったり、似たような話が違う設定で繰り返されたりしてたんですからねぇ。


 ということで、そうだいはいまだ、少年時代の強烈体験マンガそのものには出逢っていないと言う結論に達してしまいました!!

 今度、私にとっての本物の『変』にたどりついた時に、この企画の「第2章」としゃれこむことにいたしまっしょ~!!

 ひっぱるよねぇ~! ひっぱるほど、奥浩哉のことが好きになっちゃったのよねェ~。
 まんまと策にひっかかり~のォ~。

 でも、女体はロマンだよね、うん。
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トラウマの 正体みたり? やっぱ変  奥浩哉『変』シリーズ 毎度おなじみ資料編

2012年03月12日 15時28分02秒 | マンガとか
 はいど~もぉこんにちはっと。そうだいですよぉ~い。
 晴れましたね。千葉はまだ暖かいとは言えない空気なのですけど、確実に春は近づいとるということで。
 明日ちょっと、久しぶりに部屋を大掃除したいんでね、予報どおりにこの晴れが続いてほしいなぁ。

 今日はね、この記事を更新したあとにまた出かけるんですよ、桜木町に。
 いよいよこれがラストでございます。だって電車賃がバカみたいに高いんだもの!! 今さらになってしみじみ再認識。
 まぁ、だいたい歩くコースも「ここらへんに来たらあと1時間でゴールだな。」「あそこのタバコ屋、まだやってるかな。」「生麦のキリンビール工場、前を通るとビールのかほりで酔っ払っちゃうんだよなぁ。」といった感じでおぼえるようになってきちゃったんでね。
 やっぱり散歩は「知らない街を 歩いてみたい」でなきゃ!

 あっ、「知らない街を」といえば!!

 人間の言霊(ことだま)というのは恐ろしいもので、前回さんざん、坂本美雨さんの『遠くへ行きたい』がいい、いいと言っていたら、その願望が顕在化してしまい、来週に本当に「遠くの知らない街」に旅に出ることになってしまいました。

 目指す先は岡山県岡山市!! 深夜長距離バスで0泊3日の旅ィ~。

 私にとっては生まれてはじめての岡山行です。およそ10年前に比較的近所の鳥取県に行ったことはあるのですが、岡山はなかったんですね~。

 生まれてから30年以上東日本で生き延びてきた私にとって中国地方はなかなか縁遠い地なんですけれども、「岡山」といったらあーた、かの横溝正史超先生の「金田一耕助シリーズ」の聖地であるわけなんですから、ファンの私にとっては死ぬまでに必ず100回は訪れなければならない場所だとは思っていたんですよ。
 ただ、ここらへんは岩井志麻子の諸作でも詳しいんですけど、私がこれからおもむく「岡山市」自体は「岡山県内の各地とは性質の違う大都市」「最も身近にあるあこがれのメガロポリス」という位置づけになっているためか、そのあたりの作品の舞台に選ばれることは意外と少なく、山陽有数の歴史ある街として落ち着いたたたずまいを今に残しているのだそうです。同じ地方でも、中国は山陰と山地と山陽とで見せる顔がまったく違うんですなぁ。毛利元就は怖かったなぁ~。

 岡山市に行く理由は無論のこと「岡山城」....もあるんですけど、演出家の関美能留さんが、地元岡山の有志の皆さんの出演でおくるという公演『晴れ時々、鬼』(脚本・大戸彰三)を観に行くためです。岡山市のルネスホールで今月の19~20日に上演!

 そりゃあアンタ、なんとしてでも行きますよ....と最初っから威勢よく言い放ちたかったのですが、実は来月にそ~と~バカにならない出費が連発する予定になっていたので「う~ん、岡山、行けるかなぁ。」などと最近まで迷っていたのですが、無限リピートで『遠くへ行きたい』を聴いているうちに腹が決まってしまいました。


「行かないで『行きたかったなぁ~。』とかウジウジして枕を濡らすつもりか、貴様は!! そんな不甲斐なさで、これからもおめおめと城好きを自称し続けるのか....そんな人生をこれからも選択していくというのならば、金輪際お前に『信長の野望』における宇喜多秀家公の能力値を『役に立たねぇ~。』とさげすむ資格は断じて無い!! この、一条兼定野郎!!』


 まぁ、こんなわけでね。知らないうちに目的が岡山城見物のほうにシフトしてしまいました。あと、一条兼定ファンのみなさま、すみません。土佐国の中村御所も、死ぬまでにいつか必ず行きますから!

