八咫烏の声

神社の行事、社務などの日記です。

挑戦!

2012年05月25日 09時37分16秒 | 神社の音楽

こんにちはK権禰宜です。

今日は友引の戌日ですが、生憎の雨です。

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少し雅楽の練習をしてみようということで、宮司・I権禰宜から教えてもらいます。

篳篥に挑戦してみることにします。

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初めて篳篥を持ってみたのですが・・・小さいです。

音が出ないと、楽しく始めることはできないだろうということで・・・まず音を出す練習を!

スースースー・・・全く音が出ないです。(笑)

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練習すること数分・・・ようやく音が出るようになりました。

宮司よりコツ?を教えてもらいながら、指を押さえても音が安定して出るように練習をします。

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何となくですが、安定して音が出るようになった気がします。

まずは、もっと安定した音が出るように練習をしていきたいと思います。

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楽器について~其の伍~

2010年12月12日 14時26分58秒 | 神社の音楽

毎日順調な寒さですね。

こんにちわ。『冬生まれの冬嫌い』I権禰宜です。

本日のブログは『神社の音楽(楽器)』第5回です。

今回ご紹介するのは

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横笛(おうてき)の一つ「龍笛(りゅうてき)」です。

横笛(おうてき)」と読むと「王敵」に通じる事から、少し格好をつけて「横笛(ようじょう)」と呼ぶ場合もあります。

この龍笛、見た目で言えば数ある雅楽器の中で最も有名な楽器だと思います。

例えば単に「貴族が演奏する楽器」といえば、この龍笛をイメージする人が大多数でしょう。

主旋律を担う篳篥は「雅楽の主役楽器

独特の音色を出す笙は「最も雅楽らしい音を出す楽器

そして見た目が最も有名な龍笛は「雅楽の花形楽器

という感じでしょうか。

龍笛の音域は広く、その音が龍の鳴き声に似ている・・・ような気がすることから「龍笛」と名づけられたと言います。その発祥は諸説ありますが、中華王朝時代に現在の形に通じるものが完成し、やがて日本に至った・・・という事です。因みに西に伝わって完成したのがフルート。龍笛とフルートは遠い親戚なんですねぇ。

また龍笛はもっとも初心者におススメしやすい雅楽器でもあります。

その理由として、

「安い(価格が)」

笙の廉価品が10万するのに対し、龍笛の廉価品は5000円ぐらいです。最高級品でも笙が外国産の新車ぐらいの値段に比べれば、まぁ・・・国産の新車ぐらいの値段で済みます。

「簡単(手入れが)」

笙が恐ろしく手入れが必要な楽器であることや、篳篥が舌(リード)に神経を使わなければいけない事を考えれば、龍笛の管理はとても簡単です。というより特に手入れも必要ない楽器です。

「鳴り易い(比較的)」

音を出すのは「単に息を出せば音の出る笙」と比べれば少々音を出すのにコツがいる楽器ですが、篳篥よりは容易な気がします。・・・私は。

コツとしては・・・瓶の注ぎ口に口をつけて音を出す・・・あんな要領です。

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10分ぐらい「ぷひゅーぷひゅー」吹いていれば、いつの間に「ぷぴー」という音が出ますので是非ともチャレンジして下さい。

さて。最後に龍笛にまつわるお話を一つ。

平安時代後半の武将・左馬頭義朝(1123~1160)には9人の息子がいましたが、その長男・左衛門尉義平(1141~1160)は武勇に優れ「鎌倉悪源太(鎌倉在住の腕っ節の強い源家の坊ちゃんの意)」の異名を持つ武将でした。

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源太義平

さてその義平は台頭する平清盛と雌雄を決すべく、父・義朝と共に平治の乱に参陣。縦横無尽の活躍をしますが、武運拙く敗れてしまい越前へ落ち延びる事となりました。

越前に落ち延びた義平はその地の豪族・朝日氏に匿われ、やがて朝日氏の娘・おみつと恋仲になりました。敗残の将として追われる身となりながらも幸せに暮らす義平でしたが、ある日父・義朝が清盛の手の者によって殺害され、都で晒し首にされたという知らせを受けます。

これに憤った義平は単身都へ潜入し、自分の命を賭して清盛を討ち果たそうと決心します。しかしその時おみつのお腹の中には義平の子供が宿っていました。親子仲良く北国の村で静かに生きるという迷いを振り切った義平は、おみつに対してこう言います。

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「おそらく私は生きて帰るまい。もしも生まれてくる子が男であったならば、源家の男として立派に育て、京師に上って旗揚げをさせよ」

