ねこ吉のよしなしごと

どうでもいい事ばかり書いていますが・・・。

鯉のぼりの頃

2019-04-26 15:47:03 | 思い出


桜が終われば、ツツジかな・・・。
近くの自転車置き場のツツジを撮ってみた。

最近あまり鯉のぼりを飾らないらしい。
そういえば、鯉のぼりの季節になっても見かけなくなったなぁ・・・。
マンションが増えたせいもあるかな。


この季節になると、ほぼ毎年思い出す事がある。

ねこ吉が幼稚園の頃の話。

ねこ吉は、難波幼稚園というキリスト教の幼稚園に一年通った。
二年保育がすみれ組。一年保育がゆり組とひつじ組。

ねこ吉はひつじ組。ゆり組の方がよかったな。

毎日、母親に幼稚園の近くまで送ってもらってた。
帰りは決まった場所までグループで先生に送ってもらい、母親が迎えに来てくれたような気がする。

そんな毎日だったのに、その日は何故一人で歩いていたのか思い出せないけど・・・。

確か小学校の横の道。
ねこ吉はドブ川だと思っていたけど、側溝ではなかったかと思う。柵も無くて危なくて今なら考えられないわ。
小さな子供だったせいか、大きくて深くてハマったら大変と思っていた。


そのドブ川に沿って、毎月もらうチャイルドブックを小脇に抱えて家に帰ろうとしていた。

向こうから自転車に乗ったオッちゃんが来た。

ねこ吉が右によけると自転車も右。
左によけると自転車も左。

どっちに行ったらいいのか判らず走ったら、オッちゃんはそのままドブ川に自転車と一緒に突っ込んだ。

多分、ねこ吉は呆然としていたと思う。

その内お巡りさんもやって来て、オッちゃんと自転車を引き上げていた。
ドロドロのオッちゃんが這い上がって来た。

オッちゃんの救助に忙しく、怪我もしていないねこ吉に気付いてなかった様子。

「オッちゃん、生きてはるわ。」ホッとしたねこ吉はそのまま家に帰った。

家でチャイルドブックを開いたら、紙で出来た緋鯉が一枚入ってた。

当然、緋鯉と真鯉が入ってると思ったねこ吉は、「あそこで落としたんや。」と母親に言い、

母親は探しに行ってくれ、無かったので幼稚園の先生に「真鯉が入っていなかった。」と言いに行き・・・。

帰ってきた母親は、「初めから緋鯉しか入ってなかったんやて。」といった。

この年になっても、何で緋鯉だけだったのか納得がいかない。

そして、オッちゃんすいませんでした。
泥だらけになってどうやって家に帰りはったんやろ?

60年以上前の話である。





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ミルキーを買った。

2018-12-11 22:12:44 | 思い出
土曜日、不二家の商品を一杯並べて、ペコちゃんが販売促進のためにスーパーの店頭に来ていた。
小さな子と一緒に写真を撮っていた。

「どうぞ、ご一緒に。」と言われたけど、さすがにババアは遠慮した。

ペコちゃんだけ撮らせてもらった。

ミルキー、懐かしいなぁ・・・。
缶入り練乳と同じ味だ。

よく練乳を舐めていた子どもだったから、ミルキーも好きだった。

小学生の時だったか、棒状のミルキーを買ったことがあってペロペロ舐めていたら、当時飼っていた猫が異常に欲しがって、ねこ吉に登って来た。

口元まで登ってきて困った。



今日、スーパーに行ったら、ミルキーがワゴンに一杯あった。
よく見たら、色んな顔があった。
笑っている顔、目が寄っている顔、舌が反対の顔。

ねこ吉は定番の上段の真ん中のペコちゃんを買った。

ホントは、こういうキャンディを食べることを歯医者さんに禁止されている。

歯の詰め物がとれるといけないので舐めていた。

そして、ペコちゃん、不二家の事をいろいろ思い出した。


ねこ吉が小学校2年生くらいの頃、父親がテレビのコマーシャル関係の仕事をしていた。
当時はテレビの創成期だったのではないかと思う。
確か、関西テレビ開局記念の記念品、8の字のついたスプーンが家にあった。

