忘れていたけど、けっこう良い漫画だったのだと再確認した。
現在、夏休みでヒットを飛ばしている日本映画の一つが、表題の漫画を原作としている「海猿 Brave Hearts」だ。先だって、暑さから逃げるように映画館に飛び込んで、たまたま時間が合ったので観た映画であった。
私は原作のイメージを大事にしたいので、この漫画が映画やTVドラマ化されているのは知ってはいたが、観たことがなく、今回が初めてだ。たしか最終話のストーリーではなかったかと思う。
元々、漫画週刊ヤングサンデーで連載時に流し読みをしていたので、当時はそれほど傑作とは思わなかった。ただ、この漫画により初めて海上保安庁に憧れを抱いた若者が出てきたとの話を耳にして、その影響力の大きさに驚いたことは良く覚えている。
実際、私自身もこの漫画ではじめて海上保安庁を知ったようなものだ。丹念に取材されて描かれたことがよく分かる漫画であり、雑誌連載当初にはけっこう興味深く読んでいた。
私は学生時代、山登りに夢中だったので、山岳遭難に立ち向かう山岳救助隊のことなら多少は知っていた。また日赤の講習を受けて、ちょっとは遭難時の心構えや対策技術なども学んでいたので、この漫画は山岳遭難との対比を含めて、いろいろ考えさせられる。
一言だけ書いておくと、遭難が起きてしまった状況というのは、遭難が起きやすい状態だと云うことだ。つまり、遭難者の救助に向かった者もまた、新たな遭難者となりやすい状況なのだ。
もし、不幸にして救助に向かった者が遭難した場合を、二次遭難という。これは絶対避けなければならないと、遭難対策講習会においても、講師から口をすっぱく何度も警告された。何故なら二次遭難は被害を拡大し、より一層救助を難しくするからだ。
だから救助者が遭難者と共倒れになることは絶対避けねばならない。普通なら重症者や老人や子供を優先して助けるが、状況によっては助かる可能性の高いものから助けねばならない非情なケースもありうる。この決断こそ、リーダーの義務であり、リーダーをリーダーたらしめる核心でもある。
具体的に言えば、遭難者から憎まれる覚悟をさえもリーダーには求められる。そのような覚悟を求められる状況は、だいたい危機的で心理的にも肉体的にも、追い詰められている過酷な状況だ。
ただひたすらに助けを求めるつぶらな瞳や、「あなたは弱いものを見捨てるのか」との非難と不信を受け止め、冷静沈着に確実な判断をするのがリーダーの責務である。八方美人では務まらないし、仲良しごっこは通用しない。
だから、この漫画でも主人公の情熱ぶりに、私は少々イラついていた。多分、危険な状況で仕事をする経験がある方なら、誰しもが抱いた苛立ちだと思う。それでも、心の奥底ではひたむきな努力が実り、ハッピーエンドを迎えられることを願う気持ちはある。
これは山岳遭難でも、海難事故でも同じだと思うが、最後に生き残る者は、最後まで諦めなかった者だ。生き残るために、帰りを待つ者のために、なにがなんでも生き残る冷静な情熱。
そう、ほとばしるような熱い情熱では危うい。どんな事態をも冷静に受け止め、周囲を見渡し、自身を見つめなおし、コントロールの効いた冷たい情熱こそが生き残る秘訣だと私は信じている。
もちろん、冷たい理性の奥には、生きることを切望する熱い情熱が吹きだまっている。この心境に達するには年季が必要だ。多くの経験を積み重ね、何度となく後悔にさい悩まされ、己の無力さを自覚してこそ初めて得られる心境だ。
時間があれば、漫画を最終話まで読んで欲しい。でも、時間がなければ表題の映画でも足りるでしょう。お勧めですよ。