日々

しあわせにと祈る

婆の気持ち

2012年01月22日 23時48分28秒 | 私自身や健康

子孫のためとはいえ
寝食をおしんではいけないよ
しっかり食べて寝て
結果
日記が書けなくなっている
けれども
それでよし

24日は大雪かな?
松江市の宍道湖大橋がコムコム
うまく定時につけないこともあり

これは困る
かなり早くから皆出かけるので
かなりはやくからコムコム
15分で行けるのところも3、40分かかる

なかなか雪を喜ぶ心境にはいかず
温暖化で大気の生き物たちも変わってきたのかな
病原菌もかわってきたのかな
子孫の健康ばかりが気ななる
8ヶ月の子がもう10日も下痢が止まらない
Drからの薬は飲んでいるのに


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おだやかな冬日より

2012年01月18日 00時24分04秒 | 

おだやかな冬日より
もう春便りの写真がヤフーにあり
あったかいのか寒いのかやや不確実になっている私の感覚
まあ温かいと感じておこう、この冬の平均

おぎゃーと産まれて5月13日から8カ月となる
この頃のかわいさは生涯の頂点だろうか
バイバイしたり
ぱちぱちしたり
にっこり笑ったり
一生懸命食べたり
人の後をついてはいはいしたり

寝る前の寝やごもぐっと少なくなって
夜中もまあまあ寝てくれて
ママはほんとに大変だったね
婆もおんぶにだっこに寝かすのに協力
大変だったかも^^)

まだまだ大変は続く
ママの仕事は美容師
土日は忙しく休めなく
スタイリストになるには
夜遅くまでの勉強があるし
婆もできる限りの協力
腰痛にならないように

今夜はお休みいたします。


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生きよう

2012年01月17日 00時24分44秒 | 私自身や健康
100歳まで生きよう
100歳まで生きよう
100歳まで生きよう

孫のために

こはる
ちか
あなたたちの成長に参加したい

今夜誓う
今夜誓う

100歳まで
100歳まで
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娘の初仕事

2012年01月17日 00時13分20秒 | 
H23年1月17日から
娘 美容室デビュー

朝7時過ぎに家を出る

さてこの婆
孫達を上手く保育所まで連れて行けるか
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過去の日記より

2012年01月17日 00時09分06秒 | 私自身や健康
2007年09月11日

そんな若者達

静かな秋の夜です。
こおろぎが鳴いています。
月はありません。
夕方はとても暑かったです。
事業所に行って、
若者に会いました。
21,2の若者は、一生懸命働いていました。
年次有給休暇は一日も取った事はありません。
時間外を70時間80時間取っていました。
疲れていました。
食事を3度食べていないと言いました。
眠れないといいました。
眠ると起きれないのではと思うので
我慢して起きているのだといいました。
次の夜勤まで、起きているのです。
夜勤ばかりの勤務でした。
コンピューターでの管理です。
スキルが高くないと勤まりません。
自分が休むと他に迷惑がかかるので、
休めないと言います。
運動していました、学校時代は。
でも、もう、しなくなって、2年経つといいます。
友達と話すこともなくなりました。
寮生活で、どこにもでかけません。
一人の若者だけ
恋をしていました。
休みの日には、
恋人とドライブに行く、
眠るのはもったいないと・・・・・・・・・・・・・・・・・
でも、寝ないとね。
疲れは取れないし、不安は強くなるし、
イライラも起きるし、
ストレッチしましょう。
お風呂でマッサージしましょう。
積極的休養は?
帰るとくたくたになって
なにもしたくない。。。。。。。。。。。。。。。
そんな若者達に会いました。


2007年09月12日

今日の出会い

めくりめくるHP
下を見ればPCキー
まっすぐ見れば
テレテレビ(笑)

今日の事業所訪問
会社の要の悩める監督が
こぼれるばかりの笑顔
えっ
結婚?
14歳年下?
だからあの笑顔・・・・・・・・・・
おめでとう
禁煙も1年継続中ね。
ぜったい止めないといっていた現場監督
しあわせ~~~~~~~~

31歳ヤング監督
家族にやや不満
どうした????
奥様の病気あり。。。。。。。。。。。。
でも、抱えて生きるしかないと
でも、社長に話してあって、
何があっても、家族のこと第一と了解を得ていると。。。。。。。。。。。。。
涙が出る
二人のかわいい子供のパパ。
夏休み何度もプール行き
楽しかった、たしかに、
その時は悩みが消えた。
週1回は、クロール思いっきりやろう。
奥様の病気もまるごと愛していけるから
そんな大きな自分
きっとなれるよ
たばこもなしでいけるよ