といって太刀と白旗を授けます。

その一方でこうも言いました。

「もしも生まれてくる子が女であったならば、その時は世に出すには及ばぬ。この村で静かに過ごさせよ」

と言って一管の笛を授けて都へと出発しました。

結局、都へ潜入した義平は清盛の命を狙うも失敗。ついに捕らわれて斬首されてしまいます。その後に生まれたおみつの子は娘であったため、義平の遺言通り世に出す事無く北国の村で笛を吹きつつその生涯を終えました。この義平の残した笛が「青葉の笛」といって現在でも娘の子孫の家に伝わっているとの事です。

義平の刑死から25年。彼の3番目の弟・頼朝は平家政権を滅ぼし、平家によって命を奪われた父や兄弟達の恥を見事雪いだのでした。

古の公達や武将達から愛される横笛・・・。この『いかにも』な伝統楽器を皆さんも始めてみてはいかがでしょうか?

I権禰宜

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楽器について~其の肆~

2010年10月26日 13時30分15秒 | 神社の音楽

風が強いうえに雨も降ります。そしてなにより寒い・・・・・・。こんにちわI権禰宜です。

さて本日は神社で見られる楽器のお話。

今回ご紹介するのは

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「鈴(すず)」

・・・・そうベルです。

実は当初は紹介する楽器の予定には入っていませんでした。

でもある日祈願をしている時に気付いたのです・・・。

「あれ?そういえばこれも楽器なんじゃ・・・」

・・・とういわけで今回目出度く紹介の運びとなりました!

この「鈴」。その音には邪気を払う力があるとされ、本来は神具として用いられていましたが、現在は楽器としても広く用いられております。

とはいえ、神具として使われなくなったかといえば、さにあらず。

拝殿前に吊り下げられている鈴や、また巫女舞に使われる神楽鈴など、現在でも神社の中では「神具」として用いられている場合が多いです。

まぁ・・・だからこそ鈴が「楽器」でもあるという事を忘れていたのですけども(汗)

さてそんな楽器にも神具にもなる「神楽鈴」ですが、実はオガタマ(小賀玉・招魂)という樹木の実を模していると言われます。オガタマ・・・・。

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はい。オガタマです。

・・・・果たしてこれは似ているんでしょうか・・・・・?

ま、まぁオガタマの実を見つけたら神楽鈴をちょっとだけ思い出してみて下さい。

あ、『神楽鈴』繋がりでお知らせです。

昨日もお知らせいたしましたが岡田宮ではお正月に助勤(バイト)していただける臨時巫女を募集しております。詳細は昨日の記事を見ていただくとして・・・。

高校生以上未婚の女性で、最低限の世間一般常識に自信がある方はぜひご応募くださいませ。

I権禰宜

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楽器について~其の三~

2010年09月26日 11時19分52秒 | 神社の音楽

早いもので9月最後の日曜日です。ここのところようやく秋が本気を出してくれるようになって嬉しい限りですね。こんにちわI権禰宜です。

本日は神社で使用する楽器紹介・・・の第3回目。

今回ご紹介するのは

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そう、「笙(しょう)」です・・・・。

笙はその形が翼を休める鳳凰の姿に似ている事から「鳳笙(ほうしょう)」という優雅な美称を持つ楽器です。

この笙。恐らく一般の方々が「雅楽」の音色と聞かれて真っ先に思い浮かべると思われる、あの「ぷわぁ~~~~ん」というハーモニカに近い透き通った音色を出す楽器です。

名前や形こそ一般の認知度は横笛や篳篥に劣るかも知れませんが、殊、音色に関しては雅楽器の中で最も有名であると思います

この聞き様によっては近代的ともいえる音色を出す笙の歴史は意外と古く、既に殷王朝の時代には発生したといわれています。

その構造は17本の竹が頭と呼ばれる部位に付けられており、本体のみで音を出す横笛や、リードをつけて音を出す篳篥と比べると複雑な構造をしております

また複雑且つデリケートな構造に比例してその管理も非常に手間がかかり、演奏の前後に必ず頭の部分を暖めなければいけません。

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これは笙が吹き口から直接息を出し入れして音を出す楽器であるため、息がリードに結露して音が狂ってしまい、最悪音自体が鳴らなくなってしまう場合があるからです。

そのため笙の奏者は演奏前後にこうやって笙を火鉢やコンロで暖めなければならないわけです。その他分解して保管する場合なども他の楽器と比べて極めて手間暇と知識の必要な楽器であります

しかし逆に横笛や篳篥が音を出すのに慣れるまで少々時間がかかるのに対して、笙は初めて雅楽器触れる様な全くの素人でも、音「だけ」ならまず間違いなく出す事が出来ます

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ほぅら。中学時代に音楽の成績で「2」を取った事のある私でも、笙の音「だけ」なら簡単に出せました。

音色もハーモニカに近い・・・・・ような気がしますが、奏法もまたハーモニカに近く、息を吹き込めば鳴ります。また吸っても鳴ります。何度も言いますが音「だけ」なら太鼓と並んで最も簡単に鳴る雅楽器です

まぁ・・・当然ですが音が簡単に出せても吹きこなすのは難しいんですけどね・・・。

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・・・・・・・・・・・・・さっぱりです。何語ですかこれは?

