法話メモ帳より
「善人ばかりの家は争いが絶えない」
あるとき親が子どもに意見して結びに「親の意見となすびの花は千一つの無駄もない」と言った。すると小三の子どもは「老いては子に従え」と切り返してきた。
私には、十一歳も年下の弟がいます。弟が高校生のころのことです。
いつのまにか、夜おそく帰ってくる弟に注意するのが、私の役目になっていました。
何度も注意している間に、弟の返事の仕方で、弟が外で善いことをしてきたのか、悪いことをしてきたのか、わかるようになりました。
弟は、友だちと遊んで、時間を忘れて遅く帰ってきたときには。「おそいぞ」と、私が注意しても、けっして口ごたえはしません。こそこそと黙って寝てしまいます。弟は、家のものに心配をかけてわるかった、と思っているのでしょう。
しかし、反対に、友だちと一緒に、勉強していておそく帰ってきたときには、いつものように、「おそいぞ」と私が注意をすると、「勉強してきたんだ。勉強してきてどこが悪い」と、ビックリするほど、強く反発してくるのです。弟は、自分はまちがったことはしていないし、心配してもらう必要はない、と思っているのでしょう。
私が、こんなことを話すのは、けっして自分の弟を悪く言うためではありません。私たちは、だれでも、自分が悪いと思っているときには、非常にすなおですが、自分がまちがっていないと思っているときには、他の人の気持がわからなくなるのです。
川柳
百点を求めぬ夫婦喧嘩せず