仏教を楽しむ

仏教ライフを考える西原祐治のブログです

一杯のラーメン

2017年12月30日 | 日記
以前書いたかも知れませんが、ビハーラ通信に読み物として掲載したので、転載します。

杯のラーメン

 西原祐治作

本願寺派の仏教婦人会総連盟が発行している『めぐみ』(年4回発行)に、今年の春号までマンガの原作を書いていました。マンガのタイトルは、『かおりさんの日常』、作画はますいあけみさんでした。主人公は、かおり。32歳、独身女性、出版社勤務という設定です。これは原作者である、私が考えました。

その連載も終わったのですが、次の発行の時にと、用意していたストーリーがあります。「一杯のラーメン」という題です。そこで皆さんに、読み物としてご紹介します。



「一杯のラーメン」

出版社に勤めているかおりは、上司から「ラーメン特集を組むから、企画案を一つ考えてくれ」といわれます。とりあえず、行きつけのラーメン店へお客の少ない時間を見計らって調査を兼ねて昼食を食べに行きます。

かおりはラーメン店の店主に、最近のラーメンの傾向を聴いてみると、50歳を手が届きそうな店主がポツリを言った。
「私もまだ修行中です」
かおりは思わず「え、その歳で、まだ修行ですか」という言葉が口をついて出た。
店主は少しはにかみながら、「満点をつけるのは、お客さんですから」というと、店主の顔から子どもっぽい笑みがこぼれた。
そして店主は、自分が座右の銘にしている言葉があると、修行時代のことを語り始めた。
「おれがこの道に入ったのは、30を過ぎたころ。その歳になるまで、何やっても身につかずにいた。そんなおれに、ラーメン作りを教えてくれた大将が、ある日、“いのちを終わって行く人が、最後の晩餐として食べたいと思うようなラーメンをつくれ”と言ってくれた。その時、おれの心の中に、一本の筋ができた感じで、おれは、この店を開業してから、その言葉を胸に刻んで、一杯一杯のラーメンに、魂をこめている。」
かおりは、思わぬことを聴き、目を輝かせて言った。
「その大将、お坊さんみたい。一杯のラーメンにも、ラーメン道があるんだ」
かおりには、その顔見知りの店主も修行僧のように見えた。
「はい、おまちどうさま」
ラーメンが目の前に置かれると、かおりは、ふとラーメン特集の企画案を思いついた。
「そうだ、ラーメンにまつわる思い出を取材しよう」
夜になり、とりあえず実家の母に電話した。
「お母さん、何か、ラーメンに関わる思い出はないかなー」
電話口の母は、過去を回想しているようで、「そうねー、子どもの頃、自分の誕生日には近所の中華店から好物の出前を取っていた。いつもお母さんのとっておきは、五目ラーメンでねー。何が懐かしいって、そんな小さな事で喜べる時代が良かったのよー」
かおりは電話をおくと、友人の早苗にメールした。
「今度、ラーメン特集を組むことになった。早苗、ラーメンにまつわる思い出ってある?」。
しばらくして早苗から返信があった。
「子どものころ、父によくラーメン店に連れていかれた。ラーメン店に行くのが嫌だったけど、嬉しそうにラーメンをすする父の横顔が思い出かなー」
早苗の父は、3年前、交通事故で亡くなっていた。そのことを知っているかおりは、中学校の頃、会ったことのある早苗の父の顔が浮かんだ。そして、「ラーメンよりも、ラーメンをとりまく時代とか家族が懐かしーんだ」と思った。
 かおりは翌日、駅前にある丸山食堂へ取材に行った。丸山食堂は、かつ丼やラーメン、洋食など、バラエティ―豊かなメニューをそろえているお店で、出前もしてくれるので、近隣の人たちには重宝がられていた。
かおりは昨日のうちに電話で取材を申し込んでいた。
かおりは、丸山食堂の透明な横開きのドアを開けて店に入った。お客さんが少ない時間帯なこともあって、店主は、椅子に座って待っていてくれた。
「こんにちは、雑誌出版社の堤かおりと申します。お忙しい中、時間を割いていただきありがとうございます」
かおりは頭を下げて挨拶しながら店に入った。
名刺を差し出し挨拶すると、店主は「どうぞ、おかけください」と、優しい笑顔で迎えてくれた。
かおりは、ラーメン特集の取材であることを話し、ラーメンにまつわるエピソードを聞き始めた。
 「この当たりは商店街で、昼時はけっこう忙しいですよ。そんなとき、一本の注文の電話があった」。店主は、少し前のことだけどと、あるエピソードを話してくれた。
「家内が電話を取ると“一杯だと配達はしてもらえんやろか”という。昼時は忙しいから、一杯のラーメンの配達は断っている。家内が“すみません、一杯の配達は……”と断ろうとすると、電話の相手はせき込んで、“風邪ひーとるんや。頼むよ”という。私もそばにいて、相手の様子を察したので、家内に、うなずいて、配達してやるよ。と小声で伝えたんですよ」
かおりは、取材内容を録音しているが、要所要所をメモしながら聞き入っていた。
 「その人は、時々夫婦で注文をしていた人だったけど、2年前に奥さまを亡くして、注文が途絶えていたんです。私が一杯のラーメンを配達したら、とても喜んでくださった。
それから3日経って忙しい昼時を越えて少し落ち着いたころでした。どんぶりを持った一人のお嬢さんが“ごめんください”と店に入ってきたんです。どこか配達先のお客さんがわざわざ持ってきてくれたのだろうと思い、“すみません。ありがとうございます。失礼ですが、どちら様でしたっけ”と聞くと、“あのー”と少し言いづらそうに、“3日前、ラーメンを一杯、配達してもらった吉村です。父はとても喜んでいました。たった一杯なのに、忙しいなか親切に配達していただいたと感謝していました。そのあと父は体調が悪化し、昨日亡くなりました。最後に食べたのは、配達してくださった、あのラーメンでした。『おいしい、おいしい』と言っていたので、父は幸せでした。ありがとうございました”っていうんですよ。びっくりしました。そのことがあってから、私は一杯のラーメンでも配達するようになったんですよ」
かおりは、その話しに感動して「それ、“私のとっておきの話し”というタイトルで、雑誌に紹介します」と言うと、独り言のように「たかが一杯のラーメン、されど一杯のラーメン。ラーメンは奥が深い」とつぶやいた。
(以上)
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