 とにかく来週の岡山小旅行、楽しみですね~。来週はそれ以外にもビッグイベントがあるんですけど....くれぐれも、この前みたいにダウンしないように体調管理に気をつけるようにします。行って来ますよ~。


 さてさてお話かわりまして、今回も引き続いて奥浩哉先生の前期キャリアをいろどる魅惑の『変』シリーズについてのつれづれに移りたかったのですが。

 あらためてマンガ家・奥浩哉が世に問うた『変』『へん』『HEN 』という共通タイトルの作品群を整理してみようとすると、まぁ~情報量がいっぱい、いっぱい。
 昨年に映画2部作というボリュームで実写化された『GANTZ 』も現在にいたるまで大変な人気を獲得しているわけなんですけど、1990年代前~中期に原作マンガ以外にもさまざまなメディアに拡大していった『変』ブームも、やはりすごいものがあったらしいんですね。

 確かに、それくらいにヒットして単行本が書店に平積みになっていたからこそ、そのころ中ボーだった私の目にも留まったんでねぇ。

 ただし、このブームに関してとにかく特異なのは、その時に人々の注目の的となった『変』という作品が、その時点ですでに「3つのまったく違うストーリー」が並列している状況だったということなんです。そりゃあ混乱しますわなぁ。


 ということで! 今回は例のごとく、奥浩哉先生の『変』シリーズの具体的なラインナップと、私が比較的もっとも詳しく読むこととなった「男×男」ヴァージョンの作品『変 HEN 鈴木君と佐藤君』の、大きな物議をかもした大筋の内容を整理してみようかと思います。
 それらについての具体的なつれづれは、また次回~!! もうテンプレートねぇ、この流れ。


奥浩哉の『変』シリーズとは?

1、『変』(『週刊ヤングジャンプ』1989年1月掲載 全1話)
 「鳥合くん」シリーズ
 奥浩哉が1988年に「ヤングジャンプ青年漫画大賞(現・MANGA グランプリ)」の「準入選」を獲得したデビュー作品
 A5判単行本『変 HEN』のほか、『短編集 黒』(1999年)と文庫版『変』のいずれかに収録

2、『嫌(いや)』(『週刊ヤングジャンプ』1989年9~12月不定期連載 全3話)
 「鈴木君と佐藤君」シリーズ
 不定期ながら初の連載作品
 A5判単行本『変 HEN』のほか、『短編集 赤』(1999年)と文庫版『変』第9巻に収録

3、『へん』(『週刊ヤングジャンプ』1991年9月連載 全4話)
 「鳥合くん」シリーズ
 1、の内容を大幅に拡大してリメイクしたもの
 A5判単行本『変 HEN』のほか、『短編集 黒』と文庫版『変』第8巻に収録

4、『好(すき)』(季刊『ヤンジャンベアーズ』1991年10月~92年12月連載 全7話)
 「ちずるちゃんとあずみちゃん」シリーズ
 A5判単行本『変 HEN』のほか、『短編集 赤』と文庫版『変』第9巻に収録

5、『雑(ざつ)』(1992年3月発売のA5判単行本『変 HEN 鈴木君と佐藤君』第2巻の書下ろし作品)
 「ちずるちゃんとあずみちゃん」シリーズ
 2人と「マンガ家の奥浩哉」が出会うというエピソード
 A5判単行本『変 HEN』のほか、『短編集 赤』と文庫版『変』のいずれかに収録

