『異文化理解入門』(2013/6/20・原沢伊都夫著)からの転載です。
固定観念
私は海外生活も長く、職業柄海外に行く機会も多いので、異文化についてはそれなりに自信をもっていました。しかしルーマニアでの経験は、私の認識のあり方をもう一度考えさせるよい機会となりました。
2010年の夏、毎年ヨーロッパ各地で開かれるヨーロッパ日本語教育シンポジウムがルーマニアの首都ブカレストで開催されました。ブカレスト大学での学会発表を終え、1日自由時間ができたので、1人でブカレスト近郊にあるシナイアという避暑地に行くことにしました。ルーマニア語はまったくわかりませんが、日本で購入したガイドブックを頼りに、朝8時発の特急電車に飛び乗りました。出発時間が遅れることもなく、2時間ほどでシナイアに到着する予定でした。 10時になり、そろそろ到着時刻です。車窓を眺めながら、なんとなく避暑地が近づいているのを感じていました。
電車も速度が遅くなり、シナイアの駅はどこだろうと思っていたところ、突然電車が停車しました。周りを見ても駅らしい建物はありません。降りる準備をしていた乗客がガヤガヤと何かを言っています。どうしたんだろう、何かトラブルが発生したのだろうかと思っていると、父親と息子らしい人がの最後尾から飛び降り、線路の横を歩いているではありませんか。きっとトラブルが発生して緊急停車したので、急いでいる乗客が飛び降りたのだろうと、一抹の不安を感じながら眺めていました。乗務員も電車を降りて、線路脇で乗客と何かを話しているようです。途中で降りても、見知らぬ場所の土地勘はまったくないので、とにかく電車が多少遅れてもいいので、駅に着くまでは乗っていることにしました。
そうこうするうちに、電車がゆっくりと動き始めました。しかし、避暑地らしい場所を走っていますが、駅らしい建物はなかなか現れません。もしかしたら、さっきの停車地がシナイア駅ではなかったのかという不安がだんだん大きくなってきました。10分ほど電車が走ったあと、また停車しました。さっきと同じように駅のプラットフォームはありませんが、乗客が線路に降り始めています。「ひょっとしたら、ここは駅かもしれない」、そう思った私は急いで他の乗客に続いて、線路に降りました。
そうすると、そこでは乗務員が乗客の切符を受け耿っているではありませんか。私は切符を見せながら、英語で「ここはシナイアか?」と聞くと、乗務員はすまなそうな顔で首を横に振りながら、シナイア駅はすでに通り過ぎたと説明してくれました。どうしようかと思いましたが、結局、いつ来るかわからない反対方向行きの電車を待つより、それほど遠くないので、タクシーで戻るのがいいだろうと判断して、駅前からのタクシーでシナイア駅まで行くことにしました。ルーマニアの貨幣価値が低く、500円程度でシナイアに戻ることができたのは不幸中の幸いでした。
「駅にはプラットフォームがある」というのは日本での常識ですが、ルーマニアではあてにならなかったのです。無意識にこの常識を信じ込んでいたのが、この時大きな失敗を招いた原因だったわけです。(以上)
そうなんだ。と思ったコラムです。