鬼束ちひろ『私とワルツを』(2003年11月27日リリース 東芝EMI )
『私とワルツを(わたしとワルツを)』は、鬼束ちひろ(当時23歳)の10thシングル。
東芝EMI 契約時代の最後にリリースされたオリジナル作品。羽毛田丈史プロデュースとしても最後の作品となる。前シングル『いい日旅立ち・西へ』に続き、本作も2003年9月に行われた鬼束の声帯結節手術の後の休養中にリリースされたため、本人が稼動するプロモーション活動はいっさい行われなかった。
前作と同様にカップリング曲のレコーディングも行っていなかったため、3rdアルバム『 Sugar High 』(2002年)収録曲の『 Rebel Luck 』をカップリングにシングルカットして収録している。
オリコンウィークリーチャート最高8位を記録した。
収録曲
作詞・作曲 …… 鬼束 ちひろ
プロデュース …… 羽毛田 丈史
1、『私とワルツを』5分22秒
・テレビ朝日系木曜ドラマ『トリック(第3シーズン)』主題歌
間奏にワルツのテンポを採用している。ちなみに、ドラマオンエアバージョン(初オンエアは2003年10月16日)のレコーディングは声帯結節の手術前に、シングル収録バージョンのレコーディングは手術後に行われているため、両バージョンで歌い方と編曲が違っている。
2、『 Rebel Luck 』4分18秒
前年の3rdアルバム『 Sugar High 』からのシングルカット。
……ついにここまでやってきてしまいました。『私とワルツを』、非常に重要な名曲ですよね。この作品が、鬼束さんの「第1期」の締めくくりを飾るものであることは、衆目の一致するところなのではないでしょうか。鬼束さんが最初に所属した音楽事務所からリリースした最後のシングルになるので、そう見られるのもまったく無理はないのですが、まぁ、それは結果的にそうなったというだけであって、当時の彼女がそう予感していたのかどうかは……でも、曲を聞くだに、明らかに「なにかの終わりをうたう」作品として、これ以上ないくらいの完成度を持っているんですよね。まさに鬼束さんらしい繊細な感覚をもって、当時の制作環境に終わりが来ることを感じ取っていたのか、それとも、彼女自身が終わりにしようとしていたのか。
作品としての『私とワルツを』をみる前に、この記念すべき10thシングルがリリースされるまでの状況を整理してみますと、どうにも不可思議な流れが前作の9thシングル『いい日旅立ち・西へ』付近から始まっていました。
2002年
12月 3rdアルバム『 Sugar High』リリース
2003年
5月 7thシングル『Sign』リリース
8月5~30日 ライブツアー『 UNPLUGGED SHOW '03』を挙行(大阪、東京、福岡、山梨の4会場4公演)
8月20日 8thシングル『 Beautiful Fighter』リリース
9月 声帯結節手術
10月16日 ドラマ『トリック 第3シーズン』の主題歌として新曲『私とワルツを』(録音は手術前)が初オンエア
10月29日 9thシングル『いい日旅立ち・西へ』(録音は手術前)リリース
11月 10thシングル『私とワルツを』(録音は手術後)リリース
いきなり8月からスケジュールが殺人的な過密度に!! ご本人としては9月の手術以降は『私とワルツを』のシングル向け再録音までは休養できたのでしょうが、それも手術を直前に控え、ライブツアーでバタバタしてる最中にオンエア版の『私とワルツを』とか『いい日旅立ち・西へ』とかを録音したから休めたのでありまして……そうとう無茶をした夏だったのではなかろうかと。いくら23歳で若いとはいえ、ねぇ。
それまではほぼ1年に1枚の勤勉実直なペースでアルバムをリリースしていた鬼束さんなので、この調子でいくと『 Sign』や『私とワルツを』といった名曲の数々を収録した待望の4thアルバムが2003年末から04年にかけて出るといった流れが理想的だったのでしょうが……現実はそうもいかず。ご本人の苦労なんか知る由もない当時のファンとしては、ぜひともリリースしてほしかったんだけどなぁ!
