仏教を楽しむ

仏教ライフを考える西原祐治のブログです

変化した妻

2015年02月01日 | 日記
こども未来財団が、毎年「子どもの未来」といったエッセーを募集しています。先般18回目の賞が発表になったと読売新聞に出ていました。
さっそくホームページを開くと、作品そのものは出ていませんでした。過去のものは見ることができました。


下記の作品は昨年の読売新聞社賞です。法話で紹介できそうなので転載しておきます。

池永洋司 ~「変化した玄関、変化した妻」~

ほんの数年前まで我が家の狭い玄関は高い靴が所狭しと並べられていた。「高い」の意味はヒールの高さだけではなくその値段である。妻は無類の靴好きで、名だたる海外ブランドのものをいくつも所有していた。同じように見えるものがいくつもあり、「これとそれは何が違うの」と言うと、「ヒールの色と素材が全然違うでしょ? しかも私が働いて買っているの。ほっといて」と倍以上になって返ってくるので、素直に感想を伝えるのはやめた。ただ、下駄箱に入れてほしいとだけ唯一訴え続けたが……。

 そんな我が家の現在の玄関はと言うと、きれいさっぱり2足のスニーカーが並んでいるだけだ。ひとつは娘のかわいいサイズのもの。

 私たち夫婦は結婚5年目にしてやっと子どもを授かった。不妊治療をしていたわけでもなく、ただお互いがそこまで子どもに対して本気ではなかったのだ。妻は結婚してからもバリバリと働いており、残業や出張を喜んでこなし会社の愚痴をこぼしたことがないほど仕事が好きだった。だから母親になった彼女を想像出来なかった。妻は毎日、いろんな意味で高い靴をカツカツと履きこなし小奇麗にして出社していた。しかし、ある日を境にぴたりとその装いを変えた。

 そう、思いがけず授かった子どもをきっかけに。今まで、「子ども好き」と彼女の口から聞いたことが一度もなかったので、出産後も直ぐに仕事復帰するかと思っていたが、実際は育児休業を最長で取得した。「意外だね」と言うと、「初めは直ぐにでも仕事をしたくなると思っていたけど、今はこの環境に感謝しつつ育児に専念したいなと思って」と返ってきた。

 妻は仕事に復帰した後も、以前にも増して娘をかわいがった。保育園の連絡帳に今日はこんなお遊戯をしましたと書いてあれば、娘が寝た後インターネットで調べてその振り付けや歌詞を覚え、楽しそうに娘と一緒に歌ったり踊ったりしている。まるで保育士のように。こんな日が来るとは想像もしなかった。

 そして、驚いたのは自分の子ども以外に対しても優しいことだ。妻が育児休業中に印象深い出来事があった。常に長い髪を巻きいかにもファッション誌を参考にしていた妻が、ばっさりとその自慢の髪の毛を切ってきたことがあった。そして、その切った髪の毛の束を大事そうに持ち帰ってきたのだ。「どうしたの?」と言うと、「育児に専念させてもらえるこの環境って本当にありがたいの。そんな私にも何かできる事がないかなと前から考えていて。それがやっとみつかったの!」と晴れ晴れした顔で答えた。そして、切った自分の髪の毛を病気の子ども達に寄付すると聞いてさらに驚いた。

 ある時、小児癌や白血病の治療に励む子どもの特集がテレビであり、そこで医療用ウィッグが紹介されていた。人毛の場合、ひとつ作るのに8人分の髪の毛が必要らしく、とても高価だ。だが、学校生活への復帰の際には必需品らしい。いくつかのNPO団体が髪の毛の提供者を募集しているのを知った妻は、「これだ!」と思ったそうだ。

 寄付の条件は、髪の長さが25センチ以上、黒髪でパーマをかけていないこと。なかなかその条件を満たすボランティアは少ないらしく、日本では1か月20本程集まれば良いほうらしい。米国では、1週間に200本以上の提供があるそうだ。日本ではまだまだ認知されていないのと、宗教的な概念の違いからか寄付は盛んではないようだ。妻は、ばっさり、さっぱり切られたおかっぱ頭で「私の髪の毛で一人でも子どもを笑顔にできたらこんな素敵なことはない」と嬉しそうだった。

 かつて長い髪を巻き、ブランド靴で闊歩していた同じ女性とは思えない。子どもは母親をこんなにも変えてしまうのだと驚いた。

 流行に左右されずナチュラルに子育てと仕事を楽しんでいる現在の妻を見てこんな一面も彼女にはあったのだなと再発見した。

 しかし、無類の靴好きは変わっていない。3~4か月で直ぐに成長し履けなくなってしまうというのに、2歳前の娘に色違いのスニーカーをはじめサンダル、ブーツ、雨用の長靴といくつもの靴を買い与えている。

 毎朝、妻は自分のスニーカーを履きながら楽しそうに娘の靴選びをするのだ。「今日のお洋服にはどれが似合うかな~」と。

 朝の保育園の送りは僕がしているが、たまには残業せずに迎えもしてみよう。そして、「子どもを抱っこしていると転びそうになるからオシャレな靴はもう履けない」と嘆いている妻に、久しぶりにお気に入りの靴を履いて出社させてあげたい。
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