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フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

1月23日(水) 雪のち雨

2008-01-24 11:04:25 | Weblog
  朝起きると雪が降っている。ベランダの手すりに少しばかり積もっている。予報よりも二日遅れの雪である。今日は自宅で仕事の日なので、「今日は雪が降っている」と何の利害関係もなく受け止めることができる。
  3日前に「大田区立蒲田交差公園」のことで役所にメールで問い合わせをしたが、今日、その返事が届いた。公園事業の担当部署である「まちなみ整備課」からのもので、ポイントは以下の3点である。

  1.大田区立蒲田交差公園は都市計画法に基づいて設置された公園である。
  2.自転車駐輪場は代替地に移設した。
  3.自転車駐輪場ができる前、当地は公園であったので、緑化推進の一環として原状回復をした。公園の形態については従来からトイレやベンチは設置されていなかった。

  要するに「何も問題はない」ということである。役所の窓口が区民からの素朴な問い合わせに「はい、実はいろいろ問題があるのです」といきなり回答してくるとは期待してはいなかったので、とくに肩透かしを食わされたとは思わない。むしろなしのつぶてではなかったことを感謝する。
  その上で、上記の3つのポイントについて私の考えを述べておく。
  第一に、「大田区立蒲田交差公園」が都市計画法に基づいて設置された公園であるというのはあまりまえのことで、だから法的に問題がないということにはまったくならない。例は悪いが、一連の耐震偽造マンションだって問題が発覚するまでは建築基準法に基づいて設計・建築されたものとして通っていたのである。
  第二に、撤去された自転車駐輪場の代替地がどこかという点について、回答の中では触れられていなかったが、実はこれが問題なのである。「大田区立蒲田交差公園」が普通の「公園」のイメージとは大きくかけ離れたもので、実質的に日本工学院の医療カレッジ専用新校舎の前庭(花壇)でしかないということを私は問題にしているのだが、自転車駐輪場の代替地というのはその新校舎の地下1階なのである。下の写真はその自転車駐輪場の入り口である。「区営日本工学院地下自転車駐車場」と表示されている。実際に中に入ってみたが、地下1階が区民用の駐輪場、地下2階が日本工学院の学生用の駐輪場になっている。区民用の駐輪場には管理人が1名常駐している。立派な駐輪場である。事情を知らない人が見たら、新校舎の地下スペースを駐輪場として区に提供するという日本工学院の社会貢献に拍手を惜しまないだろう。しかし、地元の住民たちはみな、日本工学院は新校舎の正面玄関前の駐輪場を撤去して「公園」にしてもらう交換条件として地下のスペースを代替地として提供したのだと考えている。それが世間の常識である。で、ここで問題となってくるのが、この代替地の提供は無償なのか有償なのか、有償だとすればその金額はどれほどのものなのかという点である。無償ならば「まあ、いいか」という気にもなる。しかし、有償で、それもかなりの金額であったら、「それはおかしいでしょ」と言いたくなる。日本工学院は、玄関前に花壇・・・じゃなくて「公園」を作ってもらった上に、駐輪場の場所代という新たな収入ができ、おまけに区民用の駐輪場(B1)の管理人に学生用の駐輪場(B2)の見張りまで(間接的に)してもらえるのだから。

        

  第三に、「原状回復」という説明は間違っている。私は蒲田で生まれて育った人間である。だから、撤去された駐輪場が作られる前はそこが公園であったことを知っている。いま新校舎が建っている場所には「パレス座」という映画館があった。私はそこでスタンリー・キューブリック監督の『時計じかけのオレンジ』やアラン・レネ監督の『去年マリエンバードで』を観た。そして映画を観終わって、映画館の前のその公園のベンチに座って缶ジュースを飲みながら空を見上げたものである。そう、その公園にはベンチがあったのである。トイレがあったかどうかは憶えていないが、しかし、ベンチはあった。万一、私の記憶違いだといけないと思い、昔から「公園」の近所で商店を営んでいる方に尋ねてみたが、やはり「ベンチはありました」とのことだった。だから「従来からトイレやベンチは設置されていなかった」という回答は、何を根拠にそう言っているのか知らないが(完成当時の公園の写真くらい保管されているはずだが)、少なくともベンチに関しては間違っている。昔はベンチのない公園なんてものはなかったはずである。たとえブランコや水のみ場や公衆トイレがなかったとしても、最低限、ベンチがあるというのが、そこが公園かたんなる空地かを区別する目印であったと思う。だから「原状回復」を言うのであれば、「大田区立蒲田交差公園」にはベンチがなければならないのである。しかし「現状」(「原状」ではなく)は下の写真のようになっている。これが公園といえるだろうか。「現状」を正当化するために「原状」もそうであったと偽証することは、イギリスの歴史学者エリック・ボブズホームいうところの「歴史の捏造」である。

        

  ・・・といった趣旨のことを、もう少し手短に、もう少し穏当な表現にして、メールに書いて返信した。
  朝の雪は、取材中にみぞれになり、そして雨になった。山下達郎の名曲「クリスマス・イブ」とは逆の展開である。午後6時半から区役所で大田区男女平等推進区民会議。防災課と教育委員会指導室の担当者を呼んでのヒアリング。深夜、学文社にブックレットの「参考文献」と「あとかぎ」をメールで送る。ようやく全部の原稿を送ることができた。「あとがき」の末尾には「二〇〇八年一月 雪の降った日の冷え込む夜に」と記した。風情がある。執筆をわざわざ遅らせた甲斐があったというものだ。