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グローバリゼーション と グローバリズム の違い

2017年06月07日 09時00分00秒 | 雷日記
こんにちは、落雷抑制の松本です。

佐伯啓思さんの「経済学の犯罪」によると、グローバリゼーションは、産業や技術の発達で不可避的に引き起こされる「現象」。グローバリズムとは、その現象を良いこととして評価し、これを自分たちの利益のために積極的に利用する「イデオロギー」。 現象としてのグローバリゼーションには良い面も悪い面もある中、良い面だけを強調して宣伝し、多くの人がグローバリゼーションは良いことと誤解する。 これを推進するグローバリストは、国境を越えて巨大資本を動かし、自国の利益よりは自分の利益のために動き、時に他国の主権をも犯す。それぞれの国の伝統や文化、慣習までも平気で破壊する。

世界が一つになるなどというのは、見かけ上の話で、一つになれば自国の文化も失うということで、一つになれば争いがなくなるという訳ではありません。 例えば言葉一つとっても公用語を英語にする会社が出てきたりしますが、+αで英語を学習するなら良いのですが、外国語は、自分の母国語を捨ててまで覚えるべきものではありません。 自由貿易、「自由」という言葉が付いていれば良いことと錯覚する人が多いのですが、これは強い国が弱い国に対しての誤魔化しの言葉です。 

各国が背負う地理上の格差はどうにもならず、国土の小さな国が農作地が狭いが故に大規模な農業ができず、コジンマリト営農しているからと言って、国土の広い国がバカにすべきものではありません。 山の斜面を切り開いて作った棚田など、空から飛行機で種まきする大規模な農家から見たら小さくて物笑いのタネでしょうが、そういう場所をコツコツと切り拓いてきた我々のご先祖からの伝統が、狭い場所でも大事にし、モノを大事にする文化が継承されてきたのです。

そういう地理的/物理的なハンディを補うのが関税であり、なぜ、強い国のために弱い国が門戸を開けなばならないのか?  貿易の自由化というのは、あくまで買う側の「自由」に任せるべきで、これを売る側の論理での「自由化」などあり得ない話なのです。 人、モノ、金の移動を自由にしてしまったら混乱しか残らないのはEUが証明しています。  国際間で仲良くすることは悪いことではないでしょうが、モノを決める「自由」はあくまで自国のためであり、他国が自分のために何でも要求できる「自由」な権利などあろうハズがありません。 「自由」という怪しげな言葉が使われたら、誰のための何の「自由」なのか、よくよく注意することが必要です。 「自由xx党」、私も一応、党員になっていますが、あの「自由」は何なのでしょうね?

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