ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

国策映画「愛機南へ飛ぶ」後編

2023-12-12 | 映画

松竹映画「愛機南へ飛ぶ」後編です。

船員だった父を亡くした水野武は、母一人子一人の生活から
陸士入学を果たし、見事成績優秀者として卒業式で賞状を受け、
念願だった航空士官任官を果たしました。

■ 開戦


昭和16年12月8日、大東亜戦争の開戦の日がやってきました。



水野武の母久子が働く航空工場の工員たち。
君が代がフルバージョン流れる中、粛として首を垂れます。



久子が舎監を務める女子寮では、女工たちがラジオを聴いていました。



その夜、久子は寮生の中沢から、実家が大変な状態なこと、
手伝いに帰郷しろと言われている、と打ち明けられます。



久子は帰郷を勧めますが、彼女は

「戦地の兵隊さんたちのことを思うと、とてもできません」

そう思っているならなんで打ち明けたんだって話ですが。
個より公に殉じるのは軍人だけにあらず、こういう自己犠牲を賞賛し、
戦時下の国民の在り方を説いてくるのがさすが国策映画です。




開戦二日後の12月10日、ここは台湾の日本陸軍航空隊基地。
隊長が猿をペットにしています。



我らが水野武少尉率いる4名が、この基地に着任してきました。


ここで武は航空士官学校の同期、馬場少尉と再会します。


やはり同期の戦闘機乗り、岩田少尉も同じ基地でした。
再会を喜び合っていると出撃命令がかかり、岩田はこう言い残していきます。

「人生わずか50年、ただし軍人半額じゃ!はっはっは」

おい、フラグ立てるな。


邀撃に向かった戦闘機隊は米軍戦闘機(マスタング?)と撃ち合います。


一対一で敵機の後ろを取った岩田は相手を撃墜しますが、
自分もその直後背後を取られてしまいます。

一連の戦闘シーンはこの頃の特撮にしては上出来で、
どう合成してあるのか実写と見紛うばかりです。


戦闘機が出撃している間、整備員たちは、
自分が整備した飛行機が無事に帰ることをただ待つだけです。



戦闘機隊は帰投しましたが、岩田少尉の機が帰ってきません。

「小幡中尉殿、岩田少尉殿はどうされたんでありますか!」

「編隊を離れたがすぐ戻る。心配するな」

敬礼の仕方(皆手のひらを前に向けている)もそうですが、
いちいち「殿」をつける陸軍式呼称も、
海軍ばかり取り上げてきたわたしには、新鮮に感じてしまいます。



心配そうな整備担当。


そのとき、見てもわかるくらいフラフラとした飛行で
岩田少尉機が基地に戻ってきました。
整備員が真っ先に駆けつけ、救急隊も急行します。



負傷しながらもなんとか帰還した岩田少尉。
あれはフラグではありませんでした。よかったね。

■ 後方支援


ここは水野の母久子が働く航空機工場です。


どこのかはわかりませんが、本物の工場風景。



女子工員が机を並べて作業をしています。



こちら中沢清子さん。
実は彼女の実家は大変どころではなく、父は危篤で、
しかも彼女はその知らせを受け取っていました。

なのに彼女は仕事を離れようとしません。



こちら、別の女子工員牧さん。
熱があるのに隠して作業を続け、昏倒してしまいます。



風邪なら皆に伝染するから素直に休めよ、と今なら思うんですが、
こういうのがともすれば賞賛されがちだったんですね。

そして父の危篤を隠して仕事を続けていた中沢清子さんですが、
それが皆の知るところとなり、久子ら全員に勧められて
やっと帰る決心をしたときには時すでに遅し。

帰る支度をしているところに父訃報の電報が届き、
それをみた彼女は泣き崩れるのでした。

(この部分フィルム欠損で映像なし、字幕の説明による)

中沢さん、戦後、あの時の自分を殴りたい、とか思いそう・・。

■ 索敵行



前線の水野少尉に敵基地爆撃のための偵察命令がくだりました。



水野少尉と同期の馬場少尉が後席に同乗します。
こういうときに組むのはベテラン下士官のような気がするけど違うのかな。



キ51九九式軍偵察機という設定ではないかと思われます。



ちなみに当基地爆撃隊の飛行機は、九九式双発軽爆撃機キ48、
連合軍コードネームLily
と思います。(映像本物)


で、この航空司令なんですが、わたしてっきり藤田進だと思っていました。

でもクレジットを見たらどうも違うみたいなんですよね。
そもそも映画についての詳しい情報が全く残されていないので、
これが誰なのか結局突き止めることはできませんでした。



さて、出撃した水野機は。


敵基地らしきものを発見しました。



さっそく後席の馬場少尉が航空写真を撮ります。
・・って、このカメラのでかさ!

これは、日本工学工業(現ニコン)が開発した、
陸軍の96式航空写真機
で、レンズは180ミリだったということです。
映画では本物のカメラを陸軍から借りて使っています。

両手と顎を使って本体を保持してシャッターを押すのですが、
重量はほとんど10キロあったということなので、
揺れる機上では焦点を合わせるのは大変だったと思われます。



しかし、馬場少尉がよく見ると、基地にはダミー機が置かれているだけ。
その旨基地に打電して、彼らは帰途につくことにしました。

つまり、爆撃隊は今回出番がなかったということになるのでしょうか。


ところがその直後、水野らはボーイング30機の大編隊が、
マラッカ海峡方面に向かうのを遠方から発見しました。

どう考えてもすぐに帰投しないといけないこの状況で、
彼らは残り2時間の燃料を追跡に使うことを瞬時に決めました。

「軍人半額だ、行くぞ!」



100キロ追跡したところで、大編隊は本物の基地に着陸して行きました。
さっそく撮影の上、基地に送るために打電します。

そのとき。



「あっ!来たっ!」


邀撃にきた敵戦闘機でした。



機体に被弾を受けながらも反撃し、ようやく1機撃墜。


そのころ、水野偵察機の報告を受けた基地司令は、
発見された基地への爆撃隊の出動を命じていました。

 

一方航空司令は、水野機との連絡を取ろうとしますが、
通信機に被弾してしまった水野機からの応答はありません。

ところで、このときの通信のシーンで手前にいる通信員は、
「水兵さん」で主人公の海兵団の同級生山鳥くん、
「間諜未だ死せず」で憲兵隊の使い走りをしていた俳優が演じています。
国策映画専門のちょい役専門俳優だったんですね。

今となってはその映像以外に彼のデータは何も残されていません。


こちら水野機、通信機はついに直らず、燃料も尽きました。
ここからは、のちに彼らのことを報じたとされる新聞記事からの解説です。


敵戦闘機を追い払いをしたものの、
致命的な一撃を発動機に受けた水野機の高度はグングンと下がり、
やがて密雲の中に飲まれてしまつた。

これまで巧みに気流を利用して操縦を続けてきた水野少尉も、
密雲の悪気流の中で視野を奪はれては如何ともなす術がない。

今はこれまでと彼は背後に呼びかけた。

「オイ馬場、良いか」




馬場も莞爾としてヨシと答える。
自爆の決意がお互いの胸に通い合つたのだ。



二人は静かに瞑目した。



思へば25年の命、ここに散るも男子の本懐である。

日頃の修養全てこの一瞬に向かつて集中されていたのだといふ。
通報の任務半ばにして果てるを悔いる色の他、
二人の若い軍人の顔には些かの動揺も認められぬ。



機はさうした二人を乗せて下降速度を早めていく。

と、何を思つたか水野少尉はハッと目を開いた。
そして彼はこの時、雲の切れ間に浮かぶ母親の顔をはつきりと見た。

思はず握る操縦桿。
愛機は母の顔目指して急速旋回した。




一刹那、山肌に生ひ茂つたジャングルの梢をサッと入って、
機は危うく激突を免れていた。

馬場少尉も目を開いてみた。

何たる天佑!




山を超へた彼方には南海の一孤島が白砂を光らせて横たわつてゐる。
水野少尉懸命の操縦は功を奏した。
水野機はそこに奇跡的な着陸を遂げることができたのである。



その頃航空基地からは、水野機の捜索隊が出されていました。



無人島に不時着した二人は、それでも自分たちの報告がうまくいったか
そればかりを気にしています。

「せっかく重要な任務を与えられたのに
こんなところで犬死にしちゃ申し訳ないからなあ」



懸命に通信機を修復しようとするのですが・・・。



「だめだ・・処置なしだよ」



しかしその頃、水野機の報告を受けた爆撃隊は
敵の基地を発見し、飛行場の機体に大損害を与える戦果を挙げていました。



一方捜索隊に成果はなく、その夜航空隊長は、
一人月夜の元で部下のことを思い過ごしました。


翌朝早くから再び出された捜索隊の一機が、小さな島を見つけました。



これこそが水野機が不時着した島だったのです。



食料を探しに砂浜に出てきた武は、上空の爆音に気づきました。



飛行機の翼から必死で手を振ります。



そのへんにある葉っぱのついた枝を大きく振る二人。



わかった、という印に捜索機は大きくバンクをし、
非常用の食料と水を落としていきました。

このときの捜索機パイロットと二人のやりとりはなかなか感動的です。

このとき落として行った通信筒には、二人の報告によって
敵飛行場の機体47機を撃滅したという戦果が記されていました。



その晩、二人は差し入れられた非常食で祝宴を開きました。



このときバックに流れるのは、「索敵行」という、
まるで彼らのためにあるかのような軍歌ですが、
調べたら、この映画の主題歌として作られたものでした。

日の丸鉢巻締め直し グッと握った操緃桿
萬里の怒濤何のその 征くぞ倫敦華盛頓
空だ空こそ國賭けた天下分け目の決戦場!

瞼に浮かんだ母の顔 千人力の後楯
翼にこもる一億の 燃える決意は汚さぬぞ
空だ空こそ國賭けた 天下分け目の決戦場!

作曲した万城目正(まんじょうめただし)は映画の音楽も担当しています。
戦後ヒットした「リンゴの唄」「悲しき口笛」「別れのタンゴ」
「東京キッド」などの作品は知っている人も多いでしょう。


■ 「殊勲の荒鷲」



二人の奇跡の生還は新聞に報じられました。
水野久子の実家のある故郷では、新聞記事を手に
祖父と叔父叔母が歓声をあげます。



「殊勲の荒鷲」

母に導かれて奇跡の生還
水野・馬場少尉の敢闘


という見出しと、彼らの敵戦闘機との戦い、敵編隊発見、不時着、
捜索隊に発見されるまでが物語仕立てで?記事にされています。

当時は、このような戦意を高揚させるための記事が
敵味方彼我でマスコミによって取り上げられ、大々的に報じられました。

「百人斬り」事件のように、記者が受けるプロパガンダ記事にしようと
必要以上に盛って書いたところ、戦後にそれを元に戦犯認定され、
最終的に命を失う結果になった例もありましたが、それはともかく。

新聞記事は、映画の小道具と思えないほどちゃんと作られており、
画面に一瞬しか映らないにも関わらず細部が記されているのが確認できます。

馬場中尉は(え?少尉でしょ)キーを握ると基地に無電を打ち始める。
「イバ飛行場にて敵機20を発見せるも戦闘機5機の他は偽飛行機なり」

その時である。
はるか南方に見える多数の黒点。
「ボーイングだ」「うん」
水野機は再び高度を上げた。

そして、同じ誌面に「呉鎮合同葬」を報じる記事も見えます。
 


久子が寮監を務める女子寮で、卓球台に集まった女子工員たち。
うち一人が皆に新聞記事を読んで聞かせていました。
それが先ほどの不時着部分の記事です。

そして、後方支援に携わる国民の皆様の奮闘努力を労うことも忘れません。

「あたし達のことも出てるわよ!
”なお両少尉は生還の原因として機体の優秀性を上げ、
制作関係者の上下一致の熱性によるものとして感謝されている”」




久子は夫の遺影を見上げながらつぶやくのでした。
それはかつて息子の進路を決めることになった、夫の日記中の一文でした。



「子供は父母の子たると同時に国家の子なり・・」


そして程なくして、武が前触れなしで母の元に帰ってきました。
帰るなり母に敬礼する息子。



「武・・・!」

母の目にみるみる涙が浮かんできます。



武は父の墓前に手を合わせました。

親子はこの三日間の休暇中、父の墓参り方々小旅行に出かけました。


どこのお寺かはわかりませんが、本堂に
「大東亜戦敵国降伏祈修」
などという木札が下がっています。
帰郷してくる軍人や、出征兵士の家族が祈祷を依頼したのでしょう。


そして瞬く間に休暇は終わり、久子はまた元の日常に戻りました。

二人でいる間は戦争や戦地の話などなにもしないまま、
武はまた帰っていってしまいました。



そのとき、工場の上空に爆音が響きました。



陸軍の飛行機3機が青い空を南に向かっていきます。


「愛機南へ飛ぶ」

この映画のタイトルはこの最後のシーンを指していました。



母は飛行機の消えた方向に向かって頭を下げ目を閉じました。



予想通りゴリゴリの国策映画で、面白いかというと全く面白くありませんが、
陸軍予備士官学校、航空学校の生きた映像を見ることができます。

そして、我々が思う以上に、当時たくさんの国民がこの映画を観て、
戦地に息子がいる全国の母親たちは紅涙を振り絞り、
少年たちは迫力ある模型の空戦映像に興奮し、そして
ともすればあまり人気がなかった偵察への志願が増えたことでしょう。


終わり。





国策映画「愛機南へ飛ぶ」前編

2023-12-09 | 映画

しばらく海外の古い戦争映画が続いたので、この辺で
戦中の国策映画を取り上げることにします。

「愛機南へ飛ぶ」

この有名なタイトルは耳にしたことのある方も多いでしょう。
わたしは一度、出征した軍人の遺書の中にこの言葉を見た覚えがあります。

海軍国策ものである「水兵さん」と同じく、(制作は1年違い)
こちらは陸軍航空兵のリクルートが目的にもなっています。

正直、日本の戦意高揚国策映画に面白い作品があったためしはないですが、
1943年という戦争真っ最中の作品ということで
我々が思う以上に皆に観覧され、人気もあった作品です。

■ 映画配給会社という名の映画配給会社

「一億の 誠で包め 兵の家」

「映画配給会社」(社名)の配給した作品の最初に現れる標語です。
映画配給会社は第二次世界大戦の間存在した映画配給会社で、
1942年に創立し、1945年8月15日に解散しました。

わかりやすく戦時高揚映画配給を目的とした軍御用達会社だったわけです。

1942年2月、政府は映画統制令を出し、
全ての娯楽映画としての制作は禁止されることになります。

松竹、東宝、大映、日本映画社の4社が合同で出資され、
戦時中の作品とニュース映画を引一括して配給していました。

その配下に書く映画制作会社がいて、実際の制作を行います。
そして、映画配給会社、通称「映配」の作品には、このロゴか、

「撃ちてし止まむ」

のどちらかが必ず最初に登場しました。
(こちらは『乙女のゐる基地』で見た覚えがある)

ロゴに続き「情報局国民映画」の文字が現れ、やっとタイトルです。


■ 子は国の宝



水野家は民間船舶会社の船員を一家の主人とする平凡な家庭です。
昭和2年のこの日、家の居間で、若い夫婦が
8歳になった息子の武の将来について話し合っていました。



父親の水野氏を演じるのは佐分利信。(おそらく客寄せキャスティング)
それが宿命とはいえ、明日からまた何ヶ月も母と子を置いて船に乗る生活。

最後の休暇の夜、夫婦は息子の武の将来について語り合っていました。

「わたしはお医者さんになってほしいわ・・。
船乗りは、ちょっと・・・・」


明日からまた母子二人の生活が始まると思うと、
息子を船には乗せたくないという本音がつい出てしまう妻でした。

夫は思わず苦笑しますが、彼女の意見に賛成も反対もせず、
ただ一つ、丈夫で清らかな子供になってほしいと言い、出港していきました。

■ 父の訃報



そして5月27日。
この日は海軍記念日でした。



東京では海軍の大行進が行われる慣例がありました。
当時の実際の行進と観衆の様子を見ることができます。
これは銀座周辺だと思われます。



有楽町、丸の内・・・東京中を正装した海軍の分列が歩き、
人々はそれを見るために沿道に集まり、大変賑わいました。



川が見えますが、現在上に首都高が走っている場所ではないかと思われます。
都電の線路も見えますね。



この日老男女は海軍行進を沿道で旗を振って声援を送りながら見送ります。
「海軍記念日」は当時初夏の季語にもなっていました。



息子武が友達と海軍行進を見に出かけた後、
鎮痛な面持ちの船舶会社の社員が水野家に悲しい知らせをもたらしました。

航路の途中、水野氏が病気にかかって急死したというのです。



一家の主人を失った母子は、母の故郷にやってきました。

母は、息子を実家に預け、自分一人で東京で働くつもりでした。
会社からの弔慰金などはもらえましたが、それだけでは備えとして不安なので
体の弱い武を田舎で静養させている間、洋裁でなんとか身を立て
将来のたくわえにしようと考えたのです。

母が自分を置いて東京に働きに行く決意を告げると、
武は寂しそうな、不安そうな様子を隠しません。

都会っ子で体の弱い武は、このころ地元の子供たちの遊びの輪からも
得てして遅れをとるような状態でした。



母親の考えを変えたのは、学校で母親向けに行われた講演会でした。
今でいう?「母親教室」みたいなものです。

講師(笠智衆)は、親の愛情が子供の一生にとって大切であることを説きます。

「子供を苗木に喩えるならば、母親は太陽となって照らし、温めることで
水も肥やしも十分に彼らい吸収させることができるのです。

子供は国家の将来を担うお国からの大切な預かりものなのです。」





その言葉にハッと胸を打たれた母は、決心しました。
息子はどんな苦労をしても自分の手元に置いてここで育てようと。



そして、10年の時が流れ、昭和12年7月7日。

盧溝橋でのちの日中戦争の戦端となる事件が起きたのと同じ日、
水野母子の暮らす中学校では軍事教練が行われていました。



その指揮を執る生徒は、すっかり逞しく成長した水野武でした。
演じるのはこの頃の国策映画の常連で主役などを務めたご存知原保美です。



母は実家の郵便局で働きながら息子をここまで育ててきました。
顔見知りの村の医師は、すっかり丈夫になった武に感嘆します。

「来年は進学ですな。どんな道に進むんですか」

「はあ、できれば先生と同じ方面に行ってくれればと・・」

「医者ですか。いや、これからは経済をさせなさい」

先生、なぜだ・・・・。



しかし武が進みたいのは医学でも経済でもありませんでした。
ある日思い詰めたように、母に告げます。

「士官学校に行って飛行機に乗りたい」

母は呆然とします。
今の不安定な世情で軍人になりたいというだけでも心配なのに、
さらに危険な航空に進みたいと言い出すとは。

「お母さんはもっと・・静かな仕事の方があなたに向くと思ってたんだけど」

「お父さんが船に乗ったように、僕は飛行機に乗りたいんです!」





もちろん母の心情としては反対が先に立ちます。
しかしその夜、亡き夫の写真を見ながら夫の遺した日記を見ていた彼女は、

「子供は夫婦の子であると同時に国家の子である。
父は父の道を行く、汝は汝の進む道を選べ」


という言葉を見つけてしまいました。



それを読んだとき、彼女は亡き夫の声を聞いたような気がしたのです。


次の朝、父の遺影の前で、彼女は息子に告げます。

「飛行機でもなんでもあなたの思う通りやってごらんなさい。
その代わり、お父さんの子として恥じないよう、
決して途中で諦めたりしてはいけませんよ」



それを聞いた武は顔を輝かせ、それからそっと涙ぐむのでした。

■ 陸軍予科士官学校



成績優秀だった水野武は、難関の陸軍予科士官学校への入学を果たします。
映画はここから俄然陸士の学校案内として細かく学生生活の描写となります。

陸軍予科士官学校は陸軍士官学校の文字通り予科たる機関です。

明治20年に士官学校官制が制定されると、
士官候補生学校として陸軍幼年学校予科、陸軍幼年学校本科が誕生しますが、
大正9年に、編成が変わり、幼年学校本科は予科士官学校となります。

予科在学中の生徒は「将校生徒」と称し、卒業するときに初めて
士官候補生(上等兵)となって兵科が指定されることになります。

予科士官学校は当初幼年学校本科のあった市谷台にあり、
陸軍幼年学校の卒業生、一般試験合格者(16歳〜19歳)
下士官からの受験合格組、中国、タイ、モンゴル、インド、
フィリピンからの留学生が在学していましたが、
開戦後入校者が激増すると、手狭になった市谷から、1941年、
数ヶ月という突貫工事で竹中工務店が完成させて朝霞に移転しました。


学校案内ですので、日課の概要も申し上げてくれます。
6時起床は全国共通ですね。



現在も陸上自衛隊朝霞駐屯地に残る遥拝所石碑。
(場所は当時と変わっているらしい)





遥拝所は、海軍兵学校の「八方園神社」の方位盤に相当する場所で、
宮城をはじめ日本の各地域の方角が示された方位石が置かれ、
将校生徒たちはこの場でその方角に向かって頭を下げ敬礼を行いました。


方位石の横で軍人勅諭を唱える水野武将校生徒。


そして学科についての説明です。

海軍兵学校と同じく陸士でも理化学系統の学問に重点が置かれました。
いつの時代も戦争は科学の最先端で行われるべきだからです。

対して文化系統の学問としては、国体認識を強化し、
精神的な史談を取り上げて愛国心を養うことが重要視されました。

主にその目的とするところは軍人としての精神訓育です。


あらゆる兵科の将校となるための訓練の一環として
乗馬が行われていた時期もあったということがわかります。

そういえば、第一空挺団のある習志野駐屯地には近衛騎兵連隊、
第一騎兵連隊があり、馬場があったと以前ここでも取り上げましたね。

この映像もおそらく習志野での撮影ではないでしょうか。
映像では数十頭単位の馬が大きな円を描いて駆けているのがわかります。


お次はまるで現代のレンジャー部隊の訓練そのままの障害走。
「集合教育障害走」というそうですが全国共通かどうかは知りません。



拳銃を小脇に抱えながら匍匐前進で低所をくぐり、障害物を乗り越えて。


市谷から移転した広大な朝霞の陸軍予科士官学校は、
戦後米軍に接収され、キャンプ・ドレイクとして運営されていました。

これらの施設もある程度残されたのかもしれませんが、
現在は一部を除き、ほとんどかつての姿をとどめていないと思われます。



武道も勝ち負けよりも精神性が重んじられます。

■ 陸軍航空士官学校



武は陸軍予科士官学校を卒業し、士官候補生として入校を果たしました。

陸軍航空士官学校は昭和12年、埼玉県所沢飛行場内で開校し、
昭和13年に入間に移転した航空士官養成機関です。
昭和16年、昭和天皇により「修武台」の名を賜りました。

ご存知のように、陸軍航空士官学校は戦後米軍に接収され、
ジョンソン基地となっていましたが、航空自衛隊の発足を受け、
現在は航空自衛隊入間基地となっています。


修武台と書かれたこの石碑は、現在でも入間基地内で見ることができます。


座学ではこの日、偵察についての講義が行われていました。
偵察の任務は戦闘をできるだけ避け、情報を持ち帰ることだ、
と基礎的なことから説明です。



飛行機のエンジン始動の実習シーンは、ロケの日に天気が悪かったらしく
画面が真っ暗でほとんど何をしているのかわかりません。


航空機における空中戦と剣道には合い通ずるものがあるということで、
航空学校では剣道が重視されました。

「肉を斬らせて骨を断ち、斃れてなお止混ざるの気魄を遺憾無く発揮せよ」



水泳、というか高所からの飛び込み。



どうも入間川に練習用の飛び込み台が設置されていたようです。

冒頭の見事な飛び込みを見せているのはおそらく最優秀者で、
頭から飛び込めずに足から着水している生徒もいます。

この士官候補生たちは、その後どんな戦場で戦うことになったのでしょうか。



水中騎馬戦。手前の二人、結構楽しそう。


大きなリングの内部につかまり、地面を転がっています。

現在では「ラート」という大きな2本のリングで行う車輪運動ですが、
第二次世界大戦中、「フープ」「操転器」という名称で
航空操縦士養成の訓練専門器具として採用されていました。

大戦後姿を消していましたが、もともと発祥地のドイツでは
子供の遊具として知られており、これが1989年、
大学教授が留学先から持ち帰り、スポーツとして復活しています。


ロープを高所までよじ登り、上にたどり着いたら片足バランス。
平均台の上でも結構大変なのに、この高さで・・・。
これも搭乗員として必要な平衡感覚を鍛える運動です。


予科でも行われた器械体操は、航空学校になるとより進化して。
空中回転などは基本です。



これを画面では「球戦」と称していますが、アメリカンフットボールです。
さすがにこの名前は使えないので・・・。
ただし、外来語全て禁止されていたわけではありません。(ルールとか)



瑣末なルールには拘らず、敢闘精神を発揮して。

■女子搭乗員たち


その頃。
息子が航空学校に行くようになってからすっかり飛行機に目覚めた母は、
地元の子供のグライダーの面倒を見るまでになっていました。



彼女の父親と釣りに行く途中、そんな彼女の姿を見て
結構結構大いにおやんなさいと励ます恩師、笠智衆。


そのとき通りかかった武の同窓生、航空機工場勤務の菅沼に誘われ、
母は週末、霧ヶ峰の滑空場を訪れました。

霧ヶ峰は知る人ぞ知るグライダー発祥の地でした。

昭和8年にグライダー滑空場が始まって以来滑空機のメッカとして
ご覧のように、映画が制作された頃も滑空は行われていましたが、
終戦と同時に使用中の数十機と機材は焼却されました。

戦後7年の昭和27年からまた学生航空連盟などの団体が
ここでの訓練を開始し、現在も競技会が開催されています。

霧ヶ峰グライダー滑空場


どうして動力がないのに宙返りなどの操縦が可能なのか、
少年が尋ねると、航空工場勤務の青年は、
上昇気流を利用するのだ、とわかりやすく説明してやります。

そして華麗に舞っていた一機のグライダーの操縦席を見て母は驚きました。
女性だったからです。

「あれは中級機ですが、さっき宙返りをした高級機に乗る女性も二人います」



この女性は初級機パイロットです。



尾翼の後部にいる係が装置を外すと、グライダーはするすると滑走し、
そのまま斜面を降りながら飛び立つのです。

初級機は最初このように低い安全な場所から始めます。


滑空を終えると、降機し、



監視官に高度を報告し、敬礼して終わります。(ちなみに高度は4m)