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過去の日記より

2012年01月17日 00時02分51秒 | 私自身や健康
坂本九さんの番組を見ながら
PC
めくりながら
坂本九ちゃんの番組を見る。
夫と同じ年の生まれ、
私より二つ上
残念な事故による死であった。
中学か高校時代か忘れたけど、
コンサートを見た。
当時の今市小学校の体育館での公演だった。
長い列を作って
体育館前の運動場で待っているとき
九ちゃんは、スタッフ達と野球を楽しんでいた。
多分公演前の時間だったと思う、
今思えば、そんな時、そんな事するかなと
思うのだけど
野球をしている姿ははっきり覚えているし、
九ちゃんは歌もうまかったけど
口笛もとってもきれいだったことを
覚えている。
生きていたら、
今も
みんなを楽しませ癒していたに違いない。



2007年09月10日


きょうの夕方
午後4時
東から西に向かって
9号線
宍道湖縁(べり)を走る。
空は薄青
湖も青
やや西に傾いた太陽の反射で
宍道湖は広範囲に輝く。
プラチナの輝き?
いくつものダイヤの輝き?
いやいやそんな豪華なものではなく
カットガラスのギラギラ?
いやいや
言葉に出来ない輝き。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

午後6時
西から東に向かって走る。
空はまだ青
宍道湖も青
風ありて小波立ち
太陽の陽は吸収されて
青さを深め
涼しさを呼ぶ
黄金の輝きはなし。

9号線を走っているので後ろは振り向かれない
きっと西の空は太陽が輝き
宍道湖の水は黄金色かなと思う。

6時40分
西に向かって走る
もう太陽はいない
西に沈んで
空は青ピンクに染まり
幻想的
カメラに撮るとどんな色かな?
薄暗くなる西のこの赤さを
そのまま捕らえることができるだろうか?

7時20分
すっかり暗い
自宅着
えらいはやく陽が沈むようになったなと
夏の終末を思う。
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過去の日記より

2012年01月16日 23時57分05秒 | 私自身や健康
2007年09月07日

ゴメンナサイ。。。。。。。。
夕べは保健所からの研修に出、10時半に帰る。
9時にすんでから、後輩から、日々の困った事話しを聞いていたので、
遅くなってしまった。
上に立つものは、ゴミ箱になれ、
と父がアドバイスしていたので、
そういううことも、大切なのだ、
そしたら、ぼーと見ていたテレビのドラマで、
「俺はゴミ袋、なんでも、いいな、」
なんていうせりふがあって、
「そんなこと、
本人にいうなよ、言った事が、ゴミになっちゃうよ」
と、思わずつぶやいたが。。。。。
父が言ったことと同じことをいったので、
「へーーー」と思ったりした。

夕べの研修は
パーキンソン病の早期発見、早期治療の話し。
スタッフの母様がそうなった、
と聞いたので、最新の知識を聞くために出席した。
ついでに、特定健診・保健指導の話しもあったので、頭の整理にはよかった。
日々刻々、情報を仕入れておかないと
新しい事柄を見逃してしまう。
これからも、どんどん、内容が明瞭になっていく状況であり

本日一緒に行った、
ぐちぐち言った後輩から、
なんと、もぎたてトマト、きゅうり、なすびを頂く。
実家も、結婚先も農家だから、
休日は両方の畑見回りをする、
ハッスル46のおばさんなのだ。
かつ、
子供の学校の単位修得がクリアできそのお祝いに
おこわと作ったとそれも頂く。
うずら豆の煮たも頂く。
彼女は、こまめな、ホットさがあって
憎めないのだ。
いや、かわいがられるタイプなのだ。
etetの後継の人だから、
ぐちぐちはきちんと対応しなければならないのだが、
おかげで、遅い食後
またまた、バタンguuuuuuu~~~~
となってしまった。

コメントのお返事できませんでした~~~~~~~~~
ゴメンナサイ。。。。。。。。



2007年09月08日


自分のこと笑っちゃいます
宍道湖を愛しています。
特にグレーの風情が好き。

今度、その写真を、なんと、出すことになったんです。
市民文化祭のフォトクラブ一員としてです。
ほんの2点ですけど・・・・・・・・・・

これから、その準備をしなければなりません。
高校のときの同級生からのお勧めで、
カメラを買いプリンターを買い・・・・・・・・・・

オホホと自分のこと笑っちゃいます。


2007年09月09日


一瞬の記録
カメラのキタムラに行って写真を作る。
3枚現像したけど
2枚は失敗したものだと分かった。
違うものに変えなければなりませんが、
明日に連絡をし、選んでもらうことにする。

