『発達科学ハンドブック7 災害・危機と人間』(2013/12/14・日本発達心理学会編集編集)に「ネット社会が生み出す災害・危機」(関谷直也)が記述されています。少し長くなりますが抜粋して紹介しておきます。
インターネット・パラドックスと「インターネット依存症」「ネット中毒」
インターネットは人と人とのつながりを促進し,コミュニケーションをとるためのツールである。しかし,インターネットを長時問利用する人ほど孤独感や抑うつ傾向が増し,身近な家族や友人とのコミュニケーションが減少し,人とのつきあいが少なくなる,対人関係や心理的健康が阻害されるという仮説がカーネギーメロン大学のグラウトらの1995年から1997年までの調査によって提唱された。これを[インターネット・パラドックス]という。インターネットの利用が質の低い対人関係を増加させる一方,質の高い対人関係を減少させてしまう可能性を指摘している。
1998年から2回目の調査を行ったところ,[孤独感][抑うつ傾向]「家族とのコミュニケーション」[人とのつきあいの多さ]とインターネット利用は有意な関係をもたないことが示された。「人とのつきあいの多さ」についてはむしろ逆の傾向,つまり正の相関が見出された。クラウトらは,この理由を①利用者がネット利用に慣れてくることによって満足度があがり,マイナス面を感じなくなっていくこと,②利用者が少ないときにはネット以外でやりとりする人とネットでやりとりする人は異なっていたが,ネットの利用率が高まってくることによって、友人や家族もネットを利用しはじめ,こういった人々との関係を維持・強化するようになってくること。などにあるとしている。とはいえ近年,重度の患者数は多くないものの,オンラインゲーム,BBS(電子掲不板)などネットを長時問利用することにともなって睡眠不足,ひきこもり,対人恐怖症,対人コミュニケーション障害などを引き起こしたり,学業や社会生活などに支障をきたす「ネット中毒」,「ネット依存」が問題になってきている。
現在。一般の事務職に関してはPCが利用できること,またワード,エクセル,パワーポイントなどが使えることが最低条件であり,PCのスキルの有無によって就くことのできる職業が異なる。このPCやネットを使える人,使えない人という能力差が,知識量の差,仕事面の機会を得る差を産み,結果として,貧富の差が広まっていく傾向を「デジタルデバイド」という。…社会経済的地位の高い人は,機器に接する(所有する)機会も多く,情報を理解する能力もあることから,メディアが多くの情報を伝えるほど,知識の差が拡大し,能力差,貧富の差が広まっていくと指摘したものである。…
ネットによる犯罪
より直接的にネットがもたらす危機とは,ネットを使った犯罪である。ネットが関連する犯罪としては,①ウイルスなどを用いた「サイバーテロ」[サイバー攻撃]と呼ばれる破壊行為,②「個人情報漏えい」,[なりすまし]など個人情報をネット上で違法に取得しようとするもの,「架空請求」「不当請求」,などがある。
2003年ころから[自殺系]と呼ばれるウェブサイトを中心に自殺志願者の情=報交換がなされ,集団自殺をするという事件が発生した。自動車などの密閉空間において,睡眠薬服用と七輪で練炭を燃やす……-酸化炭素ガス中毒,酸欠状態を組み合わせることで集団で自殺が行われる。日本において,自殺者は年間3万人程度存在するが,上記のような集団自殺者は数十名程度であり,決して自殺者に占める割合は多いとはいえない。だが,このような自殺を助長するインターネットこのやりとりは,ネット社会の[闇]の部分として,マスメディアでは取り上げられやすい傾向がある。
また,出会い系サイトによって主に青少年が性犯罪に巻き込まれたり、なんらかのきっかけで薬物取引に巻き込まれたりするという例も後をたたない。性犯罪や薬物犯罪などは、ネットがなかったとしても成立する犯罪であるが,もし本来ネットを使っていなければ,そのような関係者に会ったり,接触したりする機会もなかった,そういった犯罪に巻き込まれることもなかったという意味では,ネットが犯罪行為を媒介しているといえよう。
ネットいじめ,コミュニケーション上のトラブル
ネットが人間関係上の問題をひきおこすということもある。
小学生・中学生・高校生が,学校の公式のホームページとは別のサイトで、同じ学校に通う生徒問での交流や情報交換を行うサイトのことを「学校裏サイト」という。とくに日本においては,ネットを閲覧することができる携帯電話が子どもたちの間でも普及していることに大きな原因があると考えられている。犯罪にまで至らずとも,ネットで誹謗・中傷が行われ,現実のいじめなどの温床になっていると考えられており,その対応が求められている。
風説の流布一拡散するメディア
社会における危機が存在するとき,ネットはそれを拡大する
たとえば2003年12月,「佐賀銀行が26日に倒産する」という携帯電話のチェーンメールにより,実際に多くの顧客が預金を引き出しが大きな問題となった。
社会運動とソーシャルメディア・動員するメディア
…これらデモや抗議行動を成立させた要因はソーシャルメディアの特徴が大きく関係している。
一つは,ソーシャルメディアが緩い結びつきの人々との関係性を維持するシステムであるという側面である。普段直接,顔を合わせない人々とのコミュニケーションは,昔は限定的であった。だが,現在ではソーシャルメディアのさまざまなツールを用いて,普段,会わない人々であっても近況を知り,またコミュニケーションをとることが可能になった。つまりソーシャルメディアは,人間関係のネットワークを維持する機能がある。
今一つは,まったくそれまでは出会う可能性のなかった人々を結びつけるシステムであるという側面である。インターネットで検索をすることによって,興味・関心のあるイベント,団体,個人を探すことが可能であり,その人々と連絡をとることが容易に即座にできるようになった。
とくに この後者の機能が社会運動と密接に関係している。
従来型の社会運動は,組織的に比較的小規模で,政治性が強い人々が議論や討議を中心とする長期的な活動を行うという形態が多かっか。 一一方,ソーシャルメディアを媒介にした社会運動は,非組織的に:大規模で,政治性はあまり強くない人々によって,デモを中心とする活動を行っている。ゆえに一過性のものとなってしまいやすいという特徴をもっている。