陸海軍けんか列伝

日本帝国陸海軍軍人のけんか人物伝。

208.山本五十六海軍大将(8) 今後の海戦には戦艦は無用の長物となりましょう

2010年03月19日 | 山本五十六海軍大将
 「人間提督・山本五十六」(戸川幸夫・光人社NF文庫)によると、二年間あまりの研究の結果、艦政本部は昭和十一年七月、大和型二隻の建造が可能であると高等技術会議で決定した。

 航空本部長の山本五十六中将はこの計画には最初から反対だった。どんな軍艦を造っても、めざましい発達をなしつつある航空隊の集中攻撃にあっては耐えられるものではない。軍艦が海に浮かんでいる以上、必ず沈められる。

 当時の艦政本部長は中村良三大将(海兵二七首席・海大八)だった。中村大将は山本五十六航空本部長の航空主力説に真っ向から反対だった。

 中村大将の主張は空母や飛行機の重要性は認めるが、あくまで艦隊の補助的兵器で、最後はどうしても主力戦闘艦の決戦になるというものだった。

 中村大将は山本中将にとっては先輩であり、先輩には礼を以って尽くす山本中将だったが、日本海軍の将来を決する大問題なので、先輩であっても自己の主張を曲げることはできなかった。

 両部長は烈しく論争した。山本中将は、こんな巨艦を甚大な国費と長い年月をかけて造るべきだったら、その費用と年月を航空機の整備増強に注ぎこんでほしいと要求した。

 中村大将は「しかし、いままで飛行機によって撃沈された戦艦、巡洋艦はいない。飛行機が発達すると同様に軍艦も日進月歩して、対空防御力も増強している」と言った。

 これに対し山本中将は次のように主張した。

 「いや、それは過去の話です。第一次大戦以後、海戦らしい海戦はないし、ことに飛行機と軍艦が交戦したことがないから、いま、その証拠を見せろといわれてもないが、航空機の破壊力には恐るべきものがあります」

 「艦上攻撃機の一機一機が、早く言えば大砲であり、巨弾であるわけです。大砲で撃つか、飛行機で運んでぶっつけるかの違いです」

 「砲戦開始前に砲弾の届かないところから飛来した飛行機で撃破、あるいは撃沈されるのですから、今後の海戦には戦艦は無用の長物となりましょう」

 すると中村大将は「山本君、それは言いすぎじゃないか?」と少し怒気を含んだ顔つきになって、次の様に主張した。

 「巡洋艦以下の小艦艇なら君の言は、あるいは当たっているかもしれん。いや、仮に一歩を譲って旧式な巡洋艦や戦艦が対空的に弱いといっても、これから建造しようというのはその点を十分に考慮に入れた新鋭の巨艦なんだ」

 「いくら叩かれても平然としている浮沈艦を我々は造ろうというのだ。しかも研究の結果それは可能である。だから君の意見は尊重するが、この建造を取りやめるわけにはいかん」

 論争は連日繰り返され、二人とも自説を曲げなかった。そんなある日、航空本部へ、軍令部第二部長の古賀峯一少将(海兵三四・海大一五)が訪ねてきた。

 山本中将は古賀少将の顔を見た瞬間に、「ははあ、説得にきたな」と悟った。山本中将、古賀少将、堀悌吉中将(海兵三二首席・海大一六首席)の三人は親友で、三人そろってよく旅行したり、ハイキングなどをした仲だった。山本と堀は兵学校同期で、古賀は二期後輩だった。

 古賀少将は、「おい」と椅子に座りながら、「貴様、俺が今日~」と言いかけると、山本中将は「わかっているよ。艦政のことまで口を出すな、と言いにきたんだろう」と先手を打った。

 古賀少将は「わかっていれば余計なことは言わんが、こんどのは画期的なものなんだ。あまり水をさすようなことは言わん方がいいぞ」と言った。

 すると山本中将は「貴様、本気で言っているのか。海軍に我々が職を奉じているのは、国家を護るという大任のためではなかったのか? 軍艦を造ったり、飛行機を造ったりすること、それ自体が目的じゃないだろう?」と静かな口調で述べた。

 古賀少将が「うん、そりゃそうだ」と相槌を打つと、

 山本中将は「そんなら、国家のために無駄だと思うことを止めて、必要なことに振り向けようという意見は誰が言い出しても構わんじゃないか」と言った。

 古賀少将が「貴様の言うことも一応の理屈だが、世の中は貴様の理屈どおりにはゆかん。貴様、あんまり頑張っていると危ないぞ」と言うと、

 山本中将は「そんなことは最初から覚悟している。正しい理屈に一応も二応もあるもんか。軍艦は絶対に飛行機には勝てん。有り余る予算があるのなら、軍艦造りもよかろう。だが、足りん足りんの予算で、少しでも多く分け取りしようといっているときには、一番必要なものにつぎ込むのが当然だろう」と答えた。

 それに対し古賀少将は「軍艦は飛行機に勝てんというのは貴様の意見だ。俺は絶対に大丈夫だと信じている」と述べた。

 最後には山本中将は「おいおい、この忙しい時に貴様と論争なんかしている暇はないぞ、用が済んだら帰ってくれ」と言ったという。古賀少将は苦笑しながら帰っていった。