日々

穏やかな日々を

眞子さま手話であいさつ 高校生スピーチコンテスト

2016年09月09日 16時45分01秒 | 
眞子さま手話であいさつ 高校生スピーチコンテスト

「全国高校生の手話によるスピーチコンテスト」で、手話を交えてあいさつされる眞子さま=27日午後、東京都千代田区(代表撮影)
「全国高校生の手話によるスピーチコンテスト」で、手話を交えてあいさつされる眞子さま=27日午後、東京都千代田区(代表撮影)


 秋篠宮家の眞子さまは27日、東京都千代田区のホールで開催された「全国高校生の手話によるスピーチコンテスト」に出席された。

 開会式では手話を交えてあいさつし、熊本地震の際に災害情報などを音声で放送しても、聴覚障害者に伝わりにくかったことに触れ「手話が広がることによって、私たちの交流の幅が広がります。このことは、皆が安心して暮らしていく社会をつくり上げることに、つながっていくのではないでしょうか」と述べた。

 コンテストは、事前審査で選ばれた各地の高校生10人が「手話があふれる日本に」などと題し、学んできた手話を披露。会場中央に座った眞子さまは、スピーチが終わるたびに拍手を送った。
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日本の女性はなぜ今まで働かなかったか?

2016年09月09日 15時33分36秒 | 私自身や健康
日本の女性はなぜ今まで働かなかったか?
今の男性に分かるだろうか?

私がなぜ働き続けたか?

それは家が貧乏だったから、
家が自転車操業の飲食店で
わずかな収入で子ども3人を育ててきたから
それで税金が払えなくなって
税務署に差し押さえの紙をはられたから
不景気になって飲食店がやって行けなくなったから
それから、勤め人に父はなったけれど
喧嘩っぽくて、職場をよく替わってきたから

最悪だった子供時代
ただ安定を求めて
家を出た。
看護婦養成所の寄宿舎へ
そして、
保健婦に
そして
一人暮らし

結婚しても
家に入ろうとは思わなかった。
人生先に何が起きるか分からない
夫だっていつ病気になるかわからない
安定した収入は絶対必要
夫も家にいろとは言わなかった
夫の叔母たちは公務員、保健婦、薬剤師と安定した職を持っていたし
一人、専業主婦がいたが、肝臓病で早くに亡くし、その苦労を見てきた。
だから、暗黙のうちに、公務員である私を辞めさせようとは思わなかった。
むしろ、働いていることで、安心していた。

ただ、家計は、フィフテーフィフテーであり、
家を立てても、夫の給料は結構夫が使った。
それでやれていたから幸せだったかな?

夫と妻は家庭を持ってもフィフテーフィフテーという考え方は
そう世の中になかった。
女を働かせるのは男の甲斐性なしというのが世間一般の考え方だった。
女は男の従属物という考え方が根にあった。

今はどうだろう
私の20代からもう50年たった。
なぜ、女を働かせるのか?
そのための環境づくり、例えば保育所の設置等、をするのか?

家庭に入れば様々な恩恵を受けられた
税金の控除、健康保険の扶養家族。
でも、私はしんどかったけど家事と育児と仕事
この3つを死に物狂いでやった。
朝は幼子を保育所に送る、まるで、家の中は戦争みたいだった。
いざ出れるぞと思うと、「うんこ、しっこ」
ため息はもう出ない、さっさとそれらも済まして
ギリギリの出勤もよくあった。
上肢から、お手伝いさんを頼んだらとも言われたりして
職場にも迷惑をかけた。

そんなこんなしてでも、
女は働かねばならないと思う。
自分の生きがいは育児と家事ではないはずだ。
いい大学に入れるための教育ママもいいだろう。
その子はいい大学に入って、いい会社に入って
老後も年金多く安定していることだろう。
私のように、ギリギリの育児では
できなかったことが、専業ママならいっぱいできただろう。
羨ましかったというよりも
別世界のように感じていた。

