仏教を楽しむ

仏教ライフを考える西原祐治のブログです

伝統と革新

2009年08月12日 | 都市開教
既成宗教にあって新宗教にないもの。それは伝統です。わたしが住職を務めるお寺は、平成5年に設立した新寺院であるが、浄土真宗本願寺派という伝統があるので、社会的信用を得るのも容易だ。

以前、このブログに書いたと思ういがつくば市に立っている恵光寺は、十〇億円くらいの大きな伽藍だが、宗派に属していないので、最初、開設当時、周囲の住民から奇異に見られ、認知されえるまで5年を要したと現住職が語っていた。認知されても、宗派に属していないので、活動が中途半端で、このたび本願寺派のお寺の分院として活動するという。

伝統があると伝統に胡坐をかくということがある。とこらが都市開教寺院はお寺の歴史が浅いので、新しい門徒を獲得するために、新宗教ばりの活動の展開が望まれる。

たとえば伽藍を建てる場合、100年安心の伽藍を目指す。しかし都市開教の来恩寺住職から以前聞いたが、本堂は2.30年もてばよい。その時代によって機能は違うし、30年たって新しい世代が、また本堂建立という目標に向かってまとまることができると語っていた。

これは新宗教の常とう手段で、10年に1回くらい、教団の全力を投入して当たるような事業計画をたて、信者全体に共通目標をあたえる。具体的には大建築物などの事業です。

それと伝統に胡坐をかくと躍動感が失われる。寺が躍動していることによって、参加意識や新鮮さがかもしだされる。躍動感をもたせるには、魅力的な祭祀・儀式の追求と、信者の信仰体験の交流を活発にし、今ここでの感動を大切にすることだろう。

わたしのように毎年、仏教書を出版していると、お寺が活発なような錯覚をもつ。
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