母の入院している病院は、山の中腹にある。
我が家からは車で40分ほど。
午後降りだした雨を見ながら、母に会いに行こうかどうか迷う。
なじみのない地域、途中の急な坂、激しくなっていく雨足。
最近はとみに運転に自信がなくなっている。
でも、日一日と悪化する母の認知症状を思うと、私のことを憶えている可能性すら
すぐに消えてしまうだろう。
やっぱり行こう、と決めて夫に「行ってくれる?」と声をかけると「いいよ」と言ってくれた。
次からは一人で行くつもりだから、運転は私がした。
母のところへ着くと、土曜日で病院はひっそりとしている。
母は眠っていた。
起こそうかどうしようか・・・
タオルケットの上の置いた手をそっと握ると、母が目を開けた。
私だとわかっただろうか。
「調子はどう?」
話しかけると、無言で目が泳ぐ。
誰か大切な人だとはわかっているが、名前は思い出せない
そんな感じでは、もうなかった。
この人は誰?なぜ、親しげに話しかけるの?
そう言っているようだ。
覚悟はしていたけれど、やはりもう私のことも消えてしまったようだ。
お昼食べた?ときくと頷いた。
でも、美味しかった?と訊くとあちらを向いてしまった。
表情に浮かぶのは困惑。
手を握っても、足をさすってもどこか居心地悪そうで落ち着かない様子が見える。
そうだろう、母にしたら誰か知らない人が話しかけたり、足に触ったりしているのだ。
きっと不愉快なことだろう。
しばらく一方通行の会話をして、また来るね、そう行って帰ってきた。
母の魂はもう去った。
あのベッドに寝ているのは、抜けがらの身体だけ。
つなぎ止めようという努力は、もういらない。
肉体が魂の後を追うまで、ただ穏やかに見守ろう。
そんな気持ちにさせられた日だった。
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