(1)9月からのチューリップ45周年記念全国コンサートの開催が発表になった。オフィシャルフォトによると財津和夫、姫野達也、上田雅利、宮城伸一郎の4人のメンバーが並んで写っているので、さらに最近のラジオ番組で財津さんが4人でやるので構成を変えないとということを言っているので、この4人でチューリップコンサートをやることのようだ。
(2)安部俊幸さんが2年前にインドの自宅で亡くなったことが発表になって、もうチューリップとしてのコンサートができなくなるのではとの声も聞かれたが、財津さんが音楽的影響を受けたビートルズは4人のメンバーで安部俊幸さんを除く4人のチューリップでもリードギター、リズムギター、ベース、ドラムの楽器構成も十分可能で、それぞれに音楽的スキルも十分に持ち合せて4人のチューリップとしてコンサートを開催することは可能だと書いた。
(3)リードギターは姫野達也さんでリズムギターは財津さんでメロディ、リズム構成することは可能であり、財津さんへの負担は大きくなるがそうと決まればやり抜くのが財津さんのフロンティアな挑戦魂でありまったく問題はないだろう。
財津さんは福岡でのアマチュア時代に福岡のラジオ局で岸川均さんプロデュースのレコーディングで、当時ステレオ録音設備がない中、岸川さんが2部屋を行ったり来たりで結んでのステレオ録音方法で失敗が許されない中で言った財津さんの名言が「ぼくら実力がありますから一発で決めます」です。
(4)当時から音楽的実力については相当な自信を持っていたようで、その裏返し(inside out)としての厳しさが後々のチューリップ分裂につながったとも考えている。
亡くなったリードギターの安部俊幸さんはそれとわかる独自のギター奏法、音色で、チューリップの中の個性でも音楽的存在感として財津さんは別にして特別な存在で人気も高かった。
(5)この安部俊幸さんを除いてチューリップの音楽活動が成り立つのかの疑問はつきまとうが、そういうコアなネイティブな声はあるだろう。
安部俊幸さんは音楽的だけでなくキャラクター、人間性、社会人としても魅力、心づかいのある存在感だけに、そういうチューリップはすでに存在はしない。
(6)思えば安部俊幸さんの最後のチューリップステージを見たのは亡くなる前々年の12年の堺でのコンサートで、偶然にも安部俊幸さんの目の前の席でこれが非常に印象深い最後のコンサートになってしまった。
何が印象深いのかは手前ミソの領域でさすがに詳しくは書けないが、安部俊幸さんがコンサート終了後なかなかステージを去りがたかったことが今でも記憶(財津さんが仕方なく安部さんの後ろを去ろうとして照明につまずいた)に残っている。
(7)今にして思えばである。それを乗り越えてもちろんチューリップに特別の思いを抱く財津さんが4人でチューリップ45周年記念コンサートを9月から全国展開する。
日本のポップス、ニューミュージックを革新的、先進的にリードして創造してきた財津さんが4人のチューリップで安部俊幸さんの思いもどう表現するのか、非常に企画力、プロデュース力も高いもちろん音楽的独自、独特、独創的スキルは言うに及ばすにすぐれた財津さんなだけに期待は大きい。
(8)これまでのチューリップサウンドを忠実に再現するのか、あるいはまったく新しいチューリップサウンドをつくりだすのか、なにしろフロンティアで独創的な希代の名ミュージシャン、コンポーザーの財津さんなだけに興味、関心はつきない。
安部俊幸さんのいないチューリップの期待を裏切ろうと裏切るまいと、すべてが財津さんの思いのままのチューリップを見る、聞くことができるだろう。
(9)それ以外の何が必要なのか。それ以外の何ものでもないチューリップを見る、聞くことができるだろう。裏切ろうと裏切るまいとである。
(2)安部俊幸さんが2年前にインドの自宅で亡くなったことが発表になって、もうチューリップとしてのコンサートができなくなるのではとの声も聞かれたが、財津さんが音楽的影響を受けたビートルズは4人のメンバーで安部俊幸さんを除く4人のチューリップでもリードギター、リズムギター、ベース、ドラムの楽器構成も十分可能で、それぞれに音楽的スキルも十分に持ち合せて4人のチューリップとしてコンサートを開催することは可能だと書いた。
(3)リードギターは姫野達也さんでリズムギターは財津さんでメロディ、リズム構成することは可能であり、財津さんへの負担は大きくなるがそうと決まればやり抜くのが財津さんのフロンティアな挑戦魂でありまったく問題はないだろう。
財津さんは福岡でのアマチュア時代に福岡のラジオ局で岸川均さんプロデュースのレコーディングで、当時ステレオ録音設備がない中、岸川さんが2部屋を行ったり来たりで結んでのステレオ録音方法で失敗が許されない中で言った財津さんの名言が「ぼくら実力がありますから一発で決めます」です。
(4)当時から音楽的実力については相当な自信を持っていたようで、その裏返し(inside out)としての厳しさが後々のチューリップ分裂につながったとも考えている。
亡くなったリードギターの安部俊幸さんはそれとわかる独自のギター奏法、音色で、チューリップの中の個性でも音楽的存在感として財津さんは別にして特別な存在で人気も高かった。
(5)この安部俊幸さんを除いてチューリップの音楽活動が成り立つのかの疑問はつきまとうが、そういうコアなネイティブな声はあるだろう。
安部俊幸さんは音楽的だけでなくキャラクター、人間性、社会人としても魅力、心づかいのある存在感だけに、そういうチューリップはすでに存在はしない。
(6)思えば安部俊幸さんの最後のチューリップステージを見たのは亡くなる前々年の12年の堺でのコンサートで、偶然にも安部俊幸さんの目の前の席でこれが非常に印象深い最後のコンサートになってしまった。
何が印象深いのかは手前ミソの領域でさすがに詳しくは書けないが、安部俊幸さんがコンサート終了後なかなかステージを去りがたかったことが今でも記憶(財津さんが仕方なく安部さんの後ろを去ろうとして照明につまずいた)に残っている。
(7)今にして思えばである。それを乗り越えてもちろんチューリップに特別の思いを抱く財津さんが4人でチューリップ45周年記念コンサートを9月から全国展開する。
日本のポップス、ニューミュージックを革新的、先進的にリードして創造してきた財津さんが4人のチューリップで安部俊幸さんの思いもどう表現するのか、非常に企画力、プロデュース力も高いもちろん音楽的独自、独特、独創的スキルは言うに及ばすにすぐれた財津さんなだけに期待は大きい。
(8)これまでのチューリップサウンドを忠実に再現するのか、あるいはまったく新しいチューリップサウンドをつくりだすのか、なにしろフロンティアで独創的な希代の名ミュージシャン、コンポーザーの財津さんなだけに興味、関心はつきない。
安部俊幸さんのいないチューリップの期待を裏切ろうと裏切るまいと、すべてが財津さんの思いのままのチューリップを見る、聞くことができるだろう。
(9)それ以外の何が必要なのか。それ以外の何ものでもないチューリップを見る、聞くことができるだろう。裏切ろうと裏切るまいとである。