日々

しあわせにと祈る

四肢まひの指揮者がタクト 兵庫でチャリティー定演

2018年08月19日 23時57分30秒 | 
四肢まひの指揮者がタクト 兵庫でチャリティー定演
2018年8月17日 (金)配信共同通信社

 プロとアマチュアの音楽家で構成する阪神フィルハーモニック管弦楽団(兵庫県尼崎市)が18日、伊丹アイフォニックホール(同県伊丹市)で、伊丹市の子どもらを招いて入場無料のチャリティー定期演奏会を開く。四肢まひの指揮者、岸本弘志(きしもと・あつゆき)さん(67)=尼崎市=が、最後に披露する曲で車いすに乗ったままタクトを振る。
 楽団によると、岸本さんは20代のころから国内外で指揮者として活躍。約20年前の脳出血で四肢にまひが残り、リハビリの結果、右手でなら指揮棒を振ることができるようになった。
 楽団は2011年に創設。近隣の社会福祉施設への訪問演奏などを行ってきた。クラシックの演奏会では曲の演奏中、客の出入りに配慮を求めることが珍しくないが、楽団では障害者にも気軽に音楽を楽しんでほしいと、出入りを自由にしている。
 楽団の担当者は「障害のある子どもたちにも生の音楽を聴いてもらいたい。訪問演奏とは違うコンサートホールの雰囲気も感じてほしい」と話している。問い合わせは楽団事務局、電話090(9092)8546。
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85才ピアニスト、フジコ・ヘミングさんが来た

2018年07月07日 22時21分40秒 | 
85才ピアニスト、フジコ・ヘミングさんが
松江の県民会館に来た。
テレビで見た時関心が沸き
今回見に行く。
もう、よかった。
言葉なし。

時間まで、ここ、県民会館のパンカフェでコーヒー

二階席だったが、プラハ放送交響楽団の全体が見えて、テキメンよかった。
命、洗われる。
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ジャネット・ジャクソン、うつとの「激しい」闘いを告白

2018年06月25日 13時06分22秒 | 
ジャネット・ジャクソン、うつとの「激しい」闘いを告白
発信地:ニューヨーク/米国 [ 米国 北米 ]
国際医学短信2018年6月22日 (金)配信 一般内科疾患精神科疾患

米ラスベガスで2018年ビルボード・ミュージック・アワードのアイコン賞を授賞した米歌手ジャネット・ジャクソン(2018年5月20日撮影)。(c)Kevin Winter/Getty Images/AFP
 【AFP=時事】米歌手ジャネット・ジャクソン(Janet Jackson)さん(52)が、うつとの「激しい」闘いに苦しんだ経験を告白した。子どもの頃に抱えた劣等感や、社会における人種差別・性差別に関連があると述べている。
 ヒップホップをブレンドしたポップな音楽と巧みな振り付けのライブショーで、20代にしてスーパースターの地位を確立したジャネットさん。アフリカ系米国人女性向けのライフスタイル誌「エッセンス(Essence)」最新号掲載のエッセーで、昨年の第1子出産に喜びを見出したと明かした一方、30代は「困難な時代」だったと語った。
 「闘いは激しかった。とにかく延々と、うつの原因は何だろうと分析していた」。20日に公開されたエッセーの抜粋で、ジャネットさんはこう振り返っている。
 「自尊心が低い根っこには、子どもの頃の劣等感があるのかもしれない。極端に高いハードルを乗り越えられなかった経験が関わっている可能性もある。それから、人種差別や性差別といった社会問題が常にそこにあるのは言うまでもない」
 「うつは、執拗(しつよう)で恐ろしい症状だ。幸い、私は抜け出す道を見つけることができた」
 兄の「キング・オブ・ポップ」こと故マイケル・ジャクソン(Michael Jackson)さんも、うつと不安症を抱えていた。
 ジャネットさんは2015年にアルバムを発表して音楽シーンに復帰したが、その後ツアー公演を突然中断。第1子イーサ(Eissa)君を50歳で出産した直後、息子の父親で3人目の夫だったカタール人富豪ウィサム・アルマナ(Wissam Al Mana)氏との破局を発表した。
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今回起きたTOKIOの事件について、スピリチュアル的な説明を加えてみます。

