つくし 野あやめの種蒔き 京都祇王寺

2023年03月30日 | 

昼休み、「つくし」を採りに畑に出かけました。

さすがにまだ僅かしか出ていませんでした。

帰ってから、これも懸案事項の「野あやめ」の種を蒔きに行きました。

畑には夫が野あやめを植えてくれていて、昨年1キロほど種を取ったのです。

自然に返したいのです。

でも草を刈るところだと、花を咲く前に刈りとられてしまうので、草刈りをしない場所に蒔かねばなりません。

それで半分は、今年アカシアを伐ったあとの山林に蒔きました。

時期としては少し遅かったかもしれません。

後の半分は夫に心当たりがありそうなのでお任せしました。

庭の草取りもようやく一巡しました・・・・・やれやれです。

今朝は、我が家の塀の外側の側溝の上の掃除です。

今のうちに土を避けておかないと、そこに草が生えるからです。

年に3回これをやるようになって、そこの草取りから解放されました。

昨日、つくし採りで畑にいったら、見えてしまいました、マイ花畑の草が。

夫が少し草取りを始めてくれていましたが、う~ん畑に呼ばれています。

去年たんぽぽ退治に時間をとられたので、今年は早めにと思っていますが、なかなか辿り着けません。

 

京都2日目の午後は竹林を堪能しながら、二尊院から落柿舎・祇王寺へ。

「萌え出ずるも 枯るるも同じ 野辺の草 いずれか秋に あはではつべき」

この歌どこかで見たことがあったかも。

このお寺のお庭が素晴らしくて、雨でしっとりした苔の美しさに2周してしまいました。

裏側には祇王、祇女と母刀自のお墓と、平清盛の供養の五輪塔が佇むように立っていました。

鎌倉時代作だそうです。

そしてその隣のお墓に、お彼岸のお参りに来られていた方と立ち話。

檀家の方なのでしょうね。

出たところで中国ランの展示をしておられましたので、これまた目の保養をさせてもらえました。

あだしの念仏寺は久しぶりでした。

雰囲気が変わっていました。

たくさんの念仏の中に、ところどころ前垂れを掛けているのは、自分に似たのに奉納しているのかしら。

なんて勝手に想像したりして。

境内には8千体もの石仏があるのですもの、自分に似た石仏にであえるかもしれません。

でも雨が降っていてね・・・・・・裏に登る竹林はとてもいい感じ。

西行法師が

誰とても 留るべきかはあだし野の 草の葉毎にすがる白露

と人の命のはかなさを詠んでいます。

まさにそんな気持ちにさせられる場所なのね。

まだまだ時間がありますので、天野天満宮を追加しました。

ここで受験生になる2人の孫のお守りを求めました。

少し早めに祇園に車を付けてもらいました。

エー、何この混雑!!

お読みいただきありがとうございました。

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