それはともかくとして、手術後の2シングルのリリースが急ぎすぎですよね。しかも、どっちもカップリングが新曲じゃないという。じゃあ『いい日旅立ち・西へ』と『私とワルツを』の両 A面で良かったじゃないかと思っちゃうんですが、どうやら作品の内容よりも「商品数」をかせぐことが、事務所との契約上重要だったという節も見え隠れしているような。だからこそ、この直後にあの奇策『シングル BOX』も出たのだろうし。
こんな感じで、休養中とはいえドラマのタイアップでもあるし……というていでリリースされた『私とワルツを』なのですが、まず、当時TV で毎週流れていた手術前録音の「オンエアバージョン」と、手術後録音の「シングルバージョン」とを比較してみましょう。
今回、このために『トリック』第3シーズンの映像を観る必要が生じたのですが、さすがは天下のテレビ朝日さんと言いますか仲間由紀恵さんと言いますか、無料動画サイトでチェックすることはかないませんでした。だから買っちゃいましたよ、DVD セット! なつかし~。でも、ゴールデンタイムに昇格放送されたこの第3シーズンだけはちゃんと観てなかったんですよね。深夜帯放送の2シーズンはよく観てたんですけど。佐野史郎さんがゲストのサイ・トレーラーの話がいちばん好きでした。ぞ~ん!!
さて、上記の Wikipedia記事によると「歌い方と編曲が違っている。」とされていますが、編曲の方はいかにもエンドロール用に楽曲を1分33秒に短縮しました、というだけで、演奏そのものに違いはほぼないと感じました。イントロまるまるカットで鬼束さんの唄い出しから始まり、1番の歌唱だけで後奏もばっさりカットで終わる感じですね。
問題は鬼束さんの唄い方でありまして、これが不思議なもんで、最初は違いなんてほとんどないように聴こえるのですが、何十回も繰り返し聴くと、明らかな違いが「イラストまちがいさがし」のようにありありと浮かびあがってくるのです。いや~にしても、『私とワルツを』は何十回、何百回聴いても飽きないスルメ神曲ですね。いい!!
オンエアバージョンを聞くと、確かに手術前の鬼束さんは声を長く伸ばすことに難を覚えていたらしく、途切れ際の声がかすれてしまっている点と、次の息を吸うブレスが多少ざらっとしている点が特徴となります。でも前作『いい日旅立ち・西へ』もそうだったのですが曲全体がサビ以外は低音を基調としているので、低い歌を唄うのならそうもなろうといった印象で、特に体調が悪いとは気づけませんでした。さすがは、プロ。
それに比べてシングルバージョンは、まさに声の途切れる最後の0コンマ何秒まで、そしてその直後のブレスまでもがきっちりと計算されつくしているといった感じで、非常に整理されつくした音楽設計が行き届いています。その機械的とも見える冷たさが、サビの爆発を見事に引き立たせてくれるんですよね!
ただ、ここが鬼束さんのおもしろいところなのですが、のどの使い勝手が良くなって思い通りに唄えるシングルバージョンのほうが全面的にいいってわけでもないんだなぁ。制約が多くてキツそうなオンエアバージョンのほうが歌詞世界をガッチリつかんでいると言える部分も多く、私個人は、オンエアバージョンのフルサイズもぜひとも聴きたかった!!
特に、サビの序盤の「泣いてしまう」のとこ! オンエアバージョンのここがいいんだ!!
♪なぁいぃてぇ~ しぃいまうぅう~
ここの、「しぃい」のところでの声のこぶし……とは言わないか、「ひねり」が最高なんですよね。ここは確かにシングルバージョンでもひねられてはいるのですがかなり浅く、オンエアバージョンではまさしく喉から絞り出すような苦しさをもって「泣いてしまう」と告白している姿をありありとイメージさせる切迫感があるのです。
この1点の他にも、オンエアバージョンとシングルバージョンとの違いはまだまだあるのですが(序盤の「奇妙な晩餐」の「晩餐」のアクセントなど)、思うように唄えない以上、感情をむき出しにして闘わざるをえないという覚悟を持ったオンエアバージョンも、今現在のそう若くもなくなった鬼束さんのスタイルを予兆しているようで、なんともいえない味があるんですよね。これもこれで、すばらしい!