2018年05月25日 22時24分11秒 | 

こんにちは、
人生最適化スピリチュアルライフコーチの
礒一明です。
今回起きたTOKIOの事件について、スピリチュアル的な説明を加えてみます。

まずはじめは、山口達也さん自身に関して。
人生で起きる出来事でインパクトのある出来事に偶然はないといいますが、それはこの事件も同じこと。

すでに前からお酒と女性に関して業界では有名だったということで、これは起きるべくして起きた事件だと思います。

間違えて起きてしまったことではなさそうです。

では、なぜ、こうした事件が起きたか――。

こんな風に考えてみてください。

今回山口達也という名前の魂は、感情コントロールが極めて苦手で、それを克服しようとして、今回生まれてきました。しかし、これまでの前世を含めた経緯で、ちょっとやそっとのシナリオでは、感情コントロールができるようにならなかった。

そこで、感情コントロールができないと、どんな結果を招いてしまうのか、インパクトのある経験をするシナリオ、人生の青写真を考えます。失敗は、その経験が苦痛であればあるほど、本人は猛省をします。

こんな風に考えて今回の出来事を見てみると、彼の魂にとって、今回職を失うこと、グループに迷惑をかけること、こうしたインパクトのあるシナリオが、とっても痛みを伴うけれども魂の成長になる出来事である、と。こんな風に私は見ています。

今度は、別の視点から同じ出来事を見ています。

今回、メンバーの一人が不祥事を起こしたことに関して、残りのメンバーも集まり、全員黒づくめの服で記者会見を開き、テレビの前で全国放送で謝罪をしていました。私はアメリカにいるから思うのかもしれませんが、連帯責任にしても、厳しい罰だなと思うのが正直な感想です。

ここで会社が出てくるのならわかります。監督不行き届きという側面があるからです。

しかし、仲間は上司ではないので、何かを止めさせたり、注意したりするのに限界があります。

また、芸能人は、広告出演などもビジネスのうちで、あんな黒服で謝罪をしたら、イメージダウンも含め、それこそキャリアに影響がでます。会社が出るのであれば、実際に罪を犯していないメンバーの影響は最小限ですみます。ジャニーズ事務所は、何かあった時にタレントを守らない芸能事務所、という印象をもってしまいますよね。

さて、ここでですが、会社が出てこない本当の理由をご存知ですか?

これは、ちょっとネットでググると出てきますが、ジャニーズのトップがいわゆる同性愛者で、ジャニーズの男性タレントのかなりの数がその生贄になってきたと言われています。そして実際、この出来事は裁判で争われ、社員へのセクハラ行為が確定しています。

しかし、ジャニーズのメディアへの多大な影響力から、この話は放送界にとってタブー中のタブー。このタブーを破ると、ジャニーズは自分の会社のタレントをその局に絶対に出さないという報復措置を取ることを業界中が知っているので、この話はタブーのままでいます。

ということで、会社のトップが表にでて謝ることができないので、代わりにタレントを晒し者にして、事態の収集を図る。これがジャニーズという会社です。そして、皆さんもご存知の通り、SMAPの解散事件のときにも全く同じことが起きました。全員が黒服を着て、そして、テレビの前で深刻に謝ります。

別に解散をしたいという自由意志を示したぐらいで、こんな謝り方をする必要はないと個人的には思います。スピリチュアル的には、自由になりたいという意志を示したことで、周りがどう反応するかは周りの問題です。

しかし、ジャニーズというのは、こうしたスピリチュアルな観点と全く逆行するポリティクスやパワーゲームをする会社であり、表に出ては困ることがたくさんある会社です。

さて、ではどうして今回SMAP、TOKIOと社会的インパクトがあることが続いて発生したのか。宇宙の大きなシナリオでは、これも偶然ではありません。

こうしてスピリチュアル的に出るべきものが表に出る流れの中では、ジャニーズのように隠蔽とか情報コントロールというエネルギーが今スピリチュアル的に進化している宇宙の中で居場所がどんどんなくなっていっているのです。

ですので、ジャニーズがこうした体質が変わらない限り、また、内側から何かしら膿が出る出来事は続くことでしょう。

そして、宇宙のシナリオ的には、こうしたパワーポリティクスの居場所は、どんどん小さくなっていくと思います。

あと、もう一つこれに関して気になった点を。

今回のTOKIOの事件で、夜に芸能人の家に遊びに行った女子高生にも非があるという見方と、女性に一切非はなく、あくまでこれは山口達也だけの問題だという2つに意見が分かれているようです。

