世界初の民間ジェット旅客機であるコメット(英製)が空を飛んでから、世界は近くなった。
かつては数十日かけた太平洋横断も、ジェット機ならば10時間足らずで済む。しかし、もっと短い時間で済ませたいとの欲求が頭をもたげる。
すなわち超音速旅客機を待ち望む声は少なくなかった。フランスが国威をかけてコンコルドを開発し運用したが、意外なほど追随者は少なかった。旧・ソ連のツポレフ社は開発こそしたが、運用上の問題が多すぎて短期間で廃された。
イギリスからジェット旅客機市場を奪い、世界市場の過半を占めたボーイングやMDといったアメリカのメーカーでさえ、開発プランこそ呈示し、実験は行ったが結果的には断念している。そして今年、コンコルドの最終便が地上に降り立ち、再び空を羽ばたくことはない。
超音速で飛ぶためには、空気抵抗の少ない超高空を活用せざるえず、そのための技術的な問題解決と、経済的なリターンが算盤勘定に合わなかったことが、最大の原因とされている。
事実、超音速の領域は軍事面でのみ実用化している。コスト面、安全面での配慮が乏しくて済むからこそ実現できた技術だと言っていいと思う。
しかし、それでも夢は未来を羽ばたくことを止めない。石油の枯渇が現実の危機として予測される今日でさえ、航空機メーカーは、超音速の旅を実現すべき研究を続けている。
表題の作品は、人類は無限の未来を信じ、超音速飛行が当たり前になる時代を当然のものと信じた時代に書かれた。単なる技術賛歌ではなく、むしろ警告の書としての性格を有する。
この本が刊行された当初は、SFパニックものとして売り出された記憶があるが、現在ではホラーものの亜流としてジャンル分けされることもある。
なぜか?
超音速を可能にする超高度では酸素どころか空気そのものが希薄だ。その超高空で起こった偶発的な事故により旅客機の機内は一気に無酸素状態となる。
ようやく自動操縦により高度を下げ、呼吸可能な状態に戻った時、多くの乗客は無酸素により脳が損傷を受けての死亡者多数。かろうじて生き延びた者も、脳が受けたダメージにより正常な判断力を失くしてしまう。
たまたま密閉されたトイレなどに閉じ込められたが故に、無酸素の被害を受けなかった生存者は、ようやくトイレを脱出したものの、キャビンの自分の席に戻って絶句する。
いくら声をかけても妻も子供も反応しない悪夢が夫を襲う。ママは生けるゾンビ状態となり、やはり生き残った幼い娘を絶望に追いやる。それどころか、正常な判断力を失くした者たちが、狂気に駆られて襲い鰍ゥってくる。数名の生存者たちに息つく暇は無い。
かろうじて、パイロットさえもが死亡した操縦席に逃げ込み救いの手を待つが、待ち受けるのは事故自体を生存者なしの迷宮入りの事件としたいと切望する外部のものによる策謀であった。まさに内憂外患、前門のトラ、後門の狼のサンドバック状態。
ただ亜音速で旅客機は、燃料の尽きるまで自動操縦で飛ぶだけの極限状態。果たして生存者たちに未来はあるのか。
まさにパニック小説の王道をゆく逸品です。もし未読でしたら、是非ともお試しあれ。