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ダズル・カモフラージュと神風特攻〜USS「スレーター」博物館

2020-01-27 | 博物館・資料館・テーマパーク

さて、朝一番にニューヨーク州オルバニーのハドソン川沿いに
係留されている駆逐艦「スレーター」の見学にやってきました。

入場料を支払うと、艦内ツァーの第一陣が出発するまでその辺で待て、
といわれるので、説明の看板を見たりしながら時間を潰します。

平日の朝でしたが、このあたりは観光客もそこそこ多いのか、
二十人以上が待機しています。
見学者はわたしたち二人以外は全員が中年から初老の白人でした。

第二次世界大戦時に大量生産された無名の駆逐艦などに興味を持つのは、
自分の身内がなんらかの形で第二次世界大戦に参加していたような層か、
あるいはわたしたちのようなモノ好きな日本人くらいかもしれません。

時間まで皆、わたしが前回のシリーズで紹介した「スレーター」
展示までの経緯についての掲示板などを見て過ごします。

わたしは岸壁からもう一度全体の写真を撮っておくことにしました。
「スレーター」艦体は特殊な迷彩柄にペイントされています。

このペイントは実際に「スレーター」がアメリカ海軍の軍籍にあった
1945年当時の仕様をそのまま再現してあります。

「ダズル・カモフラージュ」というこの迷彩は濃淡をつけた色のパターンで、
敵の船、そして特に飛行機にとって艦種が特定しにくくなっており、
移動中もその方向がわかりにくいという効果があるといわれていました。

魚雷などを発射する時、照準は敵艦船までの距離を測ることで決定しますが、
それに必要な船の大きさ、速度、そして現在の向いている方向は
それらの計算に必要な要素となります。

そのとき、艦影を小さく勘違いしたり、艦首の角度を見誤ると
正しい情報が得られなくなり、的中率は極端に低くなる、という理屈です。

しかしながら、1945年以降は採用されなくなりました。
その理由は、この塗装は雷撃の目標はそらすことができても、
日本軍の神風特攻隊のパイロットたちの目はごまかせなかったからです。

むしろ肉眼では見つけることが容易であったため、この塗装は
かえって彼らの目標にされやすいらしいということがわかってからは、
アメリカ海軍のほとんどの艦船はシンプルな塗装へ回帰していったのです。

いわゆる一般的にいうところの「甲板」のことを
英語では「メインデック(デッキ)」といい、上部構造物のことを
「スーパーストラクチャー」といいます。

艦首部分は、メインデッキ、スーパーストラクチャー、そして
スーパーストラクチャーの「二階」にあたる部分の「ブリッジ」、
最上階の「フライングブリッジ」、全てに必ず武器が装備されています。

これはスーパーストラクチャー前方に設置された

3"/50 Caliber Gun(Mk22)50インチ口径3インチ砲

の砲身部分を斜め後ろから見たところです。

スーパーストラクチャー、上部構造物の両舷を防護する

20mm Anti-Aircraft Machine Gun(20ミリ対空機関砲)

は、スイス・エリコン社の対空砲です。

対空機関砲はこの階の前方に2基、中央に4基設置されて
まるでハリネズミのように航空攻撃から最も敵から防護したい
重要な部分(『スレーター』はここにCICがある)を守っています。

舫で吊り下げられているこの物体は、縄梯子状のラッタルだと思われます。

上部構造物を守っているのは20ミリ機関砲だけではありません。
後方に向けてアイランドのようなところに設置されているのは 

Twin 40 mm Gun with MK51(40ミリボフォース機関砲と射撃指揮装置)

Mk.51 射撃指揮装置(Mark 51 Fire Control System, Mk.51 FCS)というのは、
アメリカ海軍の艦砲用射撃指揮装置(GFCS)です。

高速で接近してくる航空機に対して近距離で即応できるシステムで、
移動目標を目視照準・追尾すれば、自艦と目標との相対的な角速度変化を検出し、
さらに見越し角を自動算出することができるというスグレモノです。

一人で操作する比較的お手軽なFCSであり、このボフォース 40mm機関砲などと
ともに使用されていました。

高圧のため危険というマークのついたこの魚雷のようなものは
なんだかわかりませんでした。
おそらく甲板の武器に電源を供給するものか電圧システムだと思います。

上部構造物の最高層にあるのがフライングブリッジです。
カバーがしてあるこれはレンジファインダー、光学式距離計、
つまり測距儀だと思われます。
測距儀の設置されている場所をレンジファインダー・プラットフォームといいます。

岸壁レベルから撮ったので一部しか見えませんが、フライングブリッジ。
ここには航空観測台(スカイルックアウト)と海面の観測台があります。

スカイルックアウト・ステーションは遮るものが全く無く、
空を監視することができるように配置されています。 

レーダーが出現する前は、見張りが重要な役割を果たしていました。
これらの見張り任務のために、第二次世界大戦中、双眼鏡、
ベアリングダイヤル、および標高インジケーター付きの椅子が開発されました。