ある番組でゲスト出演者が「なぜ、そんな遅い時間に女性だけで男性の家に行ったのか、私だったらそれはおかしいと思う」という旨の発言をしました。

すると、その番組を仕切っている司会者は、「いや、女の子には一切非がない、これは、芸能人側の問題だ」と言い切ります。

この応対に私は不自然さを感じます。

というのは、スピリチュアル的には、何かの出来事があった場合、どちらの側も考える点、学ぶ点があります。

今度は一般常識的な目で今回の出来事を見ても、私自身、高校生の娘を持つ父親の点から言うと、このニュースを見たうえで娘に、こうした状況で酔っ払った男性の家に夜出かけると、こういう事件がある可能性を知っておきなさいと話をしました。親として当然の教育ですよね。ここで「女子高生には全く何の非はなく、芸能人だけの問題だ」とは、言いません。

ということで、今日は時事を取り上げてみました。
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西城秀樹さんが死去 歌手、新御三家で人気 「YOUNG MAN」

2018年05月17日 21時54分32秒 | 
西城秀樹さんが死去 歌手、新御三家で人気 「YOUNG MAN」
2018年5月17日 (木)配信共同通信社

 「傷だらけのローラ」「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」などのヒット曲で知られる歌手の西城秀樹(さいじょう・ひでき、本名木本龍雄=きもと・たつお)さんが16日午後11時53分、急性心不全のため横浜市内の病院で死去した。63歳。広島市出身。葬儀・告別式は26日午前11時から東京都港区南青山2の33の20、青山葬儀所で。喪主は妻木本美紀(きもと・みき)さん。
 中学生のころからバンド活動を始め、16歳のときに「恋する季節」(1972年)でデビュー。73年の「情熱の嵐」がヒットして人気に火が付き、ほぼ同時期にデビューした郷(ごう)ひろみさん、野口五郎(のぐち・ごろう)さんとともに「新御三家」と呼ばれた。
 叫ぶように歌う情熱的な歌唱スタイルで「激しい恋」「傷だらけのローラ」「ブーメラン ストリート」「ギャランドゥ」などヒット曲を連発。米グループ、ビレッジ・ピープルのダンスナンバーをカバーした「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」は、アルファベットを両手で表す振り付けも話題を集め、大ヒットとなった。
 80年代からはアジアでの活動にも力を入れ、88年のソウル五輪前夜祭で、当時は公の場では禁止されていた日本の歌を披露。98年には日本人として初めて中国・万里の長城の前で歌った。
 テレビドラマ「寺内貫太郎一家」やNHK連続テレビ小説「つばさ」、映画「愛と誠」などで俳優としても活躍。「ヒデキ、感激!」のフレーズが流行語となったカレーのCMや、アニメ「ちびまる子ちゃん」のテーマ曲「走れ正直者」などでも親しまれた。
 2003年と11年に脳梗塞で入院、リハビリをしながら音楽活動を続けていた。
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アクセス:マライアさん、双極性障害を告白 患者に勇気 #MeToo