日曜の7時半から始まる漫画「ポパイ」は、不二家の提供だった。
家にテレビが無かったので、父親は会社の事務所まで行って不二家のコマーシャルをカメラで写していた。

テレビが見られるので、電車に乗ってねこ吉もついて行く。
阪神電車を梅田の手前で降りていたようだから、会社は福島辺りにあったようだ。

事務所は、いつも誰もいなかった。

ついたら、「やりくりアパート」をやっていた。
佐々十郎と大村崑、ダイハツのミゼットという自動車のコマーシャルをやっていた。
ドタバタ喜劇だったんじゃないかな。

それが終わると、武田薬品提供の「月光仮面」が始まる。
サタンの爪が怖くて、あまり見てなかった。

タケダ、タケダ、タケダァ~。というコマーシャルは今も覚えている。

それが終わると、不二家提供の「ポパイ」が始まる。
父親は三脚を立てて写真を撮っていた。

ねこ吉は漫画を見て笑ってた。

確か、それが終わると、谷内六郎の絵が表紙の週刊新潮「週刊新潮は明日発売です。」というコマーシャルがあったような気がする。

「赤とんぼ」のメロディが流れて、父親が事務所の鍵をかけて、家に帰るのである。

毎週行っていたのか、隔週だったのか思い出せないけど・・・。

たまに不二家から、ミルキーや、当時あった「フランスキャラメル」を1カートン?頂いた。

押入れにしまわれて、毎日1個もらって食べた。

嬉しかった、美味しかった。

今はもう無い「フランスキャラメル」あの味、忘れられない。



ネット検索したら「フランスキャラメルの写真が出てきた。
便利な世の中だわ。

ミルキーを一袋買って、ねこ吉は昔の事を一杯思い出した。

最近、酷いもの忘れで自分が怖い。
脳みそがカスカスに乾いている気がする。

不思議なことに思い出が詰まっている場所には、泉が湧き出ているんだろうか・・・・。

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思い出上書き保存

2018-09-09 20:12:34 | 思い出
昨日は、叔父の100歳の誕生日を祝う会があった。

叔父さん、お誕生日おめでとうございます。
ねこ吉は小さい時からお世話になりました。本当に有難うございました。

従兄、従姉、従妹たち。

何十年ぶりに会う人もいた。

皆、年より若く見える。
主役の叔父さんも、とても100歳には見えない。

叔母さんの妹さんは、毎日折り紙で鶴を折り、千羽になったら人にプレゼントしてるって!
手先を動かすということが、如何に大事かということやね。

もう一人の叔母さんの妹さんは、つい最近まで喫茶店をしてたって!
毎日人と接して、お喋りすることが大事なんだね。

先日、「遠い、遠い思い出」を書いたときの田舎の話が出た。
従兄や従姉は、ねこ吉よりも年上だから、より鮮明に田舎の事を覚えている。

ねこ吉は、詳しく聞いて田舎の思い出を共有して、上書き保存した。

思い出話に花が咲く。

昔、従兄、従姉が小学校のの夏休みに、ねこ吉の家に泊りがけで遊びに来た。
あんな狭い家に、どうやって寝ていたんだろうと、思い出せないねこ吉である。

加古川の従兄が、「尼崎で飲んだ冷やし飴が美味しかったなぁ。やかん持って買いに行った。」と言った。
従姉も冷やし飴を飲んだことは、よく覚えているって!
ねこ吉は、高校生になってもやかんを持って買いに行ったわ。

確か、ナイス市場の入り口のお饅頭を売る店で、冷やし飴は売っていた。
店の名前は、「まるみや」
その店のおじさんは、日本舞踊をやっていて、文化会館で黒田節を踊った。
メイクした顔は、高田浩吉にちょっと似ていた。

そのナイス市場は数年前に取り壊された。

ねこ吉は尼崎に行ったら、冷やし飴を人目もはばからず立ち飲みしていたけど、その楽しみも無くなってしまった。

従兄は親戚の家の間取りや、庭の風景をよく覚えていた。
ねこ吉は、そういう事はほとんど覚えていない。

脳裏に浮かぶのは、ご馳走になった当時珍しいお料理、お菓子ばかり。総天然色?で思い出す。

どれだけ食い意地がはってるんだろ・・・。

部屋には従姉が作ったお洒落なガーランドが飾られ、壁には、昨日出席した人たちの懐かしい、懐かしい写真を大きく引き伸ばして貼ってあった。何て素敵な思い付きでしょう。
もちろん、幼い頃のねこ吉も写っていた。

うちのアルバムにはない写真ばかり。
ねこ吉がスマホで写真を撮っていたら、従弟が、「データを送ろうか?」と言ってくれアドレスを書いて来た。

寝る前にはパソコンに画像付きのメールが送られてきた。

仕事が早いね。どうも有難うございます。
ダウンロードして、「思い出」と名付けたファイルに保存した。
嬉しいです。



楽しい時間は、超高速で過ぎて行く。
名残惜しいけど、また会う日まで・・・。

叔父さん、いつまでもお元気で。

四条烏丸から帰ります。
運よく、ちょうど来た「京トレイン」に乗る事ができた。

昨夜は興奮未だ覚めやらず・・・。
なかなか寝付けなかった。

ブログを書こうにも、何から書いたらいいのだろう・・・。
日々ボキャブラリーを無くしていくし・・・。

昨日会った人、皆若い。

ねこ吉も、この夏の暑さですっかりバテて落ち込んでいたけど、stay young で頑張るわ。






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遠い、遠い記憶

2018-09-02 10:08:19 | 思い出
ついさっき手に持っていた物を、何処かに置いて狭い家の中を探し回る。
そんな自分が情けなく・・・。

物忘れとは、近い過去を忘れるものだと気がついたのは数年前。
「結構、昔の事は覚えている。」と自信を持っていたねこ吉も、その内、遠い過去も思い出せなくなるんだろう・・・。

