https://news.yahoo.co.jp/articles/2370f25c47f942b1e8117da29ab78be6ba07713f?page=1
8/23(日) 8:11配信
東洋経済オンライン
世の中には「ステレオタイプ思考」というものがあり、そのため人はつい、表面的な固定観念によって物事を決めつけてしまいがちである。例えば「東大生」と聞いただけで「頭のいい人」を思い浮かべてしまう方は、決して少なくないはずだ。
「東大・京大への合格者が多い学校」ランキング
ところが『「考える技術」と「地頭力」がいっきに身につく 東大思考』(東洋経済新報社)の著者、西岡壱誠氏は、現役の東大生という立場からそういった捉え方を否定する。それどころか、もともと「頭のいい人」ではなかったというのだ。
高校3年生時の模試の偏差値は35。英語の成績は100点満点中3点。勉強していないからその成績だったのかというとそうではなく、毎日何時間も勉強机に向かっていました。勉強はしているのに一向に成績が上がらない、典型的なバカでした。(「はじめに」より)
「バカ」という言葉を簡単に使うのはどうかと思うが、それはともかく、東大生の代名詞でもある「頭のいい人」でなかったことだけは間違いないようだ。
では、2浪したとはいえ、なぜ東大に合格することができたのか? それは、頭のいい人のやり方、思考法をパクリまくったからなのだという。そのとき感じたのは、「頭のいい人は『思考回路』が違うんだな」という思い。思考の違いが「頭のよさ」をつくっているというわけだが、それは誰にでもまねでき、身につけられるものだというのだ。
■思考回路ならまねできる
たしかに、生まれつきの才能はまねできないかもしれない。だが、思考回路ならまねすることができる。そのような考え方に基づき、本書では多くの東大生に共通している「5つの思考回路」を解説しているのである。
CHAPTER1では「暗記しなくても記憶できるようになる」思考回路
CHAPTER2では「簡潔に話をまとめることができるようになる」思考回路
CHAPTER3では「人にうまく話を伝えられるようになる」思考回路
CHAPTER4では「他人が思いつかないアイデアを生み出せるようになる」思考回路
CHAPTER5では「難解な問題を解決できるようになる」思考回路
(「はじめに」より)
どれも実用性が高そうだが、ここでは「上流志向で『難しいことを超わかりやすく要約』できる」の中から「要約力」に注目したい。それは、ビジネスパーソンに求められるべき重要なポイントであり、頭のよさを測る重要な指標でもあるというのだ。
西岡氏は、要約力が頭のよさを図る指標である理由について、要約が「情報の取捨選択」をする行為だからだと記している。
わかりやすいのは、分厚い本を読む場合のことだ。そんなとき現実問題として、その本の内容をすべて記憶することは不可能である。それは東大生でも同じだが、しかし彼らは、何百ページにも及ぶ教科書の内容を記憶し、何千ページもの論文を読んで研究を行っている。なぜ、そんなことが可能なのか?
その答えこそが、要約力なのです。「ここが大切なんだな」というポイントを理解し、その点だけをピンポイントで覚えているからこそ、何百ページもの本の内容を覚えることができるのです。
要は、無意識のうちに重要なところにマーカーを引く能力が高いのです。(70ページより)
端的に言えば、覚えるべき「ひとつ」を探す能力こそが「要約力」だということだ。その証拠に東大生の多くは速読の使い手で、どんな文章でもさっと読むことができるという。
つまり彼らの多くは、「キーワード」を探して本を読んでいるという場合が多いのだ。「これは、このキーワードについて書かれた文章だな」「なら、このキーワードの周辺を読んでいけば、自ずと要点が見えてくるだろう」というように、その文章の中から重要なキーワードを探し、その部分を重点的に読み、それ以外の部分を切り捨てているわけである。
余談だが、私もまさにこの方法で多くの本を読んでいるので、十分に納得できる話だと感じた(そういう意味でも、決して選ばれた人にしかできないようなことではないのだ)。
ビジネス書には、要点にマーカーが引いてあるものが少なくない。マーカーが引いてある部分の周辺だけを読めば、おおよその内容をつかめるようになっているのである。同じことで、つまり頭のいい人は、マーカーを自分で勝手に引く「目」を持っているということだ。
■みんなが見えていないポイントを見る
だとすれば、その「目」がなければ、いつまで経っても要約力は身につかないのだろうか? 答えはノーだ。なぜならその「目」は、「日常の解像度」を上げることで養えるものだからだ。
どうすればキーワードを見つける「目」を養えるのかと言えば、答えは単純明快。見るポイントを変えればいいのです。ものの見方1つで、いとも簡単に要約できるようになります。
