のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

『井田照一 版の思考・間の思索』

2012-06-15 | 展覧会
増税とか再稼働とかする前にひとつ選挙でもしていただけませんかね。


それはさておき
京都市美術館コレクション展 第1期 井田照一 版の思考・間の思索の鑑賞レポでございます。気づけば京都市美とは半年以上もご無沙汰しておりました。
終わってしまった展覧会をご紹介するのはいささか心苦しいのですが、向いの京都国立近代美術館でも井田照一の版画展が開催中であり、こちらは24日までやっておりますので、行こうか行くまいか迷っておいでのかたはご参考にでもしていただければと思います。


さて
本当にしんどい時は何を見る気にもならないわけですが、そこそこしんどいくらいの時には彫刻か現代美術を見たくなります。おそらく彫刻はワタクシ自身が全く関わらない分野なので、がつがつせずに純粋に楽しみとして見られるという気楽さがよいのであり、現代美術は、作品に対してわりあい自由な解釈が許されているという点がよいのでございましょう。

2006年6月に亡くなった井田照一氏、版画における版とは何かということを考えたり、ものの存在感と重力との関係を作品化したりと、色々コンセプチュアルにつめて行ったかたのようですが、しんどいのでなるべく何も考えずに鑑賞することに。そんなわけで、カラフルなリトグラフ作品が並ぶ第一室から、これはいいなあ、これもいいなあ、これはあんまり好きじゃないや、と気楽な気分で見ていきましたら、たいへん面白かったのでございますよ。
単色でくるっと円が描かれただけの作品なんて、それだけでもずーーっと見ていられます。
といえばぐだぐだしている間に芦屋の吉原治良展も終わってしまったなあ。4月からやってたのに何で行かなかったんだろう。

様々な色と形と作風に彩られたカラフルな第一室から一転して、第二室はおおむねモノトーンの世界でございます。こちらの一番下の作品のように、一見すると黒や青のただ一色を四角形にベタ刷りしたものかと見えます。ところが近づいてよくよく見ますと、版の表面のへこみや盛り上がりが紙面に写し取られており、この場には存在しない版の存在感、「もの感」が、ひしひしと伝わってまいります。
この他にもフロッタージュ(凹凸のあるものの表面に紙をあて、上から鉛筆などでこすって凹凸を写し取る手法。拓版。)を活用した半立体的な作品や、石や木材とごくごく薄い紙とを組み合わせたオブジェなど、それはそれはのろごのみな作品がたんまりと。版の凹凸、しみの広がり、そして木目の自然な紋様といった作家の意図を離れた偶発性が、きっちりかっきりとバランスの良い長方形という限定された版面の中で遊ぶ、その恣意と偶発のせめぎ合いが心地よいったらございません。

ここまで見て来ましても、いやはや全然知らなかったけど色んなことしてた人なんだなあ、と今更ながら感じ入ったわけでございますが、平面・立体・半立体に加えてインスタレーションも手がけていらっしたようです。美術館一階中央の休憩スペース(トイレ前)と2階中央展示室を繋ぐ階段、ここは『日展』開催時以外は仕切りで閉鎖されているのが常でございますが、半円を描くこの趣き深い階段に、本展では氏のインスタレーション作品であるプリントされた紙袋たちが配置されておりました。単純な横線模様がプリントされているほかは何の変哲もない、茶色いクラフト紙製の紙袋たちは美術館の住人よろしく、年季の入った段の上やら、大理石製の手すりの上やら、柔らかな自然光が降り注ぐ窓の桟やらの上で、思い思いの方向を向いてたたずんでおります。意味やコンセプトがどうこういう以前に、こういうミニマルな作品に出会うと無性に嬉しくなってしまいます。

展示の後半は立体作品が多く、前半の「”もの感”のある版画」に比べるとまんま「もの」になりすぎていて、それほどのろごのみというわけでもございませんでした。作品のサイズが大きかったり、ものと重力との関係、という文字通りずっしりするテーマをあつかったものが多かったせいもありましょうけれど。
その中にもいいなあと思う作品はございまして。
SBBV4-Gravity and Descended というわりとわけわからんタイトルの立体でございます。こんなかんじの。



四角い木枠の内側に、斜めに紗(シルクスクリーンで使うやつ?)が張り渡され、その裏表から長さの違う真鍮の棒がソッ、ソッ、と寄りかかっております。木と紗と真鍮というアンバランスな素材感、それ自身の重みで柔らかに紗を押しやる真鍮の棒、その重みの確かさ、そしてその重みをやんわりと受け止める紗の柔軟な強さ、四角い囲いの中に描かれる斜めの動き、などなど、もうたまらないわけです。

まあそんなわけで
意味も哲学もコンセプトもなーんも考えずに鑑賞させていただき、井田氏にはちと申し訳ないようではございますが、とにもかくにも「あー面白かった」という感想とともに、久しぶりの京都市美術館を後にしたのでございました。

後日に近美で開催中の井田照一展にも行きました。本展と重複する作品も多かったものの、あちらはあちらでまた楽しめました。本展を逃したというかたはぜひ近美の方へおいでになるとよろしいかと。