読書な日々

読書をはじめとする日々の雑感

『秋の花火』

2015年08月03日 | 作家サ行
篠田節子『秋の花火』(文藝春秋、2004年)

篠田節子の小説で最初に読んだのが『カノン』だったと思う。だから篠田節子というと音楽家の狂気みたいなものをサイコ調に書く作家というイメージがある。今回読んだのは短篇集なので、ちょっと趣が違うが「秋の花火」と「ソリスト」がこうした系列にあたる。

「秋の花火」はセミプロの「イ・ソリスティ・トーキョー」という楽団の第二バイオリンを担当している「私」とチェロの井筒との淡い恋愛関係を書いたもの。

「ソリスト」は天才的なピアニストであるロシア人のアンナの演奏会であやうくドタキャンになりそうになりながらも、舞台では素晴らしい演奏をして、万雷の拍手を得た話に、アンナの来歴とソ連の裏側を絡めて書いたもの。

それにしてもこの二作と「灯油の尽きるとき」などとの落差はいったい何だろうなとびっくりする。もちろん篠田節子が「灯油の尽きるとき」みたいな小説を書いてはいけないとは思わないが、これほど落差のある短編を一つの短篇集に収録するという編集者の意図が分からない。

篠田節子が一流の作家かどうかはおくとしても、「灯油の尽きるとき」は、これだけコンスタントに優れた作品を発表している作家の作品とは思えない。売れない三文作家が週刊誌とは言わないが、日刊なんとかというようなところに飯のために書いたような小説だとしか思えない。

繰り返すが、そんな小説を篠田節子が書いたことはそれほど問題にする気はない。誰だって調子の悪い時はある。しかしそれを短篇集に再録するという意図が分からない。

このブログを読み返してみたら、意外と篠田節子の小説をたくさん読んでいた。篠田節子の小説のことを書いたブログはこちら

以前は小説を読んで感動していたこともあったのにな。



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