書いておけば、思い出すよすがにはなるはず・・・。
今朝、突然思い出した遠い、遠い昔の事を慌てて書き留めておこう。

ねこ吉の母の実家は岡山の津山の近くにあった。山あり、川ありの田舎だった。
3,4歳?4,5歳?母に連れられて、多分、三ノ宮からデゴイチのような蒸気機関車に乗って帰省した。
およそ、63,4年前かな。

三ノ宮駅で、白いチマチョゴリを着て、先をつまんだような変わった靴を履き、髪を真ん中で分けた人を見て、「母が朝鮮(韓国?)の人よ。」と教えてくれた。

車内に物悲しいメロディーが流れると、通路を白い着物?を着てカーキ色の帽子を被った傷痍軍人の人たちがアコーディオンを持って通るのが怖かった。

父も一緒に帰省した時は、「トンネルに入るとススが顔につく。」と言って、慌てて父が窓を閉めていたことを思い出す。

以前ブログに書いたけど、汽車の中で見知らぬおじさんの駅弁のピンクに緑の線が入ったかまぼこをもらって、母に恥をかかせたこともある。



田舎の家には、お祖父さんとお祖母さんがいた。

お祖父さんが、生みたての卵に釘で穴を開けた物をくれた。
最初は白身ばかりで美味しくなかったけど・・・。

川で取った鰻を蒲焼にしていたけど、ねこ吉は食べさせてもらわなかったな。

ある日、散髪屋に行くことになって、母におんぶされて田んぼの近くを歩いていた。
田んぼには水が入っていた。

遠くに丸いものが動いていた。母に聞くと、「あれは、蛇が泳いでいるのよ。」と教えてくれた。
散髪屋でもらった砂糖の塊りのようなメレンゲのお菓子。白、水色、ピンク、黄色。
何年か前、何処かで売っているのを見かけたな。

お祖母さんが亡くなって、葬儀の時は丸い棺桶だった。

座敷から外を見てたら、遠くに貨物列車が丸太を積んで走っていたような・・・。

何処までがねこ吉の記憶か、夢で見たことなのか・・・。

全てにしっかり色がついている。

心理学講座で習ったけど、人は色で記憶する人、音で記憶する人、身体で記憶する人がいるらしい。

ねこ吉は、色で記憶する人らしい。





(すいません、検索した画像お借りします。)


追記

パソコンに、「メレンゲ 駄菓子」と入力、画像検索。

わぁ~、このお菓子や。

フローレットとか、五色バナナとかいう名のお菓子だそうです。
瞬時にして、調べ物が出来る有難さ・・・。





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追悼 西城秀樹さん

2018-05-17 18:33:45 | 思い出
(あえて、秀樹の若い頃の写真を・・・。)

5月10日、美容院が休みでパーマがかけられなかった。
かなり、ボサボサの頭で過ごしていたけど、やっと今日パーマをかけた。

いつもならあさイチでいくのに、午前中は歯医者の予約があって、珍しく午後からいったので、帰って来たのは3時過ぎ。

家に帰って、パソコンのスイッチを入れた。

立ち上がったYahoo!の画面には、「西城秀樹さん、死去」のニュース。
63歳だって!

「2度の脳梗塞、それでも頑張って、歌っている。」と、そんなニュースも見たことがあった。


1972年デビューして、「情熱の嵐」「君よ抱かれて熱くなれ」「ブーツを脱いで朝食を」など etc...
「夜のヒットスタジオ」など、よく見ていた。

当時新御三家といわれた郷ひろみ、野口五郎、西城秀樹。
3人の中では、ねこ吉は西城秀樹のファンだった。

ドラマ「寺内貫太郎一家」では、樹木希林との掛け合いが楽しくて毎週見ていた。
会社の昼休み、ドラマの感想を喋りながら、「ヒデキ可愛いね。」とか・・・。

「ヒデキ感激!」でおなじみのハウスバーモントカレーのCMも・・・。


会社の先輩たち、3人で何度か神戸国際会館にコンサートを見に行った。

客席から「ヒデキィ~!」と叫んだ。

1979年、「YMCA」では、客席で踊った。

秀樹も若かったけど、ねこ吉も若かった。

訃報を聞いてから、YouTubeのミックスリストをBGMにかけながら、夕飯の支度をしている。

ご冥福をお祈ります。

追記

テレビ各局で、西城秀樹が亡くなったニュースを伝えている。

懐かしい歌が流れ、若々しい当時のヒデキのVTRが流れてる。

「ブーメラン、ブーメラン、きっと貴方は戻ってくるだろうォ~。」ブーメランストリートの一節。
戻ってこられればいいのにね。



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思い出の箱の蓋が開いた!