今、やっと、女よ働けの時代??????
何か、婆なる私には、女を軽視されているようにしか感じない。
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「30年後も卓球」 愛ちゃんが語った結婚・子育て

2016年09月09日 11時28分48秒 | 運動スポーツ
「30年後も卓球」 愛ちゃんが語った結婚・子育て
2016年9月9日01時06分

 リオデジャネイロ五輪の卓球女子団体で銅メダルに輝いた福原愛(27)=ANA=が今月初め、同五輪で台湾代表だった江宏傑(27)と都内で婚姻届を提出した。リオ五輪前には、結婚後も競技を続ける考えや、将来の子育てへの思いを記者に語っていた。

福原愛選手が結婚 台湾の江選手と 現役は続行

 3歳でラケットを握り、テレビ番組に出演したことをきっかけに4歳から「天才卓球少女」として日本中で知られるようになった。昨春から江宏傑と交際を始め、今年4月には週刊文春の報道で本人が認めた。

 リオ五輪前には、結婚や子育てを意識した発言をしていた。引退の可能性について聞くと、「日本中の皆さんに見守られながら、育てて頂いた。5年後も、30年後も、卓球をやっているんじゃないかな」。
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洞不全症候群はどうなる?ショックをうけた私

2016年09月09日 10時49分09秒 | 医療情報
突然、脈が、30幾つしか打たなくなりました!
となったら
あなたはどうなりますか?

私は自分に失望しました。
もう、鍛えるという所作はできない?
もう、心臓が生きなくないって言ってる?
心臓の寿命が来たんだ…。。。。/と思ってしまいました。

そして、かなり、凹んでしまいました。

市立病院で検査を受け、
内服と貼り薬が処方されました。

それが、平成28年4月のこと。
脈は40台が多くなって、でも時々、血圧が70台

それから、4カ月、
8月29日、
突然、脈が57・・・・・・・・・・
それから、脈はいつも、50台、
30台にも、40台にもなっていません。

治療が効いたのでしょうか?
かもしれませんね。

理由はなんであれ、心臓機能が復活したのです。
いや~一時どうなるかと。。。。。。。。。。
でも、医学的にはペースメーカーをいれればいいってことで
でも、いやだなって思って
自分への失望感は持続。

今、50台、時に60台になって10日、
もう、40台、30台になることはないかな?

でも、まだ、自分への信頼感は復活しません。
いつまた、洞不全症候群が復活するかもしれませんから。
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くらしナビ・ライフスタイル:がんの補完代替医療/下 ヨガ、漢方 治療の不安和らげ

2016年09月09日 07時54分27秒 | 医療情報
くらしナビ・ライフスタイル:がんの補完代替医療/下 ヨガ、漢方 治療の不安和らげ
2016年9月8日 (木)配信毎日新聞社

 西洋医学を補う存在の「補完代替医療」。効果を科学的に検証する臨床試験も進みつつある。実際には、どのように利用されているのか。

 乳がん患者で大学職員の廣瀬満重さん(55)=東京都=は週2~3回、仕事を終えた後にヨガのスタジオに通う。2005年、がんは初期で見つかったが、手術を経て3年を待たずに骨や肺などに再発転移。以後、病はゆるやかに進行するが、抗がん剤治療を続けて今に至る。

 ●生活の質改善

 ヨガは手術から1年半ほどたった時、「何か体に良いことを」と始めた。それまで運動とは無縁だったが、「人と比べずに自分自身を見つめる」というヨガの考えに共感。副作用がつらい時期は中断したものの、10年近く続けてきた。ヨガで深く呼吸し、汗を流した後は体がすっきりとする。また「瞑想(めいそう)」や「ヒーリング」を習得したこの2年は精神的にも大きな変化があったという。

