アイヌ民族情報センター活動日誌

日本キリスト教団北海教区アイヌ民族情報センターの活動日誌
1996年設立 

アイヌ人骨返還等訴訟第8回意見陳述報告

2014-06-20 14:12:37 | インポート
さる、5月30日(金)午後2時より、札幌地裁8階805号法廷にて行われました。
今回は、原告側弁護士より、「第5準備書面の要旨の説明」が行われました。以下のpdfファイルで読めます。
http://hmjk.world.coocan.jp/trial/syomen/jyunbisyomen005_20140530.pdf

わたし流に簡単に説明をすると、被告の北海道大学は、現行民法の相続法を前提にして、原告らが遺骨の祭祀承継者に該当するなら返還すると主張していますが、祭祀承継者かどうかを確定できるのは遺骨そのものが誰の遺骨かが認定されなければなりません。しかし、1636体(+個体として特定できない515箱の中に何人の遺骨が入っているかは全く不明)の遺骨のうち、個人を特定できる遺骨は23体のみ。他は、返せないことになり、白老に収容され実験材料に使われることになります。それは、先住権である遺骨返還請求権の違反だと主張。また、民法成立以前の遺骨について民法を適用するという点にも矛盾がありますよ、と。

さらに、たとえ北大のように現行民法にとらわれた立場をとったとしても、「総有」という考え方に基づく遺骨の返還請求権によれば、返還しなければならないですよ、と杵臼コタンの遺骨を例に説明しています。
この「総有」とは、たとえば個人ではなく村人たちが落葉などの肥料をとるために共有した山など(入会地)の土地を村全体で所有するときに使う言い方。入会地は村人が使用するのはいいけれど土地を処分する権利は個人にはなくて、村全体にある。これをアイヌコタンの墓地について見ると、墓地は共同墓地のように作られていましたが、一家一区画ではなく、コタン内で亡くなった順に埋葬されていた。木の墓標は朽ちてしまえば正確な埋葬場所は子孫の記憶以外分からなくなる。また、和人のように「墓参り」の風習はなく、その霊はコタン全体で儀式がなされ、神の国へ行った祖先の霊は、「現世同様の集落(コタン)を作って集団生活をしているもの」と信じられていた。このようなアイヌの死者、遺骨及び墓地の扱い方からみれば、墓地の遺骨は、埋葬後は、全く個人の区別が付かない状況にあり、遺骨に対する管理実体という点から見ても、各コタンの総有に属していたものと認められる。
加えて、遺骨(動産)の総有についても、アイヌ民族の墓地使用からみて、民法の不動産の総有の規定が準用されると主張。そこから、保存行為つまり、物の価値を維持するための行為については、共同所有者が単独で行うことが可能となる(民法252条但書)ので、失われた遺骨の所有権を取り戻す行為もコタンの構成員が単独で行い得ることを意味する。

第3に、原告側は、総有の主体となる杵臼コタン墓地において、原告の城野口さんやその母親は杵臼コタンの先祖の慰霊碑を建てて日々慰霊を行っているのだから、コタンとしての社会的・宗教的・法的機能は、現時点においてもなお存在しているものと認められるし、原告らは、現時点においても、杵臼コタンの子孫として、杵臼コタンの構成員としての地位を有しているものと認められ、遺骨の返還請求権を行使出来るものと考える。

う~~~ん、pdfファイルを読んだ方が分かりやすいでしょうか・・・。


裁判後の報告会にて(左から小川隆吉さん、差間正樹さん、清水裕二さん)

当日は、浦幌アイヌ協会が北大に対し、64体の遺骨返還等訴訟を起こしました。
「北海道大学医学部アイヌ人骨収蔵経緯に関する調査報告書」(2013年)収録のリストによると、同大学医学部が浦幌町内で発掘・収集したアイヌ遺骨は計64体。うち63体は医学部解剖学第二講座が1934年(昭9)10月27~31日の5日間に、同町愛牛地区で「解剖学研究資料収集のため、旧墓地を発掘」したとされ、うちわけは、性別不明のこどもが14人、成人女性12人(1人は推定)、成人男性14人(4人は推定)、性別不明の成人が23人。北大によって個人特定の可能性があるとされているのは、このうちこども一人の頭骨だけ(あまりにも雑な研究と管理ではありませんか)。
他にも北大は1935年に同町十勝太地区で収集したとする頭骨1体(性別、年齢、収集の経緯など一切不明)を保管しています。
裁判に先立って、差間正樹会長の記者会見が行われ、裁判で先に行われている遺骨返還等訴訟とドッキングして行うことになりました。原告の数は計4個人、1団体となりました。
浦幌はこの4月より北海道アイヌ協会から出て、独自の協会となりました。
次回の口頭弁論は2014年8月1日(金)午後2時から、札幌地方裁判所で。


史跡 開拓使美々鹿肉缶詰製造所(1874~1884)跡 (やっと見つけました)


自由学校遊新連続講座「アイヌ民族のエンパワーメントと連帯」第2回

2014-06-19 20:17:39 | インポート
昨日も月に一度の「遊」連続講座「アイヌ民族のエンパワーメントと連帯」 に参加してきました。
第2回目は北海道アイヌ協会副理事長の阿部ユポさんより「アイヌ協会とは? Part2」でした。

ところで、大きなテーマに掲げられている “エンパワーメント”とはなにかというと(このBlogを読んでおられる方は説明は必要ないかも知れませんが、おさらいのつもりで)、ひとの内在(エン=内)する力(パワー)、もともとその人に備わっている潜在的な力をふたたび生きいきと息吹かせることです。この言葉を日本に持ち込んだ森田ゆりさん(CAP主宰)は、著書『エンパワーメントと人権』(解放出版)の中で以下のような説明をしています。

人は生まれながらにみずみずしい個性を備え持ち、豊かな感性、逆境にも生き抜く事の出来る生命力、そして様々な能力や美しさを備えている。しかし、周りから暴力や差別、無視や拒否、比較や批判を受けてしまうと、おのずとその豊かさが縮こまってしまう。その状態が今のわたしたちの姿だ。その縮こまったその人の豊かさを再びいきいきと息吹かせる力がエンパワーメント。それは他者との関係の中で受容され信頼され共感され援助されることで得ることが出来る。そのことによって自分のありのままを認められるようになり、自分の権利意識が強められて、それがまた他者の権利を大切にする力になる。

今回の遊の講座案内には、「アイヌ民族同士がつながりあい、力を合わせていくにはどうしたらよいのか。そして、一人ひとりのアイヌが力をつけ、自信と誇りをもって生きていける社会をつくるにはどうしたらよいか。皆さんと一緒に考えたい」(案内文より)とのことで、第1回と第2回はアイヌ民族の大きな組織であるアイヌ協会の過去と現在、そして未来について聞こうとの計画のようです。

さて、今回は多くの資料が配布され、1854年(安政元)の「日露和親条約」締結時のアイヌ民族酷使の実態の歴史から、1893年(明26)の帝国議会衆議院議事録の加藤政之助議員提出「北海道土人保護法案」と議案説明(北海道ウタリ協会編『アイヌ史』第三巻からのコピー)、そして最新では、2013年6月の「アルタ成果文書」を用いての歴史の説明がありました。
興味深かったのは帝国議会の加藤政之助の説明に「北海道庁の役人等」が「アイノ」(アイヌ民族)を「虐遇した」ことが記述されており、内容は過去に紹介した井上勝生さん(北大名誉教授)の調べた十勝アイヌの財産を奪った話ではありませんか。過去資料を丁寧に読むことによって、調査のポイントが見つかるのですね(内容は2010年の遊講座で井上さんから伺った内容を過去Blogに数回に分けて掲載しています http://pub.ne.jp/ORORON/?entry_id=2777020)。

ウタリ協会編『国際会議資料集』の紹介もありました。これは1987年から2000年にかけて、国連などの国際会議に出されたアイヌ民族関連の資料を集めたもの。阿部さんは1996年から国連会議に出かけて行き、はじめて国連でこれらのアイヌ報告が国連で報告されていることを知って驚いたと。国連ですすめられている先住民族の権利回復の作業をアイヌの若者にも伝えて行きたいが若者達は生活が苦しく(仕事も大変で)なかなか続いてくれないと言われていました。若者達もどんどん意識をもって国連の会議に参加し、世界の先住民族と連帯して闘い方を学べたらいいなとわたしも思います。そのための資金も微々たるものですが提供できたらいいと願っています。