滑空を済ませた機体は、皆で掛け声を出しながら元の場所に戻します。



このグライダー女子が、どこの所属で何を目的にここで訓練していたのか、
映画では説明されませんし、資料も見つかりませんでしたが、
陸軍の一部はグライダーを軍利用するための研究をしていたそうですから、
その補助として挺身隊の女子を輸送搭乗員に養成していたのかもしれません。



彼女らの様子からは、とてもグライダーを遊びでやっているとは思えません。



しかし、隊員が全員美人であることから考えても、
映画的な演出と創作であった可能性は大いにあります。



グライダー女子の存在は水野の母久子に強いショックを与えました。
そして彼女自身も何か航空に携わりたいという思いを強め、
菅沼に航空工場での仕事の斡旋をその場で依頼しました。

カーチャン・・・。

■ 卒業式



そんな母の心を知ってか知らずか、息子の武は
順調に航空士官への道を歩んでいました。

今日は初めての単独飛行です。



その日、武は旧友菅沼からの手紙を受け取りました。
それには、彼の母が航空工場の舎監として働くようになったこと、
それは間接的に息子の助けになると信じているからだ、とありました。

このあと、舎監として若い娘たちの面倒を見る久子のもとに、
武が休暇で帰ってきて父の思い出を語り合ったりするわけですが、
それら多くの場面のフィルムが欠損しており、こんな感じで解説されます。





そして次のシーンでは航空士官学校の卒業式です。
水野武は第54期卒業(1941年)という設定です。



「台湾第8068部隊付士官候補生水野武」



武は3名の成績優秀者の一人として卒業式で名前を読み上げられました。



このとき軍楽隊の奏でる儀礼曲の曲名はわかりませんでした。



卒業生は家族を伴ってそれぞれ振武台航空神社に参拝します。



遥拝所にて。

「ここで毎朝宮城と伊勢神宮を遥拝するんです。
それから、お母さんおはようをいうんです」




母は宮城の方向に深く頭を下げるのでした。

映画で武が卒業したとされる航空士官学校第54期は395名、
操縦298(偵察66戦闘82軽爆60重爆90)技術37通信36偵察24名。

そのうち戦没者は254名でした。

続く。



映画「海の牙」Les Maudits(呪われしものたち) 後編

2023-11-07 | 映画

さて、映画「海の牙」ならぬ呪われしものたち、後半と参りましょう。
今日のタイトルは、登場した海軍軍人を描いてみました。

左上から砲雷長、副長、米軍大尉、艦長、輸送船長、
下はUボート出航時の艦長と副長です。

フランス製作の映画のせいか軍事考証が甘く、
ナチスドイツの軍帽のエンブレムの上につける鷲のバッジがなかったので、
こちらで勝手に描いておきました。

■ クチュリエの死


ナチス再興ご一行様が当てにしていた南米の支援者、
ラルガに裏切られ、これを腹立ち紛れに殺害したフォルスター、
実際に手を下したウィリー、Uボートの副長が帰還しました。

つまり、補給先のあてははずれてしまったということになります。



彼らが乗って帰ってきたボートは
舫が解かれ、海に放棄されました。



それを見たジャーナリスト(正体がバレたスパイ)
クチュリエの顔に決心が浮かびました。
上着を脱いで海に飛び込み、ボートに乗り移って逃げようと。



必死で泳ぐクチュリエに、フォルスターは何発も銃弾を撃ち込みます。
この銃の撃ち方で彼の親衛隊での経歴が想像できます。


船端に手をかけたクチュリエの体を銃弾が貫きました。



甲板に脱ぎ捨てられた死者の上着を海に蹴落とし、
この冷酷な男は残った弾をヒルデの目の前で海に撃ち込みます。

■ エリクセン逃亡



艦は出航し、停泊の間閉じ込められていたジルベールはほっと一息。



ウィリーはこれからフォルスターにお仕置きを受ける予定。
(ベルトによる鞭打ち。子供か)

しかし、ここでまたしても事件が起こりました。



ノーマークだったエリクセンがいつの間にか消えていたのです。
彼は甲板下のゴムボートで脱出していました。
ジルベール医師がボートを見つけた時甲板にいたのは彼だったんですね。



娘のイングリッドは、人目を避けるように誰もいない場所に忍び込み、



そこにいた猫を抱いて涙を流しました。
うーん・・・・お父さん、普通娘を置いて自分だけ逃げるか?

■ 通信士の「自殺」


艦長は、工作員は当てにならないので、
付近にいるドイツの補給船に救援要請をしようと提案しました。



救援を打電した通信士は、ジルベールに
補給船に乗り移って逃げるチャンスだと囁きます。



フォン・ハウザーもそろそろ弱気になり始めますが、
フォルスターはいまだに敗北は想定内だった!などと強気です。

「あんたのような腰抜けにはもう任せられないから指揮を執る!」



フォン・ハウザーにはまたしても暇なヒルデが擦り寄ってきますが、
彼は今それどころではないと追い払います。

地位と輝かしい未来あってのトロフィーワイフならぬ愛人など、
そのどちらもが失われそうな今、何の価値がありましょうか。


その直後、通信士が持ち場で死んでいるのが発見されました。
フォルスターは自殺だと言い放ちます。

彼は色々と「知り過ぎてしまった」のです。

■ もたらされた終戦の報



Uボートは補給船と接舷を行いました。


補給船からは船員たちが興味津々で見物中。



敗戦の情報を補給船からシャットアウトするため、フォルスターらは、
たった3人の乗組員を作業に派遣するにあたって、

「補給船の船員とは口を聞くな。何も視るな」

と厳しくお達しをしておいたのですが、口はきかずとも、何も見ずとも、
耳からはいくらでも情報が入ってくるわけで・・・。



艦内に戻った3人は、早速仲間に伝えます。

「終戦だ!」

「本当か?終わったんだな?」


停泊中施錠された部屋に閉じ込められていたジルベールはそれを聞きつけ、
イングリッドにドアを開けてくれるように頼みました。


フォルスター、フォン・ハウザー、潜水艦長の3人は輸送船に移乗し、
輸送船長から終戦の知らせを改めて聞かされました。
デーニッツ直々の指令として送られてきた電文には、

「ドイツ軍全艦隊は最寄りの港に寄港せよ」

フォルスターは、そんな命令が聞けるか!我々には任務がある!
と怒鳴りますが、潜水艦長は上司であるデーニッツの指令に従うと言い切り、
意外やフォン・ハウザーも敗戦を受け入れて輸送船に残る選択をしました。

二人は輸送船長と共に船内に姿を消します。

ここでお気づきの方もいるかもしれませんが、この艦長です。
司令官とあろうものが、いくら敗戦を受け入れたといっても、
ボートを放棄して部下を残し、真っ先に輸送船に移乗するって・・。

こんなのたとえお天道様が許してもカール・デーニッツ閣下が許しますまい。

今更ですが、こういうときに司令官たる艦長は(民間船であっても)、
最低限、艦長命令で命令通り近くの港に入港させる責任を負うものです。


■ ヒルデ惨死



フォン・ハウザーは乗員に命じてヒルデの荷物を運ばせるのですが、



訳のわからない彼女は、持って行かせまいと必死で抵抗。



フォルスターが潜水艦に戻ると、南米でラルガ殺しに加担したあの少尉が、
彼にとんでもない計画を囁きます。

「輸送船を、潜水艦に残っている10名で撃沈しましょう」

この悪魔の所業を提案したのがなぜUボートのNo.2なのか、
ついでになぜ副長クラスなのに彼の階級が少尉なのか、
このあたりが色々と理解できないのですが、何よりわからないのは、
なぜここで輸送船を葬る必要があったか、です。

計画をあきらめて敗戦に従ったフォン・ハウザーと艦長を罰するため?



計画を物陰で耳にしたジルベールとイングリットは蒼ざめます。



そしてヒルデはというと、半狂乱になってフォルスターと揉み合い、
フォン・ハウゼンに知らせるために輸送船に移乗しようとするのですが、



ショックと興奮でわかりやすく錯乱状態に。



フォルスターは一応彼女を止めております。
はて、ヒルデなど邪魔なだけなんじゃなかったっけ。



ひらひらの赤いガウンを翻し、輸送船の梯子に飛びついたヒルデ。
足をかけ損ねてそのままずるずると海中まで滑り落ちていき、
次の瞬間、彼女の体は船体の間に挟まれ、潰されてしまいます。

このシーンですが、本当に女優(スタント?)が水に落ち、沈み、
挟まれるまでが、カメラの切り替えなしで撮影されています。

種明かしをすれば、おそらく船体と見えるのは上から吊った板で、
スタントは水に落ちるとすぐさま板の下を潜って向こうに脱出、
(水中に板の下端らしきものがちょっと見える)脱出が終わると、
輸送船の方の壁をこちらに打ち付けるという仕組みでしょう。

これでも大変危険なスタントだったと思いますが。



いずれにしても超ショッキングなシーンで、誰しも衝撃を受けます。

■ 輸送船撃沈



しかしこいつらはそんな光景にも眉ひとつ動かさず。
補給が完了すると、艦長代行として少尉が命令を下して離艦を行います。



そして、輸送船から遠ざかっていくと見せかけて・・・。



魚雷発射命令。
しかしこの男、少尉にしては老けすぎてないか。



魚雷室、#1と#2が装填を完了。



発射!



魚雷発射シーンは本物です。
が、これは本当に潜水艦?



至近距離から狙われた輸送船はひとたまりもありません。



魚雷爆発&沈没シーンは実際の戦時フィルムから取っています。



救命ボートの映像も実写。
実際こんな状況で沈没したとしたら、誰も避難できなかったと思いますが。



魚雷を発射中の後部魚雷室に、前部魚雷室の魚雷員がやってきて、

「正気か?同胞の船だぞ!」

ちなみにこのメガネの乗組員は士官です。
冒頭のイラストで着ている制服の袖から中尉だとわかります。

はて、もうひとつ謎。
副長が少尉で砲雷長が中尉って、命令系統的におかしくない?



両者の間で揉み合いになります。



輸送船が沈んでいく様子を平然と眺める人たち。
フォルスターがうそぶきます。

「あんな美しい船を連合国に渡すわけにはいかん」


さらにこの老けた少尉、機関銃で救命艇の人々の殺戮を命じます。
生き残って撃沈を証言されたら困るからですね。



煙たいフォン・ハウゼンも、何かと自分に逆らう艦長も、
この世から抹殺できるとご満悦のフォルスター。

■ 反乱



艦内での乱闘は続いていました。




砲雷長が叛逆を甲板に報告しますが、



直後、射殺されました。



悪辣少尉による同胞殺戮は続いていました。



フォルスターは海面を探照灯で照らして殺戮のお手伝い。



そこに艦内での争いに勝ったまともな乗組員たちが駆けつけ、
少尉と銃弾装填を行っていた下士官に襲い掛かりました。



この副長には今までよっぽど嫌な目に遭わされていたんですね。
彼はこの後海にデッキから叩き落とされました。

ザマーミロだわ全く。



フォルスターは隙を見て艦内にコソコソと避難。
武器を持ってきて反逆者を始末するつもりです。


生き残った乗組員たちは食料を積んで、
救命艇で潜水艦から脱出する準備を始めました。

ジルベール医師もイングリッドを連れて彼らのボートに乗ろうとしますが、
丁度艦内に戻ってきたフォルスターに殴られて、気絶してしまいます。



フォルスターは艦内に閉じ込めていたウィリーに、
居丈高にピストルを出せと命じます。
救命艇にむかってまた撃ちまくるつもりでしょう。

フォルスターにピストルを渡したウィリーは、
次の瞬間無言でフォルスターを背後からナイフで刺しました。



DQNの一突きでほぼ即死するフォルスター。
脂肪分厚そうだけど急所だったのかな。

■ 救命艇での脱出



救命艇に乗ることができたのは、結局イングリッドと、



「フォルスターを殺してきた」

と得意げに宣言しながら走ってきたウィリーでした。

いやちょっと待って?

少尉とそのシンパ、諸悪の根源フォルスターをやっつけたら、
もう潜水艦から脱出する必要ないのでは?

Uボートの乗組員なんだし、給油も補給もすませたばかりですよね?
うーん、ここで彼らが潜水艦から逃げる理由がわからん。

■ Uボートでの漂流



ジルベールが気がついた時には、



救命艇はすでに遠ざかっていました。



以来何日間も、無人の潜水艦で一人漂流する毎日。



このまま誰にも知られず死んでいくのかと思うとたまらなくなった彼は、
蝋燭の灯りでノートに回想録を筆記し始めました。



しかし、全くの孤独ではありませんでした。



この猫さんのためにも食べ物が無くなる前に見つかりますように(-人-)



些細なことも全て思い出すままに書き記していきました。
主にここで出会った人々のことを。

「軽率で臆病なクチュリエ、
海に身を投げたガロシ・・・フォルスター。
情緒不安定だった未亡人のヒルデ・・・フォルスター。
不良のウィリー・モールス・・・フォルスター。
彼らが語りかけてくるようだ。
奇妙な作業だ」

フォルスターが何度も出てきます。
彼らの声を、顔を思い出しながら、彼はひたすら書きました。

ところで、艦内にはそのフォルスターのはもちろん、
何人もの人の死体が転がっていたはずなんですが、
それってせまい潜水艦でかなりやばい状態なんでは・・・。

まあ、映画だからその辺は気にすんなってか。

そして。

■ 「呪われしものたち」



その随想録の最初の読者となったのは、
フランス語を喋るアメリカ海軍将校でした。



ヘラヘラと彼にコーヒーを勧めながら彼の肩を叩きます。

「これで最終章が書けるな。
”最後はアメリカ海軍の魚雷艇に救出された”

・・・あとは受けるタイトルだ。どうする?」



「・・Les maudits. 呪われた者たち」

ラストシーンでは、彼の乗っていた潜水艦が魚雷艇に処分されます。











あ、もちろん猫も一緒に助けたよね?

終わり。



映画「海の牙」Les Maudits(呪われしものたち) 中編

2023-11-04 | 映画

ルネ・クレマンの限界心理ドラマ、「海の牙」二日目です。
本日はいつものイラストではなく、各国で上映された時の
ポスターを集めてみました。

まず冒頭画像は、フランスで公開されたときのメインポスター。
このポスターに「呪われしものたち」なんてタイトルなら、
オカルト映画かななんて勘違いする人もいそうです。

頭を抑えているのは、ガロッシ夫人ヒルデです。



その2。
シルエットになっているのはフォルスター、女性はヒルデ(似てない)。
さて、それでは右側の男性は誰でしょう。

実はこの映画のポスターでトップに名前を記され、顔が描かれている
「ダリオ」という俳優は、まだ前半には出てきていません。

左は潜水艦のガンデッキで揉み合っている人影でしょうか。



ハンガリー語でElatkozott Hajoは「呪われた船」という意味です。
このポスターでもダリオの名前が最初になっていますね。



イタリア語は「呪われたものたち」と、原題そのまま。



我が日本公開の時のポスターもどうぞ。
とりあえず映画のポイントを全部盛ってみました感がすごい。

「敗戦前夜密かに逃れるUボート乗組員の反目と憎しみ」

この煽り文句も火曜サスペンス劇場の予告みたい。
細かいことを言うようですが、彼らは「乗組員」じゃないんですけどね。


日本公開ポスターもう一つ。
これもダリオの名前が最初に書かれています。

これらのポスターからは、ヒルデがこのあと、この絵のごとく、
ガウン?を翻して狂乱状態になるのがクライマックスと想像されますね。

さて、それでは「呪われしものたち」二日目です。

陸軍中将と元親衛隊の大物、その愛人「たち」と愛人の夫、
学者父娘、ジャーナリスト、途中でさらってきた医師、という
どう考えてもこいつらに何ができる的なメンバーでUボートに乗り込み、
第三帝国南米支店を創設して世界征服を企む人々。(というか二人)

そんなことできるわけないとこの二人以外は誰しも思っているわけですが、
乗りかかった船ならぬUボートは、大西洋を順調に進んでいきます。

そして南米に到着する前に1944年4月30日がやってきました。

■ ガロシの自殺


ベルリン陥落、ヒトラー総統死去のニュースがもたらされます。


しかしフォルスターとフォン・ハウザーにはそのニュースが信じられず、
戦略に違いない!もし本当なら公表するはずがない!と正常バイアス全開です。



ジャーナリストのクチュリエは現実を見ようよ、と冷静。



ガロシも今やナチスへの不信感を隠しません。

「この状況でまだ勝利を信じてるのか?」


ヒルデはニヤニヤ笑いながら問題を矮小化してみせます。
自分に冷たくされて怒ってるのね、と言わんばかりに。

「あなたが苛立ってるわけはわかってるのよ。
でも、ずっと信念通り行動してきたのにどうしたの」


そんな妻にガロシは静かに、

「もう君の言いなりにはならない。もう終わりにしよう」


いつのまにかベルリン陥落のニュースと全く関係なくなってないか。


夫婦の不仲の元凶がそのとき話に割って入ります。

「ちょっといいかね。
それなら君が約束したイタリア国内の産業を譲るという約束は反故か?」

「もう十分でしょう。
わたしが今までどれほど犠牲を払ったと思います?」


(ヒルデに)

「彼に教えてやれ。数えるんだ。幾晩だった?」

「な、何を言ってるの?」

「随分前から気がつかないふりをしていた。
彼と関係があることをな」

「じゃなぜ乗艦したの?
わたしなんかより自分が好きなくせに!」

「・・・・・君を愛してる。
私に残っているのは君への愛だけだ。
これ以上それを汚さないでくれ
!」



(0゚・∀・) + ワクテカ +


そのままテーブルから立ち上がったガロシは、
「幸運を祈るよ」と皆に告げ、その場を去りました。



そして一人甲板に出ました。
甲板では見張りが数歩歩いては折り返す規則正しい足音が響きます。



構造物の影に降り立った彼は、自分の懐から全財産を海にばらまきました。


そして皆の前から永遠に姿を消したのです。



妻の裏切りを見てみぬふりをしてきた実業家のガロシですが、
第三帝国の終焉を知ると同時に、妻から悪意を浴びせられ、
彼女に自分への愛情がないことを確認するや、自分を消し去りました。



もちろんそんな妻が夫の死に打ちひしがれる様子は微塵もありません。

額の傷を隠すためヘアスタイリングに苦労していたところ、
水兵に届けられた唯一の夫の遺品である財布に
小銭一つも残されていないのを確認し、不機嫌さを募らせます。



そしてわかりやすく次の金蔓、フォン・ハウゼンに媚を売り始めます。

今までは愛人という立場でしたが、これからは全面的に面倒をみてもらわねば。
流石のフォン・ハウゼンも人目がある!とたしなめますが、

「夫はもういないの。気にすることないわ」

「気は確かか?少しはわきまえろ」


亭主に死なれても悲しむふりさえ見せず擦り寄ってくるこの女の厚顔に
げんなりというか辟易としている様子。

しかもこの会話を皆に聞かれているのですからたまりませんよね。

■ 蓄積する不満と悪意


中でもジャーナリストのクチュリエは、弔意どころか、
死人が出たというのに平然としている連中にほとほと嫌気がさしています。

彼は、死んでもう何にも悩まずにすむガロシを羨ましくさえ思い、
忍び持っている毒をいつ飲むかというところまで追い込まれていました。

ただし、彼の焦りにはまだ皆が知らない理由がありました。



こちら、その恥知らず4人組。

フォルスターとフォン・ハウゼンの間のチェスボード越しに、
ヒルデはウィリーに笑いかけ、ウィリーもニヤニヤ笑い返します。

あんたらどっちもこのおっさんたちに囲われてるのと違うんかい。


そのとき、Uボートの水兵たちが皆で歌う
「別れの歌(ムシデン)」が聴こえてきました。

別れ (歌詞つき) 鮫島有美子 ムシデン  Muss i denn

「ムシデン」 Muss i denn は、映画「Das Boot」(Uボート)でも使われた
ドイツ民謡で、日本では「さらばさらば我が友」という歌詞で歌われます。

元々シュバーベン地方の歌詞で、愛する女性を故郷に残し、
出征する兵士が故郷に戻って結婚しようという内容であるため、
陸海空問わずドイツ軍の兵士に愛唱されていました。


たちまちフォルスターが血相変えて怒鳴り込み、やめさせます。
言うに事欠いて

「総統が亡くなったんだぞ!それでもドイツ国民か!」

死者(ガロシ)にもう少し敬意を払え、とクチュリエにいわれて

「碌でもない男を敬っても仕方ない」

と嘯いたその直後に。


その後、フォン・ハウゼンにチェスで負けたフォルスター、
それを軽く指摘したウィリーをいきなり引っ叩いて八つ当たり。

ウィリーの怒りのゲージが溜まっていくのが見える・・。


潜水艦は南米に近づいてきましたが、現地の工作員から連絡がありません。
連絡がないと、上陸もできないという切羽詰まった状態になり、
フォン・ハウザーは計画者のフォルスターをなじり始めます。



そのとき、ジルベール医師にクチュリエが近づいてきました。
君の身が危険だ、フォルスターに殺されるぞと脅しつつ、

「上陸時に逃してやるから、その代わりいざというとき証人になってくれ」

と交換条件を出してきます。
実は潜水艦にはクチュリエがスパイであるという報告が入っていました。


上陸の知らせにヒルデは大喜び。



クチュリエはジルベール医師に証言の約束を取り付けて一安心。

証人として彼がどこで何をどのように証言させようとしているのか、
一切説明がないのでわかりませんが、命の保証を得たと思ったのでしょう。



学者エリクセンは、こっそりお金をポケットに詰め込んでいます。



ジルベールは、これが逃げる千載一遇のチャンスと考えました。


しかし前回確認した場所にボートとオールはありません。
彼はフォルスターの差金だと思っていますが・・。

■ 上陸


フォルスターらは、とにかく誰か上陸させて様子を探ることを決定しました。



ウィリーとUボートの少尉一人が上陸を命じられ、



二人はゴムボートで漕ぎ出していきます。



それを見送るUボート乗組員。



南米の某国に上陸した二人、
現地の連絡&調達係とされる人物の会社を目指しました。



輸入会社の社長、フアン・ラルガという人物です。


車から降りてきた男にラルガの居どころを聞いたらシラバックれ。



本人であることがすぐにバレて、二人に追求されたラルガは、
工作員はもうとっくに逃げ出した、と連絡しなかった言い訳を始めました。

元々ナチスの残党と一旗上げようとして、
物資調達と南米での要人への連絡係を引き受けたこの人物、
戦争が終わった今、こちらに付いても全く旨味がないと踏んだので、
勝った方のアメリカに鞍替えして商売しようとしていました。

何とかしようと口では言いながら、給油も物資調達もする気がなく、
わずかなドル札で彼らをていよく追っ払おうとします。



Uボート士官が上に聞いてくるといって出ていった後、
彼は残ったウィリーを手なづけようとします。

ちなみに、このラルガを演じているのがマルセル・ダリオという俳優です。
彼の名前は知らなくても、「カサブランカ」「キリマンジャロの雪」
「紳士は金髪がお好き」「麗しのサブリナ」「陽はまた昇る」
「おしゃれ泥棒」に出ていたということで、人気と実力をお察しください。

「落ち目の連中とは手を切るんだ。
もはやドイツの時代は終わったよ」

そういって匿ってやるからコーヒー豆の倉庫に隠れていろ、
とバカなウィリーを唆していると、



士官が怒り狂ったフォルスターを連れて帰ってきました。
居丈高に約束を破ったラルガを責める責める。

しかし、ラルガも海千山千、脅しをのらりくらりとかわします。


ふと気づくとウィリーの姿がありません。
ウィリー、どうやらさっきのラルガの甘言を真に受けた模様。

「どこにいった!」

「知らん。ただもうあんたにはうんざりだと」



ウィリーはラルガの言ったとおり、コーヒー豆倉庫に潜んでいました。


ラルガを殴りつけ、ウィリーを探しにくるフォルスター。


しかし、豆のこぼれる音で居所を知られてしまいます。



不思議なことに、この男にひと睨みされただけで、ウィリーは
蛇に睨まれたカエルのように従順になり、前に進み出てしまうのでした。
そして、階段を登る彼の後をうなだれて着いてきます。

・・・共依存かな?