2018-04-10 20:32:58 | 思い出
(ラナンキュラス、花びらぎっしり、みっちり・・・。花屋の店先で。)

今日は、三宮でAさんとランチ。

昨年11月の同窓会で出会って、M先生宅に一緒に伺い、その後もすっかり友達にしてもらって、メールのやり取りをしている。

前回1月25日三宮でランチして、風月堂であんみつを食べ、食べるのがのろいねこ吉を残して仕事に行ったAさん。

今日は、「」でランチ。
長くしゃべれるし、デザートもドリンクもバイキングだし・・・。

ねこ吉も出来るだけ早く食べたよ。

何しろ、Aさんとねこ吉は、中学、高校が同じ。
一度も同じクラスになったことはなかったけど・・・。

たくさんの人と積極的につながり、学生時代の友達と今も付き合っているAさんに比べて、ねこ吉は、中学時代の友人一人としか付き合ってこなかった。
高校の同級生がミクシで見つかったけど、その人は東北に引っ越し、病気で去年亡くなってしまった。


今日は、中学校と高校のクラス写真を持っていった。

見ながら、色んな人の思い出話や、今どうしてるか?を聞いた。大変な人生を送ってきた人もいたようだ。
友達が少なかったねこ吉は、人の表面しか見ていなかった。

長所も短所も併せ呑み、友達を作ろうとしなかった。

性格のきつそうな人、愛想の無い人、そんな人とは一度も話をしたこともないまま卒業してしまった。


心の中の学生時代の思い出の箱、ねこ吉は今まで蓋を閉めていたけど、11月以来、パカッ!音を立てて蓋が開いた。
色々話しているうちに思い出が堰を切って溢れだした。



今日もAさんは、ランチの後仕事に行った。お気をつけて。
ねこ吉と旅行に行く約束もした。これからもよろしくね。


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ああ、四月・・・。

2018-04-01 20:34:51 | 思い出
今日から四月。何て日の経つのが早いの!

もう、毎年同じことを書いて言い古されて、他にぴったりの言い方は無いのかしら・・・。
日々、ボキャブラリーが減っていくねこ吉は、毎度同じようなブログを書いていて情けなくなってしまう。


上の写真は、駅前のお家のモクレン。

このお家は、ねこ吉が遥か昔一人暮らしをこの街で始めたときからあった。
女性ばかり4人が住んでいた木造アパート、会社員2人、大学生2人。
一部屋に集まって、テレビを見たり、ケーキを食べたり・・・。女子寮みたいだった。
給料日にはケーキをご馳走したこともあったなぁ・・・。

このお家の前の道は、ねこ吉の通勤路だった。ハイヒールを履いて、よく走っていたなぁ・・・。

今はスニーカーでも、走るのはしんどい。



モクレンの隣にはライラックが咲いている。

今日は西宮ガーデンズに娘と行くのに駅で待ち合わせ。
電車のホームには、桜の花びらがヒラヒラ舞っている。

近くには桜の木が無いのに、花びらは何処からやって来たの?



何時までも寒い、寒いと思っていたら、いつの間にか桜は満開。

そして、今日は、もう散り始めてる。

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春暁

2018-03-06 17:20:36 | 思い出


たぬ吉が、六甲に仕事に行かなくなって、3か月余り・・・。
6時半に起きて、お弁当を持たせて送り出さなくてよくなった。

当然、起床時間が遅くなる。
ねこ吉は、不眠症気味なので、早くから目は覚めているけど布団からはなかなか出られない。

うつらうつらしてしまって、「ギャー!」って時間になってしまったことも何度か・・・。

今日は、7時半起床。
8時半ごろ、洗濯物を干しにベランダに出た。

メジロや、ヒヨドリに食べさせてやろうと、紙の上に半分に切ったポンカンを置いていた。
食べた跡はあるけど、今年はまだ写真は撮れていない。

今朝、ポンカンはひっくり返ってベランダの隅に吹き寄せられて、紙は飛んで行っていた。

そういえば、昨夜は随分激しい風が吹いていたなぁ・・・。

洗濯を干しながら、孟浩然の「春暁」を思い出す。
中学3年、我が尊敬するM先生に教えてもらった。

漢詩「春暁」「静夜思」「春望」を習った。
全部覚えて、一人一人暗唱したと思う。

お蔭さまで、この年になっても暗唱できる。いや、「春望」はちょっと危ないなぁ。

春 眠 不 覚 暁( 春眠暁を覚えず)