嵐山で第39回チノミシリ カムイノミの時の踊り

さて、お話のあとは数名による活発な質問・意見が出されました(詳しくは省略します)。
ユポさんはトライパータイト・コミッティ(先住民族・政府・国連機関による国内三者機関)は必要だと以前から講演等で強く主張されていました。今回の質疑で何名かがアイヌ政策推進会議のアイヌ委員の皆さんは政府に丸め込まれているのではないかと心配しての質問をされましたが、ユポさんはアイヌ協会は今まで通り「アイヌ民族に関する法律(アイヌ新法)」(1984年)を求め続けている、今年度の総会においても「事業計画」にそのことを盛り込んだときっぱりと発言。象徴空間をつくってそれで終わりではなく、法的措置もしっかりと要望して行くとのことでした。外から見ると政府主導で「文化」面だけで終わらせるのではと心配していますが、ご本人はそうでないと。トライパータイト・コミッティが実現したということでしょうか。同胞に理解が広がるようになることを願います。

さてさて、アイヌ政策会議の第16回、および、第17回「政策推進作業部会」議事概要がUPされています。
第16回 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/seisakusuishin/dai16/gijigaiyou.pdf
第17回 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/seisakusuishin/dai17/gijigaiyou.pdf
これらについては、次回に書きます。

5月24日に、旭川の嵐山で第39回チノミシリ カムイノミが行われました。旭川大学の学生さん達がバスで駆けつけ、チセの中は満杯状態。踊りも大勢でにぎやかに出来ました。北海道新聞にて動画ニュースがUPされていました。

6月6日は9時45分より北門中学校にて知里幸恵記念祭。ムカシ玩具の舞香さんのひとり芝居の短縮したものを全校生徒が観ました。舞台背景はまったくなく、舞香さんの衣装替えが数回とBGMでのピアノ弾き語りのみで、見事にアイヌ神謡集の「梟の神の自ら歌った謡 銀の滴降る降るまわりに」の物語と知里幸恵さんの歩みを演じられました。とてもよかったです。
当日は、カナダ合同教会ロンドン教区の皆さん6名とこちらのスタッフ3名、そして、オーストラリア・シドニー大学のアボリジニ研究をしている学者2名と共に、記念祭のあとに川村カ子トアイヌ記念館を見学し、アイヌ民族の歴史と現状を共有しました。




2013年度「北海道アイヌ生活実態調査」(概要) 

2014-05-23 14:09:50 | インポート
過日のアイヌ協会総会の資料の中に、昨年実施された「北海道アイヌ生活実態調査」(概要)がありました。
インターネットで調べたところ、以下のサイトでPDF版をダウンロードできました。
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/ass/ainu_living_conditions_survey.pdf
概要はこちら  http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/ass/ainu_living_conditions_survey_digest.pdf

この調査の実施主体は北海道で、実際の調査は市町村が行い、世帯調査、アンケ ート調査は対象市町村から推薦された調査員が行っています。今回の実態調査は、1972年、1979年、1986年、1993年、1999年、2006年に次いで7回目。
この調査におけるアイヌ民族の人数は、「地域社会でアイヌの血を受け継いでいると思われる方、また、 婚姻・養子縁組等によりそれらの方と同一の生計を営んでいる方」について、各市町村が把握することのできた人数なので、把握できていない方もおられるという意味で「道内に居住するアイヌの人たちの全数とはなっていない」と、ただし書きがされているのでしょう。あるいは、法務省が出している薄い冊子『アイヌの人々と人権』のただし書きには「アイヌの血を受け継いでいると思われる方であっても、そのことを拒否している場合は調査の対象としていません」とありますので、そのような方も含まれているのでしょうか。

調査対象とした世帯数及び人数は、66市町村に6,880世帯、16,786人。前回調査と比べると、6市 町村1,394世帯、6,996人減少しています。7年のうちに約2割の世帯で3割の人口の減少とは驚きです(比較するものがないので、単に数だけ見ての感想ですが)。はて、道外に出られたのでしょうか。減少の原因の分析までは書かれていませんが、調査してもいいように思います。
生活状況の目安として生活保護家庭の比率が出ていますが、前回に比べて1,2倍の44,8‰。ただし、アイヌのみなさんが居住している地域のアイヌ以外の人びとの生活保護家庭の比率は前回に比べて1,3倍と高くなっており、その結果アイヌ以外のみなさんとアイヌのみなさんとの比率は前回の1,6倍から1,35倍と低くなっているものの、いぜんとその差があるのがわかります。ちなみに第1回目の1972年調査結果での比率はアイヌの皆さんのほうが6,6倍も高い数字が出ています。

また、高校への進学率も前回に比べて0,9ポイント減り、92,6%に、大学進学率は8,4ポイント増えたものの、25、8と低い状態が続いています(アイヌ以外は4,5ポイント増えて43%)。

差別経験の有無に関しては、差別を受けたことがあると回答したのは前回の16,8%より多くなり、23,4%に。約4人にひとりは差別を受けたと回答しています。受けたことがないと答えたのは前回の44,9%に比べて減り、35,5%に。まだまだ格差も差別も残っているのです。

ウェブ上で見られるニュース記事は毎日新聞(2014年05月20日)のみ。重なる部分は省略し、抜粋を張り付けておきます。
アイヌ生活調査:生活保護1.3倍 低い大学進学率
 ・・・また、「世帯の年間所得が200万円未満」「生活がとても苦しい」と答えた人の割合がともに全体の約3割を占めた。
 今回の調査対象は1万6786人で、前回より6996人減った。激減した理由について、道は、対象者が高齢で亡くなった▽都市部への転出で連絡先が不明となった▽個人情報保護の意識の高まりで協力してもらえなくなった▽地域のアイヌ協会の会員数が減った--などの理由を挙げている。
 対象は、地域社会でアイヌの血を受け継いでいると思われる人や、婚姻・養子縁組などでそれらの人と同一の生計を営む人のうち、過去に就学資金や住宅資金の助成制度を利用したり、地域のアイヌ協会に会員登録したりした履歴があるなど、市町村が把握できた人たち。
 道環境生活部の川城邦彦部長は「今回の調査結果を踏まえ、アイヌの生活向上のために、生活の安定や教育の充実、地域の産業振興などを推進していきたい」と話している。【袴田貴行】
http://mainichi.jp/select/news/20140521k0000m040058000c.html

ところで、前回に書いた、自由学校「遊」の講座の講師である竹内渉さん(アイヌ協会事務局長)に、会員数について質問をしたところ、現時点2400人とのことでした。先ほどの全道調査では道内のアイヌ民族のみなさんは16786人。その中の2400人ということは、14%の方しか会員になっていません。会員条件に18才以上とあるので、18才未満の2335人をのぞいても、14451人中の16,6%というのは低く感じます。その原因はなんでしょうか。
道内では旭川アイヌ協議会のように積極的にアイヌ協会に入らずに別組織をつくっている組織もあります。

明日は、旭川の嵐山で午前10時より第39回チノミシリ カムイノミが行われますので参列してきます。6月6日 9時45分より 北門中学校にて知里幸恵記念祭。




「遊」講座「アイヌ民族のエンパワーメントと連帯」第1回

2014-05-22 16:24:28 | インポート
昨日は、さっぽろ自由学校「遊」の新連続講座「アイヌ民族のエンパワーメントと連帯」 に参加してきました。
第1回は、北海道アイヌ協会事務局長の竹内 渉(わたる)さんより「アイヌ協会とは? Part1」でした。
旭川・近文での解平社や、十勝アイヌ旭明社の結成、そして、全道アイヌ青年大会に関しては金倉義慧著『旭川・アイヌ民族の近現代史』に書かれていたので読みましたが、アイヌ協会の歴史を書いた文章を読んだことも聞いたこともなく、新たな学びが出来ました。ふと、榎森進さん著『アイヌ民族の歴史』に書いてはいまいか、と調べたところ、「第10章 立ち上がるアイヌー戦後編」に書いてありましたので昨日のおさらいが出来ました。加えて、結城庄司研究会編『北海道アイヌ(ウタリ)協会史?研究2ノート』が会場で配られていたので、それも参考になりました。
なんと、うれしいことに初代理事長の向井山雄さんや2代目の森久吉さん、また、小川佐助さん、野村義一さんの演説をテープで聞くことができました!