写真って、一瞬の記録の
二度とない出来事、事象の記録
写真のできばえなどは二の次で
その事象
その景色
その記録の前と後ろが
魅力の出来事で
写真を撮った本人にしか分からない
その写真への思いがあることが分かった。

宍道湖の夕暮れの
宍道湖の梅雨の
宍道湖のグレーの色彩を
こよなく好きだった自分が分かったのは
自分が撮った
梅雨の夕暮れの写真を見たときだった。

自分・・・・・・・・・・・・・・・・・
ってなにか
写真が見せてくれるような気がする。

庭のサルスベリを撮っても
宿根朝顔を撮っても
ムクゲを撮っても、
ここまで大きくした日々や
蕾が来るかなって思いながら眺めた冬の日や
挿し木をしたずっとずっと幼い木の時や
いろんなことを
その写真を撮る時に感じる。

今日は友の作品を沢山撮った。
それは、乙女文楽の人形だ。
これを作る日々の友の様子を
想像しながら写真を撮る・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

写真にはまるって
そんなことも
あって・・・・・・・・・・・・・・・・
なのかな~



忘れました~~~
今日撮った写真をPCに移す方法を忘れちゃったよう
もう、しょうがないね。
いくらいろいろと眺めていても分からないから、あきらめて、明日また、カメラやさんに行って、
教えてもらおう。
どこかにメモをしたのだけれど

こんな時って
ほんと
自分がいやになる。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



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過去の日記より

2012年01月16日 23時52分50秒 | 私自身や健康
2007年09月05日

一人娘が嫁ぎます。
あちらのお母様はとてもおやさしくて
・・・・・・・・・・
こちらのお母様は天然○○で
・・・・・・・・・・・・
この差はどうしたものでしょう。

秋が来ます。

一人娘が遠くに嫁ぎます。
あちらのお母様はよろこんで頂いています。
こちらのお母様は よろこんだ格好をしています。

42で産んだ子で
母一人の子一人の18年でありましたから。
一緒に喜びたかった父親は居ず
一緒に喜んでくれる祖父母も居ず

太平洋の沿岸の
魚が美味しい黒潮の
温暖な気候の三重県に嫁ぎます。

山陰の
暗い
グレーの
湖の
しめった空とは縁のない
明るい三重に嫁ぎます。

台風はあまり来ないところでしょうか?
冬は雪の降らないところでしょうか?

こちらのお母様はなんにも知らないのであります。

一人娘が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いいことで
職場の友に、娘の結婚のことを話す。
先に娘を嫁がせた友だから
気持ちは言わなくてもよく分かる。
「もう、すっごく、悲しかったよ
大切なものを取られたって感じ・・・・・・・・
お婿さんがとろとろして、娘ばかり忙しく動いていると腹立つしね。(笑)」
「ワハハ~~~」と笑いあったら
etetはえらいすっきりした。
もやもやした気持ちを
友が代弁してくれたって感じになった。
ま、そう簡単にはいかないけれど
気持ちがやや落ち着く。

「話す」って、、、、、、、、、、
いいことで。。。。。。。。。。。。。
助かることで
問題解決することでであった。




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過去の日記より

2012年01月16日 23時50分14秒 | 
9月3日

雨の後残る
グレーの朝

風なく
気動かず

夏の終末
けだるさのスタート

耳なりか
PCの音か
磁気の流れか

草ひとつ
動かず

自転のみあり。。。。。。。。



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過去の日記より

2012年01月16日 23時36分06秒 | 私自身や健康
日曜日の朝
テレビ 知るを楽しむ を見ながら
過去を
明治大正昭和を力強く生きた方々を知ると
涙することがある。
今日の城山三郎さんの記事。
やはり、戦争の実話。
終戦の放送があった後の特攻隊の話。。。。。。。。。。
その父を持つ娘の話。

こののんびり~~~~した日曜の昼前
外はさるすべりが最後の蕾を咲かせた。
まだ幼木のさるすべりは
毎年最後まで蕾が開くまで気になる。
暑い時咲く花だから
虫や水不足に蕾が負けないか
咲ききるまで心配なのだ。