部屋には恐怖で蒼ざめたラルガが直立していました。



フォルスターは顎でテーブルの上のナイフを指し、
ウィリーはナイフを手にとると、ラルガに近づいていきます。


それを見ながらタバコを咥えるフォルスター、
目線を二人にやったままライターで火をつける士官。

誰も一言も発しません。




「Non.....Non!」



ウィリーが外れたカーテンレールを見やって無言の殺人シーンは終了します。


続く。





映画「海の牙」Les Maudits (呪われしものたち) 前編

2023-11-02 | 映画

「禁じられた遊び」「太陽がいっぱい」「パリは燃えているか」
「雨の訪問者」・・・・・。

これらの不朽の名作を世に生み出したルネ・クレマン監督が
若き日に挑戦した、潜水艦内という極限状態での集団心理ドラマ、
それが今回の「海の牙」です。

原題は「Les Maudits」、英語圏では「The Damned」と翻訳され、
どちらの意味も「呪われた者たち」という意味になります。

邦題の「海の牙」はいい感じですが、映画のどこにも存在しない言葉です。
映画の内容を考えても、どこからこんな言葉が出てくるのか謎。
潜水艦が舞台ということで何がなんでも「海」を入れたかったのでしょうが。

それにしても「牙」って何?意味不明。
どうして素直に「呪われしものたち」としなかったのか。

まあ、原作に忠実なつもりで、
「呪われた潜水艦」
としなかったことだけは褒めてあげてもいいです。
(でも絶対その案も企画の段階で出たに1フランスフラン)

■ Uボートの人々


蝋燭の光のもと、ノートに何かを書き綴る手元の映像で映画は始まります。
これが誰の手で、いつ何を書いているのかは最後にならないとわかりません。


1945年4月18日。

ここはドイツの支配から解放されたフランスの南西部、ロワイアン。
戦争中避難&疎開していた人々が街に戻ってきていました。



瓦礫の散乱する道を歩き、以前住んでいた家に戻ってきたのは
ここで生まれ育った医師、ジルベールという人物です。

彼の名前は日本語媒体だと「ギルベール」と表記されていますが、
普通はGirbertという綴りはフランス語だとジルベールとなるはずです。

念の為、映画内で確かめようとしたのですが、
作品中彼の名前が発せられることは一度もありませんでした。



部屋の片隅で見つけた幼き日に使っていたハーモニカを吹きながら、
彼は戦争が終わって平穏な毎日が戻ってくることを願っていました。
すぐに別のところにいた妻(か恋人)もここに戻ってくるでしょう。

しかし、その希望を打ち砕き彼の人生を変える出来事が、
同じ頃、遠く離れたオスロですでに始まっていたのです。



ここはノルウェー、オスロのドイツ海軍潜水艦基地。
ベルリン陥落の数日前、ここに集結してきた人々がいました。



ドイツ国防軍のフォン・ハウザー将軍


ナチス親衛隊員、フォルスターウィリー・モラス
フォルスターはウィリーを「部下」と紹介しています。

映画の中で彼は「親衛隊長」と呼ばれているので、
陸軍の三つ星将官に相当する「高官」ということになります。
退役したとはいえ、実はハウザーと同等かそれ以上という立場です。


彼らはドイツ崩壊前になんらかの任務を負って潜水艦に乗り込むようです。



撮影に使われたUボートは、戦後すぐだったこともあって
残っていた本物が使われています。

このシーンは本物の潜水艦基地から本当に出航させています。



男たちの視線の中、オセロットの毛皮を着こんで乗り込んできたのは、
イタリア人実業家ガロシの妻、ヒルデ、30歳。

彼女はズデーデン地方出身のナチス信奉者であり、
フォン・ハウザー将軍が同行させた彼の愛人です。
呆れることに、ナチスの協力者である彼女の夫も同行しています。


彼女の夫ガロシはムッソリーニの信奉者で、工場経営で富を築き、
そのおかげでこの特上美人妻をゲットしたものの、
いつのまにか嫁がナチス高官とできてしまったのを知りながらも
立場上見て見ぬふりをしている辛い立場ということになります。



しかも、フォン・ハウザーに対する周りの忖度か指示かはわかりませんが、
潜水艦では夫でありながら妻と部屋を一緒にしてもらえないという扱い。

全く馬鹿にされていますが、ガロシはそんな妻に強く執着しています。
ですが、自分が愛されているという自信もないものだから、
こんな状態でも下手に出て彼女を責めることができません。


潜水艦での初めての夜、彼は妻の部屋に忍び込みますが、
ヒルデはそんな彼を冷淡に追い払いました。

彼女にとってガロシは単なる金蔓なのは確かですが、
だからってフォン・ハウザーを愛しているのかというとそれも違いそうです。

要は金と地位を得る手段として男を利用してきた女ということなのでしょう。

一連の夫婦の会話はフランス語で行われます。
この映画では、ドイツ語とフランス語が入り乱れ、
一部の者以外はどちらも理解できるという設定です。


ガロシ夫婦はイタリア人とドイツ人ですが、乗り込んできたのも
ヨーロッパの枢軸国を中心に多国籍にわたるメンバーです。

左はフランス人ジャーナリストのクチュリエ
右はノルウェーの科学者エリクセンとその娘イングリッド

エリクセンは娘と違ってフランス語もドイツ語も喋れません。


出航してから全員が初めて顔合わせした席で、
フォン・ハウザー将軍から任務についての説明が行われます。

っていうか、詳細も知らないで自発的に潜水艦に乗る人なんている?



曰く。

「我々はこれから南アメリカで人脈を駆使して情報局や施設を設置し、
ドイツから総統始めナチス指導者が到着するのを待つ。
そこで建て直した第三帝国で世界に対し勝利するのであ〜る」


乗り込んだメンバーには皆それなりの役目があるようです。
実業家のガロシは海外にいる同胞との連絡係、
ジャーナリストのクチュリエは宣伝と広報担当、
学者のエリクセンは研究(何の学者でなんの研究か謎)などなど。

こんな自発性のないメンバーでそんな大事業が成し遂げられるものかしら。

■ 負傷したヒルデ



潜水艦はスカンジナビア半島を出て英仏海峡に差し掛かりました。




カレー海峡は最も危険な海域と言われているポイントです。





そこでUボートは英軍艦艇に発見されてしまいました。



潜水艦の角度を示す照準器(初めて見た)。



目標深度270mからは、エンジン停止して沈降を継続。


さらに深度を下げる潜水艦に、駆逐艦は爆雷を雨霰と落としてきます。


この緊張と恐怖、初めて潜水艦に乗った一般人には到底耐えられません。
浸水に気づいたガロシ、よせばいいのに慌ててそれを妻に報告。



するとこちらもよせばいいのにわざわざベッドから立ち上がるものだから、
爆発の揺れでドアの角に額を強打してしまいました。



不運にもヒルデ、打ちどころが悪くて昏睡状態に。

「愛する妻よ・・私のせいだ・・・」

とイタリア語でしょげるガロシ。
ただでさえ疎まれているのにさらにこれで嫌われてしまいそうですね。

フォン・ハウザーは彼女を軍医に診せるために
フランスのロワール潜水艦基地に上陸することを提案しました。

しかし、到着してみると、基地にはフランスの旗がはためいています。
ロワールからドイツ軍が撤退したことを彼らはこの時初めて知ったのでした。



しかし、フォルスターは夫人を下艦させろと言い張ります。

ハウザーの愛人枠で乗ってきたヒルデなど、
なんの役にも立たず、邪魔なだけだからですねわかります。

フォルスターはフォン・ハウザーになんの遠慮もしておらず、
フォン・ハウザーも、フォルスターに向かって、

「私に言わせれば君の部下(ウィリー)の方が用無しに見えるがね」

と言い合いになります。
そして、使えるやつかどうかこの際試してやる、と言い放ちます。

おっしゃる通り、親衛隊長の部下にしては、このウィリーという若造、
態度が悪くて覇気がなく、なんの役にも立たなさそうなDQN臭ふんぷん。

ナレーションによると、ウィリーはドイツ人ですが、
フランスでゴロつきをしていてフランス語が堪能という人物。
(演じているのはミシェル・オクレールというフランス人俳優)

そもそもそんな男がなぜ元親衛隊長の部下に?と疑問が湧きます。

このやりとりから、もしかしたら実はこの二人、
フォン・ハウザーとヒルデみたいな関係?とわたしは思ったのですが、
ナチスは同性愛禁止(バレたら収容所行き)だったしなあ・・。


とにかく、この狭い艦内で覇権争いを始めた二人のドイツ人によって、
ウィリーとフランス人のクチュリエがロワールに上陸し、
ヒルデを手当てする医師を「調達」してくることが決定してしまいました。



その頃、フォルスターは、ロワールからドイツ軍が撤退していることを
知っていながらなぜ言わなかったかと通信士に八つ当たりしていました。

「役立たず!」「オーストリア人のくせに!」

などと無抵抗の通信士を罵ります。
オーストリア人っていうのはこのドイツ人にとって蔑みの言葉なんだ・・・。

あれ?ヒットラーってどこの出身だったっけ。

■ 拉致された医師


さて、そのときロワールのジルベール医師は急患の診察をしていました。
赤ちゃんと、抱いてきた老婆、どちらもが病気です。


彼女らが出ていくと、入れ替わりに潜水艦の拉致実行組がやってきました。

クチュリエが「妻がそこで事故に遭って」と嘘をついて往診を頼み、
一緒に外に出た途端、残りの二人が銃を突きつけながら取り囲みます。



医師はわけわからんままUボートに押し込まれ、
そのまま潜水艦後方へと歩かされました。



前部魚雷発射室からマニューバリングルームを通り、



エンジンルームを抜け、



司令塔を通り兵員バンクを見ながら歩いていくと、



士官寝室があり、ここに負傷者が寝ていると言われます。


ヒルデを診察した医師は、額の傷は大したことないが、
脳震盪を起こしており、放っておいたら死んでいたと言います。

脳震盪で死んでいたかもしれないって、硬膜外血腫で出血していたってこと?
それなら注射なんかでは治らないとおもうけどなあ。
もしかしたら本当は大したことないけど一応そう言ってみた的な?

そのとき、まだ治療が終わってもいないのに艦内が騒然とし始めました。
潜水艦は出航を始めたのです。


「しまった、やられた!」

ジルベール医師が内心叫んだ時には、時すでに遅し。
おいおい、俺をどこに連れていく気だよ。

ていうか、このUボート、なぜ最初から軍医なり乗せとかないのって話ですが。
愛人はともかく学者やジャーナリストなんかよりよっぽど必要でしょうに。


やられた!と思いつつ仕方がないので寝ていたギルベール医師ですが、
鐘の音で目を覚ますと、



にゃあにゃあと鳴きつつ近寄ってくるハチワレ猫あり。

クチュリエが「まるでノアの方舟だ」と多国籍の乗客を評しましたが、
潜水艦内は独仏伊那威墺太利猫という陣容だったわけです。


こんなとき人はこれをモフらずにはいられないものなのである。
すると、Uボートの乗組員がやってきて、ドイツ語で問いかけます。

「食事を皆と一緒にどうですか」

ジルベール医師は反射的にドイツ語で返事をしてしまいましたが、直後に

「しまった!」

と後悔します。
なぜドイツ語がわかることを隠さねばならないのでしょうか。
もしかしたら、本名ギルベルトというドイツ人だったりする?

■ 生き残りを賭けて



テーブルに着こうとすると、隣のクチュリエが読んでいるのは
自分の家の玄関に置いてあった新聞であることに気が付きます。

こいつ人んちのもの盗んでおいて堂々としてんじゃねー。



彼はここではドイツ語の質問もわからないふりを通すことにしました。
さっきドイツ語で会話したばかりの乗員が変な目で見ていますが?

彼がそれを隠すのは、とにかく生きて帰るために慎重にってことなんでしょう。
知らんけど。



呼ばれて医師が席を外した途端、冷酷なフォルスターは、
あいつ怪しいし、用は済んだから始末しようなどと言いだします。

おいおい、使い捨てか。



艦長に具合の悪くなった乗組員を診察させられたジルベール医師、
この状況で生き残るため&拉致られた腹いせを兼ねて、
ただの風邪の乗組員を伝染病だと嘘をいいます。

伝染病患者が出れば医師が必要とされ、自分の身は当分安全になるし、
隔離やなんやで狭い艦内でみんなの苛立ちがつのり、憎悪が蔓延して
互いに潰し合いを始めるかもしれないという目算もありました。


彼は考えたのです。

狭い空間での集団生活は、訓練された軍人でもない一般人には拷問と同じ。
たとえ海軍軍人でも、潜水艦内で隔離患者が出たりすれば同様でしょう。

「僕が作り出した海に浮かぶ強制収容所」

彼は脳内でうそぶきます。
そして周りを注意深く観察するだけの精神的余裕を得ました。



その時通信士が「具合が悪いから診てくれ」と彼を呼びます。
悪いところはないみたいだが、と言って外に出ようとする医師に、
通信士は格納庫にゴムボートがあることを小声で告げました。



さらに甲板に出た際、学者の娘、17歳になったばかりのイングリッドから、
潜水艦の行き先が南アメリカであること、そして
フォルスターがあなたを殺したがっているから気をつけるようにと囁かれます。

周りは彼の敵ばかりではなさそうです。



その頃艦内では、昏睡から覚めたヒルデが旦那を責め立てていました。
医師を拉致してきたのは彼の考えだと吹き込まれたようです。



「僕は君と将軍のことを知っても何も言わなかったのに」

「なんですってー!きいー!」

あーもうずっと昏睡してろよ。



フォルスターとウィリーはそんなガロシを呼びつけて、嫌味っぽく、

「あんた・・実は(第三帝国の)勝利を疑ってるんだろ?」

イライラが高じていちゃもんつけてみました的な?
閉鎖された艦内に憎しみと苛立ち、疑念と嫌悪が形になってきつつあります。


そのとき、一斉に水兵が水密扉を閉め始めました。

潜航が始まることに気がついたジルベール医師は、
脱出するなら今だ、と行動に移します。
内側のハッチが閉められる前に、ボートのありかを探さねば。

ラッタルを上っていく医師を、通信士は部屋からじっと見ています。



そこには通信士の言った通り、オールとガスボンベはありましたが、
外側のハッチを開けてみたら、


あれ?甲板に誰かいる?



わけがわからんままに慌ててて艦内に戻ります。
とにかく通信士が信用できる人物であることが確認できました。

ところでさっきの人・・・・・誰?


続く。



映画「海の底(The Seas Beneath)〜「レッサーフォード」作品

2023-10-05 | 映画

ジョン・フォード初期の海軍映画、「海の底」後半です。

偽装船としてUボートを殲滅すべく敵地に乗り込んだ「ミステリーシップ」。
乗組員を待っていたのはドイツ軍の放った女スパイの甘いワナでした。

もっともあかんやつは、スペイン人の女スパイに籠絡されて眠らされ、
アメリカ海軍軍人であることがばれてしまったキャボット少尉です。

睡眠薬から目覚めた彼は、自分が港に置き去りにされたこと、
ロリータが最初から自分を騙すつもりで近づいたこと、そして
入港したアメリカ船が偽装であることをドイツ側に知られてしまい、
この失策によって味方が危険に曝されることに気づきます。

彼はその責任をとり、一人で後始末をつけるため、
Uボート乗員を乗せた船にひそかに忍び込みました。





U-172の艦内には、戦いの合間とはいえ、リラックスした空気の中
乗員が奏でるアコーディオンの「ローレライ」の調べが流れていました。

相変わらずドイツ人同士の会話は字幕なしですが、
全くわからずとも状況と画面でほとんど理解できるようになっており、
このときも、妹の乗った補給船が近づいた、という報告を部下から受け、
艦長シュトイベンが潜望鏡を上げよ、と命じたとわかります。

トーキー移行以後、外国人の会話をどう観客に理解させるかということも
この頃は定型がまだ生まれていませんでした。

本作では外国語は流れで理解させ、要所のみサイレント時代の字幕をつける、
という方法でその解決を図っていますが、その後、誰が発明したか
外国語っぽい英語と要所の単語で喋っている『ことにする』
というアイデアが、ある時代までの戦争映画の「お約束」になっていきます。


さて、本作品に登場するU-172の内部の撮影は、

USS「アルゴノート」SS-166

を使って行われました。
「アルゴノート」は1927年に就役した当時最大の潜水艦で、
撮影時の1930年にはまだその名ではなくV-4と呼ばれていました。



妹とその婚約者の姿を近付いてくる補給船上に認めたシュトイベン艦長、
潜望鏡を覗きながらいつまでもニヤニヤ笑っているのがちょっと不気味。

シスコン設定?





妹アナ・マリーも兄の乗る潜水艦にいつまでも手を振らされています。
やたらこのシーンが冗長で退屈なのは、潜水艦が画面の中央に来るまで
カメラが撮影を中止できなかったせいだと思われます。



「アルゴノート」の甲板に見えるのは53口径6インチ砲です。



Uボートに敬礼するシラー中尉。



士官その2。(多分補給士官)



その3。(少尉)

フォードは敵ドイツ軍人の姿を歪めて描くようなことはしておらず、
彼らの佇まいは実に明朗で爽やか、いずれもキリッとした軍人ぶりです。

尤もハリウッドがドイツ軍を「絶対悪」として描くようになったのは、
第二次世界大戦のヒトラー登場以降であったと認識します。



そして最後に久しぶりに会う妹と抱擁する艦長・・・
って、ドイツ人は兄妹同士でこんなに濃厚なキスするものなのか?



兄妹の会話でなぜかこの一言だけが英語に翻訳されます。


補給船の甲板のドラム缶からホースで直接艦内に送り込んで給油開始。
本当にこんな雑な方法で給油していたんでしょうか。


さて、海中からこっそり補給船に忍び込み、
積荷の間に姿を隠していたキャボット少尉、行動を開始しました。




何をするかというと、船内のパイプを破壊して浸水させ、
ガソリンに火をつけて給油できなくしてしまおうというのです。

なぜ彼が濡れてないマッチを持っていたのかは謎です。



ガソリン缶に火をつけたり、燃えるそれを海に蹴落として消火する動作を、
俳優が実際に船上でやっているのには驚きです。

これ結構危険な撮影だったと思うぞ。



さらにパイプを破壊しようとしたキャボット少尉ですが、
警衛に甲板からライフルで撃たれてしまいました。

Uボートの少尉が倒れた彼の止血を試みますが、もう虫の息。



「僕は・・・リチャード・キャボット少尉。
合衆国の・・・セイラーだ。
どうか伝えてほしい。艦長に・・・

痛いよ・・・

艦長に・・・僕は・・僕は・・・」

「・・亡くなりました」

ここでキャボット少尉があっさりと死んだのには驚きました。
てっきり汚名返上のヒーロー的大活躍をすると思っていたので。

トーキーの黎明期、まだこの頃は映画的「お約束」などなかったし、
これも一筋縄ではない「フォード風」だったかもしれません。



目の前で死人が出たことにショックを受け、アナ・マリーは、
兄とフランツになぜ殺す必要があったのかを問い詰めますが、
兄は悲痛な表情で「クリーク・イスト・クリーク」(戦争は戦争だ)


キャボット少尉にU172の救命胴衣を付け、海に葬ることになりました。
遺体を沈まぬようにして同胞に発見させるために。



敬礼で見送る艦長以下幹部たち。



このときのアナ・マリーは作品中最も綺麗に見えます。
字幕のないドイツ語のセリフで彼女はこの時何か言いますが、

「大した戦争ね!」

とかじゃないかと思います。



それを聞いて悲痛な表情をするシラー中尉。



アナ・マリーを補給船に戻すと、Uボートはハッチを閉めました。



この映像からは、就役してまだそんなに経たない「アルゴノート」の
艦体の新しさが伝わってきます。



彼女が見守る中、潜水艦は実際に潜航して海面から姿を消します。



しかしちょうどそのとき、キャボット少尉が死ぬ間際に行った
パイプの破壊により、補給船は沈み始めてしまいました。



その日の「ミステリーシップ」のログには、
石油缶が燃え沈没した補給船と胸を撃たれたキャボット少尉の遺体を発見し、
少尉を深夜に水葬にしたことが記されました。



翌日、偽装船は沈んだ補給船の救命ボートを発見しますが、
乗員の中から女性だけを船に助け上げ、
残りは岸までの距離を指示して追っ払います。



ところが助けた女性を見て艦長びっくり。
最近どこかでお会いしましたよね?

艦長はキャボット少尉の死と彼女に何らかの関係ありと考えました。
しかし彼女は自分はデンマーク人で全く関係ないとしらばっくれます。


ところが次の朝、彼女は隙を見て救命艇を降ろし、脱走を試みました。
やましいことがないならなぜ逃げる?


艦長が問い詰めると、アナ・マリー、短気なのかあっさり馬脚を表しました。

ヒステリックに、偽装船という卑怯な手を使うアメリカ軍を嘲り始め、
兄のU-172とあなた方が戦って勝てるわけない、とせせら笑います。

この時の女優の演技が、下手の限界突破して笑ってしまうくらい酷い。
そしてついでに、このときの彼女、ものすごく不細工に見えます。

マリオン・レッシングという女優が結局この主役の後
ほとんど端役に甘んじ、映画界に名前を残さなかったのも宜なるかなと。


口汚く罵る彼女にうんざりする様子もなく、ボブは優しく彼女の手を取り、

「いよいよ君の願い通り、兄さんと対面できるよ」

そしてそのまま部屋を出て行くのですが、
あのー、外から鍵をかけておいた方が良くない?


Uボートが近くにいることが確認できたので「パニック作戦」開始です。
艦長は潜水艦のデイ艦長に作戦の準備を連絡。



パニックを起こして逃げ惑うお芝居をする部隊に作戦確認中。
ちゃんと「バーサ」もスカートを履いてスタンバイしてます。

ここで、

・「悲鳴を忘れるな」と揶揄った男をバーサ、いきなり殴り倒す

・小道具の赤ちゃん人形を抱き上げ「不正乗艦です」という水兵


という相変わらず全く面白くないシーンが挟まれます。


Uボートの方も偽装船を見つけました。

船名は「ジュディ・アン・マッカーシー」。
下士官コステロが勝手につけた彼の元カノ(体重130キロ)と同じ名前です。



シュトイベン艦長はUボートの浮上を命じました。





そして、監督渾身の潜水艦浮上シーン。
浮上した艦首の先にミステリーシップがピッタリと収まっています。

艦体に取り付けたカメラは海中に沈み、
波でレンズが洗われる様子も克明に映し出しています。
当時このシーンを見た人々はリアルな迫力に息を呑んだことでしょう。



Uボートのハッチが内部から開けられる様子も描かれます。

この二重になっている構造ですが、海自の潜水艦に入ったとき、
「ハッチ部分の下のはしごは見えないので、
足を伸ばして梯子段を確認しながら降りてください」
と注意されたのを思い出しました。


Uボートは海上で砲撃を行うことを選択しました。

はて、なぜだろう。

相手が偽装船かもしれないと疑っているこの状態で、わたしが艦長なら
こんな戦法を取らず、海中から魚雷で攻撃するけどな。

だって、偽装船とはいえ帆船が爆雷を落としてくる心配なさそうじゃない?

・・とか言っていたら、早速Uボートから撃ってきました。

口うるさいようですが、掛け声がいちいち「ファイア」なのは残念。
せっかくドイツ語で通してるんだからここは「フォイア」と言ってほしい。



偽装船、いよいよパニック作戦発動で、船員役の何人かが
船尾の救命ボートから慌てふためいて脱出を始めました。


ところがここで事件発生。

アナ・マリーが部屋から外に出て(閉じ込めておかないから当然)
フラッグブリッジに忍び込み、信号旗を揚げてしまったのです。

国際信号旗の意味と揚げ方を熟知する女性って、何者?



それは兄の潜水艦に警告を送る妹のメッセージでした。

「我が船に近寄るなと言ってます」


艦長は慌てて旗を引き摺り下ろして、ついでに彼女も引きずり倒し、
脱出するボートに強引に押し込みました。


こちらは当然相手が偽装船であることを疑っている風ですが、
アナ・マリーのスパイ報告とか、陸で会った米海軍士官とか、
疑うも何も、アメリカ軍の偽装船であることは確定してるんじゃないの。



Uボートは砲撃を継続していました。
で、このシーンですが、本当に海軍軍人に砲撃させています。



木造船なのでまだ浮いていますが、かなり浸水が進んできました。



ポンプでの水の汲みだしも見えないように低い姿勢で座って行います。


そのとき、艦長が思い詰めた表情で乗組員に総員退艦を宣言しました。
作戦はどうなったの?と顔を見合わせる水兵たち。



次の瞬間、砲弾がヒットし負傷者2名。


それを受けて、今度は海軍水兵の制服を着た乗組員が海に飛び込みます。
実はこれはパニック作戦の「フェーズ2」でした。

偽装船を装っていた海軍船が砲撃を受けて窮地に陥り、
ついには総員退船にまで追い込まれたと思わせる作戦です。



これに騙されたUボートが射程内に入ってきました。



その瞬間、満を持してラッパが鳴り響き、合衆国国旗が揚がり、
そして隠していた銃、砲弾の囲いが一斉に取り払われました。



いよいよ反撃開始です。
砲撃シーンは、下士官の俳優はそのまま、砲兵は本物で
装填と発砲を実際に行っています。



迫力の砲撃シーン。


この水煙の上がり方を見ると、水中で何か爆発させているんでしょうか。



そして、待機していた米海軍潜水艦が攻撃の準備を始めました。
右側があまり出番のなかったデイ潜水艦長です。



魚雷の装填も実際に行っています。
ここにいる全員は現役の潜水艦乗員だと思われます。

「ナンバーワン、ファイアー!」


そして会心の一撃がUボートにヒット。



艦内に海水が傾れ込んできました。



我が艦が撃沈されたことを知り、シュトイベン艦長は、
残った乗員に号令をかけ、ドイツ海軍旗に全員で敬礼を行いました。



互いに微笑んで「アウフヴィーダーゼーエン」と言葉を交わし、
肩を叩いて握手を・・・・・。



しかし、アメリカ軍の方は今や救助に全力でした。
何がなんでも相手を助ける気満々です。




同日のログより。

1918年9月7日
沈没したU-172の生存者を救出
船は総員で排水の上同盟国港に入港させる
捕虜を借り収容所に引き渡す




そしてここからがラストシーンとなりますが、かなり微妙なので、
映画の評価としてここをマイナスポイントに上げる意見もあります。

ショボーンとしているアナ・マリーのところにやってくる艦長。
どうやら彼女は一連の工作で罪に問われることはなかったようなのです。

「さて、アナ・マリー。
我々は出発するが・・・何か言いたいことは?」

「いいえボブ、ないわ」

「違うな・・・お互い言うことがあるはずだ。
今言わなければ一生後悔することが」

「ボブ、何を言わせるの。あなたの勝ちよ」

「勝ち・・?いや、俺の負けだ。大事なものを失った」


「あなたは何も失ってないわ。これからも」

「そう思うか?」


黙ってうなずくアナ・マリー。

「だって君は行くんだろう?兄と、婚約者・・シラー中尉と」



「兄と行くのよ」

なんなんだこの流れ。
ボブ、いまだに彼女が諦められないのか?

「聞いてくれ、アナ・マリー。君は残るべきだ」

な、なんだって〜?

「あそこに小さな教会が見えるだろ。
僕らはあそこでこの世で一番幸せな二人になれる」

おいおいおいおい。甘すぎないかボブ。
この女と結婚した途端君の海軍での将来はないぞ。
というかいくらこの時代でも実際そんなことが可能か?

