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No986『婦系図』~悲恋に散る山田五十鈴の美しさ~

カラカラカラ、と音をたてて頭の中の映写機が回りだす。
頭の中のスクリーンに映し出されるのは、
戦前の白黒の世界。
きれいな山田五十鈴さん。

芸を極める二人の男女の切ない恋路が描かれる『鶴八鶴次郎』。
愛する人が芸の道を極めるためなら、
離れる辛さをこらえて、そっと身を引く姿にただ涙が流れる。

そんな五十鈴さんの心中を思えば、
己の血迷った恋路なんざあ、潔く切ってみせやしょうと
思い切りたいところだが、
そうは問屋がおろさぬのも、凡人ゆえの熱き情のせい。
棘だらけで、そもそも恋路かさえわからぬ迷路は
人生の分岐点ゆえか。

『鶴八鶴次郎』、『祇園の姉妹』…。
夏休みがとれれば、残業がなければ、観れるはずだった映画たち。
悲しいから、
せめて、なんとか月曜に初めて観たマキノ雅弘監督『婦系図』について語ろう。
本当にきれいだった。
女性の切ない想いを美しく描くなら、やっぱりマキノだ。

幼馴染の二人。
長谷川一夫演じる早瀬は、スリとして懐を狙った学者に、逆に拾われて弟子入りする。
山田五十鈴演じるお蔦は、柳橋の芸者となり、
数年後に再会。
二人は、一緒に暮らし始める。
しかし、早瀬は、まだ研究中の書生という身分ゆえ、
恩師の先生に、結婚のことを告げられずにいる。

学者の娘の高峰秀子が家に訪ねてくると、
奥に隠れて息をひそめたり、
手縫いのざぶとんをつくったり、懸命に尽くすお蔦の姿がいじらしい。
早瀬が計算式を書いた紙を、ゴミと間違え、
お風呂の焚付けに使ってしまい、
文字が読めないつらさに耐えながらも、
早瀬の研究材料の、線香花火を懸命に買い求め、
「捨てないでね、一生懸命仕えますから」と頭を下げる。

そんな二人が、ある晩、早瀬の誘いで、
初めて一緒に外を散歩する。
二人並んで歩けるなんて、何年ぶりのことでしょうと
うれしさにはしゃぐお蔦がかわいらしい。
観ていて、さぞ嬉しいだろうなあと共感し、
その嬉しさを抱きしめたくなる。

二人が訪ねたのは、お寺の境内だろうか。
ちらほら咲き始めている梅の樹の下に座る。
カメラはそのまま長回しで上がっていって、
木の枝をなめての俯瞰となる。
木からみおろすようにとらえられた二人の姿の美しいこと。

このとき、早瀬は別れを決意していて、
「恩人である先生に知られ、厳しく叱られた、
別れておくれ」と頼む。
別れても、死ぬことさえできないのね、と嘆くお蔦。
せめて、別れ際に、お蔦が好きなおそばを食べに行こうと言う。
蕎麦屋の店先で、老店主が暖簾をしまう姿が映り、
カメラが中に入ると、二人が向き合って座っている。
この感じがいい。

この境内と蕎麦屋は、後半で再び登場する。
早瀬と別れ、病に伏したお蔦が、芸者時代の姉芸者の三益愛子と共に訪れる。
本当に嬉しそうで、
やっぱりあの梅の木の下に腰掛ける。
木枯らしが吹きつけ、寒そうな気配。
病にやつれた五十鈴さんが美しい。
二人は蕎麦屋に入り、
かつて早瀬が座った席に、三益が座る。
テーブルには、とっくりとそば。
「飲んでよ」と薦めて、とっくりを差し出すお蔦。
ただただ悲しい。

死の床についたお蔦の横顔の限りない美しさは特筆。
カメラはかなりのアップで五十鈴さんの顔をとらえる。
本当にきれいだ。

終わり方もいい。
あの境内がもう一度出てきて、
二人が別れ際に訪ねた時に登場した、火消しの男二人が登場して「終」。
深い余韻が残り、忘れえぬ傑作となった。

印象深いシーンがもうひとつある。
ひとりになったお蔦が働いている髪結いの店に
先生の娘の高峰秀子がやってくる。
彼女は、実は、三益愛子が産んだ先生の娘。
そのとき、ちょうど三益が見舞いに来ていて、
期せずして、実の娘の顔を見ることになる。
しかし、素性を明かすことなどできず、
ただ、じっと娘を見つめるしかない複雑な心境。

高峰は、十代くらいのおぼこい、素直な女子学生風。
お蔦に髪を結ってほしいとやって来て、お蔦の病を知り、驚く。
それでも、お蔦は、ぜひ結いましょうと、病の身をおして起きてくる。
お蔦が、高峰の長い髪を梳く。
このとき、鏡の後ろに、三益愛子が座っていて、
鏡を通して、三益とお蔦がしっかり目を合わせる。
三益の隣には、髪結いの店の女主人の沢村貞子がいる。
自分が産んだわが子を目前にした三益の言葉にならない万感の思いが
沢村、お蔦ら三人の間に、通い合う。

そうして、三益がお蔦に言う。
「私にも、少しだけ梳かせておくれ」
我が子と呼びたくても呼べない三益が
ありったけの思いをこめて、丁寧に娘の髪を梳く。
その姿に、沢村が思わず涙を抑えきれず、泣きそうになると、
お蔦役の山田が、目でこらえろ、と言う。
女たちの、目と目だけの、言葉にならない会話に、涙が止まらなかった。
本当にすばらしい女優さんばかり。

この本は、市川雷蔵主演でも、三隅研次監督により映画化されており、
以前、ガーデンで観たことがあったが、
ストーリー以外、思い出せなかった。

戦争の最中、1942年につくられたため、
早瀬の恩人の先生の仕事を、新しい爆薬の研究づくりとしたことで
なんとか国の許しがおりたと、マキノ監督は、語っている。
線香花火の美しさが、お蔦の悲恋のはかなさと重なり、
冒頭の両国の花火と対照的に迫ってくる。
やっぱりマキノはすばらしいと実感。

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