今日はカメラに収めようかな


昔の電車

今回の東京行きで癒されて帰ったこと
ハチ公前広場の電車のモニュメントだ。
「過去を飾る・・・・・・・・・・・・」ことの癒しを感じた。

この電車のモニュメントは、昭和29年から 渋谷駅=横浜駅の間を走った、当時は最新型の 東急電鉄・車両製作所の5000型・1号車だ。

中に入って1時間ばかり、渋谷の駅前を眺め楽しんだ。

8月31日だったからか、子供連れの家族が電車の中で楽しんでいる。
東京の幼い子を見ることは、まず、稀だけど、
母と祖母と一緒の子達を見るのもほほえましく。
中には日本ガーディアン・エンジェルスの活躍が写真等で紹介され、
渋谷の町を守っていることが分かる。
また、くらしの情報紙「しぶや区ニュース」8.15号もおかれ、
地域の普通のくらしのにおいがした。
電車はきれいに掃除がされ扇風機がまわり、気温も低かったが、涼しい風が心地よかった。

渋谷の駅前、ハチ公広場はかって、たばこの吸殻だらけで、
「えっ、これが日本?東京?????」と思った。
それから、吸殻を捨てるのは止めましょう看板が立てられ、(でも吸殻は少なくならず、日本人のマナーの低さを恥ていたけど)
そうする喫煙場所が設けられたが、
それでも、場所以外でたばこを吸う人あって、
不快であった。

それで、電車の中に入ったのだが、
さすが、そこまでは、たばこの煙は入って来なかった、
でも、また、「もう、たばこ作らないでよ!!」と思ったりした。。。。。。。。。。。

9月1日は防災の日 わが身・わがまちはわが手で守る、
代々木公園である防災パーク2007
地震のそのときあなたはという記事が渋谷区ニュースにはあり、
電車の中に、置いてあった。

少し前銀座のホテルで宿泊した時、消防車が来ていたので、
「どうしたのですか?」と聞いたら
「小火(ぼや)があったんですよ」と、
火の気のない地下鉄の駅に入る入り口の機械置き場から火がでたんだと分かった。
「たばこの吸殻ポイ捨てですか?」
「多分・・・・・・・・・・・・」とのことであった。
etetはまたもタバコ人種への怒りが↑った。

最近、タクシーの中が禁煙となったはずだが、
守られているだろうか?
子供のたばこ吸い始めは、10歳と聞いている。

渋谷の昔の電車の中でそんなことを思ったりして、
かわいい子供達を思った。
小学生の子供が、渋谷の落書きを写した写真を見て、祖母に、
「これなあに?」と聞いた
「落書きよ・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・落書き?いけないよね~」
「そうだね~」

そうする18時が来て
地域の高年の女性が、「本日は終わりました、ありがとう」
と言って、
渋谷ハチ公前の電車に鍵がかけられた。


いつにない、「人」を感じた渋谷の駅であった。


2007年09月03日


なんかメロディーがミステリー
桑田佳祐が愛の歌を歌う

このおっさんたち?と思って面白かったデビューのころの事・・・・・・・・・・・・
もう、何年前になるのだろう。。。。。。。。。。。。。。

りっぱなミュージシャンとなって今夜は歌う姿を写している。

なんか安心して見ておれる。
このしゃがれ声がどうしていいのか分からないし
なんて言っているのかも分からない時が多いのに
どうして?

今夜の彼は
長門裕之に似ている。

なんかメロディーがミステリー

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過去の日記より

2012年01月16日 23時09分56秒 | 私自身や健康
2007年08月09日

ピカソの絵・フランコの夢と嘘
広島県立美術館にて
パブロ・ピカソ 1881-1973
(etetが30歳の時、ピカソは、他界したんだね。)
版画集《フランコの夢と嘘》を見る
1937年
紙・エッチング・アクアチント
小さい頃からピカソは絵が好き、成人すると、それまで、誰も思いつかなかった作品を生み出す。沢山の人の心を動かす、偉大な芸術家
フランコというのは、ピカソの生まれた国スペインを力ずくで抑えつけいた将軍の事、
フランコに怒りを感じたピカソはこの将軍をヘンテコな生きものに変身させる。
こんなおかしな姿にしてしまえば、恐くない、笑ってしまう。
でも、ピカソは悲しむ人や苦しむ人、死んでいる人も描いている。
皆フランコに痛めつけられた人々。
こんなひどいことをしたフランコを怖がることなく、そして許してはならないと絵で語っている。
【以上、パンフより】
作品は小さかったが、、、、、、、、
サルバドール・ダリの溶ける時計の大作が同じ部屋にあったけれど、
その絵はキリンも燃えていたけれど、
ピカソの小作品が、、、、、、、、強烈であった。
ピカソの絵が好きなetetだから。。。。。かも。
なぜ、こんな、へんてこりんな絵が想像できるのか?
と思う。


