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ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

映画「海兵隊魂とともに」Salute to the Marines 後編

2024-03-09 | 映画

第二次世界大戦中のプロパガンダ反日映画、
「海兵隊魂とともに」=「海兵隊に敬礼」最終日です。

フィリピンで日本軍の攻撃が始まるところからですが、その前に
映画のオリジナルポスターを見つけたので見てください。


ポスター上部の「Rough! Romantic! Rarin' to go!」ですが、
標語風に訳すなら、
「痛快!ロマンチック!やる気満々!」
って感じでしょうか。

raring to goは「やる気と熱意に満ちている」という意味です。
一言でやる気と言っても、元々ハイテンションの馬を表す言葉なので、
今にも駆け出しそうな「やる気」の時に用いられます。


さて、実際は違いますが、この映画による時間軸では、
真珠湾攻撃と全く同時刻、日本軍はフィリピン爆撃を開始しました。

引退したばかりの海兵隊曹長、ウォレス・ベイリーが
日曜日、現地の教会にいるところにも、爆撃は行われたという設定です。

真珠湾攻撃より先にフィリピン攻撃があったことになりますが、
そこは映画だから言いっこなしだ。

航空機から爆弾を落とされ、教会の屋根が崩落します。
このシーン、本当に役者の上から砂埃などが容赦なく降り注いでいます。

どうやって撮影したんでしょうか。


日本軍による容赦ない爆撃が始まりました。

しかし、軍事基地もない村に爆弾を落として一般人を殺害するなんて、
この世界の日本軍はなんと無駄で無益な攻撃をするのでしょうか。

ちなみに、この教会のあるとされるバリガンという地域ですが、
実際に日本軍が到達したのは12月の12日以降であり、

それも陸軍による上陸作戦であり、航空攻撃はありませんでした。

そもそもアメリカ領フィリピンには日本軍の航空基地もありませんでしたし。


ここで映画は驚くべきストーリーをぶち込んできます。

村に日本軍の爆撃が起こった途端、ドイツ人キャスパーの薬屋の倉庫に
日系人のヒラタなど何人かがやってきて、隠してあった鉤十字と
旭日旗の腕章(そこは鉢巻だろう)をいそいそと付け、

「ついにこの日が来た!」

「ハイル・ヒットラー!」

(敬礼してお辞儀しながら)

「ニッポン!ボンザーイ!」

などと内輪で盛り上がり、武器を取って上陸部隊を支援しようとするのです。

ごめん。悪いけどここ笑ったわ。


キャスパーは地元の薬屋店主、ヒラタは放送局会社のオーナー。
どちらも何世かはしりませんが、立派な外国系アメリカ市民です。
そんな彼らが、ハズバンド・キンメル司令ですら知らなかった

日本軍の奇襲攻撃を前もって知っていて、今か今かと待っていたとでも?

アメリカ国民として地元に溶け込み、そこで生活しながら、
いつか日本軍がアメリカ人をやっつけてくれるのを待っていたとでも?

執拗に繰り返される「猿」という言葉、相手を人間以下に貶める表現、
そして、善意のアメリカ人たちを裏切る悪魔として描かれる敵国人。


こういう表現による刷り込みこそが、同じアメリカ国民であるはずの
日系アメリカ人や独系アメリカ人に対する排斥と排除の空気を醸成し、煽り、
それが日系人強制収容所の悲劇を生んだことは間違いありません。


ベイリーらが瓦礫から外に生きている人を運び出していると、
外で誰かの演説が始まりました。


フィリピン人に向かって、アメリカの支配から解き放たれろ!
とヒットラー風(もうこういうのうんざり)アジ演説を行うキャスパー。


一部のフィリピン人は、彼の「我々は友人だ」と言う言葉に
んだんだ、と頷きますが、(多分アメリカの支配をよく思っていない層)



ベイリーは怪我した子供の身体を抱いて見せつけながら、キャスパー、いや、
ハインリッヒ・カスパールをお前は薄汚いネズミだと罵ります。


いやそこは子供の手当が先だろう。




その後、拳銃を取り出した彼を瞬時に制圧。

さすがは腐っても元海兵隊員だ。


泥の中に叩き込み、ここは俺が守る!と今度は自分が演説。


民兵を率いて駆けつけてきたアンダーソン伍長と合流。
ジェームズとはヘレンを取り合って負けた海兵隊上陸部隊の士官です。

はて、引退した元曹長が若いとは言え士官に命令を下せるのか?



そこにルーファス・クリーブランド中尉がヘレンを探しにやってきます。
あんたついさっきまで哨戒任務で飛行機に乗ってたん違うんかい。



案の定、ベイリーに基地に戻ってここのことを伝えろ!と怒鳴られたので、
その辺に駐機していたコルセアに飛び乗って行ってしまいました。

ちょっと待って?
このコルセアの後部座席って、さっき死んだ部下がまだ乗ってるよね?



同時刻、先日入港した日本の民間船からは、士官の命令のもと、
続々と日本兵部隊が上陸していました。


形は似ていないでもないけど、色が全然違ってるんだが。
当時、白黒写真を参考にしたせいかしら。



司令は海軍軍人、兵隊は陸軍、揚げている旗は海軍旗。

もうカオスです。



お辞儀をしながら同時に敬礼をし、理解不明な言語を叫んでおります。



「マスタードイエローのサル」を待ち伏せしていたベイリーのもとに、
子供が海兵隊のブルードレスを持ってきたので、早速着込んでいます。

「贅肉の塊がテントサイズの制服を着ようとするのを見たら、
誰も海兵隊に入ろうとは思わなかっただろう」

と、元海兵隊員に言われていたあのシーンね。



そこに謎の軍旗(白地に黒の山線)を持った並行世界の日本軍が!
彼らはフィリピン人民兵の狙撃の前にほぼ無抵抗に薙ぎ倒されます。



バリガンの橋では、村人の避難が始まっていました。



ベイリーらがジェームズ隊と合流し、橋の袂で待ち構えていると、
日本軍がやってきました。

彼らはしきりに日本語らしい言葉で色々と喋っていますが、
日本人のわたしにもまっっったく理解できませんでした。



彼らはジャングルの中に潜む現地人の「蛮刀」によって、
木の上から襲われ、声もなく惨殺されていきます。

この映画から20年後、今度は自分たちが、ベトナムのジャングルで
ベトコン相手に全く同じ恐怖を味わうことになるとは

映画を観ている誰も想像だにしていなかったことでしょう。



両軍間に銃撃戦が始まりました。


陸軍は航空機に救援を要請、たちまち日本軍のヴィンディケーター()
が駆けつけ、敵味方入り乱れる戦場に無分別な爆撃を開始。



今や全軍を率いるベイリー隊は橋のたもとに到着。
彼はここを死守し、一歩も村に敵を入れさせない覚悟です。



ところがその前線となるべきポイントになんと妻ジェニーがいました。
彼女は怪我人の救護をしていてここにきてしまったそうです。

そこであらためて夫の軍服を素敵だと褒める妻、微笑む夫。



こちら、どちらが突撃するかで即席のくじ引きで決める兵隊二人。
どんなときにも米海兵隊は余裕を忘れません。


日本軍はこの珍妙な戦車を大量に投入してきました。
真珠湾攻撃当日にいったいフィリピンのどこから上陸させたのか。

しかし、目も眩むような急斜面を難なく高速で降り、走行できる、
見かけよりはずっと性能のいい戦車のようです。

そして戦車は逃げもしないで地面に寝そべったままの

無抵抗なフィリピン兵を、つぎつぎと容赦なく押し潰していくのでした。

なんて冷酷非道で残酷な連中なのでしょうか。



その頃ようやく海兵隊本部から大佐が到着していました。
もちろん背後には一個師団の上陸隊を率いています。


海兵隊の砲撃がおもちゃのような日本軍の戦車を撃破。



その間工作部隊は橋を爆破するための準備にかかりました。



しかし、次々と狙撃されてしまいます。
その中にはヘレンのボーイフレンドだったジェームズ中尉もいました。


そこでベイリーは単身狙撃ポイント近くまで近づき、
相手を無事殲滅しました。



ベイリーには橋を渡って撤退するよう本隊から命令が出されましたが、
時すでに遅く、彼らはこのとき四方を囲まれていました。

「ここから動けなくなったな」

すると奥さんは怪我人に包帯を巻きながら、軽ーく

「命令違反よ」

それを聞いて、ベイリー、

「こんなときにもユーモアを忘れないんだな」

肝の座った嫁に賞賛を送るのでした。



大佐はベイリーからの最後の通信を受け取ります。

「撤退不可能 命令には従えない」



やむなく大佐は橋の爆破を命じました。



上空からはコルセアの編隊が援護に駆けつけ、
日本軍は撤退を始めました。


ようやく戦いを終えたフィリピン人たちを前に、ベイリーは、
次の戦いに備えよと訓示をして彼らを解散させました。

そして、呆然としているジェニーの手を取り、見つめあった途端、
またもや飛来したヴィンディケーターが、爆雷を落としていったのです。

二人の上に。

爆弾は周囲を巻き込んで黒い煙で全てを覆い隠しました。


■ エピローグ



その日、海兵隊基地では、基地司令たる大佐によって、
不在のウィリアム・ベイリー元曹長に対する勲章の授与式が行われました。

受け取るのは、娘である合衆国海兵隊軍曹、ヘレン・ベイリー。
なぜ最近まで一般人だった彼女がこんなすぐに軍曹になれたのかが謎ですが。


壇上の彼女の手にキスをして、クリーブランド大尉は、

「またいつか会う日のために、このキスを持っててくれる?」

といい、ジープに乗っていってしまいます。
帰らないかもしれない戦いのために。



彼女はそれを逃すまいとするかのように手を握りました。


彼女の偉大な父の叙勲を讃えるための行進が、
「海兵隊讃歌」の中、進んでいきます。

「モンテズマの部屋からトリポリの岸辺へ
我らの祖国のための戦いに挑む 空で、陸で、海で
正義と自由のため 最初に戦う
我らが誇りとするその名は 合衆国海兵隊」




終わり。


映画「海兵隊魂とともに」Salute to the Marines 中編

2024-03-06 | 映画

第二次世界大戦中の反日プロパガンダ映画、
「海兵隊に敬礼」の二日目です。

30年間戦地に出ず、ただ新兵の訓練任務専門にやってきて、
無事にその現役生活を終えた曹長、ウィリアム・ベイリー。

2度と軍事には関わらないことを妻と約束し、家庭に戻り、
これからは悠々自適のリタイア生活、となるはずでしたが、
どうにもこの男、そんな生活に馴染めそうにありません。


暇な時間、こっそり近所の子供を集めてボクシング教室を開催。
なぜか奥さんに取り上げられた海兵隊のブルードレスを着込んでいます。
この際制服を着て号令をかけられたら相手はなんでもいいって感じ。

どうも彼的には海兵隊の英才教育をしているつもりです。



子供相手にドイツ兵と戦った華々しい戦歴(大嘘)を披露していると、



見張りが合図の口笛を吹くと同時にご近所の奥様方がやってきました。
慌てて上着を脱ぎ、話題を聖書に切り替えて誤魔化しますが、
子供たちが怪我をしていたり泥だらけなのを見れば何をしていたか歴然。

怒った母親たちは子供たちを連れていってしまいました。


ジェニーもそんな夫にほとほと呆れ顔です。
海兵隊を辞めさせて連れ帰ったことを後悔している、とまで・・。

■ 日本船の入港



村の港に日本からの定期船が入港しました。
フィリピンとの通商を行っている会社の民間船です。



日本と聞いて、露骨に「ジャップは嫌いだ」と嫌な顔をするフラッシー、

ジャップスと仲良くなんてできるかと苦虫を噛み潰したようなベイリーに、
この、ドイツ人の薬屋店主キャスパーは、
人類皆兄弟、仲良くせねばとリベラルを解きますが、

「奴らの顔を見るだけで鳥肌が立つ!」

とベイリー節全開。



港では日本人船員たちが本格的な剣道を始めました。
(しかしそう見せているだけで、全くのインチキ剣法)

彼らの様子といい、乗ってきた船が見るからに丈夫そうなことといい、
ベイリーはわずかに不信感を抱きます。



子供たちにせがまれたベイリーは、
「オロセ!オロセ!」と怪しい日本語で号令をかけている船員に
船の中を子供たちに見せてやりたいんだが、と頼むのですが、



「ソー・ソーリー」

と断られます。
ムカついたベイリー、よせばいいのに、

「ここはアメリカの港で俺はアメリカ人だ!
止められるなら止めてみろ!」
(ちなみにここはアメリカの港じゃないよね)

と無茶を言って強行突破しようとし、一突きで転がされて、



船上の日本人船員たちに笑われてしまいました。
ベイリー、日本人船員に、いい攻撃だな、というと、



「日本の得意技だ。奇襲だよ」

これが真珠湾後のアメリカでどういう意味を持つかお分かりですね。



ベイリーは握手するふりをして日本人を海に叩き込みました。
これがアメリカの奇襲だ、と勝ち誇って。

「止められるなら止めてみろ」という言葉を受けて、
日本人船員は強行突破しようとするベイリーを止めた。
それは公平に見て、「奇襲」とはいいません。


逆に握手するふりをして投げ飛ばした彼のやり方こそが
本当の「卑怯な奇襲」だと思うんですが・・・。

さて、港からその後何事もなかったかのように無事に帰ってきたベイリー。


「サルどもに笑われたくない!」

などと悪態をつきながらフラッシーに腰を揉ませていると、
街で噂をすでに聞きつけた妻がおかんむりで帰宅してきました。


しかし相変わらず娘はニヤニヤして父を庇うばかりです。

ここでも相変わらず「サルのジャップス」を連呼し、
自分の行動を正当化するベイリー。


そこに運良く?ヘレンを狙う取り巻き二人が乱入してきて、
家族の前で陸空で相手の貶し合いが始まりました。

相変わらずヘレンはヘラヘラととっても楽しそう。


その夜も、二人の男の腕にぶら下がってデートに出かけました。

それにしてもこの女、いつまで男二人を引っ張るのかと思ったら、
この日、初めて意思表示をしました。

ジェイムズの目の前でルーファスにキスしようとするという最悪の方法で。


流石にそれを黙って見ているわけにはいかないジェイムズ、
すんでのところで二人のファーストキスを阻止しました。

「明らかに劣勢で戦況が悪い時には退却すべし」

この勝負、歩兵の負けです。



プライドをズタズタにされたジェイムズがその場を去ると、
二人はゆっくりと愛を確かめ合います。
あー胸糞悪い。


ウッキウキで帰ってきた娘に、母は本心を打ち明けました。
軍人との結婚はできればしてほしくないと。

しかし、そういいながらももう一度娘の歳に戻ったら、
やはり自分はあの人(ベイリー)と結婚する、ともいうのでした。


そして12月7日がやってきました。

この日はアメリカ人にとって真珠湾攻撃として記憶されていますが、
フィリピンの1941年12月7日は、まだ「その日」ではありません。

映画関係者がうっかり揃いだったのか?
それとも時差も知らないバカ揃いだったのか?

と思いがちですが、まず、一般大衆向けのこの映画では、
正確な日付を示すより、皆が記憶する屈辱の日として
これから起こることを表す方が大事だと判断されたのかもしれません。

そして何より、たとえ事実と符合しない表現になっても、
フィリピンで12月7日が「その日」でなければならなかった理由があります。
それは、その日が暦の上では日曜日であったからでした。

真珠湾攻撃が起こったハワイではアメリカ時間12月7日は日曜日で、
多くのアメリカ人は教会に向かったり、教会にいました。

ちばてつやの戦争漫画「紫電改のタカ」で、
主人公の強敵となった
ウォーホーク乗りジョージとトーマス・モスキトン兄弟も、
一家揃って教会に向かう途中の車を日本軍機に掃射され、
両親と妹、弟、赤ん坊を失ったというストーリーだったと記憶します。

彼らにとっては「教会にいるところを襲われた」という事実が
敵の残虐さをより一層際立たせるファクターだったのだと思わせます。

■ 日本軍の奇襲

さて、12月7日の日曜日、ベイリー家は教会に行こうとしていました。



そこにベイリーが「ワシントンの塔にサルが登ろうとしている」と、
ハル-来栖大使の会談を報じる新聞を振り回しながらやってきます。



野村・来栖大使とハル国務長官の会談が行われたのは
12月7日ではなく11月27日であり、そのときに手交された
「ハルノート」は、実質日本を追い詰める「最後通牒」でした。

これを飲むことすなわち「座して飢え死にを待つ」ことになるほど
一方的なものであったことは後世の検証により明らかになっています。

しかし、映画ではとにかく日本が表向き握手を仕掛けながら
同日一方的に奇襲をかけてきたということにしています。

港でベイリーが日本人船員にやったように。

ただ、この映画が公開された頃、大衆にとって政治的公平性の有無など
全く無意味で必要とされていなかったことも知る必要がありましょう。


同時刻、ヘレンを恋敵から奪うことに成功したクリーブランド中尉は、
機嫌良く鼻歌を歌いながらフィリピン上空の哨戒任務についていました。



そこに真珠湾攻撃を知らせる衝撃の打電が入ります。



同時に日本機の編隊発見!
って、デジャブかしら。このヘンな日本軍機、見覚えがあるんですが。

んーとこれは確か「ファイナルカウントダウン?」

今、過去ログ「ファイナル・カウントダウン」を検索して読んでみたら、
この珍妙な日本機に対してわたしはこんなふうに突っ込んでました。

(映画制作の)1980年当時、零戦の写真を手に入れることくらい、
その気になれば、いやその気にならずともいくらでもできたと思うのですが、
なんなのこのどこの国のものでもない不可思議な模様の飛行機は。
やる気がなかったのかそれとも故意か。


この映画を選んだ、おそらく最大と思われる収穫は、

映画「ファイナルカウントダウン」が、よりによって、
1942年の戦争中に製作されたインチキ映画からフィルムを流用していた、
というとんでもない手抜きが判明したことでした。

この日本機は、当時ですら旧式だったアメリカの急降下爆撃機、

ヴォート・ヴィンディケーター
 Vought SB2U Vindicator

を、きったねえ色に塗装した代物です。


ちなみにこの「ヴィンディケーター(擁護者の意)」
ドーントレスができるまでのつなぎ的存在で、パイロットからは
「バイブレーター」とか「ウィンド・インディケーター」
(風向指示器)とかいわれて馬鹿にされていました。

1943年当時では、日本軍がどんな戦闘機に乗っていたか、
要するに誰も知らなかったと言うことでもあります。

しかし1980年作品の『ファイナル〜』がなぜこれを使ったかは未だ謎。


さて、クリーブランド機は日本機を撃墜しましたが、
後席の射手はやられてしまいました。(ここ覚えておいてね)

仕返しとばかりにもう一機を撃墜したクリーブランド、
ジャングルに落ちていく日本機を見ながら、

「祖先がいる森に帰っていくぞ!」

まあ、当時白人が黒人に対してどんな扱いをしていたのかを知っていれば、
黄色人種に対するこんな表現も至極当然かもしれませんが。




その時、日本軍の編隊は村の上空に差し掛かっていました。



上空から聞こえる爆音に皆不安そうな目を向けます。



何かを察している風のベイリー。

さあ、これから何が起こるか?
もちろん皆さんはご存知ですね。


続く。



映画「海兵隊魂とともに」Salute to The Marines 前編

2024-03-03 | 映画

原題は「Salute to the marines」なので、「海兵隊に敬礼」のはずですが、
なぜか日本でのDVDでのタイトルは「海兵隊魂とともに」になっています。

「海兵隊に敬礼」でなにがいかんかったのか。


当ブログでは連続して白黒の映画ばかり取り上げてきたので、
久しぶりにカラーで絵を描いてみたい気分になり、
「Uボート:235強奪作戦」を取り上げようと観てみたら、
あまりにくだらなくて悪食を自認するわたしですらその気を無くし、
次に見つかったカラー作品なら何でも、と適当に選んでしまいました。

しかし、この作品も観はじめてすぐに、不快感を感じました。

まず、この主役の不細工さです。
デブデブしたしまりのない体型、たるんだ顎、
現役の海兵隊員がこんな酒太りなわけあるか!

■ ウォレス・ビーリーという俳優

映画サイトで、元海兵隊員という人がこんなコメントを残しています。

「ウォレス・ビーリーは海兵隊員ではない。なんてだらしないんだ。
まるで贅肉に贅肉を重ねたような身体、一等軍曹役とはとても信じられない」


「ウィリアム・マンチェスター(『ジョン・F・ケネディ』の伝記作家)は、
映画『トリポリ魂に乾杯』”To the shore of Tolipoli ”の洒落た軍服を見て、
そのあまりのかっこよさに魅せられ、海兵隊に入隊した。
彼が観たのがウォレス・ビーリーがテントサイズの制服を着ようとして
格闘しているこの映画だったら、やめて沿岸警備隊に入隊していただろう」



ウォレス・ビーリー(Wallace Beery)は、1913年のデビュー後、
コメディ映画、歴史映画に出演して悪役、性格俳優として人気を博し、
1930年ごろには世界で最も高給取りといわれるほどでしたが、
おそらくはその人間性のせいでこの映画の頃の人気は低迷していました。

「人間嫌いで周りからも一緒に仕事をしたくないと嫌われており、
彼のことを『Shitty Person』と呼ぶ俳優もいた。
セリフを研究することなく代わりに他の俳優の真似をして、
それを指摘されると逆ギレすることは日常茶飯。

別の俳優がクローズアップになるとき、彼はセリフを間違えて
その俳優の演技を邪魔したりした。
『誰からも嫌われていたが、幸いなことに無視されていた』」


17歳のグロリア・スワンソンと結婚して妊娠中に騙して中絶薬を飲ませ、
3年後に愛想を尽かされて離婚されていますし、
死の間際まで彼の子供だと自称する人との裁判が続いていたそうです。

俳優テッド・ヒーリー(三馬鹿大将の一人)を喧嘩で殴って死なせ、
それをもみ消したという黒い噂もあります、

その他彼をクズ認定する証言は、スタジオセットから小道具を盗む、
子役を執拗につねったり演技の邪魔をして嫌がらせし、怖がらせる、
チップを払わない、サインを求めた子供を罵り、唾を吐きかける・・・。
(それを証言したのはあのSF作家レイ・ブラッドベリ)

彼はその功績から1960年にハリウッドの映画の殿堂入りしましたが、
功労者須く人格者ならずの典型だったようですね。

■ 反日プロパガンダ

そして今回、映画をブログのために何度も観るのはわたしにとって
大変な不快感と苦痛を乗り越えなくてはならなかったことを告白します。

その不細工で観るからに人品骨柄卑しそうなおっさんが、
数分おきに口汚く日本人への人種差別発言を繰り返すのですから。

これが戦時中に制作されたプロパガンダ目的であることを差し置いても、
その表現は下品で何のユーモアもなく、従来の戦争映画ヒーローならば、
脚本家はまず主人公のセリフとして選ぶまいという種類のものです。

どうして海兵隊の宣伝映画にこんな主役を選んだのか、
わたしは海兵隊宣伝部の意図を図りかねますが、
それでも考えてみると、この時期、アメリカはかなり焦っていたんですね。

まず、映画で描かれた日本軍のフィリピン侵攻ですが、ご存知のように
アメリカ軍はダグラス・マッカーサーの失策で負けているわけです。

戦前からアメリカの植民地だったのに、ダバオ、マニラ、
バターン、コレヒドール、ミンダナオとアメリカは次々降伏し、
マッカーサーはアイシャルリターン逃走。

フィリピン戦での兵力の損害は日本側戦死行方不明4,417名に対し、
アメリカ側は約2万5000人が戦死、2万1000人負傷、捕虜8万3631人でした。

というところで、先に説明しておくと、この映画は、真珠湾攻撃に続き、
フィリピンに侵攻してきた日本軍を、この元海兵隊の太ったおじさんが
退役後にもかかわらず、民兵を率いて食い止めて死ぬというストーリーです。

もうおわかりですね。

この映画は、真珠湾、フィリピン陥落に沈む国民を鼓舞するのが目的で、
たとえいっとき負けてもアメリカにはこんな海兵隊魂を持つ人物がいる限り
決してくじけはしない、という強いメッセージが込められているのです。

主人公のベイリーが、劇中なん度も言い放つ「黄色い猿」などの表現に、
この映画は当時ですら米国内から品格の点からの批判があったそうです。

しかし、この種の発言は、おそらく当時のアメリカ人にとって、
閉じた場やその人の「品性」によっては日々聞くものだったでしょうし、
(そして今でさえ、アメリカに住んでいると同種の”声”を見聞きする)
自分は立場上決して口にできない「内心の声」が言い放たれるのは
一定の数の民衆にとってはさぞ快感だったでしょう。

そして、当時の「良識派」が眉を顰めるようなこうした発言も、
クラーク・ゲーブルやケリー・グラントには決して似合いませんが、
このおっさんなら遠慮なく言わせられるし、事実いかにも言いそうです。

ところで数えたわけではありませんが、作品中彼がサルと口にするのは
両手で数えられるほどの回数にのぼります。
しかし、その本人は、彼が唯一頭の上がらなかったおばちゃん喜劇俳優、
マリー・ドレスラーMarie Dressler を調子に乗ってイジり、

「あのヒヒ(baboonからナンセンスな侮辱をされた。
あいつの頭を大皿に乗せて(MGMのトップに)突きつけてやる」

と激怒されたことがあり、この時の彼はこの女優に対し、
イタズラを見つかった小さな子供のように何も言い返さず沈黙したそうです。

人は自分が気にしていることを言ってしまうものだそうですが、
もしかしたら、この耳に余る「猿」も実は・・・?