「ダメよボブ」(あっさり)

まあそうなるでしょうな。
っていうか、女の方は男が思うほど自分のこと好きじゃない。
気づけ。


「祖国は今苦境に陥って人々は希望を失ってる・・。
そんな人たちを見捨てていけないわ。
今こそ民族が寄り添う時なの。
あなたが行くからって一緒に行くわけにはいかない」


そう言う理由か。
それにしても、海軍軍人より彼女の方が公を憂えているのはどういうわけだ。



「わかったよ・・。
でも僕らには二人で撮った写真がある」

そういってボブはカメラごと彼女の手に握らせ、

「持っていてほしい」

彼女はそれがカメラそのものだったことにドン引きし(多分)
それをボブに押し戻しながら、去っていきました。

「また取りに来るから・・」

という心にもない言葉を残して。



そして彼女は、今から収容所に移送される捕虜の隊列にいる
兄、フランツの傍にぴったりと寄り添いました。

シラー中尉(腕を骨折して肩から吊っている)が指揮を執り、
アメリカ軍の太鼓手のドラムに合わせて、敬礼ののち、
アメリカ兵が手を振り見送る中、捕虜の隊列は行進していきます。

この頃の敵捕虜の扱いがどうだったのかを知る貴重なシーンです。


隊列の最後に、兄艦長と妹の姿がありました。



「大事なものを失った」(つまりふられた)
艦長ボブの絶望の表情で映画は終わります。



本日タイトルの「レッサー・フォード」というのは、
映画評論ページで見つけた、あるアメリカ人のこの映画に対する評です。

まだ経験もトーキーの撮影回数も少なく、映画界での力もないがゆえ、
撮影所のゴリ押しを受け入れて「たいせつなもの」を失った若い監督が、
その中で自分のできることをやりきろうとした感のある作品。

それでも至る所に確認できる、のちの大御所の才能の萌芽が、
その「海軍愛」と相まって本作を佳作にまで押し上げました。

文字通り「フォード未満」の作品だと思います。

終わり。





映画「海の底(The Seas Beneath)」〜ジョン・フォード初期の海軍映画

2023-10-02 | 映画

名匠ジョン・フォード監督が若い時から海軍オタクだったことを証明する作品、
1930年の海軍映画「海の底」を紹介します。

本日のブログ扉絵ですが、映画で描かれた1918年ごろから映画制作時まで
欧米を席巻したアールデコ様式を取り入れてみました。


ジョン・フォードが売れない俳優から監督に転身したのが1917年のこと。
兄のフランシス・フォードの映画に俳優として出演していた彼が、
ある二日酔いで仕事ができなくなった兄の代わりに助監督を務め、
それが認められたのが後の名匠ジョン・フォードの誕生のきっかけでした。

デビューしてしばらくは流行りの西部劇を撮っていたヤング・フォードですが、
1929年、映画会社がこぞって無声映画からトーキーに移行し、
西部劇が下火になったこともあり、ドラマを手がけるようになっていきます。

「海の底」は、フォードが監督した7作目のトーキー映画です。
フォードはこの手法を取り入れたことで可能になったロケを、
念願だった?海上戦闘シーンに取り入れています。

ちなみにフォードは、オールトーキーになって2作目の「サルート」
(敬礼)という映画で海軍兵学校とネイビーアーミーゲームを取り上げ、
アナポリスでロケを行っていますし、1930年度作品の
「Men without Women」ではトーキー初の海軍映画を手がけています。

Salute (1929) 兄がウェストポイント、弟がアナポリスで恋の鞘当てフットボール対決

どちらの作品にも、無名時代のジョン・ウェインが端役で出演していますが、
自身がアイルランド系であるフォードは、俳優も同族で固める傾向があり、
ウェインが常連となったのもこのせいだったと言われています。

ただし、フォードは最後までウェインを木偶の坊呼ばわりしていたとか。

「Men without Women」(潜水艦もの)

もう一つついでに、第二次世界大戦中、フォード=海軍のように、
軍に協力した監督は、陸軍航空隊のウィリアム・ワイラー、
そして陸軍のフランク・キャプラが挙げられます。

キャプラとワイラーは陸軍の映画班に所属して、
新兵のための教育映画や戦意高揚映画を撮り、キャプラは陸軍中佐に、
そしてフォードも最終的には海軍少佐に任じられました。


ということはこれは少将のコスプレ



というところで早速始めます。

主演ジョージ・オブライエンはこの頃のフォード映画の常連俳優。
名前から彼もアイルランド系ということがわかりますね。
オブライエンは「敬礼」で陸軍士官候補生の兄役をしています。

彼はサイレント時代はフォード映画の常連でしたが、
トーキーに移行してからの演技に難があったのか、
次第に「フォード組」から姿を消すことになります。


映画は3本マストのスクーナー船が海上に浮かぶシーンから始まります。



艦長ロバート・キングスレー、アメリカ海軍大尉の名が記された
USS「ミステリーシップNo.2」の航海ログの表紙がアップになります。
これは2番目の艤装船を意味します。


1918年8月18日

1)ヨークタウン港を秘密裡に出港
2)目的地は不明
3)任務の性質上、総員機密厳守のこと

1918年8月は、第一次世界大戦終結3ヶ月前です。
フォードは終戦から12年経って、大戦中の海軍を題材にしました。





さて、そのブリッジログです。

乗組員の構成について:
a)艦上経験のない海軍予備兵
b)USS「ミズーリ」の砲兵(優秀な者)


わざわざ「未経験者」を集めたのはどういうわけでしょうか。


海上で総員に集合がかかりました。
極秘任務ゆえ、陸を離れてから任務内容が伝えられます。



キングスレー艦長は乗組員たちを見回します。
ベテラン下士官の中には、やはり軍人であった彼の父親と
フィリピンで一緒だったという者もいますが、殆どの水兵とは初顔合わせ。

艦長はこれからこの船は民間船「Qボート」として敵潜水艦活動域に潜入し、
おとりとなってUボートに攻撃させ、油断させて
あわよくば返り討ちにする、という作戦概要を告げました。


それを聞いて、皆の顔に怪訝な表情が浮かびます。
こんな民間船でどうやって?



そこで艦長が砲兵に命じると、構造物に見えていた建物の壁がパカっと倒れ、



中から最新式の艦砲が現れました。



砲兵はもちろんベテラン下士官も見るのは初めての武器に興奮しています。



砲にいきなり元カノの名、「ジュディ・アン・マッカーシー」を命名。



艦長は今回の任務が特定のUボートの殲滅であると明かします。
ターゲットはドイツ潜水艦隊のエース艦長が率いるU-172。
Uボート艦長のフルネームは、エルンスト・フォン・シュトイベン男爵です。

第一次世界大戦の撃墜王レッドバロンことリヒトホーフェン男爵のかっこよさに
欧米の民衆は敵にも関わらず大変熱狂したそうですが、
同じ属性を負わせているあたりに、この敵キャラへのこだわりが窺えます。


さて、武装しているとはいえ、こちらも偽装船1隻で戦うわけではありません。

艦長は、当時先端技術だったに違いない艦同士の直通電話で
今回同行する潜水艦を海底から呼び出しました。



この潜水艦浮上シーンは、現代の我々には見慣れたものですが、
潜水艦にカメラを取り付けて浮上させるという撮影は
当時の映画としては超超超画期的だったはずです。



浮上した潜水艦の乗員と顔合わせ。
このまま5日間別行動することを打合せしました。



潜航する潜水艦に対しラッパが吹かれ、乗組員が総員でエールを送ります。
この丁寧な海軍描写こそがフォード監督のこだわりです。

この後潜水艦が潜航していく様子もマストの高さから丹念に撮影されます。



潜水艦が去ってから、あらためて艦長は作戦の詳細を語り出しますが、
なんかこの構図・・・海軍っぽくないですよね。

このあとも乗組員のガッツを褒め、横にいた水兵が力コブを見せると、
その筋肉をさわって感心するといった馴れ合いも海軍ぽくない。

わたしが見た英語の映画感想コメントのなかに、

「艦長は乗組員の司令官というより運動部のコーチかOBのようだ」

というのがありましたが、このあたりを言っているんではないかと思います。

さて、艦長が発表した今回の作戦名は「パニック作戦」。

商船を装い敵活動海域に進入、攻撃されたら逃げ惑ってみせ、一部が総員退艦、
隠れていた砲兵と潜水艦がおびき寄せた敵艦を攻撃、というものです。

「これを上手く演じなければいかん。ちなみに演劇の経験のある者は?」

「こいつです。サーストン」

「何を演じた?」



「”お針子バーサ”っていう劇で主役でした」

「お、おう・・・じゃ君は船長の妻の役だ。真っ先に騒げ」



マストで見張りをしていたキャボット少尉が降りてきました。
このシーンはスタントマンが実際にマストから滑り降りてきます。



代わりにマストにラダーで上がっていく水兵たちを見ながら、
俺が若い頃はラダーなしでマストに上ったと自慢話をするコステロ兵曹。

よせばいいのに煽られおだてられてその気になり、
この巨体で実演を始めたところ、運悪くラダーがちぎれ(なあほな)
海に転落してしまいました。



それを見るや間髪入れず海に飛び込んだのはキャボット少尉。
マストの最上部から・・あれ?さっき降りてきてなかったっけ?
いつのまにまた上に・・・。






このスタントマンに敬意を表して、連続写真を挙げておきました。

海上で撮影できるものはすべてやってみた感があるこの映画の中でも、
このシーンは海軍的な意味で歴史に残る瞬間だったと個人的に思います。

スクーナーのマストから海面までは、多分50m弱あると思うのですが、
(ゴールデンゲートブリッジから飛び込んだ場合、海面までの高さは67m)
これを本当に飛び込ませているあたりがすごい。

スタントマン、回転して背中から海面に落ちて大丈夫だったのか。


この派手な救出で、すっかり男を上げたキャボット少尉。



逆に恥をかいたコステロ兵曹ですが、この期に及んで負け惜しみ。

「誰か飛び込んで助ける勇気があるか試したんだ!」


残念ながら乗組員がネタのユーモアは全く笑えないのがほとんどで、

「 all the cornball humor from the brainless naval crew. 」
(頭の悪い海軍クルーの面白くないユーモア)

If their collective brains could be rendered into gasoline,
there wouldn't be enough to run a termite's chainsaw.
(彼らの脳みそを集めてガソリンに入れても白蟻のチェンソーすら動くまい)


などと感想サイトでも痛烈ですが、その一例がこれ。

(兵曹のために)ブランデーをとってこいと言われたこいつは、
なぜか「兵曹が水に落ちたら僕が酒を飲めと言われた」と思い込んで、
クイっと飲み干して「訳わかんねー」。

わけわかんねーのは君の常識のほうだ。



ミステリーシップ=Qボートはカナリア諸島で補給のため寄港を行います。
上陸に関してはチーフから強くお達しがありました。

「酒と女禁止」

任務を考えると当然の注意ですが、


しかしなあ。女の方が放っといてくれないのよ。
若いキャボット少尉には上陸早々美女が思わせぶりに近づいてきますし、


下士官、兵、誰一人注意なんて守っちゃいねえ。


肝心の艦長までこのていたらく。

係留されている船の写真を撮ろうとして警官に撮影禁止を言い渡された艦長に
いきなり接近して通訳と説明を始める妙齢の美女。

「ドイツの潜水艦にやられた船よ」

艦長、一応任務は忘れず、記念写真を撮るふりして船の撮影を強行しますが、
全く相手を疑わず、自分からアプローチする始末。



場面は変わって、同じ港町の宿屋に3人のドイツ海軍士官が投宿しました。
彼らこそがアメリカ軍が探しているU-172の幹部です。

彼らのドイツ語はほとんど翻訳されず、会話は要所要所このように、


(”フロイライン・フォン・シュトイベンはどちらに?”)

サイレント映画のような英語表記(フラクトゥール)で表されます。



こちらがそのフロイライン・フォン・シュトイベン。
例のフォン・シュトイベン艦長の妹なのですが、
なんと、さっき艦長に接近してきたばかりの女性ではないですか。

そしてアナ・マリーと呼ばれた彼女は海軍士官のうち一人、
フランツ・シラー中尉と熱いキスを交わします。



アナ・マリーを演じたマリオン・レッシングという女優は、
ドイツ語が堪能というだけで選ばれた、というより、
フォード監督いわく、撮影所に「押し付けられた」大根女優でした。

その壮絶な演技下手さは日本人である我々にもはっきりとわかるくらいです。

フォードは後々まで、この映画はこの女優のせいでダメになった、とか、
この女がガムを噛みながら演技して撮り直しになったとか愚痴っていました。

シラー中尉を演じたのはジョン・ローダーという俳優ですが、
英国生まれで、父親は英国陸軍軍人、イートン校と王立陸軍士官学校で学び、
第一次世界大戦に参加中、ドイツ軍の捕虜になるという経験などを経て
戦後映画界を志し、のちにアメリカ国籍を取得しました。

ドイツ映画に出ていた関係で、ドイツ語はネイティブ並みだったことから
今回のドイツ人将校役に指名されたようです。

あの超天才科学者で女優のへディ・ラマーと結婚していたこともあります。


さて、シラーはアナ・マリーに昨夜入港した米船籍の帆船が怪しい、
我々を追っているのではと疑いを仄めかし、彼女は
何か思い当たる節があるのか、はっと顔を曇らせました。

婚約者を危ない目に遭わせそうで心配だというシラーに、彼女は

「それでは国に尽くせない。
女だから疑われないしスパイにだってなれるわ」

と太々しく微笑むのでした。



入れ替わりに宿にやってきたのは・・おや、先ほどのスペイン美人。
どうやらドイツのスパイとしてお小遣い稼ぎをしている悪い女らしい。



酒場で歌い、踊ってステージからターゲットを誘惑するのが得意技です。



狙われたのはリチャード・キャボット少尉。
うぶな若い士官を手玉に取ることなど赤子の手をひねるより簡単ってか。

このスティーブ・ペンドルトンという俳優についても書いておくと、
1970年まで多くの映画やテレビドラマに出演した脇役俳優で、
最後の映画出演は、「トラ!トラ!トラ!」の駆逐艦艦長役となっています。



そんな凄腕女スパイの活躍をじっと観察しているドイツ軍人たち。



舞台の上からアプローチされ、ふと気づけば一緒に踊っているという・・。



さらにふと気がついたら彼女の部屋で、しかもベッドに誘われているという。
ドイツ人たちはキャボット少尉が女性にふらふらついていくのを見て、

「見事な腕前だな」

みたいなことをドイツ語で言ってます。(たぶんね)


そして同じ頃、艦長もまた女に引っかかっていました。
BGMはストリングス演奏による「エストレリータ」。

この脚本の甘さ、ジョン・フォードもこの頃はこんなだったのね・・・。

以前ここでご紹介した「サブマリン爆撃隊」は1938年作品で、
彼が監督として押しも押されもせぬ名声を築いた「駅馬車」は、
この映画の9年後、1939年の作品となります。



そして、ドイツのスパイ、ロリータに籠絡されたキャボット少尉は、
あっさりと睡眠薬で眠らされてしまいました。



ロリータは、軍帽から彼がアメリカ海軍の少尉であることを突き止め、
宿の主人(ドイツ側から金をもらっている)に報告しますが、
なぜか眠っている彼を悲痛な顔で見つめ、キスします。

これ、どういう意味?
オスカー・ワイルドの「ヨカナーンの首に接吻するサロメ」的な?



酒と女禁止を乗員に言い渡しておいて酒場に脚を運ぶ艦長ボブに、
ドイツ軍団は大胆にも声をかけてきました。
艦長の海軍兵学校の指輪を褒めてきたので、艦長もそれに応え、
「再会を期して」と挨拶を交わします。



艦長も彼らがU-172の乗組員であるらしいことに気づきました。

「あいつらだな副長」「そうですね」

お互い逃げも隠れもせず陸上で対峙する海軍軍人同士。
次に海の上で会ったらそのときは、という含みを持たせあうこの会話は、
まだかすかに騎士同士の対決的要素の残っていた
第一次世界大戦の戦闘機パイロット同士のようです。

第一次世界大戦において、陸軍は言わずもがな、
海軍の艦船でも実際は「顔の見えない」敵同士で戦いましたが、
この映画では、互いの存在を明らかにし実際に遭遇させることで、
戦いをより「個人的な」ものとして描き、物語性を持たせています。



艦長はすぐさま総員に帰艦(船)を命じました。



ところが、出航時間になってもキャボット少尉が戻ってきません。



ロリータに薬を盛られてすっかり眠り込んでいたからです。



眠りが覚めた彼が飛び起きて海を見ると、
自分の戻るべき船はすでに沖に出ているではありませんか。

ギリギリまで少尉の捜索を命じ、帰還を待った艦長でしたが、
潮目が変わってしまい、苦渋の決断ながら彼を置いて出港を命じたのです。



「キャプテンキングスレ〜〜〜イ!」

(字幕の『船長』は間違い。ここは艦長と訳すべきです)
届かぬと知りながら艦長の名を叫ぶキャボット少尉・・。



そして、キャボット少尉は、自分を罠に嵌めた憎き女が、
ドイツ語を話す男たちから金銭を受け取っているのを見てしまいました。


全てを知った彼は夢中で岸壁に走ります。



そして、物陰から海に飛び込み、
男たちを乗せた船(補給船)に船尾から忍び込んだのでした。

どうなるキャボット少尉!

続く。


映画「潜水艦シータイガー」〜バック・フロム・ザ・デッド

2023-09-06 | 映画

イギリス映画「潜水艦シータイガー」、
原題「We Dive at Dawn」最終回です。

映画のボリュームから言って、だいたい当ブログでは
これくらいだと2日分の掲載で収まるのですが、
なにしろ当方にとって初めてのロイヤルネイビーもので、
製作に異常にテンションがあがってしまいました。

さらに、これまでに知らなかった海軍スラングや俗語、
なにより英国海軍協力による実写映像も興味深く、
最初から3回に分けることを前提で作成したほど力が入りました。

今検索したら、古い映画なのでYouTubeでも見放題。
項末に挙げておきますので、実写シーンだけでも是非ご覧ください。

潜水艦乗員を演じる役者たちは、海軍で実地に訓練を受けていますので、
立ち居振る舞いや機械の操作など、本物に近いのではと思わせます。



バルト海まで戦艦「ブランデンブルグ」を追い、ついに確定し、
魚雷を放った潜水艦「シータイガー」。



全弾6発が発射されていくのを数える「ナンバースリー」ジョンソン少尉。
発射後はすぐさま潜航です。

同時に艦内に爆雷警報が鳴り響き、
水密ドアを閉める作業が行われます。



駆逐艦の見張りが早速魚雷に気づきました。
ほとんど同時に爆雷が投下されます。



爆雷の破裂は早速潜水艦を揺さぶりました。
魚雷が命中したかどうかも爆発音でわからなくなってしまいました。



またしても地下からポンプのおっさんが顔を出しました。

「黙ってポンプだけ気にしてろ!」

「わかったよ。でも死ぬなら何が起きたかくらいは知りたい」

底の方勤務は艦内放送でしか状況がわからないからなあ。



魚雷の到達時間を測っていたら、
海上にはすごいスピードで駆逐艦が来てしまいました。



これから確実に爆雷が降ってくるでしょう。



ドイツ軍駆逐艦を演じているのは、
HMS「フューリー」Furyということです。


HMS Fury (H76)





炸裂する爆雷、立っていられないほどの衝撃が襲いました。
続いて照明が消え、漏水にビルジ排出が追いつかない事態に・・。



さっそくバケツリレー発動です。



ちなみにバケツリレーのことは、

「Get a bucket team going」(バケツチームを行かせる」

と言っています。



「ブランデンブルグ」の居場所を艦長に言おうとしてハンスに殴られ、
死にかけていた捕虜A(フリッツというらしい)が、
この混乱時に瀕死状態になってしまいました。

「おい貴様、ハンス!フリッツが死ぬぞ」

(平然と)「だからなんだ?」

「この獣め!」

横をバケツリレーがガンガン通っている中、ハンスがマイクに、

「君らはあまり興味ないかもしれんが、病人が死にかけだ」

マイクはバケツの手を止めて、フリッツの様子を見に行きますが、

「残念だがご臨終だ」



その足でマイクは艦長に捕虜の死亡を報告しました。

艦長は「ああ、後で行く」と関心なさそうに答えましたが、
これは後になって重要な意味を持ってきます。



この時不思議なやりとりが行われます。

艦長がベテランチーフのディッキーに、

「皆に菓子(スイーツ)を配らなくちゃな」

というのです。
聞き返したチーフも、すぐもののわかった様子で、部下に

「マガジンに行って弾薬の隣の『ホワイトリード』と書いた缶を取ってこい。
これは『サッカー』(甘いもの)だ」


鉛白が「甘いもの?」
鉛白の白粉さえ死をもたらすほどなのに・・。

改めて調べてみたら、古代ローマ人は、鉛の鍋でブドウの果汁を煮詰め、
できたシロップをワインの甘味や果物の保存に使っていましたが、
特にイギリスでは1940年代には完全に鉛毒の害は知れていたはずです。

甘い鉛白・・・潜水艦関係の隠語だったりするのかな。




そのとき機関長のジョックが燃料の残存が少ないと報告に来ました。



「ジェリーズは俺たちを仕留めたと思うまで攻撃を止めないだろうな」

「Jerries」ジェリーズは戦争中のドイツ人のあだ名です。
第一次大戦時の独軍のヘルメットがゼリーの形に似ていることから来ています。
ちなみに、独軍ヘルメットには「おまる」という別名もあったとか。

「待てよ・・・ジェリーズだと?」

自分の言った「ジェリーズ」という言葉が、

ジェリーズ=ドイツ兵=捕虜=さっき死んだ

と繋がり、ピコーンと何かが閃いた艦長。

さあ、もうお分かりですね。
元祖(かどうかは知らんけど)「潜水艦死んだふり作戦」の開始です。

死んだふりのため外に放出するものが魚雷室に運ばれていきます。
フライパンを持っている男に、先任が

「あほか、そんなもの浮かねえだろうが」

「洗おうかなと思って」

回収もできないけどな。

死んだフリッツにはイギリス軍の制服を着せ、念の為
ポケットには英語の書類と、ストップウォッチまで入れて偽装完了です。


捕虜Bがフリッツの遺体を見て何をする気だ?と気色ばむと、
先任は軽〜〜〜く、

「大丈夫、心配すんな」



魚雷の発射を行うのはマイクです。
敵の魚雷が破裂したタイミングで1番発射管に全てを入れて吹き出します。



発射と同時にバルブを放出し、できるだけ派手に飛沫を立てて、
次は艦尾を上に、急角度(15度)で後ろに滑るようにして沈んだふり。



遺体が浮いてきたこともあって、駆逐艦は騙されてくれました。
潜水艦撃沈!と一斉に歓声が上がります。🎉



ほどなくドイツのプロパガンダラジオ番組が、
「シータイガー」を撃沈したとしてイギリスに向けてそれを公表しました。

海軍下士官クラブの支配人が聞いているのは
もしかしたら「ホーホー卿」のプロパガンダ放送かもしれません。


支配人は「ツケリスト」から、黙ってダスティの名前を消しました。


マイクの婚約者エセルは外していた婚約指輪をはめ、



ホブソンの妻は息子の寝顔を見つめ、



海軍本部では、本作戦を伝達したブラウニング大尉が
専用ポストから「シータイガー」の名札を外しました。



さて、その「シータイガー」は、今や海の中に鎮座したままでした。
燃料を奪うため洋上をタンカーが通るのを待っていましたが、もう限界です。
食料ももはや底をつきました。

艦長は、この近くにあるデンマーク領の島に辿り着き、
全員が上陸したらボートを爆破する計画をアナウンスしました。

第二次世界大戦時、デンマークは枢軸側でしたから、
これはつまり全員で捕虜になることを意味しています。



艦長はこの事態に導いたことを詫びつつ皆に感謝を述べました。



そのときです。
思い詰めたようにホブソンがある計画を打ち明けました。

彼は戦前世界中に行った経験があり、その島のことも知っていました。
港があったので、きっと燃料もどこかにあるはずだというのです。

作戦とは、自分がドイツ軍パイロットに化けて上陸し、偵察の結果、
もし燃料があったら合図するから、皆で燃料を強奪するというものです。

「もしドイツ軍の制服を着て捕らえられたら、捕虜では済まないぞ」

「どうせ誰も涙なんか流してくれませんから」

艦長、黙ってフォローせず。
彼の艦内での孤立と家庭事情を知っているだけにね。

「一緒に行きたかったが・・・」

「艦長のドイツ語ではいざというとき役に立ちません」



ボートで一人港の桟橋下に漕ぎ着いたホブソンは、
小さな懐中電灯で潜水艦に信号を送りました。

「埠頭の突き当たりにタンカーを発見」

しかしこの光は、離れた場所にいる見張りに見られていました。



ホブソンは見張りの前に姿を現し、流暢なドイツ語(多分)で
自分が撃墜されたパイロットであり空軍大尉であることを申告します。



警衛の事務所に連れて行かれ、責任者は大尉に向かって敬礼しましたが、
ちょうどそのとき信号を発見した見張りから電話がかかってきました。

電話に向かって「いますぐ確認します」と言ったところで、
背後からホブソンは素早く彼を殴打し、制服からナイフを抜いて一突き。
外の見張りもやっつけて、武器をあちこちから集めました。



警報の鐘が鳴り響く頃、彼はすでに機関銃のセット完了。



たった一人でやってくるドイツ軍を迎え撃ちます。



そのころ「シータイガー」の上陸部隊が到着しました。

上陸部隊は、潜水艦内で来ていたセーターなどの私服ではなく、
士官下士官兵全員が軍服にテッパチで統一しています。

陸戦では敵味方を識別する必要があるため不可欠なのでしょう。



強襲部隊はデンマーク船籍のタンカー「インゲボルグ」に乗り込みました。
連れてこられた「インゲボルグ」船長に、テイラー艦長は

「イギリス海軍だ。石油と物資をいただきたい。
そして我々には議論する時間はない」


すると船長は

「デンマークはイギリス海軍ならいつでも歓迎しますよ」

そういうと、挙げていた両手を微笑みながらおろし、
艦長の手を両手で握ってくるではありませんか。

デンマークは、国境を隔てているドイツとは、
いつも気を遣って関わってきた(触らぬ神に祟りなし的な)国ですが、
第二次世界大戦でドイツ側であったとはいえ、それは
攻め込まれたくないからというだけの消極的な理由が大きく、
ドイツに戦争参加を求められてもほとんど逃げ腰でした。

政府は当初ドイツに従いレジスタンスを取り締まっていましたが、
ドイツが不利になるとレジスタンスが臨時政府を樹立したほどですから、
民間にもかなりドイツに反感を持っていた人が多かったと想像されます。

このシーンはそのようなデンマークの立ち位置が垣間見えますね。


さあ、これで燃料と食料、修理は確保できました。



上陸部隊のマイクとナンバースリー、ジョンソン中尉。



孤軍奮闘のホブソンと合流成功。



しかし激しい撃ち合いでマイクもホブソンも軽傷とはいえ弾を受け、
そろそろこちらの弾薬が尽きてきました。

こちらに銃撃戦による死者も出て、負傷者も増え、
限界か?と思った時、「シータイガー」は燃料補給を完了し、
帰還命令の笛の合図が鳴り響きました。


テイラー艦長が上陸部隊の帰りを今か今かと待っています。

そして、ドイツ軍が沿岸に迫る中、ギリギリのタイミングで
舫を解いて出港を完了しました。


「グッドラック!」

タンカーからは船長が手を振ってお見送り。
イギリス軍に物資供給したことがバレて酷い目に遭わないといいですね。



さて、某所航行中の漁船が、浮上する潜水艦からの信号を受けました。



「報告願う シータイガー基地に帰投せんとす・・・
すぐにCインC(本部)に伝えろ!」






ニュースはすぐにイギリス本土に報じられました。


領海に入ると、すれ違う軍艦が信号を送ってきました。

「なんて言ってる?」

「おめでとう・・・・撃沈」

「何だって?」

「B・・・『ブランデンブルグ』です艦長!」



「まじか!おいコントロールルーム!
『ブランデンブルグ』を沈めたぞ!」


瞬時にして艦内にニュースは伝えられます。
コントロールルームのゴードン中尉から、伝令によって、



腕を負傷して寝ていたジョンソン中尉にも。



湧き上がる歓喜の声。



そして「シータイガー」は生きて基地に帰ってきました。



港の艦船が一斉に汽笛を鳴らして彼女を労います。



骸骨の凱旋旗を立てての入港。



民間船の上からも皆が手を振っています。


母艦には信号旗が揚げられました。



ホッブスが艦長に信号旗の意味を伝えます。

「WELL DONE P-61」



そして出撃した時と同じ、P-211の横に着舷。



艦長が報告に向かう母艦の艦上には溢れんばかりの乗員がお出迎え。
(ロイヤルネイビーの皆さんエキストラ出演)
HMS Forth
1937年から1979年まで就役した潜水艦デポシップです。



テイラー艦長は、待っていた潜水艦隊司令(イアン・フレミング)と
隣のP-211の艦長に任務終了報告を行います。

前回の意趣返し?か、

「オールドムーアのアルマニャックを使っただろう?」

と揶揄うハンフリー大尉に、

「うん、実は魔法の鏡を使ったんだ」

とテイラー大尉。



そして岸壁には、夫、婚約者、息子を待つ家族たちが・・。



マイクは誰よりも会いたかった婚約者に。


マイクの上司でかつ未来の義兄、チーフ・ダブスは、
ミス・ハーコートと再会しました。

「ハロー、アラベラ!」

「はい?」



すると、タグが横から彼女を掻っ攫い、

「”グラディス”に新しい刺青見せてあげて」



これどうすんのよ。
「アラベラ」という名前の人が現れるまで待つ?