6、『変 HEN 鈴木君と佐藤君』(『週刊ヤングジャンプ』1992年8月~94年12月 全114話)
 「鈴木君と佐藤君」シリーズ
 2、の内容を大幅に拡大してリメイクしたもの
 1993~95年にはソニー・集英社・ビクターの3社から1巻ずつのドラマCD が発売されている
 ・ソニー版の配役  .... 「鈴木役」置鮎龍太郎・「佐藤役」檜山修之(ひやま のぶゆき)
 ・集英社版の配役  .... 「鈴木役」森川智之・「佐藤役」結城比呂(現・優希比呂)
                特別出演の「ちずる役」折笠愛・「あずみ役」荒木香恵
 ・ビクター版の配役 .... 「鈴木役」置鮎龍太郎・「佐藤役」緒方恵美
 1996年に「鈴木役」青木伸輔・「佐藤役」佐藤藍子の主演で TVドラマ化されている
 A5判単行本(全13巻)のほか、コンビニコミック版と文庫版(全6巻)が発売されている

7、『熱(ねつ)』(1993年10月発売のソニー版ドラマCD『変』の書下ろし作品)
 「鳥合くん」と「鈴木君と佐藤君」とが出会うという番外編エピソード
 『短編集 赤』と文庫版『変』のいずれかに収録

8、『HEN ちずるちゃんとあずみちゃん』(『週刊ヤングジャンプ』1995年1月~97年3月 全94話)
 「ちずるちゃんとあずみちゃん」シリーズ
 4、の内容を大幅に拡大してリメイクしたもの
 物語の途中から5、の「鈴木君と佐藤君」が登場してくる
 1996年に「ちずる役」城麻美・「あずみ役」木内美穂の主演で TVドラマ化されている
 1997年に「ちずる役」木地谷厚子(きちや あつこ)・「あずみ役」桜井亜弓の主演で OVAアニメ化(全2話)、ドラマCD 化(全2巻)されている
 A5判単行本(全8巻)のほか、新装版(全4巻)と文庫版(全9巻)が発売されている


『変 HEN 鈴木君と佐藤君』の主軸ストーリーの変遷

第1~14話  .... 鈴木君と佐藤君との出逢い

第14~26話 .... 鈴木君の恋がたき・冴木貴仁の登場

第27~67話 .... 鈴木君と冴木君のマンガ対決
         鈴木君の妹・早映菜と冴木君に想いをよせる滝川美咲の登場

第68~85話 .... 自信家の美少女・山本静香と自称「真性半陰陽」西条ひろみの挑戦

第86~113話 .... 鈴木君と佐藤君の前世にまつわる騒動

第114話   .... 日本マンガ史上もっとも最終回らしくない衝撃の最終回



 こんなで~す。それじゃ、これから映画を観てきま~っす。
 楽しみだなぁ、世界初の戦車「大英帝国・マークⅠ戦車」! 走行時速6キロ!! 走行してねぇ!!
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トラウマの 正体みたり? やっぱ変  奥浩哉『変』シリーズ とっかかり

2012年03月10日 22時01分28秒 | マンガとか
 はいど~もぉ、こんばんは。そうだいでございますよぉーいっと。
 どうにもまだまだ寒い日が続いてるんですけれども、みなさまは今日はどんな土曜日になりましたか? 私はまぁ~のんびりしてましたね。

 先日、前々からほしくてほしくて仕方がなかった CDアルバムを手に入れました。やった~。

坂本 美雨 『Harmonious 』(2006年)

 これは坂本さんの2枚目のオリジナルアルバムなのですが、1999年のファーストから実に7年ぶりの発表ということで、現在にいたるまでの彼女の歌手活動の、実質的なスタートを飾る意味合いの強い作品だったようです。

 いろいろいい曲が入っているんですが、実は私、このアルバムの最後に収録されている『遠くへ行きたい』がど~しても欲しかったんです!!

 『遠くへ行きたい』。言わずと知れた永六輔・中村八大ゴールデンコンビによる名曲の、九じゃない坂本さん歌唱ヴァージョンです。

 いい曲ですなぁ~! もう1回言っとこう。いい曲ですなぁ~!!