で、当ブログがなぜ結局そんな映画を取り上げることにしたかですが、
最初に選んだ「Uボート:235」のラストに見られる
「政治的無自覚・無神経」に対する不快さと、この作品の人種差別表現では、
こちらの方が悪意があるだけマシというか、我慢できると判断したからです。

(その詳細については各映画評などでお確かめください)


■ 海兵隊讃歌

それでは始めます。
オープニングから早速流れるのは「海兵隊讃歌」。



地球の隅々に赴き、名誉ある戦いを行ったアメリカ合衆国海兵隊に対し、
文字通り「敬礼」を捧げるところから映画は始まります。


1943年、ここはアメリカサンディエゴの海兵隊基地。



合衆国国旗が掲揚されました。
今日はこれから上陸を模した演習が行われる予定です。



視察をする高官たちがビューポイントに到着するとまず歩兵の上陸。



戦車も舟艇から下ろされます。



水陸両用車が現在のものとほとんど同じ形なのにびっくり。



そして空中からは空挺部隊が落下傘で降下。



成功裡に終わった演習後、司令官が訓示で一人の軍人の紹介を始めました。
それが本作主人公のウィリアム・ベイリー軍曹です。



「諸君と同じ訓練を受け、同じ闘志に燃え、不屈の精神を持った男だった」

そしてここから、彼の物語が始まります。



1940年、フィリピン。
海兵隊勤務29年のベイリー軍曹が新兵訓練を終えて帰隊してきました。


ベイリーは帰ってくると、ボクシングの選手である
フィリピン人部隊のフラッシーと挨拶を交わします。

当時、アメリカ軍は、陸軍の軍事組織としてフィリピン人部隊、
「フィリピン・スカウト」を組織していました。
1901年にはすでに現地で編成された軍として機能を始め、
優秀な人物はウェストポイントに送られて、士官に任官しています。

この駐屯地で曹長はボクシングのマネージャーも兼任していました。



そこに大佐からお呼びがかかり、泥だらけで司令室に飛んでいく曹長。


大佐と共に彼に面会を求めてきたのは、
フィリピン軍の「陸軍長官」でした。

フィリピン師団は全てマッカーサー元帥の指揮下にありましたので、
陸軍長官という役職名が正しいかどうかはわかりません。
アメリカ陸軍隷下の軍組織を総称して「陸軍」と言ったのかもしれません。

長官の用事というのは「フィリピン独立法」によって間近にせまった独立後、
国防を強化するために、市民を軍事訓練してほしいという依頼でした。


映画ですから仕方ありませんが、この依頼がそもそも少し変です。

アメリカは前述の通りフィリピン・スカウトなる軍隊を組織し、
支援してきたわけですから、今更海兵隊に一部の市民を軍事訓練せずとも、
と思いますし、そもそも自警団みたいなのって普通にあったんじゃないの?

フィリピンはただアメリカ軍に守られているだけで
独立後はただ脆弱なもの、という印象を観るものに与えますが、
独立しても映画で言っているように海兵隊がいなくなるなんてことないよね?

現にアメリカは1946年のフィリピン独立後も軍の駐留を継続し、
東南アジア全域での軍事プレゼンスを維持し続けるために
軍事基地協定で99年間の基地提供を約束させています。

フィリピンはその99年が過ぎたとき、協定を破棄し、
アメリカ軍はフィリピンに軍隊を派遣できないとしましたが、
その辺に言及していると話が長くなるので割愛します。



ベイリー軍曹は、これまで新兵の訓練を専門にやってきたそうですが、
今回自分が訓練するのがフィリピンの一般人と聞いて激おこ。

「フィリピン人は小さすぎて(Little fellers)戦闘なんかできませんよ」

いやいや、だからフィリピンスカウトの立場は?
しかもこのメイソン少佐までが、

「神は彼らに良い心を与えたが体には気を配らなかった」

だから当時すでにフィリピンスカウトは米軍の一部として連隊に編成され、
4つの歩兵連隊、2つの野戦砲兵連隊、騎兵連隊、
沿岸砲兵連隊を組織し、支援部隊もすでにあったんですってば。

まあその辺は映画だからどうでもよろしい。

ここでベイリー軍曹は、彼の本音をぶちまけます。
彼はもうすぐ海兵隊を退役するのですが、新兵教育ばかりさせられて、
彼らが戦場に赴くのをただ見送るだけ、ついには全くの勲章もなく、
扁平足と大声になっただけで終わるのが口惜しいのです。

というわけで、

「今訓練している第一大隊を戦地で率いさせてください!」



いや、それは・・・無理だよね。指揮系統的にも。
だいたい、曹長が自分の配属を司令官に願い出るなんてありえなす。
少佐は目を泳がせながら、

「・・それではわたしが任務を命じられたら君も一緒に」


■ 民間兵訓練



命令は命令なので、ベイリー軍曹、スービックで早速訓練開始。

しかしフィリピン人、行進もできなければ命令も聞きゃしねえ。
そもそも軍隊が何かさえも全く理解していないわけです。

そのくせ自己主張だけは皆一人前。



「銃剣なんかより俺たちのナタの方がよっぽどいい」

「何?試してやる・・・おお、確かに悪くないな」



こちら若いアンダーソン伍長が銃の扱い方を説明しています。
どうせ一回言ったくらいではわからず、結局手取り足取り時間をかけて、
と思うとうんざりしているのか、やる気なし。

「左手でラッチ、右手で開いて左手でエキストラクタ、
左で照準を合わせて右手でボルトを閉じ、
左手で引き金を引き弾倉確認!わかったか」


むっちゃ早口。
皆うんうんうんと頷きますが、伍長、ため息をついて

「どうせこいつを扱えるようになるまで長くかかるがな。なが〜〜く」

ふう、とタバコを吸うために銃前を離れた途端、



左右左左右左、と皆で確認するなりマシンガン発射。



というか乱射。

なんか映画「二世部隊」の訓練シーンを思い出してしまいました。
教官がすっかり馬鹿にしていた日系人たちは実は一枚も二枚も上手で、
上手に訓練をサボったり、背負い投げで逆に教官を投げ飛ばしたりっていう。

アメリカ人って、一般的に英語を喋らない&上手ではない人たちを
頭から自分より劣っている、と思い込む傾向にありますよね。

ちなみに2022年度の平均知能指数で言うと、上位6位まで全部アジアの国
(一位から日本、韓国、中国、イラン、シンガポール、モンゴル、
アメリカは17位)であることは世界的に周知の事実。
あくまでも「平均値」ということになるわけですが。



そして何週間かの訓練後、何とかフィリピン人部隊はサマになってきました。



そのとき、訓練してきた第一大隊が中国に移動するという噂を聞きつけ、
ベイリー軍曹、大急ぎで隊舎に駆けつけました。

夜だと言うのに兵隊の解けた靴紐や錆びた刀などの粗探しをして
延々と気持ちよくお説教、自分が隊を率いるつもり満々ですが・・。



そんな軍曹を見かねて?急遽大佐が呼びつけました。
いつになく葉巻を勧められ、喜んで吸っていたら、

「君をスービックに送ったのは家族に会わせるためだったんだ」

そして、



「私は中国行きの船には乗らない。君もだ」

「冗談ですよね?」

「冗談ではない。指揮官はバーンズ中佐だ」

これはもちろん「自分ではなく」と言う意味です。

「バーンズ?まだ青二才じゃないですか」

Lieutenant colonel」って中佐で間違いないよね?
中佐が青二才って・・・まあ退役寸前の軍曹と比べれば若いですが。

「そこを何とか!
勲章をもらえるかもしれない最後のチャンスなんです!」

普通軍曹が司令官にこんな口聞けないと思うのですが厚かましいやつだな。
もちろん大佐はそれを拒否し命令に従うようにと軍曹に厳しく命じます。

■ 収監



第一大隊の出航は夜になりました。
酔客で賑わう繁華街を通って港まで行進が行われ、
市民がそれを手を振って見送ります。



鳴り響く海兵隊讃歌を酒場のテーブルで不貞腐れながら聞くベイリー。

「海兵隊はトリポリにも行ったしあらゆる戦場に行った。
でもこのビル・ベイリーは、海兵隊史上、

一度も戦場に行ったことがない唯一の海兵隊員だああ」



酔っ払いの戯言を同じ酒場にいたセイラーが揶揄ったところ、さあ大変。
キレたベイリーが一人を殴り飛ばし、そこから大乱闘が起こってしまいます。



ボクシングの選手であるフラッシーも加勢して・・・これはダメだよね。
彼らは、帽子からマーチャント・マリーンの水夫であるとわかります。


MPが到着した時にはすでにこの有様。


フラッシーと仲良く収監されることになりました。



そのとき自分を捕まえた憲兵がやってきました。
片目にアザを作った憲兵は陽気に、

「ピーカブー、ハンサム!」

「無理に笑わせなくていいぞ、あんたエリザベス・アーデンの化粧部員か」

この部分、字幕で企業名が省略されていたので、ちゃんと翻訳しておきました。
ピーカブーは「いないいないばあ」のことです。

「俺の罪状は?」

「たいしたことないさ。
器物破損、憲兵への威力業務妨害と13人の船乗りへの暴力行為」

「なあ、大佐にはこの件黙っててくれないか」

「だめだ。そんな目で見るな。飼ってた犬を思い出す」

「ちっ・・・何の用だ」

「面会だ」



美人の奥さんジェニーはこんなところで会うなんてとプンスカ。
全く父に似ていない娘ヘレンは一生懸命父をかばいます。

妻ジェニーは夫が海兵隊にいるのが嫌。
というか、軍隊そのものが嫌いな平和主義者で、彼と結婚して以来、
彼がずっと戦地に行かないように「祈って」いたと公言するほどです。

現在も平和運動に身を投じる根っからのリベラル無抵抗主義なのですが、
それならどうして海兵隊で煮染めたようなこの男と結婚し、
何十年間も一緒にやってこれたのか・・・夫婦ってわからないものです。

「第一大隊のニュースを聞いた時から祈ってたわ。
あなたが一緒に行きませんようにって」

「ひどいぞ・・・でも決めた。退役する。
こんなことをしたらどうせクビだ。
君はもう海兵隊員の妻ではなくなるんだ」



娘のヘレンはその足で大佐の部屋に押しかけました。

「ヘレン!」「ジョンおじさん」

なんと、この二人が叔父姪の関係であるってことは、
ベイリー軍曹の嫁というのはこの大佐の妹ってことなんですね?
(大佐はベイリーと同じ歳なので)
どうりでベイリーが軍曹の分際で大佐に妙になれなれしいわけだ。

しかしいや・・・・これも実際はあり得ませんよ。

アメリカというのは、特にこの頃のアメリカは完全な階級社会で、
経済的背景が異なる人々の間には厳然とした階級差が横たわっていました。

特に軍隊では、ある時期まで将校のほとんどは上流階級や、
裕福な家庭の出身者でなければならず、
(ドイツで士官に貴族が多かったのも同じ理由)
下士官や下士官の子供が将校と個人的関係を持つのもほとんど不可能でした。

つまり、ジェニーの兄がアナポリス出身の海兵隊士官である時点で、
最初から彼女と下士官のベイリーとは接点すらなかったはずだし、
万が一何かのご縁で出会ってお互い好ましく思ったとしても、結婚となると
互いの家庭から反対されて諦めるか駆け落ちするしかなかったでしょう。

なんなら、現在のアメリカ軍でも、士官、下士官、兵の間に、
特に彼らの子供たちの間には軍務以外での接触はまずないはずです。
(在日米軍内の子供のための幼稚園学校のことまでは知りませんが)

ですから、いかにも将校の娘然としたこの美人のヘレンが
実は軍曹(しかも見るからに叩き上げ)の娘で、なぜかその叔父が大佐、
という設定には、当時のアメリカ人も首を傾げていたことでしょう。


それはともかく、ヘレンがここにきた理由は、父親が喧嘩で収監されたので
彼が不名誉除隊にならないようにという叔父へのお願いでした。

美人の姪に大佐も目尻を下げて応対していますが、つまり、
娘が地位のある叔父を利用して父の不始末を揉み消そうとしてるって図よね。

父が父なら娘も娘。
これ、厚かましいどころか、とんでもなくない?


そこにルーファス・クリーブランド、ランドール・ジェイムズという
海兵隊士官二人が「ミス・ベイリー」が来たと聞いて飛び込んできます。

この娘、自分に夢中の二人を手玉に取っていて、
どっちにもいい顔をしてここまで引っ張ってきたようですが、これもまた
従来ではあり得ない士官と下士官の娘との取り合わせ(しかもダブル)。

またこのヘレンという女、天性のやり手とでもいうのか、
二人の士官が飛び込んできて大佐が不機嫌になるや、

「あら、あたし、ジョンおじさんに会いにきたのよ〜」

と叔父の腰に手をまわし身体を押し付けるというあざとさ。
こういうのを清楚系●ッチっていうんでしょうか。


そして「ボーイズ」を両脇に抱き抱えて外を闊歩します。
上陸隊とパイロットの二人は互いを貶しながら牽制し合いますが、
彼女はどちらを選ぶとは決して言明しません。

「どっちか選んで」



と二人に迫られてはぐらかすのもお手のもの。
これは根っからの魔性の女だわ。


■ 軍曹の退役



ベイリー軍曹は無事に退役の日を迎えました。
大佐の力が及んだのかどうか、不名誉除隊などではなく、普通に退役です。

しかし、早口で感謝状を読み上げられて終わりといった形式的な流れに、
ベイリーはわずかに不満の様子を見せます。



ベイリー軍曹のために、軍隊は行進を始めました。

この敬礼シーンでも、俳優が全く軍人らしくないのがわかってしまいますね。
敬礼も下手だし、こんなだらしない立ち姿のベテランがいるかあ!


航空士官のクリーブランドは、恋敵がヘレンのそばにいるのが邪魔で、
ジェイムズになぜ陸なのにあっちで行進しないんだと文句を言いますが、
ジェイムズは涼しい顔で「俺はご家族と親しいから免除さ」



そして彼の30年にわたる海兵隊生活は終わりを迎えた・・・に思えました。


そしてヘレンの運転する車がバリガン川の橋にさしかかったとき、
そこでは彼の鍛えた民兵たちが捧げ銃で退官した彼を迎えました。



本来ならこの見送りに一緒に感激するであろう妻ですが、
何しろこの妻、一刻も早く夫に「足を洗わせたかった」人なので、
まるでまだ現役であるかのようなこの見送りに機嫌を損ねるという有様。


村に着くと、地域の人々(もちろん全員白人)が集まって、
「ハッピーバースデイ」の替え歌で出迎える熱烈歓迎ぶり。


この人々、妻の所属する平和運動サークル?なので、
彼に向かって軍隊不要論をやんわりと説いてくるのでした。
中には軍と軍需産業との癒着を糾弾し始める過激なご婦人もいます。


このサークルにはラジオ局を運営しているという高学歴の日系人もいました。
(ハリントン・ヒラタと紹介されているが字幕には出ない)
コーネル大学で電子工学の学位を取ったという彼に、ベイリーは

「アメリカで賢くなったってわけですか、外国人なのによくやるね」

と精一杯馬鹿にして見せますが、彼から

「多くを学びましたよ。アメリカ人の多くはとても賢いですからね」

と皮肉混じりに返されております。



ともすればそういうリベラルな雰囲気にイライラするベイリーに、夫人は
子供をあやすようにあなたはもう退役したのよと言い聞かせるのでした。


そしてベイリーのリタイア生活が始まりました。
居間のカウチでガウンを着てパイプを燻らせる退役後の夫。
夫人は長年夢見ていたそんな光景に幸せいっぱいで、うっとりと、

「あなた・・・新婚旅行の時のことを覚えてる?」

「忘れようったって忘れられないさ・・・(急に思い出し)
あのときは3ドルの部屋なのに5ドルも取られたんだ!」

「もう、なんて人なの!」

怒って夫人が行ってしまったのをいいことに、
パイプに詰める葉を直接口に放り込んで、ついでに
なんだか窮屈なガウンも脱ぎ捨ててしまいました。

パイプより噛みタバコが性に合ってる根っからの兵隊ってわけですね。
しかし噛みタバコは吐き捨てないといけないわけで。



吐き捨てる場所を探してうろうろしているうちに妻が戻ってきました。
手にはマットレスの下に隠したはずの海兵隊の制服を持っています。
処分しろと言われたのに、捨てずにいたのを見つかってしまったのでした。

ベイリーはあわてて口の中の噛みタバコを飲み込み(えええ〜)、

「は、ハロウィーン用に・・・」

と言い訳を。

「わたしを騙してたのね!」

「いや、せめて死ぬ時には身につけたくて・・・。
だって普通の服を着ていたら天使には俺だとわからないだろ?」

「大丈夫よ。わたしからガブリエル(大天使)に話しておくから」


ジェニーは軍服をどこかに持って行ってしまいました。



「しょせん女には男が軍服に抱くロマンがわからんか」

「わたしにはわかるわ」

しかし、そのとき、飲み込んだタバコの葉のせいで、
ベイリーは急いでトイレに駆け込むはめになりました。

余談ですが、もし葉巻の葉を飲み込んでしまった場合、14%が
急性ニコチン中毒で彼のように吐き気を催し嘔吐するといわれています。

これが原因で死亡にまで至ることはたぶんありませんが、まともな人間なら
どんなことがあってもタバコの葉など飲み込もうとは思わないものです。



続く。



映画「フライングフォートレスの物語」〜メンフィス・ベル 国立アメリカ空軍博物館

2024-02-20 | 映画
The Memphis Belle: A Story of a Flying Fortress

メンフィス・ベルのシリーズを始めてから何度も触れたように、
この爆撃機は「官製の英雄」として、有名になりました。

有名になる前からそのように仕立てようというプロジェクトありきで、
とにかく25回の任務を最初に終えそうな爆撃機に目星をつけ、
その直前から、任務達成に向けた記録作りが始まっていました。

その手段として選ばれたのが、ドキュメンタリー映画の制作です。
映画の制作にあたっては、陸軍所属だった映画監督、
ウィリアム・ワイラーがヨーロッパに派遣されました。

■ ウィリアム・ワイラー中佐


Lt. Col William Wyler軍服

アメリカという国がいかに映画を情報伝達と、
プロパガンダに有用なものと認めていたかは、
この映画監督を映像での宣伝を指揮する「司令官」として
中佐の階級まで与えていたことからもわかります。


イギリスの陸軍航空隊基地にて

ワイラーは1943年末に中佐に昇進した。

1943年末に中佐に昇進したワイラーは、この軍服を着て
イタリアで次のドキュメンタリー映画、 "サンダーボルト!" 制作をした。

このカラー映画は、戦争末期の戦闘爆撃機作戦を描いたものである。

1945年に戦争が終わると、ワイラー中佐は軍役を退いた。

その後もハリウッド映画の監督として、
『わが生涯の最良の年』

『ローマの休日』
『ベン・ハー』
などを監督し、12部門にノミネートされ、
3度のアカデミー監督賞を受賞するなど、数々の栄誉に輝いた。

陸軍の協力を行ったのは第二次世界大戦のときでしたし、
むしろ、その後に輩出した作品群が凄過ぎて、
陸軍中佐としての経歴を知らない人の方が多いかもしれません。

「嵐が丘」「黄昏」「大いなる西部」
「ファニー・ガール」「おしゃれ泥棒」

これらの有名作品もワイラー監督作品です。


ちなみにワイラーはドキュメンタリー「サンダーボルト」撮影時に
風圧と爆音で聴覚神経を傷めてしまい、右耳の聴力を失っています。

Thunderbolt (1947 film)

1947年にワイラーとジョン・スタージェスが監督した「サンダーボルト」は
第二次世界大戦中、コルシカ島を拠点とした第12空軍の飛行隊による
「ストラングル作戦」を描いたものです。

アンツィオのビーチヘッドへの枢軸国軍の補給線を妨害するという作戦で、
最初にプロローグを読み上げるのはジェームズ・ステュワート

ちなみにジェームズ・ステュワートは志願入隊して
ヨーロッパ戦線に爆撃機パイロット&指揮官として参加しており、
最終的には准将にまで昇進したガチの高位軍人ですが、
俳優として宣伝映画にも出演しており、この作品もその一つです。

ナレーションでは陸軍航空隊司令官のカール・スパッズ将軍の言葉、
「1944年は古代の歴史になってしまった」を引用しています。

この時の撮影では、リパブリックP-47サンダーボルト
パイロットの背後、主翼の下、ランディングギアのホイールウェル、
計器パネル、銃が発射されたときに同期して撮影する銃の中に、
ワイラー監督はカメラを搭載して撮影
しています。

爆撃機と違い、戦闘機に同乗するわけにいきませんからね。

映画の30分すぎから、隊員たちの余暇の様子が描かれますが、
子犬にミルクを与えたり、犬をボートに乗せたり、
カラスをペットにしている人なんかが出てきます。


撮影のためB-17に乗り込むワイラーとクルー。

右:ウィリアム・クローシエ(Clothier)カメラマン
窓の中:ウィリアム・スカール(Skall)カメラマン
左:キャヴォ・チン(Cavo Chin)イギリス戦時特派員

ワイラーとカメラマン二人の名前が全員ウィリアム。

ワイラー、名前でスタッフを選んだのか?

