ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

観桜会〜新春企画・平成30年度自衛隊参加行事

2020-01-03 | 自衛隊

みなさま、お正月はどのようにお過ごしでいらっしゃるでしょうか。
わたしは今年正月明けにまたアメリカに行くことが決まったので、
三ヶ日は珍しく家にいて家族とすごしました。

元旦は東京駅前の「駅前ホテル」にお節をいただきにいきました。

枡酒が元旦のお屠蘇がわりに振る舞われ、ビュッフェテーブルの端に置かれた
「末廣」の樽は、外国人観光客の自撮りスポットになっていました。

このホテルは和食レストランを持たないので、例年お節は
どこかに外注していましたが、今年はキッチンのシェフが頑張ったそうです。

北海道などの食材をベースにした洋食をメインにしているキッチンが
作っただけあって、伝統のお節料理とは違う創作的な品が多く、
たとえばマカロンの間にフォアグラとジャムを挟んであったり、
パイケースにリエットを詰めてあったり。
田作りも数の子も辛さを抑え、海老には味がついています(笑)

MKは甲殻類を食べないのですが、わたしたちが前回お節を食べたのは
2年前だったのに、しっかり情報がプロファイリングされているらしく、
彼のお重にはエビがありませんでした。

その後、我が家行きつけ?の虎ノ門金刀比羅神社に初詣に参りました。

夜は家族の希望で「スターウォーズ」のレイトショーにいくことになり、
晩ご飯は「一蘭」というラーメン屋を初体験。
カウンターでもブースに囲まれているので個室気分で飲食ができ、
隣の人どころか従業員の顔も見ることがありませんし、
なんなら筆談で全く喋らずに従業員とコンタクトを取ることができます。

ラーメン屋に偉そうに叱られるタイプの店とは正反対のコンセプトで、
女性が一人で入ることもできるのがウリだとか。

スープのあっさり度、麺の硬さも五段階で選ぶことで
好みに寄せたラーメンになるのがいいですね。
世間の評価はどうなのかわかりませんが、わたしは美味しいと思いました。

「スターウォーズ」は9時から開始だったため、わたしは
前半いつの間にか寝てしまったのですが、後で聞くと、わたしが寝ていた時間は
ちゃんと観ている人にとってもわりとしょうもなかったということなので、
レイとカイロ・レーンの対決の前に起きて正解だったと思います。

 

 

さて、昨年1年間に参加した自衛隊行事を振り返る企画、
三日目となりました。

潜水艦「しょうりゅう」命名・引き渡し式
3月18日

川崎重工業において引き渡された「しょうりゅう」が
出航していくのをお見送りしました。

練習艦隊神戸港寄港 3月18日

実は川重での潜水艦引き渡し式の同日朝、わたしはすぐ近くの神戸港にいました。
練習艦隊が寄港してくるのをお出迎えするべく駆けつけたのです。

このとき、やはり昼前からの潜水艦引き渡し式に参加よ予定であった
村川海幕長は、ホテルからここまで文字通り「駆けつけて」いました。

お供と一緒に走ってやって来られたのです。
ジャージを着て海将オーラを消し、埠頭の端に立って練習艦隊を見つめる
海幕長の姿はとても感動的でした。

このとき、呉地方総監や海幕の先任伍長も海幕長と一緒でした。

神戸のお迎えは阪神基地隊の主催であることから、
お出迎えは仮面ライダー「的な人」と、神戸のご当地アイドルでした。

新幹部たちにとって宝塚のショーと同じくらい印象的な出迎えだったと思います。

続いて行われた大阪における地元水交会主催の壮行会。
ここでは毎年宝塚歌劇団の激励ショーが行われます。
「海を行く」や「糸」などの歌唱に新幹部たちは感激の様子でした。

練習艦隊「かしま」艦上レセプション

大阪での壮行会の返礼として、寄港中の神戸港では
練習艦隊主催の艦上レセプションが行われました。

 

関西でしか見られない、名物「レセプション料理のラップがけ」。
こうしておかないと、開式前に料理を食べ始めてしまう人がいるからです。

乾杯も済まないのに食べるのはいかがなものかと思っていても、
誰か一人勇者が食べ始めてしまうと、もう一人が食べ始め、

「行儀が悪い連中やなあ。でも今食べへんかったらなくなってまう」

と三人目が思うことによって決壊したように皆が食べてしまう。
メカニズムとしてはそういうことだと思うのですが、疑問は、全国の
どこの港にも現れないその「最初の一人」がどうして関西にのみ出現するのか、
ということなんですよね。

練習艦隊の艦長たち。
右から「かしま」艦長、「いなづま」艦長、そして「やまゆき」艦長です。

そして乾杯の次の瞬間、乗員がラップを取ると同時に
客が横から箸を突っ込んできております(笑)

