八咫烏の声

神社の行事、社務などの日記です。

三条実美⑤

2010年05月22日 12時45分05秒 | 黒崎・岡田宮ゆかりの人物

今日は昨日とかわって微妙な天候。しかし涼しくて過ごしやすい一日です。こんにちわ。I権禰宜です。

さて久しぶりの実美卿のお話です。

黒崎の街を経て太宰府に至った実美以下5人の公卿達は、数年の月日を太宰府で過ごすことになりました。

その間、中央情勢は変転著しく移り変わっていきました。この間の出来事は有名ですので詳細には語りませんが、特に不倶戴天の怨敵としていがみ合った鹿児島藩と萩藩が共に手を携えて討幕運動へと歩みだした事の影響は大きく、再度幕府は長州を討とうと軍を起こしましたが(第二次長州征伐)今度は幕府が敗北してしまいました。この敗戦以降幕府は次第にその求心力を失っていきます。やがて将軍・徳川慶喜は政権を朝廷へ返還し(大政奉還)、王政復古の大号令がなされたのでした。

これによって太宰府に流されていた実美らは政界に復帰することとなり、新政府内の要職に就きました。一方、大政奉還後の政治情勢も予断を許さず、政治的実権を返上したとはいえ依然最大最強の大名として存続している徳川家と、それを危険視する新政府は対立を深め、ついに鳥羽伏見で両者は激突。これに勝利した新政府軍は一気に優勢となり、逆に北へ北へと敗走を重ねた「江戸幕府」はついに箱館(函館)で崩壊しました。

こうして「幕府」を完全に倒した新政府は欧米列強に習って「強い国家」の建設に着手することになり、ここに明治維新の幕が開かれたのでした。そしてその最高官に任命されたのが、誰あろう三条実美その人だったのです。~つづく~

I権禰宜