これは比喩でもなんでもありません。本当に東大生は、みんなが見ないようなところを見て要約力を高めているのです。(72ページより)
歴史の教科書を例に考えてみよう。言うまでもなく受験生の多くは、本文を読んでテストに出そうなところにアタリをつけ、そこにマーカーを引いて勉強してるはずだ。だが、東大生の場合は違うのだというのである。
歴史の教科書には各章の冒頭に、「その時代の背景」がまとめられている。例えば、「古代ローマとは、こういう時代です」「江戸時代には、こんな背景があります」というように。それらは、試験に出るような事項ではない。しかし、東大生はそこを熟読するというのだ。
もちろんそれは歴史の教科書に限ったことではなく、すべての教科に当てはまる。教授の話を聞く前には「教授がどんな人か」を調べ、学問の勉強をする前に「その学問の生まれた経緯」を調べ、本を読む際には表紙や帯・目次を読んで、それがどういう本なのかを調べるのである。
具体的な内容に入る前に、「前提・背景」を調べるということだ。教授の話の中身や教科書の本文に入る前に、そこに至る以前の「上流」の部分を知ろうとするわけである。
■東大生は、上流を見ることで本質に至る
例えば、ペリーが浦賀に来航した1853年という年を覚える場合、普通は語呂合わせを使ったり、何度も口に出してみたりするはずだ。
しかし、東大生は違います。
「1852年でも、1854年でもなく、なぜ1853年だったんだろうか? きっとそこには、理由があるはずだ」
というふうに、「1853年だった理由」を探そうとするのです。
すると、「1853年にペリーが来た」のは偶然ではなく、きちんと理由があることがわかります。(45~46ページより)
事実、1853年について調べてみると、ペリー来航の数カ月後に、ヨーロッパでクリミア戦争が起きていることがわかる。
当時、日本を開国させたいと思っていた国は少なくなかったはずだ。そして、そんな状況だからこそアメリカが、「ヨーロッパで緊張が高まっているいま(1853年)なら、他国に邪魔されずに日本を攻めることができるかもしれない」と考えたのではないかと推測することができるわけである。
またアメリカは1848年まで、日本に近い西海岸に領土を持っておらず、西海岸に到達したのは1848年のことだった。西海岸にアメリカ人が雪崩れ込んだのは1849年からで、そのためいまでも西海岸・サンフランシスコのフットボールチームには「フォーティーナイナーズ(49ers)」という名がつけられている。
サンフランシスコの人たちが「この土地の歴史は1849年から始まった」ということを誇りに思っているからこそ、その名が浸透しているのである。そして、そこから数年かけて日本に開国を迫る準備をし、クリミア戦争でヨーロッパ人が手出しできない状況下で日本に訪れたと推測できるのだ。
このようにさまざまな要因が重なったからこそ、1853年にペリーが来航したと考えられるということで、これらの要因を理解しておけば、ペリー来航周辺に起きたことの根拠などを記憶しやすくなるわけだ。
そりゃあ、丸暗記すれば、一瞬で終わります。「1853年! ペリー来航!」と口に出して、語呂合わせをつくって、紙に書いて覚えるのは簡単です。
でも、それはクローゼットの中にとりあえず服を突っ込んでいるのと同じなのです。それではいざというときに記憶の中から取り出すことはできず、すぐになくして(忘れて)しまうのです。
そうならないためには、「急がば回れ」の理論で、僕らはきちんと物事の「原因」を探さないといけないのです。(47~48ページより)
物事には、単純な「原因と結果」では説明がつかない「背景」が存在しているということである。なんにせよ、物事をより深く理解し、重要な情報を引き出す「要約」を行うためには、「背景」を知ることが重要なのだ。
■東大生がやっていることはとてもシンプル
だが要約といっても、決して難しいものではないようだ。それどころか、東大生がやっていることは非常にシンプルなのだという。
・具体的な中身に入る前に、それに至る「流れ」を理解する
・その「流れ」の中で、具体的な中身がどのように位置づけられるかを考える
・この2つのプロセスの中で、重要なポイントを探し、ラインマーカーを引くようにその点を重点的に見て、覚え、まとめる(75~76ページより)
これこそが、東大生が要約をする際に行っているプロセス。しかし当然ながら、それは東大生だけにしか通用しないものではないはずだ。要約の習慣とスキルを身につけ、活用することは、ビジネスパーソンにとっても大きな意味があるはずなのである。
そもそも『東大思考』というタイトル自体が大それているだけに、最初の段階で「自分には無理かもしれない」と感じる方もいらっしゃるかもしれない。正直にいえば私も最初は、どこかひとごととして捉えていた部分がある。
だが西岡氏が言うように、「頭がいい人」とそうでない人を分かつのは“ほんの少しの、小さな差”であることを本書は教えてくれる。別な表現を用いるなら、頭の使い方を少しだけ変えてみればいいのだ。