1946年2月24日に静内町公会堂にて設立総会開催。この案内状も公会堂の写真も見せて頂きました。
名称は向井山雄仮議長が「どういう名称つけたらいいでしょう」と会場に聞くと、鹿戸才斗さん(初代副理事長)が「はいっ」と手をあげて、「アイヌのことだから、アイヌでいいんでしょ」と言ったことから決まった、と。
アイヌ協会設立時の大きな柱は、新冠御料牧場の解放(なんと琵琶湖よりも広かった!!)と、旧土人保護法による給与地返還。いずれも詳しくは榎森進さんの『アイヌ民族の歴史』に詳しく書かれています。
北海道長官(いまでいう知事)の選挙や、代議士選挙に出るも落選が続き、上記の二つの運動も挫折。「敗戦直後という社会全体の混乱期、厳しい民族差別状況などもあって、ほどなく活動も停滞し、開店休業状態に陥った」(レジュメより)とのこと。
しかし、1958年に内閣にて「同和問題閣僚懇談会」が設置され、全国的に「不良環境地区改善事業」が展開される中、「市町村と道が全道のアイヌの状況を一斉調査した。そんなことから市町村のテコ入れもあり、それが再建への一つの動機となった」(貝沢正「対談 白老にて」)と。アイヌ協会は1960年に再建総会を行い(翌1961年にウタリ協会へと名称変更)、それ以降、福祉対策が中心となっていきます。

この後、後半も書き残したいところですが、多忙のため省略します。ひとつだけ、ウタリ協会は1979年に「新法特別委員会」を設置し、5年の月日をかけて1984年の総会に「アイヌ民族に関する法律(案)」を提案し、満場一致で可決されたというのです。では、今回の国の動きに対してアイヌ協会内でそのような特別委員会を立てて話しているのかを質問で伺いました。答えは、理事会がその役を担っているとのこと。
他の方が、いま国がアイヌ政策推進会議で話し合っている内容を多くのアイヌの方は知らないというがどうなのかとの質問をされました。答えは、常時、各支部(現在は各協会)に文章で知らせているし、17名の理事は各地域から選出されているので、各地の意見をちゃんと聞いて理事会にて審議し、その決議をアイヌ側の推進会議のメンバーが持って行っているので、聞いていないというのはおかしいとのこと。

次回はアイヌ協会の現在と今後を阿部ユポさん(アイヌ協会副理事長)に伺います。6月18日(水)午後7時より。
「遊」が同じビルの2階から6階に移転していて迷いました。みなさんもお間違いなく。


山が山菜でいっぱいです!
今回は字を少し大きくし、短めにしてみました。


2014年度公益社団法人北海道アイヌ協会総会の午前の部を傍聴

2014-05-22 15:46:47 | インポート
さる、5月16日に開催されていた2014年度公益社団法人北海道アイヌ協会総会を午前中だけ傍聴しました。
議案第1号の昨年の事業実績報告に関して、おふたりの質問がありました。

わたしなりにまとめて書くと、ひとつは、アイヌ政策推進会議にアイヌ協会のメンバーが出席しているが、どれだけ会員から意見を聞いて反映させているのか(聞いていないではないか)というもの。これに対し執行部は、理事たちは各地から選出されており、各々要望や意見を聞いて理事会で審議して、アイヌ政策推進会議で意見を言っている、だから直接的ではないにしろ聞いていることになっている、と回答。

もう一つは、釧路から持って行ったアイヌ遺骨をすぐにでも返還してもらいたいが、北大に直接電話してもいいものなのか協会としてどういう道筋をかんがえているか、というもの。執行部は、基本的には返還できるものは返還してもらうが、同じ地域でAの団体に返したところ、他の人から自分の先祖だとトラブルにならないように、しかるべき人へ返還する手順を討議中だ。保管されている大学に直接聞くと言うのもありかと思いますし、協会が窓口になっているので協会と連携して問い合わせて行くというほうが北大として混乱しなくていいかと思います、と回答。

午後にもう一度遺骨返還に関する質疑があったと聞いていますが、各地域で遺骨返還に関する疑念は膨らんでいるようです。

当日、小川隆吉さんは北大開示文書研究会のメンバーのひとりと共に、パンフレット『アイヌの遺骨はアイヌのもとへ』を一人ひとりに手渡しされました。会場外の配布許可を得たので、開会1時間前から入口に立って200部ほど配布されたとのこと。これらの影響は大きいと感じます。


今年も別の場所でオオウバユリの群生を見つけました。楽しみです。


アイヌ人骨返還等訴訟は浦河の3名と紋別の1名に加え、次回より浦幌アイヌ協会も加わります。
次回の第8回意見陳述は5月30日(金)午後2時より、札幌地裁8階805号法廷にて行われます。
その前の13:00より、浦幌アイヌ協会の記者会見(司法記者クラブの予定)
14:30過ぎより、弁護士会館の5階B室で裁判報告会を行います。
多くの傍聴をお願いいたします。


やっと春らしくなりました。

2014年度 アイヌ民族の権利を回復する運動の推進決議に関する件

2014-05-02 09:46:12 | インポート
さる、4月29~30日に札幌北光教会にて日本キリスト教団北海教区第74回定期総会が行われ出席しました。
総会にて今年度の推進決議を提案し、可決されました。これを受けて、この一年も活動を行います。
わたしたちのセンターのホームページに毎年、この推進決議をUPするのですが、更新をして下さる方がこのところ多忙ゆえ、下記にUPいたします。

「2014年度 アイヌ民族の権利を回復する運動の推進決議に関する件」
議 案
アイヌ民族の権利回復と差別撤廃の運動を推進するために、以下の事項に取り組む。
1.学習・研修・交流・連帯活動
 (1)アイヌ民族の権利回復と差別撤廃のため、関連する運動や学習会を支援し連帯する。また、集会等に積極的に参加する。
     ・アイヌ遺骨返還等裁判の協力
 (2)アイヌ民族関連の諸資料を収集し、提供する。機関誌(ノヤ)、ホームページ、Eメール、Facebook等を通しての広報。
 (3)アイヌ民族の歴史と現状を学ぶ現地研修の企画・実施。原稿執筆等の協力。
     ・後志地区アイヌ民族フィールドワーク実施 
     ・アイヌ民族の若い世代の声を聞く会を準備する
 (4)講師派遣による学習活動支援
2.台湾基督長老教会のディヴァン・スクルマン宣教師を支援し、世界の先住民族に関する課題を共有する。
 (1)国家形成や植民地支配により、日本・台湾で行われてきた先住民族差別について、その歴史認識を深め、新たな関係作りを目指した学習・啓発活動の実施
 (2)台湾基督長老教会の教会が培ってきた信仰や、先住民族宣教のあり方を学ぶ学習会等の開催。原住民族の讃美歌翻訳の準備
 (3)カナダ合同教会ロンドン教区との交流における、相互研修の実施
 
提案理由
北海道と呼ばれているアイヌ・モシリ(人間の大地)は、もともとアイヌ民族が自然と共に生きてきた土地です。しかし、日本近代天皇制国家による侵略によって、アイヌ民族は土地も森も川も、自由に狩猟することも、さらに文化や言葉も奪われ、多くのいのちも奪われました。そしてその苦難の歴史は十分に省みられることなく、現在にいたってもアイヌ民族は厳しい差別にさらされています。そのアイヌ・モシリに宣教活動を行なったキリスト教会もまた、アイヌ民族の存在に無関心であるばかりか、アイヌ民族としてのアイデンティティを尊重せず、明治政府の同化政策に協力さえしてしまいました。わたしたち日本基督教団北海教区は、教会が侵略者・抑圧者の側に身をおいて歩んできた歴史を反省し、1985年にアイヌ民族の権利回復の働きを共にする目的でアイヌ民族委員会を、1996年に「アイヌ民族の権利回復と差別撤廃を教会が宣教課題として取り組むことを目的」(センター規約3条)としてアイヌ民族情報センターを開設し、ささやかながら連帯の取り組みを進めてきました。
一昨年より、浦河在住のアイヌ民族三名が盗掘された先祖の遺骨の返還等を求めて北海道大学を告訴しました。今年に紋別アイヌ民族の一名が裁判に加わり、さらなる先住権を争う裁判が続いています。この裁判協力を含めて今後も権利回復のための働きの手を休めることなく、アイヌ民族の皆さんに連なっていきたいと願います。
恒例となったアイヌ民族フィールドワークは後志地区で計画が進められています。各地域に出かけていって、そこに住むアイヌ民族の皆さんと出会い交流することによって課題を共有して行くことを望みます。そのことによってセンターの活動報告も各地で共有頂けることを願います。
また台湾基督長老教会からお迎えした原住民の教師、ディヴァン・スクルマン宣教師はアイヌ民族情報センター一員として、より積極的な活動を展開され、多くのアイヌ民族の皆さんと関係を深めています。その働きを支援することを願いつつ、さらに今年も台湾原住民族の皆さんの来道に伴い、交流と学びが出来るよう企画・実施します。加えてカナダ合同教会ロンドン教区の皆さんとの交流と先住民族への権利回復の働きに関する相互研修も計画中です。これらのことにより、アイヌ民族だけにとどまらない、世界の先住民族と共に歩む教会として、私たちは成長することができるでしょう。
以上の理由から、今年度もアイヌ民族の権利回復と差別撤廃、先住民族に関わる諸課題を教区・教会の宣教課題として、積極的に取り組むことを提案します。