そして笙は・・・とても高価な楽器です。廉価用の横笛や篳篥が大体5000円ぐらいで揃えられるのに対し、笙は廉価用でもお値段が6ケタ近く、本格的なものなら大型テレビ(最高級品なら新品乗用車)が買えるほどの値段がするため、管理・演奏技術・購入費用を考えるとお世辞にも手軽に始められる・・・とは言い難い楽器です。

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しかしながら、その澄み渡る魅力的な音色に圧倒され、魅了される人が多いのもまた事実。もしこの魅惑の音色に心奪われ、「自分も吹いてみたい・・・」とお考えの方には、ぜひお薦めしたい楽器です。笙はそれぐらいの価値はあるのではないかと。

さて最後に笙にまつわる逸話を一つ。

笙の歴史的奏者といえば・・・新羅三郎(1045~1127)が有名です。

三郎は平安時代中頃の武将で、長兄に八幡太郎義家、次兄に賀茂次郎義綱という二人の名将を持つ名門軍事貴族の家に生まれました。このため自身も朝廷の武官として活躍していましたが、武芸だけでなく、豊原時忠・時元という笙の名人の兄弟から秘曲を授けられるなど音楽にも長けた花も実もある武者でした。

ある日、東北の乱を鎮めるために遠征していた兄・太郎の苦戦を聞いた三郎は朝廷に対して自らを援軍に派遣して貰うように奏上しますが、これを退けられてしまいます。これに三郎は「兄の苦戦を聞いて何もしないようでは弟ではない」とし、己の官職を投げ打ち独断で東北へ援軍へ向かいます

これを聞いた時元の子・時秋は急いで三郎の後を追いかけます。これは、三郎は伯父や父から秘曲を授けられているため、万が一三郎が戦死でもしたら秘曲が永遠に失われてしまうと案じたからでしょう。

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武人でもない時秋が、これから戦場へ赴く軍勢の後を追いかけるのは相当な勇気がいる事です。それが実ったか足柄山で三郎に追いついた時秋は念願の秘曲を授けられたという事です。

ちなみに・・・三郎は兄・太郎と共に賊を平らげてその後無事に都へ凱旋し名声を高めます。彼の子孫は常陸や甲斐に土着して大いに繁栄します。常陸守護から秋田藩主となった佐竹氏や信濃守護から小倉藩主となった小笠原氏、東北に強大な勢力を保持し盛岡藩主となった南部氏に戦国時代前期に畿内に覇権を唱えた三好長慶、そして最も有名な戦国大名の一人である武田信玄など皆この三郎の子孫です。

こうして新羅三郎こと『源義光』の名は現在まで続く名門の祖として今でも語り継がれています。

I権禰宜

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とんとことことこすっとんとん

2010年09月05日 08時40分42秒 | 神社の音楽

少し秋の風を感じてホッとしているG出仕です。

今日は最近力を入れて練習している筑前太鼓について書いてみようと思います。

この筑前太鼓は祭典の玉串奉奠の時などに演奏される太鼓の曲ですが、これが独特なリズムもあって最初は感じなかったのですが、はじめて練習している私には、なかなか奥深くて難しく感じられます。こちらがいつも練習している太鼓と撥です。

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はじめ撥の持ち方も分からず叩いていたんですが、だんだんと皆さんに教えを請いつつ練習をしています。

太鼓の打ち方の基本というものが有るらしく、太鼓の基本は腕に力を入れず腰で打つんだということらしいのです。それを聞くとえっ手で打つんじゃないの腰では打てないのではと思いましたが、腰回りに力を入れて打つのと手に力を入れて(りきんで)打つのは音の響きが全然違うようです。

こちらが楽譜です。

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はじめ見た時はなんだこのダンゴのかたまりみたいなものはと思いましたが、なんとかかんとか分かって参りました。

トントコトコトコ、トントコトコトコ、すこしでも早くこの太鼓をマスターしようと練習に精を出すG出仕からでした。

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