のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

『カレル・チャペックの世界』

2010-07-17 | 展覧会
何か「真理」を信じる人は誰でも、そのために別の製造印のある「真理」を信じる人を憎んだり殺したりしなければならない、と考える。この、妥協を許さぬ憎しみに対抗する手段が何かあるだろうか?わたしには、次のような認識の中にあるもの以外は見えない。すなわち、人間は、その人の信ずる「真理」よりももっと価値のあるものだということ、信仰の相違があっても、キャベツの処理方法やヤン・ネポムツキー(14世紀の殉教者でチェコの守護聖人)についての多くの意見を互いに理解できるということ...
カレル・チャペック

立命館大学 国際平和ミュージアムで開催中の『カレル・チャペックの世界』展へ行ってまいりました。
20世紀初頭前半の激動するチェコスロヴァキアにおいて、ファシズムを批判し、科学文明の暴走に警鐘を鳴らし、作家としてまたジャーナリストとして多彩な活動を繰り広げたカレル・チャペック。その48年の生涯を、愛用のカメラやシガーホルダーといった遺品とともに概観することができます。当時の写真や書籍、そして可愛いダーシェンカの未公開写真などもあり、展示品と解説パネルとをじっくり見て行きますと、図版をふんだんに盛り込んだ一冊の伝記を読んだような充実感がございました。

冒頭の言葉は解説パネルから引用したもの。社会と人間性に対するカレルの鋭い眼差し、そしてその根底にある人間愛とが彼独特のシニカルなユーモアとともに表現されており、とりわけ印象的な一文でございました。

やんちゃな子犬を溺愛し、庭いじりに熱中し、写真や旅行にも情熱を傾けた趣味人カレル。しかし何よりも彼はその優れた洞察力を武器に、今の社会の中で何ができるのか、何をすべきかを追求し続けた表現者でございました。おかしみを交えながらも真剣に、時に痛烈な風刺を駆使してヒューマニズムを訴え続けたその姿勢ゆえ、隣の国のナチス政権からは危険人物としてマークされ、亡くなる年には国内の右翼系新聞の中傷にさらされるなど、決して穏やかな晩年とは言い難かったようでございます。

ロボット「わたくしたちは人間のようになりたかったのです。人間になりたかったのです」
ロボット「あなた方はわれわれに武器を与えました。われわれは主人にならないわけにはいかなかったのです」
ロボット「われわれは人間の欠点に気がついたのです」
ロボット「人間としてありたければ、お前達は殺し合い、そして、支配をしなければならないのだ。歴史を読んでみるがいい!人間の本を読んでみるがいい!人間でありたいのならば、支配しなければならず、人間を殺さなければならない!」
(『ロボット(R.U.R)』カレル・チャペック 1921)

カレルはナチスドイツがチェコスロヴァキアに侵攻する前年に亡くなったため、兄ヨゼフのように収容所の地獄を味わうことはございませんでした。しかし、社会を見つめ、その行く末を案じて、少しでもよい世の中、利益や支配関係よりも人間性が尊重される世の中の実現を思い描いた人が、暗さを増して行く世界を前にして48歳の若さで逝かねばならなかったのは、さぞかし無念だったことでございましょう。

さてカレル・チャペックといえば、子どもの頃に『長い長いお医者さんの話』を読んだよというかたも多いことと存じます。『長い~』をはじめ、カレルのエッセーや子ども向け作品にとぼけた味わいのある挿絵をつけたのが、兄のヨゼフでございます。
画家であり装丁家でもあったヨゼフの装丁作品を集めた展覧会『チャペック兄弟とチェコ・アヴァンギャルド』が数年前に和歌山県立美術館で開催された時、18きっぷでいそいそ出向いたワタクシは、限られた技法と色数をもって、こんなにも多彩で魅力的なデザインができるものかと、その豊かな創造性に舌を巻いたものでございました。


『チャペックの本棚―ヨゼフ・チャペックの装丁』 2003 より

本展にはヨゼフのコーナーも設けられておりまして、彼の優れたブックデザインや(いかにもこの時代の人らしくキュビズムな)画業の一端を伺うことができます。またパネルには例のとぼけた挿絵が沢山使われており、カレルのユーモア漂う文章と併せて見るとこれがいっそう微笑ましいのでございました。
生涯のほとんどを同じ家または隣り合った家で過ごした仲良し兄弟のカレルとヨゼフ、一人が言いかけたことをもう片方が引き取るということもしばしばあったという証言に、ああコーエン兄弟みたいなもんかと妙に納得。

片割れのカレルが肺炎で亡くなった翌年、ヨゼフはゲシュタポに捕えられてベルゲン・ベルゼン強制収容所に送られ、解放を目前にした1945年の日付も分からないある日に、58歳で亡くなりました。
20世紀中葉の5年ほどの間に世界がこうむらねばならなかった損失の大きさを思うと、ひたすらやるせない。
それに輪をかけてやるせないのは、世界大戦、原爆、アウシュヴィッツという他者排斥の最も激しい様相を目撃した後においても、不寛容が何をもたらすかについて、人類がこの経験から充分に学んではいないらしいことでございます。むしろ冒頭に掲げたカレルの言葉は、9.11後の今の世界だからこそいっそう重みを持って響くように思われます。もちろん今も昔も不寛容と排斥には「真理」だけでなく経済的な問題等がからんでいるわけではありますが。

こんなことはのろが申すまでもなく、バビロンの昔から相も変わらず続いてきたことであるとは映画の父グリフィスが『イントレランス』において描いたとおりでございます。しかしグリフィスが人類の度重なる悲劇を描いた『イントレランス』を、そしてカレルが科学文明の行き過ぎによる人類の終末を描いた『ロボット』の終幕を、それぞれほのかな希望で締めくくったように、人間は悲観の中でも希望を抱かずにはいられない生物でもあるのでございましょう。
社会を鋭く見つめたカレルのこと、本展のサブタイトルにある「平和と人間性の追求」が決して容易な仕事ではないことは、重々わかっていたに違いございません。だからこそ、ファシズム吹き荒れるヨーロッパにおいて彼のような人物が活躍したこと自体がひとつの希望であり、この展覧会が国際平和ミュージアムにおいて開催された意義もそこにあると思うのでございますよ。


最後に、先日『ロボット』を読み返してやけに身につまされた一節を。

ドミン 「どんな労働者が実用的に一番いい労働者だとお考えですか?
ヘレナ「一番いいのですって?きっとあの-----きちんと仕事をする-----そして、忠実な」
ドミン「いいえ、そうではなくて一番安上がりのです。経費がかからない奴です」

(同上)