8/23(日) 8:11配信
東洋経済オンライン
世の中には「ステレオタイプ思考」というものがあり、そのため人はつい、表面的な固定観念によって物事を決めつけてしまいがちである。例えば「東大生」と聞いただけで「頭のいい人」を思い浮かべてしまう方は、決して少なくないはずだ。
「東大・京大への合格者が多い学校」ランキング
ところが『「考える技術」と「地頭力」がいっきに身につく 東大思考』(東洋経済新報社)の著者、西岡壱誠氏は、現役の東大生という立場からそういった捉え方を否定する。それどころか、もともと「頭のいい人」ではなかったというのだ。
高校3年生時の模試の偏差値は35。英語の成績は100点満点中3点。勉強していないからその成績だったのかというとそうではなく、毎日何時間も勉強机に向かっていました。勉強はしているのに一向に成績が上がらない、典型的なバカでした。(「はじめに」より)
「バカ」という言葉を簡単に使うのはどうかと思うが、それはともかく、東大生の代名詞でもある「頭のいい人」でなかったことだけは間違いないようだ。
では、2浪したとはいえ、なぜ東大に合格することができたのか? それは、頭のいい人のやり方、思考法をパクリまくったからなのだという。そのとき感じたのは、「頭のいい人は『思考回路』が違うんだな」という思い。思考の違いが「頭のよさ」をつくっているというわけだが、それは誰にでもまねでき、身につけられるものだというのだ。
■思考回路ならまねできる
たしかに、生まれつきの才能はまねできないかもしれない。だが、思考回路ならまねすることができる。そのような考え方に基づき、本書では多くの東大生に共通している「5つの思考回路」を解説しているのである。
CHAPTER1では「暗記しなくても記憶できるようになる」思考回路
CHAPTER2では「簡潔に話をまとめることができるようになる」思考回路
CHAPTER3では「人にうまく話を伝えられるようになる」思考回路
CHAPTER4では「他人が思いつかないアイデアを生み出せるようになる」思考回路
CHAPTER5では「難解な問題を解決できるようになる」思考回路
(「はじめに」より)
どれも実用性が高そうだが、ここでは「上流志向で『難しいことを超わかりやすく要約』できる」の中から「要約力」に注目したい。それは、ビジネスパーソンに求められるべき重要なポイントであり、頭のよさを測る重要な指標でもあるというのだ。
西岡氏は、要約力が頭のよさを図る指標である理由について、要約が「情報の取捨選択」をする行為だからだと記している。
わかりやすいのは、分厚い本を読む場合のことだ。そんなとき現実問題として、その本の内容をすべて記憶することは不可能である。それは東大生でも同じだが、しかし彼らは、何百ページにも及ぶ教科書の内容を記憶し、何千ページもの論文を読んで研究を行っている。なぜ、そんなことが可能なのか?
その答えこそが、要約力なのです。「ここが大切なんだな」というポイントを理解し、その点だけをピンポイントで覚えているからこそ、何百ページもの本の内容を覚えることができるのです。
要は、無意識のうちに重要なところにマーカーを引く能力が高いのです。(70ページより)
端的に言えば、覚えるべき「ひとつ」を探す能力こそが「要約力」だということだ。その証拠に東大生の多くは速読の使い手で、どんな文章でもさっと読むことができるという。
つまり彼らの多くは、「キーワード」を探して本を読んでいるという場合が多いのだ。「これは、このキーワードについて書かれた文章だな」「なら、このキーワードの周辺を読んでいけば、自ずと要点が見えてくるだろう」というように、その文章の中から重要なキーワードを探し、その部分を重点的に読み、それ以外の部分を切り捨てているわけである。
余談だが、私もまさにこの方法で多くの本を読んでいるので、十分に納得できる話だと感じた(そういう意味でも、決して選ばれた人にしかできないようなことではないのだ)。
ビジネス書には、要点にマーカーが引いてあるものが少なくない。マーカーが引いてある部分の周辺だけを読めば、おおよその内容をつかめるようになっているのである。同じことで、つまり頭のいい人は、マーカーを自分で勝手に引く「目」を持っているということだ。
■みんなが見えていないポイントを見る
だとすれば、その「目」がなければ、いつまで経っても要約力は身につかないのだろうか? 答えはノーだ。なぜならその「目」は、「日常の解像度」を上げることで養えるものだからだ。
どうすればキーワードを見つける「目」を養えるのかと言えば、答えは単純明快。見るポイントを変えればいいのです。ものの見方1つで、いとも簡単に要約できるようになります。
これは比喩でもなんでもありません。本当に東大生は、みんなが見ないようなところを見て要約力を高めているのです。(72ページより)