まだ暑寒別岳の山道は雪でうまっています。早く、雪が溶けてトゥレップ(オオウバユリの根)を採りにいきたいです。

総会を時々、抜け出して大通りビッセ2F YUIQで開催中のToyToy屋アイヌ文様プロダクト販売会をのぞきに行ったり(5月6日まで)、浄土真宗西本願寺教務所にパンフレット「アイヌの遺骨はアイヌのもとへ」を1,000部届けに行ったりしました。
総会でも議員分200部を配布。パンフレットが有効に使われることを願っています。


「第8回口頭弁論での畠山さんの意見陳述」

2014-04-28 10:16:22 | インポート
アイヌ人骨返還等訴訟でこの度、4人目として原告となられた畠山敏さんは、1月に訴状を書き、4月4日の第8回口頭弁論にて、意見陳述をされました。その全文は訴状抜粋と共に北大開示文書研究会のサイトにあります。以下。
http://hmjk.world.coocan.jp/trial/trial.html

畠山さんはモベツコタン(紋別)に生まれ育ったアイヌ民族の漁師。祖父は1875年(明8)の紋別場所の戸籍簿に、幌内から湧別までの海岸筋・川筋・山奥までの10ヶ村92戸361人を統率したコタンコロクル(村おさ)キケニンパの血を引く先住民族の漁師であり、北海道ウタリ協会の初代の紋別支部長。その漁業経営と道アイヌ協会支部長の要職を引き継ぎました。また、紋別のアイヌ遺骨の保管、管理を紋別市から委ねられ、アイヌプリ(アイヌの習慣・方法)で毎年イチャルパ(先祖供養)を行っておられます。
この度、返還を訴えているのは、被告が保管を認めている紋別市から「寄託」されたとする5体。「“寄託”とは、第三者が何らかの理由によって遺骨を取得し、それを被告に預けたもの」(訴状)ですが、どのような経緯で“寄託”されたのかを被告は明らかにしていません。経緯、理由などいっさい明らかにしないのか出来ないのか、“寄託”そのものも疑わしい(やっぱり盗んだ?)わけです。そこを明らかにしない限り、疑いは晴れませんし、ご遺骨5体を所有している被告北海道大学は「所有権」がないことになります。
加えて、原告側はアイヌ民族の先祖の遺骨管理は、各家に継承されていくものではなく、コタンという集団に属するものと捉え、コタンの権限の継承者である原告に返還するべきだと主張。
畠山さんは今回、返還を求めるに当たり、ご遺骨が自分たちの手元に存在しないこと自体が耐えがたい異常事態だ、目的や経緯はどうであれ自分たちの了解を得ずに持ち去られたことは事実だと意見を述べ、早急の返還と納得できる謝罪を求めています。
自分の身内の遺骨が、経緯も分からずに大学に研究目的で持ち去られ、それぞれバラバラに研究室にほって置かれていたことを知らされたらどうでしょう。自分に引き寄せて考えることが必要だと思います。

小川隆吉さんが北大に開示請求をし、開示された資料の中に『アイヌ人骨台帳』があります。北大開示文書研究会の資料頁(http://hmjk.world.coocan.jp/materials/list.html)から閲覧可能で、以下のPDFです。
http://hmjk.world.coocan.jp/materials/ogawarequests/01.pdf
後ろから8頁のところに紋別の5体の遺骨が記されてあります。



アイヌ文化振興・研究推進機構(札幌)による3期目のアイヌ文化伝承者育成事業が始まりましたね。
苫小牧民報 (2014年 4/21付)によると、20歳から36歳までの5人。お友達の名前もあってうれしくなりました。これから3年の学びにエールを送ります。ただ、卒業後に学びを活かした働きに就けるかが心配です。働き場の保障もほしいですね。
苫小牧民報の記事はこちら http://www.tomamin.co.jp/20140411930
アイヌ民族・先住民族関連ニュースのストックBlogはこちら http://blog.goo.ne.jp/ivelove


『アイヌの人々に対する相談のあり方に関する 調査研究事業報告書』

2014-04-25 09:46:39 | インポート
「政策推進作業部会」第14回会合(2月28日)と、15回(3月27日)会合の議事概要が以下のウェブサイトにUPされています。http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/meetings.html
前回blogにてほんの少し書きましたが、わたしよりはるかにしっかりと読み、細かく意見を言われているblogや文章がすでに色々なところで出ていますので、続けて書くことはやめて、今後、関連することがあれば触れることにします。


北大開示文書研究会パンフレット「アイヌの遺骨はアイヌのもとへ」

今回は、公益財団法人人権教育啓発推進センターが『アイヌの人々に対する相談のあり方に関する 調査研究事業報告書』(2014年3月)を作っているのを見つけましたので、内容を紹介します。実物は以下で閲覧可能です。
http://www.jinken.or.jp/wp-content/uploads/2014/04/ainu_soudan_h25_houkokusho.pdf
これは、「アイヌの人々の民族としての誇りの源泉であるその文化や伝統は、 江戸時代の松前藩による支配や、維新後の「北海道開拓」の過程における同化政策などにより、今日では十分な保存、伝承が図られているとは言い難い状況にあり」
「アイヌの人々の経済状況や生活環境、教育水準等は・・・アイヌの人々が居住する地域において、他の人々となお格差があることが認められるほか、結婚や就職等における偏見や差別の問題があ」
ることから、
「人権に関する取り組みに関する調査・研究」の視点から、アイ ヌの人々を対象として専用電話や面談による相談窓口を設置し、全国に居住しているアイヌの人々から、普段生活している上での悩みや困りごとについて直接把握することを企画」(以上、報告書より)したものの報告のようです。

2013年9月20日午前10時から相談受付を開始し、当初、2014年1月半ばに終了予定だったのが、「多くのアイヌの人々から生活に関する悩みや行政への意見、要望が寄せられたばかりでなく、本相談窓口を是非とも継続してもらいたい旨の要望が寄せられ」、期待に応えるべく、3月末まで相談受付を延長したようです。

この報告書で集計・分析対象とした相談件数は、受付開始日から2014年2月28日の間に受けた相談、計327件。一日当たり平均2~3件。毎日二名以上もの方が相談の電話をされたのです。報告書には相談者の年齢層、性別、職業、居住地域など詳しく分析しています。
相談類型としては、「暮らし向き=生活が苦しい、疲れている、淋しい」(25.4%)、「金銭の給付=差別のせいで年金がもらえるような正規の職につけなかったなど」(19.3%)、「歴史教育等=教育の徹底など」 (19.3%)、「人権・差別」(19.3%)、「電話事業への要望=継続要望など」(15.3%)、「政府に対するもの=国の基本政策に関する不満、差別改善」 (11.9%)、「アイヌのための施設の設置」(11.6%)など、多くあげられたようです。

ここで、注目したいのは「人権・差別」の19,3%。主な内容としては、「子どもの頃から差別を受け続けてきたこと、今でも差別や偏見に苦しんでいることなどが語られた」と。これが、居住地域別で見ると北海道内では32.5%と、道外(14.3%)と比べて倍以上になっています (報告書図表67)。
また、「類型」はそれぞれ関連していることも指摘されています。たとえば、先に記した「金銭の給付」では、差別のせいで年金がもらえるような正規の職につけなかったとか、「暮らし向き」の25.4%には、「差別を受けて育った等の生活歴を背景に社会とのつながりを持つことができず、孤立感、孤独感を感じている者も少なからずいるのではないかと推察」しており、根底に差別があることが触れられています。



もう、何年前になるでしょうか。モーガン・スパーロック監督が撮ったドキュメンタリー『30ディズ』というのが、シリーズでレンタル店に並んでいたので、借りて観ました。たいへん、興味深かったのは「敬虔」なキリスト者の青年が同性愛者の家庭で30日間ホームステイした『ゲイと一緒に30日間』。「敬虔」な彼は、オープニングで「殺人と同じで同性愛は罪だ」と聖書を根拠に語ります。そして、30日間、同性愛者と共に暮らし、出会い、たっぷりと語りあうのです。時に言いあいになり、ケンカになることも。自分の正当性を曲げず、レッテルを貼って相手を認めません。しかし、彼らと生活するうちに多くのことに気付いていきます。そして、徐々にレッテルがはがれ、「心を開き、別の視点で見ること」ができてきます。圧巻は同性愛者の両親を支援する会との会話のところ。自分の娘が同性愛者である両親が戸惑いと苦悩したことを振り返りつつ、最後に「娘はわたしがイメージしていたゲイとは全然違った。娘は敬意をもって扱われるに値する人間だ」と語ったことばに、彼のこころが動きます。自分の兄弟がゲイだったら、ぼくは兄弟を否定したくない、と。30日間の出会いは人を変えると言うこころが暖かくなるドキュメンタリー映画です。
差別、偏見は自分のこととして考えられる時に、その壁は越えられるのでしょう。