わたしの横の人もスマホにこの瞬間を収めていますね。

夕日の沈む神戸港における自衛艦旗降下。

 

呉地方総監部 観桜会 3月29日

三月末に行われるので、毎年桜があるかどうかは微妙なところ。
呉地方総監部の観桜会、平成最後は残念ながらほとんど桜なし。

まあ、全く咲いていないというわけではありませんでしたが。

しかしその残念さを補って余りあるアトラクション?
呉地方総監自らのラッパ演奏による自衛艦旗降下が行われました。

もうすでに公示になっているのでご存知の方も多いと思いますが、
杉本海将は令和元年12月の人事で横須賀地方総監に転勤されました。

自衛隊の人事はずいぶん前に決定され、(わたしに移動を報告してくれた
ある自衛官は、11月中にそれを既に知っていた)その結果はあっというまに
人から人へと伝わっていくもので、わたしはこのことを12月に入ってすぐ、
海自OBのお歴々から聞き及んでいました。

わたしがそのニュースを知って真っ先に思ったのは、
杉本海将の自衛艦旗降下ラッパはもう聴けないだろうということです(涙)
その後お話ししたとき、

「二度とやらないなんておっしゃらずまた聴かせてください」

とお願いしておいたので、呉勤務が続けば可能性はあるかと思ったのですが、
横須賀ではなんというか、総監がラッパを吹くような雰囲気じゃなさそうなので・・。



江田島 第一術科学校観桜会 3月30日

呉の次の日に行われた江田島の観桜会。
呉では全く咲いていなかった桜ですが、こちらでは
かろうじて咲いていないこともない、という状態になっていました。

江田島では皆が桜に「咲け〜!」「咲け〜!」と声をかけたそうですが、
もしかしたらその叱咤激励の賜物かもしれません。

ここでの観桜会は昼間のイベントとなりますが、午前中には
構内の見学ツァーが催されます。

ここをもうすぐ取り壊すと聞いていたので、写真を撮っておきました。

赤煉瓦横の大戦中からある校舎の取り壊し理由は
「歴史的価値はないから」だそうですが、この言い方はどうなんだろう。

海軍兵学校の頃からあったというだけでも、立派に「歴史的価値」はあると
わたしは思うんですけど、まあわたしは廃墟フェチといわれるくらい
古い建物に執着するタイプですので、わたしのようなひとに決定させたら
古いものには何も手をつけることはできなくなるでしょう。

この年の秋訪れたときには覆いがかけられ、取り壊し作業にかかっていました。

構内で一番立派に咲いていたのが、この「第二の同期の桜」です。

この日の懇親会で供された第一術科学校お手製のケーキ。
「平成最後の桜」と名付けられていました。
チョコレートは桜の幹、周りのブルーのゼリーは江田内を表します。

ちなみにこれは幹部学校訪問で校長ら幹部の皆様といただいた
会食のデザートにでてきた手作りのお菓子です。

デザートのために下に敷いた紙にお花を手描きしたのではないかと思われます。
いつも彼らの心遣いとおもてなしの気持ちには感動せずにいられません。

 

海上自衛隊八戸航空基地 観桜会 4月25日

北の桜は連休の頃満開になります。
日本列島が南北に長いことを、わたしは八戸の桜を見て
改めて実感することになりました。

後少しで御代がわりという4月下旬、海上自衛隊八戸基地の
観桜会あらため意見交換会に行ってまいりました。

なぜ観桜会といわないかというと、このわずか2週間前の4月9日、
近隣の空自基地、第302航空隊のF-35が墜落して、まだ
自衛隊では全部隊を上げて機体を捜索中という状態だったからです。

乾杯も祝辞も行われず、八戸基地第二航空群司令の瀬戸海将補は、

「隣同士であり空自と海自の違いこそあれ同じ航空基地の仲間なので
このニュースは我々にとっても本当に心が痛むものです」

というようなことをスピーチされました。

その後事故原因はパイロットがバーディゴ(空間失調症)に陥り、
平衡感覚を失って、自分が墜落しているとは認識しないまま、
時速
1,100kmの速度で機体ごと海に突っ込んだらしいことがわかりました。

 

漁港でもある八戸は、特に海産物が安くて美味しい土地ですので、
この意見交換会における料理も品数豊富でおいしかったです。

昔ここには陸軍の飛行場があり、陸軍少年飛行隊が置かれたこともあります。
旧軍の基地駐屯地だった場所には必ずといっていいほど
桜の木が残っていて、かつてのようにみごとな花を咲かせています。

しかし、この日の八戸の桜は、天気のせいなのか、心痛む殉職事故のせいか、
いつにも増して儚げな、もの哀しい色をしているように見えました。

 

続く。