いやほんと、かえすがえすもオンエアバージョンで最後まで唄い切る5分フルサイズが聴きたいものなのですが、実はドラマ『トリック』第3シーズンの最終回ではちゃんとフルサイズが流れていました。ただ、主人公の山田さんと上田さんによる、いつも通りのもどかしいやりとりが繰り広げられるなか流れているんで、ちゃんと聴けないという……2人とも、ちょっと黙っててくんない!?
そんなこんなで話が長くなってしまいましたが、いよいよ肝心カナメの『私とワルツを』の作品世界に入っていきたいと思います。
『私とワルツを』は、近くにいるはずの「あなた」に「わたし」の想いが届かず、「あなた」が去ることを確実に予感しつつも、せめて最後に「どうか 私とワルツを」と訴えかけるという物語を切々と唄いあげています。一人称の嘆き、叫びという形式は『月光』しかり『 infection』しかり、鬼束さんのド定番メソッドであるわけなのですが、「あなた」がかなりリアルにそばにいることを感じさせる「わたし」の語り口が、2人のこれまでの関係の濃密さと、それでも終わりが来てしまう運命のせつなさを、今までにない湿度で感じさせるヴィヴィッドさがあるんですよね。ただの焼き直しではないと!!
ただ、そういった「わたし」の別れたくないという訴えが生々しくならないのが鬼束さん一流の作詞センスというか「品」のあるところなのでして、よくある歌謡曲のように「あなた」のこういう仕草が好きなの~とか、一緒に映画見るって言ったじゃない~とかいう、芸人さんのあるあるネタみたいな作詞法なんかとるわけもありません。下賤な!!
「あなた」のそういった外面などスーッと通り越して心の内面を見透かす「わたし」は、
「誰にも傷がつかないようにとひとりでなんて踊らないで」
「きっとあなたは世界の果てへでも行くと言うのだろう」
「なぜ生きようとするの 何も信じられないくせに」
と、ズビズバ「あなた」の心への問いかけを突きつけるのでした。この、あっという間に相手の「死に間」の中に入り込む素早さは、熟練の武芸者の硬軟自在な戦法を彷彿とさせるものがありますね。岩明均の名作『剣の舞』の疋田文五郎景兼とか上泉伊勢守みたい……
「どうか私とワルツを」と幾度もせつなく「あなた」に訴えかけるその姿には、かつての『 everything,in my hands』や『 CROW』にあったような優位性はなく、『流星群』や『漂流の羽根』にあったような冷静な視点もなく。アルバムでいえば2nd『 This Armor』で「あなた」の課した心の鎧をゴトッと捨て去り、3rd『 Sugar High』でふわっと離陸する翼をそなえたはずの「わたし」も、この『私とワルツを』では、
「凍った鳥たちも溶けずに落ちる 不安で飛べないまま」
というかたちで、再び地に堕ちる結果となるのでした。嗚呼、『 Sign』の高揚感は、いずこ……
ただ、この「わたし」の墜落をもってして、「結局なんにも変わんないじゃないか。」とか、「またおんなじ問題ばっかあーだこーだグジュグジュこじらせて!」と断じることもできるのでしょうが、この苦悩、アップダウンこそが「人間」なのではないかと。歌手としていくら進化して成功をその手に収めようが、あくまでもカメラのファインダーは「人間の弱さ、矛盾」からはずさないという、この鬼束さんの腰のすわりようはどうですか……もう惚れちゃうなぁ! すわってんのは目だけじゃないんだなぁ。
歌詞自体は、このように冷たく哀しみに満ちた厳冬の湖を思わせる凍てついた世界なのですが、やはり鬼束さんの唄いっぷりは見事と言いますか、サビにいたるまでの「それなら 身体を寄せ合うだけでも」のあたりのギアの上げっぷりが最高ですよね。おおっ、きたきたきたー!!という、徐々にテンションが上がっていく感じがたまりません。ガスバーナーの火の色が、低温のオレンジからコオオォォ~と超高温の青へと変わっていく感じですよ! 「溶けずに落ちる」とか言っていながらも、鬼束さんの歌声はその逆境をバネにして、間違いなく離陸しおおせてるんだよなぁ。実に鬼束さんらしいなぁ~。
ところで、なぜ「わたし」と「あなた」が踊るのは「ワルツ」なのでしょうか。サンバやジルバじゃダメなのか? 音頭は? ボリウッドダンスは?