なかなか更新できず残念です。次回は、アイヌ人骨返還訴訟の意見陳述を扱います。


第14回政策推進作業部会議事概要とアイヌ遺骨返還等訴訟

2014-04-09 21:07:43 | インポート
さる2月28日に第14回「政策推進作業部会」が行われ、先日、ウェブ上にその議事概要が公表されました。
以前から指摘していますが、どのような理由なのか、この議事概要には議場での発言者名が公表されていません。そのために、それぞれの発言がどのような立場で、どのような意図のもとで語られているかが分かりません。
議事にはわたしたちが支援しているアイヌ人骨返還等訴訟(以下、返還訴訟)に関係する遺骨の問題も審議されています。
どなたの発言なのかが不明な限り、真意がわかりませんが「民族共生の象徴となる空間」の整備及び管理運営の基本方針のアイヌ遺骨の返還集約保管の基本的な考え方について、ある方が以下の発言をされています。
「北海道大学は、この2年間にわたって他大学から先生を呼び、時間と費用をかけてきちんとした保管状況とした。素晴らしい状況で私は感動したところで、ここまでやるのであればアイヌの未来のために研究も必要であると思った。」
 この発言の前に(おそらく)同人物が北海道アイヌ協会として、アイヌ遺骨を保管している12大学について厳しい批判をされています。遺骨を「どこから持ってきたか、いつ収集したか、男か女か、大学がどのように手に入れたかなど不明という部分が多く非常に驚いており、保管状況についても、倉庫にあるなど大学が人の遺骨をこのように保管してよいのだろうかと怒りで本当に心が震えており、人間として扱っていただきたいと考えている。(略)…こうしたことから、北海道アイヌ協会は、残りの10 大学の保管状況を見せていただくよう国に強く要請する。」と。

はて、北海道大学(以下、北大)は2年間でこの方の言われる「ここまでやるのであればアイヌの未来のために研究も必要」と思わせるほど「素晴らしい状況」に変わったのでしょうか。
北大のその「素晴らしい状況」下で、判明しているのはご遺骨が個体ごとに特定できるのは1027人。その内、故人名とご遺骨が一致しているのはたったの18人。さらに、個体として特定できない=すなわち、どなたのご遺骨かわからないものが、ごちゃまぜに入れられているのが「484箱」もあります(文部科学省調べ)。
故人名とご遺骨が一致していない1005人のご遺体と、何名になるかわからない「484箱」のご遺骨は、象徴空間への集約対象となるのでしょう。

北大は『北海道大学医学部アイヌ人骨収蔵経緯に関する調査報告書』を出しました。
http://hmjk.world.coocan.jp/archives/hokudai_report2013.pdf
しかし、返還訴訟の原告側の第2準備書面でも指摘されていますが、「平成13年当時の文書の作成経緯や資料が不明」などというのは学術研究機関としてはあり得ないはずです。もっと誠実な調査や開示を願います。
第2準備書面を含む諸資料は北大開示文書研究会ウェヴサイトの「資料室」ページにあります。第2準備書面は以下。
http://hmjk.world.coocan.jp/trial/jyunbisyomen/jyunbisyomen002_20130826.pdf
作業部会のこの議事概要に関しては、後日にも触れます。

さる4月4日に札幌地裁で遺骨訴訟第8回口頭弁論が行われ、モベツコタン(紋別)の畠山敏さんが原告として意見陳述されました。畠山さんの訴状(抜粋)も「資料室」に置いています。
なお、北大開示文書研究会のメンバーで作成したパンフレット『アイヌの遺骨はアイヌのもとへ』が完成し、北海道新聞と朝日新聞が取り上げて記事になりました。



原告の三人と完成ほやほやのパンフレット

アイヌ遺骨問題「本質を知って」返還訴訟の支援団体が啓発冊子  朝日新聞 2014.4.5
アイヌ民族の遺骨が墓地などから発掘され、北海道大など全国各地で保管されている問題を一般にもわかりやすく伝える冊子を、遺骨返還を支援するグループが作った。「墓地から掘り出された遺骨は誰のものか」など、大学教授や弁護士らがQA方式で説明する。
タイトルは「アイヌの遺骨はアイヌのもとへ」。日本各地にアイヌの遺骨が1636体、個体として特定できない遺骨515箱分が保管され、特に北大には千体以上がある、と冊子は説明する。2012年9月にはアイヌ民族の子孫3人が返還を求めて札幌地裁に提訴しており、訴訟を支援する北大開示文書研究会が冊子を作った。
なぜたくさんのアイヌの骨が大学にあるのか。遺骨を持ち去るのは犯罪ではないか。遺族はどんな気持かなど、10の視点から説明し、子供たちも読めるように漢字にふりがなをつけ、外国人にも分かるように英文の解説も併記した。
「多くの人に読んでもらうことで遺骨問題の現実、本質を理解してもらい、裁判を勝ち抜くための力にしたい」と研究会の殿平善彦・共同代表。訴訟の原告たちは「裁判をしてもなかなか決まらない。とにかく返してほしい」「副葬品などアイヌが『あの世』に行って使う物まで持ち去り、『盗んだ』という言葉が当てはまる。速やかに返還して欲しい」と語った。
冊子は千部作製。1部100円。問い合わせは同研究会事務局長の三浦忠雄さん(0164-43-0128)へ。


北海道新聞記事(4/5)はこちら
http://blog.goo.ne.jp/ivelove/e/1367b43f1547e0c3ea72335b53b7e582
次回の裁判は5月30日(金)午後2時より 札幌地裁にて


長らくご無沙汰しておりました。Blogのアップのしかたも忘れるほど。にもかかわらず、連日、多くの方が見て下さって感謝いたします。つたないものですが、今後も少しづつ、活動報告を再開していきますので、よろしくお願いいたします。
近く、BroachのBlogサイトも閉鎖するようなので、引っ越しも考えようと思います。
留萌は明日も雪予報です。しかし、春です!


留萌の海岸


遺骨返還等請求第6回口頭弁論

2013-11-28 10:57:35 | インポート
さる、11月8日(金)に札幌地裁において、遺骨返還等請求第6回口頭弁論が行われました。
わたしは葬儀司式のため欠席しましたが、原告側から第4準備書面が提出されましたので、できるだけ分かりやすく説明します。
書面は北大開示文書研究会HP上「遺骨返還訴訟」ページに近くUPされます。詳しくはご覧下さい。他にも、裁判当日に配布されたニュースなどダウンロードできます。
http://hmjk.world.coocan.jp/trial/trial.html

第4準備書面では、はじめに、被告の遺骨返還に関する考えである「祭祀承継者に対して返還する」と述べるに留まっていることに関して、結局それは「返還しない」という意思の表明なのだと指摘。
それは国のアイヌ政策推進会議が昨年に全国の大学等におけるアイヌの人骨の保管状況等調査を実施報告しているが、それを見ると被告北海道大学(以下、北大)は、全国の大学で「個体として特定できた遺骨」1,635体のうち1,027体を保有、うち個人特定できる遺骨は19体と報告されている(さらに「個体ごとに特定できなかった遺骨」が何箱かは不明)。つまり、たったの1.8パーセントしか個人が特定できず、約98パーセントは誰の遺骨かがわからない。返還のために被告が述べる条件「祭祀承継者であること」が判明するためには、まず遺骨が個人として特定され「誰の遺骨」かが明らかになる必要があるが、個人特定されていない98パーセントを占める1,008体(さらには個体として特定も出来ない箱積めの遺骨)について、その返還方法は全く不明のまま。ゆえに、結局は「返還しない」ということなのだろ?と。

被告側のいい分をたとえで言うなら「盗人が所有者から盗品の返還を求められた時に、ほかの人の財物と混じっていてどれを返還するか判らないから、返還しない」と同じだ、と批判。盗んだ側が返し方を勝手に決め、その通りにしなければ返さないという主張自体が大問題だ、と(ずさんな管理も被告の問題)。