そしてホブソンは息子のピートを抱き上げました。

「ぼく潜水艦見たよ」

「入ってくるところも見た?」

「見たよパパ」

「お前は知らないと思うけど、潜水艦は戦艦を連れてきたんだ」

「そんなのいなかったよ」


ホブソンはカバンから戦艦「ブランデンブルグ」の模型を渡しました。



そこに柔らかい微笑みを湛えた妻が・・。



「やあ、アリス」


「家に帰ろう」

妻には異論はありませんでした。

「Aye.」

セーラー風の答えに、妻の夫に対する理解が込められています。



艦長はまだ艦隊司令に捕まったままでした。
艦隊司令はこの時も、前半に続き2回目となる謎のセリフを口にします。

それは、

「(君の)おばさんに会うことになると思うよ」
I suppose you will be seeing your aunt.

というものなのですが、この「おばさん」のことを、
なぜ艦隊司令が毎回いうのか、最後までわかりません。

予想ですが、この艦隊司令は実はテイラー大尉の「叔父」で、
「おばさんに会う」つまりうちに来たまえと言っているのでしょうか。

テイラー大尉が金持ちであるらしいことは執事の存在で明らかですが、
これをパクった疑いのある後発のアメリカ映画「クラッシュダイブ」では
主人公がまさに執事持ちの金持ちで、叔父さんが海軍の上官でしたよね。


そのとき艦長は、通りかかったゴードン中尉に声をかけて、

「士官室に行くならグロブナー2777番を」

おそらくまた執事に無理を言って、ミスシーモアだかジョーンズだかと
連日デートの約束をさせるのでしょう。



艦隊司令は、またも出撃していく潜水艦を見やりながら言います。

「また魔女が行くぞ。
ここにはただ通過するだけだ。
一隻入ればまた一隻が出ていく。
まるでバスの運行のようだ」



今年の潜水艦映画ナンバーワンの称号を捧げたい作品です。


終わり。

We Dive at Dawn (1943) WW2 submarine movie full length





映画「潜水艦シータイガー」〜戦艦「ブランデンブルグ」を追え!

2023-09-04 | 映画

第二次世界大戦時のイギリスで公開された潜水艦映画、
「潜水艦シータイガー」続きです。

休暇が始まったその日に、極秘のミッションのため呼び戻された
乗組員の各々の思いとは全く無関係に、「シータイガー」は
全くどこに行くかもわからないまま、出港準備が整えられました。



艦隊司令官らに挨拶をして、テイラー艦長が乗艦し、
書類を片手に持ったままセイルを上るという、
実に本物っぽいけれどおそらく外部者には難易度高いシーン。

艦長を演じたジョン・ミルズは実地に潜水艦に乗り込み、
訓練を経験して演技に備えました。



” Let go, forward.”
” Let go of your forward spring.”

この号令とその復唱で、艦首側の舫が外されます。


” Slow astern, starboard.”
(右舷、微速後進)

「シータイガー」出港。

横のS-211と「シータイガー」は同じS級という設定なのに、
同じSでも配備された国が違うので、全く形が違います。
しかしそれは言わないお約束。



海軍協賛の潜水艦隊宣伝映画ですから、
任務の細部をこれでもかと再現してくれるのがうれしい。



潜航前に艦長から訓示が行われました。
総員が初めて聞く今回の任務内容は、

「ドイツ軍の新造戦艦『ブランデンブルグ』を沈没させること」



いざという時のパフォーマンスを確保するため、
日中も海上航走を行います。


危険ゾーンに入ったのに海上航走していることに対し、

「”サブ”はアンダー、”マリーン”は水なのになあ」

と屁理屈で文句を言う乗組員たち。



こちら結婚式を中止して戻ってきたCPOマイク・コリガン。

結婚式に出席していた機関室のタグが近づいてきて、

「結婚する気がないのなら、(自分の狙ってる)
タバコ屋のグラディスに渡すから指輪をくださいよ」


と厚かましいことをいいだし、マイク驚愕。



グラディスとは、マイクの婚約者の兄、CPOのディッキー・ダブスが
名前をついに聞き出せなかった「ミス・ハーコート」のことです。



そのとき見張りがドイツ軍の救命ブイを見つけました。

中は無線が打電できて避難できる空間になった浮きブイで、
赤十字がペイントされており、これを攻撃するのは国際法違反です。



ドイツ軍のパイロット3名が味方だと思って合図してきましたが、
敵だとわかると一人が内部から味方に打電を始めました。



そこで艦長はブイのアンテナの物理的破壊を命じました。



「あんたがたの国際法はどうなってる?
救命ブイで助けを求める飛行士を撃つってのはどうなんです?」

「違うだろ?無線で我々を知らせたのでは?
電波を遮断したのは申し訳なかったがね」

「判断が早いですね、ヘア・カピタン」

そこに彼らが呼び寄せたドイツ軍機のエンジン音が聞こえてきました。
ハンスというこの空軍飛行士は、ふてぶてしく、

「こっちも早かったでしょう?ヘア・カピタン」


急速潜航に伴い捕虜は艦内に引っ張り込まれましたが、
このパイロット、やはりただ者ではない。



机の上に出しっぱ(まさか見られるとは思わず)になっている
艦影表から、ブランデンブルグの名前を読み取りました。



さて、偶然恋敵となった操舵CPOと魚雷担当兵長ですが、
そうとは知らないCPOディッキーは、よりによってその恋敵に、
「ミス・ハーコート」と腕に刺青してくれ、と頼んでいます。

「ああ、グラ・・いやアラベラですね」

「アラベラって名前なのか!じゃそれで!」

翻訳ではタメ口で会話していますが、この二人、一応上司と部下なので、
ここではその関係性に配慮しておきます。


ところで刺青といえば、イギリス海軍の揚陸艦が晴海に来た時、
ロイヤルネイビーの皆さんが、士官下士官兵、階級に関わらず、
例外なく二の腕にびっしりと刺青を入れていたのを思い出しました。

それはもう、アメリカ海軍よりはるかにモンモン率高かったですが、
これってイギリス海賊の時代からの海の男の伝統かもしれん。



その会話を横で聞いていたマイク、

「タバコ店の人?それって確か・・グ」

「そうそう、マイク、彼女アラベラっていうんだ。
で、彫る値段だけど、6文字で1文字2シリングです」

ちなみに、年齢はだいぶ下ですが、こちらもマイクの方が階級が上で、
しかもおなじ魚雷担当ということなので、本来敬語で喋るべきところです。

ディッキーは『I LOVE MY NELLY』という元カノの名前の刺青を見せて、

「頭にARAをつけて、NをBに変えて、YをAに変えればいい」

いいのかそれで。っていうかYをAに変えるってどうやって?



ドイツ人捕虜に食事を持っていったホブソンは、捕虜のリーダー格、
ハンスから、君たちブランデンブルグを追ってるだろ、と聞かれます。

「何それチーズの名前?」

とホブソンがとぼけると、ドイツ人たちは笑って彼を馬鹿にしますが、
彼はあえて彼らのドイツ語がわからないフリを通しました。



そのとき「シータイガー」は機雷原に突入しました。
艦体が機雷のケーブルを擦る音がし始めます。

何の音だと訝るドイツ人たちに、ホブソンは

「機雷原だ。集中爆発が楽しめるぞ」

このとき、英語を通訳したハンスに、ドイツ語しかわからない捕虜Aが、

「Minen?(ミーネン、機雷の複数形)」

とパニクリ出しました。
彼らはドイツ語で口論を始めましたが、捕虜Bの、

「昨日クックスハーフェンで見た”あの戦艦”が・・」

という一言を聞きつけたホブソンの目が光りました。



すぐにマイクに見張りを代わらせます。

さっそく、機雷原の恐怖に騒ぐ捕虜Aに、
君らの機雷なのに何心配してるん?と皮肉を。



ホブソンは艦長に捕虜から聞いた
「ブランデンブルグ」らしい戦艦の位置情報を伝えました。


そこに、恐怖で錯乱した捕虜Aがかけこんできました。
艦長に機雷原を通るのをやめてほしいと叫んでいます。

そんな彼を殴り倒し、床に転がったところを何度も殴打したのは
なんと、同じドイツ人のハンスではないですか。

マイクが慌ててハンスを羽交い締めしましたが、
倒れた男はもう虫の息となってしまいました。

ハンスはなぜ捕虜Aを殺そうとしたのでしょうか。



ハンスに艦長はホブソンに通訳させて尋問を試みます。

「Was wollte er sagen?」(彼は何を言おうとした?)

ホブソンが話すドイツ語を聞いた途端、ハンスは顔色を変えました。
今までの会話を全部聞かれていたと知ったからです。

しかしハンスは質問に黙秘を貫こうとします。
彼がAへの暴行に及んだのは、軍機の漏洩を防ぐためでした。

「シータイガー」が、このままだと機雷原を突っ切ると知り、
それに恐れ慄いたAは、「ブランデンブルグ」がキールにいると伝えれば
作戦を諦めて機雷原を通らず引き返してくれると考えたのです。

これに対しハンスは、機雷でたとえ自分たちが死ぬことになるとしても、
情報を渡して国を売ることをよしとしない根っからのプロ軍人でした。

それでは、第3のドイツ人Bはどうでしょうか。



BはAと同じ考えでした。
彼もまた「シータイガー」の機雷原突入をやめさせたいので、
「ブランデンブルグ」をキールで見たと艦長たちにバラしてしまいます。

ハンスはドイツ語でBに囁きました。

”Du feiger Hund.”(この卑怯な犬め)



「ブランデンブルグ」がすでにキールに着いていたことはわかりました。

しかし艦長は諦めませんでした。
彼女がこれからキールからバルト海に向かうなら、
こちらもバルト海まで追いかければいいのです。

それには防御ネットを超えていかなくてはいけません。
艦長はそのためできるだけ海面を高速で航走することを指示しました。



航行中は基本乗組員は暇なので、思い思いに過ごしています。
こちらおっさん二人、刺青を彫ったり彫られたり。

方や名前も聞かせてくれない女の名前を刺青しようとする男。
方や自分の好きな女を取られまいと出鱈目な名前を他人の肌に彫る男。

どちらも潜水艦乗員としては優秀なはずだけど、いかんせんあほだ。



NELLYをARABELLAに変更する過程なので、
BELLY(お腹)になってますが、まあ気にすんなって。

そこにホブソンが通りかかり、

「女のために男がする愚かなこと・・」

と皮肉な一言。(でも正論)



そのホブソンですが、ゴードン中尉に

「前に模型作ってたけど、息子さんは気に入った?」

と聞かれて、

「いえ。あれは無くしてしまいまして」

と下を向いて答えます。
実は義兄と乱闘した時にはずみで壊れてしまったのでした。



潜水艦は暴風雨の中、海上航走を継続しており、
そこにいたメンバーが全員ワッチ増員に呼ばれて行ってしまいます。

「あー、陸軍に行けばよかった」

こんな時必ず乗組員がつぶやく決まり文句と共に皆が出ていくと、
ホッブスは一人になり、息子のために新しい模型を作り始めるのでした。


そのときマイクがタグを呼び止めました。

「刺青はどんな感じ?」

刺青のことは引き止める口実で、彼が気にしているのは
タグが指輪をねだった時に言った、

「式に出席していたピアノを弾く男(チャーリー)が彼女を気に入っている」

といういらん情報でした。

「エセルがあいつに興味あるって・・なにか知ってるの?」

「いやいや、ただ彼女は音楽が聴きたかっただけだと思うよ〜」

無責任な答えに、余計に心配そうなマイク。
タグっていうのは掻き回し屋っていうか、かなり性格悪いな。



「シータイガー」はバルト海に入ろうとしていました。
その途端、機雷のワイヤを艦体が引っかけた手応えが。



”Stop boat.
Full astern together.”
(機関停止 全速後進)


まるで格闘技のように全身を使って操作。



ここからの一連のシーンには、頻繁にエンジンテレグラフが表示されます。
外界の状況を模型で表すしかない状況で、
艦長ー機関士ーテレグラフの繰り返しが緊迫感を高めます。



そのとき、防御網に突入してしまいました。



艦長は後退の後前進全速を指示しました。
正面から何度も突入して網を破ってしまう作戦です。

実際そんな方法で防御網って破れるようなものなんですかね。

現場が「次の突入で成功するか」で5シリング賭けて盛り上がる中、
あっさり2度めに潜水艦は防御網を突破。

そのままバルト海に突入し、しばらく平穏な海上航走が続きました。



しばしの平穏、乗組員たちは思い思いに過ごしています。

ホブソンは模型作りの続きを、マイクは指輪を眺めながら、
そしてタグはディッキーの刺青の「ARABELLA」を
「RABELLA」と後1文字というところまで完成させました。

「ブランデンブルグ」を追い続けてここまできましたが、
そろそろ燃料の残存にも心配が生じてきます。



総員配備は突然やってきました。
モールス信号が光ったところが発見されたのです。



潜望鏡深度にして艦長が突き止めようとしますが、
まだ日の出前で艦影を認識することができません。



当初見えたのは駆逐艦一隻だけでしたが、
ホブソンの聴音により、影にもう一隻いることがわかりました。
後ろにいる艦が見えてきたところで艦影図と見比べます。



「ブランデンブルグだ!」



全魚雷を総動員しての攻撃開始です。
艦長命令を放送しているのはフランキーというスチュワード。

男たちの一人が興奮して、

「発射管全部だって?ブラインド・オライリーだぜ!
ブランディボールをぶっ放せ!」

ブラインド・オライリーは、たとえばゲートが空いた時などに
一斉に皆が飛び出す様子、ブランディボール
チョコの粉をまぶした「トリュフ」(つまり砲弾)のことです。

どちらも「ブランデンブルグ」と似ているだけのダジャレですが、
日本人には全く伝わらないので、字幕ではただ、

「ブランデンブルグの登場だ!」

となっています。
翻訳と字数の限界でこれは仕方ないかもしれません。



魚雷深度に浮上させる操舵のディッキーに、
「ファースト」ブレース大尉が言うのは、直訳すると

「あまり上げすぎないようにな、コックスウェイン。君の義弟のために」

マイクが魚雷を撃ちやすいようにってことでしょうか。



攻撃開始。

艦長はナンバーワンに艦の位置を知らせながら、
ナビのゴードン中尉に逐一艦位を報告させます。

「グリーン4−0、サー」

えーと、グリーンって何かしら。



しかし狙いを定めるには見るたびに位置が変わっています。
翻訳されませんが、このとき艦長は、

「バカなフン族め、俺が見ている間くらいじっとしてろ!」

なんてことを、どさくさ紛れに言っています。

フン族は別にドイツ人の祖先でもなんでもないのですが、
少なくとも第一次&第二次世界大戦当時、
イギリスと連合国はドイツを「フン族」と呼ぶのを好みました。

1900年の義和団の乱の際、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の、

「敵に対してフン族のように容赦するな」

という演説から、ドイツ人の野蛮性を強調するあだ名となっていたのです。

しかし、揺れすぎでなかなか照準が合わず、一旦攻撃は様子見になりました。
深度10メートルのまま待機です。


そしていよいよ攻撃の準備開始。
字幕では「必ず成功させる」となっていますが、この部分実際は

”Looks as if we've got it on a plate.”
=「まるで皿に盛ったみたいだ」


大きな仕事に対処しなければならないと言う意味ですので、どちらかというと

「大仕事だぞ」

みたいなニュアンスかもしれません。


そのとき床からひょっこり頭を出したのは、
エンジンルームのおっさん。(役名なし)

「顔出さずに艦長と俺たちに任せてろ」

頭を抑えられてまた潜っていきました。



そして、ついに艦長が瞬間の好機を捕らえます。

「攻撃用潜望鏡をしまえ。グループダウン」



左「コントロールルーム、オールチューブス・レディ」

「キャプテン、サー、オールチューブス・レディ」



「スターンバーイ・・・」

「スタンバイ!」

「ファイア!(発射)」


続く。

 

映画「潜水艦シータイガー」〜それぞれの人生

2023-09-02 | 映画

久しぶりに正統派潜水艦映画というべき作品を観ました。
「おすすめ潜水艦映画」には滅多に出てこないタイトルですが、
それらの有名作品に引けを取らない完成度です。

潜水艦戦に続き、後半敵基地に潜入して大暴れ、という構成は、
タイロン・パワー主演の「潜航決死隊」Crash Diveと全く同じですが、
製作年はこちらが1年先ということから、「潜航決死隊」が
このイギリス映画の二番煎じである可能性は高いと思います。

後発の潜水艦映画に何度となく登場する、
駆逐艦に沈没したと見せかけるための「死んだふり作戦」も、
わたしが観た全ての作品の中で今のところ最古ですから、
もしかしたらこれが史上初かもしれません。

そう言う意味ではオーソドックスな潜水艦映画の定型そのままで、
どこかで観たシーンばかりのように思いがちですが、
この映画が80年前に制作されたことを考慮すれば、
当時はさぞ画期的な展開とされたに違いありません。

かつ、合間に乗員たちの私生活と人間関係が丁寧に語られ、
彼らの帰りを待つ人々やひとりひとりの乗組員の人物描写も巧みで、
戦争映画という範疇を越えて、十分魅力のある作品です。


制作者一同が海軍本部と「陛下の潜水艦隊」士官下士官兵に対し、
製作協力にお礼をするロゴ。
「ヒズ・マジェスティズ・サブマリンズ」
という文字が、実に新鮮です。


タイトルは「暁の潜航」という意味ですが、こちらが副題。
本作主人公となる「潜水艦シータイガー」です。

撮影に使われたのは、1939年にトルコ海軍がヴィッカース社に発注した

Sクラス潜水艦

で、wikiにはP-614とP615が本作撮影に使われたと書いてあります。

第二次世界大戦の勃発により、S級潜水艦4隻はイギリス海軍に徴用され、
イギリス艦隊のP611級に指定されました。

イギリスにはもともとサファリ級=S級という潜水艦がありますが、
S級よりやや小さく、高いコニングタワーを備えています。

イギリス潜水艦の名付け方というのは独特で、たとえば

Explorer級「Explorer」「Excalibur」
Oberon級「Orpheus」「Ocelot」「Osiris]「Onyx」


といった具合に、意味はまったくランダムに、とりあえず
頭文字だけを一致させた名詞をつけることがあります。
(『ポーパス』級はイルカや鯨類の名前、
『ドレッドノート』級はランダムで、現在『キングジョージVI』鋭意建造中)

「シータイガー」という名前から、この潜水艦が
ロイヤルネイビーのS級であるという設定であるとご理解ください。



S級潜水艦「シータイガー」が哨戒を終えて帰港するところから始まります。

「もう直ぐ着岸です」

「どこにもぶつけなければお茶の時間に間に合うな」

「ティー」という言葉が最初に来るあたりが、イギリス映画です。

艦長はフレディ・テイラー大尉
ロイヤルネイビーのランクでは、大尉がLiutenant、
中尉はSub-Liutenantとなります。

テイラー艦長を演じたジョン・ミルズは、この役を演じるにあたって
実際に潜水艦で河を下る訓練に参加しました。
クラッシュダイブ(急速潜航)を経験した時のことをこう語っています。

「その後、ボートがノーズを下に倒立し、
矢のように海底に向かって加速していくのを感じました。

私は潜望鏡の近くのレールにつかまって、表情を全く変えず、
まったくなんともないように振る舞っていましたが、
その実、グリーンピースのような顔色になっていたのを
誰かに気づかれないかということだけが気がかりでした。」




「シータイガー」はP614とP615を使って撮影されたため、
「4」と「5」を塗りつぶした「P61」が作品における艦番号とされています。



映画を観出してすぐ、自分がロイヤルネイビーの階級と
その慣例的な呼び方について何も知らないのに気がつきました。

艦長が「ナンバーワン」と呼びかけているのは奥の士官で、
役名は「ファーストオフィサー ブレース大尉R.N.R」です。

RNRはロイヤルネイビーリザーブで、ブレース大尉は
予備士官であり、「シータイガー」の副長らしいとわかります。

そして、「サードオフィサー ルテナント・ジョンソン RNVR」

は艦長から「No.3」と呼ばれているわけですが、

RNVR=ボランティアリザーブ(英国海軍志願予備軍)

商船隊の将校で民間人出身ということになります。
おそらくはサブルテナント、中尉だと思われます。

それではナンバー2はというと、役名に「セカンド」はありませんが、
劇中、下士官で「セカンド」と呼ばれている人がいます。
(ここで混乱してしまいましたが、調べてもわからず)

「シータイガー」乗組士官はもう一人いて、
ナビゲーティングオフィサーのゴードン中尉RN
RNはロイヤルネイビーのブリタニア王立海軍大学の卒業生を意味します。
アメリカのアナポリスに相当する教育機関で、艦長も同じです。

ただし、劇中では艦長はゴードン中尉のことを、
単に「ゴードン」とか「ジャック」とファーストネームで呼んでいます。



操舵の先任ダブスが下士官室を覗くと、
魚雷手のCPOマイク・コリガンら下士官連中が、
当番で残る男が病気になってしまって困っていました。

「チーフかマイクが代わりに残っては?」

「俺の妹とマイクが結婚式するのでどっちもダメだ」


そこにふらりとやってきて憎まれ口を叩く偏屈者、
兵長の聴音担当、L.S ホブソン

L.Sもロイヤルネイビー独特のランクで、Leading Seamanの略です。
リーディング・ハンドランクというのは海軍下士官の最高位で、
伍長であり、技能職であり、上級職でもあります。

彼らはその技能によって「リーディング・レギュレーター」
「リーディング・シーマン」などと呼ばれますが、
総括した名称「リーディング・ハンド」と呼ばれることもあります。

ところで、このホブソンが映画の主人公の一人なのですが、
この顔、見覚えありませんか?



カナダ製作のナチス啓蒙映画、「49thパラレル」
(全然轟沈しないのに)邦題「潜水艦轟沈す」で、
カナダを逃亡するUボートの艦長、ヒルト大尉役を演じていた、
エリック・ポートマンではありませんか。



ポートマンはハリファックス生まれの根っからのイギリス人ですが、
貴族的ながら影のあるものの言い方、かつ上品で気品のある雰囲気で
ドイツ人やナチス将校を演じるのが得意な俳優でした。

「緯度49」で演じたUボートの司令官があまりにハマっていたため、
英国人でさえ多くが彼をドイツかオーストリア系だと思っていたとのこと。



そして、この映画の3人の主人公のうち残りの一人、マイク・コリガンは
やはり「緯度49」でUボートの乗員(ヒルトに処刑される)を演じた、
ヨーロッパでは超有名な性格俳優、ニール・マクギニスが演じています。



辛辣で一匹狼のホブソンは、上陸後のナンパ話で盛り上がる乗組員に
思いっきり水を差して皆に煙たがられる孤立キャラ。



この映像はもちろん本物のロイヤルネイビーの皆さんによる操艦。



母艦に接舷してある艦とメザシにするみたいですね。
P211「サファリ」は実在のS級潜水艦ネームシップです。



「右舷微速後進」”Slow astern, starboard.”
「右舷微速後進」”Slow astern, starboard, sir.”