そこはやっぱり、神聖ローマ帝国の遺風を継ぐハプスブルク帝国発祥の男女が寄り添うダンス「ワルツ」にある、古色蒼然としたわびしさというか、セピア色に褪せた感じがいいんでしょうかねぇ。でも、ヨハン=シュトラウス2世みたいな本場もんのワルツって、かなりアップテンポでハイテンションなんで、『私とワルツを』の間奏で流れるような感じともぜんぜん違うんだけどなぁ。2人とも息もたえだえで汗だくになるんじゃないのでしょうか。あっ、そういう意味でワルツなのか……?
ひとりで叫ぶ『月光』、『 infection』系、「あなた」に温かく呼びかける包容力と飛翔力を持った『流星群』、『 Sign』系に続いて、今作の『私とワルツを』によってついに確立された、
なんだかんだ言っても「あなた」の重力で飛べない系!!
鬼束ちひろさんの第1期は、「情熱 / 情念」と「解放 / 飛翔」と「重力 / 諦念」。この3つの次元を往還する作風と申してよろしいのではないのでしょうか。その最後のパーツたる「重力」を完成させたのが、東芝 EMI時代最後の『私とワルツを』であるというあたり、まるで計算され尽くした小説のようにきれいな流れですね。
でも、これはあくまでも結果論なのでありまして、この名作『私とワルツを』が、これほどまでに重要なジャンクションになるなどとは、リリース当時鬼束さんご本人も露ほども思わなかったはず……ですよね? たぶん。
さぁ、ここからいよいよ、誰もが予想だにしなかった世に希なる「迷走」が始まるのでありました。飛べない天才の、明日はどっちだ~!?
『私とワルツを(わたしとワルツを)』は、鬼束ちひろ(当時23歳)の10thシングル。
東芝EMI 契約時代の最後にリリースされたオリジナル作品。羽毛田丈史プロデュースとしても最後の作品となる。前シングル『いい日旅立ち・西へ』に続き、本作も2003年9月に行われた鬼束の声帯結節手術の後の休養中にリリースされたため、本人が稼動するプロモーション活動はいっさい行われなかった。
前作と同様にカップリング曲のレコーディングも行っていなかったため、3rdアルバム『 Sugar High 』(2002年)収録曲の『 Rebel Luck 』をカップリングにシングルカットして収録している。
オリコンウィークリーチャート最高8位を記録した。
収録曲
作詞・作曲 …… 鬼束 ちひろ
プロデュース …… 羽毛田 丈史
1、『私とワルツを』5分22秒
・テレビ朝日系木曜ドラマ『トリック(第3シーズン)』主題歌
間奏にワルツのテンポを採用している。ちなみに、ドラマオンエアバージョン(初オンエアは2003年10月16日)のレコーディングは声帯結節の手術前に、シングル収録バージョンのレコーディングは手術後に行われているため、両バージョンで歌い方と編曲が違っている。
2、『 Rebel Luck 』4分18秒
前年の3rdアルバム『 Sugar High 』からのシングルカット。
……ついにここまでやってきてしまいました。『私とワルツを』、非常に重要な名曲ですよね。この作品が、鬼束さんの「第1期」の締めくくりを飾るものであることは、衆目の一致するところなのではないでしょうか。鬼束さんが最初に所属した音楽事務所からリリースした最後のシングルになるので、そう見られるのもまったく無理はないのですが、まぁ、それは結果的にそうなったというだけであって、当時の彼女がそう予感していたのかどうかは……でも、曲を聞くだに、明らかに「なにかの終わりをうたう」作品として、これ以上ないくらいの完成度を持っているんですよね。まさに鬼束さんらしい繊細な感覚をもって、当時の制作環境に終わりが来ることを感じ取っていたのか、それとも、彼女自身が終わりにしようとしていたのか。