ただ、現時点では、幸いなことに、どこの墓地から「発掘」されたかは資料から明らかになっている。しかも、これらはアイヌコタンが存在し、そのコタンの支配領域内に存在した墓地からであったことも明らか。したがって、遺骨の返還は、「発掘」した遺骨の由来の明らかなコタンごとに返還することが正しい遺骨返還のあり方であり、原告等が最初から主張していることだ、と主張。
これに対し、国のアイヌ政策推進会議の第12回政策推進作業部会(部会長は被告北大の常本照樹法学部教授。以下、「作業部会」)において、以下のまとめの発言が示されています。
「一方、現実問題として、現在、コタンやそれに代わって地域のアイヌの人々すべてを代表する組織など、返還の受け皿となり得る組織が整備されているとは言い難い状況にあることも考慮する必要がある。」とし、「このため、返還が可能な遺骨については、まずは祭祀承継者たる個人への返還を基本とし、地域のアイヌ関係団体など、本来の祭祀承継者以外の方への返還については、法的な論点の整理も含め、今後の検討課題とする」。(P.3)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/seisakusuishin/dai12/gijigaiyou.pdf


これ(被告北大と同じ論理)について、当書面は以下の批判をします。
まず、作業部会や被告北大は、何らの調査もせず、根拠もない一方的、感覚的に述べているだけだ、と。作業部会や被告北大は、今まで杵臼におけるコタンの存在と、その構成員の子孫である原告らについて、かつてのコタンとのかかわりなどについて一切、調査はしていない。原告ら及び杵臼やその周辺に居住するアイヌの人たちに聞き取りすら行われた事実はない(杵臼以外の地域でもない)ことを指摘。

次に、原告の城野口さんは、母マツの遺言を引き継いで、死者となったコタンの人々の慰霊(イチャルパ)を行なっているし、杵臼の墓地に「フシコウタルの墓」(祖先の墓という意味)を建立し、和人的な墓参りも行なっている。それなのに、被告北大は、彼女に遺骨の返還を求める権限がないとどうして言い切れるのかを明らかにしていないことを指摘し、批判。

最後に、国や被告は、なぜ「祭祀承継者たる個人」に返還するのかの根拠も明らかにせず、主張していることに対して、それは被告による「差別行為」とし(第3準備書面)、仮に「返還の受け皿となり得る組織が整備されていない」と判断したならば、それに代わり得る組織ないし個人を探すなり、そのような組織を立ち上げる努力をすべきであると批判。

書面は以下の求釈明を最後に記載。原文のまま引用します。
1 個人が特定される遺骨19体の中に、原告らが子孫となっている遺骨は存在すると判断しているのか否か(祭祀承継者か否かではなく子孫か否かである)
2 杵臼について、「コタンやそれに代わって地域のアイヌの人々すべてを代表する組織など、返還の受け皿となり得る組織が整備されているとは言い難い状況にある」と判断しているのか。
3 もしその様に判断しているとすれば、その根拠を明らかにされたい。
4 原告城野口は、かつてのコタンに代わって遺骨の返還を受ける資格があると判断するのか。
5 もし資格はないと判断している場合はその根拠を明確にされたい。
6 特に前記したように原告城野口は、母親から引き継いでコタン全員の先祖の慰霊、供養をしているが、かかる事実では足りないとする趣旨なのか。
7 もしそうであれば、その根拠を明示し、どのような事実があれば足りるとする趣旨なのか、明らかにされたい。

裁判では、この求釈明に対して、被告側は12月13日までに書面で回答すると返事しましたので、回答後の報告は後日にします。
なお、今後の審理について、原告代理人の市川弁護士より、今回の杵臼コタンだけではなく、釧路、紋別、網走など各市のアイヌ民族らが、返還を求める訴訟を年内に起こす予定だと述べ、併合審査を年明けに行うことを提案し、被告側も了承しして、次回は2014年1月31日(金)午後2時からと決定。多くの傍聴を!


知床五湖の紅葉


ナルワン合唱団友の会 コンサート&交流会 ご案内

2013-10-28 03:09:28 | インポート
もう明日のことになってしまいましたが、コンサートのご案内です。

台湾には現在、14の原住民族が政府に認められており、約51万人がそれぞれ独自の言語、文化、社会システムをもって生活しています。まさに多様性に富んだ豊かで美しい宝の国です。
原住民族(ユェンツーミンツ=台湾における先住民族のこと)の中で、キリスト者は75%を占めています。そのため、原住民族の教会牧師を養成するための玉山神学院があります。その神学院に「ナルワン合唱団」が作られ、1994年に初めて全国音楽大会に参加し、大学の部で最優秀賞を受賞、その後、海外からも招かれ、聞く人びとを魅了しています。 
この度、合唱団OBによる「ナルワン合唱団友の会」の皆さんの来道に伴い、急きょ、コンサートと交流会の時を持つことになりました。台湾の各民族から集まった牧師たちは深い信仰心と共に自分自身の民族文化を大切にしています。
この機会に皆さんの歌声を聞き、音楽と文化の交流の輪を広げたくご案内いたします。どなたもお越し下さい。

日 時 10月29日(火) 午後6時より8時
       各民族のお話や軽食を囲みながら交流の時間も持ちます。
会 場 北海道クリスチャンセンター 大ホール 
会 費 500円 (軽食も準備いたしますが、持ち込み大歓迎!)

主催 日本キリスト教団北海教区 アイヌ民族情報センター
協賛 北海道クリスチャンセンター・台湾基督長老教会原住民宣教師後援会運営委員会

ナルワン合唱団友の会       4民族が集います!!
 団長:張培理(フヤン、アミ族) 指揮者:葛嘉雯(ヴァヴァゥニ、パイワン族)
 団員:田?榮(サオ、ブヌン族)、古美玲(ブニ、ブヌン族)、王祖祥(ワン・ズシャン、ブヌン族)、田韓娜(テン・ハンナ、ブヌン族)、一萬.星(イワン・シン、アミ族)、羅曉芳(ロ・シャゥファン タイヤル族)、王喆(ウン・ツェ、ブヌン族)

公演曲目
豊作賛歌 Homeyaya 曲 ツオ族  詞 ハユ.ユダゥ
主の宿るところを深く慕う Tada maolah kako to kamaró an iso 曲 アミ族  詞 ナモホ イシン
素晴らしい日 Fangcalay a Romiad 曲 アミ族   詞 ルギィ
原住民族の楽器演奏
Amazing grace Makitvaivi sinkadaidaz  曲 ブヌン族  詞 アピン
いと高きところには栄光、神にあれ La-la-i  曲 パイワン族  詞 ルギィ
ブヌン族&アフリカアンゴラ族の対話 The Dialogue between the Bunun and Africa Angola 編曲 ルギィ
山の民、海の民、共に喜び賛美しましょう    曲 台湾原住民族12族  編曲詞 ハユ・ユダゥ
原住民の賞賛(歌+踊り)    曲 阿美族  詞 ルギィ
祝福 曲詞 ルギィ

ToyToyくんとのセッションもご期待ください。




第5回口頭弁論

2013-10-05 18:31:05 | インポート
9月の活動報告の追加をします。
9月初めに道立文学館で「鳩沢佐美夫自筆資料」を鑑賞しました。『コタンに死す』『若きアイヌの魂』と、センター蔵書にありますが、まだ読んでいません(680蔵書で読んでいるのは数え上げられる程度です。リストは各教会に配布しています)。時間をつくって読みたいと思いました。

9月23日には、旭川のカムイコタン祭で恒例のムックリ製作協力をさせて頂きました。何度やっても奥が深い。今回はデモ用に5つ作りましたが、納得いったのは二つ。そのひとつは時間がないから完成品が欲しいと言われた方にお分けし、もうひとつは、40分以上頑張って作ってもいい音が出ないで落ち込んでおられた方にプレゼント。残りは持ち帰ってきたので後日に修正しようと思います。そのひとつで今年度もムックリ大会入賞を目指します!(過去最高賞10位)。


前回、報告したハポネタイ美術鑑賞

さて、第5回口頭弁論は、8月30日(金)札幌地裁にて行われ、原告側より第二、第三準備書面を提出し、被告に対して反論と釈明を求めました。
これらの準備書面は北大開示文書研究会ウェブサイトの以下の「遺骨返還訴訟」のページにすべてありますので、読む事が出来ます。
http://hmjk.world.coocan.jp/trial/trial.html