艦長の号令の掛け方も本場仕込み。


さっそくP211の艦長が声をかけてきます。
獲物なしの「シータイガー」に対し、こちらは2隻撃沈したとマウンティング。



悔しまぎれにテイラー大尉は、

「オールドムーアのアルマニャックでも使ったか?」

と言っていますが、これはイギリス人でなくてはわからないでしょう。

「オールドムーアの暦」は2世紀半に渡って現在も発行されている
月や潮の満ち干、交通情報、占星術を記した発行物で、
現代ではインターネットで入手できる、アイルランドの伝統の復活、
テクノロジー、都市農業、カントリースポーツ、珍しい動物種、
レシピ、ヒント、超常現象、伝統医学、星占いの読み物となっています。



セイルを降りる艦長。



それを見ている母艦の乗組員多すぎい〜!
絶対これ野次馬か、映画に映るために出てきただろ。



無事帰還を潜水艦隊司令(大佐)に報告。



ところでこの大佐を演じている軍人、クレジットはありませんが、
なんとあのイアン・フレミングらしいんですよ。

ご存知ですよね?007シリーズの作者。
陸軍士官学校を出て海軍情報部に勤務、諜報員だったフレミングは、
退役後自身の経験をもとに、ジェームズ・ボンドシリーズを発表しました。

この頃フレミングはまだ海軍情報部に所属していたはずですが、
海軍総協力の作品としてちょい出したのかもしれません。

そして驚くことに彼の出番はこれで終わりではありません。



士官たちにきた手紙を配るのはゴードン中尉。
艦長にきた手紙をくんくんして、

「野すみれ、ジャスミン、フィッシュ&チップス・・?」

誰からきた手紙だフィッシュ&チップス。



テイラー大尉はどうも金持ちの陽キャリア充ぽい。
上陸するなり執事に電話して、毎日違った女性にデートのアポ取りを指示。
ランチはどこそこ、ディナーはどこそこで、次の日は別の女性、と・・。



そこに陰キャの見本のような魚雷担当、マイクがやってきました。

彼は、病気のアーノルドの代わりにフネに残る者がいないので、
自分を当直にしてくださいと頼みにきたのです。

「でも君、結婚式なんだろ? 結婚が嫌になったか」

「っていうか・・今でなくても、もう少し先でもいいかなと」

なんだこいつ。マリッジブルーってやつか?



艦長はもう一つ乗組員の問題を片付けねばなりませんでした。

「フィッシュ&チップス」の匂い付きの手紙を送ってきたのは
兵長ホブソンの義理の兄で、レストランのオーナー。
手紙は彼の妹であるホブソン妻が離婚を要求しているという内容です。

なぜそんな手紙を義理の兄が艦長に送ってくるのかって話ですが、
ホブソンもそう思ったらしく、

「フィッシュ&チップスだけ揚げてりゃいいのに、余計なお世話だ。
艦長もです」

経験豊富で何ヶ国語も喋れる優秀な技術者なのに、家庭環境最悪。
ホブソンを評価しているものの、艦長は彼の言葉に渋い顔をします。



さて、当番代理をこっそり申し出たマイク、
シャワーをご機嫌で浴びていたら、チーフが任務表を見て慌てて、

「マイク、君が当番になってるぞ!結婚式なのに」

「えー、それは大変だ(棒)
でも命令に逆らうのは無理じゃないかな?
全く腹が立つな!俺たちは無力だ」

しかし、チーフにとっては他ならぬ自分の妹の結婚式です。
新郎を担ぎ出すために、機関室のおっさんに賄賂を渡して買収完了。


なのにくだくだと言い訳をして上陸を拒む往生際の悪いマイク。



こちらタバコ一箱で買収された機関室のジョック。
今回の休みはたった48時間だと嘘をつかれていました。
実は7日と聞いて、ジョックはショックを受け飛び出しますが、


騙した張本人はすでに内火艇から手を振っていました。



周りは本物のロイヤルネイビーです。


チーフの実家に連れて行かれたマイクは、婚約者のエセルと再会。



ホブソンは家に辿り着きますが、妻は子供と一緒にいなくなっていました。



こちら将校クラブでマッサージを受けながら、執事に手配させた
デート相手からの電話をうっきうきで待っているテイラー大尉。
横に持ってきていた電話が鳴るなりとって、

「ハローダーリン、元気だった?」



「フレディ、丁寧にどうも。母艦のブラウニングだ」

ブラウニングは袖章から見て大尉。
母艦のことは「デポ・シップ」と言っています。

全くこれと同じ電話のやり取りが「潜航決死隊」でもありましたね。
かかってきた電話を彼女と思い、ダーリンと囁けば相手は上官だったという。
やっぱりハリウッドがパクっていた証拠ですよ。

ブラウニングは大変悲しいお知らせを伝えてきました。

「休暇は中止だ。総員即刻乗艦して任務に備えよ」



怒り心頭のテイラーが、

「レガッタも漕げないアホなジジイ”ドッサー”(金ピカ)が
思いつきで命令出しやがってー!」(直訳)

と思わずわめくと、カーテンの影から海軍少将が登場。

さっき裸でテイラーに「陸軍ですか?」とか聞いてきた人だよね。
相手の所属を聞いたら自分のも言うのが普通なのに、
「海軍」と聞いても何も言わない時点で気づけよって話ですが。

とにかくこの金ピカジジイ、もとい、少将閣下は、鷹揚に

「そんなものだよ、お若いの。
わたしもこれまでの海軍人生でずっとそんな連中と戦ってきたからね。
ではご機嫌よう!」

歴史は繰り返すってか。
この将官の嫌味も、アメリカ海軍とは一味違うジョンブル風味です。



いつものパブで飲んでいた水兵、ダスティ、フランキーらに
休暇中止を告げにきたのはCPOスリム。



こちら妻に逃げられ寸前のジェイムズ・ホブソンは、ヤケになって酔っ払い、
義兄の店に乱入して勝手に「出血大サービス」を始めるという始末。



すると店の奥から妻が顔を出し、彼女の足元をすり抜けて息子が来ました。

この男の子がもう無茶苦茶可愛いんですよ。
ホブソンが艦内で彫った潜水艦を渡すと、

「うー、だでぃー」

(あまり語彙がないらしい)とか言っちゃって。
息子を演じているのはデビッド・トリケットという子役で、
この作品を含め2本の映画に出演しています。


彼の妻、アリスは子供を追い払って、
相変わらず酔っている夫を非難。

お酒くらいでは子供もいるし離婚までは行かないと思うけど、
いったいホブソン、何をやらかしたんだろう。DVかな。



そこにタイミングよく警官が入ってきて、
軍からの非常召集命令を伝えるついでに、
義兄につかみかかっていたホブソンを引き離していきました。



マイクとチーフの妹エセルの結婚式場では、
「庭の千草」(The Last Rose of Summer)を誰かが演奏する中、
美人を仕留めたマイクがやっかみ半分のいじりをされています。



ダブス先任はグラディス・ハーコート嬢が気に入ってアプローチしますが、
ファーストネームさえ教えてもらえません。



式に先立って、神父さんが祝電を読み始めました。

「結婚おめでとう 私の名前を最初の子につけてね 叔母より。
おめでとう、私の名を最初の子につけるのを忘れるな 叔父より」

「双子でも作らなきゃダメだなマイク」


次の電報は軍からのお知らせでございます。

「えー,次、マイク・コリガン掌砲手
すぐさま艦にもどられたし 今夜出港す」

「リコール(召還)だな!」

思わず叫んだマイクの表情に笑いが浮かんでいるのをエセルは見逃さず、



「何かの間違いだよ」

という彼に、

「いいえ、間違いじゃないわ。もう少しで間違うところだった」

と言うや、指輪を彼に返してどこかに行ってしまいました。



このチャーリーという男、結婚が中止になったのが嬉しそう。
エセルを狙っていた感ありありです。

チャーリー「行かなくちゃ。イングランドが君らを必要としている!」

マイク「僕らを追い出したいのか?」

チャーリー「いやいや、悪気はないんだよマイク。
我々は皆自分の役割を果たさなければならないってことだ。
君たちは『サブ』で、僕は僕の仕事で」

ディッキー「『サブマリン』だ馬鹿野郎(twerp)」

潜水艦を「サブ」というのはイギリスではどうもアウトみたいですね。


「シータイガー」では出港準備が始まっていました。


本物のシーンなので逐一写真を上げておきます。


魚雷の搭載。


砲弾を肩に乗せて一つづつ持ち運んでいます。


本物の乗組員の中に俳優も混じって魚雷積み込み作業。



内部から見た魚雷搭載ハッチ。


油船と繋いでいます。



そして乗組員の乗艦が始まりました。


帰還するなりチーフはタバコで買収した機関室チーフのジョックから
わざわざ半日上陸して楽しかったですか〜とイヤミたっぷりで迎えられます。

ジョックはディッキーを「Mr. coxswain」と呼んでいますが、
これは彼が操舵のチーフだからです。


ディッキーはマイクがあまりにいそいそと召還に応じたことから、
妹との結婚に二の足を踏んでいると疑うようになりました。

「次に帰ったらちゃんと埋め合わせするよ」

というマイクに、

「いつまでも妹が待ってくれると思うか?」

と吐き捨てます。

これには理由があって、マイクとエセルの結婚式が中止になったのは
今回が実に4回目なのでした。
なんだかんだ理由がその都度できて、その度にマイクは
しょうがないねーと流してきたのです。

このやる気のなさ、兄としては妹と結婚させたくなくなるよね。


チーフ、スチュワードのフランキーに行き先はどこか聞かれて八つ当たり。

「自分より下のものに極秘の命令は明かせない!」


まあ本当に知らないんですけどね。
ただこういうとき口を閉じていられないのがホブソンという男。

「チーフ以下の階級の者がその任務を実際に行うわけですがねえ」



甲板に出るなりチーフは、ブレース大尉に尋ねます。

「すみません、これからどこに行くのかご存知ですか?」

「悪いが知らないんだ。まだ極秘だ」



艦長はイアン・フレミング演ずる潜水艦隊司令と、
隣のP211艦長ハンフリー大尉に出撃挨拶です。

大佐は直訳すると、

「この哨戒では君たちはさらに興味深い体験をするだろう」

と言っています。

何か知ってるね?艦隊司令。


続く。

映画「FBI vs ナチス」〜彼らはアメリカを破壊しにやって来た

2023-08-05 | 映画

実際に起こった未遂のスパイ事件、「パストリウス作戦」をベースにした
アメリカ制作の戦時啓蒙映画、「奴らはアメリカを破壊にやってきた」
邦題「FBI vsナチス」後半です。

レジスタンス活動がバレてダッハウ送りになろうとしていた女性、ヘルガを
エルンスト・ライターに成り済ました主人公、
カール・スティールマンが救出したところで前半が終わりました。

ヘルガを護送していた2人は、車ごと、工作員養成学校の授業で使った
ピッチ爆弾で爆破されてしまったという状況なので、
養成学校の学生でありヘルガと接近していたライターが疑われる流れか?
と思いきや、ナチス海軍情報部は全くこの件について動きません。

ここで彼が疑われる流れになると、後半のオチに持っていけないからですが、
こういう雑さが如何にも急拵えの二流作品感を免れません。

ゲシュタポってそこまで抜け作揃いじゃないと思うぞ。

さて、カールが死んだエルンスト・ライターの身分を名乗り、
FBIの工作員としてここに来ていることは、彼自身と
FBIのチーフ、クレイグしか知らないことのはずですが、
ここでエルンスト・ライターを知っている人物が出現してしまいました。


エルンスト・ライターの妻です。
彼女は諜報部にいるはずの夫に凸してきました。

いきなりで逃げられないと覚悟したカールは、妻に向かって
自分が訳あって彼の名を騙っている身であると告白します。

まさか彼がアメリカの警察に撃たれて死んだとは言えないので
とにかくこの場を乗り切るため、24時間待ってくれと時間稼ぎします。


その上で、彼はゲシュタポの本部長に、



「妻が精神を病んで、ヒトラー閣下その他高官を罵っています。
わたしのことを夫ではないと言い出しています。
彼女の奇行はもはや国家を脅かすレベルなので・・」

とあることないこと言って彼女を収容所送りにさせようとします。

ドイツ人二人爆破で吹っ飛ばして好きな女性を収容所送りから救った次の瞬間、
次は何の罪もない女性を陥れて収容所にブチ込めですかそうですか。

レジスタンスなら助けられるべき、親ナチの男の妻なら死んでもOK、ってか?
この考えのどこに正義があるのか?と製作者に聞いてみたい。




ところで、この写真の女性をご覧ください。
映画のフラウ(ドイツ語で夫人)ライターの洋服や髪型、ターバンは、
実際のパストリウス事件の裁判に出廷するドイツ人被告の妻のものとそっくりです。



誰の妻かはわかりませんが、美人の彼女は周りを囲まれ、
持っているバッグで顔を隠すも、追い回されてカメラで執拗に撮られ、
ニヤニヤ笑う男たちが付き纏っています。

国家的大罪に対する懲罰という大義名分に乗じた男たちからは、
フランス革命時に、目の覚めるほど美しい貴族の女性を
なぶり殺して陰湿な快感を得ていた連中と同じ匂いがします。

そして、現在の世の中ではこれがネットという媒体を通じて、毎日毎日、
それこそ対象を変え事件が起こるたびに行われているわけですね。

匿名という仮面を得て、マスとなった「正義の民衆」によって。



ゲシュタポの部長にフラウ・ライターを収容所送りにする確約を取り付け、
ほっとして部屋を出ると、入れ違いに夫人がやってきました。



慌てて身を隠すスティールマン。
おそらく夫人は夫を名乗る自分のことを直訴するつもりでしょう。



夫人は、自分の夫を名乗る男をスパイに違いないと訴えます。

しかし、前もってスティールマンから刷り込みされている大佐は
頭から女性の方がおかしいと決めてかかって聞く耳を持ちません。

ここでまともな思考を持つ人間であれば、先ほど出て行ったところの
ライターを名乗る人物を呼び返して二人を対峙させるなり、
仮にも諜報部ならライターの調査資料を取り寄せたりするはずですが、
もちろんこの三文国策映画ではそんな展開にもなりません。

ねえ、ゲシュタポってそんなアホの子の集団だったと本気で思ってる?



とにかくあまりの話の通じなさにライター夫人激怒して、
この無能なゲシュタポの部長を激しく罵ってしまいました。

このときの女性の演説?と手振りは、明らかに
ヒトラー総統の調子を彷彿とさせるものになっており、
この辺りにも作り手の浅薄さが垣間見えてうんざりします。

とにかく、大佐はこれでキレてしまい、夫人を反逆罪で逮捕することに。
さすがに収容所ではなく矯正施設ということですが・・・。



激昂した夫人がカップを投げたりする大立ち回りの末、
連行されて行った後、大佐はため息をついて

「かわいそうなライター・・同情するよ」

と呟きますが、これ、なにかタチの悪いコメディでも見ている気分です。
本作上映時にここで笑いを取ろうとしていたのだとしたら、
つくづく下劣な製作者だと胸糞が悪くなりました。



さて、こちらアメリカにあるカール・スティールマンの実家。
カールが出奔して以降、寝込んでしまった父親ユリウスのもとに、
カールの友人と名乗る人物が訪ねてきます。

FBIのチーフ、クレイグでした。

用は何かと訝るユリウスに、クレイグは病気であなたが寝込んでいるのは
息子を心配してのことだと思って来たといいます。

なぜそんなことを知っているのかな?
やっぱりFBIの情報網ってすごいってことかしら。

そして、驚くことにクレイグはユリウスに、
カールはFBIのために任務を行なっているので心配するなと言うのです。

「この訪問は例外的であり個人的なものです。
わたしは息子さんとの約束があるから。

あなたたちについて面倒を見るとね」

いやいやいやいや、にしてもそれはダメだろうFBIチーフ。
驚き、次に狂喜して彼の母には告げなくては、というユリウスに、

「女性には絶対に言わないでください。
奥様であってもいけませんよ。彼の命はあなたの手にある」


クレイグは父親を信用させるために、胸ポケットから
FBIのバッジを取り出して見せることまでするのですが、
いやだから、なぜFBIの人間がこんな口が軽いんですか。



しかし、効果はテキメン、父親は喜びのあまりすっかり元気になって、
ベッドから降りて葉巻を探し始めるではありませんか。


「ヘンリエッタ!葉巻だ!」

要するに病は気からってことだったのね。


お手伝いの黒人のおばちゃん、テレサも心配してます。


そこに主治医のドクトル・ホルガーがやって来ました。
二人でユリウスの様子にびっくりです。



そして、父親は、嬉しさのあまり、ホルガー医師に
誰にも言うなといわれた秘密を打ち明けてしまうのでした。

「カールはナチスと戦うアメリカのために働いているんだ」

なに、あのFBIの男は「女性には言わないで」と言ったが、
ホルガー先生は女性じゃないから大丈夫、ってか?

あーもう、お馬鹿さんなんだからー(イライラ)

案の定、ホルガー医師はそそくさと帰っていきました。



さて、工作員学校で目論見通り最優秀学生となり、
エルンスト・ライターことカールは、作戦のリーダーとして
いよいよアメリカに送られることになりました。

実際にそうであったように、Uボートでロングアイランドまで運ばれ、
別働隊はフロリダに上陸すると言う手筈です。


そして、カールらが乗り込むUボートの出航日となりました。


この写真からはわかりませんが、実際に工作員チームが運ばれたのは
U-584だったとされますので、タイプはVIICとなります。
映画ではU159と言っています。


Uボートは航行を始めました。
艦内では途端にドイツ語が飛びかいます。



艦長がライターに潜望鏡を覗かせると、そこには
連合国の輸送大船団と護衛艦隊の姿がありました。

逸る様子で「前の艦の下に潜り込んだら1隻はやれる」という彼に、
ライターは視線を落ち着きなく動かしながら、

「いや、それは上の許可が・・・」

「わかってますよ。
あなた方を無事に送り届けるのが我々の使命ですから。
しかし惜しい!」

「いや実に惜しいですねー」(棒)



ちょうどその頃、ゲシュタポのティーガー大佐は
カール・スティールマンという人物がFBIのスパイとしてドイツに入国している、
という情報を受けて、心底のけぞっていました。

やっぱりホルガー医師、ナチスと内通していた模様。

そして、アーネスト・ライターこそスティールマンかもしれないと推測し、
夫がすり替わったと訴えていた夫人のもとに駆けつけました。



大佐がライター夫人にスティールマンについて問いただすと、
本当の夫の口から彼のことを聞いたことを思い出します。

「カール・スティールマン・・・親独協会の一員だったわ」

大佐がそれを聞いて息を呑むと、この激しい女性は居丈高に
大佐のミスと自分を収監したことを責め立てます。



「このことが知れ渡ったらあなたはクビね!
すぐに釈放して!」

彼女は知りませんでした。
ティーガー大佐が決して間違いを認めないこと。
愚鈍なくせにプライドだけは人一倍強い人物であること。

「わたしは慈悲深いの。愚かな人物には特にね」

窮鼠猫を噛むではありませんが、徹底的に追い詰めれば
相手は何をするかわからないということを。

「精神異常者の措置は知っているか?総統の指示を守れ」



大佐が去った独房からは、女性の叫びと続いて銃声が聞こえて来ました。
独房でなんの前触れもなく女性を銃殺って、これにはヒトラーもびっくりだ。


今や正体がバレたカールを乗せたUボートは、アメリカ公海に侵入しました。



そのとき、上空に米軍機が襲来しました。
ロッキードハドソンと思われます。


すぐさまUボートは潜航。
この「水平航行」の部分はドイツ語の合間にここだけ英語で
「レベル・オフ」と言っているのが聞こえます。



目標深度は70と言ってますが、これはメートルだよね?



3機は爆弾を落としてくるのですが、これはあきらかにさっきと違う飛行機、
マーティンのPBMマリナー。(水上機だお)
しかも今調べたら、PBMには爆弾を落とすボムベイは搭載されていません。

深度を110(メートル?)まで下げてなんとか逃れました。



もうすぐアメリカ本土上陸というときになって、
スティールマンは一人で何やらごそごそしています。



これは確か、ピッチ爆弾・・。
自分を無事に連れて来てくれたUボートに何をするつもり?
タイマーを聞いたばかりの上陸予定時間より少し後に合わせています。

そして隙を見計らって、(そんなことが可能かどうかは謎ですが)、
その辺の魚雷の窓をねじ回しで開け、中に爆弾を放り込みました。

こいつ、つくづく鬼畜だよなあ。



同時刻、ティーガー大佐はUボート艦長に宛てて、
エルンスト・ライターの処刑命令を打電していました。

ちなみにセリフで言っている実際のU-159はIXC型で、
23隻もの商船を撃沈した殊勲艦でしたが、
5回目の哨戒でこのPBMに爆撃を受けて戦没しました。


ボートからエルンスト・ライターら工作部隊が下艦したそのときです。



Uボートの無線士が本国からの通信を受け取りました。



ウルリッヒ・ハウザー艦長は電報を見るなり、
なにやらドイツ語でいっています。
(シュバインとか聞こえているから豚め!的罵詈だと思う)

そして、上陸前にライターを捕まえるべく、
浮上を命じますが、ちょっとまって?
たしかUボートには時限爆弾が・・・。


どかーん(擬音)

時間通りに爆音が・・・って、水中とはいえ沿岸で
こんな派手な爆音がしたら、気づかれてしまいませんかね?

しかし、爆音を聴いたのはスティールマンただ一人。
同行の同志誰一人気づいていません。んなあほな。


どうした?じゃないっつーの。

そこにやってきた沿岸警備のジョン・カレンという人物も
爆音は全く聞こえなかったようです。

ボートから降りて来た一団を見咎めたカレンは、実際にも誰何し、
ドイツ人たちが口止めに渡したお金を受け取りました。



カレンは買収されたと思わせておいて、それを報告しています。
300ドル要求したのに260しかよこさなかった、と言ってますが、
実際のカレンも260ドルを受け取っています。


実在のジョン・カレン。
彼はこのときの迅速な行動が犯人検挙につながったとして、
のちに叙勲されています。


映画では(尺の関係で)急展開、次の瞬間ライターは逮捕されました。


そしてドイツから入国した工作員グループは一網打尽に・・。



しかし、スティールマンだけは、こっそりFBI本部に連れてこられました。

「危なかったな。
君の暗殺命令が出ていたそうだ。
誰かが君を密告したと思われる」

その上で、エルンスト・ライターという工作員の立場で
法廷に立って欲しい、といいます。

「刑の執行まであっという間に進めたい」



そして、実際の被告たちが法廷に引き立てられるフィルムが・・。



彼らは二人を除いて全員死刑判決を受け、
電気椅子による処刑の後、ワシントンの草地に葬られました。

Operation Pastorius - Hitler's Dream to See New York in Flames



さて、映画はあの後味の悪い密告の落とし前をつけねばなりません。
スティールマン家にあのホルガー医師がやってきました。

父ユリウスは上機嫌で迎えます。
息子のカールが無事に帰って来て夫婦で喜びをかみしめているところでした。



「ドイツにいたんだって?
聞かせてくれ、恋人はできたかい?(小指を立てて)
フューラー・・じゃなくって、ヒトラーは見たかね?」

つい地金?を出してしまうナチス党員の医師。

「遠くからちらっと見ましたよ。
そうそう、いいニュースがあります。
僕は工作員の名簿を持って帰国したんですがね」

「本当か?よくやったな」



「先生、あなたはリストのナンバー8でしたよ」



「・・・・というわけさ」

チーフ・クレイグは部下にスティールマンの無実の訳を説明し終わりました。

「スティールマンは今どこに?」

「一般市民として忙しくやってる」

なぜか腑に落ちない表情の彼の頬をポンポンと叩き、
ウィンクして見せるクレイグ、というところで映画は終わります。


事件のセンセーショナルな雰囲気にただ流されて、
構成が雑ならプロットの穴も全く綻びっぱなしの前のめりな映画。

なぜカールがFBIに見込まれたのか、なぜ彼がその依頼を受けたのか、
ドイツのヘルガはどうなったのか、そして何より、
Uボートが大西洋を一瞬で横断できたのはなぜか。

深く考えればキリがないほど溢れ出る疑問の数々。
この部下の全く納得いかない表情に、心から共感してしまったわたしでした。

まあ、なんだかんだ言って面白かったですけどね。


終わり。



映画「FBI vs ナチス」〜They Came To Blow Up America

2023-08-02 | 映画

シカゴのMSIでU-505の分厚い写真本を買って帰りました。

あまりに重いので、どこかで置いていくために全ページ写真に撮り、
あとで資料に引用するときにはデータを見ようと思っていたのですが、
どうしても本を捨てるという行為ができず、持って帰りました。

しかし、U-505のシリーズを掲載していたとき、
本のページをめくって記事を何度も確認しながら、
つくづく、アナログ本の便利さを思い知り、
無理して持ち帰ってよかった、と思ったものです。

さて、この本は、U-505の艦歴からタスクフォースに拿捕されるまで、
タスクフォースの作戦、捕虜について、艦体が博物館に展示されるまで、
そこで行われた同窓会やその後の米独双方の軍人たちの足跡、
巻末には潜水艦の歴史までを網羅した盛り沢山な内容ですが、
(にもかかわらず定価19.95ドル)合間には関連する歴史コラムもあり、
そこで紹介されていた第二次世界大戦中のあるスパイ事件を知りました。


■オペレーション・パストリウス

なぜこのUボート本にドイツ人スパイの事件が載っていたかというと、
それは第二次世界大戦中、ドイツがUボートを使って
アメリカ本土に8名のドイツ人をスパイとして送り込んだからです。

作戦名はドイツ連邦軍長官ヴィルヘルム・カナリス提督によって、
アメリカにおけるドイツ人の最初の組織的入植の主催者である
フランシス・ダニエル・パストリウスにちなんだ命名をされました。

わたしはこの事件について興味深く記事を読みながらも、
U-505そのものにはあまり関係がないように思われたので、
シリーズではこの事件について紹介しないまま終わりました。

ところが、U-505シリーズの作成が終わって映画ログに取り掛かったら、
とたんに引っかかってきた1943年のアメリカ映画。

これが「オペレーション・パストリウス」を題材にした作品だったのです。



映画はいきなり字幕から始まります。

「これからご覧いただく映画は、ナチス破壊工作員 8 人の事件に関する
公式記録から文書化されたものではない。
この事件の記録は機密であり、戦争中は
最高司令官によって封印するよう命じられている。
本作品は、アメリカ人に直面している危険を示すために作成された。」

背景では、模型丸出しの軍事施設が爆破される様子が描かれています。



「奴らはアメリカを破壊にやってきた」

という直裁なタイトルですが、本日タイトル画は、
事件を報じるニューヨークタイムズのヘッドラインから
タイトルの「To Blow Up」をお借りしました。

見出しは、

「FBI 軍事施設を爆破するために、ここニューヨークと
フロリダにボートで上陸した八人の破壊工作員を逮捕」

とあり、写真の上のサブタイトルには

「フロリダビーチにナチスの破壊工作員は爆発物を隠した」

と書かれています。

事件の概要は、ドイツからスパイが密入国を果たすも、
破壊活動を行う前に、うち2人がFBIに自首したため一網打尽となり、
裁判の結果、自首した二人以外全員死刑になった、というものです。

にしても、この邦題、『FBI vsナチス』、
いつものことながら他になんとかならんかったんかというダサさですが、
かといって原題の「They came to blow up America」もイマイチです。