作品としての『私とワルツを』をみる前に、この記念すべき10thシングルがリリースされるまでの状況を整理してみますと、どうにも不可思議な流れが前作の9thシングル『いい日旅立ち・西へ』付近から始まっていました。
2002年
12月 3rdアルバム『 Sugar High』リリース
2003年
5月 7thシングル『Sign』リリース
8月5~30日 ライブツアー『 UNPLUGGED SHOW '03』を挙行(大阪、東京、福岡、山梨の4会場4公演)
8月20日 8thシングル『 Beautiful Fighter』リリース
9月 声帯結節手術
10月16日 ドラマ『トリック 第3シーズン』の主題歌として新曲『私とワルツを』(録音は手術前)が初オンエア
10月29日 9thシングル『いい日旅立ち・西へ』(録音は手術前)リリース
11月 10thシングル『私とワルツを』(録音は手術後)リリース
いきなり8月からスケジュールが殺人的な過密度に!! ご本人としては9月の手術以降は『私とワルツを』のシングル向け再録音までは休養できたのでしょうが、それも手術を直前に控え、ライブツアーでバタバタしてる最中にオンエア版の『私とワルツを』とか『いい日旅立ち・西へ』とかを録音したから休めたのでありまして……そうとう無茶をした夏だったのではなかろうかと。いくら23歳で若いとはいえ、ねぇ。
それまではほぼ1年に1枚の勤勉実直なペースでアルバムをリリースしていた鬼束さんなので、この調子でいくと『 Sign』や『私とワルツを』といった名曲の数々を収録した待望の4thアルバムが2003年末から04年にかけて出るといった流れが理想的だったのでしょうが……現実はそうもいかず。ご本人の苦労なんか知る由もない当時のファンとしては、ぜひともリリースしてほしかったんだけどなぁ!
それはともかくとして、手術後の2シングルのリリースが急ぎすぎですよね。しかも、どっちもカップリングが新曲じゃないという。じゃあ『いい日旅立ち・西へ』と『私とワルツを』の両 A面で良かったじゃないかと思っちゃうんですが、どうやら作品の内容よりも「商品数」をかせぐことが、事務所との契約上重要だったという節も見え隠れしているような。だからこそ、この直後にあの奇策『シングル BOX』も出たのだろうし。
こんな感じで、休養中とはいえドラマのタイアップでもあるし……というていでリリースされた『私とワルツを』なのですが、まず、当時TV で毎週流れていた手術前録音の「オンエアバージョン」と、手術後録音の「シングルバージョン」とを比較してみましょう。
今回、このために『トリック』第3シーズンの映像を観る必要が生じたのですが、さすがは天下のテレビ朝日さんと言いますか仲間由紀恵さんと言いますか、無料動画サイトでチェックすることはかないませんでした。だから買っちゃいましたよ、DVD セット! なつかし~。でも、ゴールデンタイムに昇格放送されたこの第3シーズンだけはちゃんと観てなかったんですよね。深夜帯放送の2シーズンはよく観てたんですけど。佐野史郎さんがゲストのサイ・トレーラーの話がいちばん好きでした。ぞ~ん!!
さて、上記の Wikipedia記事によると「歌い方と編曲が違っている。」とされていますが、編曲の方はいかにもエンドロール用に楽曲を1分33秒に短縮しました、というだけで、演奏そのものに違いはほぼないと感じました。イントロまるまるカットで鬼束さんの唄い出しから始まり、1番の歌唱だけで後奏もばっさりカットで終わる感じですね。
問題は鬼束さんの唄い方でありまして、これが不思議なもんで、最初は違いなんてほとんどないように聴こえるのですが、何十回も繰り返し聴くと、明らかな違いが「イラストまちがいさがし」のようにありありと浮かびあがってくるのです。いや~にしても、『私とワルツを』は何十回、何百回聴いても飽きないスルメ神曲ですね。いい!!