本当になかなか布団から出られません。


処 処 聞 啼 鳥 (処処啼鳥を聞く)

洗濯を干していると、何処かで鳥が鳴いている。スズメですが・・・。


夜 来 風 雨 声 (夜来風雨の声)

昨夜、凄い風だった。春の嵐か?


花 落 知 多 少 (花落つること知る多少)

クーラーの室外機の上に置いていた年末に二楽園で買った寄せ植えが、転がり落ちてエライことになっていた。

「落つること知る多少」どころの騒ぎじゃありません。


M先生、「春暁」は、典型的な起承転結の漢詩ですよね。

京は三条糸屋の娘
姉は十六妹は十四
諸国(諸)大名は弓矢で殺す
糸屋の娘は眼で殺す

これは、頼山陽が起承転結を教えるときに使った例らしいけど、先生はねこ吉達に教えてくださいましたね。

先日、M先生のお宅に伺ったときに、「先生の授業は高校の授業だったね。」と皆で言い合った。
ねこ吉には、背伸びした授業が、とても興味深かったんです。
中学3年で、知識が留まっておりますが・・・。

M先生に教えて頂いたことは、何年たっても四季折々ふとしたきっかけで思い出します。




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嗚呼、大丸心斎橋店は・・・。

2018-02-19 21:39:18 | 思い出
(大丸完成予想図)

本日、用事で心斎橋まで行ったので、大丸に寄ってみた。

地下鉄を降りて、大丸方向に向かい、入った建物は昔「そごう」だったところ。

地下一階に、アッシュ・ペー・フランスがある。
売り場の若い人に、「ここは、昔そごうだったところですよね。大丸本館は、今工事中ですよね。」と聞いた。

売り場の人は、「そごうだったかどうか知りませんが、ここは大丸北館です。」といった。

ああ、若い人は、心斎橋そごうを知らんのか・・・。


1階の受付で、フロアガイドをもらい、本館の事を聞いたら、工事の真っ最中と言っていた。
北館が、昔のそごうで、南館は免税品店になっているらしい。(南館なんて、いつの間に出来たの?

御堂筋側に出てみたら、大丸本館は、立て直しのため味気ないグレーのカバーで覆われていた。

2015年12月9日、改装で取り壊すので、ヴォーリズ設計の建物を見納めと思って見に来た。
大好きだった化粧品売り場の美しい天井。どうして壊すの!

旧大丸御堂筋側の外観のみ残すらしいけど・・・。

上の写真が完成予想図らしい。

大丸北館の店内は、シンプルで味気なく・・・。

3階まで、エスカレーターで上がってみた。

ねこ吉の前も後ろも中国人。中国語を喋ってる。

何か日本じゃないみたい。

そういえば、春節かぁ・・・。

心斎橋商店街も、トランクを引いた人が一杯。



(工事中の本館には、大丸の歴史が紹介されている。)

心斎橋筋側に出てみた。

薬局や、チェーン店が増え、すっかり様変わりして、昔の心斎橋商店街の雰囲気は無い。

薬局の前では、女の人が中国語で呼び込み?をやっていた。

大丸の美しい建物はなくなり、心斎橋筋の老舗も姿を消し・・・。

たまに母と連れだってやって来て、母の腕をつかんで喋りながら歩いた遠い昔。

おき宗で、振袖用の草履を買ってもらった。

おき宗は、倒産したらしい。

芝翫香で、入社式に持っていくバッグを買った。

紺色のメッシュのがま口型の一風変わったバッグだった。とっくの昔にないけれど・・・。

芝翫香はまだ健在かな?





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「ぴょん」から送られてきた写真

2018-02-18 21:45:02 | 思い出
旅かえる」のぴょんに癒される日々である。

ネットで攻略法を検索したり、「ぴょん」が家に帰って来たときスクショして画像を残すことが出来るようになった。
「ぴょん」が旅先から送ってくれた写真(イラスト)も保存してドロップボックスでパソコンに送れるようになったし。

クローバーを収穫して貯まったら、お弁当や道具を買って「ぴょん」に持たせてやる。

上の写真は、透明の洗面器を買ってやったら、何処かの川で、ぷかぷか浮いている写真が送られてきた。

綺麗な川底が見えて、まったり、まったり。気持ちよさそうだね。

ねこ吉も「ぴょん」になりたいな・・・。



ここは、有馬温泉らしい。

蝶々と一緒に温泉に入ったかな?