2018年05月15日 10時40分15秒 | 
アクセス:マライアさん、双極性障害を告白 患者に勇気 #MeToo
2018年5月14日 (月)配信毎日新聞社
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 ポップ音楽界の大スター、マライア・キャリーさん=写真・ロイター共同=が4月、長年患う自身の「双極性障害」(そううつ病)を告白し、ツイッターなどで共感が広がっている。多くは同じ病に苦しむ人の声だ。そこからは、精神疾患を抱える人たちが生きづらい社会の現状も浮かぶ。
 双極性障害では、気分が高ぶる「そう」と落ち込む「うつ」の二つの状態が表れる。
 マライアさんは4月上旬、米ピープル誌のインタビューで病気を初めて公表した。同誌上で「最近まで否定と孤独の中で生きてきた。いつも誰かが私をさらし者にするのではないかとおびえていた」と語った。17年間苦しみ、最近になって治療を始め、告白を決意したという。
 マライアさんは言う。「孤独でいる人たちへのスティグマ(偏見)が取り除かれることを願っている。病気は必ずしもあなたを定義するものではないし、私はそんなもので自分を定義されたり、コントロールされたりするのは嫌だ」
 東京都在住で同じ病を患う男性「なお」さん(42)=ニックネーム=も「勇気をもらった」と話す一人だ。
 なおさんは、IT企業のシステムエンジニア(SE)で激務に追われていた20代後半に発症した。「うつ」では何をする気も起きない。「そう」では逆に一睡もせず活動する。賭け事にはまり、職場では攻撃的になってトラブルを起こし退職した。勤め先を転々とし、30代半ばで自殺を図った。未遂に終わり、駆け込んだ精神科で初めて双極性障害と診断された。
 投薬で症状は緩和し、今は作業所でケーキ作りや公園の草刈りをする。さまざまな精神疾患を抱える人が集う自助グループ「ハートプレイス東京」も作った。それでもなお、周囲に病気を打ち明けるのは難しいと感じる。
 「友人に言っても『何、その病気?』と理解されず、親類から『元気じゃん、働けるじゃん』と言われる」。家族には「心が弱いだけだ」と言われ、ひどく傷ついた。
 やっかいなのは「そう」の状態を自分自身も他人も病気と認識しにくいこと。精神科医の鈴木映二さんは「個人差はあるが、薬物療法でも1年の3分の1は『うつ』か『そう』になってしまう。症状が出ている患者を職場が受け入れるには、社会が相当成熟しないと難しい」と語る。
 自助グループでなおさんと交流する都内の男性「あつし」さん(40)=同=は、統合失調症を患う。結婚して子も授かったが、病気を知った妻の家族の干渉で2年後に離婚した。「社会には精神疾患に対する否定しかない」と感じている。
 マライアさんの告白を受けて、なおさんは「病気の当事者が経験を発信し、世の中に精神障害への関心を広げていきたい」と話す。あつしさんも「自分たちが味わったつらさを社会からなくしたい」と前向きだ。【宇多川はるか】
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注意力が低下する脳機能の障害と闘いながら歌い続ける大川千里さん 「時の人」

2018年05月11日 01時37分20秒 | 
注意力が低下する脳機能の障害と闘いながら歌い続ける大川千里さん 「時の人」
2018年5月10日 (木)配信共同通信社

 哀愁を帯びた歌声をアコースティックギターの音色に乗せ、時に笑顔で観衆に披露する。「誰のために生きているのか」「居場所はないんでしょ」。注意力や記憶力が低下する脳機能の障害と闘いながら、昨年6月に発表した曲に自らの存在価値を問う、つらい心情を託した。今後も活動を続ける。
 小学3年の秋、急性リンパ性白血病と診断され、治療中に脳梗塞も発症。投薬で命は取り留めたが、宿題を計画的に進められなくなったり、先生に同じことを何度も聞いたりするようになった。
 「どうして自分だけうまくできないのかな」。落ち込んで友達に相談しても「誰にでもある悩み」と気に留めてもらえず落ち込み、学校も休みがちになった。「高次脳機能障害」と分かったのは高校2年の夏。脳梗塞の後遺症だった。
 高校1年の時ギター教室に通い、懸命に練習してアコースティックギターの演奏が趣味に。2年になって地元、秋田県のイベントで弾き語りを始めた。障害者支援施設でもライブを披露し、インターネットに自作やカバー曲の動画を投稿する。
 この障害は症状が目に見えないため外見では分からず、社会的な認知度は低い。本人も自覚することが難しく、周りから苦しみを理解されない。
 「同じ悩みを抱える人の心の支えになれれば」「障害のことを知ってほしい」。日常生活で吐き出せなかった思いを歌に込める。「活動の幅を広げていきたい。困難はあるけれど、やれないことはない」。19歳。
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ピアノを始める

2018年04月07日 17時56分51秒 | 
わーわーわー
75才の記念、
婆は、ピアノを始めたぞー
先生チのピアノ先生チの玄関の飾り
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小澤征爾さん、オペラ指揮を降板 大動脈弁狭窄症で入院