フランツ・リスト
灰色の雲
忘れ去られたワルツ

急ぎメモする

リストの諦観する心境

音楽とは認められなかった音
売れない音楽

リスト偉大なる天才
現代ピアニズムへの架け橋になった

子供の頃先生が言っていたことと全く違う
教育とはそんなもんかもしれない。

リスト・・・・・・・単なるピアニスト、作曲家とは言いがたい
そんな風に評価していた、
だから、モーツアルト、ショパン、ベートーベンより劣ると・・・・・・・・・・
改めてこうして文に書くと、恐ろしい。
きっと、このような、誤った知識として、
流れが決めたことが多くあっただろう。


群盲索象
あるカレンダーから、こんな言葉が見つかった。
「群盲索象」
インドの有名な説話
何人もの目の不自由な人が、王様の命令で象にさわり、象とはどんなものかを言わされる。足にさわった者は、象とは木の幹のようなものと言い、尾にさわった者はムチのようなもの、腹にさわった者は、壁のようなものと言う。部分部分を見ているかぎり、けっして物事の全体像はとらえられないという教訓話であるが、現在の私たちはこの話をどうとらえればよいか。与えられる情報量は、過剰なくらい多い。しかし、だからといって物事の全体像が身えているわけではないのだ。

いつも、職場訪問に同伴させていただく
尊敬する産業医先生のよくなさるお話でもある。


敗戦か? 終戦か?
静かな土曜日
雲ひとつ無い青い空が見える

八月は重たい
戦争の記憶
戦争の記録
戦争反対の叫び
重たいけれど、やっぱり、思いたい。

終戦の八月
「敗戦」としばらく、政府は言っていた、が、
それを真似て民衆も言っていたが、
敗戦と言えばなんらかの思いが湧き出る
終戦と言おうとお上から発せられたか、
報道はすべて「終戦」となった

戦争に負けた・・・・・・・・・・・・
ではなく
戦争は終わった??????のか?
ほんとうに終わったのか?
戦争をリセットして無理やりアメリカナイズへの導入を図るためだったか?
敗因はなにか?
敗戦とすれば、戦争を勃発した原因である事ごとを考えることができたのでは?
戦争は、裁判で裁かれればそれでいいと、
民衆は思ったのか?
結果には必ず原因があることを、先祖は知っていたはずだった。
敗因を考えなくなったことは、
なぜ、戦争を起こしたか?
その発想と実行に蓋をしたことにならないか?
あまりにも残酷であるが故
民衆は語らなくなった、
きっと、自分も「敵である人間を殺した?」
「敵地の婦女に暴行した?」
「残虐な皆殺しにかかわった?」
怖かった、そんな恐ろしき自分を思い出すことは怖かった。
引っ張られて行くかもしれない、
犯罪者として罰せられるかもしれない。

沖縄の婦人達、広島の被爆の人々の悲しみは
占領下という環境や差別という扱いに
心はさらに閉ざされて、
戦争を民衆は語らなくなったのか?
「戦後62年」という番組は
もっと、封印を早く解き、放映されねばならなかったものと・・・・・・・

過食になっていった少女
二回死すことを実行した成人した少女
天真爛漫無邪気であったがゆえに押さえつけられて、我慢をしいられて、
そのうえに、顔に多くのほくろやいぼができたことで、
じぶんのまわりに
厚い壁を作り、自分を閉じ込めることで自分を守る。
でも、そんな自分が大嫌いになって
自己否定をする。
それが他人を避けることとなって
自宅に篭る。
医療機関に受診もした、
過食も治りたいと思った、
でも、医師からのメッセージは心に届かなかった。
職場を離れ海の向こうの実家に帰る事になった、
親達が心配して帰るように言う、それに従うことにしたか?
本人自身が決めたのか?それは聞けなかったが、
彼女の母は彼女を治すことができるか?
家族は彼女にプラスに働くのか?

彼女へのサポートは、実家がが遠いので出来ないけれど、
祈るしかない。

彼女は栄養士であった、
栄養士が過食に!
それがよけい彼女を彼女をして否定することになったのだけれど。。。。。。。。。。。。。

自分を閉ざすことは
敗戦の原因、戦争勃発の直前を閉ざしてきたことと同じでは?
と思うのはあまりに胆略的かもしれないが、
蓋をしたり壁をしたり逃げたりしては
なんら解決にはならないのだ。。。。。。。。。。。
彼女は母に自分を素直にぶつけられるか?
彼女の母はその攻防に耐えられるか?
彼女が自分を肯定していく繋がりは
自分の再生に繋がる。
それを信じて、自分を家族にぶつけていってほしい。


