映画の感想をざっくばらんに、パラパラ読めるよう綴っています。最近は映画だけでなく音楽などなど、心に印象に残ったことも。
パラパラ映画手帖
小説「有難う」(川端康成)と映画『有りがたうさん』(清水宏)
私の大好きな映画に
『有りがたうさん』(1936年・昭和11年)という
清水宏監督の映画がある。(だいぶ前の感想→こちら)
原作は、川端康成の「有難う」。
「掌の小説」という短編集の中の一篇と知り、
古本屋で見つけてきた
昭和57年(初版:昭和46年)の黄ばんだ文庫本が
机の上でずっと眠っていた。
「有難う」は、わずか4ページ余りの
とても短い話。
私は清水監督の映画の冒頭が
とても気に入っているのだが、
原作を読んで、驚いた。
ほぼそのままなのだ。
少し引用してご紹介したい。
「乗合馬車に追い附く。馬車が道端へ寄る。
『ありがとう。』
運転手は澄んだ声ではっきりと言いながら、啄木鳥のように頭を下げていさぎよく敬礼する。
材木の馬力に行き違う。馬力が道端へ寄る。
『ありがとう。』
大八車。
『ありがとう。』
人力車。
『ありがとう。』
馬。
『ありがとう。』
彼は十分間に三十台の車を追い越しても、礼儀を欠かさない。百里を疾走しても端正な姿を崩さない。それが真直ぐな杉の木のように素朴で自然である。
港を三時過ぎに出た自動車は途中で明りをつける。運転手は馬に出会う度に一々前燈を消してやる。そして、
『ありがとう。』
『ありがとう。』
『ありがとう。』
彼は十五里の街道の馬車や荷車や馬に一番評判のいい運転手である。」
記憶力がわるくて、
映画に、夜の部分があったかまでは覚えていないが、
昼のほうは、そのままだ。
カメラは、バスの運転席からの眺めで、
前方を行く馬車や荷車に近づいていき、
追い越しざまに、
挨拶を交わし、
今度は、バスのうしろから、
馬車や荷車が遠ざかり、小さくなっていくのを写す。
この移動していく感覚の心地よさ。
そして、
「ありがとう」と挨拶する端正な運転手に
上原謙はぴったりだった。
この短編の最後も紹介しておこう。
「乗合馬車に追いつく。馬車が道端へ寄る。
『ありがとう。』
荷車。
『ありがとう。』
馬。
『ありがとう。』
『ありがとう。』
『ありがとう。』
彼は十五里の野山に感謝を一ぱいにして、半島の南の端の港に帰る。
今年は柿の豊年で山の秋が美しい。」
見事である。
この短い小説の中に、一体何回「ありがとう」の言葉が
繰り返されるだろう。
美しい言葉だとあらためて思う。
小説に出てくる乗客は、
娘を身売りさせるためにバスに乗る母娘の二人だけで、
他の乗客についての描写はない。
映画は、乗客を増やして、
娘と運転手のくだりも、大きく変えて、
深い人間の情を感じさせる、感慨深いドラマに仕上げた。
脚色は清水宏監督。
現地ロケで、思いついたことを
どんどん取り入れていったらしい。
大正時代の小説と
記憶でたどった戦前の映画とに癒され、
日曜日が終わっていく。
« 古いものに浸る | 「花のワルツ... » |
映画の題名はなんとなく知っていたけれど、原作や内容は知りませんでした。なんだか、知ってるだけで得したような気持になるあら筋ですね~。
そういえば、奈良に引っ越してきた人が「こちらの人はバスを降りる時、運転手さんにありがとうと言うので、ビックリした」とおっしゃってました。あれも気持ちのいい習慣ですよね。
清水宏監督は、あまり知られておらず、上映の機会が少ないのが残念ですが、人情味があって、自然がきれいで、ユーモアもあり、ぜひぜひいろいろ観てほしいです。
バスを降りたときに、「ありがとう」って、大阪でも言いますねー。バスに乗っていて、心なごむ響きですよね。
これだけ、「ありがとう」と書いていて、思い出せませんでした。
ありがとう!!!
以下引用
母親は駄菓子の紙袋の口を握りしめて立ち上がりながら、靴の紐を綺麗に結んでいる運転手に言う。
「今日はお前さんの番だね。そうかい。有難うさんに連れて行ってもらうんなら、この子もいい運にめぐり合えるじゃろ。いいことのあるしるしじゃろ。」
運転手は傍の娘を見て黙っている。
小説からの引用もしてくださり、私もあらためて、手元の文庫本で確認し、大変、失礼しました。
早速、修正させていただきます。
久しぶりに読み直して、映画が観たくなりました。
なお、上記の指摘の一部は
板垣信という方の「川端康成ー『有難う』と映画『有りがたうさんー』『昭和文学研究』平成元年2月刊にも出ているそうです。(この論文は未確認)
川端康成の出身地は大阪なので「ありがとうさん」というあだ名を考えたのはその影響かもしれませんね。
清水は晩年を京都で暮らしましたが、父親のルーツも京都の丹後地方にあるそうです。
私もデータベース検索してみましたが、すごい時代ですね。
時間を見つけて、ぜひ、この川端康成の小説を少しずつ読んでいきたいと思います。きっと楽しい試みになりそうですね。
本当に貴重な情報をありがとうございます!!!
論文の著者も、きっと清水宏監督の作品が超好きな方だったにちがいありませんね。