 これはもう、永さんの歌詞だけを読めば「知らない街を 歩いてみたい」とか「知らない海を ながめていたい」とか、とにかくなんでもいいから「遠くへ行きたい」「遠くへ行きたい」の連発で、挙句の果てには「愛する人と めぐり逢いたい」といいたい放題、逃避し放題のものすごい内容なんですけど、そこを雄弁に弁護してあまりあるのが八大サウンドであり美雨さんの声なんですよね。

 普段の生活でなにがあったのかは知らないですけど、歌詞の主人公をしてここまでどうでもいい感じにすべてを投げ出させている出来事は尋常なレベルではないはずです。そこらへんのいきさつをまったく語っていない永さんの歌詞は、ともすれば聴く人の共感を得られない他人事に取られても仕方のない極端さがあるのですが、あの、聴くだに吹雪のふきすさぶ北海道の平原や、鉛色によどむ日本海の荒れた海原を想起させる八大サウンドは、聴く人にいやおうなしに、その人自身のつらかった体験やそれにともなって心中に巻き起こった寂寥感を思い出させてくれる魔力がこめられているのです。あの曲を聴いて、人がガヤガヤワイワイしているタイのプーケット島とかに行きたいと思う人はまずいませんよね!?

 坂本美雨さんの声は、どちらかというと沖縄の感じが似合うし実際にそんな曲も収録されているのですが、重すぎる八大サウンドに対していかにも身軽な坂本さんの雰囲気がものすごい好対照でいいんですよねぇ! 曲調にのっかるかたちで重く切々と唄う歌手だと「重い×重い」でトゥーマッチになっちゃうんですよ。
 その点、非常に素直にメロディにのりながらも、ちょっと永さんの歌詞にただよう「オトナ社会のルールを放り投げた」アナーキーさもしっかり受け継いでいる坂本さんヴァージョンは、数年前になにかのきっかけで耳に入れたときからず~っと気になり続けていたのです。

 いい曲ですなぁ~! でも、リピートで何回も聴くと心がすさむすさむ!!
 別に逃避したいトラブルをかかえているわけでもないのに、この曲を聴くと強制的に「旅に出たいモード」になってしまいます。危険だよ~!! ひかえめに聴くことにいたしましょう。


 さて、わたくし最近、あるマンガを集中的に読んでおりました。

奥 浩哉 『変 HEN 鈴木君と佐藤君』

 いや~、ずいぶんと古いマンガであります。1992年の8月から94年の12月にかけて『週刊ヤングジャンプ』(集英社)で連載されていた作品ですね。
 しかし、そう考えると奥先生はデビュー期から現在にいたるまで、20年もの長きにわたってず~っと『ヤングジャンプ』に貢献し続けていることになるんですなぁ! どの作品も内容はあんなに革新的なのに、ご本人はものすっごく義理堅い方なのではないだろうか!? ゲームの『信長の野望』で言うのならば、「高坂昌信」とか「直江兼続」なみに主君を裏切らないお人なのか。


 去年に「ぬらりひょんサーガ」の中で『GANTZ 』にふれた時にもちょっと言ったかと思うのですが、私はほんとのところ、奥作品はまったく好きでありませんでした。むしろ、意識して読むことを避けていたほどです。

 理由というのは実に他愛もないことなのですが、とにかくどの作品にでも、1コマ1コマに過剰なまでに熱い「エロ魂」が練りこめられているのことにたいして拒否反応を持つようになっていたからなんですなぁ~!

 こんなことはあらためて申すまでもないことなのですが、いやぁ~エロいエロい。
 特に、女性の胸部に対する執着が、芥川龍之介の『地獄変』の絵師レベルに高い気がするんですね。奥先生の日本指折りの実力派マンガ作家としてのキャリアの原動力がそこにあることは間違いないでしょう。

 ただ、その道の専門家であるはずの「成人向けマンガ」の巨匠たちもなかなか太刀打ちできないような世界が、なんの罪悪感もいだくことなく鼻歌まじりに一般誌の『ヤンジャン』で楽しめるのだから、奥先生に感謝こそすれ「エロい!」と拒否するとは、そうだいはよほどの潔癖症か女体に興味がない MOYASI野郎なのかと思われる方もおられるかもしれません。

 私は、今となってはそんなことは決してない普通のエロいの大好き人間なんですけど、奥先生の世界に関してはまったく「出会いのタイミング」が悪かったというかなんというか....