この椅子は艦体の四方にに1つずつ、左舷に2つ、右舷に2つ設置され、
艦内電話で甲板士官とCICにに連絡を取ることができます。

艦が海上にあるときは一日24時間、かならずこれらのステーションは
見張りが立つことになっていました。

こちらは岸壁に展示してあったコーナー。
よくわかりませんが通信機器であることは確かです。

駆逐艦の乗員が使用していたヘルメットはとにかく重たそうです。
航空攻撃から頭を守るための分厚さですが、20ミリが命中したら
こんなものを被っていたところでなんの役にも立たないでしょう。

魚雷か爆雷か・・・。

いずれにしてもこれらは博物館を立ち上げたメンバーが、アメリカ中から
探し出してきたもので、「スレーター」の装備ではありません。

逸失してしまってありませんが、正しい姿は両腕の上に赤と緑のボール
(鉄の補正球)を乗せているナビゲーション機器です。

昔「マサチューセッツ」の艦内でみたこのジャイロコンパスの名称を
英語で「ビナクル」(Binnacle )というのである、と説明したのですが、
日本では全く受け入れられていない名称のようで、いまだに「ビナクル」で
検索しても日本語インターネッツにはわたしの記事しか出てきません(笑)

そもそもわたしはこの「ケルビンのボール」を両手に持ったジャイロの
日本名を全く知らないのでそうとしか言いようがないのですが、
日本の船舶関係者の方はこれをなんと呼んでいるのでしょうか。

普通に「ジャイロコンパス」?

ヘルムスマン(舵輪)の横に装着してあるのもジャイロレピータでしょう。
「スレーター」にはフライングブリッジにジャイロレピータを装備していますが、
これをここでは「パルラス」(Pelorus )と呼称しています。

沿岸近くで操艦するときに周囲に存在する艦船の位置を知るのに
この「パルラス」は重要な役目を果たします。

探照灯も売店の外に展示してあります。
「スレーター」のためにかき集めてきたものの、搭載しなかったようです。
設置してあるのを見るより、このようにその辺に置いてあると
こんなに大きなものだったんだ、と驚くのが探照灯です。

時間になり、その辺で時間を潰していた我々が入るように言われたのは
ここ・・・・「Head」(海軍用語でヘッド=トイレ)ではなく、

その隣のこちらの部屋でした。
わざわざブリーフィング・ルームと銘打っていますが、トイレの横です。

ここでツァー参加者一同は「スレーター」の歴史などについてレクチャーを受けます。

部屋には「スレーター」の元乗員のらしい写真が飾ってありました。

用意されたビデオを見せてもらい、ちょっとした解説員の説明が終わると、
いよいよ艦内に入っていくことになります。

落下防止のネットが下に張られたラッタルを渡っていくわけですね。

駆逐艦の煙突は一本。英語では煙突のことをStack(スタック)といいます。
「積み重ねる」という意味ですが、なぜか汽車や船の一本煙突に限り
この名称を使うようです。

スタックの横には20ミリ機関銃のマウントが二つ並んでいますが、
マウントの高さを変えて干渉し合わないような設計になっています。

どこで撮ったのか全く思い出せない写真(笑)

説明を見る限りコンパスの使用法が書いてあります。
制作した会社の名前が「アナコンダ・ワイヤ&ケーブル会社」・・・。

調べたところ、この会社は第二次世界大戦中はミサイルケーブルを
生産しており、戦後はプラスチックやゴムの絶縁素材を使い、
ワイヤーを製造するというように転換を図ったもののの、
1982年に工場は閉鎖になったということでした。

ラッタルは艦体中央部分と艦尾にもかけられていますが、
艦尾の方は関係者専用らしくセーフティネットも張ってありません。

「全米で最も洗練された改装」と保存と博物館展示に関わった関係者が
胸を張るところの「スレーター」は、どこをみてもいい加減なところ、
放置され傷んだようなところが全く見当たりません。

ボランティアの手によって毎日手入れがされている様子が見て取れます。

下を覗き込むと、彼らのご自慢でもある現存する「最後のホエールボート」が、
ピカピカの状態で係留してありました。
単なる飾りではなく、外壁の清掃などに日常的に使われています。

さて、いよいよ我々のツァーが艦内に入っていくことになりました。



ラッタルを渡ったところにストレッチャーが掛けてあります。
展示というより昔からここにあるのでしょう。

この貫禄のあるおじさんがわたしたちのツァーの解説者、
ボランティアのリチャード・ウォラースさん。

この博物館が、ナショナル・ヒストリック・ランドマークであること、
そして、保存された歴史的な艦船としては、アメリカどころか
世界でも最も保存状態のよい見本であるということを
高らかに宣言して、いよいよツァーを開始しました。

 

続く。