オンエアバージョンを聞くと、確かに手術前の鬼束さんは声を長く伸ばすことに難を覚えていたらしく、途切れ際の声がかすれてしまっている点と、次の息を吸うブレスが多少ざらっとしている点が特徴となります。でも前作『いい日旅立ち・西へ』もそうだったのですが曲全体がサビ以外は低音を基調としているので、低い歌を唄うのならそうもなろうといった印象で、特に体調が悪いとは気づけませんでした。さすがは、プロ。
それに比べてシングルバージョンは、まさに声の途切れる最後の0コンマ何秒まで、そしてその直後のブレスまでもがきっちりと計算されつくしているといった感じで、非常に整理されつくした音楽設計が行き届いています。その機械的とも見える冷たさが、サビの爆発を見事に引き立たせてくれるんですよね!
ただ、ここが鬼束さんのおもしろいところなのですが、のどの使い勝手が良くなって思い通りに唄えるシングルバージョンのほうが全面的にいいってわけでもないんだなぁ。制約が多くてキツそうなオンエアバージョンのほうが歌詞世界をガッチリつかんでいると言える部分も多く、私個人は、オンエアバージョンのフルサイズもぜひとも聴きたかった!!
特に、サビの序盤の「泣いてしまう」のとこ! オンエアバージョンのここがいいんだ!!
♪なぁいぃてぇ~ しぃいまうぅう~
ここの、「しぃい」のところでの声のこぶし……とは言わないか、「ひねり」が最高なんですよね。ここは確かにシングルバージョンでもひねられてはいるのですがかなり浅く、オンエアバージョンではまさしく喉から絞り出すような苦しさをもって「泣いてしまう」と告白している姿をありありとイメージさせる切迫感があるのです。
この1点の他にも、オンエアバージョンとシングルバージョンとの違いはまだまだあるのですが(序盤の「奇妙な晩餐」の「晩餐」のアクセントなど)、思うように唄えない以上、感情をむき出しにして闘わざるをえないという覚悟を持ったオンエアバージョンも、今現在のそう若くもなくなった鬼束さんのスタイルを予兆しているようで、なんともいえない味があるんですよね。これもこれで、すばらしい!
いやほんと、かえすがえすもオンエアバージョンで最後まで唄い切る5分フルサイズが聴きたいものなのですが、実はドラマ『トリック』第3シーズンの最終回ではちゃんとフルサイズが流れていました。ただ、主人公の山田さんと上田さんによる、いつも通りのもどかしいやりとりが繰り広げられるなか流れているんで、ちゃんと聴けないという……2人とも、ちょっと黙っててくんない!?
そんなこんなで話が長くなってしまいましたが、いよいよ肝心カナメの『私とワルツを』の作品世界に入っていきたいと思います。
『私とワルツを』は、近くにいるはずの「あなた」に「わたし」の想いが届かず、「あなた」が去ることを確実に予感しつつも、せめて最後に「どうか 私とワルツを」と訴えかけるという物語を切々と唄いあげています。一人称の嘆き、叫びという形式は『月光』しかり『 infection』しかり、鬼束さんのド定番メソッドであるわけなのですが、「あなた」がかなりリアルにそばにいることを感じさせる「わたし」の語り口が、2人のこれまでの関係の濃密さと、それでも終わりが来てしまう運命のせつなさを、今までにない湿度で感じさせるヴィヴィッドさがあるんですよね。ただの焼き直しではないと!!
ただ、そういった「わたし」の別れたくないという訴えが生々しくならないのが鬼束さん一流の作詞センスというか「品」のあるところなのでして、よくある歌謡曲のように「あなた」のこういう仕草が好きなの~とか、一緒に映画見るって言ったじゃない~とかいう、芸人さんのあるあるネタみたいな作詞法なんかとるわけもありません。下賤な!!
