ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

冷血 トルーマン・カポーティ

2024-01-11 09:23:10 | 

子供の頃から推理小説が好きだった。

ところがいつの頃からか、推理小説という言葉はあまり見かけなくなり、それに代わってミステリーという言葉が使われるようになった。

その原因となったのではないかと私が考えているのが表題の作品だ。「ティファニーで朝食を」で知られるカポーティであるが、この作品が後世に与えた影響はそれ以上だと思われる。

この作品はノンフィクションではないのだが、下手なノンフィクションが逃げ出すほどに詳細に調べられ、構成されているがゆえに事実を追ったのかと思いたくなるほどだ。犯罪そのものよりも、犯人たちの生い立ちと家庭環境に重点を置いたストーリーの構成は、従来のミステリーにはない視点を感じさせる。ミステリーの新たな第一歩とされたのも理解できる完成度だ。

二人の凶悪犯のいずれもが、豊かなはずのアメリカにおける貧困層の出身である。一人はいわゆるプアーホワイトとしてまともな白人たちが見たくもないと蔑む階層の出身者であり、もう一人もインディアンとの混血があることが明白な問題家庭の出身者でもある。

カポーティは良識ある白人たちが見てみぬふりをしてきたこれらの貧困者たちを詳細に描き出すだけでなく、その対比として恵まれた家庭で育ちながらも犯罪者の道へ足を踏み外した白人たちも描き出して、アメリカ社会の暗部に冷たい目線を注ぐ。

この作品の時代背景は1950年代後半であり、第二次世界大戦の覇者であるアメリカの最盛期でもある。まだヴェトナム戦争の泥沼に入り込む前であり、人種差別が普通の価値観であった時代でもある。アメリカ以外の国々が、アメリカの機械文明煌びやかな社会に憧れを抱いていたはずの時代でもある。

この後、アメリカはヴェトナム戦争に傷つき、人種問題で国内が混乱し、麻薬犯罪が広がる一方で、国内治安の悪化が普遍化してしまう。それでいて冷戦に勝ち抜き、世界がアメリカ式の自由に染まるはずなのに実際は反発ばかりを喰らう混迷の時代を迎える。

読み終えた後、私はカポーティが今の時代を生きていたのならば、どんなミステリーを書いたのだろうと思わずにはいられなかった。多分、エルロイよりも礼儀正しく、ウィンズローよりも穏便に、それでいてハリスよりも温和に現代アメリカの冷血な犯罪を描き出すのではないかと思うのですよね。

この作品、サイコ・ミステリーが苦手な人でも許容できると思いますので、興味がありましたら是非ご一読を。


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2 コメント

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Unknown (大俗物)
2024-01-11 15:36:06
ほほう。新訳が出たんですか。たまたま「地獄の黙示録」の原作であるジョゼフ・コンラッド「闇の中」新訳を読み終えたところて記事に出会ったので、
まぁ、そろそろ1990年代以前の翻訳は変わるべき時期に来てるのかもなぁ……と感慨です。
んで!まぁヌマンタさん読書歴のレジェンドの一つであろうなぁとは想うすね。ヌマンタさん書評を見てゆくと、ベルセルクとかLAコンフィデンシャル(エルロイはホントにイカれてますね)とかブラック・ダリアとか、昨今の生温いダークファンタジーなんか冷笑するようなのお好きですものね。血まみれの月とか、
具合が悪くなるのにわざわざ読むか?🤣
私もフォークナーと並べて読んだが、フォークナーよりも(「八月の光」とか)冷徹に思えた。
ガラスの瓶に虫たちを入れて、蠱毒の進行を眺めるような冷たい視線を感じましたが、それが見世物で終えてないんてすよねぇ。その冷酷な描写に見世物を足したのがフォークナー、さらにエンタメでハドリー・チェイス(「ミス・ブランディッシュの蘭」)だと想うんですが、「冷血」は見世物を超越した冷徹な観察力を感じました。
似たようなドキュメントで、「心臓を撃ち抜かれて」や、同じ犯人の話(前述は死刑囚の弟の執筆)で、
ノーマン・メイラーの書いたの(題名失念m(__)m)とも読み比べたんてすけどねぇ、これに優る冷徹なドキュメンタリー本はお目にかかった事がない。
カポーティが「アラバマ物語」の作者と幼馴染で、
あの小説の誕生に一役を買ったそうですが、同じ人種差別やらの暗黒面を描きながら、こんだけ昆虫でも観察するように透徹した文章なのは信じられん。
まぁカポーティでも一生に何作も書ける作品じゃなかったのでせうが。まぁアル中のホモすからね、才能が無ければ当時の米国社会では存在すら許されなかったろうし。面白いのは冒険SFで男勝りなリイ・ブラケット(エドモンド・ハミルトンの奥さんで、最後の作品がスター・ウォーズ帝国の逆襲の脚本)と、ハードボイルド映画「3つ数えろ」を共同執筆していて、それが二人のハリウッドデビューな事ですね。ブラケットは男勝りな活劇作家だから解るけど、やはりカポーティはノワール的なダークネスに惹かれる資質が最初からあったのでせうね。では。
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Unknown (ヌマンタ)
2024-01-12 09:26:30
大俗物さん、こんにちは。基本的にミステリーは人間の暗部を描くことが多いというか、描かざるを得ない。そこが魅力ですが、エルロイまでいっちゃうと、むしろ反作用がきつすぎる。でも偶に読みたくなるから怖いです。重厚な作品も好きですが、軽妙洒脱な作品も嬉しいです。
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