入ったらゆだってしまうかも・・・。

ねこ吉もOL時代(死語)有馬温泉には社内旅行で、よく行ったものだ。
宴会に出ないといけないので、大浴場に入るとお化粧をやり直さないといけない。
面倒臭いので、若い女子社員は誰も入らない。

年配のおばさん社員だけが、温泉に入り浴衣を着て宴会に出ていた。

ねこ吉は、旅館の浴衣も来たことがなかった。パジャマ持参。

何度も有馬温泉に行ったのに、何の思い出もないわ。



奥入瀬渓流の苔橋を渡る「ぴょん」と蟹さん。
ねこ吉も、奥入瀬に行ってみたいなぁ・・・。

平泉、盛岡、会津若松、五色沼 etc...
東北地方には2度いったんだけどなぁ。遠い、遠い昔のお話。



ここはカフェなんだって!

蟹さんと一緒に何を食べたんだろうね。



ここは別府温泉。温泉卵食べた?

ねこ吉は高校の修学旅行で、別府温泉や、阿蘇山に行ったんだけど、つまらなくて何も覚えていないんだよ。

同級生だったタミさんは、修学旅行用?の彼氏を事前に作っておいたんだって。
旅行が終わったら別れたらしい。

45年後に聞いた話なんだけど、ねこ吉などそんな事思いもつかなかったよ。
疎いというか、何というか・・・。
男女共学の学校に通っていて、ほとんど男子と喋ったこともなかったんだから・・・。

バスの中では、隣の子の前に、その子の彼氏が座っていて、ねこ吉はずっと寝たふり。いつの間にかずっと寝てた。

「青春を返せぇ~!」と一応叫んでみる。

「ぴょん」に最初は癒されてたんだけど、つまらんことも思い出してしまったわ。

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インフルエンザ大流行(その2)

2018-01-30 22:21:44 | 思い出
(本文とは関係ないけど・・・。)

インフルエンザが猛威を振るっている。
大寒波も原因らしい。

ワクチンが不足して、接種するのが遅れたことも悪かったって!

たぬ吉、ねこ吉は11月中旬に接種したけど、子どもたちはしていない。

昨日から、インフルエンザで仕事を休んでいる息子。

余り電話をしたらうるさがられるし・・・。

昨晩は、「早く寝なさいよ。」とLINEしておいた。

今朝は、LINEで「具合はどう?」と聞いても既読がつかない。

何となく気になって電話したら、寝ぼけ声で「まだ寝てた。」と言っていた。

慌てて電話を切ったけど・・・。

8時頃、夕飯食べたかな?と思って、

「良くなってきた?」とLINEしたら、

「まだ、鼻と喉がいたいけど、熱はない。
朝、熱を計ったら、34,7度でビビった。」と返信があった。

思い出した。
息子は、子どもの頃抗生物質を飲むと、熱が下がりすぎて34度台になってびっくりしたものだ。

そういうとき、うちでは・・・。

「アンタはトカゲやな。」って言ってたな。

トカゲは変温動物で体温が低そうだから・・・。


「明日は、おうどんでも食べたら?」とLINEしたら

「今晩から、すでに豆乳鍋」と返って来た。

「お野菜食べてエライ!」というコウペンちゃんスタンプを送った。

早く治るように母は祈っています。


娘にも「インフルエンザに気をつけて。」とLINEを送ったら、

「私は健康。仕事が忙しくてインフルエンザになってられない。
私がインフルエンザになったのは、震災の時だったね。」と返って来た。

そうだった。

娘は中3、インフルエンザに罹り、治ったので登校しようとした日が阪神大震災だった。
激震地区だったから、小、中学校が避難所になってまともな授業も受けられないまま。3学期は、無かったも同然。

被災者で溢れていた体育館を、卒業式のため一時立ち退いてもらい、各地に避難していたクラスメートに久しぶりに出会って卒業式を終えた。




そして、去年の今頃、義母が入院中院内感染でインフルエンザに罹り、そのまま2月4日に亡くなった。

もうすぐ一周忌だ。

身内だけで済ますといっても、何かと用意に忙しい日々である。


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今日のランチ 思い出を添えて・・・。

2018-01-25 22:08:57 | 思い出
(二人で食べた限定10食のランチ。)