名は体を表すという言葉もあることですし、タイトルがこれではと、
この映画の作品としての価値にはあまり期待せずに観ることにしました。




映画はFBIのオフィスから始まります。
FBIのチーフ、クレイグは、スパイ8人の裁判の判決を伝えます。

「6人が死刑、2人が終身刑と30年だ」



若い職員は、全員処刑すべきだと息巻きますが、
クレイグはその1人、スティールマンについて何かを知っている様子。

そして彼についてのストーリーが語られるのです。



事件では、実際にも、8人のうち2人が処刑を免れました。

これがその時のメンバーの写真ですが、処刑にならなかったのは
上段のゲオルク・ジョン・ダッシュとエルンスト・ペーター・バーガー2人。

ダッシュとバーガーは上陸後すぐにFBIに駆け込んで自首し、
仲間の居所も密告したため、作戦は発動前に阻止される結果となりました。

なんでも、ダッシュは反ナチズムで、最初から任務を遂行するつもりはなく、
FBIに密告することをバーガーに打ち明け、行動を共にしたということです。

反ナチの人間が、スパイの訓練を受け、しかもリーダーとして
この作戦をオーガナイズしていた、というのがなんとも不可解ですが、
本作は、当時誰もが持ったであろうその疑問の「謎解き」を試み、
ダッシュが実は最初からアメリカのスパイとして活動していたからだ、
という大胆な仮説を立て、それを作品化したものです。



■親独協会



この夜、息子のカールが久しぶりに帰ってくるのを、
老いた両親は待ち侘びていました。

自慢の息子、カールは鉱業会社の顧問弁護士として
3年もの間南米に赴任していたのです。

愛する息子と囲むために腕によりをかけたディナーの席には、
父の友人で医師でもあるドクトル・ヘルマン・ホルガーもいます。



父親のユリアスはかつてハイデルベルグ大学の教授だった人物ですが、
なぜここでは小学校教師にあまんじているのだ、というドクターの問いに、

「明日のアメリカの国を作るために貢献しているのだ」

彼は移民してきたアメリカに忠誠を誓う、根っからの愛国者です。



ゆえに、息子のカールの、鉱山会社はやめて、
今後は親独協会の仕事をする、という言葉に驚愕します。

父親は親独協会が自分たちの嫌いなナチス寄りだと思っており、
いずれは国家によって潰されるという考えです。

息子を諌めようとする両親を振り切るようにカールは家を出ました。


親独協会の会合で、アメリカのヨーロッパ戦線への参加を
なんとしてでも阻止するべきだと演説しているのは、
エルンスト・ライターというドイツ系アメリカ人です。

「アメリカは大西洋と太平洋、広大な城壁に守られているのだから!」

当初アメリカの世論は、欧州の戦争に巻き込まれるべきではない、
という不戦論が、メディアでも優勢だったように記憶しますが、
この時はすでにドイツがアメリカに宣戦布告していましたから、
もはや彼らの言論は「反政府」「打倒政府」と同じです。


ライターは、自分はこれからドイツに帰国して工作員の養成所に入り、
破壊工作に加わるかもしれないとカールに告白します。

ちなみに、英語では破壊工作のことを「サボタージュ」といいます。

日本語の「サボる」などという派生語は、妨害活動のごく一部、
わざとゆっくり作業をしたりすることから生まれましたが、
英語では「破壊工作」が一番先にくる言葉です。

もう一つ余談ですが、「サボ」はオランダの木靴のサボからきており、
これを履くと作業が捗らないからという説や、逆にこれで
機械を破壊することができるからという説などもあるようです。



ちょうどそこに官警の手入れが入りました。

ドイツ人は日系人のように収容所に入れられることはありませんでしたが、
それでも国内のドイツ人の動きは公的機関から常に監視対象でした。



カールはライターと2人で逃げましたが、
後ろにいたライターは射殺されてしまいます。



自宅に逃げ帰ったカールは、両親から自首を勧められますが、もちろん無視。



すると父は、聞き分けのない生徒を叱る時の古式ゆかしい方法発動。
つまり自分のベルトを引き抜いて息子を打ち据えようとするのでした。

とーちゃん、息子はもう叩いて躾ける年齢じゃないんだよ・・。



ニューヨークのホテルに身を潜めたカールの元に誰かがやってきました。
誰か・・・・あれ?この人確かFBIの・・・?



FBIのチーフがどうして死んだエルンスト・ライターの査証を持っている?
しかも、次の瞬間、クレイグは最も簡単に、写真をペラッと剥がして、



カールをエルンスト・ライターに仕立て上げてしまいました。
さすがFBI、やることがエグい。

■工作員養成機関


ここはハンブルグの秘密情報局。
と思ったら、



次の瞬間看板が英語に変わって、「Naval Intelligence」
・・・ってなんでこうなるの?
ここは、

 "Marine Nachrichten Geheimdienst"
(海軍諜報部シークレットサービス)

とせめて看板を一枚にまとめるべき。
というか字幕をつけたつもりだったのかな。



諜報部内に設営された工作員養成コースに、
今やエルンスト・ライターとなったカールがしれっと参加しています。

例によって彼らは全員ドイツなまりの英語で会話しています。
「アハトゥング!」「ヤボール」「ヘア・カピタン」etc.
要所要所がドイツ語というあのパターンね。


アメリカで追っ手から逃れてきたライターを皆で英雄扱いしているこちらに、
講習に使うのか、U-26の模型が置いてあります。



そこに「大佐」と呼ばれるおっさんが入ってきて、
これから発動する破壊活動についての概要を話し出しました。

おそらく、これは実在の国防軍情報部の部長で、作戦の名付け親、
ヴィルヘルム・フランツ・カナリス(Wilhelm Franz Canaris)
をモデルにしていると思われます。


そっくり

余談ですが、この人、三国同盟後に日本の陸軍参謀から派遣された
大越兼二と組んで、「対ソ戦、英米との戦争は日独を滅ぼす」として、
その信念のもと、平和主義を貫くべきと結論づけた反ナチでした。

最終的には反逆者としてヒトラーに処刑されてしまったのですが、
情報部長時代は「スパイマスター」とまで呼ばれていました。

今回のスパイ作戦立案も出所はこの人だったとされます。


■ヘルガとの出会い


同僚と洋品店に買い物にでかけたカール、いやエルンスト・ライター。
そこで俺好みの美女に目を奪われます。



配給の割り当て(ストッキングは2足まで)を使い切ってしまい、
お目当てのシルクのストッキングが買えずに出ていく美女を見て、
チャーンス!とばかり自分の配給分でストッキングを購入。

「君が履くのか?」



揶揄われながら彼女をお茶に誘い、ブツをプレゼント。

「美脚の女性にはシルクのストッキングが相応しい」

エルンスト(英語なのでアーンストと言っている)は、
美女、ヘルガの名前を聞き出すことができました。


しかし直後、エルンストは情報局のティーガー大佐の口から、
ヘルガ・ロレンツがレジスタンスの疑いのある人物だと忠告を受けます。

そして、そこまでやるならついでに親しくなって尻尾を掴め、と
スパイ任務まで任されてしまいました。



養成コースの講義が行われています。
今日のお題はピッチ爆弾について。



ピッチ爆弾は前もって設定した周波数に感応して爆発を起こす装置で、
周波数の設定はダイヤルで行います。
時計をセットして時限爆弾としても使用可能。


教室内で実際に爆発させて音への感応具合を見せてくれました。
車の爆破もこれがあれば簡単です。
習ったことは覚えておこう。あとで役に立つから。


エルンストはヘルガとのデートを重ねます。
彼女の尻尾を掴むという大義名分もありますしね。


彼女の部屋にいると、キルシュナーと名乗る人物が訪問してきました。
彼は停電したので蝋燭を欲しい、と頼んできます。



ヘルガは蝋燭を数本持たせてやりました。
しかし、残りの蝋燭に何気なく火をつけたところ、いきなり炎が消えました。


コーヒーを淹れている彼女の目を盗んで蝋燭の内部を点検すると、
中から情報メモが出てきました。

「ナチスが祖国を破滅に追い込もうとしている!
巨額の財産が党幹部によってスイスとイタリアの銀行に蓄財されている!」



彼はメモを見つけたことを即座に彼女に報告しました。
そして彼女が内偵されていること、自分が探れと言われたことを告白し、
その上で街を離れて逃げることを勧告します。

彼女をすでに愛し始めているようですね。


ところが部屋を出るなり、彼は2人の男に脇を挟まれてしまいます。
彼らは蝋燭のことも知っていました。
彼女の部屋は望遠鏡で監視されていたのです。



問答無用で彼女は捕えられ、ダッハウ収容所に送られることになりました。
エルンストは、彼女との付き合いについて問い詰められ、

「言われた通り親密になって、蝋燭の件も報告しましたが何か?」

と平然と答えます。

まあその通りっちゃその通りなんですが、ヘルガはそれを聞いて
エルンストに裏切られたと思い、絶望の表情を浮かべます。



いつの間にかヘルガを捕らえられたのは
彼が密告したからだということになっていました。

■救出



その夜、エルンスト・ライターは密かに情報部の敷地に忍び込みました。



何をするかって?

授業で習ったことをさっそく実習しようとしているのです。
っていうか、教材とはいえ爆弾をなぜ一学生が持ってるのかって話ですが。

彼はそれをヘルガを護送する車に取り付けます。



車に乗っているのは運転手と護送係。
幸い女性であるせいか、手錠も腰縄もされていません。



しばらくいくと、道を塞ぐ形で車が停められていました。



車をどけようと降りてきたところを、彼は銃で脅して地面に伏せさせ、



ヘルガを乗ってきた車に乗せて全速力で疾走。
どうして、と尋ねる彼女に、こう答えるのでした。

「君を密告したと言わざるを得なかった。
共倒れを避けるためだ」

「いつか他のことも全て終わったら話したい」

そして、ひたすらアクセルを踏み続けます。
かれらの車に75マイル出させるために。



ドイツならこれはキロメーター表示のはずですが、まあいいや。
時速75マイル、つまり120キロですね。
アウトバーンならともかく、クネクネの山道でこの速度は難しい。

75マイルに達すればどうなるのでしょうか。



はいご覧の通り。
携帯電話も写メも車載カメラもない時代なので、
エルンスト・ライターが犯人であることはもはや誰にもわかりません。

それにしても真面目に授業を受けておくものですね。
本人も言ってます。

「先生の言うことを注意深く聞いておいてよかったよ」


彼女をレジスタンスの同士が脱出させるため、
船を用意して待っているところに送り届けた彼は、
再会を期して最後の抱擁を交わすのでした。


エルンスト・ライターにはこれからするべき任務が残されていました。


続く。


映画「スピットファイア」〜”人々が負った多くのもの”後編

2023-07-05 | 映画

1942年イギリス映画、「スピットファイア」、
原題「最初のごくわずかの人々」(The First of theFew)最終回です。

ドイツが特に都市爆撃を意図した航空機の軍備を着々と進め、
自分達を「追い込んだ」ヨーロッパ、特にイギリスに対し
「覇者になる」野望を抱いていることを知ったミッチェルは、
休暇から帰ると、すぐさま行動を起こそうとしました。

200万の航空機を都市爆撃のためにドイツが生産するなら、
こちらはそれに対抗する軍備を備えなければいけない。

それには、航空機の生産を行うことです。



しかし、ヴィッカースのマクリーン会長にその懸念を訴えるも、

「平和を望む国民は平時に軍備増強を望まない」
(その心は、そんなことをしたら戦争が起こってしまうから)

と、まるで現代の我が国の無防備都市宣言賛成論者みたいになってます。
(いつの時代にもそういう考えが一定数あるっていうことですね)
 
そして、反対意見があるからには一軍需産業には何もできない、
と逆にぼやかれてしまいます。



「ナチスに死と破壊を!
世界一速く、威力のある戦闘機を作りたい」

続いてミッチは政治家の説得に回りました。



まずは予算獲得のため航空省大臣を直撃です。

「7500ポンドならなんとか出来ますがね」

「それじゃ全然足りない」


次いでミッチが尋ねたのはヘンリー・ロイスでした。(似てない)
言うまでもなくロールス・ロイスの創始者です。
その目的は戦闘機に載せるエンジンの依頼。

ロイスはミッチェルの唐突な依頼に困惑しながらも
その熱意に絆される形で、構想中のマーリンエンジンの提供を提案します。

その際、ロイスはエンジンの名前に引っ掛けて、

「キング・アーサーに仕えた魔術師だ。
君と僕でマジックを起こそう!

と綺麗にまとめるのですが、残念ながらマーリンは魔術師の名ではなく、
猛禽類から取られたロールスロイスの一連のシリーズ、

「ペレグリン(隼)」「ケストレル(チョウゲンボウ)」
「ゴスホーク(オオタカ)」「マーリン(コチョウゲンボウ)」

の一つにすぎません。


バックアップを得たミッチは早速設計に取り掛かります。
そんなある日、ミッチの秘書ハーパー嬢が、クリスプを訪ねてきました。


体の調子が悪そうなのに、不眠不休で仕事をしているから、
休むように言ってほしいと親友の彼を見込んでの依頼でした。


深夜事務所をジェフが訪ねると、一人で仕事をしているミッチが。
彼は友人をただ家に連れて帰ってやります。


ソファに座るなり力無く眠り込むミッチ。


ペースを緩めては?というジェフのアドバイスには答えず、

「時速400マイルで飛び数分で1万フィートを上昇し、
急降下にも耐える翼を持ち、8砲の機関銃を搭載している。

口から火を吹き死と破壊をもたらす・・
スピットファイアだ

と、追い求める夢をキラキラした目で語るのでした。

しかし実際、ミッチェルはこの名前を気に入っていませんでした。

ヴィッカーズの取締役、マクリーンが、
気の強い姉(映画では娘と言っている)のあだ名だった(どんな姉だ)
「火を吐く人」という意味の名前を新しい機体につけたのですが、
これを聞いて、彼は、

「いかにも奴らが選びそうな、血生臭いくだらん名前だ!」
 "That's the sort of bloody silly name they WOULD choose!"

と言い捨てたという話が有名です。


ある日、彼の姿は医者の診察室にありました。

この映画では、彼の病名については語られず、ただ、
治療をしなければ半年から8ヶ月、とだけ医師が告げます。

ミッチェルの不調は直腸がんの進行によるもので、1933年、治療のため
人工肛門手術を受けていますが、経過は捗々しくなかったようです。

晩年の彼は、病と戦いながらスピットファイアの設計に打ち込みました。


会社に戻ると、航空省大臣からの、スピットファイアの生産に
政府が許可を出したという知らせで沸いていました。
12ヶ月で完成させてほしい、という上層部に向かってミッチは言います。

「8ヶ月で仕上げます」


ここからは、サー・ウィリアム・ウォルトンの
「スピットファイア」のフーガをバックに、
スーパーマリンの労働者たちの働く姿が次々と現れます。

William Walton's Spitfire Prelude and Fugue


実際にスピットファイアを作っていたハンブル(グはない)工場です。




このメガネの工員はウィルフレッド・ヒラーという人物だそうです。



そんな日々が続くある明け方、疲労困憊して帰ってきたミッチに、
妻、ダイアナは、医者からなんと言われたのかを問い詰めました。


夫の余命を聞いた彼女は、息子と自分のために生きてほしいと懇願します。

妻の涙にほだされたミッチは、一旦休養を優先し、
その後仕事を一気に完成させると言って彼女を安心させるのですが、


そのとき、ドイツ軍のスペイン爆撃を報じる記事を見てしまいました。


次の瞬間、彼は前言を翻し、自分の命を削ってでも、
ドイツの爆撃機に対抗するための戦闘機を完成させると宣言。

泣き崩れる妻はそれでも夫の意思が変えられないことを知っていました。



再びスピットファイア工場の生産現場が映し出されます。


いよいよ機体が完成しようというところ。


プロペラの取り付け。
当時の労働者は普段着で作業を行なっていたんですね。


あとはカウリングを被せるだけ。


完成までの段階が順を追って紹介されます。



そして完成後の機銃テスト。




格納庫から引き出されるスピットファイアの姿。


その頃すでにミッチェルはガンの再発のため
仕事どころか体を動かすこともできない状態でした。

彼が不在の間、アシスタントであったハロルド・ペインが、
スーパーマリンの設計チームを率いて作業にあたり、
ミッチは病床からアドバイスは行なっていたようです。

実はミッチェルはガンの専門治療のためにウィーンに飛び、
1ヶ月滞在して検査をしているのですが、病状はもうかなり進んでいて
治療しても効果がないことが判明し、帰国しています。

そしてその後は亡くなるまで、映画に描かれたように
サウスハンプトン、ポーツウッドの自宅で過ごしていました。



いよいよスピットファイアのテスト飛行です。
パイロットのクリスプがネクタイをしているのにびっくり。

実際のテスト飛行は、1936年3月5日に、
チーフテストパイロットのマット・サマーズによっておこなわれました。


関係者が国運をかけたこのテスト飛行を見守る中、
テスト飛行は順調に行われました。



フィルムではスピットファイアでの宙返りや急降下など、
実際のデモの映像が流されます。

この急降下では時速500キロからリカバーしたとされます。
クリスプは最後に、ミッチに素晴らしいプレゼントをしました。



サザンプトンの自宅の庭を低空飛行して、
そこにいる彼に親指を立てて見せたのです。



実際のミッチェルの家はこのような田舎にあったのではなく、
郊外で、まわりには家が立ち並んでいたので、このように
飛行機を通過させ、それを見送ることは不可能でした。


実在のミッチェルの家をGoogle検索してみた(誰か住んでます)


テスト飛行は成功裡に終わりました。



空軍大将がミッチェル夫人に夫を賞賛する言葉をかけます。



その後、スピットファイアの軍認可を待つミッチのもとに
ジェフがやってきました。



ジェフはなかなか軍が認可を下さないことに憤りますが、
ミッチェルは、自分の仕事は終わった、と満足気です。



ちょうどそのとき、妻のダイアナが興奮して
スピットファイアが採用され、製造が決まった知らせを伝えました。

「ドイツに電報を打とう!
『ゲーリング閣下、我々はグライダーを作りました』って」



しかしミッチェルにはもう言葉を続ける気力もありません。



「また会おう」

と適わぬと互いが知る言葉をかけ、去るジェフに、
ミッチェルは最後に親指を立てて見せるのでした。


これがミッチとの最後の邂逅であることを彼は知っています。


ジェフを見送ると、ミッチはダイアナにささやきます。

「皆に感謝を伝えてほしい・・・誰よりも君に」





夫に微笑み、花を持って部屋に入ろうとした瞬間、
彼女は「はっ」と鋭く言って息を呑みます。

この、ミッチェルが召された瞬間を表すシーンですが、
おそらくは実際も同じようなものだったのではないかと想像されます。

レジナルド・ジョンストン・ミッチェルは、1937年6月11日、
42歳の若さでサザンプトン、ポーツウッドの自宅で亡くなりました。



こうしてクリスプ司令はミッチェルとの思い出話を終えました。



「彼は幸せに死んだ。
その後のことを知ればさらに幸せだっただろう」


もちろん、イギリスにとってスピットファイアがいかに
国の護りの要となったか、という意味です。



そのときです。
ハンター中隊に出撃命令がくだりました。



次々と愛機に飛び乗る搭乗員たち(本物)



「基地司令が参加してる」


「なんでや」


「監視役だろ」



クリスプはバニー(実際の部隊長)に、素直に
どこに入ればいいかお伺いを立てております。

「私の後ろについてください」

内心足手まといウゼーとか思ってても言えない立場。

管制塔と連絡を取り、相手が百機の編隊だと知ると、
部隊長は、たったそれだけとは残念、と豪語します。



「Achtung、Spitfire!」
(気をつけろ、スピットファイアだ)


ここからは実際の空戦のフィルムのつぎはぎとなります。


あるトリビアによると、これらのドッグファイトシーンは
1942年の海軍映画、In which We saveからの流用だそうです。

YouTubeで全編観られるみたいです。

In Which We Serve (1942)

うーん・・・英語の字幕でもあればなあ・・。
「同じシーン」を探しましたが見つかりませんでした。

っていうかこの映画、ほとんど海上のシーンなんだけど・・。


ユンカース・・・?


つぎはぎには違いないですが、実際の映像なので
リアリティがあり、なかなか見応えのあるシーンです。

映画ではお荷物になるかと思われた基地司令が、
バニー(実在のパイロット)を撃墜され、
仇を取る勢いで敵機を撃墜する、というありえないシナリオです。

いかに映画のフィクションとはいえ、撃墜される役は
パイロットとして縁起悪いから嫌だとはならなかったのでしょうか。



"Hello, Hunter Aircraft, Control calling.
Nice work. Thank you, thank you.
You could come home now.
You could come home now.
Listening up!"


戦いの終了を宣言する管制塔のコールを受け、
クリスプ司令はほっと一息ついてキャノピーを開け、
さらなる上空を見上げて呟くのでした。

さて、このセリフ、字幕では、

「スピットファイアは決して敵に屈しないぞ」

となっていますが、原語のニュアンスは少し違います。
彼は呟くような、しかし強い声でこういうのです。

”Mitch!”
”Mitch, they can't take the Spitfires Mitch.
They can't take 'em!”

「ミッチ、奴ら、スピットファイアに敵わないぞ、ミッチ。
手も脚も出やしなかったぞ!」

まあでも、これなら字幕の方がかっこいいかもですね。


そして、チャーチルの言葉が帰投するスピットファイアに重ねられます。

'Never in the field of human
 conflict was so much owed by so many to so few'


字幕「戦争ではわずかな天才の陰に無数の兵士たちが存在した」

残念ながら、こちらの翻訳は完全にアウト。

おそらく翻訳者は、The Few の歴史的意味まで知らなかったのでしょう。
しかし、ここまでお付き合いくださった皆様ならもうお分かりですね。

バトル・オブ・ブリテンで戦った航空搭乗員のことを、
「The Few」と呼んでいたのを、最後にもう一度思い起こしてください。



繰り返しますが「The Few」は「一握りの天才」ミッチェルのことではなく、
彼の飛行機で戦った「最初の一握りの人々」(整備クルー等含む)であり、
「Many」とは、かれらにあまりに大きな恩恵を被った人々のことです。

イギリス国民全て、国そのものと言ってもいいのかもしれません。


終わり。



映画「スピットファイア」〜レディ・ヒューストンとメッサーシュミット 中編

2023-07-03 | 映画

1942年度イギリス作品、「スピットファイア」、
原題「The First of the Few」続きです。

今日は、ミッチェルの時代、実在し、実際に
彼の仕事に関わりを与えた二人の人物が登場します。

■レディ・ヒューストン


1929年、イギリスで行われたシュナイダートロフィーレースで
前回に引き続きイギリスは、スーパーマリンの
S.6による優勝を果たし、関係者による祝賀会が行われていました。



真ん中に置いてある物体は、シュナイダートロフィーです。
西風の神ゼフィルスが波頭にキスしているというモチーフで、
この巨大なトロフィーは毎年優勝国が預かりますが、
3回連続で優勝した国には永久保持の権利が与えられることになっています。

実際は1919年、20年、21年と連続でイタリアが優勝したのですが、
イタリアは、「他の国の準備が整っていなかった」として
紳士的に3回優勝にも関わらず権利を放棄していました。

イングランドはこれで2回連続で優勝を果たしたことになり、
あと一回で永年トロフィー保持の栄誉を手に入れます。


パーティ参加者が、祝賀会会場から見える個人所有の船舶に
「政府を倒せ」「目覚めよイングランド」
などとアジテーションを電光掲示しているのを見つけ騒ぎ出しました。



船は有名な富豪で慈善家、政治活動家(反共産主義者)、参政権論者、
船主で馬主で強烈な愛国者である、

レディ・ヒューストン
Dame Fanny Lucy Houston
Lady Houston
Baroness Byron DBE
(1857 – 1936)


のものでした。

彼女は一般家庭の出で、若い頃はプロダンサー、コーラスガールでしたが、
16歳の時に歳上の愛人が残した巨額の遺産を手にいれます。

その後夢だった舞台に女優として立ったものの、3週間目に
男爵の息子と駆け落ちして全てほっぽらかして遁走。
結婚したものの、うまくいかずに別居生活を経て離婚。
6年後にはバイロン男爵という人に自分からプロポーズして再婚。

これだけ見るとなんともガツガツした上昇志向の強い女性ですが、
普通の成り上がりと彼女が違っていたのは、彼女がその地位と
財産を自らが信じる「国のため」に盛大に散財したことです。

夫が亡くなり、自分の意思で財産を自由にできるようになった彼女は
第一次世界大戦中には前線の兵士に物資を送り、
西部戦線に従軍する看護婦のための保養所をポンと寄付。

ついに大英帝国勲章デイムコマンダー(DBE)を叙勲されるまでになります。

1929年というと、彼女は7年間追いかけ回して捕まえた3度目の夫、
海運王のロバート・ヒューストン男爵を3年前に亡くし、
夫の残した550万ポンドの遺産を手に入れて、いまや
イングランドで2番目に裕福な女性といわれていたころになります。

祝賀会会場にやってきた彼女は、辺りを睥睨しながら、
船のサインを笑う人々に向かって、

「笑うがいいわ。政府は嫌いでもわたしは国を愛してるの」

などと言い放ちます。


ミッチェルが電光掲示板を一人で眺めているとやってきたレディ、

「ハッロー?以前どこかでお見かけしたわ」

ミッチが、あなたの船のメッセージを見ていた、というと、

「笑われようと何を言われようと、皆に危機感を持たせるのが私の役目よ。
私には見える。イギリスに危機が迫っているのが。
強くならねばいけない。陸と海で」

思わずミッチ、

「そして空でも」

「飛行機?速く飛ぶ以外に何ができるの?鳥と同じよ」

「あなただって魚でもないのになぜ船に乗るんです?」

「なんか失礼ね・・不愉快だから帰る」

そういいながらレディ、ミッチの顔を見ながら

「お若い人、あなたを覚えておくわ」


ここはイギリス国会。

あと一回の優勝でイギリスはシュナイダートロフィーレースで
永久勝者となるところまで来ていましたが、
そのチャンスとなる自国開催に暗雲が立ち込めました。

当時のマクドナルド労働党政権は、このレースについて、
まずイギリス空軍からの参加を経済危機を理由に阻止してきたのです。

そしてレースの主催本体となるロイヤル・エアロ・クラブが
開催資金の予算計上を要求していましたが、それも
航空省によって正式に却下となり、RAFのトレンチャード元帥は、

「英国が出場しようがしまいが、航空機の開発は続けられる。
この参加が航空界にとって及ぼす影響はないと考える」

と言い放ち、航空省は1929年度のレースに出場した航空機
(スーパーマリンからはS.6)の使用を禁じ、さらに
水上機の経験を持つ空軍パイロットの参加を禁じ、
1931年大会の海上警備は行わないと言明しました。

出るなとは言わんが前の飛行機は使わせない、パイロットも民間で用意、
その他費用は出さないからかってにやれということです。

この画面で困っているのは、ヴィッカースのマクリーン会長始め、
航空産業界の大物ですが、彼らにとってもここで
国の後押しがなければ航空産業の危機であるという焦りがあります。

与党労働党は、早い話、航空界の発展より
300万人の失業者対策に予算を当てるべきだという見解でした。



ある日、ロイヤルエアロクラブに、アポ無しで一人の男が訪ねてきます。


男はクラブに10万ポンドの小切手を持ってきたのでした。
添えられたメッセージには

「我々は陸と海と、そして空で強くならねばなりません。
ルーシー・ヒューストン」


実際にこのような経緯での寄付ではありませんでしたが、
レディ・ヒューストンはイギリスの航空界に惜しみなく支援をしています。

当時のイギリスメディアは野党だった保守党支持寄りだったため、
労働党のレースに対する予算拒否に不満を持っており、
ラムジー・マクドナルドの国民政府に圧力をかけていましたが、
ある新聞社がマクドナルド首相本人に電報で

「社会主義政府がスポーツさえも台無しにするのを防ぐため、
レディ・ヒューストンは、イギリスがシュナイダー・トロフィーレースに
参加できるよう、追加費用の全責任を持つ」

とフライングし、事実レディは10万ポンドをポント寄付したのです。


さらにメッセージの追伸として、

「お若い無礼な人、覚えておいたわよ」

三人は大喜びで、メッセンジャーを盛大にもてなすのでした。

この時、ミッチェル35歳、レディ73歳。
ミッチェルを「お若い人」と呼んだレディはこの6年後、
ミッチェルは7年後、わずか42歳で他界しています。

彼とレディが実際に面識があったかどうかの記録はありませんが、
巨額の寄付を受けたときに、邂逅していた可能性は高いでしょう。

レディ・ヒューストンの寄付のおかげで無事開催となった
1931年のレースは、スーパーマリンS.6Bで出場したイギリスチームが
見事新記録を出して優勝し、イギリスは永年トロフィーを獲得しました。



この時のイギリスチーム。
左から2番目に海軍航空隊の人がいますが、
全員がエンジニア含めRAFの軍人です。

ミッチェルはこの功績を認められ、大英帝国勲章、
コマンダーCBE(文民用)を叙勲されることになりました。

なお、ミッチェルの肩書にはこの他に

F.R.Ae.S.