第二書面では、被告側は発掘基本台帳などの「『基資料』を発見することはできず現在でもその存在は確認されていない」と主張しているが、すでに提出されている資料が明治期ならまだしも平成13年以降に作成されていることが明らかなことから、学術研究機関としてあり得ないことを指摘し、責任ある答弁を求めています。
 また、返還を求める遺骨は発掘収集の承諾を得ていることのひとつの根拠として道庁令83号に被告は触れるが、それらに関連する承諾書や許可証は公開されていないことから、関係する文書は存在せず、遺骨と道庁令83号とは無関係だ、と主張。そのため、被告が遺骨の占有権原(遺骨を持っている事の権利)はなく、速やかに返還をするべきだと主張しています。
 釈明を求める事項として、被告が前述の道庁令83号によって遺骨の占有権原を主張するならば、具体的な主張と証拠を出すこと、そして、仮にもし証拠を出すなら、なぜ今まで公開しなかったかの説明を求めました。さらに資料を紛失したらならば、その時期と理由を示すよう求めました。
 最後に以下の二点を原告の主張として挙げています。ひとつは、返還を求めている遺骨は埋葬されていた当時において墓地として利用されていた所であり、児玉らは古墳ではなく墓地である事を理解しながらアイヌ人骨を発掘したこと。第二点は、北大が過去にアイヌ協会5支部に対して遺骨を返還した際に、それら各支部が、当該発掘地域の「祭祀承継者」かどうかについて確認したという事実はないことから、この度の原告等が「祭祀承継者」に当たるかどうかを検討する必要はないことだと主張しました。

 被告の北大側は、祭祀承継者に返還するという点と、遺骨は承諾を得て発掘したと主張(占有権原)しています。それに対し、第3準備書面では北大側は過去に北海道ウタリ協会5支部に35体の遺骨を返還したが、5支部それぞれの構成員は返還された遺骨の祭祀承継者ではない事を指摘。
その主張は一貫性に欠けることを指摘。占有権原に関しては、確かな証拠はなく推測に過ぎないことを指摘。さらに、被告が遺骨発掘の承諾を得たという相手は「遺族」「平取アイヌ」「墓地管理者」とあるが、いずれも祭祀承継者ではないことを指摘し、被告の主張の一貫性のなさや矛盾を主張しました。
 被告が祭祀承継者にのみ遺骨を返還するという主張は、旧民法(明治29年制定)および現民法の相続法規に基づく遺骨の所有権からの主張であって、和人とはまったく違う宗教的背景をもつアイヌの遺骨に関する管理行為の権限を和人の民法をもって規律しようとする被告の発想は、明治以降の同化政策と同じ発想であり、世界先住民族国連宣言を受け入れた日本国の立場とは相容れないものだと批判。
 そして、原告側はこの問題点について、一つは先住権という国際法に則った制度から、二つ目は、仮に先住権という概念に頼らなくても慣習上の物権的権限として考察し肯定することが出来ることを主張しました。

できるだけ分かりやすく簡潔に書いたつもりですが、まだ難しいですね。次回の『先住民族の10年News』に、このあたりの事を書く事になっていますので、もう少し練ってみます。


美瑛の風景(夏)


『北海道大学医学部アイヌ人骨収蔵経緯に関する調査報告書』

2013-10-03 20:04:11 | インポート
前回のはじめにNHK国際放送のURLをお伝えしましたが、英語のみで日本語の解説はありませんでした。それを翻訳して、『P.S. #3』さんが出血大サービスで、ナレーション全文を訳出してUPして下さっています。どうぞご覧下さい。
http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/2013/09/29/003403

さて、国のアイヌ政策推進会議は、昨年に全国の大学等におけるアイヌの人骨の保管状況等調査を実施し、結果概要が報告されました。各議事概要は以下のURLに行けば見る事が出来ます。

第11回議事概要
 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/seisakusuishin/dai11/gijigaiyou.pdf
第12回議事概要
 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/seisakusuishin/dai12/gijigaiyou.pdf

アイヌ民族の人骨を保管していると回答のあったのは11大学1,635人骨で、大学別の内訳は、北海道大学1,027体、東北大学20体、東京大学198体、京都大学94体、大阪大学39体、札幌医科大学251体、大阪 市立大学1体、金沢医科大学4体、南山大学(名古屋)1体となっています。

その内、千体以上もの遺骨を保持している北海道大学は『北海道大学医学部アイヌ人骨収蔵経緯に関する調査報告書』(以下『報告書』)を2013年3月に公にし、この度のアイヌ人骨返還等裁判に証拠として提出しました。

『報告書』は北大開示文書研究会ウェブサイトの「資料室」に保存していますので、以下から読む事が出来ます。
http://hmjk.world.coocan.jp/archives/hokudai_report2013.pdf

『報告書』の「本報告書作成の目的」には、
① 北大「医学部旧解剖学教室が、アイヌ人骨を収蔵するにいたった経緯とその問題点を明らかにする」
② 同解剖教室が「アイヌ人骨を収蔵した後における取り扱いとその問題点を明らかにする」
の2点が挙げられています。180頁もの厚さにも関わらず、内容は学者が調べて書いたと思えないような雑さだという感想を持ちました。

『報告書』はかつて遺骨を発掘する際に学者たちが記入する「野帳(フィールド・ノート)」、および、収集した人骨を管理する「発掘人骨台帳原本」が存在することを「疑う余地はない」(p.5)と、はじめてその存在を認め、公にいたしました。
北大開示文書研究会や、この度の遺骨返還訴訟を起こした遺族たちが何度も質問や要望をしたにも関わらず全く無視をし続けていた北大でしたが、ここにきてはじめて今まで開示された資料の元になる原本があったことを認めたのです。
しかし、それらすべて現在は不詳と結論しています。これに不審を感じるのは『報告書』を見る限り、当時に関わった学者やその子孫から聞き取るなど全くなされておらず、真摯に資料を探していないことです。

さらに驚くべきことは、台帳原本の写しがあったこと(現在、不詳)、それらを使って医学部は2008年1月24日に資料を作成していた事が記されています。実は、原告の小川隆吉さんが北大に対してアイヌ人骨の台帳の存在を知り、1月14日に情報開示請求の手続きを行ったのですが、その時点では医学部には基本台帳(ないし、その写し)が存在していたことになります。後日に小川隆吉さんはその事実を知り、「愕然」とし、「北大には、「虚偽」と「隠蔽」しかありません。真実に近づくための学問の府とは、正反対です」と怒りを込めて語っています(4月19日口頭陳述書)。


第3回口頭弁論前の裁判所前にて 
原告の城野口ユリさん(中央前)と小川隆吉さん(中央後

『報告書』には、「基本台帳」ばかりではなく、多くの未開示資料が記述されており、北大開示文書研究会は再度、開示請求を行う準備を進めています。
 
国のアイヌ政策推進会議での話の中では、遺骨返還は「祭祀承継者(遺族のうち祖先の祭祀を主宰すべき者)個人を基本とし、地域のアイヌ関係団体、また本来の祭祀承継者以外の方への返還は、法的論点の整理を含め今後の検討課題とする。返還手続のガイドラインに関して個人が特定できそうな遺骨については、速やかに検討に着手」するとあります(上記)。

原告側は、アイヌ民族は遺骨をコタン全体で管理していたのだから祭祀主体であるコタンに遺骨を返せ、原告らはコタンの管理権を引き継いでいるのだと主張しています。この部分が争点になってきます。
(次回に、第5回口頭弁論 8/30の報告を続けます)


美瑛の青い池。玉山神学院の研修生らと初めて見に行きました。神秘的でした。


7月からの活動報告

2013-10-01 19:46:45 | インポート
たいへん、久しぶりに記事をUPします。
パソコンが壊れ、しかたなく新調しましたが使い勝手が分からずに難儀しています。

5月以降のいくつかの活動報告をいたします。アイヌ人骨返還等訴訟裁判の報告は次回にまとめます。

が、NHK WORD English(英語版ニュース)が世界に向けて先週の金曜日に遺骨返還訴訟のニュースを発信しました。以下で数日間、観る事が出来ますので、海外の方に紹介頂ける方はお願いします。
http://www3.nhk.or.jp/nhkworld/newsline/201309271620.html

7月15日から21日まで、台湾キリスト長老教会の原住民族の牧師養成大学である玉山神学院の学生カイヌワン(ルカイ民族)さん、レッサー(タイヤル民族)さんを北海道で受け入れました。
二風谷でアイヌ紋様木彫り体験をしたり、旭川で川村カネトアイヌ記念館で学んだり、名寄、留萌、札幌で研修・交流を持ちました。明るく元気な二人とじっくりと意見交換をすることも出来て実りある出会いでした。彼らの感想は、次回のセンター機関紙『ノヤ』45号に掲載予定です。


ディヴァン宣教師と研修生
      
7月末には機関紙ノヤ44号を発行、発送をしました。今号は巻頭言に松坂克世さん(日バプ連旭川東光教会牧師)が文章を寄せて下さり、関根真紀さんのアオテアロア・アイヌモシリ交流プログラム参加報告や、銀のしずく館紹介、アイヌ遺骨返還訴訟報告など掲載。