ところでお断りしておきますが、この人たちの全員、
軍事教練など軍組織での訓練を受けたことは一度もありません。

ワイラーが陸軍に関わるようになったきっかけは、彼が戦前に
「ミニヴァー夫人」というプロパガンダ映画を監督してからのことです。

映画の内容は、アメリカの「不干渉主義」への批判であり、
積極的な戦争への参加を推進するものだったので物議を醸しましたが、
この映画はイギリス国民の共感を強く得ることになります。

そんなことから、ワイラーは自ら志願して航空隊に報道枠で参加し、
何の軍事的下地もないまま、少佐の肩書きで映画を撮ることになります。

陸軍がワイラーに少佐の階級を与えたのは、年齢もあったでしょうが、
(当時40歳)実際戦地で危険を犯して映画の撮影をしたことに対する
「功労賞」の意味合いが大きかったと思われます。

「毎日全体の80%の搭乗員が失われていた」


と言われる当時の戦況で、実際にB-17に乗り込んで、
爆撃任務の全行程を撮影するには、死の覚悟が必要でした。

実際にワイラーは、一度爆撃機の中で酸素不足により失神していますし、
彼のチームとして撮影に当たっていた撮影監督の、


ハロルド・J・タンネンバウム中尉

は、「メンフィス・ベル」の撮影中、1944年4月16日、
乗っていたB-17が撃墜されて戦死しています。

このとき、爆撃機クルーの数人はパラシュートで脱出し、
タンネンバウム中尉もベイルアウトしたのですが、不慣れだったため、
パラシュートが外れたのではないかと言われています。

彼はもともとRKOの音響マンでしたが、ワイラーに誘われて
監督としてヨーロッパに一緒に乗り込んできていました。

年齢は47歳とワイラーより上でしたが、
監督になれるチャンスと考えて、ワイラーの誘いに乗り、
危険な職場と知りつつ、転職してきたのだと思われます。



■ 映画「メンフィス・ベル
:フライングフォートレスの物語」


さて、それでは映画「メンフィス・ベル」についてです。

冒頭の映画は、ワイラー監督がドキュメンタリーに徹し、
故郷の家族談とかいらんサイドストーリーを一切省いたシンプルな作りで、
劇場映画でありながら40分という短い尺に収まっています。

~1:05 オープニングタイトル


~4:05 出撃前に整備&武器搭載が行われるB-17
爆薬の上にまたがってハモニカ吹きつつ一緒に移動する整備員たち

~5:28スタンリー・レイ司令によるブリーフィング
本日の爆撃目標はドイツのエムデン


最後にチャプレン(従軍牧師)によるお祈りあり


ジープでクルー到着、乗り込み


乗り込み前に機長からの短い指示あり
士官は全員最後になるかもしれない喫煙をしながら


ボールターレットに乗り込むクィンラン
(まさかとは思っていたけど、離陸時から乗り込んでいる)

7:06 離陸
ボールターレットの中に仕込んだカメラからの映像あり

11:20~クルー紹介
経歴と出身地は必ず

爆撃目標はエムデンのウィルエルムズシャーベン。

ウィルヘルムズシャーベンは戦争中、連合軍の爆撃により
町の建物の3分の2が破壊されましたが、
主要な標的であった海軍造船所は深刻な被害を受けながら操業していました。

 19:53〜ドイツからの迎撃開始、対空砲

21:29〜目的地上空 敵戦闘機と交戦
爆弾投下、帰投

24:20〜敵戦闘機と抗戦

25:30〜僚機が被弾、撃墜されて落ちていく

「カモン、お前ら脱出しろ!」
「テイルガンナーが脱出したようだ。戦闘機に気をつけろよ」

「クィンラン(ボール砲手)どうなったか見ておけ」
「9時方向でパラシュート二つ確認」

と意外と冷静な感じで淡々と言っています。
僚機は機内には8名が取り残された状態で墜落し、まさに
「10人のうち8人が帰らなかった」という統計通りになりました。

26:21ごろ、戦闘機がパラシュートを引っかけたらしく、

「あいつが捕まりました、チーフ(機長)!ベイルアウトしたのに!」

「インターコムで叫ぶな」(冷静)


というやりとりもあります。

27:07〜傷ついて弱ったB-17に群がってくる敵戦闘機

みすみす仲間がやられていくのを見ているしかありません。
フォーメーションを崩すわけにはいかないからです。


27:28〜帰投してくる機を待つ基地の人々

搭乗員たちはゲームをしながら

負傷者がいる機は優先的に着陸できるきまりです。

29:25〜負傷者ファースト

対空砲の破片が身体にめり込んだ人など。


「彼らはパープルハート徽章を授与されるだろう。この男も」

しかし、遺体が帰ってこられただけ良かったとも言えます。
男が受けている輸血について・・・

「彼が体内に入れている血は、デモインの女性高校生のかもしれないし、
ハリウッドの女優のかもしれない。
いずれにしても彼に感謝している人たちのものだ」

30:35〜次々と着陸してくる機体

全くの無傷は1機だけ。
29機目はパイロットが怪我をしているので着陸が粗い、と。


テイルガンナーは死亡したとのこと


爆撃手を失った機(下部の赤はおそらく血の色)

中には、ノーズのエポキシグラスごと破壊され、
ナビゲーターが機外に失われた機もあったようです。

この日出撃したのは36機、帰投したのは32機でした。
メンフィス・ベルは3機で一番最後に帰投してきます。

35:27〜メンフィス・ベル タッチダウン
25回目のミッションを完了


手を振るモーガン機長とハロルド・ロッホ上部砲手


タキシングの時にすでに上にまたがっている人


ノーズから手を振る爆撃士エバンスとナビゲーター


胴部ガンナー二人


地上に降りるなり地面にキスするクルー



映画ではこれを尾部砲手の役をしたハリー・コニックJr.が再現しています。

クルーに持ち上げられて「ベル」のヒップにタッチするモーガン

37:01〜イギリス国王夫妻謁見



エンディングでは、ミッションの後の穴だらけの地面に
the endのタイトルが重なります。
どれだけ落としてるんだよ。


映画の広告はかず多く作られましたが、
このバージョンは犬のスコッティも含め、まるで全員俳優のようです。


おまけ:このシーンは不採用


続く。


年初め映画タイトルギャラリーその3

2024-01-16 | 映画
■ 「FBI vs ナチス」
They Came To Blow Up America
〜実在事件をベースにしたアメリカ防諜啓蒙映画


我が日本における防諜啓蒙映画「間諜未だ死せず」を取り上げた流れで、
アメリカにおける防諜を目的とした国策映画を扱ってみました。



日米の防諜啓蒙映画を並べてみると、
戦争に突入してからだったのでアメリカ人俳優が調達できず、
全てを日本人俳優で賄ってしまったこちらのに対し、
アメリカのこれは、日本人が中国人を演じるようなノリで
ドイツ人を演じているという同じような作りです。

同じ白人でも多民族国家であるアメリカには実に色々いるので、
この映画でもドイツ人らしいアメリカ人を配しているのかと思えば、
主人公のドイツ人スパイ、アメリカ在住のドイツ系移民の息子である
カール・スティールマンを演じているジョージ・サンダースは、
どこからどうみてもドイツ系の要素がありません。

事実サンダースはれっきとしたイギリス人。
(ブライトンスクール→マンチェスター工科大学卒の上流階級)
ライター夫人を演じる女優アナ・スタンはロシア人ですし、
ナチスの親衛隊長ティーガー大佐はイギリスのシェイクスピア俳優ときた。

かろうじて、実はスパイだったホルガー医師は、
シグ・ルーマンというカリフォルニア生まれのドイツ系俳優、
カールのお父さんもドイツ系アメリカ人俳優が演じていますし、
ドイツ美女ヘルガはオーストリア人女優が起用されました。

ホルガー医師を演じた俳優、シグ・ルーマンは、戦前まで
ジークフリート・ルーマンという本名で活動していましたが、
反独感情が高まったこともあり、芸名を変えています。

アメリカがドイツと戦争になるとドイツ系の需要が高まり、
啓蒙映画や悪役で引っ張りだこになったというのは皮肉ですね。

こんな事情を知るまでは、アメリカではドイツ系の俳優など調達し放題だろう、
と思っていましたが、いかにドイツ系が民間にいたとしても、
人前に出る仕事である俳優には、あまり数が足りておらず、
しかも反独感情で表に出にくかったらしいとわかります。

ヘルガ役のオーストリア女優ポルディ・ドゥーア(Poldi Dur)は、
1944年(!)にアメリカで製作された、「ナチスそっくりさん大集合映画」
ドキュメンタリー「The Hitler Gang(ヒットラーギャング)」で、
ヒトラーが最後に結婚したゲリ・ラウバルを演じています。


観てみたすぎる


頭なでなで中

本作品はアメリカで実際に起こった「パストリウス作戦」なる
ナチスの潜水艦による侵入&爆破作戦をベースにしています。

この事件は、アメリカに潜入した工作員のうち二人が
早々にFBIに仲間を裏切って密告したため当局に露見し、
その他の工作員たちは問答無用で処刑されてしまっています。

当初彼らは戦争が終わるまで収監される程度の処罰と言われましたが、
ルーズベルトは強硬に彼らを直ちに処刑することを求めました。

この映画と「パストリウス作戦」について調べるうち、作戦立案者である
ヴィルヘルム・フランツ・カナリス(Wilhelm Franz Canaris)
という情報部の部長が、日本の陸軍参謀から派遣された
大越兼二大佐と組んで、「対ソ戦、英米との戦争は日独を滅ぼす」とし、
三国同盟に反対していたという史実を知ることができました。

■ 「スピットファイア」
The First of The Few(最初の人々)


RAF(ロイヤルエアフォース)の名機、
スピットファイアの設計者、レジナルド・ミッチェルの伝記映画です。

本作の公開年、ドイツ軍機に乗機を撃墜されて死亡した俳優、
レスリー・ハワードがミッチェルを演じ、自らが監督も手がけた作品。


戦時中ということもあってRAFの全面協力のもと、
実際のパイロットたちが出演してセリフもこなしています。

映画は、語り手としてミッチェルの友人であり、
開発のパートナーにもなった架空のテストパイロットが
彼の若い頃から死までの歩みを振り返る形で進行します。

3つのパートに分けましたが、その最初は、
若きミッチェルが当時の飛行機界の登竜門だった国際レース、
シュナイダー・トロフィーレースで優勝するところまでが語られます。


中編では、ミッチェルがスピットファイア開発に至るまでに出会う人々、
そして開発に乗り出すきっかけとなる出来事が描かれます。

この日のイラストは、実在のミッチェルの肖像(真ん中下)の周りに、
映画に出演したその関係者を描いてみました。
左上のレディ・ヒューストンは実在の彼女の写真をもとにしています。


「レディ・ヒューストン」
熱烈な愛国者、国粋主義者の大富豪で、その地位と財産を
気前よく彼女の信じるところの「国のために」寄付した伝説の女性です。
国会が失業対策のために予算を回す動きのあった当時、
彼女は航空界の発展の原動力となるレースの参加費をぽんと出しました。

「ヴィリー・メッサーシュミット」


実際のメッサーシュミットを映画では随分線の細い人が演じています。
これは実際のミッチェルとレスリー・ハワードにも言えることです。
映画ではドイツに招聘されたミッチェルが、ナチスの関係者から
隠すことのない征服欲をちらつかされ、危機感を覚えることで
自国に強い飛行機を作るべきだと決心することになっています。

「サー・ロバート・マクリーン」
エンジニアであり、航空業界の大物、ヴィッカース社の会長。
スーパーマリン社を買収し、ミッチェルらに新型機、
スピットファイアの開発を奨励した人物です。

後編

右上のヘンリー・ロイスは言わずと知れたロールス・ロイス創始者です。
「マーリンエンジン」がスピットファイアに搭載されました。


サー・ヘンリー・ロイス

映画では、ミッチェルは病に冒されて最後の日々を自宅で過ごし、
パイロットのクリスプが家の上空を完成したスピットファイアで飛び、
軍に採用されたという知らせを受けて死んでいくと描かれます。

映画の中で散々説明しましたが、原題の「The Few」は、
当時慣例的にそう呼ばれていたところの、彼の飛行機で戦った
RAFの「一握りの人々」であり、それに「ファースト」をつけることで

祖国全体に恩恵を与えたミッチェルを含む開発者たちが含まれるのでしょう。


■「海の底(The Seas Beneath)」
ジョン・フォード初期の海軍映画

後半

ジョン・フォードは映画監督になってよほど海軍ものが撮りたかったらしく、
サイレントからトーキーへと映画会社が舵を切った途端、
海軍兵学校もの「サルート」潜水艦もの「Men without Women」を撮り、
満を持して?ドイツ潜水艦と海上戦を行うアメリカ海軍映画を製作しました。

偽装船に乗り込んで島に潜入するアメリカ海軍軍人に忍び寄るのは
美しい女性の姿を借りたナチスのスパイ。

現地のスペイン美女スパイにひっかかり、まんまと身分を悟られた若い少尉は、
責任をとって敵のボートに忍び込み、射殺され、
アメリカ軍の偽装船を率いる大尉は、ドイツ潜水艦長の妹に接近され、
こちらもまんまと相手を好きになってしまうという体たらく。

海上戦の末、偽装船は潜水艦を撃沈して打ち勝ちますが、
兄を捕虜に取られた艦長の妹にむかって、

「そこの教会で結婚式を挙げよう」

といきなりプロポーズして玉砕する大尉の間抜けさがなんとも物悲しい。

第一次世界大戦直後、
まだ海上の戦争に人々がロマンを求める余地があったころの
なんとものどかなストーリーです。

若き日のジョン・フォード海軍ものの原点。

■ 海の牙(Les Maudits 呪われしものたち)
ルネ・クレマンの極限心理ドラマ


第二次世界大戦末期、第三帝国の復興拠点を南米に樹立するという
絶望的な野望の下、Uボートに密かに乗り込んだ人々がいた。
その極限の空間で、歪んだ権勢欲と欲望が渦巻き、ぶつかり合い、
ついには悲劇の破局に至る・・・・。

と、映画の宣伝風に説明してみました。
ルネ・クレマン作品ということで評価が高いようですが、
確かにストーリー展開と人物描写、観客を惹きつける要素はあるものの、
決定的に残念なこと、それは、軍事的な考証が甘すぎることです。

特に、ドイツの敗戦を受けた潜水艦の艦長が
即座に自艦を放棄して民間船にスタスタ移乗するなんて噴飯ものです。

そして、たった数人で南米に第三帝国の拠点を作るなんて、
ちょっと考えれば絶対に無理だって誰だって思いますよね。

そういった大きな矛盾を無視した上にいくら作品を構築したところで、
ツッコミどころが多すぎて感興を削ぐというのがわたしの感想です。

というところで、最後の作品を除きご紹介を終わりました。
今年も楽しみながら戦争映画をご紹介できればと思っています。




年初め映画タイトルギャラリー その2(おまけ『ゴジラー1.0』を観た)

2024-01-14 | 映画

「潜水艦映画にハズレなし」

というのは、潜水艦映画ファンなら誰でも聞いたことがある至言ですが、
そのリストにどうしてこのイギリス海軍潜水艦映画である

「潜水艦シータイガー」
We Crushed at Dawn : Sea Tiger


が滅多に上がってこないのか、今となっては不思議でなりません。
たまたま当ブログは、ハリウッドの戦時高揚映画、
「潜航決死隊 Crush Dive」を以前取り扱っていたため、後発のアメリカが
「シータイガー」からプロットから小ネタまでパクっていた証拠を掴みました。

ハリウッドというところは、もちろん映画産業を牽引してきたわけですが、
経済規模が大きく商業主義最優先であることから、玉石混交、
このようなあからさまなパクリが多々存在します。

ついでに、最近はポリコレが映画をどんどんつまらなくしていて、
画面越しにLGBTが説教かましてくるような作品にうんざりする人が多数。

低予算の「ゴジラマイナス1.0」のあるべき映画の面白さが注目され、
人々がハリウッドはもう終わり、とSNSで声を挙げるにまで至っています。

もう本当にね・・・ポリコレに準拠する作品を作りたいなら、
最初からそういう人物が登場する映画をゼロから作ればいいの。
過去の名作を「ポリコレウォッシュ」するのはやめて・・。
お願いですから。

「それぞれの人生」

乗組員たちのキャラクターと状況を表すセリフを抜粋してみました。

左上:
ホブソン「どうして家から出たんだ?」
妻「ジム、あなた一度くらいシラフで家に帰ってこれないの?
前回もそうだったでしょう」

頭がよく数か国語ぺらぺらで仕事ができる聴音員のホブスですが、
人を寄せ付けない雰囲気で艦内でも一人浮いています。
酒飲みで家庭もうまく行っておらず、妻の兄は
二人を離婚させようとしているという設定。

右上:
艦長フレディ・テイラー大尉
「セイモア嬢に明日のランチのアポを電話で取ってもらいたいんだ」
「んで火曜だが、ミス・・・えーと、カーターだ。
いやいや、ちょっと待って待って。
えっと、確かミス・デイビスだったかな」

「シー・タイガー」のテイラー艦長は兵学校卒の士官です。
階級社会であるイギリスでは上流階級しか士官になることはできません。

扉絵の四人の士官たちも、特に予備士官であるブレース大尉、
ボランティアリザーブ(英国海軍士官予備軍)のジョンソン中尉は
おそらく大学を出ていると思われます。

テイラー艦長は独身貴族を大いにエンジョイする女性好きのようですが、
そのアポイントメントを全て電話で執事にやらせています。

左下:
ウィルソン主席砲員「わたしゃただお役に立てればと思ってね」
操舵CPOダブス「この四角頭野郎」


二人は「シータイガー」のCPOと兵で上下関係がありますが、
コリガンの結婚式に出席していた女性をどちらもが好きになり、
それを知っているウィルソンは、親切ごかしでダブスに
女性の名前を教えず、のみならず出鱈目の名前を刺青するという悪行ぶり。

仮にも階級が上の軍人にこんなことをして大丈夫なのか?
と心配になりますが、イギリス海軍ではもしかしたら
士官とそれ以外ほど、下士官兵の階級差は大きくないのかもしれません。

「スクェア・ヘッデッド」(四角頭)には、いくつかの意味があり、
イギリスにおけるドイツ系&オランダ系への差別用語でもありますが、
ウィルソンという名前はどちらでもありませんから、
おそらく単純に「馬鹿者」という意味で使っていると思われます。

右下:
砲手コリガンCPO「あー、ちょっと間違いがあったみたいで」
エセル「いいえ、あなた間違ってないわ。もう少しで間違うところだったけど」
コリガン「どういう意味だ、エセル?」

CPOのコリガンという男はマリッジブルーなのかなんなのか、
これまで何度も同僚のCPOダブスの妹エセルとの結婚を、
任務に乗じて先延ばしを繰り返し、今回に至ります。

今回の結婚式の日、ようやく彼が年貢を納める時になったと思ったら、
幸か不幸か「シータイガー」に緊急出動命令が出てしまいます。

これは決して彼のせいでもなんでもないのですが、
度重なるキャンセルにエセルはキレてしまい、

「もう少しであなたと結婚して間違いを犯すところだった」

と彼に三行半を突きつけているのです。


緊急に「シータイガー」に命じられた任務とは、
ドイツ海軍の新造戦艦「ブランデンブルグ」を撃破することでした。

出航のシーンに始まり、潜水艦の航行や停泊しているシーンは
すべて英国海軍の協力のもとに撮影され、エキストラはもちろん、
当時海軍情報部にいた「007」の作者、
イアン・フレミングが艦隊司令役で出演するという見どころがあります。

イアン・フレミング海軍時代

「シータイガー」は「ブランデンブルグ」を追う途中、
避難ブイにいたルフトバッフェのパイロット3名を揚収し、
彼らの会話からホブソンが戦艦の位置を特定しました。

「バック・フロム・ザ・デッド」死からの生還

「ブランデンブルグ」を攻撃する「シータイガー」は、
駆逐艦に追われ、あの「潜水艦死んだふり作戦」を決行。

捕虜にしたドイツ航空士ハンスが機密を漏らそうとした
同僚を殴って殺してしまったので、その遺体を「利用」します。

のちの潜水艦映画には何度となくでてくるこの作戦ですが、
わたしはこの映画が「最古」であるのではないかと今のところ考えています。

映画はここで潜水艦が無事に帰還して終了、というものではなく、
この後彼らがドイツ軍の港がある基地に潜入し、
燃料と物資を奪うためにドンパチやるところまで描かれます。

そして、イギリス中が戦没したと思っていた「シータイガー」のメンバーが、
生きて母国に辿り着き、次の任務まで幸せに暮らすでしょう、
というところで映画は終了します。

潜水艦映画に興味のある方ならずとも、ぜひ鑑賞をお勧めしたい良作です。

■ 「ゴジラ−1.0」


ハリウッド映画の話が出たので、ついでに。
「ゴジラー1.0」を観てきました。

去年の段階で「いいらしいよ」と映画情報を送ってくれて知ったのですが、
その後実際に公開されて、特にアメリカで評価が高く、

「低予算でこんな面白い作品が作れると証明してハリウッドに恥をかかせた」

とまで言われているのでぜひこの目で確かめようと思ったのです。
しかし正直、日本人のわたしにとって、この映画に語られるテーマの一つ、

「敗戦の屈辱とサバイバーズギルトから、自らの命と引き換えに

愛するものたちを救おうとする気持ち」

「からの、自らの命を捨てずに自分の中の戦争を終わらせようとする」

心境の変化というモチーフは、決して真新しいものではなく、
軍批判も日本という国の体質批判も、何回となく
これまでの創作物で試みられてきたものであり、その意味で
海外の人々が言うほど新鮮な切り口とは思えませんでした。

核批判、反戦のメッセージ、それは戦後の日本戦争映画の基本スキームであり、
表現の方法に差はあれど、それは幾度となく繰り返されてきた
「セイム・クリシェ」と呼んでも差し支えない語法で語られます。

(銀座襲撃の後の元海軍軍人を集めたシーンでは、ここだけの話、
その演劇くさいお約束的やりとりについ気恥ずかしささえ覚えたと白状します)

加えて、その中に流れる出演者たちの各々の「戦争のPTSD」は、
これも日本人であればDNAレベルで理解できるものであり、現に

「あなたの戦争は終わったか」

「自分の戦争はまだ終わっていない」

などという言葉を、わたしは確かに他の作品中に聞いた経験があります。

ただしこれは決して批判の意味ではありません。

そこでこの映画の世界での評価の高さについて考えを致すとき、
日本では「お約束」となっていたこれらの表現は、これまでのところ
本作品ほど大々的に世界に対して発せられたことがなかったため、
日本人以外にはむしろ新しいものとして捉えられたのではないかと思います。

戦後70年間、何度も繰り返されたこれらの物語は、
今回の「ゴジラー1.0」にも揺るぎなく取り入れられ、
その全体的な構造が恐ろしいほどシンプルに人々に伝わるのを助けます。

どこの国の人々が、特にアメリカ人が最も嫌う字幕で観ても、
なんの不都合もないくらいストーリーが感覚にすっと入ってくることは、
たとえ作品に何億のお金(そのうちほとんどが宣伝代)をかけ、
どんな精巧なヴァーチャルを作り上げようと、達成できるものではありません。

さて、何人ものアメリカ人の鑑賞者が「泣いた」というこの映画。
アメリカ人はこの映画の何に泣くのか。

少なくとも、わたしが泣いたのは以下のシーンです。

「高雄」登場シーン

ゴジラ対決のため戦勝国から一旦返還された駆逐艦群、
「雪風」「夕風」「響」などが相模湾に集結し横一列で並んで航行するシーン

「震電」飛行シーン

「雪風」と「響」の作戦シーン

民間船集結シーン

敬礼シーン


こうしてみると、ミリシーンばかりだわ(笑)

それから、一緒に観たTOは気付かなかったようですが、
最後の決戦で駆逐艦が搭載している砲弾の説明で、
「46センチ砲」といっているのに気がつきました。

アメリカから「ソ連との緊張があるからゴジラ退治はそっちでやれ」
と放置されたため、日本はあるものでなんとかしようとしたわけですが、
大和型の砲弾も爆雷としてリサイクルしていたということになります。

「今までのゴジラ映画で一番いい」

のみならず、

「これまで観た映画で一番いい」

とまでアメリカ人たちが絶賛しているのを知ると、
すこし微妙な気持ちにはなりますが、純粋にエンタメとして面白い、
という映画の条件の原点を満たしているハリウッド作品が
昨今ではあまりなかったということでもあるのでしょうか。

続く。


令和5年映画扉絵ギャラリー

2024-01-11 | 映画

年が明けてからあまりに衝撃的な事件が相次ぎ、
ブログのアップが途絶えがちになっていますが、とりあえず
年末年始恒例の映画ログ回顧をイラスト共に振り返ります。

■ 「8/15」
凡庸という名の厭世的ドイツ国防軍映画




2023年に、というより過去当ブログ映画部が取り扱った中で
最も「勝手の違う」戦争映画でした。
まず、ドイツの戦争映画につきもののナチスが出てこない。

ナチス批判が焦点にないというのは、撃墜王マルセイユの映画以来ですし、
そもそも外国人には「ドイツの普通の戦争映画」を見る機会がありません。

(その意味で、最近Netflixで初めてドイツ人スタッフによって
『西部戦線異常なし』が制作されたのには喝采を送りましたね)