 「以前は同病の仲間が旅立つたびにひどく落ち込んでいました。今は、ものごとをネガティブに考えることがなくなった」。主治医も「気持ちよく体を動かすのはいいこと」と肯定的で、インストラクターにも再発治療中であることは伝えている。「常に自分の体と相談し、無理をしないように」と指導を受けながら、最近は指導者養成コースに参加するまでに上達した。

 米国の07年国民健康調査(NHIS)によると、ヨガは「補完療法」として成人では6番目によく用いられているという。臨床研究も進み、その結果は日本で出版された「がんの補完代替療法クリニカル・エビデンス」にも反映された。本では、「ヨガは乳がん患者の全般的なQOL(生活の質)を改善する可能性がある」などと結論づけられている。

 補完代替医療としてのヨガの普及を目指す「ルナワークス」代表の岡部朋子さんも、米国でヨガを学んだ。国際ヨガセラピスト協会(IAYT)公認のヨガ療法士として、「乳がんリハビリヨガ」の指導者養成講座などを行う。「ヨガの呼吸は自律神経を安定させることが分かっています。呼吸法や瞑想で内面を穏やかにすることで、病気によるつらい症状も軽減できるのでは」。医師とも連携を取りながら、「メディカルヨガ」でがん患者のQOLを支えたいと岡部さんは話す。

 ●全身状態良好に

 補完代替医療の一つで、がん拠点病院に専門外来が設けられるのが「漢方」だ。

 手術や抗がん剤治療と違い、「体に優しい」「副作用が少ない」といったイメージもあり、漢方に期待を寄せる患者は少なくない。「昔ながらの」というイメージもあるが、日本で正規に使われる漢方薬は「言い伝えや伝承ではなく、今の科学で証明されたものだけ。伝統的医学として日本で独自に発展したもの」と、「漢方腫瘍内科」を掲げる「芝大門いまづクリニック」(東京都港区)の今津嘉宏医師は説明する。

 漢方薬はがん専門医の多くが処方しているが、薬剤師も含め、漢方医学を修めた人は少ないという。「多くが経験則から処方され、科学的な研究は遅れていました」。もとは外科医だった今津さんも10年ほど前、術後の腸閉塞(へいそく)に「大建中湯(だいけんちゅうとう)」という漢方薬が有効と聞き、患者に処方したところ効果を実感。「その頃、大腸がんの手術を受けた患者でこの漢方を使った人は、入院日数が短いことが分かっていた。そこでようやく研究が始まりました」

 結果、「大建中湯」のサンショウとショウガの成分が、ごく少量で反応して術後の合併症を防ぎ、腸の働きを補うことが分かったという。「患者のためなら」という臨床現場の医師の情熱で、漢方の新たな活用がなされるようになった。ただし、がんは漢方では治らない。がん患者に対して漢方は、薬の副作用による食欲低下や手足の痛み・しびれを改善したり、内臓の機能を助けて全身の状態を良くしたりするため使われる。その結果、本来のがん治療を続けることが可能となり、治癒率を上げて再発を減らすことにもつながる。ただし代替医療が本来の治療に影響を及ぼすことがあるため、始める前に主治医に相談しておくことが望ましい。

 ●迷ったら相談を

 補完代替医療を研究する大阪大大学院医学系研究科の大野智准教授は、「患者は、医師から『絶対に大丈夫』と言ってほしい。でも医療に絶対はありません」。その不安を埋める存在として、補完代替医療を利用する人も多いのではと推測する。

 補完代替医療の利用について判断がつきかねる場合は、全国のがん診療連携拠点病院等に備わる「がん相談支援センター」に相談できる。自分がかかっていなくても、電話で応対してくれる。また、厚生労働省助成の研究班による「がんの補完代替医療ガイドブック」(第3版)がネット上で公開されており、健康食品をはじめとする最新情報を入手できる(「がんの補完代替医療ガイドブック第3版」で検索可能)。