「あなた」のそういった外面などスーッと通り越して心の内面を見透かす「わたし」は、
「誰にも傷がつかないようにとひとりでなんて踊らないで」
「きっとあなたは世界の果てへでも行くと言うのだろう」
「なぜ生きようとするの 何も信じられないくせに」
と、ズビズバ「あなた」の心への問いかけを突きつけるのでした。この、あっという間に相手の「死に間」の中に入り込む素早さは、熟練の武芸者の硬軟自在な戦法を彷彿とさせるものがありますね。岩明均の名作『剣の舞』の疋田文五郎景兼とか上泉伊勢守みたい……
「どうか私とワルツを」と幾度もせつなく「あなた」に訴えかけるその姿には、かつての『 everything,in my hands』や『 CROW』にあったような優位性はなく、『流星群』や『漂流の羽根』にあったような冷静な視点もなく。アルバムでいえば2nd『 This Armor』で「あなた」の課した心の鎧をゴトッと捨て去り、3rd『 Sugar High』でふわっと離陸する翼をそなえたはずの「わたし」も、この『私とワルツを』では、
「凍った鳥たちも溶けずに落ちる 不安で飛べないまま」
というかたちで、再び地に堕ちる結果となるのでした。嗚呼、『 Sign』の高揚感は、いずこ……
ただ、この「わたし」の墜落をもってして、「結局なんにも変わんないじゃないか。」とか、「またおんなじ問題ばっかあーだこーだグジュグジュこじらせて!」と断じることもできるのでしょうが、この苦悩、アップダウンこそが「人間」なのではないかと。歌手としていくら進化して成功をその手に収めようが、あくまでもカメラのファインダーは「人間の弱さ、矛盾」からはずさないという、この鬼束さんの腰のすわりようはどうですか……もう惚れちゃうなぁ! すわってんのは目だけじゃないんだなぁ。
歌詞自体は、このように冷たく哀しみに満ちた厳冬の湖を思わせる凍てついた世界なのですが、やはり鬼束さんの唄いっぷりは見事と言いますか、サビにいたるまでの「それなら 身体を寄せ合うだけでも」のあたりのギアの上げっぷりが最高ですよね。おおっ、きたきたきたー!!という、徐々にテンションが上がっていく感じがたまりません。ガスバーナーの火の色が、低温のオレンジからコオオォォ~と超高温の青へと変わっていく感じですよ! 「溶けずに落ちる」とか言っていながらも、鬼束さんの歌声はその逆境をバネにして、間違いなく離陸しおおせてるんだよなぁ。実に鬼束さんらしいなぁ~。
ところで、なぜ「わたし」と「あなた」が踊るのは「ワルツ」なのでしょうか。サンバやジルバじゃダメなのか? 音頭は? ボリウッドダンスは?
そこはやっぱり、神聖ローマ帝国の遺風を継ぐハプスブルク帝国発祥の男女が寄り添うダンス「ワルツ」にある、古色蒼然としたわびしさというか、セピア色に褪せた感じがいいんでしょうかねぇ。でも、ヨハン=シュトラウス2世みたいな本場もんのワルツって、かなりアップテンポでハイテンションなんで、『私とワルツを』の間奏で流れるような感じともぜんぜん違うんだけどなぁ。2人とも息もたえだえで汗だくになるんじゃないのでしょうか。あっ、そういう意味でワルツなのか……?
ひとりで叫ぶ『月光』、『 infection』系、「あなた」に温かく呼びかける包容力と飛翔力を持った『流星群』、『 Sign』系に続いて、今作の『私とワルツを』によってついに確立された、
なんだかんだ言っても「あなた」の重力で飛べない系!!
鬼束ちひろさんの第1期は、「情熱 / 情念」と「解放 / 飛翔」と「重力 / 諦念」。この3つの次元を往還する作風と申してよろしいのではないのでしょうか。その最後のパーツたる「重力」を完成させたのが、東芝 EMI時代最後の『私とワルツを』であるというあたり、まるで計算され尽くした小説のようにきれいな流れですね。
でも、これはあくまでも結果論なのでありまして、この名作『私とワルツを』が、これほどまでに重要なジャンクションになるなどとは、リリース当時鬼束さんご本人も露ほども思わなかったはず……ですよね? たぶん。
さぁ、ここからいよいよ、誰もが予想だにしなかった世に希なる「迷走」が始まるのでありました。飛べない天才の、明日はどっちだ~!?