2018年03月14日 19時27分46秒 | 
小澤征爾さん、オペラ指揮を降板 大動脈弁狭窄症で入院
2018年3月8日 (木)配信朝日新聞

 指揮者の小澤征爾さん(82)が入院のため、今月13日から始まる「小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクト」への出演を取りやめることになった。所属事務所が8日、発表した。病院で検査を受けたところ大動脈弁狭窄(きょうさく)症と診断され、精密検査と治療で約1カ月の入院を要するという。
 16・18日に京都市、21日に名古屋市、25日に東京で小澤さんがする予定だったオペラ「子どもと魔法」の指揮は、デリック・イノウエさんに交代する。13日の小学生向け公演で予定していた「お話」も取りやめる。指揮者変更に伴うチケットの払い戻しはしない。
 小澤さんは「本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。今は治療に専念し、体力の回復に励みたい」などとコメントを寄せた。(星野学)
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岡山の医療団体トップらがバンド 18日に川崎医療センターで演奏

2018年01月19日 22時34分23秒 | 
岡山の医療団体トップらがバンド 18日に川崎医療センターで演奏
2018年1月18日 (木)配信山陽新聞

 岡山市医師会、岡山市歯科医師会、岡山市薬剤師会と、岡山県看護協会岡山市支部のトップらがバンドを結成している。名前は「四師会(よんしかい)バンド」。仕事の合間を縫って活動しており、18日には同市北区中山下の川崎医科大総合医療センターで演奏する。
 メンバーは医師会前会長・内田耕三郎さん(ドラム、ベース)、歯科医師会長・壺内智郎さん(ギター)、薬剤師会長・小山敏章さん(ギター)と会員の大西東吾さん(キーボード)、県看護協会岡山市支部長・川口法子さん(パーカッション)の5人。ボーカルは主に川口さんが務める。
 バンド結成は2015年春。内田さんが医師会長だった頃、懇親会の席で医療4団体・組織のトップや役員が音楽経験者や音楽好きだと分かり、結束をより深めようと立ち上げた。
 これまでに同市内の病院のホールコンサートなどで10回ほど演奏。回を重ねるごとに評判は上がっているといい、内田さんは「とっつきにくいイメージがある医療関係者に親しみを感じてもらえたら」と笑う。
 多忙のため毎回本番までに全員で音合わせできるのは1、2回しかなく、それぞれ個人練習でカバー。自分たちが楽しむこととリズム感を大切にし、曲目は観客の患者らが口ずさんで一緒に盛り上がれるものを選ぶ。18日の演奏は午後3時半~4時。ビートルズやAKB48など6曲を予定している。入場無料。
 内田さんは「バンド活動を行うことで、仕事でも以前より息が合ってきていると感じる。できるだけ長く活動を続けていきたい」と話している。
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今年の最終時間💌

2017年12月31日 20時20分37秒 | 
美空ひばりさんが生きておられたら
80歳になられる。
年月が経った。
28年経った。
平成元年だった。
ババが引っ越しをした年であった。
夫の会社が倒産をして
自家を売って、公営住宅に引っ越した年だった。
ババは46歳
ひばりさんは52歳
若かった。

ひばりさんの永遠さを感じる。
ババの命も孫に引き継がれ、ある意味永遠?

大みそかのそばも食べたし
残りは紅白 の 時間💌
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GLAYの曲、結婚式での使用「無償」 一部支払い必要

2017年12月12日 11時45分29秒 | 
GLAYの曲、結婚式での使用「無償」 一部支払い必要
寺下真理加
2017年12月11日20時24分
GLAYのメンバー。左からTAKURO(ギター)、TERU(ボーカル)、HISASHI(ギター)、JIRO(ベース)=ポニーキャニオン提供