今日は妹が大阪から帰ってくる
JRは満席!
これも大変だぁぁぁぁ
膝が痛いと言っている、大丈夫かなぁ




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100歳の方に学んで

2012年01月16日 01時30分08秒 | 私自身や健康
まあまあの穏やかな土日
大学センター試験がまあまあ無事終わる

まあまあ
いろいろ
人生は・・・・・・・・とか
思いながら、
もう年だからと凹んでいる私。

今日は100歳の方のお話を聞く
そのお方は、日々、今日はこれをやるぞ
といって生きている。
歳のことなど一切思わず言わず
「やるぞ」とのみ言って生きておられる。

糖尿病の研修の送迎バスに一人で乗りに来て
進行中のバスの中で、今年の抱負を話された
マイクを持ち、後ろ向きで、寄りかからずに一人立ち
同席の者達みんなその元気さに大変驚いた。

私もつい最近75歳ぐらいにしか見えない90歳の男性さんとお話をした
もうすぐ70と弱きになっていた私、
その方のようにと思って、元気を貰ったが
さらに100歳の方のお話し
動くバスに一人立って話されたバランスOKの体力

ほんとに驚く

まだ後30年も生きねば100歳にならない私
後20年
88歳まで生きようと思っていたけど

もう少し延ばしてもいいかな?

至らない私だけれど
日々の
まあまあな、
いろいろな、
できごとを、
歳のせいにして弱気になってはいけませんね。

気持ちを新たに出来た日でした。



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過去の日記より

2012年01月16日 00時44分47秒 | 私自身や健康
大根と人参の酢の物
久しぶりに、大根と人参の酢の物を作った。
普通はごまをまぶすのだけど、いつもと違うのは、ピーナツ和えにしたこと。
おかげでボールいっぱいをたいらげてしまった。

あと、ヤクルトのキムチの味噌汁に、
名前の分からない、グリーン葉を炒めて、
混ぜた。。。。。。。。。。。。。。

酢の物も、菜っ葉入りキムチ汁も、
おいしかった。。。。。。。。。。。。。。。。。。

家の中にいると、仕事はみな、よい方向に向かっていると、思ってしまった。。。。

2007年08月08日

かぼちゃがいつになくおいしく煮えた。
巻き寿司と稲荷とおしんことかっぱの巻き寿司を買って
卵の澄まし汁(ヤクルト製品)に小口切りの葱を沢山入れた。
ぬか漬けの沢庵が薄塩で美味しく、
お寿司を引き立てる。。。。。。。。。。。。。。
今夜も美味しい夕食。
トマトもきゅうりも高かったので買うことをやめ、
100円の青梗菜(ちんげんさい)しめじ、ピーマンを買って、炒めた。
ウーーーン 全く、おいしいとしかいいようがない。
このところ腹部快調
食欲は収まりを知らない


反省ばかりの講習
運転免許更新
この5年、座席ベルト装着義務違反を、1回してしまった
服がきつくて、気分が悪くなったので、
運転しながら脱ごうとして、
シートベルトを外したとたん、道の前方で、おまわりさんが、棒を振った。。。。。。。。
ありゃりゃと思ったが後の祭り、
おまわりさん曰く
車をとめてから、服は脱ぎましょう・・・・・・・・であった。
9号線の取り締まりにつかまって、次々と車が斐川交番に入って来る。
殆どが、携帯電話使用であった。。。。。。。。

従って婆は一般講習を1時間受けた。
内、30分は事故のビデオを見る。
もう、飲酒運転の実態は、驚くべき、状況であった。
講習の時だけ、流さないで、普通のテレビでもっと流して、飲酒運転の恐さを知って貰うべきと思った。
たまたま、隣に座った高年の方が、
「わしは、毎晩5合飲む」と
「えっ? 5合!? 多いですねぇ!そんなに飲んだら、朝、酒気帯び運転になりますよ。」
「???っ」
「夕べも飲まれたんですね、だから、息が臭いですよ。5合飲むって、自慢になりませんですよね」
「・・・・・・・・・・・」
つい、そんなことを言ってしまったetet。。。。。。。。。。。。。。

しかし、わき見運転もこわいですね。
どんな状況であれ、交通事故は恐いですね。

人を殺したら、何年も、塀の中の生活が待っていることも、認識す。

眠い時は、運転をやめよう。
わき見しながら(庭庭の草木をちらちら見ながら)の運転はやめよう。
シートベルトは、発車前にきちんとつけよう。
反省ばかりの講習であった。