当作品は国防軍の砲兵将校が戦後に描いた小説がベースで、
ドイツ国内では小説を含め、テレビシリーズなども有名です。

繰り返しますが、「8/15」は現在のドイツでも使われる
「凡庸」「月並み」を意味する言い回しで、その語源は
陳腐化したドイツ軍の標準装備、MG08重機関銃から取られています。

MG08は第一次世界大戦のときの最新型なので、映画の舞台である
第二次世界大戦時にはすでに30年前の機材となっていました。

この映画はロシア侵攻後、冬将軍によって短期決戦の機会を逃した
ドイツ国防軍の補給部隊の内部をこれでもかと内部告発しており、
そのどうしようもない戦況において、「つまらん規則」
「才能のない上官」「もう終わってる上からの命令」に縛られて疲弊し、

翻弄させられ押しつぶされていく現場をこれでもかと描いています。

現地の娘と恋に落ちるもスパイで裏切られる若い士官、
死ぬほど欲しい鉄十字を持っている部下が憎くて任務の邪魔をする上官、
また、同じく、嫉妬からあえて無理な命令で優秀な者を死に追いやる上官、
こんな状況でも物資の横流しで私腹を肥やすことしか考えない兵曹。

現場の兵たちは明日をも知れぬ命と薄々知りながらも
その運命をあえてみないふりをして今日の享楽に興じる・・・。

のちにあらゆる国の戦争映画に見られる軍隊の姿がここにあります。

砲兵隊隊長であるフォン・プレニエス中佐が、
スパイのロシア女性に裏切られたヴェーデルマン中尉に向かっていう、

「わたしにはこの欺瞞に満ちた戦争で祖国を危機に陥れた責任がある」

という言葉が、誠実なドイツ軍の「中の人」の総意を表しています。



■ 「僕は戦争花嫁I was a Male War Bride
ケーリー・グラント一世一代のキワモノ作品



後半

稀代の二枚目俳優、ケーリー・グラントがフランス軍人に扮し、
アメリカ陸軍の女性軍人と恋に落ちて、普通に結婚し、
彼女の「戦争花嫁」として渡米しようとしたら、
前例のないことなので上を下への大騒ぎとなり、
ついには馬の尻尾でズラを作って女装し海軍の検閲を強行突破しようとする、
という、文字通りキワモノ的怪作。

他国軍同士の連携作戦で戦後のドイツで共にミッションを行うも、
反発しあって相性最悪というところから始まって、
主に男性の方が酷い目に合っているうち、突然愛が芽生えます。

まあ、これは突然好きになったというより、それまでの反発も
好きの裏返し的な相手への強い関心だったってことなんでしょうけど。

そこまでならまあよくある展開なのですが、この映画では
実際にフランス人がアメリカ人女性と結婚したとき、
アメリカ軍にその前例がないがために起こってくるトラブルについて、
決して荒唐無稽に思えない事例?を挙げて解説しています。

煩雑なペーパーワーク、ドイツで結婚するアメリカ人とフランス人、
ということで3回別の教会で式を上げなければならない。
法律は「花嫁法」しかないので男性を「花嫁」にしなければならない。
アメリカ軍の宿泊施設には「花嫁」しか泊まることが許されない。
かといって米陸軍士官宿泊所にはフランス人は泊まれない・・・。

ここまですったもんだしてようやく海軍の輸送船に乗ろうとしたら、
「女性と軍人しか乗せられない」
と門前払い・・・。

そこで最後の手段としてケーリー・グラントは女装を余儀なくされるという、
まあ、こうして書いてみれば非常に明快でわかりやすく、
その割に先が読めない斬新さが観ていて面白い快作でもあります。

身長190センチのケーリー・グラントが女装、というだけでも
当時から否定的な意見が多かったという当作品ですが、
わたしはそのテンポの良さ、古典的で上品なユーモアを高く評価します。

■ 「間諜未だ死せず」
大事(防諜啓蒙)の前には小事(外人俳優がいない)も辞せず


戦時中に憲兵隊の映画指導、防諜協会後援で制作された、
文字通りのバリバリ国策&防諜啓蒙映画。

日中戦争の最中、スパイとして日本に潜入した中国軍人王少尉が、
日本社会で情報撹乱や人心へのプロバガンダを行いながらも、
心の清らかな日本女性に密かに恋心を抱いていきます。

アメリカ人スパイ組織に雇われたフィリピン人スパイ、ラウルが
官警に追い詰められて自決したとき、アメリカスパイ組織は
ラウル密告の疑いを王にかけ、彼を拷問の末抹殺してしまいます。

アメリカスパイ組織を追っていた憲兵隊の武田少佐(佐分利信)が
ノーランを逮捕した日は、昭和16年12月8日。
武田はノーランに日米開戦を誇らしげに告げますが、ノーランは

「ジャック・ノーラン死すとも間諜は未だ死せずですよ」

と嘯き、視聴者に戦時の教訓を垂れるというエンディング。

本作の見どころ?は、中国人役はもちろん、日本在住アメリカ人スパイ、
米陸軍中佐、フィリピン人スパイ、その他アメリカ人たちを
全て日本人俳優がメイクをして演じているというその異様さです。

アメリカ映画でドイツ人同士が英語で会話し、観客は
それを「ドイツ語の会話」であるという前提で理解するように、
この映画では、どう見ても化粧した日本のおじさんである彼らを、
アメリカ人だと解釈しながら観ることを余儀なくされます。

このやっつけ感と、作品最後で高らかに日米開戦を称揚してしまったことから、
本作は映画史と出演者にとって完全に「黒歴史」となりました。

■ 「陸軍の美人トリオ」Keep Your Powder Dry
オシャレなWACリクルート宣伝映画



左上:
リー「『グッドラックソルジャー』ですって?
お父様はとっくにご存知だったのね」
父「もちろんだ。『常に備えを怠るな』だよ」


左下:
隊長「中隊の隊員のうちおよそ半数が、あなたの資質について
士官に相応しくないと考えているのです」
リー「な・・・なんとおっしゃいましたか隊長?」


上中:
ヴァレリー「WAC入隊ですって?
それでなきゃ遺産が受け取れないなら、やるわよ。
もちろんそんなの嫌だけど、遺産のためならね」


下中:
ヴァレリー「なぜって、WACであることはわたしにとって
何よりも大切なことだからよ」
「それは私にとってたいせつな・・プライドよりも大切なものなの」

上右:
夫「ダーリン、心配しないで。僕は大丈夫だから」
アン「ああジョニー、どうか無事でいて」


下右:
アン「今はわたし・・自分のことでいっぱいなの」
「どうか一人にしておいて」



左上:「こうよ!」ピシャっ!

上中:リー「そのキレやすい性格がそのうちあなたを色んな問題に巻き込むわ」

右上:パシッ

右下:
隊長「ダリソン士官候補生
あなたに辛いニュースを伝えなくてはなりません」
アン「夫ですか・・・か・・彼が怪我を?」
隊長「・・・・」
アン「死んだのですか?」
隊長「3週間前だそうです」

左下:
リー「わたしたち卒業よ!」
アン「二人とも嬉しいわ!」
ヴァレリー「やったわね!」

挿絵を描いた時にはアメコミ風にやってみようと、
あえてセリフを英語で細々と書き込んで説明もしなかったので、
小さいスマホなどで見た方は読めなかったのではないかと思います。

ということで、今回は挿絵のセリフを翻訳しておきました。
これをみれば大体映画の内容もわかってしまうという・・。

この映画のイけているところは、なんといってもタイトルです。
ミリタリー用語から発生した、

Keep Your Powder Dry

という言葉の「パウダー」はもともとガンパウダー、火薬のことですが、
これが湿気ていたらいざというとき先制攻撃できないことから、
いつも火薬を乾燥させておくように、という訓戒が生まれ、
これから転じて、「常に備えよ」を表す慣用句になりました。

女性軍人を主人公とした本作のタイトルにこれを使うと、
「パウダー」は「火薬」「白粉」のダブルミーニングとなります。

大富豪の超美人、お遊びでモデルをやっていたヴァレリーが、
遺産を受け取る条件としてWAC入隊したのを、
情報将校の娘であるリーは面白く思わず、二人は最初から対立します。

間を取り持つおとなしいアンは、戦地に行った夫を
自分なりに支援しようと考えて入隊してきたという女性。

このように、三人三様、全くタイプの違う三美人が主人公です。

三人の関係性とキャラクター描写がエンタメとして大変よくできています。
今のハリウッドでは、もうこんなシンプルな面白みを味合わせてくれる
軍隊映画を作ることは(ポリコレで)不可能になってしまったことを考えると、
この映画にはもう無形文化遺産の指定をして欲しいくらいです。


■ 「戦場のなでしこ」
戦場に散った女性たちの内部告発


「陸軍の美人トリオ」(常に備えあり)に続き、
日本の女性が登場する戦争関連映画を探してみたらば、
もうとんでもないダークマターでした。

戦後大陸で起こった女性軍属の悲劇という史実を、当事者というか、
犠牲者を手配していた看護婦長の手記を元に映画化したもので、
従軍看護婦がロシア兵に組織的に慰安婦にさせられていたという事件が、
この映画によって広く世に知られるようになりました。

映画では当事者たちの尊厳に配慮してか、リアリズムはある程度配して、
美しく悲しく看護婦たちが自決したように描かれていますが、
実際の彼女たちの最後はとてもそんなものではありませんでした。

わたしが最も違和感を抱いたのは、肝心の婦長の行動です。

ソ連軍から逃げてきた一人の看護婦が、派遣看護婦が慰安婦にされたことを
必死で訴え、その後絶命までしているというのに、その上で
くじ引きでさらに3名をまだ派遣しようとしていたという異様さ。

婦長という立場で上からの命令を中止できないのはわかりますが、
看護婦たちが集団で自決したのは、派遣がまだ続くこと、
守ってもらえないということに、つまり絶望したからでしょう。

集団自決した者だけではありません。

部隊の帰国が決まったとき、わざわざ駅まで同僚を見送りに来ておきながら、
婦長の目の前で自決してしまった3名の看護婦がいました。

この3名は、最初にソ連軍に送られたメンバーで、隊に戻ることを拒否し、
それどころか、ダンスホールで働いて、もう手遅れとなった性病を
ソ連兵にうつすことで復讐を続けていたという人たちでした。

これが、何を意味するとお思いになりますか。

彼女らが、彼女らを地獄に送り込んだ張本人と祖国を
恨んでいなかったわけがないのです。


映画ギャラリー後半へ続く




国策映画「愛機南へ飛ぶ」後編

2023-12-12 | 映画

松竹映画「愛機南へ飛ぶ」後編です。

船員だった父を亡くした水野武は、母一人子一人の生活から
陸士入学を果たし、見事成績優秀者として卒業式で賞状を受け、
念願だった航空士官任官を果たしました。

■ 開戦


昭和16年12月8日、大東亜戦争の開戦の日がやってきました。



水野武の母久子が働く航空工場の工員たち。
君が代がフルバージョン流れる中、粛として首を垂れます。



久子が舎監を務める女子寮では、女工たちがラジオを聴いていました。



その夜、久子は寮生の中沢から、実家が大変な状態なこと、
手伝いに帰郷しろと言われている、と打ち明けられます。



久子は帰郷を勧めますが、彼女は

「戦地の兵隊さんたちのことを思うと、とてもできません」

そう思っているならなんで打ち明けたんだって話ですが。
個より公に殉じるのは軍人だけにあらず、こういう自己犠牲を賞賛し、
戦時下の国民の在り方を説いてくるのがさすが国策映画です。




開戦二日後の12月10日、ここは台湾の日本陸軍航空隊基地。
隊長が猿をペットにしています。



我らが水野武少尉率いる4名が、この基地に着任してきました。


ここで武は航空士官学校の同期、馬場少尉と再会します。


やはり同期の戦闘機乗り、岩田少尉も同じ基地でした。
再会を喜び合っていると出撃命令がかかり、岩田はこう言い残していきます。

「人生わずか50年、ただし軍人半額じゃ!はっはっは」

おい、フラグ立てるな。


邀撃に向かった戦闘機隊は米軍戦闘機(マスタング?)と撃ち合います。


一対一で敵機の後ろを取った岩田は相手を撃墜しますが、
自分もその直後背後を取られてしまいます。

一連の戦闘シーンはこの頃の特撮にしては上出来で、
どう合成してあるのか実写と見紛うばかりです。


戦闘機が出撃している間、整備員たちは、
自分が整備した飛行機が無事に帰ることをただ待つだけです。



戦闘機隊は帰投しましたが、岩田少尉の機が帰ってきません。

「小幡中尉殿、岩田少尉殿はどうされたんでありますか!」

「編隊を離れたがすぐ戻る。心配するな」

敬礼の仕方(皆手のひらを前に向けている)もそうですが、
いちいち「殿」をつける陸軍式呼称も、
海軍ばかり取り上げてきたわたしには、新鮮に感じてしまいます。



心配そうな整備担当。


そのとき、見てもわかるくらいフラフラとした飛行で
岩田少尉機が基地に戻ってきました。
整備員が真っ先に駆けつけ、救急隊も急行します。



負傷しながらもなんとか帰還した岩田少尉。
あれはフラグではありませんでした。よかったね。

■ 後方支援


ここは水野の母久子が働く航空機工場です。


どこのかはわかりませんが、本物の工場風景。



女子工員が机を並べて作業をしています。



こちら中沢清子さん。
実は彼女の実家は大変どころではなく、父は危篤で、
しかも彼女はその知らせを受け取っていました。

なのに彼女は仕事を離れようとしません。



こちら、別の女子工員牧さん。
熱があるのに隠して作業を続け、昏倒してしまいます。



風邪なら皆に伝染するから素直に休めよ、と今なら思うんですが、
こういうのがともすれば賞賛されがちだったんですね。

そして父の危篤を隠して仕事を続けていた中沢清子さんですが、
それが皆の知るところとなり、久子ら全員に勧められて
やっと帰る決心をしたときには時すでに遅し。

帰る支度をしているところに父訃報の電報が届き、
それをみた彼女は泣き崩れるのでした。

(この部分フィルム欠損で映像なし、字幕の説明による)

中沢さん、戦後、あの時の自分を殴りたい、とか思いそう・・。

■ 索敵行



前線の水野少尉に敵基地爆撃のための偵察命令がくだりました。



水野少尉と同期の馬場少尉が後席に同乗します。
こういうときに組むのはベテラン下士官のような気がするけど違うのかな。



キ51九九式軍偵察機という設定ではないかと思われます。



ちなみに当基地爆撃隊の飛行機は、九九式双発軽爆撃機キ48、
連合軍コードネームLily
と思います。(映像本物)


で、この航空司令なんですが、わたしてっきり藤田進だと思っていました。

でもクレジットを見たらどうも違うみたいなんですよね。
そもそも映画についての詳しい情報が全く残されていないので、
これが誰なのか結局突き止めることはできませんでした。



さて、出撃した水野機は。


敵基地らしきものを発見しました。



さっそく後席の馬場少尉が航空写真を撮ります。
・・って、このカメラのでかさ!

これは、日本工学工業(現ニコン)が開発した、
陸軍の96式航空写真機
で、レンズは180ミリだったということです。
映画では本物のカメラを陸軍から借りて使っています。

両手と顎を使って本体を保持してシャッターを押すのですが、
重量はほとんど10キロあったということなので、
揺れる機上では焦点を合わせるのは大変だったと思われます。



しかし、馬場少尉がよく見ると、基地にはダミー機が置かれているだけ。
その旨基地に打電して、彼らは帰途につくことにしました。

つまり、爆撃隊は今回出番がなかったということになるのでしょうか。


ところがその直後、水野らはボーイング30機の大編隊が、
マラッカ海峡方面に向かうのを遠方から発見しました。

どう考えてもすぐに帰投しないといけないこの状況で、
彼らは残り2時間の燃料を追跡に使うことを瞬時に決めました。

「軍人半額だ、行くぞ!」



100キロ追跡したところで、大編隊は本物の基地に着陸して行きました。
さっそく撮影の上、基地に送るために打電します。

そのとき。



「あっ!来たっ!」


邀撃にきた敵戦闘機でした。



機体に被弾を受けながらも反撃し、ようやく1機撃墜。


そのころ、水野偵察機の報告を受けた基地司令は、
発見された基地への爆撃隊の出動を命じていました。

 

一方航空司令は、水野機との連絡を取ろうとしますが、
通信機に被弾してしまった水野機からの応答はありません。

ところで、このときの通信のシーンで手前にいる通信員は、
「水兵さん」で主人公の海兵団の同級生山鳥くん、
「間諜未だ死せず」で憲兵隊の使い走りをしていた俳優が演じています。
国策映画専門のちょい役専門俳優だったんですね。

今となってはその映像以外に彼のデータは何も残されていません。


こちら水野機、通信機はついに直らず、燃料も尽きました。
ここからは、のちに彼らのことを報じたとされる新聞記事からの解説です。


敵戦闘機を追い払いをしたものの、
致命的な一撃を発動機に受けた水野機の高度はグングンと下がり、
やがて密雲の中に飲まれてしまつた。

これまで巧みに気流を利用して操縦を続けてきた水野少尉も、
密雲の悪気流の中で視野を奪はれては如何ともなす術がない。

今はこれまでと彼は背後に呼びかけた。

「オイ馬場、良いか」




馬場も莞爾としてヨシと答える。
自爆の決意がお互いの胸に通い合つたのだ。



二人は静かに瞑目した。



思へば25年の命、ここに散るも男子の本懐である。

日頃の修養全てこの一瞬に向かつて集中されていたのだといふ。
通報の任務半ばにして果てるを悔いる色の他、
二人の若い軍人の顔には些かの動揺も認められぬ。



機はさうした二人を乗せて下降速度を早めていく。

と、何を思つたか水野少尉はハッと目を開いた。
そして彼はこの時、雲の切れ間に浮かぶ母親の顔をはつきりと見た。

思はず握る操縦桿。
愛機は母の顔目指して急速旋回した。




一刹那、山肌に生ひ茂つたジャングルの梢をサッと入って、
機は危うく激突を免れていた。

馬場少尉も目を開いてみた。

何たる天佑!




山を超へた彼方には南海の一孤島が白砂を光らせて横たわつてゐる。
水野少尉懸命の操縦は功を奏した。
水野機はそこに奇跡的な着陸を遂げることができたのである。



その頃航空基地からは、水野機の捜索隊が出されていました。



無人島に不時着した二人は、それでも自分たちの報告がうまくいったか
そればかりを気にしています。

「せっかく重要な任務を与えられたのに
こんなところで犬死にしちゃ申し訳ないからなあ」



懸命に通信機を修復しようとするのですが・・・。



「だめだ・・処置なしだよ」



しかしその頃、水野機の報告を受けた爆撃隊は
敵の基地を発見し、飛行場の機体に大損害を与える戦果を挙げていました。



一方捜索隊に成果はなく、その夜航空隊長は、
一人月夜の元で部下のことを思い過ごしました。


翌朝早くから再び出された捜索隊の一機が、小さな島を見つけました。



これこそが水野機が不時着した島だったのです。



食料を探しに砂浜に出てきた武は、上空の爆音に気づきました。



飛行機の翼から必死で手を振ります。



そのへんにある葉っぱのついた枝を大きく振る二人。



わかった、という印に捜索機は大きくバンクをし、
非常用の食料と水を落としていきました。

このときの捜索機パイロットと二人のやりとりはなかなか感動的です。

このとき落として行った通信筒には、二人の報告によって
敵飛行場の機体47機を撃滅したという戦果が記されていました。



その晩、二人は差し入れられた非常食で祝宴を開きました。



このときバックに流れるのは、「索敵行」という、
まるで彼らのためにあるかのような軍歌ですが、
調べたら、この映画の主題歌として作られたものでした。

日の丸鉢巻締め直し グッと握った操緃桿
萬里の怒濤何のその 征くぞ倫敦華盛頓
空だ空こそ國賭けた天下分け目の決戦場!

瞼に浮かんだ母の顔 千人力の後楯
翼にこもる一億の 燃える決意は汚さぬぞ
空だ空こそ國賭けた 天下分け目の決戦場!

作曲した万城目正(まんじょうめただし)は映画の音楽も担当しています。
戦後ヒットした「リンゴの唄」「悲しき口笛」「別れのタンゴ」
「東京キッド」などの作品は知っている人も多いでしょう。


■ 「殊勲の荒鷲」



二人の奇跡の生還は新聞に報じられました。
水野久子の実家のある故郷では、新聞記事を手に
祖父と叔父叔母が歓声をあげます。



「殊勲の荒鷲」

母に導かれて奇跡の生還
水野・馬場少尉の敢闘


という見出しと、彼らの敵戦闘機との戦い、敵編隊発見、不時着、
捜索隊に発見されるまでが物語仕立てで?記事にされています。

当時は、このような戦意を高揚させるための記事が
敵味方彼我でマスコミによって取り上げられ、大々的に報じられました。

「百人斬り」事件のように、記者が受けるプロパガンダ記事にしようと
必要以上に盛って書いたところ、戦後にそれを元に戦犯認定され、
最終的に命を失う結果になった例もありましたが、それはともかく。

新聞記事は、映画の小道具と思えないほどちゃんと作られており、
画面に一瞬しか映らないにも関わらず細部が記されているのが確認できます。

馬場中尉は(え?少尉でしょ)キーを握ると基地に無電を打ち始める。
「イバ飛行場にて敵機20を発見せるも戦闘機5機の他は偽飛行機なり」

その時である。
はるか南方に見える多数の黒点。
「ボーイングだ」「うん」
水野機は再び高度を上げた。

そして、同じ誌面に「呉鎮合同葬」を報じる記事も見えます。
 


久子が寮監を務める女子寮で、卓球台に集まった女子工員たち。
うち一人が皆に新聞記事を読んで聞かせていました。
それが先ほどの不時着部分の記事です。

そして、後方支援に携わる国民の皆様の奮闘努力を労うことも忘れません。

「あたし達のことも出てるわよ!
”なお両少尉は生還の原因として機体の優秀性を上げ、
制作関係者の上下一致の熱性によるものとして感謝されている”」




久子は夫の遺影を見上げながらつぶやくのでした。
それはかつて息子の進路を決めることになった、夫の日記中の一文でした。



「子供は父母の子たると同時に国家の子なり・・」


そして程なくして、武が前触れなしで母の元に帰ってきました。
帰るなり母に敬礼する息子。



「武・・・!」

母の目にみるみる涙が浮かんできます。



武は父の墓前に手を合わせました。

親子はこの三日間の休暇中、父の墓参り方々小旅行に出かけました。


どこのお寺かはわかりませんが、本堂に
「大東亜戦敵国降伏祈修」
などという木札が下がっています。
帰郷してくる軍人や、出征兵士の家族が祈祷を依頼したのでしょう。


そして瞬く間に休暇は終わり、久子はまた元の日常に戻りました。

二人でいる間は戦争や戦地の話などなにもしないまま、
武はまた帰っていってしまいました。



そのとき、工場の上空に爆音が響きました。



陸軍の飛行機3機が青い空を南に向かっていきます。


「愛機南へ飛ぶ」

この映画のタイトルはこの最後のシーンを指していました。



母は飛行機の消えた方向に向かって頭を下げ目を閉じました。



予想通りゴリゴリの国策映画で、面白いかというと全く面白くありませんが、
陸軍予備士官学校、航空学校の生きた映像を見ることができます。

そして、我々が思う以上に、当時たくさんの国民がこの映画を観て、
戦地に息子がいる全国の母親たちは紅涙を振り絞り、
少年たちは迫力ある模型の空戦映像に興奮し、そして
ともすればあまり人気がなかった偵察への志願が増えたことでしょう。


終わり。





国策映画「愛機南へ飛ぶ」前編

2023-12-09 | 映画

しばらく海外の古い戦争映画が続いたので、この辺で
戦中の国策映画を取り上げることにします。

「愛機南へ飛ぶ」

この有名なタイトルは耳にしたことのある方も多いでしょう。
わたしは一度、出征した軍人の遺書の中にこの言葉を見た覚えがあります。

海軍国策ものである「水兵さん」と同じく、(制作は1年違い)
こちらは陸軍航空兵のリクルートが目的にもなっています。

正直、日本の戦意高揚国策映画に面白い作品があったためしはないですが、
1943年という戦争真っ最中の作品ということで
我々が思う以上に皆に観覧され、人気もあった作品です。