歴史の教科書を例に考えてみよう。言うまでもなく受験生の多くは、本文を読んでテストに出そうなところにアタリをつけ、そこにマーカーを引いて勉強してるはずだ。だが、東大生の場合は違うのだというのである。
歴史の教科書には各章の冒頭に、「その時代の背景」がまとめられている。例えば、「古代ローマとは、こういう時代です」「江戸時代には、こんな背景があります」というように。それらは、試験に出るような事項ではない。しかし、東大生はそこを熟読するというのだ。
もちろんそれは歴史の教科書に限ったことではなく、すべての教科に当てはまる。教授の話を聞く前には「教授がどんな人か」を調べ、学問の勉強をする前に「その学問の生まれた経緯」を調べ、本を読む際には表紙や帯・目次を読んで、それがどういう本なのかを調べるのである。
具体的な内容に入る前に、「前提・背景」を調べるということだ。教授の話の中身や教科書の本文に入る前に、そこに至る以前の「上流」の部分を知ろうとするわけである。
■東大生は、上流を見ることで本質に至る
例えば、ペリーが浦賀に来航した1853年という年を覚える場合、普通は語呂合わせを使ったり、何度も口に出してみたりするはずだ。
しかし、東大生は違います。
「1852年でも、1854年でもなく、なぜ1853年だったんだろうか? きっとそこには、理由があるはずだ」
というふうに、「1853年だった理由」を探そうとするのです。
すると、「1853年にペリーが来た」のは偶然ではなく、きちんと理由があることがわかります。(45~46ページより)
事実、1853年について調べてみると、ペリー来航の数カ月後に、ヨーロッパでクリミア戦争が起きていることがわかる。
当時、日本を開国させたいと思っていた国は少なくなかったはずだ。そして、そんな状況だからこそアメリカが、「ヨーロッパで緊張が高まっているいま(1853年)なら、他国に邪魔されずに日本を攻めることができるかもしれない」と考えたのではないかと推測することができるわけである。
またアメリカは1848年まで、日本に近い西海岸に領土を持っておらず、西海岸に到達したのは1848年のことだった。西海岸にアメリカ人が雪崩れ込んだのは1849年からで、そのためいまでも西海岸・サンフランシスコのフットボールチームには「フォーティーナイナーズ(49ers)」という名がつけられている。
サンフランシスコの人たちが「この土地の歴史は1849年から始まった」ということを誇りに思っているからこそ、その名が浸透しているのである。そして、そこから数年かけて日本に開国を迫る準備をし、クリミア戦争でヨーロッパ人が手出しできない状況下で日本に訪れたと推測できるのだ。
このようにさまざまな要因が重なったからこそ、1853年にペリーが来航したと考えられるということで、これらの要因を理解しておけば、ペリー来航周辺に起きたことの根拠などを記憶しやすくなるわけだ。
そりゃあ、丸暗記すれば、一瞬で終わります。「1853年! ペリー来航!」と口に出して、語呂合わせをつくって、紙に書いて覚えるのは簡単です。
でも、それはクローゼットの中にとりあえず服を突っ込んでいるのと同じなのです。それではいざというときに記憶の中から取り出すことはできず、すぐになくして(忘れて)しまうのです。
そうならないためには、「急がば回れ」の理論で、僕らはきちんと物事の「原因」を探さないといけないのです。(47~48ページより)
物事には、単純な「原因と結果」では説明がつかない「背景」が存在しているということである。なんにせよ、物事をより深く理解し、重要な情報を引き出す「要約」を行うためには、「背景」を知ることが重要なのだ。
■東大生がやっていることはとてもシンプル
だが要約といっても、決して難しいものではないようだ。それどころか、東大生がやっていることは非常にシンプルなのだという。
・具体的な中身に入る前に、それに至る「流れ」を理解する
・その「流れ」の中で、具体的な中身がどのように位置づけられるかを考える
・この2つのプロセスの中で、重要なポイントを探し、ラインマーカーを引くようにその点を重点的に見て、覚え、まとめる(75~76ページより)
これこそが、東大生が要約をする際に行っているプロセス。しかし当然ながら、それは東大生だけにしか通用しないものではないはずだ。要約の習慣とスキルを身につけ、活用することは、ビジネスパーソンにとっても大きな意味があるはずなのである。
そもそも『東大思考』というタイトル自体が大それているだけに、最初の段階で「自分には無理かもしれない」と感じる方もいらっしゃるかもしれない。正直にいえば私も最初は、どこかひとごととして捉えていた部分がある。
だが西岡氏が言うように、「頭がいい人」とそうでない人を分かつのは“ほんの少しの、小さな差”であることを本書は教えてくれる。別な表現を用いるなら、頭の使い方を少しだけ変えてみればいいのだ。