という王立航空協会のフェローであるポストノータブルレターがつきます。

ちなみに、王立航空協会のメダル受賞者には、

1909年 ライト兄弟
2012年 イーロン・マスク


名誉フェローには

2002年 ジョン・トラボルタ

などがいます。


■ウィリー・メッサーシュミット

さて、その後あっという間に2年が経ちました。
映画では、ミッチェル夫妻はジョセフ・クリスプ
(いつの間にか空軍軍人になっている)に誘われて
ドイツに旅行に行ったということになっています。

1933年、ミッチェルが手術を受ける前の出来事とされていますが、
実際にはそのような事実はありませんでした。

なぜここで彼がドイツに行く設定になったのでしょうか。


ドイツのバンドが軽快な音楽を演奏する中、
一行はグライダークラブに招かれ、飛翔を見て楽しんでいました。



ドイツ人たちは彼らに友好的です。
しかし、ナチス式号令一下、行進するヒトラーユーゲントを見る
イギリス人たちの表情は微妙でした。



その晩、ドイツ軍主体の飛行クラブに招かれたミッチ一行。
相変わらずジェフは女好きの血が騒いで、
一人でいる美女とみればいきなり口説きにかかっています。

こんな血中ラテン濃度の高いイギリス人もいるんですね。


クラブの特別室ではナチスの偉い人tが
ミッチェルらのために歓迎会の席を設けていました。

「有名なミッチェル氏と、先の大戦でもお目にかかった
パイロットのクリスプ氏をお迎えできるのを嬉しく存じます」

そして乾杯と、座は和やかに進みます。



「健康で規律ある若者、平和的な人々、心からの歓待、
非常に感銘を受けました」

「乾杯!」



そこに、有名人のサインが満載のランプシェードが運ばれてきました。
空軍軍人のエアハルト・ミルヒ元帥
第一次世界大戦のエース、エルンスト・ウーデット上級大将
そしてご存じヘルマン・ゲーリングのサインもある、
と自慢のシェードに、ミッチェルは快く名を書きます。



宴もたけなわの頃、一人の人物が入ってきました。

「この方はあなたのコンペティター(ライバル)ですよ」

「ライバル?」

「メッサーシュミット博士です」

断言はしませんが、ミッチェルとメッサーシュミットが会ったことがある、
というのはおそらく映画だけの創作でしょう。

国策映画で、しかもこのときはすでにドイツと戦争中でしたから、
ドイツとドイツ人の表現も露骨で、本作におけるメッサーシュミットは、
ミッチェルに言葉の端々でマウントをとってきます。

「お忙しいでしょう」

「確かにそうですが、今は休暇中で」

「もしここが気に入られたら留まってはいかがですか?
よろしかったら興味のありそうなものをお見せしますよ」

「ありがたいですが、ただの休暇なので」

「もしよかったら特別にお見せしたいものも」

「もうグライダークラブを見せていただいたので」

(呆れたような笑いを浮かべて)

「グライダーですか・・ホッホッホ、娯楽にはいいかもですね」


そしてこの顔である

うーん・・。
別にわたしはメッサーシュミットの知り合いではないですが、
なんかこういう嫌味な人じゃなかった気がするんだよな。
実物の写真とか見た感じからも。

実際のミッチェルとこの映画のミッチェルくらい違いそうな気がする。



先ほどのドイツ美女をまた口説き始めたジェフですが、
いきなり横に怖い顔の軍人さんがやってきました

ドイツ語でべらべらっと厳しく来るので

「うっわ・・敵意丸出しだな」

と英語でいうと、軍人さん、

「マイネーム!」(名刺を出しながら)

「マイカルト!」(我が名刺)

「マイワイフ!」(我が妻)

「・・マイグッドネス・・僕どうしたらいい?」



「夫に私を返すだけじゃない?」

奥さん、あんたに問題はなかったとでも?
紳士の彼は、彼女を夫の元に連れて行き、

「ユアワイフ」(返す)

「ユアカード」(返す)

「マイミステイク」(謝罪)

クリスプの一連の言動は、超女好きというキャラが
英国風ユーモアで包まれていて、下品さを感じさせません。



さて、ここからが問題のシーンです。

ミッチェルを囲む懇親会で、話題が彼の専門の飛行機になると、
次第にドイツ人たちの「地金」があらわになってきます。

「我々が作るのは商業用の飛行機だけじゃありませんよ」



「ベルサイユ条約はどうなったと思われますか?」

第一次世界大戦の後、ドイツは敗戦国として厳しい条項を飲みました。
なかでも航空機などの軍需物資の製造は、材料の輸入禁止、
兵器の貯蔵量の制限、連合国の許可を受ける、海軍艦艇の保有制限、
と植民地や財産を没収された上での締め付けです。

ヒトラーの台頭と国民の支持、ヨーロッパ各地への侵攻は
この締め付けが厳しすぎたせいというのは今や歴史の定説です。

そもそもヒトラーが政界でのしあがったのは、
「反ヴェルサイユ条約」を掲げていたからであり、ナチス党の結成以来、
軍事面での監視措置を堂々と破り、国際連盟から脱退し、
ドイツ再軍備宣言によって軍備制限条項の無効を宣言するに至りました。

こりゃちょっとやりすぎたわい、とイギリスさえもが、
一時英独海軍協定などで宥和傾向を見せたほどです。

さて、このシーンは、会話から、ドイツが締め付けに
ブチギレ出している頃であり、ミッチェルが
スピットファイアの設計に取り掛かる前の出来事です。

ここにいるドイツ軍人たちはあからさまにイギリスの
ドイツに対する製造制限について当てこすってきます。

ところで気がついたのですが、この写真で
後ろにいるスーツ姿の男、この人は「潜水艦轟沈す」で
カナダを逃走するUボート乗員の一人じゃないかと思います。
(山小屋でレスリー・ハワードの所蔵する名画を燃やす)

ハワードプロダクションのお気に入りドイツ系俳優だったのかも。


軍人たちより、周りにいる民間人の方が抑えが効かないというか、
見かけ和やかに話を進めようとする軍人たちに対し、
この男はいきなりアドルフ・ヒトラーを称賛しだすのでした。


「歴史は過去だが歴史を作るのも人です。
我々は敗者の過去とは訣別して覇者になりますよ」

こんな物騒なことを言い出すのも、もう一人の民間人。
軍人のおじさんはやばい一般人とイギリス人賓客の顔を
落ち着きない目でうかがっております。

どこの国の軍人も、特にこういう席で政治的会話を
しないようにというプロトコルがありそうですね。



こちらも次第に顔がこわばってきてます。

「敗者の過去はともかく・・・覇者って飛躍しすぎじゃ」

すると即座に言い返してくるドイツ人。

「我々に”飛躍”の用意はできてます」

そこに軍人おじさんが割って入って、愛想笑いしながら

「あーー、もちろん、特に締め付けられたりしなければ、そんなことは・・」

そこでクリスプが、思わず

「上に立つということは、誰かが『負け犬』になるってことですよね?
じゃ、もしその犬がそれを嫌だと言ったら?
何が起こりますか?教えてください」




するとまた別の一般人(ナチス党員)。

「答えは三つあります。第一に、リーダー。
第二に、ドイツ国民がリーダーの後ろで団結していること。
第三に、指導者の背後にいる銃を持ったドイツ国民です。

銃は常に、最後の答えですよ。
それを忘れてしまった国は、滅びるでしょう!」

さらに、「潜水艦轟沈す」の水兵役だった人。

「リーダーと銃がモノを言えば、誰の反論も無意味です」

相手のマウントにイラついたクリスプが、
相手だって銃くらい持ってるでしょう、というと、
ついにドイツ人、本音が。

「相手を上回る銃と、戦車、そして飛行機を装備すればいい」

ミッチェルは思わず

「飛行機・・?」



「ゲーリング元帥は、飛行機を5000機でも1万機でも、
2万機でも、いくらでも構わないとおっしゃっています!」



すると、軍人おじさんが、厳しい表情で
この男に対し、ピシリと低い声のドイツ語で何かを言いました。

言われた男は思わずそちらに体を向けて、
一瞬姿勢を正すようにし、沈黙しました。



かまわずクリスプが「2万機どまり?」とたたみかけると、
負けず嫌いらしいこの男が、(目がやばい)

「都市の一つくらいは数時間のうちに消してしまうほどの数ですよ」

偉い軍人おじさんは、取り繕うように微笑みを浮かべ、

「しかし、恐れる必要はありませんよ。ミッチェルさん。
イギリスは我々にとって敵ではなく我々を助けてくれる友人です」

しかし、せっかくこの軍人おじが場をとりつくろっているのに、
今度はしたたかに酔ったらしい別の民間人が、呵呵大笑して、



「共産主義が怖くて我々の際軍備を阻止できないのさ。
だから
イギリスは金まで出してくれる・・笑えるよ」

なるほど、軍人おじさんが気を遣っているのは
このあたりにも理由がありそうですな。

軍おじはさすがに彼の無礼とあけすけに不愉快そうにし、
ミッチェルに謝罪しますが、彼の心の中には、すでに
ぬぐいようもないドイツへの不信が芽生えていました。



このままどうなってしまうん?

という場面を救ったのは、ドイツ人たちと交流して
すっかりご機嫌で部屋に飛び込んできた妻ダイアナでした。

「あーあなた、とっても楽しかったわ!
皆さん親切で、本当に全てが素敵ね!」

「・・・・・・・・」


帰り道、ミッチェルは思い詰めたようにつぶやきます。

「帰ってやることが見つかったよ」


続く。




映画「スピットファイア」〜”最初の一握りの人々” 前編

2023-07-01 | 映画

MSIに展示されていたスピットファイアがきっかけで、
この映画を初めて観てみました。

名機スピットファイアに至るRAFの主要戦闘機の設計に大きな足跡を残した
設計技師、レジナルド・ジョセフ・ミッチェルの物語です。

アメリカと日本では「スピットファイア」になっていますが、
1942年イギリスで公開されたとき、そのタイトルは

「The First of the Few」

でした。
この言葉は、映画の最後に紹介される通り、
ウィンストン・チャーチルが行ったスピーチの中で

 ”Never in the field of human conflict was so much owed by so many to so few.”
(人類の紛争という場面でこれほど多くの人が
ごくわずかな人々に借りを負ったことはかつてない)


と、バトル・オブ・ブリテンに参加した航空搭乗員たちを
褒め称えたもので、このスピーチ以降、
RAFの搭乗員は「The Few」と呼ばれることになります。

この映画は、その「The Few」の力となり、彼らを救国の英雄たらしめた
名機スピットファイアの設計者、ミッチェルの半生を描きます。

タイトルロールの登場と同時に鳴り響くのは、
サー・ウィリアム・ウォルトンの「スピットファイア」ファンファーレ。

タイトルロールには、実際にRAFのパイロットが出演しているとあります。



まずは当時のヨーロッパがドイツに飲み込まれ、
侵略されていった事情を地図で説明し始めます。

オーストリア併合、チェコスロバキア解体、ポーランド占領、
デンマーク侵略、ノルウェイ制圧、オランダ陥落、ベルギー陥落、
フランス占領・・。

「中世の暗黒時代さながらの暴政がドイツに興りヨーロッパを・・」



イギリス侵略を宣言するヒトラー(全く似てない偽物)



ゲッベルス博士(わかりやすい偽物)



ヘルマン・ゲーリング元帥(無茶苦茶似てるけど偽物)


ドイツが強気でイギリスを侵略する気満々のこの年の9月15日、
それは画面にも記された「ゼロ・デイ」、バトルオブブリテンの最終日です。



RAFの航空司令本部には、女性軍人たちが
巨大なテーブルの地図に、攻撃の現在状況をポイントしています。


無線で受けたルフトバッフェの攻撃状況と場所を記したマークを、
長い熊手のような道具で地図の上に配していきます。



攻撃部隊第48次までを数えた時、司令本部にも空襲警報が届きました。
いつものこと、といった冷静さでヘルメットを被り、
その場で同じ作業を続ける女性軍人たちが実に男前です。

このとき地図にトンブリッジ・ウェルズという地名がアップになるのですが、
イギリス人の知り合いの結婚式で、ここに行ったことを思い出しました。

たまたま招待されなければ一生知ることもなかったであろう地名を、
こんな古い映画のピンポイントで見ることになろうとは・・。

思わず当時はなかったグーグルマップで探索してしまいました。


こちらRAFの航空基地。
次々と迎撃に出た機が帰投してきます。

このフィルムのSDとマーキングされたスピットファイアは
実在の第501「マンドリル」航空隊の機体です。



皆口々に戦果を挙げたことを誇らしげに報告。
この部分に出演しているRAFのパイロットは実は全員本物です。



たとえばこの航空隊隊長を演じている人、彼は


バニー・カラント航空隊司令

実際の第501航空隊司令。
本人もノリノリで司令ではなく一隊員役で結構な長台詞をこなしています。


真ん中カラント司令、この辺の若い搭乗員もみんな本物。



そして大変悲しいことですが、この何人かは映画の完成時には戦死しており、
自分の姿をスクリーンで見ることはできませんでした。



この日、イギリスは
航空戦においてブリッツと呼ばれるドイツの爆撃を阻止し、
ロンドンを敵の手から守りきりました。

このとき、RAFのスーパーマリーン・スピットファイアが
彼らの勝利に大きく寄与することになります。


帰投後の隊員たちのスピットファイアへの信頼と賞賛を聞くのは
かつてテストパイロットだったジョセフ・クリスプ司令でした。



隊員たちはスピットファイアについては知悉していても、
それを作ったミッチェルについては噂の範疇しか知りません。

「なんでもインバネスの金持ちだとか」
「カナダの諜報部員って話だ」
「ヴィッカースの社員だろ?」
「ゴルフ場で2時間で設計したってほんと?」


そんな彼らにクリスプは語りはじめます。

「そんな簡単な話じゃなかった」


遡ること20年前の1922年。

若き技術者レジナルド・ミッチェルは、カモメを見ながら
愛妻ダイアナに、飛ぶ鳥のような飛行機を作りたい、と夢を語ります。

ミッチェルを演じるのは、レスリー・ハワード。

当ブログで「潜水艦轟沈す」を扱った時、有産階級のディレッタント、
愛国主義者の役で出演したこの俳優を紹介しましたが、
本作の公開翌年、乗っていた飛行機がドイツ軍に撃墜されて死亡した、
というその劇的な最後については覚えておられるでしょうか。

本作はハワード自身の監督作品であり、ミッチェルという偉大な人物を
ぜひとも自分自身で演じたかったのだろうと思います。

しかし、レスリー・ハワードは実在のレジナルド・ミッチェルとは
体つきも雰囲気も、おそらく性格も全く似ていませんでした。


これで40歳の貫禄

MGM映画の「風と共に去りぬ」でアシュレイ・ウィルクスを演じ、
その繊細なアシュレイ像がぴったりだったハワード。


わたしもレットよりアシュレイ推し

彼はミッチェルを上流階級のインテリで物静かな人物として描きましたが、
実際のミッチェルは、労働者階級出身、大柄でたくましく、
猪首で怒ると真っ赤になるような爆発的な気性の人物でした。

ハワードは、そもそも全くタイプが違う人物を演じることのギャップを
逆手にとって、自分なりのミッチェル像を作り上げようとしたのでしょう。

撮影現場にはミッチェルの妻と息子がずっといて、
セットの隅からハワードの演じる夫であり父を見つめていましたが、
ハワードは彼らにも終始きめ細やかに対処し、少なくとも
彼らのハワードの演技に対する心象は悪くはなかったようです。

ちなみに、息子のゴードンは父が亡くなった時わずか17歳でした。
その後畜産学者となりましたが、ライフワークとしては
偉大な父の名前を広めることに一番力を入れていたようです。

RJミッチェルの息子ゴードンのお葬式案内



彼の理想の飛行機の形は、複葉機全盛のその頃、
まるで異次元の世界の乗り物のように思われていました。



ミッチェルは「夢の飛行機」の製作を実現させるため、
彼の設計した飛行機、「スーパーマリン シーライオンII」
シュナイダー・トロフィーレースに勝ってご機嫌の
スーパーマリン社の社長に話を持ちかけようとしますが、
そもそも彼の話を聞いてくれる状態ではなく・・。



そして1923年のシュナイダー・トロフィーレース。
前回は永久トロフィー所有権利となるイタリア3回目の勝利に
イギリスが待ったをかけるところまでいったのですが、



この年、アメリカがカーチスCR-3で衝撃のデビューを果たし、



ぶっちぎりで優勝をもぎとりました。



その頃、ミッチェルの事務所にやってきたハイテンション伊達男。
お堅い秘書のハーパー嬢を揶揄いながら、ミッチェルに面会を求めます。



実は彼、ジェフリー・クリスプはミッチェルの幼馴染み。

第一次世界大戦に飛行士として参加しましたが、終戦後仕事をなくし、
なにか職がないかとミッチェルのもとにやってきた彼は、
この日からミッチェルの死ぬ瞬間まで、コンビを組むことになります。


ジェフリー・クィル

クリスプは実在の人物ではなく、スーパーマリンのテストパイロットで、
スピットファイアをテストし、ミッチェルの死後、彼の仕事を受け継いだ
ジョー・スミス技師と緊密に連絡を取り、スピットファイアの完成に寄与した
ジェフリー・クィルを部分的にモデルにしています。



クリスプに構想中の水上機の形を描いてみせるミッチェル。

支柱もワイヤもなく、主翼は胴体部分と一体化して
それ自体が一枚の構造物である「未来の」飛行機。

彼が発明するまで、その形は彼の夢の中にしかなかった斬新な形です。



しかし、会社のお偉いさんたち、話にならず。



「君の案は斬新すぎる。設備投資も要るし」


このときのお偉いさん同士の会話。

おじ1
「君ね、我々は君の才能(ability)を認めているんだよ。
類稀な才能をね。多分それ以上かもしれん。
いうたらまあ・・・天才ってやつだ。
ちょっと歯が浮いてしまいそう(a little uncomfortable)だが」

おじ2
「天才なんて呼ばれたいイギリス人なぞおらんでしょう」
( No Englishman likes to be called a genius.)

「ゾッとするな」

「わはははは」


ミッチはあくまで自分の案で勝つ飛行機を作る、と啖呵を切り、
席を蹴立てて帰ってきてしまいました。


「そこで言ってやったんだよ!『勝つ飛行機を作る』って」

彼が奥さんのダイアナに強がっていると、電話がかかってきました。



取締役会で彼を唯一評価していたのは、若いスーパーマリンの社長でした。
彼の一声で、ミッチの復帰と設計の採用が決まります。


第26回シュナイダートロフィーレースは1925年、
アメリカのボルチモアで行われました。

イギリスはスーパーマリンS.4で出走。
写真に写っているのは実際のレース光景で、
パイロットはヘンリ・ビアードです。


ビアードとミッチェルと後ろS.4


画期的な機体で注目されていたS.4でしたが、レース中事故が起こります。
高速で機体を制御できなくなった機体は30mから海中に突っ込みました。

このビアードというテストパイロット、アメリカまでの船上で
テニスをしていて転んで手首を骨折したり、アメリカに着いてから
インフルエンザにかかったりと、テストパイロットしては責任感というか、
自己管理できなさすぎで、この事故もそのせいか?と疑われますが、
映画では事故原因を高速で意識が遠のいたせい、としています。

実際の事故の際、海中のビアードを救出するボートに
ミッチェルが乗っていて、肋骨2本折った男に対し、

「水は暖かかった?」

と尋ねたということです。

機体の設計に不備があったかもしれないのに、この物言い。
もしかしたらそれまでの態度に少々キレていたのかも・・・。

この年前代未聞の最高時速374キロでカーチスをぶっちぎり、
優勝したのはアメリカのジェームズ・ドーリットル陸軍大尉でした。


親身にジェフを気遣うミッチ。映画ですから。


相変わらずのジェフは目覚めた瞬間美人看護婦の電話番号を聞きナンパ。

この看護師役、ハワードの娘、レスリー・ルース・ハワードという女優です。
父親と並ぶと瓜二つ(名前も一緒だけど)。

余談ですが、彼女の弟、ロナルドも役者としてシャーロックホームズを演じ、
さらにその下のアーサーもコメディ俳優になりました。



1926年度のアメリカ大会ではムッソリーニが国威発揚のため
大号令をかけた結果、マリオ・デ・ベルナルディ操縦のマッキが優勝。

1927年大会はイタリアのベニスで行われ
イタリアは今回も勝つ気満々です。

軍挙げての参加となったイギリスチームに向かって、
現地のイタリア軍司令(役名:ベルトレッリ)は、
ドゥーチェ(ムッソリーニ)のという元祖ファッショな手紙を代読。

「ようこそイギリスの友よ!
ベニスの空で、我々は世紀の決戦を見るであろう!
そして必ずやイタリアチームが優勝し、
ファシスト帝国が幕をあけるであろう!」



一方、全く言葉のわからないイタリア娘をナンパする平常運転のジェフ。

「失礼お嬢さん、あなたモナリザの血筋?」

「英語わかりません」

「それはどうもありがとう。花束どうぞ。今夜ディナーでも」



そして、ミッチェルもまた、機体の調子が悪いと聞くや
真夜中なのに工場に出かけていくという平常運転です。


ジミー・ドーリトルとスマイリングジャック
で以前取り上げたように、イタリアはかつて3回連続優勝していますが、
他の国の準備体制が不十分であったという事情を鑑み、
紳士的にトロフィー永久保持の権利を放棄した過去があります。

一方アメリカはドーリトル優勝の年に軍の総力を注入しすぎて批判され、
それをやめたとたん、イタリアが国力を注ぎ込んで優勝をさらったため、
これに不貞腐れて、レース出場をとりやめていました。←イマココ

つまり、今回は実質イタリア対イギリスの一騎打ちの様相を呈しています。



スーパーマーリンは、シドニー・ウェブスター空軍中尉操縦の
S.5で臨みました。



上段、飛行機の前;シドニー・ノーマン・ウェブスター中尉、
前列真ん中白いズボン;ミッチェル



妻と抱き合ってレースを見守るミッチ。

このレースでウェブスターは最高時速453キロの世界新記録を樹立し優勝。
2位も同じS.5で出場したウェブスターの同僚、
ワースリー中尉も2位となり、スーパーマーリンが2トップを占めました。



パイロットを抱擁し、祝辞を述べるイタリア軍司令。
ただし、

「我が国の偉大な空でこそイギリスは優勝できた!」

しかし、映画では、このイタリア人司令に悪意を混じえず、
むしろ愛すべきキャラとして描いています。


栄光の影に悲劇もありました。

スーパーマリンはS.5で速度記録を更新するためのテスト飛行中、
パイロットのサミュエル・マーカス・キンキード大尉
機体を海に墜落させ事故死するという事件を起こしています。

大尉の遺体は海中から引き上げられた機体の尾翼に
圧縮された状態で見つかりました。

機体の不具合ではなく、整備に問題もなかったようですが、
その事故原因はいまだにわかっていません。

映画では、気候のせいであるという匂わせをしています。

ちなみに、これ以降スーパーマリンシリーズは無敵の強さを誇り、
以降どの国にもSシリーズには勝てなくなって、
シュナイダー・トロフィーレースそのものを終わらせてしまいます。


これからも国のために飛行機を作り続ける、と決心したミッチのもとに、
ある日、ヴィッカース社会長、ロバート・マクリーン
(のちにビートルズも所属したEMIの取締役)がやってきました。

ヴィッカース航空事業の責任者として、彼は
スーパーマリン社を買収してミッチェルを囲い込むつもりです。

このとき、彼は、スピットファイアという名について、
長女のアニーの愛称からとったと説明していますが、
事実とはちょっと違いがあるようです。

ともあれ、このときの彼との出会いが
ミッチェルがスピットファイアの開発をする第一歩となりました。


続く。