■ 映画配給会社という名の映画配給会社

「一億の 誠で包め 兵の家」

「映画配給会社」(社名)の配給した作品の最初に現れる標語です。
映画配給会社は第二次世界大戦の間存在した映画配給会社で、
1942年に創立し、1945年8月15日に解散しました。

わかりやすく戦時高揚映画配給を目的とした軍御用達会社だったわけです。

1942年2月、政府は映画統制令を出し、
全ての娯楽映画としての制作は禁止されることになります。

松竹、東宝、大映、日本映画社の4社が合同で出資され、
戦時中の作品とニュース映画を引一括して配給していました。

その配下に書く映画制作会社がいて、実際の制作を行います。
そして、映画配給会社、通称「映配」の作品には、このロゴか、

「撃ちてし止まむ」

のどちらかが必ず最初に登場しました。
(こちらは『乙女のゐる基地』で見た覚えがある)

ロゴに続き「情報局国民映画」の文字が現れ、やっとタイトルです。


■ 子は国の宝



水野家は民間船舶会社の船員を一家の主人とする平凡な家庭です。
昭和2年のこの日、家の居間で、若い夫婦が
8歳になった息子の武の将来について話し合っていました。



父親の水野氏を演じるのは佐分利信。(おそらく客寄せキャスティング)
それが宿命とはいえ、明日からまた何ヶ月も母と子を置いて船に乗る生活。

最後の休暇の夜、夫婦は息子の武の将来について語り合っていました。

「わたしはお医者さんになってほしいわ・・。
船乗りは、ちょっと・・・・」


明日からまた母子二人の生活が始まると思うと、
息子を船には乗せたくないという本音がつい出てしまう妻でした。

夫は思わず苦笑しますが、彼女の意見に賛成も反対もせず、
ただ一つ、丈夫で清らかな子供になってほしいと言い、出港していきました。

■ 父の訃報



そして5月27日。
この日は海軍記念日でした。



東京では海軍の大行進が行われる慣例がありました。
当時の実際の行進と観衆の様子を見ることができます。
これは銀座周辺だと思われます。



有楽町、丸の内・・・東京中を正装した海軍の分列が歩き、
人々はそれを見るために沿道に集まり、大変賑わいました。



川が見えますが、現在上に首都高が走っている場所ではないかと思われます。
都電の線路も見えますね。



この日老男女は海軍行進を沿道で旗を振って声援を送りながら見送ります。
「海軍記念日」は当時初夏の季語にもなっていました。



息子武が友達と海軍行進を見に出かけた後、
鎮痛な面持ちの船舶会社の社員が水野家に悲しい知らせをもたらしました。

航路の途中、水野氏が病気にかかって急死したというのです。



一家の主人を失った母子は、母の故郷にやってきました。

母は、息子を実家に預け、自分一人で東京で働くつもりでした。
会社からの弔慰金などはもらえましたが、それだけでは備えとして不安なので
体の弱い武を田舎で静養させている間、洋裁でなんとか身を立て
将来のたくわえにしようと考えたのです。

母が自分を置いて東京に働きに行く決意を告げると、
武は寂しそうな、不安そうな様子を隠しません。

都会っ子で体の弱い武は、このころ地元の子供たちの遊びの輪からも
得てして遅れをとるような状態でした。



母親の考えを変えたのは、学校で母親向けに行われた講演会でした。
今でいう?「母親教室」みたいなものです。

講師(笠智衆)は、親の愛情が子供の一生にとって大切であることを説きます。

「子供を苗木に喩えるならば、母親は太陽となって照らし、温めることで
水も肥やしも十分に彼らい吸収させることができるのです。

子供は国家の将来を担うお国からの大切な預かりものなのです。」





その言葉にハッと胸を打たれた母は、決心しました。
息子はどんな苦労をしても自分の手元に置いてここで育てようと。



そして、10年の時が流れ、昭和12年7月7日。

盧溝橋でのちの日中戦争の戦端となる事件が起きたのと同じ日、
水野母子の暮らす中学校では軍事教練が行われていました。



その指揮を執る生徒は、すっかり逞しく成長した水野武でした。
演じるのはこの頃の国策映画の常連で主役などを務めたご存知原保美です。



母は実家の郵便局で働きながら息子をここまで育ててきました。
顔見知りの村の医師は、すっかり丈夫になった武に感嘆します。

「来年は進学ですな。どんな道に進むんですか」

「はあ、できれば先生と同じ方面に行ってくれればと・・」

「医者ですか。いや、これからは経済をさせなさい」

先生、なぜだ・・・・。



しかし武が進みたいのは医学でも経済でもありませんでした。
ある日思い詰めたように、母に告げます。

「士官学校に行って飛行機に乗りたい」

母は呆然とします。
今の不安定な世情で軍人になりたいというだけでも心配なのに、
さらに危険な航空に進みたいと言い出すとは。

「お母さんはもっと・・静かな仕事の方があなたに向くと思ってたんだけど」

「お父さんが船に乗ったように、僕は飛行機に乗りたいんです!」





もちろん母の心情としては反対が先に立ちます。
しかしその夜、亡き夫の写真を見ながら夫の遺した日記を見ていた彼女は、

「子供は夫婦の子であると同時に国家の子である。
父は父の道を行く、汝は汝の進む道を選べ」


という言葉を見つけてしまいました。



それを読んだとき、彼女は亡き夫の声を聞いたような気がしたのです。


次の朝、父の遺影の前で、彼女は息子に告げます。

「飛行機でもなんでもあなたの思う通りやってごらんなさい。
その代わり、お父さんの子として恥じないよう、
決して途中で諦めたりしてはいけませんよ」



それを聞いた武は顔を輝かせ、それからそっと涙ぐむのでした。

■ 陸軍予科士官学校



成績優秀だった水野武は、難関の陸軍予科士官学校への入学を果たします。
映画はここから俄然陸士の学校案内として細かく学生生活の描写となります。

陸軍予科士官学校は陸軍士官学校の文字通り予科たる機関です。

明治20年に士官学校官制が制定されると、
士官候補生学校として陸軍幼年学校予科、陸軍幼年学校本科が誕生しますが、
大正9年に、編成が変わり、幼年学校本科は予科士官学校となります。

予科在学中の生徒は「将校生徒」と称し、卒業するときに初めて
士官候補生(上等兵)となって兵科が指定されることになります。

予科士官学校は当初幼年学校本科のあった市谷台にあり、
陸軍幼年学校の卒業生、一般試験合格者(16歳〜19歳)
下士官からの受験合格組、中国、タイ、モンゴル、インド、
フィリピンからの留学生が在学していましたが、
開戦後入校者が激増すると、手狭になった市谷から、1941年、
数ヶ月という突貫工事で竹中工務店が完成させて朝霞に移転しました。


学校案内ですので、日課の概要も申し上げてくれます。
6時起床は全国共通ですね。



現在も陸上自衛隊朝霞駐屯地に残る遥拝所石碑。
(場所は当時と変わっているらしい)





遥拝所は、海軍兵学校の「八方園神社」の方位盤に相当する場所で、
宮城をはじめ日本の各地域の方角が示された方位石が置かれ、
将校生徒たちはこの場でその方角に向かって頭を下げ敬礼を行いました。


方位石の横で軍人勅諭を唱える水野武将校生徒。


そして学科についての説明です。

海軍兵学校と同じく陸士でも理化学系統の学問に重点が置かれました。
いつの時代も戦争は科学の最先端で行われるべきだからです。

対して文化系統の学問としては、国体認識を強化し、
精神的な史談を取り上げて愛国心を養うことが重要視されました。

主にその目的とするところは軍人としての精神訓育です。


あらゆる兵科の将校となるための訓練の一環として
乗馬が行われていた時期もあったということがわかります。

そういえば、第一空挺団のある習志野駐屯地には近衛騎兵連隊、
第一騎兵連隊があり、馬場があったと以前ここでも取り上げましたね。

この映像もおそらく習志野での撮影ではないでしょうか。
映像では数十頭単位の馬が大きな円を描いて駆けているのがわかります。


お次はまるで現代のレンジャー部隊の訓練そのままの障害走。
「集合教育障害走」というそうですが全国共通かどうかは知りません。



拳銃を小脇に抱えながら匍匐前進で低所をくぐり、障害物を乗り越えて。


市谷から移転した広大な朝霞の陸軍予科士官学校は、
戦後米軍に接収され、キャンプ・ドレイクとして運営されていました。

これらの施設もある程度残されたのかもしれませんが、
現在は一部を除き、ほとんどかつての姿をとどめていないと思われます。



武道も勝ち負けよりも精神性が重んじられます。

■ 陸軍航空士官学校



武は陸軍予科士官学校を卒業し、士官候補生として入校を果たしました。

陸軍航空士官学校は昭和12年、埼玉県所沢飛行場内で開校し、
昭和13年に入間に移転した航空士官養成機関です。
昭和16年、昭和天皇により「修武台」の名を賜りました。

ご存知のように、陸軍航空士官学校は戦後米軍に接収され、
ジョンソン基地となっていましたが、航空自衛隊の発足を受け、
現在は航空自衛隊入間基地となっています。


修武台と書かれたこの石碑は、現在でも入間基地内で見ることができます。


座学ではこの日、偵察についての講義が行われていました。
偵察の任務は戦闘をできるだけ避け、情報を持ち帰ることだ、
と基礎的なことから説明です。



飛行機のエンジン始動の実習シーンは、ロケの日に天気が悪かったらしく
画面が真っ暗でほとんど何をしているのかわかりません。


航空機における空中戦と剣道には合い通ずるものがあるということで、
航空学校では剣道が重視されました。

「肉を斬らせて骨を断ち、斃れてなお止混ざるの気魄を遺憾無く発揮せよ」



水泳、というか高所からの飛び込み。



どうも入間川に練習用の飛び込み台が設置されていたようです。

冒頭の見事な飛び込みを見せているのはおそらく最優秀者で、
頭から飛び込めずに足から着水している生徒もいます。

この士官候補生たちは、その後どんな戦場で戦うことになったのでしょうか。



水中騎馬戦。手前の二人、結構楽しそう。


大きなリングの内部につかまり、地面を転がっています。

現在では「ラート」という大きな2本のリングで行う車輪運動ですが、
第二次世界大戦中、「フープ」「操転器」という名称で
航空操縦士養成の訓練専門器具として採用されていました。

大戦後姿を消していましたが、もともと発祥地のドイツでは
子供の遊具として知られており、これが1989年、
大学教授が留学先から持ち帰り、スポーツとして復活しています。


ロープを高所までよじ登り、上にたどり着いたら片足バランス。
平均台の上でも結構大変なのに、この高さで・・・。
これも搭乗員として必要な平衡感覚を鍛える運動です。


予科でも行われた器械体操は、航空学校になるとより進化して。
空中回転などは基本です。



これを画面では「球戦」と称していますが、アメリカンフットボールです。
さすがにこの名前は使えないので・・・。
ただし、外来語全て禁止されていたわけではありません。(ルールとか)



瑣末なルールには拘らず、敢闘精神を発揮して。

■女子搭乗員たち


その頃。
息子が航空学校に行くようになってからすっかり飛行機に目覚めた母は、
地元の子供のグライダーの面倒を見るまでになっていました。



彼女の父親と釣りに行く途中、そんな彼女の姿を見て
結構結構大いにおやんなさいと励ます恩師、笠智衆。


そのとき通りかかった武の同窓生、航空機工場勤務の菅沼に誘われ、
母は週末、霧ヶ峰の滑空場を訪れました。

霧ヶ峰は知る人ぞ知るグライダー発祥の地でした。

昭和8年にグライダー滑空場が始まって以来滑空機のメッカとして
ご覧のように、映画が制作された頃も滑空は行われていましたが、
終戦と同時に使用中の数十機と機材は焼却されました。

戦後7年の昭和27年からまた学生航空連盟などの団体が
ここでの訓練を開始し、現在も競技会が開催されています。

霧ヶ峰グライダー滑空場


どうして動力がないのに宙返りなどの操縦が可能なのか、
少年が尋ねると、航空工場勤務の青年は、
上昇気流を利用するのだ、とわかりやすく説明してやります。

そして華麗に舞っていた一機のグライダーの操縦席を見て母は驚きました。
女性だったからです。

「あれは中級機ですが、さっき宙返りをした高級機に乗る女性も二人います」



この女性は初級機パイロットです。



尾翼の後部にいる係が装置を外すと、グライダーはするすると滑走し、
そのまま斜面を降りながら飛び立つのです。

初級機は最初このように低い安全な場所から始めます。


滑空を終えると、降機し、



監視官に高度を報告し、敬礼して終わります。(ちなみに高度は4m)



滑空を済ませた機体は、皆で掛け声を出しながら元の場所に戻します。



このグライダー女子が、どこの所属で何を目的にここで訓練していたのか、
映画では説明されませんし、資料も見つかりませんでしたが、
陸軍の一部はグライダーを軍利用するための研究をしていたそうですから、
その補助として挺身隊の女子を輸送搭乗員に養成していたのかもしれません。



彼女らの様子からは、とてもグライダーを遊びでやっているとは思えません。



しかし、隊員が全員美人であることから考えても、
映画的な演出と創作であった可能性は大いにあります。



グライダー女子の存在は水野の母久子に強いショックを与えました。
そして彼女自身も何か航空に携わりたいという思いを強め、
菅沼に航空工場での仕事の斡旋をその場で依頼しました。

カーチャン・・・。

■ 卒業式



そんな母の心を知ってか知らずか、息子の武は
順調に航空士官への道を歩んでいました。

今日は初めての単独飛行です。



その日、武は旧友菅沼からの手紙を受け取りました。
それには、彼の母が航空工場の舎監として働くようになったこと、
それは間接的に息子の助けになると信じているからだ、とありました。

このあと、舎監として若い娘たちの面倒を見る久子のもとに、
武が休暇で帰ってきて父の思い出を語り合ったりするわけですが、
それら多くの場面のフィルムが欠損しており、こんな感じで解説されます。





そして次のシーンでは航空士官学校の卒業式です。
水野武は第54期卒業(1941年)という設定です。



「台湾第8068部隊付士官候補生水野武」



武は3名の成績優秀者の一人として卒業式で名前を読み上げられました。



このとき軍楽隊の奏でる儀礼曲の曲名はわかりませんでした。



卒業生は家族を伴ってそれぞれ振武台航空神社に参拝します。



遥拝所にて。

「ここで毎朝宮城と伊勢神宮を遥拝するんです。
それから、お母さんおはようをいうんです」




母は宮城の方向に深く頭を下げるのでした。

映画で武が卒業したとされる航空士官学校第54期は395名、
操縦298(偵察66戦闘82軽爆60重爆90)技術37通信36偵察24名。

そのうち戦没者は254名でした。

続く。



映画「海の牙」Les Maudits(呪われしものたち) 後編

2023-11-07 | 映画

さて、映画「海の牙」ならぬ呪われしものたち、後半と参りましょう。
今日のタイトルは、登場した海軍軍人を描いてみました。

左上から砲雷長、副長、米軍大尉、艦長、輸送船長、
下はUボート出航時の艦長と副長です。

フランス製作の映画のせいか軍事考証が甘く、
ナチスドイツの軍帽のエンブレムの上につける鷲のバッジがなかったので、
こちらで勝手に描いておきました。

■ クチュリエの死


ナチス再興ご一行様が当てにしていた南米の支援者、
ラルガに裏切られ、これを腹立ち紛れに殺害したフォルスター、
実際に手を下したウィリー、Uボートの副長が帰還しました。

つまり、補給先のあてははずれてしまったということになります。



彼らが乗って帰ってきたボートは
舫が解かれ、海に放棄されました。



それを見たジャーナリスト(正体がバレたスパイ)
クチュリエの顔に決心が浮かびました。
上着を脱いで海に飛び込み、ボートに乗り移って逃げようと。



必死で泳ぐクチュリエに、フォルスターは何発も銃弾を撃ち込みます。
この銃の撃ち方で彼の親衛隊での経歴が想像できます。


船端に手をかけたクチュリエの体を銃弾が貫きました。



甲板に脱ぎ捨てられた死者の上着を海に蹴落とし、
この冷酷な男は残った弾をヒルデの目の前で海に撃ち込みます。

■ エリクセン逃亡



艦は出航し、停泊の間閉じ込められていたジルベールはほっと一息。



ウィリーはこれからフォルスターにお仕置きを受ける予定。
(ベルトによる鞭打ち。子供か)

しかし、ここでまたしても事件が起こりました。



ノーマークだったエリクセンがいつの間にか消えていたのです。
彼は甲板下のゴムボートで脱出していました。
ジルベール医師がボートを見つけた時甲板にいたのは彼だったんですね。



娘のイングリッドは、人目を避けるように誰もいない場所に忍び込み、



そこにいた猫を抱いて涙を流しました。
うーん・・・・お父さん、普通娘を置いて自分だけ逃げるか?

■ 通信士の「自殺」


艦長は、工作員は当てにならないので、
付近にいるドイツの補給船に救援要請をしようと提案しました。



救援を打電した通信士は、ジルベールに
補給船に乗り移って逃げるチャンスだと囁きます。



フォン・ハウザーもそろそろ弱気になり始めますが、
フォルスターはいまだに敗北は想定内だった!などと強気です。

「あんたのような腰抜けにはもう任せられないから指揮を執る!」



フォン・ハウザーにはまたしても暇なヒルデが擦り寄ってきますが、
彼は今それどころではないと追い払います。

地位と輝かしい未来あってのトロフィーワイフならぬ愛人など、
そのどちらもが失われそうな今、何の価値がありましょうか。


その直後、通信士が持ち場で死んでいるのが発見されました。
フォルスターは自殺だと言い放ちます。

彼は色々と「知り過ぎてしまった」のです。

■ もたらされた終戦の報



Uボートは補給船と接舷を行いました。


補給船からは船員たちが興味津々で見物中。



敗戦の情報を補給船からシャットアウトするため、フォルスターらは、
たった3人の乗組員を作業に派遣するにあたって、

「補給船の船員とは口を聞くな。何も視るな」

と厳しくお達しをしておいたのですが、口はきかずとも、何も見ずとも、
耳からはいくらでも情報が入ってくるわけで・・・。



艦内に戻った3人は、早速仲間に伝えます。

「終戦だ!」

「本当か?終わったんだな?」


停泊中施錠された部屋に閉じ込められていたジルベールはそれを聞きつけ、
イングリッドにドアを開けてくれるように頼みました。


フォルスター、フォン・ハウザー、潜水艦長の3人は輸送船に移乗し、
輸送船長から終戦の知らせを改めて聞かされました。
デーニッツ直々の指令として送られてきた電文には、

「ドイツ軍全艦隊は最寄りの港に寄港せよ」

フォルスターは、そんな命令が聞けるか!我々には任務がある!
と怒鳴りますが、潜水艦長は上司であるデーニッツの指令に従うと言い切り、
意外やフォン・ハウザーも敗戦を受け入れて輸送船に残る選択をしました。

二人は輸送船長と共に船内に姿を消します。

ここでお気づきの方もいるかもしれませんが、この艦長です。
司令官とあろうものが、いくら敗戦を受け入れたといっても、
ボートを放棄して部下を残し、真っ先に輸送船に移乗するって・・。

こんなのたとえお天道様が許してもカール・デーニッツ閣下が許しますまい。

今更ですが、こういうときに司令官たる艦長は(民間船であっても)、
最低限、艦長命令で命令通り近くの港に入港させる責任を負うものです。


■ ヒルデ惨死



フォン・ハウザーは乗員に命じてヒルデの荷物を運ばせるのですが、



訳のわからない彼女は、持って行かせまいと必死で抵抗。



フォルスターが潜水艦に戻ると、南米でラルガ殺しに加担したあの少尉が、
彼にとんでもない計画を囁きます。

「輸送船を、潜水艦に残っている10名で撃沈しましょう」

この悪魔の所業を提案したのがなぜUボートのNo.2なのか、
ついでになぜ副長クラスなのに彼の階級が少尉なのか、
このあたりが色々と理解できないのですが、何よりわからないのは、
なぜここで輸送船を葬る必要があったか、です。

計画をあきらめて敗戦に従ったフォン・ハウザーと艦長を罰するため?



計画を物陰で耳にしたジルベールとイングリットは蒼ざめます。



そしてヒルデはというと、半狂乱になってフォルスターと揉み合い、
フォン・ハウゼンに知らせるために輸送船に移乗しようとするのですが、



ショックと興奮でわかりやすく錯乱状態に。



フォルスターは一応彼女を止めております。
はて、ヒルデなど邪魔なだけなんじゃなかったっけ。



ひらひらの赤いガウンを翻し、輸送船の梯子に飛びついたヒルデ。
足をかけ損ねてそのままずるずると海中まで滑り落ちていき、
次の瞬間、彼女の体は船体の間に挟まれ、潰されてしまいます。

このシーンですが、本当に女優(スタント?)が水に落ち、沈み、
挟まれるまでが、カメラの切り替えなしで撮影されています。

種明かしをすれば、おそらく船体と見えるのは上から吊った板で、
スタントは水に落ちるとすぐさま板の下を潜って向こうに脱出、
(水中に板の下端らしきものがちょっと見える)脱出が終わると、
輸送船の方の壁をこちらに打ち付けるという仕組みでしょう。

これでも大変危険なスタントだったと思いますが。



いずれにしても超ショッキングなシーンで、誰しも衝撃を受けます。

■ 輸送船撃沈



しかしこいつらはそんな光景にも眉ひとつ動かさず。
補給が完了すると、艦長代行として少尉が命令を下して離艦を行います。



そして、輸送船から遠ざかっていくと見せかけて・・・。



魚雷発射命令。
しかしこの男、少尉にしては老けすぎてないか。



魚雷室、#1と#2が装填を完了。



発射!



魚雷発射シーンは本物です。
が、これは本当に潜水艦?



至近距離から狙われた輸送船はひとたまりもありません。



魚雷爆発&沈没シーンは実際の戦時フィルムから取っています。



救命ボートの映像も実写。
実際こんな状況で沈没したとしたら、誰も避難できなかったと思いますが。



魚雷を発射中の後部魚雷室に、前部魚雷室の魚雷員がやってきて、

「正気か?同胞の船だぞ!」

ちなみにこのメガネの乗組員は士官です。
冒頭のイラストで着ている制服の袖から中尉だとわかります。

はて、もうひとつ謎。
副長が少尉で砲雷長が中尉って、命令系統的におかしくない?



両者の間で揉み合いになります。



輸送船が沈んでいく様子を平然と眺める人たち。
フォルスターがうそぶきます。

「あんな美しい船を連合国に渡すわけにはいかん」


さらにこの老けた少尉、機関銃で救命艇の人々の殺戮を命じます。
生き残って撃沈を証言されたら困るからですね。



煙たいフォン・ハウゼンも、何かと自分に逆らう艦長も、
この世から抹殺できるとご満悦のフォルスター。

■ 反乱



艦内での乱闘は続いていました。




砲雷長が叛逆を甲板に報告しますが、



直後、射殺されました。



悪辣少尉による同胞殺戮は続いていました。



フォルスターは海面を探照灯で照らして殺戮のお手伝い。



そこに艦内での争いに勝ったまともな乗組員たちが駆けつけ、
少尉と銃弾装填を行っていた下士官に襲い掛かりました。



この副長には今までよっぽど嫌な目に遭わされていたんですね。
彼はこの後海にデッキから叩き落とされました。

ザマーミロだわ全く。



フォルスターは隙を見て艦内にコソコソと避難。
武器を持ってきて反逆者を始末するつもりです。


生き残った乗組員たちは食料を積んで、
救命艇で潜水艦から脱出する準備を始めました。

ジルベール医師もイングリッドを連れて彼らのボートに乗ろうとしますが、
丁度艦内に戻ってきたフォルスターに殴られて、気絶してしまいます。



フォルスターは艦内に閉じ込めていたウィリーに、
居丈高にピストルを出せと命じます。
救命艇にむかってまた撃ちまくるつもりでしょう。

フォルスターにピストルを渡したウィリーは、
次の瞬間無言でフォルスターを背後からナイフで刺しました。



DQNの一突きでほぼ即死するフォルスター。
脂肪分厚そうだけど急所だったのかな。

■ 救命艇での脱出



救命艇に乗ることができたのは、結局イングリッドと、



「フォルスターを殺してきた」

と得意げに宣言しながら走ってきたウィリーでした。

いやちょっと待って?