8月1日から5日まで、日本バプテスト連盟「少年少女・隣人に出会う旅」の協力をさせて頂きました。北海道から沖縄までの全国から21名のティーンズが集まり、アイヌ民族と出会い、学ぶ時を持ちました。札幌バプテスト教会でのオリエンテーション(8/1)、二風谷でのフィールドワーク(8/2)萱野志朗さんの講演、旭川フィールドワーク(8/3)と協力させて頂きました。他宗派との良き出会いでした。


旭川にてアイヌ紋様切り絵体験 

8月17日は第4回親子短期保養プログラムとして東日本大震災被災地の親子20名の来道に伴い、サッポロピリカコタンにてアイヌ民族研修を行いお伴しました。
   
9月17日には、清水町の山奥で開催中のハポネタイ美術鑑賞に行きました。ほんの30分ほどチセ作りのお手伝いも…。来年のゴールデンウィーク頃には笹編みを行うとの事なので、何日か泊まり込みで行けたらと考えています。


今後の計画として、「道東地区アイヌ民族フィールドワーク」(10月7~8日)を、センター主催で各教会にご案内しました。まず、上武佐ギリシャ正教ハリストス正教会を訪問し、千島アイヌ信者のことを学びます。また、中標津の歴史とアイヌ民族の学びを中標津在住の方から伺ったり、翌日は知床アイヌ民族エコ・ツアーに参加します。

10月16日は北海教区の牧師たちの研修会で関根真紀さんをお迎えしてお話を伺います。午後4時~6時まで、新篠津温泉にて公開です。

10月29日(火)、午後6時より、札幌クリスチャンセンター二階大ホールにて、ナルワン合唱団友の会コンサートを行います。台湾政府が現在認めている原住民14民族のうち、4民族(アミ、パイワン、タイアル、ブヌン)8名がそれぞれの民族の讃美歌を披露してくれます。
軽食が付いて会費500円。食べ物持込み大歓迎!!(特に和食がうれしいです)
どなたもいらしてください。
友の会は28日にはとわの森高校、29日午前は酪農学園大学礼拝と奉仕されます。


この夏もこどもたちと遊びました。


シンポジウム「さまよえる遺骨たち Part3」報告 その4

2013-05-11 11:47:54 | インポート
前述のドイツ、アメリカ、イギリスの遺骨返還の状況報告の後、休憩をはさんで前日に行われた裁判報告として、原告の城野口ユリさん(アイヌ遺骨返還訴訟原告、少数民族懇談会副会長)、小川隆吉さん(同、北大アイヌ人骨台帳開示請求人) が、お話しされました。
城野口さんは帯状疱疹で入院中の中、駆けつけて母親から受け継いだ思いを語り、裁判支援を訴えました。
小川隆吉さんも昨日の意見陳述をした疲れの中、裁判への意気込みを語られました。お二人の思いは直接、webサイトで見る事が出来るようになりますから、ご覧下さい。

その後に、先日の裁判の証拠として被告側の北海道大学が提出した『北海道大学医学部アイヌ人骨収蔵経緯に関する調査報告書』(乙第12号証 以下、「報告書」)に関する意見を当日の資料に基づき、市川利美さん(北大開示文書研究会メンバー)によって行われました。これも以前から紹介しているサイトから資料を見て頂き、ご確認ください。重なるところもありますが、わたし個人の意見は後日、このblogにて書く事にします。

原告代理人の市川守弘さんによる「遺骨返還請求訴訟の経過」報告がなされました。
以下、大まかな報告をいたします。

この訴訟は、ひとつは浦河杵臼から違法に持っていった遺骨を杵臼コタンに返せという主張。そして、もう一つは、違法に持っていった骨を返さないでいるのだから、毎日のように先祖の供養をしたい原告たちの信教の自由を侵害していることへの慰謝料が日々発生している(過去に持っていった事は時効かも知れないが、今も慰謝料は日々発生している)という二本立てだ。

これに対して、北大は、何らかの承諾を得たと「報告書」ではっきり言わないと、慰謝料が発生するので書いている。中には、土地所有者への承諾を得たからいいのだと述べているところがあるが、みなさん考えてみて下さい。杵臼は明治時代から浦河町営墓地です。その町の承諾を得たから発掘はいいのだと言っているのです。みなさんの中で札幌の市営墓地にお墓を持っておられる方がおられるでしょう。札幌市が承諾したからあなたの墓を暴いていいのだ、という論理と同じであって通用しない。

もう一つは、北大は肝心かなめの人骨台帳も出さずに、いったいどう発掘したか分からないと言っている。これは実は、北大の戦略なのだ。管理はずさんだとの指摘に、その通りずさんだと認める事により、「だから、この骨は誰のものかわかりません」と言って返還しないことを裏付けようとしているのだ。マスコミにずさんだと叩かれても北大は痛くもかゆくもない。「はい、その通りです。だから返せません」という論理で進んでいるのだ。
今回の裁判で北大側の主張は、原告である小川さんや城野口さんらが「祭祀承継者」であることが認められれば速やかに返還しますと言っています。この「祭祀承継者」とは、戸長が相続する家督相続制度で、一戸は長男が墓の管理も含めて相続していくという、極めて独特な和人的日本的な風習のもとでの制度であって、それはあくまで個人だ。そうすると、骨が出て来て、その骨が誰の家のものか(城野口家のものか、小川家のものか)が、残念ながら管理がずさんだったためにわかりません、だから返せませんという論理に北大は立っているのだ。
今、このことが裁判の焦点となっており、こちらは、遺骨はコタン(村)のもので、コタンみんなでイチャルパ(先祖供養)し、コタンの管理権限であるゆえにコタンの子孫に返すべきだと主張している。これはまさに和人的な封建的家父長制度に対してアイヌの考え方に基づく管理制度との争いだ。
つまり、アイヌの人びとの存在と自立を認めるのであれば、アイヌの考えに従って遺骨返還をしなければならないのだ。民法から言っても、アイヌと言わなくとも地域の習慣の方が有利であり、アイヌであればなおさらだ。
この事は、北大の教授たちもよく理解している事だというのは、政府のアイヌ政策推進会議第10回「アイヌ政策推進作業部会」 (2013年2月22日)の議事録をみても明らかだ。そこには、「諸外国の例を見れば、地域や団体に 返還するのが原則で、個人に返還する ほうが例外というか、ほとんど例を見 ないくらいである。」(議事概要8頁)に書かれている、しかし、自分たちは祭祀承継者という個人に返すのだと言っているのだ。つまり、自分たちは世界の流れとは全く違う考えをとっているのだと国と北大が認めている。このようなことを許すわけにはいかない。これから裁判の佳境に向かっていくので是非ともみなさんに裁判の傍聴をして頂きたいし、これは骨を返せという事だけではなく、アイヌの考え方=その前提としてアイヌの存在とアイヌの社会というものの自立性を認めさせる戦いなのだということをご理解頂き、支援をおねがいする。

※アイヌ政策推進会議第10回「アイヌ政策推進作業部会」 (2013年2月22日)の議事録は以下。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/seisakusuishin/dai10/gijigaiyou.pdf

趣旨を変えないようにテープを聴きながら補いました。とりあえず、これでシンポジウムの報告を終わります。
次回は、北大の「報告書」に対して書く予定です。
このブログの字の色がうまく変えられずにいます。読みにくいかもしれませんがお許しください。


次回、第4回口頭弁論は6月14日(金) 午後2時より 札幌地裁8階にて
今年度より札幌地裁では入館の際に厳しい手荷物検査、ボディーチェックがされるようになりました。
なんでも全国の数カ所で試験的に導入だとか。入館に時間がかかる事がありますので早めにお越し下さい。
多くの傍聴をお願いいたします。

裁判原告の小川隆吉さんが7日、苫小牧駒沢大学で講演し、提訴のいきさつやアイヌ民族の心を学生に訴えたことが苫小牧民報のWEBで紹介されています。
http://www.tomamin.co.jp/2013t/t13050903.html

なお、「先住民族関連ニュースブログ」にて、アイヌ民族関連・世界の先住民族関連のニュースを毎日チェックしてストックしています。どうぞ、ご覧下さい。
http://blog.goo.ne.jp/ivelove/


留萌も朝はストーヴをつけていますが、やっと春らしくなってきました。
今朝は、遊びに来ている近所の子どもたちの野球の試合を寒いなか観戦。
見やすいところを選んで相手チームのベンチで、「よっしゃ~」と大声で応援。
負けはしたものの、寒さのが吹き飛ぶ試合でした。全体的に下手だった…けど、頑張っていた!