医療機関の未収金
未収金の発生理由、法的解釈について議論  厚労省検討会

記事:WIC REPORT
提供:厚生政策情報センター

【2007年8月7日】 医療機関の未収金問題に関する検討会(第2回 8/3)《厚労省》 厚生労働省が8月3日に開催した「医療機関の未収金問題に関する検討会」で配布された資料。この日は、国立病院機構における医業未収金の状況(P6参照)や都立病院における個人未収金(P8参照)、保険診療契約についての判例・学説(P17-P22参照)が示され、未収金発生の理由・回収等の取組みについて、議論された。 未収金の発生原因として、(1)治療内容の不満(2)保険資格喪失後の受診(3)老人、公費負担割合返納後の保険未提出による差額未収-など、11項目が挙げられている(P3-P5参照)。また、保険者診療契約について、木ノ元直樹氏の説では、保険者は医療機関に対し全額診療報酬義務がある、としている。それを前提に、一部負担金は医療機関が債権譲渡を受けたものとなり、その未収金は不良債権化であり、医療機関は保険者に支払いを要求することが可能、との考えが提示されている(P21参照)。 その他、医師の応招義務に関する規定(P26-P28参照)などが掲載されている。



歳をとったら

低所得者は7-2割減額 75歳以上の医療保険料

記事:共同通信社

【2007年8月7日】

 厚生労働省は、来年4月から始まる75歳以上が対象となる後期高齢者医療制度の保険料について、低所得者に対する3段階の負担軽減措置の導入や年間50万円を上限とすることなどを、6日開かれた全国担当者会議で示した。

 保険料は所得に応じた「所得割」と負担能力とは関係なく1人当たりで負担する「均等割」で構成され、個人単位で課される。原則として、年金が年間18万円以上の人は年金からの天引きとなる。

 負担軽減措置は、世帯主と世帯の被保険者の所得との合計に応じ、総所得が33万円以下は7割を減額。また、世帯主を除く被保険者数に24万5000円を乗じ33万円を加えた額以下は5割を、被保険者数に35万円を乗じ33万円を加えた額以下は2割を、それぞれ減額する。

 また激変緩和措置として、サラリーマンらが加入する被用者保険の被扶養者だった人は、制度加入時から2年間は均等割だけが課され、さらに5割が軽減される。

 厚労省の試算では、1人当たりの平均保険料は月額6200円程度。高齢者にかかる医療費によって自治体ごとの保険料にばらつきが生じる見通し。


平均月額6200円
年金が年間18万円以上の人は年金からの天引きとなる。
いったいいくらの天引き?
年金が年間18万しかない人がいる?
どうしてそんな低額?
分からない、この世の、不思議
それが年金なり



雷と停電
大きな雷が鳴って、稲光が、なんどもひかる。
いやいや、稲光が光って、雷が鳴る・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夏の夕方、いつもの、夕立、
一時の大雨、いつもは驚いて外をしばし見るのだが、
今日は丁度警備会社の訪問で、管制室の若者と話していた。
雷の為に、停電するのは、これも、いつもの出来事、
家の電気が消えるのはそう無いが、
警備会社の管制室では、電気操作の停電が、
数百件起きるそうであり、
勿論、警備に支障が無いようになっていても、修正作業が必要になってくる。
その為、職員は仮眠の時間を使って修正業務を遂行する。
雷のため、余分な仕事が発生し、仮眠時間を使って、修正しなければならない。
雷の為に、過重労働が発生するわけだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・
いやいや~~~~
雷の被害が警備会社の職員に起きているとは知らなかった。
警備会社の電気システムで守られている会社は多くなったが、
文明の利器は、やはり、人間の手で守られているのか!
仮眠の出来なくなった職員は、過重労働となって疲労が蓄積するけれども、
雷が鳴るたびに、増員するわけにはいかず、
若者達の頑張りで、会社の安全が維持されているのかと、
分かった日であった。
今年は雷が大変多い。
熱い陽射しの少ない夏は過ごし易いけれど、
夕立と雷は夏の風物詩、
涼しくなったと、喜んでばかりはおれないのですね。
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過去の日記より