少尉とそのシンパ、諸悪の根源フォルスターをやっつけたら、
もう潜水艦から脱出する必要ないのでは?

Uボートの乗組員なんだし、給油も補給もすませたばかりですよね?
うーん、ここで彼らが潜水艦から逃げる理由がわからん。

■ Uボートでの漂流



ジルベールが気がついた時には、



救命艇はすでに遠ざかっていました。



以来何日間も、無人の潜水艦で一人漂流する毎日。



このまま誰にも知られず死んでいくのかと思うとたまらなくなった彼は、
蝋燭の灯りでノートに回想録を筆記し始めました。



しかし、全くの孤独ではありませんでした。



この猫さんのためにも食べ物が無くなる前に見つかりますように(-人-)



些細なことも全て思い出すままに書き記していきました。
主にここで出会った人々のことを。

「軽率で臆病なクチュリエ、
海に身を投げたガロシ・・・フォルスター。
情緒不安定だった未亡人のヒルデ・・・フォルスター。
不良のウィリー・モールス・・・フォルスター。
彼らが語りかけてくるようだ。
奇妙な作業だ」

フォルスターが何度も出てきます。
彼らの声を、顔を思い出しながら、彼はひたすら書きました。

ところで、艦内にはそのフォルスターのはもちろん、
何人もの人の死体が転がっていたはずなんですが、
それってせまい潜水艦でかなりやばい状態なんでは・・・。

まあ、映画だからその辺は気にすんなってか。

そして。

■ 「呪われしものたち」



その随想録の最初の読者となったのは、
フランス語を喋るアメリカ海軍将校でした。



ヘラヘラと彼にコーヒーを勧めながら彼の肩を叩きます。

「これで最終章が書けるな。
”最後はアメリカ海軍の魚雷艇に救出された”

・・・あとは受けるタイトルだ。どうする?」



「・・Les maudits. 呪われた者たち」

ラストシーンでは、彼の乗っていた潜水艦が魚雷艇に処分されます。











あ、もちろん猫も一緒に助けたよね?

終わり。



映画「海の牙」Les Maudits(呪われしものたち) 中編

2023-11-04 | 映画

ルネ・クレマンの限界心理ドラマ、「海の牙」二日目です。
本日はいつものイラストではなく、各国で上映された時の
ポスターを集めてみました。

まず冒頭画像は、フランスで公開されたときのメインポスター。
このポスターに「呪われしものたち」なんてタイトルなら、
オカルト映画かななんて勘違いする人もいそうです。

頭を抑えているのは、ガロッシ夫人ヒルデです。



その2。
シルエットになっているのはフォルスター、女性はヒルデ(似てない)。
さて、それでは右側の男性は誰でしょう。

実はこの映画のポスターでトップに名前を記され、顔が描かれている
「ダリオ」という俳優は、まだ前半には出てきていません。

左は潜水艦のガンデッキで揉み合っている人影でしょうか。



ハンガリー語でElatkozott Hajoは「呪われた船」という意味です。
このポスターでもダリオの名前が最初になっていますね。



イタリア語は「呪われたものたち」と、原題そのまま。



我が日本公開の時のポスターもどうぞ。
とりあえず映画のポイントを全部盛ってみました感がすごい。

「敗戦前夜密かに逃れるUボート乗組員の反目と憎しみ」

この煽り文句も火曜サスペンス劇場の予告みたい。
細かいことを言うようですが、彼らは「乗組員」じゃないんですけどね。


日本公開ポスターもう一つ。
これもダリオの名前が最初に書かれています。

これらのポスターからは、ヒルデがこのあと、この絵のごとく、
ガウン?を翻して狂乱状態になるのがクライマックスと想像されますね。

さて、それでは「呪われしものたち」二日目です。

陸軍中将と元親衛隊の大物、その愛人「たち」と愛人の夫、
学者父娘、ジャーナリスト、途中でさらってきた医師、という
どう考えてもこいつらに何ができる的なメンバーでUボートに乗り込み、
第三帝国南米支店を創設して世界征服を企む人々。(というか二人)

そんなことできるわけないとこの二人以外は誰しも思っているわけですが、
乗りかかった船ならぬUボートは、大西洋を順調に進んでいきます。

そして南米に到着する前に1944年4月30日がやってきました。

■ ガロシの自殺


ベルリン陥落、ヒトラー総統死去のニュースがもたらされます。


しかしフォルスターとフォン・ハウザーにはそのニュースが信じられず、
戦略に違いない!もし本当なら公表するはずがない!と正常バイアス全開です。



ジャーナリストのクチュリエは現実を見ようよ、と冷静。



ガロシも今やナチスへの不信感を隠しません。

「この状況でまだ勝利を信じてるのか?」


ヒルデはニヤニヤ笑いながら問題を矮小化してみせます。
自分に冷たくされて怒ってるのね、と言わんばかりに。

「あなたが苛立ってるわけはわかってるのよ。
でも、ずっと信念通り行動してきたのにどうしたの」


そんな妻にガロシは静かに、

「もう君の言いなりにはならない。もう終わりにしよう」


いつのまにかベルリン陥落のニュースと全く関係なくなってないか。


夫婦の不仲の元凶がそのとき話に割って入ります。

「ちょっといいかね。
それなら君が約束したイタリア国内の産業を譲るという約束は反故か?」

「もう十分でしょう。
わたしが今までどれほど犠牲を払ったと思います?」


(ヒルデに)

「彼に教えてやれ。数えるんだ。幾晩だった?」

「な、何を言ってるの?」

「随分前から気がつかないふりをしていた。
彼と関係があることをな」

「じゃなぜ乗艦したの?
わたしなんかより自分が好きなくせに!」

「・・・・・君を愛してる。
私に残っているのは君への愛だけだ。
これ以上それを汚さないでくれ
!」



(0゚・∀・) + ワクテカ +


そのままテーブルから立ち上がったガロシは、
「幸運を祈るよ」と皆に告げ、その場を去りました。



そして一人甲板に出ました。
甲板では見張りが数歩歩いては折り返す規則正しい足音が響きます。



構造物の影に降り立った彼は、自分の懐から全財産を海にばらまきました。


そして皆の前から永遠に姿を消したのです。



妻の裏切りを見てみぬふりをしてきた実業家のガロシですが、
第三帝国の終焉を知ると同時に、妻から悪意を浴びせられ、
彼女に自分への愛情がないことを確認するや、自分を消し去りました。



もちろんそんな妻が夫の死に打ちひしがれる様子は微塵もありません。

額の傷を隠すためヘアスタイリングに苦労していたところ、
水兵に届けられた唯一の夫の遺品である財布に
小銭一つも残されていないのを確認し、不機嫌さを募らせます。



そしてわかりやすく次の金蔓、フォン・ハウゼンに媚を売り始めます。

今までは愛人という立場でしたが、これからは全面的に面倒をみてもらわねば。
流石のフォン・ハウゼンも人目がある!とたしなめますが、

「夫はもういないの。気にすることないわ」

「気は確かか?少しはわきまえろ」


亭主に死なれても悲しむふりさえ見せず擦り寄ってくるこの女の厚顔に
げんなりというか辟易としている様子。

しかもこの会話を皆に聞かれているのですからたまりませんよね。

■ 蓄積する不満と悪意


中でもジャーナリストのクチュリエは、弔意どころか、
死人が出たというのに平然としている連中にほとほと嫌気がさしています。

彼は、死んでもう何にも悩まずにすむガロシを羨ましくさえ思い、
忍び持っている毒をいつ飲むかというところまで追い込まれていました。

ただし、彼の焦りにはまだ皆が知らない理由がありました。



こちら、その恥知らず4人組。

フォルスターとフォン・ハウゼンの間のチェスボード越しに、
ヒルデはウィリーに笑いかけ、ウィリーもニヤニヤ笑い返します。

あんたらどっちもこのおっさんたちに囲われてるのと違うんかい。


そのとき、Uボートの水兵たちが皆で歌う
「別れの歌(ムシデン)」が聴こえてきました。

別れ (歌詞つき) 鮫島有美子 ムシデン  Muss i denn

「ムシデン」 Muss i denn は、映画「Das Boot」(Uボート)でも使われた
ドイツ民謡で、日本では「さらばさらば我が友」という歌詞で歌われます。

元々シュバーベン地方の歌詞で、愛する女性を故郷に残し、
出征する兵士が故郷に戻って結婚しようという内容であるため、
陸海空問わずドイツ軍の兵士に愛唱されていました。


たちまちフォルスターが血相変えて怒鳴り込み、やめさせます。
言うに事欠いて

「総統が亡くなったんだぞ!それでもドイツ国民か!」

死者(ガロシ)にもう少し敬意を払え、とクチュリエにいわれて

「碌でもない男を敬っても仕方ない」

と嘯いたその直後に。


その後、フォン・ハウゼンにチェスで負けたフォルスター、
それを軽く指摘したウィリーをいきなり引っ叩いて八つ当たり。

ウィリーの怒りのゲージが溜まっていくのが見える・・。


潜水艦は南米に近づいてきましたが、現地の工作員から連絡がありません。
連絡がないと、上陸もできないという切羽詰まった状態になり、
フォン・ハウザーは計画者のフォルスターをなじり始めます。



そのとき、ジルベール医師にクチュリエが近づいてきました。
君の身が危険だ、フォルスターに殺されるぞと脅しつつ、

「上陸時に逃してやるから、その代わりいざというとき証人になってくれ」

と交換条件を出してきます。
実は潜水艦にはクチュリエがスパイであるという報告が入っていました。


上陸の知らせにヒルデは大喜び。



クチュリエはジルベール医師に証言の約束を取り付けて一安心。

証人として彼がどこで何をどのように証言させようとしているのか、
一切説明がないのでわかりませんが、命の保証を得たと思ったのでしょう。



学者エリクセンは、こっそりお金をポケットに詰め込んでいます。



ジルベールは、これが逃げる千載一遇のチャンスと考えました。


しかし前回確認した場所にボートとオールはありません。
彼はフォルスターの差金だと思っていますが・・。

■ 上陸


フォルスターらは、とにかく誰か上陸させて様子を探ることを決定しました。



ウィリーとUボートの少尉一人が上陸を命じられ、



二人はゴムボートで漕ぎ出していきます。



それを見送るUボート乗組員。



南米の某国に上陸した二人、
現地の連絡&調達係とされる人物の会社を目指しました。



輸入会社の社長、フアン・ラルガという人物です。


車から降りてきた男にラルガの居どころを聞いたらシラバックれ。



本人であることがすぐにバレて、二人に追求されたラルガは、
工作員はもうとっくに逃げ出した、と連絡しなかった言い訳を始めました。

元々ナチスの残党と一旗上げようとして、
物資調達と南米での要人への連絡係を引き受けたこの人物、
戦争が終わった今、こちらに付いても全く旨味がないと踏んだので、
勝った方のアメリカに鞍替えして商売しようとしていました。

何とかしようと口では言いながら、給油も物資調達もする気がなく、
わずかなドル札で彼らをていよく追っ払おうとします。



Uボート士官が上に聞いてくるといって出ていった後、
彼は残ったウィリーを手なづけようとします。

ちなみに、このラルガを演じているのがマルセル・ダリオという俳優です。
彼の名前は知らなくても、「カサブランカ」「キリマンジャロの雪」
「紳士は金髪がお好き」「麗しのサブリナ」「陽はまた昇る」
「おしゃれ泥棒」に出ていたということで、人気と実力をお察しください。

「落ち目の連中とは手を切るんだ。
もはやドイツの時代は終わったよ」

そういって匿ってやるからコーヒー豆の倉庫に隠れていろ、
とバカなウィリーを唆していると、



士官が怒り狂ったフォルスターを連れて帰ってきました。
居丈高に約束を破ったラルガを責める責める。

しかし、ラルガも海千山千、脅しをのらりくらりとかわします。


ふと気づくとウィリーの姿がありません。
ウィリー、どうやらさっきのラルガの甘言を真に受けた模様。

「どこにいった!」

「知らん。ただもうあんたにはうんざりだと」



ウィリーはラルガの言ったとおり、コーヒー豆倉庫に潜んでいました。


ラルガを殴りつけ、ウィリーを探しにくるフォルスター。


しかし、豆のこぼれる音で居所を知られてしまいます。



不思議なことに、この男にひと睨みされただけで、ウィリーは
蛇に睨まれたカエルのように従順になり、前に進み出てしまうのでした。
そして、階段を登る彼の後をうなだれて着いてきます。

・・・共依存かな?



部屋には恐怖で蒼ざめたラルガが直立していました。



フォルスターは顎でテーブルの上のナイフを指し、
ウィリーはナイフを手にとると、ラルガに近づいていきます。


それを見ながらタバコを咥えるフォルスター、
目線を二人にやったままライターで火をつける士官。

誰も一言も発しません。




「Non.....Non!」



ウィリーが外れたカーテンレールを見やって無言の殺人シーンは終了します。


続く。





映画「海の牙」Les Maudits (呪われしものたち) 前編

2023-11-02 | 映画

「禁じられた遊び」「太陽がいっぱい」「パリは燃えているか」
「雨の訪問者」・・・・・。

これらの不朽の名作を世に生み出したルネ・クレマン監督が
若き日に挑戦した、潜水艦内という極限状態での集団心理ドラマ、
それが今回の「海の牙」です。

原題は「Les Maudits」、英語圏では「The Damned」と翻訳され、
どちらの意味も「呪われた者たち」という意味になります。

邦題の「海の牙」はいい感じですが、映画のどこにも存在しない言葉です。
映画の内容を考えても、どこからこんな言葉が出てくるのか謎。
潜水艦が舞台ということで何がなんでも「海」を入れたかったのでしょうが。

それにしても「牙」って何?意味不明。
どうして素直に「呪われしものたち」としなかったのか。

まあ、原作に忠実なつもりで、
「呪われた潜水艦」
としなかったことだけは褒めてあげてもいいです。
(でも絶対その案も企画の段階で出たに1フランスフラン)

■ Uボートの人々


蝋燭の光のもと、ノートに何かを書き綴る手元の映像で映画は始まります。
これが誰の手で、いつ何を書いているのかは最後にならないとわかりません。


1945年4月18日。

ここはドイツの支配から解放されたフランスの南西部、ロワイアン。
戦争中避難&疎開していた人々が街に戻ってきていました。



瓦礫の散乱する道を歩き、以前住んでいた家に戻ってきたのは
ここで生まれ育った医師、ジルベールという人物です。

彼の名前は日本語媒体だと「ギルベール」と表記されていますが、
普通はGirbertという綴りはフランス語だとジルベールとなるはずです。

念の為、映画内で確かめようとしたのですが、
作品中彼の名前が発せられることは一度もありませんでした。



部屋の片隅で見つけた幼き日に使っていたハーモニカを吹きながら、
彼は戦争が終わって平穏な毎日が戻ってくることを願っていました。
すぐに別のところにいた妻(か恋人)もここに戻ってくるでしょう。

しかし、その希望を打ち砕き彼の人生を変える出来事が、
同じ頃、遠く離れたオスロですでに始まっていたのです。



ここはノルウェー、オスロのドイツ海軍潜水艦基地。
ベルリン陥落の数日前、ここに集結してきた人々がいました。



ドイツ国防軍のフォン・ハウザー将軍


ナチス親衛隊員、フォルスターウィリー・モラス
フォルスターはウィリーを「部下」と紹介しています。

映画の中で彼は「親衛隊長」と呼ばれているので、
陸軍の三つ星将官に相当する「高官」ということになります。
退役したとはいえ、実はハウザーと同等かそれ以上という立場です。


彼らはドイツ崩壊前になんらかの任務を負って潜水艦に乗り込むようです。



撮影に使われたUボートは、戦後すぐだったこともあって
残っていた本物が使われています。

このシーンは本物の潜水艦基地から本当に出航させています。



男たちの視線の中、オセロットの毛皮を着こんで乗り込んできたのは、
イタリア人実業家ガロシの妻、ヒルデ、30歳。

彼女はズデーデン地方出身のナチス信奉者であり、
フォン・ハウザー将軍が同行させた彼の愛人です。
呆れることに、ナチスの協力者である彼女の夫も同行しています。


彼女の夫ガロシはムッソリーニの信奉者で、工場経営で富を築き、
そのおかげでこの特上美人妻をゲットしたものの、
いつのまにか嫁がナチス高官とできてしまったのを知りながらも
立場上見て見ぬふりをしている辛い立場ということになります。



しかも、フォン・ハウザーに対する周りの忖度か指示かはわかりませんが、
潜水艦では夫でありながら妻と部屋を一緒にしてもらえないという扱い。

全く馬鹿にされていますが、ガロシはそんな妻に強く執着しています。
ですが、自分が愛されているという自信もないものだから、
こんな状態でも下手に出て彼女を責めることができません。


潜水艦での初めての夜、彼は妻の部屋に忍び込みますが、
ヒルデはそんな彼を冷淡に追い払いました。

彼女にとってガロシは単なる金蔓なのは確かですが、
だからってフォン・ハウザーを愛しているのかというとそれも違いそうです。

要は金と地位を得る手段として男を利用してきた女ということなのでしょう。

一連の夫婦の会話はフランス語で行われます。
この映画では、ドイツ語とフランス語が入り乱れ、
一部の者以外はどちらも理解できるという設定です。


ガロシ夫婦はイタリア人とドイツ人ですが、乗り込んできたのも
ヨーロッパの枢軸国を中心に多国籍にわたるメンバーです。

左はフランス人ジャーナリストのクチュリエ
右はノルウェーの科学者エリクセンとその娘イングリッド

エリクセンは娘と違ってフランス語もドイツ語も喋れません。


出航してから全員が初めて顔合わせした席で、
フォン・ハウザー将軍から任務についての説明が行われます。

っていうか、詳細も知らないで自発的に潜水艦に乗る人なんている?



曰く。

「我々はこれから南アメリカで人脈を駆使して情報局や施設を設置し、
ドイツから総統始めナチス指導者が到着するのを待つ。
そこで建て直した第三帝国で世界に対し勝利するのであ〜る」


乗り込んだメンバーには皆それなりの役目があるようです。
実業家のガロシは海外にいる同胞との連絡係、
ジャーナリストのクチュリエは宣伝と広報担当、
学者のエリクセンは研究(何の学者でなんの研究か謎)などなど。

こんな自発性のないメンバーでそんな大事業が成し遂げられるものかしら。

■ 負傷したヒルデ



潜水艦はスカンジナビア半島を出て英仏海峡に差し掛かりました。




カレー海峡は最も危険な海域と言われているポイントです。





そこでUボートは英軍艦艇に発見されてしまいました。



潜水艦の角度を示す照準器(初めて見た)。



目標深度270mからは、エンジン停止して沈降を継続。


さらに深度を下げる潜水艦に、駆逐艦は爆雷を雨霰と落としてきます。


この緊張と恐怖、初めて潜水艦に乗った一般人には到底耐えられません。
浸水に気づいたガロシ、よせばいいのに慌ててそれを妻に報告。



するとこちらもよせばいいのにわざわざベッドから立ち上がるものだから、
爆発の揺れでドアの角に額を強打してしまいました。



不運にもヒルデ、打ちどころが悪くて昏睡状態に。

「愛する妻よ・・私のせいだ・・・」

とイタリア語でしょげるガロシ。
ただでさえ疎まれているのにさらにこれで嫌われてしまいそうですね。

フォン・ハウザーは彼女を軍医に診せるために
フランスのロワール潜水艦基地に上陸することを提案しました。

しかし、到着してみると、基地にはフランスの旗がはためいています。
ロワールからドイツ軍が撤退したことを彼らはこの時初めて知ったのでした。



しかし、フォルスターは夫人を下艦させろと言い張ります。

ハウザーの愛人枠で乗ってきたヒルデなど、
なんの役にも立たず、邪魔なだけだからですねわかります。

フォルスターはフォン・ハウザーになんの遠慮もしておらず、
フォン・ハウザーも、フォルスターに向かって、

「私に言わせれば君の部下(ウィリー)の方が用無しに見えるがね」

と言い合いになります。
そして、使えるやつかどうかこの際試してやる、と言い放ちます。

おっしゃる通り、親衛隊長の部下にしては、このウィリーという若造、
態度が悪くて覇気がなく、なんの役にも立たなさそうなDQN臭ふんぷん。

ナレーションによると、ウィリーはドイツ人ですが、
フランスでゴロつきをしていてフランス語が堪能という人物。
(演じているのはミシェル・オクレールというフランス人俳優)

そもそもそんな男がなぜ元親衛隊長の部下に?と疑問が湧きます。

このやりとりから、もしかしたら実はこの二人、
フォン・ハウザーとヒルデみたいな関係?とわたしは思ったのですが、
ナチスは同性愛禁止(バレたら収容所行き)だったしなあ・・。


とにかく、この狭い艦内で覇権争いを始めた二人のドイツ人によって、
ウィリーとフランス人のクチュリエがロワールに上陸し、
ヒルデを手当てする医師を「調達」してくることが決定してしまいました。



その頃、フォルスターは、ロワールからドイツ軍が撤退していることを
知っていながらなぜ言わなかったかと通信士に八つ当たりしていました。

「役立たず!」「オーストリア人のくせに!」

などと無抵抗の通信士を罵ります。
オーストリア人っていうのはこのドイツ人にとって蔑みの言葉なんだ・・・。

あれ?ヒットラーってどこの出身だったっけ。

■ 拉致された医師


さて、そのときロワールのジルベール医師は急患の診察をしていました。
赤ちゃんと、抱いてきた老婆、どちらもが病気です。


彼女らが出ていくと、入れ替わりに潜水艦の拉致実行組がやってきました。

クチュリエが「妻がそこで事故に遭って」と嘘をついて往診を頼み、
一緒に外に出た途端、残りの二人が銃を突きつけながら取り囲みます。



医師はわけわからんままUボートに押し込まれ、
そのまま潜水艦後方へと歩かされました。



前部魚雷発射室からマニューバリングルームを通り、



エンジンルームを抜け、



司令塔を通り兵員バンクを見ながら歩いていくと、



士官寝室があり、ここに負傷者が寝ていると言われます。


ヒルデを診察した医師は、額の傷は大したことないが、
脳震盪を起こしており、放っておいたら死んでいたと言います。

脳震盪で死んでいたかもしれないって、硬膜外血腫で出血していたってこと?
それなら注射なんかでは治らないとおもうけどなあ。
もしかしたら本当は大したことないけど一応そう言ってみた的な?

そのとき、まだ治療が終わってもいないのに艦内が騒然とし始めました。
潜水艦は出航を始めたのです。


「しまった、やられた!」

ジルベール医師が内心叫んだ時には、時すでに遅し。
おいおい、俺をどこに連れていく気だよ。

ていうか、このUボート、なぜ最初から軍医なり乗せとかないのって話ですが。
愛人はともかく学者やジャーナリストなんかよりよっぽど必要でしょうに。


やられた!と思いつつ仕方がないので寝ていたギルベール医師ですが、
鐘の音で目を覚ますと、



にゃあにゃあと鳴きつつ近寄ってくるハチワレ猫あり。

クチュリエが「まるでノアの方舟だ」と多国籍の乗客を評しましたが、
潜水艦内は独仏伊那威墺太利猫という陣容だったわけです。


こんなとき人はこれをモフらずにはいられないものなのである。
すると、Uボートの乗組員がやってきて、ドイツ語で問いかけます。

「食事を皆と一緒にどうですか」

ジルベール医師は反射的にドイツ語で返事をしてしまいましたが、直後に

「しまった!」

と後悔します。
なぜドイツ語がわかることを隠さねばならないのでしょうか。
もしかしたら、本名ギルベルトというドイツ人だったりする?