20日に、M先生のお宅にお伺いした時に、ねこ吉はAさんにお金を借りて返すのを忘れてしまった。
本当にうっかり者でごめんなさい。

先生と一緒に写した写真も出来上ったので、本日、お金を返し、写真を渡し、ランチを食べて・・・。
という事で三ノ宮に行った。

12時半の三ノ宮駅で待ち合わせ、「松廼屋」でランチ。
Aさんは仕事に行く前の時間に、ねこ吉に会ってくれた。忙しいのにゴメンね。


何しろ、Aさんとは同じ中学、高校だったのに、一度も同じクラスになったことがなく、全然知らなかった。
ねこ吉の頃、一クラス45人ぐらいいたと思う。中学は11組まであった。
高校は10クラスあった。

お互い知らないまま卒業してしまった。
ランチをしながら、M先生のお宅に伺ったときの話や、中学、高校の話を喋りっぱなし。
忘れていたクラスメート、先生たちの思い出が次から次から湧き出てきて・・・。

ねこ吉は、卒業以来行方不明者だったから、ほとんどの人の消息を知らなかった。

話を聞いていると、Aさんは人と連絡を取り合いって、出会い、そして、人と人を繋いでいる。素晴らしいね。

同窓会で出会ったとき、「一緒にM先生に会いに行こう。」と言ってくれたことも、ねこ吉とM先生と繋いでくれたんだね。


ねこ吉は喋ってるから、食べるのが遅い。

お互い思い出を喋り続け、ランチの時間内ぎりぎりまでお店にいた。

Aさんが仕事に行く時間まで、あと僅か。
「風月堂」であんみつを食べに入る。

話は尽きない。
Aさんは食べるのが早い。ねこ吉はまだ半分も残ってるのに・・・。

「Aさん、仕事の時間大丈夫?ねこ吉にかまわず先に行って。」

「じゃ、これで払っといて。」と1000円置いてAさんは出て行った。

Aさん、今度会うときにおつりは返します。すいません。また会ってくださいね。


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懐かしくて、嬉しくて・・・。

2018-01-21 20:52:04 | 思い出
(阪急電車に向かう道に梅一輪が咲いていた。)

M先生、昨日は有難うございました。
どっぷり余韻に浸って、未だ興奮さめやらぬ・・・。
このブログにも何度か登場している「我が尊敬するM先生」についにお会いすることが出来た。
昨晩は、思い出ポロポロ。なかなか眠れなかった。

51年ぶりにお会いする先生は、お声も変わらず、ちょっとお顔がふっくらされたでしょうか・・・。

ねこ吉は、ずっとお会いしたかったんです。
中3の1年間楽しい国語の授業でした。
先生に教えて頂いたことは、この年になってもことある毎に思い出すんです。
本当に有難うございました。


11月18日、同窓会に行って、先生の大ファンだというAさんに出会い、先生の素晴らしさを語り、
「今度一緒に会いに行こう。」という話になった。

Aさんが先生と連絡を取ってくれて、幹事のUさんと車に乗せて行ってくれたNさん4人でお宅に行ってきた。



先生のお宅はお寺です。

多分在学中だったと思うけど、クラスの仲間と本堂でトランプをした思い出がある。
その時着て行った服とヘアスタイルを思い出した。

立て直された本堂で、先生と4人で思い出話をした。

Uさんは校長先生をしていたので、皆の動静に詳しかった。

ねこ吉は、母を亡くしてから一人暮らし。
色々あって実家を出たので、2015年5月に湘南いるかさんに誘われて同窓会に行くまで行方不明だった。

       ふるさとは遠きにありて思ふもの
         そして悲しくうたふもの
             よしや
       うらぶれて異土の乞食となるとても
          帰るところにあるまじや

室生犀星の「小景異情」の一節です。当時のねこ吉は、こんな気持ちでした。




先生に教えて頂いた事で今も覚えていることを、紙に書いて持って行った。

「先生、読んでもいいですか?」

読み上げている間に、涙が出てしまった。この感情は何なんだろう・・・。

順不同、羅列しただけのメモを、先生は「ください。」とおっしゃった。
恥ずかしいけど渡した。


先生は、今も非常勤で国語を教えてらっしゃるそうだ。
ねこ吉は、先生の授業をまた受けたいです。

楽しい時間は、どうしてこう早く過ぎ去るのでしょう。
帰りに先生と皆で記念写真を撮りました。宝物にします。

先生、有難うございました。
ねこ吉を先生のお宅まで連れて行ってくれた皆様、有難うございました。



「求めよ、さらば、開かれん。」

ねこ吉は、何度も同じことを言っていますが・・・。
だけど、諦めないでずっと願っていれば、今回のように願いが叶うことがあるんですね。


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阪神大震災から23年

2018-01-17 18:10:04 | 思い出
何故か寝付けない夜だった。
明日は震災記念日だという思いが心の何処かにあったのかも知れない。
聞こえてくる雨の音に、起きる前から憂鬱。