 私がマンガ家・奥浩哉という存在を知ることとなったのは1990年代初頭だったので、思い起こせば中学生になりたての頃だったということになります。

 要するに、奥先生がその独自の世界観と作画力をひっさげてデビューした時期、その衝撃を目の当たりにしたそうだい少年は、はっきり言って具体的にその中で展開されていた「男と女のチョメチョメ」にたいする知識が圧倒的に不足しており、その上さらに「男が男と? 女が女と? っていうか、あいつ男? 女? もしかして、どっちでもない?」という、当時の私の中にあった「男は男、女は女!」という価値観をグラッグラにゆるがす『変』ワールドは、明らかにスペックオーバー、理解不能な作品となってしまっていたのです。

 その結果、私に残った感想はひたすらの「?」と軽い吐き気だけ。エロさなんて感知する余裕もなくフラフラと書店をあとにするヘル中・ジャージのガキンチョだったというわけなのです。青いねぇ~。
 しかも、『変』の時代の奥先生は登場する女性キャラクターを「意図的に」似た風貌に統一させていたきらいがあったため、私としましてはなおさら誰が誰とどうなったかがさっぱりわからない印象しか残らなかったのです。
 あれですね、見慣れない外国の映画って、ちょっとでも似た感じの人が2人以上出てくると「え? 同じ人?」という混乱におちいっちゃうじゃないですか。要するに「異人種の方々の顔をいっぱい見ていない」から起こる現象らしいんですけど、当時マンガ読書経験の少なかった私も似たようなものだったのかしら。

 そんな状態で『変』を読んじゃったんだからさぁ! そりゃあ当惑しちゃいますよね~。

 ま、こんなことだったので、その時の思いがあって私は奥先生の作品全体を「なんか複雑」「エロいけどクセが強すぎる」と長いこと敬遠していたわけだったと。同じ経路で、なんと当時の私はあの高橋留美子先生の『らんま1/2 』をも食わず嫌いで避けていました。

 とにかく、思春期に激突してしまった奥ワールドによって、私の中で「TSF (トランスセクシュアル=性転換ものフィクション)」はひっじょ~に! デリケートな扱いを要する領域になってしまっていたということだったんですな。
 あの、賢明な読者の中には(この言い方、いつか使ってみたかったのよねェ~!)、もしかしたら今、私が言った『変』=TSF ものという文言にふれて「あれ、そうだった?」と思われる方もおられるかもしれません。ま、それはさておき。


 話を現在に戻しまして、そんな私も去年にようやく、この『長岡京エイリアン』でやらかした「ぬらりひょんサーガ」の一環として奥先生の『GANTZ 』にふれ、真正面から奥ワールドに向き合うということとなりました。あのぬらりひょん様が御出馬なされるのですから、これはさすがに無視することはできないと!

 で、満を持して『GANTZ 』を読んでみたんですけれど、やっぱり奥先生の世界はエロくもありエグくもあり、さらに扱った場所がよりにもよってあの悪名高い『道頓堀百鬼夜行編』だったこともあって「キッツいなぁ....」というところは再認識したのですが、無条件で忌避するべきでない超一流のエンタテインメントであるということも、グウの音も出ずに思い知らされることとなったわけです。おもしろいものはおもしろいんですよね。あの、どんなに重要そうなキャラクターでも1コマ後には強制退場させられているかも知れない、問答無用で非情な緊張感は恐ろしいものがあります。

 ということで、

「私も30歳をこえたことだし、そろそろ『変』を読んでもいい頃合いなんじゃないだろうか。」

 なんていう思いが首をもたげてきたんですよね。ほぼ20年ぶりの再会ですよ!