2012年01月16日 00時32分48秒 | 私自身や健康
2007年08月17日

ある日突然
スタッフのから、相談を受ける。

実家に帰ったら、いままでの母とは見違えるほど、、、、、、、、、おかしくなっていた。
きれい好きだったのに、家の中散らかしっぱなし。
仕事が(農業)出来なくなった、、、、、から畑に出ていない、とのこと。。。。。。
息子は驚いて母に「どうしたの?」
と聞くも、はきはきした会話が帰ってこない、
「どうして????」
父の妹、叔母がいるので、そこそこ、家事もしてはあったが、今までの母とはちがう。
父に「どうした?」と聞いても、要領のえない返事。
不安のまま息子は自宅に帰った。
それから、10日後、また実家へ帰ってみると、
母はますますおかしくなっている。
何度も同じ言葉を繰り返す。
手足が不自由なのはますますひどくなって
家事が全く出来なくなっている、。。。。。。。。。。。
父は母を近医に受診させていた。
パーキンソンとのことであった。
76歳の母の姿に納得できない職場のスタッフはetetにどうすればいいか?と聞いてくる。
あまりの急な変化に、息子であるスタッフはショックだったことだろう。
スタッフは長男、姉はいるけど、父母を見るのは長男であるスタッフなのだ。。。。。。。。。。。
この間までなんの心配のない母、
スタッフは戸惑うばかり、
突然に、介護人生スタートとなる。
少し気が楽なのは、実家には父の妹がいるので、すぐに同居等は考えていないようだが、確定診断に受診させねばならない。

これからのスタッフの苦労が婆には痛いほどよく分かって、


2007年08月04日

広島の一日
会議及び友との充実した時間が済み
8時半松江に着くと人、人。
「オー今日は花火大会一日目」だった・・・・・・・・~
いつもは誰もいない白潟公園も末次公園も店が出て 人、人。
「あ~~~~松江にも人はいたんだぁ~~~」
今日は広島の平和公園と資料館の人人を見た
平和行進の人人(ひとひと)もいっぱいだった。
若者達が多かった。
松江も広島も・・・・・・・・・・・・
子供達も多かった。
特に資料館は子供達が多くいた。

婆は昔を思い出す。
日本が独立したのは昭和26年だっただろうか?
そのころ、原爆の歌が歌われ、映画が上映された。
どこまで実写だったか分からないが、
川に飛び込む人々、火傷をしながら歩く母子、背中の子は死んでいた?か?
髪がごっそり取れる(抜ける)女の子・・・・・・・・・・・・・・・・・
等々きのこ雲の上がる様
人が一瞬に消えたか?黒い跡・・・・・・・・・・・・

今夜は夢を見るのだろうか。


2007年08月05日

朝 自治会の 清掃活動
この熱い8月にあるのは、お盆を迎える準備かな?
と勝手に思っているが
さすが、熱いとのことで、15分早く切り上げとなった。
etetは、雑草対策で、ノコン菊、マーガレット、キンケイ草、緋扇水仙、アザレア、松葉ボタン、他々植えているので、
まだ、それれが、生えそろわない、
道路際をきれいにした。
しかし、時間はまだまだ不足、
きれいにするには、まだまだしたかったが、
さすが、熱いので、みんなといっしょに止めて、
おいしい配給のスポーツ飲料をもらって帰る。
地域の草とりは、etetまわりのそれらの草花をみんな、根こそぎ抜いてしまわれるので、注意を言っておかねばならないが、
うっかりいいそびれたところの
ノコン菊とマーガレットを根こそぎぬかれてしまったところがあった。
その上、秋の黄色い花がきれいな、ツワブキさえもだ!!!
まあ、草に興味の無いヤングママ達を怒るわけにも行かないので、
今度からは、なんらかに、しるしをしておこう。
しかし、雑草と言う名の草は無いと昭和天皇が言われたように、意図的に草を植え、見守れば、
この地球温暖化の中、多くの草をゴミにして、石油を加えて焼かずともいいのになぁと思うも、・・・・・・・・・・・・・・
しかたないか。。。。。。。。。。。。。。。。。。
と思って、家の中に入る。

みなさん おつかれ~~ごくろうさまでした~~~
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過去の日記より

2012年01月16日 00時24分09秒 | 私自身や健康
2007年08月18日

24時間テレビを見ています。
もう30回?

13歳の少女の闘病生活の放送の時、
婆はえんえん泣いてしまったね。

子供が死ぬのはたまらない
孫が死んだ時もえんえん泣いた

難病と闘う方の思いを思うと
この世での私の苦労なんて
苦労のうちにならないと思う


夏の太陽が
らんらんのまま
山に消える
西空を薄いピンクに変えて
透き通る
青の
突き抜ける
明るさの
黄金の
輝きの
山の上の入道雲の
天頂の
三日月が
太陽に変わって
輝きだす
まだ明るい
夏の夕焼け
薄オレンジが
地平線に沿って
北と南に伸びて
暑い一日が暮れる

夏の日は
ぎらぎらの太陽のまま
山に沈む事を

気づいたのか~

秋の夕焼けも
もうすぐだね

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