■ 生き残りを賭けて



テーブルに着こうとすると、隣のクチュリエが読んでいるのは
自分の家の玄関に置いてあった新聞であることに気が付きます。

こいつ人んちのもの盗んでおいて堂々としてんじゃねー。



彼はここではドイツ語の質問もわからないふりを通すことにしました。
さっきドイツ語で会話したばかりの乗員が変な目で見ていますが?

彼がそれを隠すのは、とにかく生きて帰るために慎重にってことなんでしょう。
知らんけど。



呼ばれて医師が席を外した途端、冷酷なフォルスターは、
あいつ怪しいし、用は済んだから始末しようなどと言いだします。

おいおい、使い捨てか。



艦長に具合の悪くなった乗組員を診察させられたジルベール医師、
この状況で生き残るため&拉致られた腹いせを兼ねて、
ただの風邪の乗組員を伝染病だと嘘をいいます。

伝染病患者が出れば医師が必要とされ、自分の身は当分安全になるし、
隔離やなんやで狭い艦内でみんなの苛立ちがつのり、憎悪が蔓延して
互いに潰し合いを始めるかもしれないという目算もありました。


彼は考えたのです。

狭い空間での集団生活は、訓練された軍人でもない一般人には拷問と同じ。
たとえ海軍軍人でも、潜水艦内で隔離患者が出たりすれば同様でしょう。

「僕が作り出した海に浮かぶ強制収容所」

彼は脳内でうそぶきます。
そして周りを注意深く観察するだけの精神的余裕を得ました。



その時通信士が「具合が悪いから診てくれ」と彼を呼びます。
悪いところはないみたいだが、と言って外に出ようとする医師に、
通信士は格納庫にゴムボートがあることを小声で告げました。



さらに甲板に出た際、学者の娘、17歳になったばかりのイングリッドから、
潜水艦の行き先が南アメリカであること、そして
フォルスターがあなたを殺したがっているから気をつけるようにと囁かれます。

周りは彼の敵ばかりではなさそうです。



その頃艦内では、昏睡から覚めたヒルデが旦那を責め立てていました。
医師を拉致してきたのは彼の考えだと吹き込まれたようです。



「僕は君と将軍のことを知っても何も言わなかったのに」

「なんですってー!きいー!」

あーもうずっと昏睡してろよ。



フォルスターとウィリーはそんなガロシを呼びつけて、嫌味っぽく、

「あんた・・実は(第三帝国の)勝利を疑ってるんだろ?」

イライラが高じていちゃもんつけてみました的な?
閉鎖された艦内に憎しみと苛立ち、疑念と嫌悪が形になってきつつあります。


そのとき、一斉に水兵が水密扉を閉め始めました。

潜航が始まることに気がついたジルベール医師は、
脱出するなら今だ、と行動に移します。
内側のハッチが閉められる前に、ボートのありかを探さねば。

ラッタルを上っていく医師を、通信士は部屋からじっと見ています。



そこには通信士の言った通り、オールとガスボンベはありましたが、
外側のハッチを開けてみたら、


あれ?甲板に誰かいる?



わけがわからんままに慌ててて艦内に戻ります。
とにかく通信士が信用できる人物であることが確認できました。

ところでさっきの人・・・・・誰?


続く。



映画「海の底(The Seas Beneath)〜「レッサーフォード」作品

2023-10-05 | 映画

ジョン・フォード初期の海軍映画、「海の底」後半です。

偽装船としてUボートを殲滅すべく敵地に乗り込んだ「ミステリーシップ」。
乗組員を待っていたのはドイツ軍の放った女スパイの甘いワナでした。

もっともあかんやつは、スペイン人の女スパイに籠絡されて眠らされ、
アメリカ海軍軍人であることがばれてしまったキャボット少尉です。

睡眠薬から目覚めた彼は、自分が港に置き去りにされたこと、
ロリータが最初から自分を騙すつもりで近づいたこと、そして
入港したアメリカ船が偽装であることをドイツ側に知られてしまい、
この失策によって味方が危険に曝されることに気づきます。

彼はその責任をとり、一人で後始末をつけるため、
Uボート乗員を乗せた船にひそかに忍び込みました。





U-172の艦内には、戦いの合間とはいえ、リラックスした空気の中
乗員が奏でるアコーディオンの「ローレライ」の調べが流れていました。

相変わらずドイツ人同士の会話は字幕なしですが、
全くわからずとも状況と画面でほとんど理解できるようになっており、
このときも、妹の乗った補給船が近づいた、という報告を部下から受け、
艦長シュトイベンが潜望鏡を上げよ、と命じたとわかります。

トーキー移行以後、外国人の会話をどう観客に理解させるかということも
この頃は定型がまだ生まれていませんでした。

本作では外国語は流れで理解させ、要所のみサイレント時代の字幕をつける、
という方法でその解決を図っていますが、その後、誰が発明したか
外国語っぽい英語と要所の単語で喋っている『ことにする』
というアイデアが、ある時代までの戦争映画の「お約束」になっていきます。


さて、本作品に登場するU-172の内部の撮影は、

USS「アルゴノート」SS-166

を使って行われました。
「アルゴノート」は1927年に就役した当時最大の潜水艦で、
撮影時の1930年にはまだその名ではなくV-4と呼ばれていました。



妹とその婚約者の姿を近付いてくる補給船上に認めたシュトイベン艦長、
潜望鏡を覗きながらいつまでもニヤニヤ笑っているのがちょっと不気味。

シスコン設定?





妹アナ・マリーも兄の乗る潜水艦にいつまでも手を振らされています。
やたらこのシーンが冗長で退屈なのは、潜水艦が画面の中央に来るまで
カメラが撮影を中止できなかったせいだと思われます。



「アルゴノート」の甲板に見えるのは53口径6インチ砲です。



Uボートに敬礼するシラー中尉。



士官その2。(多分補給士官)



その3。(少尉)

フォードは敵ドイツ軍人の姿を歪めて描くようなことはしておらず、
彼らの佇まいは実に明朗で爽やか、いずれもキリッとした軍人ぶりです。

尤もハリウッドがドイツ軍を「絶対悪」として描くようになったのは、
第二次世界大戦のヒトラー登場以降であったと認識します。



そして最後に久しぶりに会う妹と抱擁する艦長・・・
って、ドイツ人は兄妹同士でこんなに濃厚なキスするものなのか?



兄妹の会話でなぜかこの一言だけが英語に翻訳されます。


補給船の甲板のドラム缶からホースで直接艦内に送り込んで給油開始。
本当にこんな雑な方法で給油していたんでしょうか。


さて、海中からこっそり補給船に忍び込み、
積荷の間に姿を隠していたキャボット少尉、行動を開始しました。




何をするかというと、船内のパイプを破壊して浸水させ、
ガソリンに火をつけて給油できなくしてしまおうというのです。

なぜ彼が濡れてないマッチを持っていたのかは謎です。



ガソリン缶に火をつけたり、燃えるそれを海に蹴落として消火する動作を、
俳優が実際に船上でやっているのには驚きです。

これ結構危険な撮影だったと思うぞ。



さらにパイプを破壊しようとしたキャボット少尉ですが、
警衛に甲板からライフルで撃たれてしまいました。

Uボートの少尉が倒れた彼の止血を試みますが、もう虫の息。



「僕は・・・リチャード・キャボット少尉。
合衆国の・・・セイラーだ。
どうか伝えてほしい。艦長に・・・

痛いよ・・・

艦長に・・・僕は・・僕は・・・」

「・・亡くなりました」

ここでキャボット少尉があっさりと死んだのには驚きました。
てっきり汚名返上のヒーロー的大活躍をすると思っていたので。

トーキーの黎明期、まだこの頃は映画的「お約束」などなかったし、
これも一筋縄ではない「フォード風」だったかもしれません。



目の前で死人が出たことにショックを受け、アナ・マリーは、
兄とフランツになぜ殺す必要があったのかを問い詰めますが、
兄は悲痛な表情で「クリーク・イスト・クリーク」(戦争は戦争だ)


キャボット少尉にU172の救命胴衣を付け、海に葬ることになりました。
遺体を沈まぬようにして同胞に発見させるために。



敬礼で見送る艦長以下幹部たち。



このときのアナ・マリーは作品中最も綺麗に見えます。
字幕のないドイツ語のセリフで彼女はこの時何か言いますが、

「大した戦争ね!」

とかじゃないかと思います。



それを聞いて悲痛な表情をするシラー中尉。



アナ・マリーを補給船に戻すと、Uボートはハッチを閉めました。



この映像からは、就役してまだそんなに経たない「アルゴノート」の
艦体の新しさが伝わってきます。



彼女が見守る中、潜水艦は実際に潜航して海面から姿を消します。



しかしちょうどそのとき、キャボット少尉が死ぬ間際に行った
パイプの破壊により、補給船は沈み始めてしまいました。



その日の「ミステリーシップ」のログには、
石油缶が燃え沈没した補給船と胸を撃たれたキャボット少尉の遺体を発見し、
少尉を深夜に水葬にしたことが記されました。



翌日、偽装船は沈んだ補給船の救命ボートを発見しますが、
乗員の中から女性だけを船に助け上げ、
残りは岸までの距離を指示して追っ払います。



ところが助けた女性を見て艦長びっくり。
最近どこかでお会いしましたよね?

艦長はキャボット少尉の死と彼女に何らかの関係ありと考えました。
しかし彼女は自分はデンマーク人で全く関係ないとしらばっくれます。


ところが次の朝、彼女は隙を見て救命艇を降ろし、脱走を試みました。
やましいことがないならなぜ逃げる?


艦長が問い詰めると、アナ・マリー、短気なのかあっさり馬脚を表しました。

ヒステリックに、偽装船という卑怯な手を使うアメリカ軍を嘲り始め、
兄のU-172とあなた方が戦って勝てるわけない、とせせら笑います。

この時の女優の演技が、下手の限界突破して笑ってしまうくらい酷い。
そしてついでに、このときの彼女、ものすごく不細工に見えます。

マリオン・レッシングという女優が結局この主役の後
ほとんど端役に甘んじ、映画界に名前を残さなかったのも宜なるかなと。


口汚く罵る彼女にうんざりする様子もなく、ボブは優しく彼女の手を取り、

「いよいよ君の願い通り、兄さんと対面できるよ」

そしてそのまま部屋を出て行くのですが、
あのー、外から鍵をかけておいた方が良くない?


Uボートが近くにいることが確認できたので「パニック作戦」開始です。
艦長は潜水艦のデイ艦長に作戦の準備を連絡。



パニックを起こして逃げ惑うお芝居をする部隊に作戦確認中。
ちゃんと「バーサ」もスカートを履いてスタンバイしてます。

ここで、

・「悲鳴を忘れるな」と揶揄った男をバーサ、いきなり殴り倒す

・小道具の赤ちゃん人形を抱き上げ「不正乗艦です」という水兵


という相変わらず全く面白くないシーンが挟まれます。


Uボートの方も偽装船を見つけました。

船名は「ジュディ・アン・マッカーシー」。
下士官コステロが勝手につけた彼の元カノ(体重130キロ)と同じ名前です。



シュトイベン艦長はUボートの浮上を命じました。





そして、監督渾身の潜水艦浮上シーン。
浮上した艦首の先にミステリーシップがピッタリと収まっています。

艦体に取り付けたカメラは海中に沈み、
波でレンズが洗われる様子も克明に映し出しています。
当時このシーンを見た人々はリアルな迫力に息を呑んだことでしょう。



Uボートのハッチが内部から開けられる様子も描かれます。

この二重になっている構造ですが、海自の潜水艦に入ったとき、
「ハッチ部分の下のはしごは見えないので、
足を伸ばして梯子段を確認しながら降りてください」
と注意されたのを思い出しました。


Uボートは海上で砲撃を行うことを選択しました。

はて、なぜだろう。

相手が偽装船かもしれないと疑っているこの状態で、わたしが艦長なら
こんな戦法を取らず、海中から魚雷で攻撃するけどな。

だって、偽装船とはいえ帆船が爆雷を落としてくる心配なさそうじゃない?

・・とか言っていたら、早速Uボートから撃ってきました。

口うるさいようですが、掛け声がいちいち「ファイア」なのは残念。
せっかくドイツ語で通してるんだからここは「フォイア」と言ってほしい。



偽装船、いよいよパニック作戦発動で、船員役の何人かが
船尾の救命ボートから慌てふためいて脱出を始めました。


ところがここで事件発生。

アナ・マリーが部屋から外に出て(閉じ込めておかないから当然)
フラッグブリッジに忍び込み、信号旗を揚げてしまったのです。

国際信号旗の意味と揚げ方を熟知する女性って、何者?



それは兄の潜水艦に警告を送る妹のメッセージでした。

「我が船に近寄るなと言ってます」


艦長は慌てて旗を引き摺り下ろして、ついでに彼女も引きずり倒し、
脱出するボートに強引に押し込みました。


こちらは当然相手が偽装船であることを疑っている風ですが、
アナ・マリーのスパイ報告とか、陸で会った米海軍士官とか、
疑うも何も、アメリカ軍の偽装船であることは確定してるんじゃないの。



Uボートは砲撃を継続していました。
で、このシーンですが、本当に海軍軍人に砲撃させています。



木造船なのでまだ浮いていますが、かなり浸水が進んできました。



ポンプでの水の汲みだしも見えないように低い姿勢で座って行います。


そのとき、艦長が思い詰めた表情で乗組員に総員退艦を宣言しました。
作戦はどうなったの?と顔を見合わせる水兵たち。



次の瞬間、砲弾がヒットし負傷者2名。


それを受けて、今度は海軍水兵の制服を着た乗組員が海に飛び込みます。
実はこれはパニック作戦の「フェーズ2」でした。

偽装船を装っていた海軍船が砲撃を受けて窮地に陥り、
ついには総員退船にまで追い込まれたと思わせる作戦です。



これに騙されたUボートが射程内に入ってきました。



その瞬間、満を持してラッパが鳴り響き、合衆国国旗が揚がり、
そして隠していた銃、砲弾の囲いが一斉に取り払われました。



いよいよ反撃開始です。
砲撃シーンは、下士官の俳優はそのまま、砲兵は本物で
装填と発砲を実際に行っています。



迫力の砲撃シーン。


この水煙の上がり方を見ると、水中で何か爆発させているんでしょうか。



そして、待機していた米海軍潜水艦が攻撃の準備を始めました。
右側があまり出番のなかったデイ潜水艦長です。



魚雷の装填も実際に行っています。
ここにいる全員は現役の潜水艦乗員だと思われます。

「ナンバーワン、ファイアー!」


そして会心の一撃がUボートにヒット。



艦内に海水が傾れ込んできました。



我が艦が撃沈されたことを知り、シュトイベン艦長は、
残った乗員に号令をかけ、ドイツ海軍旗に全員で敬礼を行いました。



互いに微笑んで「アウフヴィーダーゼーエン」と言葉を交わし、
肩を叩いて握手を・・・・・。



しかし、アメリカ軍の方は今や救助に全力でした。
何がなんでも相手を助ける気満々です。




同日のログより。

1918年9月7日
沈没したU-172の生存者を救出
船は総員で排水の上同盟国港に入港させる
捕虜を借り収容所に引き渡す




そしてここからがラストシーンとなりますが、かなり微妙なので、
映画の評価としてここをマイナスポイントに上げる意見もあります。

ショボーンとしているアナ・マリーのところにやってくる艦長。
どうやら彼女は一連の工作で罪に問われることはなかったようなのです。

「さて、アナ・マリー。
我々は出発するが・・・何か言いたいことは?」

「いいえボブ、ないわ」

「違うな・・・お互い言うことがあるはずだ。
今言わなければ一生後悔することが」

「ボブ、何を言わせるの。あなたの勝ちよ」

「勝ち・・?いや、俺の負けだ。大事なものを失った」


「あなたは何も失ってないわ。これからも」

「そう思うか?」


黙ってうなずくアナ・マリー。

「だって君は行くんだろう?兄と、婚約者・・シラー中尉と」



「兄と行くのよ」

なんなんだこの流れ。
ボブ、いまだに彼女が諦められないのか?

「聞いてくれ、アナ・マリー。君は残るべきだ」

な、なんだって〜?

「あそこに小さな教会が見えるだろ。
僕らはあそこでこの世で一番幸せな二人になれる」

おいおいおいおい。甘すぎないかボブ。
この女と結婚した途端君の海軍での将来はないぞ。
というかいくらこの時代でも実際そんなことが可能か?

「ダメよボブ」(あっさり)

まあそうなるでしょうな。
っていうか、女の方は男が思うほど自分のこと好きじゃない。
気づけ。


「祖国は今苦境に陥って人々は希望を失ってる・・。
そんな人たちを見捨てていけないわ。
今こそ民族が寄り添う時なの。
あなたが行くからって一緒に行くわけにはいかない」


そう言う理由か。
それにしても、海軍軍人より彼女の方が公を憂えているのはどういうわけだ。



「わかったよ・・。
でも僕らには二人で撮った写真がある」

そういってボブはカメラごと彼女の手に握らせ、

「持っていてほしい」

彼女はそれがカメラそのものだったことにドン引きし(多分)
それをボブに押し戻しながら、去っていきました。

「また取りに来るから・・」

という心にもない言葉を残して。



そして彼女は、今から収容所に移送される捕虜の隊列にいる
兄、フランツの傍にぴったりと寄り添いました。

シラー中尉(腕を骨折して肩から吊っている)が指揮を執り、
アメリカ軍の太鼓手のドラムに合わせて、敬礼ののち、
アメリカ兵が手を振り見送る中、捕虜の隊列は行進していきます。

この頃の敵捕虜の扱いがどうだったのかを知る貴重なシーンです。


隊列の最後に、兄艦長と妹の姿がありました。



「大事なものを失った」(つまりふられた)
艦長ボブの絶望の表情で映画は終わります。



本日タイトルの「レッサー・フォード」というのは、
映画評論ページで見つけた、あるアメリカ人のこの映画に対する評です。

まだ経験もトーキーの撮影回数も少なく、映画界での力もないがゆえ、
撮影所のゴリ押しを受け入れて「たいせつなもの」を失った若い監督が、
その中で自分のできることをやりきろうとした感のある作品。

それでも至る所に確認できる、のちの大御所の才能の萌芽が、
その「海軍愛」と相まって本作を佳作にまで押し上げました。

文字通り「フォード未満」の作品だと思います。

終わり。





映画「海の底(The Seas Beneath)」〜ジョン・フォード初期の海軍映画

2023-10-02 | 映画

名匠ジョン・フォード監督が若い時から海軍オタクだったことを証明する作品、
1930年の海軍映画「海の底」を紹介します。

本日のブログ扉絵ですが、映画で描かれた1918年ごろから映画制作時まで
欧米を席巻したアールデコ様式を取り入れてみました。


ジョン・フォードが売れない俳優から監督に転身したのが1917年のこと。
兄のフランシス・フォードの映画に俳優として出演していた彼が、
ある二日酔いで仕事ができなくなった兄の代わりに助監督を務め、
それが認められたのが後の名匠ジョン・フォードの誕生のきっかけでした。

デビューしてしばらくは流行りの西部劇を撮っていたヤング・フォードですが、
1929年、映画会社がこぞって無声映画からトーキーに移行し、
西部劇が下火になったこともあり、ドラマを手がけるようになっていきます。

「海の底」は、フォードが監督した7作目のトーキー映画です。
フォードはこの手法を取り入れたことで可能になったロケを、
念願だった?海上戦闘シーンに取り入れています。

ちなみにフォードは、オールトーキーになって2作目の「サルート」
(敬礼)という映画で海軍兵学校とネイビーアーミーゲームを取り上げ、
アナポリスでロケを行っていますし、1930年度作品の
「Men without Women」ではトーキー初の海軍映画を手がけています。

Salute (1929) 兄がウェストポイント、弟がアナポリスで恋の鞘当てフットボール対決

どちらの作品にも、無名時代のジョン・ウェインが端役で出演していますが、
自身がアイルランド系であるフォードは、俳優も同族で固める傾向があり、
ウェインが常連となったのもこのせいだったと言われています。

ただし、フォードは最後までウェインを木偶の坊呼ばわりしていたとか。

「Men without Women」(潜水艦もの)

もう一つついでに、第二次世界大戦中、フォード=海軍のように、
軍に協力した監督は、陸軍航空隊のウィリアム・ワイラー、
そして陸軍のフランク・キャプラが挙げられます。

キャプラとワイラーは陸軍の映画班に所属して、
新兵のための教育映画や戦意高揚映画を撮り、キャプラは陸軍中佐に、
そしてフォードも最終的には海軍少佐に任じられました。


ということはこれは少将のコスプレ



というところで早速始めます。

主演ジョージ・オブライエンはこの頃のフォード映画の常連俳優。
名前から彼もアイルランド系ということがわかりますね。
オブライエンは「敬礼」で陸軍士官候補生の兄役をしています。

彼はサイレント時代はフォード映画の常連でしたが、
トーキーに移行してからの演技に難があったのか、
次第に「フォード組」から姿を消すことになります。


映画は3本マストのスクーナー船が海上に浮かぶシーンから始まります。



艦長ロバート・キングスレー、アメリカ海軍大尉の名が記された
USS「ミステリーシップNo.2」の航海ログの表紙がアップになります。
これは2番目の艤装船を意味します。


1918年8月18日

1)ヨークタウン港を秘密裡に出港
2)目的地は不明
3)任務の性質上、総員機密厳守のこと

1918年8月は、第一次世界大戦終結3ヶ月前です。
フォードは終戦から12年経って、大戦中の海軍を題材にしました。





さて、そのブリッジログです。

乗組員の構成について:
a)艦上経験のない海軍予備兵
b)USS「ミズーリ」の砲兵(優秀な者)


わざわざ「未経験者」を集めたのはどういうわけでしょうか。


海上で総員に集合がかかりました。
極秘任務ゆえ、陸を離れてから任務内容が伝えられます。



キングスレー艦長は乗組員たちを見回します。
ベテラン下士官の中には、やはり軍人であった彼の父親と
フィリピンで一緒だったという者もいますが、殆どの水兵とは初顔合わせ。

艦長はこれからこの船は民間船「Qボート」として敵潜水艦活動域に潜入し、
おとりとなってUボートに攻撃させ、油断させて
あわよくば返り討ちにする、という作戦概要を告げました。


それを聞いて、皆の顔に怪訝な表情が浮かびます。
こんな民間船でどうやって?