 んでもって、近所の本屋さんや古書店を駆けずり回って奥浩哉の原点とも言える『変』を買い集めようとしたのでありますが....

 実はその前途には、驚くべき障壁がいくつも横たわっていたのだった!!


障壁その1
 奥浩哉の『変』というタイトルの作品はひとつではない

障壁その2
 奥浩哉の『変』は、さまざまなヴァージョンの単行本が世に出ている

障壁その3
 奥浩哉の『変』は、書店で新品を取り寄せるという形では全エピソードが集まらない(2012年2月時点)


 とにかく、私が動き出すのが遅すぎたということなんでしょうか....なんたること。


 そうなんです、障壁その1について簡単に言いますと、奥浩哉先生による『変』というマンガ作品は、内容で分類すると、

・男の主人公「鳥合衆(とりあい しゅう)」が女になってしまう TSFもの
・男どうし「鈴木一郎」と「佐藤ゆうき」が主人公の男性同性愛もの
・女どうし「吉田ちずる」と「山田あずみ」が主人公の女性同性愛もの(タイトルはアルファベット表記の『HEN 』)

 の3パターンがあるのです。しかも、どれも発表されているのが1作品だけじゃないの!
 これには私も面食らってしまいました....具体的にどの作品が、「あの日」の私に衝撃を与えた『変』なのかがわかんねぇ!


 続きまして障壁その2については、私がかつて『変』の連載中に書店で手に取った単行本は、ふつうのサイズよりも大きい『ヘタリア』や『けいおん!』のような A5判コミックだったのですが、その後は1999~2001年に刊行された、『GANTZ 』と同じサイズの『新装版』と『短編集 赤&黒』、2002年にコンビニコミック版、2006年と2011年に「男のほう」と「女のほう」とで各自刊行されたコミック文庫版といった感じで、人気タイトルらしくいろんなヴァージョンが世に出ていると。

 それはそれでいいんですけど、とにかく問題なのは障壁その3!

 おりゃあもうビックラこいたよぉ。だって、2006年に刊行された男のほうの『変 HEN 鈴木君と佐藤君』の文庫版第1巻が、書店で問い合わせたら「品切れ重版未定」だってんだから。第1巻だけっすか!?
 連載リアルタイムの A5判も、10年前の新装版もコンビニ版も現在はとっくに絶版ですからね。

 なんということでしょうか。天下の『GANTZ 』の作者である奥浩哉の出世作が新品で全巻入手できないとは! 日本はマンガの黄金郷ではなかったのか。
 いや、そんなに世をはかなまずとも、アマゾンで注文したら安い値段で第1巻は買えるんですけどね。


 結局、ひとまず私がかき集めることができた奥先生の『変』の陣容はこんなものとなりました。

2000~01年に出版された新装版の第2~4巻と、2006年に出版された文庫版の第2巻と9巻

 バラッバラ! もう1回言っときましょう。バラッッバラ!!


 これだと、奥先生の『変』のうち「鳥合くん」ヴァージョンと「ちずるちゃんとあずみちゃん」ヴァージョンが読めないし、残る「鈴木君と佐藤君」ヴァージョンだって、超重要な序盤の第1~13話と、新装版第2巻と文庫版第2巻とのはざまに拾い忘れられてしまった第28話が読めません。その代わりにと言ってはなんですが、最終話とラス前の第113話はカブッているので2回たのしめます。

 まいったねぇ。こんなことで、奥先生の『変』ワールドを堪能することなんてできるのだろうか。っていうか、私があの時ビックラこいたページにたどりつくこと自体できるのか!?


 とにかく、なかば見切り発車で途中から読み始めることとなった『変 HEN 鈴木君と佐藤君』だったのでありますが、その結果は、「案の定....」と「意外!」とが拮抗するすてきな体験となったのでありました。

 ということで、字数がかさんできましたので、この続きはまったじっかい~。


 やっぱ、印象だけからの食わず嫌いはイカンよ、うん!
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