 人気ロックバンドのGLAYが、新郎新婦のなれそめを紹介するプロフィルビデオなどに楽曲を使う際、著作権に関わる使用料の一部を徴収しない方針を明らかにした。発表は10日付。1曲あたりの使用料は約2千円安くなる見通しだ。
 著作権法の規定により、結婚式で流すプロフィルビデオのBGMとして楽曲を録音したり、会場で流す目的で事前に楽曲を複製したりする際は使用料を支払う必要がある。GLAYはこれまで、「HOWEVER」「ずっと2人で…」などヒット曲の結婚式での利用申請に対し、個別に「無償」と回答してきたが、公式サイトで改めて無償提供を公表した。
 これは楽曲の権利を持つ歌手、所属事務所、レコード会社などの「著作隣接権」に対する支払いで、日本レコード協会によると、ビデオなどへの楽曲の録音や複製は通常、1曲あたり約2千円で、この分が無償となる。
 GLAYの多くの曲は、作詞・作曲をメンバーが手がけている。作詞家、作曲家らが持つ「著作権」の使用料については、日本音楽著作権協会(JASRAC)などが集中管理している。この分の200~400円程度は今後も支払いが必要で、GLAYの所属事務所は公式サイトで支払い方法などを説明している。
 所属事務所の担当者は「おめでたいことなのでユーザーが支払う著作権料の大半を占める著作隣接権に関しては無償で提供させてもらいました」と話す。ボーカルのTERUさんは朝日新聞の取材に「結婚式という人生の素晴らしい舞台で使ってもらえることは光栄。自分たちの音楽をもっと聴き手に生活の場面に根ざした形で役立ててもらえたらうれしい」と話している。(寺下真理加)
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古賀政男(こがまさお) (1904-1978) 74歳で死亡。

2017年09月16日 10時53分16秒 | 
昭和53年7月25日、いつものように午前5時ごろ起床し、般若心経(はんにゃしんきょう)を読んだが、そのあと気分が悪いと訴えた。医者が来て心臓の冠状動脈硬化症の診断を下し入院をすすめると、ウンザリしたように「入院はいやだなあ」といった。

そのうち容態が急変し、午後1時15分、家人や音楽関係者10人ばかりに看(み)とられて息をひきとった。
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人間本能的に悲しい動物かな?ピーナツさんを偲ぶ

2017年05月05日 20時21分43秒 | 
ウナ・セラ・ディ東京 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/ウナ・セラ・ディ東京

ウナ・セラ・ディ東京」(ウナ・セラ・ディとうきょう)は、1964年に発表された日本の歌謡曲である。 本項では、前年1963年に作られ、この曲とほぼ同一の内容 ... の「東京たそがれ」も曲調を一部変更して、タイトルも「ウナ・セラ・ディ東京」に変更した(「ウナ・セラ・ディ東京」とはイタリア語で「東京のある一夜」(Una Sera di Tokio)という意味である)。

哀しいこともないのに なぜか涙がにじむ ウナセラディ東京 ああ いけない人じゃないのに どうして別れたのかしら ウナセラディ東京 ああ あの人はもう私のことを 忘れたのかしら とてもとても淋しい 街はいつでも後姿の幸せばかりウナセラディ東京 ああ ...

最近この歌を聞いた、ピーナツさんの思い出の番組だった。
このお二人の最終番組にこの歌も歌われた。
お二人は元気のいい明るい歌より
声の響きがこの歌のような悲しい響きが心に届いた。
ウナセラディ東京 は何の意味なのか知らなかったけど
その言いやすさで、よく口ずさんだ。
自分で勝手に
哀しいこともないのにどおして、
なみだーが出るのウナセラディ東京あああー
であった。

人間、本能的に悲しい動物かな?

ピーナツさんはババより二つ上だよ、
映画もよく見たしね。


1975年2月18日に当時東京都千代田区有楽町の三信ビルヂングにあった渡辺プロダクション社屋[11]にて記者会見を開き、現役を引退することを表明(1972年頃より引退を検討していた)した。
この時34歳、あまりに若い引退
姉の伊藤エミは1975年6月4日に同じ所属事務所であった元・ザ・タイガースの沢田研二と結婚し、ハナ肇宅の隣に居を構えていた。その後1男を出産するが、1987年1月に離婚した。
2012年6月15日、姉:伊藤エミが死去[16]。2016年5月18日には妹:伊藤ユミが死去した[17]。
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「ケ・セラケラ」の歌を

2017年05月02日 14時40分09秒 | 
「ケ・セラケラ」の歌を
もう
どうでもいいや!という投げやりな心をOKする時
歌っていた。
でもそれは間違いで
母親が子どもを慰め励ますときに歌う歌だと聞いた。

なるようになるわ~🎵

そうよ、あなたの人生だもの
くよくよ考えたって堂々巡り
あなたの考えるように
やりたいようにやればいいのよ
「ケ・セラケラ」
なのだ。

母はそう言って自分の取り越し苦労を否定したものだ。

今の婆に言いたい
なるようになるわ~
先のことなど、分からない

やっぱりなんかどうでもいい投げやりOKなコンコロ持ちになる

ケセラセラ~
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