そこで艦長が砲兵に命じると、構造物に見えていた建物の壁がパカっと倒れ、



中から最新式の艦砲が現れました。



砲兵はもちろんベテラン下士官も見るのは初めての武器に興奮しています。



砲にいきなり元カノの名、「ジュディ・アン・マッカーシー」を命名。



艦長は今回の任務が特定のUボートの殲滅であると明かします。
ターゲットはドイツ潜水艦隊のエース艦長が率いるU-172。
Uボート艦長のフルネームは、エルンスト・フォン・シュトイベン男爵です。

第一次世界大戦の撃墜王レッドバロンことリヒトホーフェン男爵のかっこよさに
欧米の民衆は敵にも関わらず大変熱狂したそうですが、
同じ属性を負わせているあたりに、この敵キャラへのこだわりが窺えます。


さて、武装しているとはいえ、こちらも偽装船1隻で戦うわけではありません。

艦長は、当時先端技術だったに違いない艦同士の直通電話で
今回同行する潜水艦を海底から呼び出しました。



この潜水艦浮上シーンは、現代の我々には見慣れたものですが、
潜水艦にカメラを取り付けて浮上させるという撮影は
当時の映画としては超超超画期的だったはずです。



浮上した潜水艦の乗員と顔合わせ。
このまま5日間別行動することを打合せしました。



潜航する潜水艦に対しラッパが吹かれ、乗組員が総員でエールを送ります。
この丁寧な海軍描写こそがフォード監督のこだわりです。

この後潜水艦が潜航していく様子もマストの高さから丹念に撮影されます。



潜水艦が去ってから、あらためて艦長は作戦の詳細を語り出しますが、
なんかこの構図・・・海軍っぽくないですよね。

このあとも乗組員のガッツを褒め、横にいた水兵が力コブを見せると、
その筋肉をさわって感心するといった馴れ合いも海軍ぽくない。

わたしが見た英語の映画感想コメントのなかに、

「艦長は乗組員の司令官というより運動部のコーチかOBのようだ」

というのがありましたが、このあたりを言っているんではないかと思います。

さて、艦長が発表した今回の作戦名は「パニック作戦」。

商船を装い敵活動海域に進入、攻撃されたら逃げ惑ってみせ、一部が総員退艦、
隠れていた砲兵と潜水艦がおびき寄せた敵艦を攻撃、というものです。

「これを上手く演じなければいかん。ちなみに演劇の経験のある者は?」

「こいつです。サーストン」

「何を演じた?」



「”お針子バーサ”っていう劇で主役でした」

「お、おう・・・じゃ君は船長の妻の役だ。真っ先に騒げ」



マストで見張りをしていたキャボット少尉が降りてきました。
このシーンはスタントマンが実際にマストから滑り降りてきます。



代わりにマストにラダーで上がっていく水兵たちを見ながら、
俺が若い頃はラダーなしでマストに上ったと自慢話をするコステロ兵曹。

よせばいいのに煽られおだてられてその気になり、
この巨体で実演を始めたところ、運悪くラダーがちぎれ(なあほな)
海に転落してしまいました。



それを見るや間髪入れず海に飛び込んだのはキャボット少尉。
マストの最上部から・・あれ?さっき降りてきてなかったっけ?
いつのまにまた上に・・・。






このスタントマンに敬意を表して、連続写真を挙げておきました。

海上で撮影できるものはすべてやってみた感があるこの映画の中でも、
このシーンは海軍的な意味で歴史に残る瞬間だったと個人的に思います。

スクーナーのマストから海面までは、多分50m弱あると思うのですが、
(ゴールデンゲートブリッジから飛び込んだ場合、海面までの高さは67m)
これを本当に飛び込ませているあたりがすごい。

スタントマン、回転して背中から海面に落ちて大丈夫だったのか。


この派手な救出で、すっかり男を上げたキャボット少尉。



逆に恥をかいたコステロ兵曹ですが、この期に及んで負け惜しみ。

「誰か飛び込んで助ける勇気があるか試したんだ!」


残念ながら乗組員がネタのユーモアは全く笑えないのがほとんどで、

「 all the cornball humor from the brainless naval crew. 」
(頭の悪い海軍クルーの面白くないユーモア)

If their collective brains could be rendered into gasoline,
there wouldn't be enough to run a termite's chainsaw.
(彼らの脳みそを集めてガソリンに入れても白蟻のチェンソーすら動くまい)


などと感想サイトでも痛烈ですが、その一例がこれ。

(兵曹のために)ブランデーをとってこいと言われたこいつは、
なぜか「兵曹が水に落ちたら僕が酒を飲めと言われた」と思い込んで、
クイっと飲み干して「訳わかんねー」。

わけわかんねーのは君の常識のほうだ。



ミステリーシップ=Qボートはカナリア諸島で補給のため寄港を行います。
上陸に関してはチーフから強くお達しがありました。

「酒と女禁止」

任務を考えると当然の注意ですが、


しかしなあ。女の方が放っといてくれないのよ。
若いキャボット少尉には上陸早々美女が思わせぶりに近づいてきますし、


下士官、兵、誰一人注意なんて守っちゃいねえ。


肝心の艦長までこのていたらく。

係留されている船の写真を撮ろうとして警官に撮影禁止を言い渡された艦長に
いきなり接近して通訳と説明を始める妙齢の美女。

「ドイツの潜水艦にやられた船よ」

艦長、一応任務は忘れず、記念写真を撮るふりして船の撮影を強行しますが、
全く相手を疑わず、自分からアプローチする始末。



場面は変わって、同じ港町の宿屋に3人のドイツ海軍士官が投宿しました。
彼らこそがアメリカ軍が探しているU-172の幹部です。

彼らのドイツ語はほとんど翻訳されず、会話は要所要所このように、


(”フロイライン・フォン・シュトイベンはどちらに?”)

サイレント映画のような英語表記(フラクトゥール)で表されます。



こちらがそのフロイライン・フォン・シュトイベン。
例のフォン・シュトイベン艦長の妹なのですが、
なんと、さっき艦長に接近してきたばかりの女性ではないですか。

そしてアナ・マリーと呼ばれた彼女は海軍士官のうち一人、
フランツ・シラー中尉と熱いキスを交わします。



アナ・マリーを演じたマリオン・レッシングという女優は、
ドイツ語が堪能というだけで選ばれた、というより、
フォード監督いわく、撮影所に「押し付けられた」大根女優でした。

その壮絶な演技下手さは日本人である我々にもはっきりとわかるくらいです。

フォードは後々まで、この映画はこの女優のせいでダメになった、とか、
この女がガムを噛みながら演技して撮り直しになったとか愚痴っていました。

シラー中尉を演じたのはジョン・ローダーという俳優ですが、
英国生まれで、父親は英国陸軍軍人、イートン校と王立陸軍士官学校で学び、
第一次世界大戦に参加中、ドイツ軍の捕虜になるという経験などを経て
戦後映画界を志し、のちにアメリカ国籍を取得しました。

ドイツ映画に出ていた関係で、ドイツ語はネイティブ並みだったことから
今回のドイツ人将校役に指名されたようです。

あの超天才科学者で女優のへディ・ラマーと結婚していたこともあります。


さて、シラーはアナ・マリーに昨夜入港した米船籍の帆船が怪しい、
我々を追っているのではと疑いを仄めかし、彼女は
何か思い当たる節があるのか、はっと顔を曇らせました。

婚約者を危ない目に遭わせそうで心配だというシラーに、彼女は

「それでは国に尽くせない。
女だから疑われないしスパイにだってなれるわ」

と太々しく微笑むのでした。



入れ替わりに宿にやってきたのは・・おや、先ほどのスペイン美人。
どうやらドイツのスパイとしてお小遣い稼ぎをしている悪い女らしい。



酒場で歌い、踊ってステージからターゲットを誘惑するのが得意技です。



狙われたのはリチャード・キャボット少尉。
うぶな若い士官を手玉に取ることなど赤子の手をひねるより簡単ってか。

このスティーブ・ペンドルトンという俳優についても書いておくと、
1970年まで多くの映画やテレビドラマに出演した脇役俳優で、
最後の映画出演は、「トラ!トラ!トラ!」の駆逐艦艦長役となっています。



そんな凄腕女スパイの活躍をじっと観察しているドイツ軍人たち。



舞台の上からアプローチされ、ふと気づけば一緒に踊っているという・・。



さらにふと気がついたら彼女の部屋で、しかもベッドに誘われているという。
ドイツ人たちはキャボット少尉が女性にふらふらついていくのを見て、

「見事な腕前だな」

みたいなことをドイツ語で言ってます。(たぶんね)


そして同じ頃、艦長もまた女に引っかかっていました。
BGMはストリングス演奏による「エストレリータ」。

この脚本の甘さ、ジョン・フォードもこの頃はこんなだったのね・・・。

以前ここでご紹介した「サブマリン爆撃隊」は1938年作品で、
彼が監督として押しも押されもせぬ名声を築いた「駅馬車」は、
この映画の9年後、1939年の作品となります。



そして、ドイツのスパイ、ロリータに籠絡されたキャボット少尉は、
あっさりと睡眠薬で眠らされてしまいました。



ロリータは、軍帽から彼がアメリカ海軍の少尉であることを突き止め、
宿の主人(ドイツ側から金をもらっている)に報告しますが、
なぜか眠っている彼を悲痛な顔で見つめ、キスします。

これ、どういう意味?
オスカー・ワイルドの「ヨカナーンの首に接吻するサロメ」的な?



酒と女禁止を乗員に言い渡しておいて酒場に脚を運ぶ艦長ボブに、
ドイツ軍団は大胆にも声をかけてきました。
艦長の海軍兵学校の指輪を褒めてきたので、艦長もそれに応え、
「再会を期して」と挨拶を交わします。



艦長も彼らがU-172の乗組員であるらしいことに気づきました。

「あいつらだな副長」「そうですね」

お互い逃げも隠れもせず陸上で対峙する海軍軍人同士。
次に海の上で会ったらそのときは、という含みを持たせあうこの会話は、
まだかすかに騎士同士の対決的要素の残っていた
第一次世界大戦の戦闘機パイロット同士のようです。

第一次世界大戦において、陸軍は言わずもがな、
海軍の艦船でも実際は「顔の見えない」敵同士で戦いましたが、
この映画では、互いの存在を明らかにし実際に遭遇させることで、
戦いをより「個人的な」ものとして描き、物語性を持たせています。



艦長はすぐさま総員に帰艦(船)を命じました。



ところが、出航時間になってもキャボット少尉が戻ってきません。



ロリータに薬を盛られてすっかり眠り込んでいたからです。



眠りが覚めた彼が飛び起きて海を見ると、
自分の戻るべき船はすでに沖に出ているではありませんか。

ギリギリまで少尉の捜索を命じ、帰還を待った艦長でしたが、
潮目が変わってしまい、苦渋の決断ながら彼を置いて出港を命じたのです。



「キャプテンキングスレ〜〜〜イ!」

(字幕の『船長』は間違い。ここは艦長と訳すべきです)
届かぬと知りながら艦長の名を叫ぶキャボット少尉・・。



そして、キャボット少尉は、自分を罠に嵌めた憎き女が、
ドイツ語を話す男たちから金銭を受け取っているのを見てしまいました。


全てを知った彼は夢中で岸壁に走ります。



そして、物陰から海に飛び込み、
男たちを乗せた船(補給船)に船尾から忍び込んだのでした。

どうなるキャボット少尉!

続く。


映画「潜水艦シータイガー」〜バック・フロム・ザ・デッド

2023-09-06 | 映画

イギリス映画「潜水艦シータイガー」、
原題「We Dive at Dawn」最終回です。

映画のボリュームから言って、だいたい当ブログでは
これくらいだと2日分の掲載で収まるのですが、
なにしろ当方にとって初めてのロイヤルネイビーもので、
製作に異常にテンションがあがってしまいました。

さらに、これまでに知らなかった海軍スラングや俗語、
なにより英国海軍協力による実写映像も興味深く、
最初から3回に分けることを前提で作成したほど力が入りました。

今検索したら、古い映画なのでYouTubeでも見放題。
項末に挙げておきますので、実写シーンだけでも是非ご覧ください。

潜水艦乗員を演じる役者たちは、海軍で実地に訓練を受けていますので、
立ち居振る舞いや機械の操作など、本物に近いのではと思わせます。



バルト海まで戦艦「ブランデンブルグ」を追い、ついに確定し、
魚雷を放った潜水艦「シータイガー」。



全弾6発が発射されていくのを数える「ナンバースリー」ジョンソン少尉。
発射後はすぐさま潜航です。

同時に艦内に爆雷警報が鳴り響き、
水密ドアを閉める作業が行われます。



駆逐艦の見張りが早速魚雷に気づきました。
ほとんど同時に爆雷が投下されます。



爆雷の破裂は早速潜水艦を揺さぶりました。
魚雷が命中したかどうかも爆発音でわからなくなってしまいました。



またしても地下からポンプのおっさんが顔を出しました。

「黙ってポンプだけ気にしてろ!」

「わかったよ。でも死ぬなら何が起きたかくらいは知りたい」

底の方勤務は艦内放送でしか状況がわからないからなあ。



魚雷の到達時間を測っていたら、
海上にはすごいスピードで駆逐艦が来てしまいました。



これから確実に爆雷が降ってくるでしょう。



ドイツ軍駆逐艦を演じているのは、
HMS「フューリー」Furyということです。


HMS Fury (H76)





炸裂する爆雷、立っていられないほどの衝撃が襲いました。
続いて照明が消え、漏水にビルジ排出が追いつかない事態に・・。



さっそくバケツリレー発動です。



ちなみにバケツリレーのことは、

「Get a bucket team going」(バケツチームを行かせる」

と言っています。



「ブランデンブルグ」の居場所を艦長に言おうとしてハンスに殴られ、
死にかけていた捕虜A(フリッツというらしい)が、
この混乱時に瀕死状態になってしまいました。

「おい貴様、ハンス!フリッツが死ぬぞ」

(平然と)「だからなんだ?」

「この獣め!」

横をバケツリレーがガンガン通っている中、ハンスがマイクに、

「君らはあまり興味ないかもしれんが、病人が死にかけだ」

マイクはバケツの手を止めて、フリッツの様子を見に行きますが、

「残念だがご臨終だ」



その足でマイクは艦長に捕虜の死亡を報告しました。

艦長は「ああ、後で行く」と関心なさそうに答えましたが、
これは後になって重要な意味を持ってきます。



この時不思議なやりとりが行われます。

艦長がベテランチーフのディッキーに、

「皆に菓子(スイーツ)を配らなくちゃな」

というのです。
聞き返したチーフも、すぐもののわかった様子で、部下に

「マガジンに行って弾薬の隣の『ホワイトリード』と書いた缶を取ってこい。
これは『サッカー』(甘いもの)だ」


鉛白が「甘いもの?」
鉛白の白粉さえ死をもたらすほどなのに・・。

改めて調べてみたら、古代ローマ人は、鉛の鍋でブドウの果汁を煮詰め、
できたシロップをワインの甘味や果物の保存に使っていましたが、
特にイギリスでは1940年代には完全に鉛毒の害は知れていたはずです。

甘い鉛白・・・潜水艦関係の隠語だったりするのかな。




そのとき機関長のジョックが燃料の残存が少ないと報告に来ました。



「ジェリーズは俺たちを仕留めたと思うまで攻撃を止めないだろうな」

「Jerries」ジェリーズは戦争中のドイツ人のあだ名です。
第一次大戦時の独軍のヘルメットがゼリーの形に似ていることから来ています。
ちなみに、独軍ヘルメットには「おまる」という別名もあったとか。

「待てよ・・・ジェリーズだと?」

自分の言った「ジェリーズ」という言葉が、

ジェリーズ=ドイツ兵=捕虜=さっき死んだ

と繋がり、ピコーンと何かが閃いた艦長。

さあ、もうお分かりですね。
元祖(かどうかは知らんけど)「潜水艦死んだふり作戦」の開始です。

死んだふりのため外に放出するものが魚雷室に運ばれていきます。
フライパンを持っている男に、先任が

「あほか、そんなもの浮かねえだろうが」

「洗おうかなと思って」

回収もできないけどな。

死んだフリッツにはイギリス軍の制服を着せ、念の為
ポケットには英語の書類と、ストップウォッチまで入れて偽装完了です。


捕虜Bがフリッツの遺体を見て何をする気だ?と気色ばむと、
先任は軽〜〜〜く、

「大丈夫、心配すんな」



魚雷の発射を行うのはマイクです。
敵の魚雷が破裂したタイミングで1番発射管に全てを入れて吹き出します。



発射と同時にバルブを放出し、できるだけ派手に飛沫を立てて、
次は艦尾を上に、急角度(15度)で後ろに滑るようにして沈んだふり。



遺体が浮いてきたこともあって、駆逐艦は騙されてくれました。
潜水艦撃沈!と一斉に歓声が上がります。🎉



ほどなくドイツのプロパガンダラジオ番組が、
「シータイガー」を撃沈したとしてイギリスに向けてそれを公表しました。

海軍下士官クラブの支配人が聞いているのは
もしかしたら「ホーホー卿」のプロパガンダ放送かもしれません。


支配人は「ツケリスト」から、黙ってダスティの名前を消しました。


マイクの婚約者エセルは外していた婚約指輪をはめ、



ホブソンの妻は息子の寝顔を見つめ、



海軍本部では、本作戦を伝達したブラウニング大尉が
専用ポストから「シータイガー」の名札を外しました。



さて、その「シータイガー」は、今や海の中に鎮座したままでした。
燃料を奪うため洋上をタンカーが通るのを待っていましたが、もう限界です。
食料ももはや底をつきました。

艦長は、この近くにあるデンマーク領の島に辿り着き、
全員が上陸したらボートを爆破する計画をアナウンスしました。

第二次世界大戦時、デンマークは枢軸側でしたから、
これはつまり全員で捕虜になることを意味しています。



艦長はこの事態に導いたことを詫びつつ皆に感謝を述べました。



そのときです。
思い詰めたようにホブソンがある計画を打ち明けました。

彼は戦前世界中に行った経験があり、その島のことも知っていました。
港があったので、きっと燃料もどこかにあるはずだというのです。

作戦とは、自分がドイツ軍パイロットに化けて上陸し、偵察の結果、
もし燃料があったら合図するから、皆で燃料を強奪するというものです。

「もしドイツ軍の制服を着て捕らえられたら、捕虜では済まないぞ」

「どうせ誰も涙なんか流してくれませんから」

艦長、黙ってフォローせず。
彼の艦内での孤立と家庭事情を知っているだけにね。

「一緒に行きたかったが・・・」

「艦長のドイツ語ではいざというとき役に立ちません」



ボートで一人港の桟橋下に漕ぎ着いたホブソンは、
小さな懐中電灯で潜水艦に信号を送りました。

「埠頭の突き当たりにタンカーを発見」

しかしこの光は、離れた場所にいる見張りに見られていました。



ホブソンは見張りの前に姿を現し、流暢なドイツ語(多分)で
自分が撃墜されたパイロットであり空軍大尉であることを申告します。



警衛の事務所に連れて行かれ、責任者は大尉に向かって敬礼しましたが、
ちょうどそのとき信号を発見した見張りから電話がかかってきました。

電話に向かって「いますぐ確認します」と言ったところで、
背後からホブソンは素早く彼を殴打し、制服からナイフを抜いて一突き。
外の見張りもやっつけて、武器をあちこちから集めました。



警報の鐘が鳴り響く頃、彼はすでに機関銃のセット完了。



たった一人でやってくるドイツ軍を迎え撃ちます。



そのころ「シータイガー」の上陸部隊が到着しました。

上陸部隊は、潜水艦内で来ていたセーターなどの私服ではなく、
士官下士官兵全員が軍服にテッパチで統一しています。

陸戦では敵味方を識別する必要があるため不可欠なのでしょう。



強襲部隊はデンマーク船籍のタンカー「インゲボルグ」に乗り込みました。
連れてこられた「インゲボルグ」船長に、テイラー艦長は

「イギリス海軍だ。石油と物資をいただきたい。
そして我々には議論する時間はない」


すると船長は

「デンマークはイギリス海軍ならいつでも歓迎しますよ」

そういうと、挙げていた両手を微笑みながらおろし、
艦長の手を両手で握ってくるではありませんか。

デンマークは、国境を隔てているドイツとは、
いつも気を遣って関わってきた(触らぬ神に祟りなし的な)国ですが、
第二次世界大戦でドイツ側であったとはいえ、それは
攻め込まれたくないからというだけの消極的な理由が大きく、
ドイツに戦争参加を求められてもほとんど逃げ腰でした。

政府は当初ドイツに従いレジスタンスを取り締まっていましたが、
ドイツが不利になるとレジスタンスが臨時政府を樹立したほどですから、
民間にもかなりドイツに反感を持っていた人が多かったと想像されます。

このシーンはそのようなデンマークの立ち位置が垣間見えますね。


さあ、これで燃料と食料、修理は確保できました。



上陸部隊のマイクとナンバースリー、ジョンソン中尉。



孤軍奮闘のホブソンと合流成功。



しかし激しい撃ち合いでマイクもホブソンも軽傷とはいえ弾を受け、
そろそろこちらの弾薬が尽きてきました。

こちらに銃撃戦による死者も出て、負傷者も増え、
限界か?と思った時、「シータイガー」は燃料補給を完了し、
帰還命令の笛の合図が鳴り響きました。


テイラー艦長が上陸部隊の帰りを今か今かと待っています。

そして、ドイツ軍が沿岸に迫る中、ギリギリのタイミングで
舫を解いて出港を完了しました。


「グッドラック!」

タンカーからは船長が手を振ってお見送り。
イギリス軍に物資供給したことがバレて酷い目に遭わないといいですね。



さて、某所航行中の漁船が、浮上する潜水艦からの信号を受けました。



「報告願う シータイガー基地に帰投せんとす・・・
すぐにCインC(本部)に伝えろ!」






ニュースはすぐにイギリス本土に報じられました。


領海に入ると、すれ違う軍艦が信号を送ってきました。

「なんて言ってる?」

「おめでとう・・・・撃沈」

「何だって?」

「B・・・『ブランデンブルグ』です艦長!」



「まじか!おいコントロールルーム!
『ブランデンブルグ』を沈めたぞ!」


瞬時にして艦内にニュースは伝えられます。
コントロールルームのゴードン中尉から、伝令によって、



腕を負傷して寝ていたジョンソン中尉にも。



湧き上がる歓喜の声。



そして「シータイガー」は生きて基地に帰ってきました。



港の艦船が一斉に汽笛を鳴らして彼女を労います。



骸骨の凱旋旗を立てての入港。



民間船の上からも皆が手を振っています。


母艦には信号旗が揚げられました。



ホッブスが艦長に信号旗の意味を伝えます。

「WELL DONE P-61」



そして出撃した時と同じ、P-211の横に着舷。



艦長が報告に向かう母艦の艦上には溢れんばかりの乗員がお出迎え。
(ロイヤルネイビーの皆さんエキストラ出演)
HMS Forth
1937年から1979年まで就役した潜水艦デポシップです。



テイラー艦長は、待っていた潜水艦隊司令(イアン・フレミング)と
隣のP-211の艦長に任務終了報告を行います。

前回の意趣返し?か、

「オールドムーアのアルマニャックを使っただろう?」

と揶揄うハンフリー大尉に、

「うん、実は魔法の鏡を使ったんだ」

とテイラー大尉。



そして岸壁には、夫、婚約者、息子を待つ家族たちが・・。



マイクは誰よりも会いたかった婚約者に。


マイクの上司でかつ未来の義兄、チーフ・ダブスは、
ミス・ハーコートと再会しました。

「ハロー、アラベラ!」

「はい?」



すると、タグが横から彼女を掻っ攫い、

「”グラディス”に新しい刺青見せてあげて」



これどうすんのよ。
「アラベラ」という名前の人が現れるまで待つ?



そしてホブソンは息子のピートを抱き上げました。

「ぼく潜水艦見たよ」

「入ってくるところも見た?」

「見たよパパ」

「お前は知らないと思うけど、潜水艦は戦艦を連れてきたんだ」

「そんなのいなかったよ」


ホブソンはカバンから戦艦「ブランデンブルグ」の模型を渡しました。



そこに柔らかい微笑みを湛えた妻が・・。



「やあ、アリス」


「家に帰ろう」

妻には異論はありませんでした。

「Aye.」

セーラー風の答えに、妻の夫に対する理解が込められています。



艦長はまだ艦隊司令に捕まったままでした。
艦隊司令はこの時も、前半に続き2回目となる謎のセリフを口にします。

それは、

「(君の)おばさんに会うことになると思うよ」
I suppose you will be seeing your aunt.

というものなのですが、この「おばさん」のことを、
なぜ艦隊司令が毎回いうのか、最後までわかりません。

予想ですが、この艦隊司令は実はテイラー大尉の「叔父」で、
「おばさんに会う」つまりうちに来たまえと言っているのでしょうか。

テイラー大尉が金持ちであるらしいことは執事の存在で明らかですが、
これをパクった疑いのある後発のアメリカ映画「クラッシュダイブ」では
主人公がまさに執事持ちの金持ちで、叔父さんが海軍の上官でしたよね。


そのとき艦長は、通りかかったゴードン中尉に声をかけて、

「士官室に行くならグロブナー2777番を」

おそらくまた執事に無理を言って、ミスシーモアだかジョーンズだかと
連日デートの約束をさせるのでしょう。



艦隊司令は、またも出撃していく潜水艦を見やりながら言います。

「また魔女が行くぞ。
ここにはただ通過するだけだ。
一隻入ればまた一隻が出ていく。
まるでバスの運行のようだ」



今年の潜水艦映画ナンバーワンの称号を捧げたい作品です。


終わり。

We Dive at Dawn (1943) WW2 submarine movie full length