読書な日々

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『かの名はポンパドール』

2019年02月16日 | 作家サ行
佐藤賢一『かの名はポンパドール』(世界文化社、2013年)

パリのさる占い女がジャンヌ=アントワネットが国王の愛妾になると占ったという逸話から始まって1764年に死去するまでを描いた小説である。小説だから読みやすい。読みやすい上に、もともと西洋史学を大学院で勉強し、ほとんどの小説をフランス物で書いてきた著者(小説『フランス革命』なんてのもあるくらいだから)にしてみれば、資料を渉猟するのも、お手の物だろう。きちんとした下調べのもとに描かれているから安心して読める。

例えば、ポンパドゥール夫人が国王のために作った「小部屋劇場」と言われる14人ほどしか収容できない小劇場で『タルチュフ』から様々の牧歌劇などを上演してルイ15世を楽しませたという話も演者や、いついつ何を上演したかなどもさり気なく書き込んであり、興味深い。

また面白かったのは、オーストリア継承戦争が終わったエクス・ラ・シャペルの和約のあと、その成果が僅かだったことで、国民が不満を募らせる事態になり、かつてポンパドゥール夫人を宮廷に引き込むのに後押しをしてくれたモールパがポンパドゥール夫人を中傷する文書ポワソナードの張本人であったことを知った彼女とモールパとのやり取りの場面もモールパという人物をよく理解した上で作られており、さもありなんと思わせてくれた。

しかし政治がらみの問題などでは、常識的な描写にとどまっているところもある。これが小説作法の限界かもしれない。最後にフランス語をよく知っている著者なのに、なぜ「ポンパドール」としているのか理解できない。「ポンパドゥール」と書くべきだろう。

ナンシー・ミットフォード『ポンパドゥール侯爵夫人』(東京書籍、2003年)

翻訳は2003年の出版だが、原書は1954年の出版である。2000年頃から、ポンパドゥール夫人に関する著作が増えてきていることを思うと、早すぎた著作と言えるかもしれないが、第二次大戦後にパリに移住したとのことで、フランスの資料を相当に調べた上での著作だと思われる。

そしてこの本の優れたところは、そうした資料的なことだけではなくて、随所に当時の政治的社会的宗教的な重要事項の、つまり時代背景についての解説があり、それが簡潔なのだが、実に的確であることだ。

とくに第15章の「教会と、高等法院と、役人と」以降は非常に優れている。驚いたことに、1750年前後にフランスを賑わした高等法院(ジャンセニスト派の牙城)とイエズス会(王室を支配していた)との紛争であった「ウニゲニトゥス回勅」問題や秘跡拒否問題、さらにはそれをてこにした高等法院のストライキ問題などが非常に分りやすく書かれている。専門書にも負けないほどの詳述ぶりである。

第16章の「同盟の逆転」では、当時のヨーロッパの同盟関係、力関係などの説明から、どのような思惑でフランスが宿敵オーストリアと同盟を結ぶにいたったのかが、逸話中心ではなく、政治論としても読めるほどの視点から描かれている。

本当にこの種の本でこれほどの内容が読めるとは思わなかった。


デュック・ド・カストル『ポンパドゥール夫人』(河出書房新社、1986年)

これはフランス人の歴史学者による評伝である。非常に細かい所まで記述されている。ポンパドゥール夫人と同時代人で、日記や回想録を書いた人々(バルビエ、リュイーヌ公爵、ダルジャンソン侯爵)の著者は当然用いられており、随所にその抜粋が織り込まれているので、資料集として手元に置いておくのもいい。

しかし非常に詳しい記述の本であるにもかかわらず、またなぜ国王がこういうことをしたのか、ポンパドゥール夫人がこういうことをしたのかについて、その背景を記述しているにもかかわらず、ある出来事についてはそれをしていなかったりと、編集方針が恣意的な印象を受けた。というかやたらと詳しすぎて全体が見えてこないということ。

例えば、1751年はカトリックで全贖宥と呼ばれる、100年に一度というような重要な年であった。ポンパドゥール夫人をヴェルサイユから追放させるために、また1749年に導入されていた全階級からの20分の1税を撤廃させようとして聖職者たちはこれを利用した。結果的には聖職者たちの勝利で、ポンパドゥール夫人追放はできなかったが、20分の1税は聖職者階級から徴収を中止させた。

ところが翌年の初めにルイ15世がお気に入りのアンリエット王女が亡くなった時にもポンパドゥール夫人追放のために利用したにもかかわらず、これについてはまったく触れられていない。

もう一つ、登場人物が非常に多くなるのは仕方がない。しかし、素人には爵位などをつねに明記してもらわないと誰のことなのか分からないことが多い。例えばダルジャンソンは兄弟でルイ15世の重臣を努めた。伯爵と侯爵がおり、爵位を付けてくれないとどちらのダルジャンソンなのか分からないのだ。

非常に参考になる本であるだけに、そういった細部までの注意を向けてもらいたかった。

訳者は、著者の訳し方を研究者に依頼してフランスの大学教授に尋ねてもらっているほど用心深いのに、当時有名な金融家のパリス兄弟を「パリ」と訳しているのはどういうことなのだろうか。


クロスランド『侯爵夫人ポンパドゥール』(原書房、2001年)

このだけは以前読んだことがあって、このブログでも感想を書いている。これも非常によく出来た本で、どうでもいいようなゴシップが書いてない分、必要最小限のことが書かれている。著名な芸術家たちからダンス、朗唱、歌などの教育を受けて優れた才能を見せたことや「小部屋劇場」のことなどもそうである。こちらを参考に。


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