 補完代替医療の科学的根拠が明らかでない場合は、利用する患者の価値観や死生観が問われる。「結果がどうなっても後悔しない、と自分自身で納得がいく選択を」と大野さんは強調する。【三輪晴美】
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がん大国白書:第3部 AYA世代の試練/2 1日1食、貯金913円

2016年09月09日 07時51分56秒 | 医療情報
がん大国白書:第3部 AYA世代の試練/2 1日1食、貯金913円
2016年9月8日 (木)配信毎日新聞社

 東京都内に住む団体職員、岸田徹さん(29)は、IT企業で働いていた2012年、25歳でがんと診断された。精子や卵子のもとの未成熟な細胞が悪性化した「胚細胞腫瘍」。10万人に1人程度と少ないため発見が遅れ、即、入院となった。

 入社して2年目。医療保険にも入っておらず、親の援助と自分の預貯金を取り崩して治療した。14年春、仕事に復帰したが、会社の配慮で営業職から内勤へ異動になり、有給休暇は休職中に使い果たして月1回の通院日は「欠勤扱い」となり、収入が減った。画像検査で通院すると1回4万円程度かかった。検査が近付くと、2週間前から1日1食の生活に切り替えて費用を捻出した。「健康的な食事をしなければと思ったが、お金がないというジレンマがあった」と振り返る。通帳に913円しかない時もあった。

 「休んだ分、会社に貢献したい」と必死で働いた結果、体調を崩して退職することに。その後、非常勤で働くが、収入は大幅に減った。岸田さんは「一度仕事を辞めると体力的な事情もあって非正規で働くケースが多く、収入も減る。蓄えもないが、検査や治療費でお金はかかる。僕のような1日1食生活は、大げさかもしれないが(10代半ば~30代の)AYA世代(※)患者のリアルだと思う」と話す。

 胃がんが卵巣に転移した川崎市の女性(43)は治療で欠勤が多くなり、15年勤めた会社に契約の継続を拒まれた。「独身で支えてくれる人はいないが、父は亡くなり、母も最近がんになるなど、実家も頼れない」と語る。今は公的保険から支給される傷病手当金で生活する。小児がんには医療費助成の制度があるが、それも19歳まで。がん患者が障害者認定を受けられる例も少ない。さらに、AYA世代はあまり医療保険に入っていない。

 親族の支援で救われたケースもある。団体職員の小池善(ぜん)さん(29)は、東京で1人暮らしをしていた11年に大腸がんが分かった。高額な抗がん剤の費用のほか、検査代や別の医師の意見を聞くセカンドオピニオンの費用などもかかった。当時は嘱託職員として就職して2年で、貯金は20万円ほど。「治療を続けられないのではないか」と、不安がよぎった。

 結局、伯母から経済援助を受けられることになり、小池さんは治療に専念できた。職場も体力に合わせて徐々に働く時間を増やすなど配慮してくれた。小池さんは「私は親族や職場に恵まれたが、仕事の継続を保障し、治療費を借りられるなどの支援が必要だ」と訴える。

 一方、29歳で悪性リンパ腫、39歳で乳がんと2度のがんを経験し、現在はキャリアコンサルタントとしてがん患者らの就労や人生設計の支援に取り組む砂川未夏さん(42)は、若い世代のがん患者と話す際、「自信が持てず、『普通の幸せ』を失った感覚になっている」と感じる。社会人としての成功体験がない上に病気が加わる。その結果、「元のように働けず迷惑をかけるから」と問題を一人で抱えてしまい、自ら仕事を辞めて、経済的に厳しい環境に追い込まれる人もいる。砂川さんは「自分らしい幸せは必ずある。簡単にあきらめなければ、がんの経験は糧となり、将来成長した自分と出会えるはずだ」と話す。=つづく

 ※AYA=Adolescent and Young Adult(思春期・若年成人)

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 ご意見は〒100―8051毎日新聞医療福祉部(住所不要)がん大国白書係

 iryo@mainichi.co.jp ファクス03・3212・3978
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