今日は洋裁の日だ。お稽古初めだから休めないな。

食パンの上に、急いで作ったスクランブルエッグを乗せてマヨネーズをかけ、さあ、食べようとしたとき手元が狂って床に落とした。

「ギャー!」

慌ててるときに限って何かをやらかす。
我が家では普段3秒ルールを適用しているが、さすがに飛び散ったスクランブルエッグはどうしようもなく・・・。

捨てました。汚れた床を拭きとりました。

テレビでは、阪神大震災関連の番組を放送してる。
フラッシュバック?色々なことを思い出します。


神戸の街で震災の爪痕の残っている場所は、23年も経ってほとんど無くなったように思う。
ねこ吉の住んでいる地域は、23年前爆撃を受けたかのように信じられない惨状だった。

今は多くの新しいマンションが建ちすっかり綺麗になって、普段ねこ吉は震災の事を忘れている。

1月17日が来て、ニュースやワイドショーで当時の映像を見ると、埋火を火箸でかき混ぜるが如く思い出すのである。


ブログを始めてから毎年1月17日には、震災関連の事を書いて来た。
同じことを何度も書いているかもしれない。

一昨年のブログはマンション再建のために、計算に疎い頭をフル回転させて修繕費、リフォーム代を工面した話を書いている。

少しでも金利の安いローンに借り換えようと、マンションの惨状の写真と、書類をそろえて銀行に通った。

確定申告に税務署にも行った。
マンションが全壊だったので災害減免で税金を返してもらえることになり、ボランティアの税理士さんに計算をしてもらうために税務署の前のテントに並んだ。
長蛇の列だった。(当時、何処に行っても並んだ。)

順番が来て、税理士さんが建物の還付金の税金を計算してくれた。家財も申告できると書いてあった。

家財も失ったから、「家財はどうなるのですか?」と聞いたら、税理士さんは、「家財はよろしいでしょ?」と言った。

アンタ、ねこ吉のマンションを見てないでしょ!
部屋の中の家具のほとんどは空中分解して使い物にならないんだよ。テレビも電子レンジも吹っ飛んだんだよ。
食器類は木っ端みじんに割れたんだよ。

買い換える資金の僅かな足しに、1円でも多く税金を返してほしいんです。
「よろしいでしょ?」なんて、簡単に済まされたら困ります!

ここで、書類に受付印を押されたら家財の分は返してもらえない。

「結構です。」と書類をひっつかんで、カンカンに腹を立て家に帰って来た。

数字にめっぽう弱いねこ吉が、手引書と首っ引きで計算して提出。

以来、ねこ吉は、医療費控除など確定申告書を悪い頭をフル回転させて書いて税務署まで提出に行く。

たとえ、僅かな還付金でも必ず返してもらっている。

今思い出しても、自分が愛おしいぐらい必死で頑張ったと思う。
この頑張りを知っているのは、自分自身だけ。ようやった!ねこ吉。


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今年もあと僅か・・・。

2017-12-26 21:46:50 | 思い出
クリスマスが終わると、年越しまでの日々がカウントダウン状態で、時間が倍速で過ぎて行く。

昨夜、夜中に目が覚めて、眠れなくなってしまった。
暗い中で、考えるまいと思っても、来し方行く末を考えてしまう。
来し方、過去を変えることなんて出来ないし、行く末なんて神のみぞ知る。
どうして、どうしようもない事ばかり考えるんだろう。

明け方にウトウトとして、嫌な夢を見る。

そんな訳で、超睡眠不足。


ボンヤリして午前中何をしてたか思い出せない。

昼からは銀行に行った。ずいぶん混んでいた。

夕飯はお好み焼きを焼いた。

使い物にならなかった今日一日。

マァ、普段から使い物にならないけどね・・・。

部屋の掃除も、片づけ物も明日しよう。
出来なくても、お正月は来る。


ねこ吉は、夜は何にもしたくない。

そんな訳で、Amazonプライムで、1話無料の「Pan Am(パンナム)」を見た。
1963年の話。

ねこ吉12歳だった。

パンナムといえば、「兼高かおるの世界の旅」という番組を一社提供していたなぁ。

今は倒産してパンナムはなくなってしまったけど。


日曜日の11時頃放送だったかなぁ・・・。
兼高かおるさんが「~ですのよ。」と山の手言葉で各国各地を紹介していた。

パンナム機が飛んでいる画像が素敵だった。
80日間世界一周」がテーマソングだった。

飛行機にさえ乗った事のないねこ吉が、いつか海外旅行に行きたいと思ってた。

昔の事を思い出しながら見てたら、あっという間に無料のドラマ「パンナム」は終わって、2話が見たければレンタル料を払わなくてはいけません。


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