ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



 私って、どうしてもっと背が高く生まれなかったのかしら。どうして、太る体質に生まれちゃったのかしら。もっと小顔に生まれたかったわ。足は、もっと長かったら・・・。なーんて不満抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『仏陀再誕〔携帯版〕』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

あなたがたの多くは、肉体的外形にとらわれすぎる。
あなたがたの多くは、肉体の悩みにとらわれすぎる。
自分の体を見、背が高いとか低いとか、
太っているとか痩せているとか、
美人であるとか、そうでないとか、
いろいろなことを苦にし、日々それを話題にしているであろう。
しかし、これなども愚かな人びとの考えであると、私は思うのだ。
肉体というものは、ひとつの乗り物であるのだ。
ひとつの乗り物であって、
魂が今世において修行をすることができれば、それでよいのだと思う。
それ以上を願うな。
魂の修行のために、十二分に役に立ってくれるのであるならば、
それでよいではないか。
それ以上のことを願ってはならない。
それ以上のことで、思い煩(わずら)ってはならない。
心に誓って、
肉体のみのために、肉体のことのために、
悩みすぎないことが大事だ。
悩まなければならないことは、もっとほかにある。
その心だ。
その心をこそ、悩め。
その心の悪しきことを、
間違いに満ち満ちていることをこそ、悩め。
心が美しくないかどうかを悩め。
心が美しくなければ、それは自然とまわりに表われる。
心美しくなくば、その人の目は美しいものとはならない。
心が乱れているならば、
心が澱(よど)んでいるならば、
その人の目は曇ってゆくであろう。
その人の目は、邪悪な光で満ちることになろう。
その人の目は、陰険な思いをたたえるようになるであろう。
心高慢とならば、その人の鼻は実際以上に高く見えるであろう。
いつも、ツンとした高い鼻のようにも見えてくるであろう。
心正しくなくば、その人の口は曲がって見えるであろう。
常に、他の人に皮肉を言い、
常に、他の人を批判する人の口は、とんがり、また曲がるであろう。
そのようないやな口となって、表われてくるであろう。
また、心穏やかならざる人は、
その身のこなしにおいて、表われてくるであろう。
常に、他の人を責め、他の人をさいなむ人には、
それなりの身のこなしがあるであろう。

しかし、心穏やかなる人は、
時間のなかにあって、時間を忘れさせる。
地域のなかにおいて、地域を忘れさせる。
人びとのなかにあって、人びとの存在を忘れさせる。
それは、常に柔和で穏やかであるからだ。
柔和で穏やかである、そういう心の持ち主の肉体は、
決してまわりの人に不愉快を感じさせない。
人びとよ、肉体を調律する前に、
まず心をこそ調律せよ。
肉体を素晴らしいものとする前に、
まず心をこそ素晴らしいものとせよ。
日々、柔和となれ。
怒ってはならない。
(そし)ってはならない。
愚痴ってはならない。
以上のことをよく心に刻め。
(135~140ページ)

誰の肉体だっても完璧ではない。

その弱点の部分に悩んでいる暇があったら、心を整えること。

つまりは「心の修行」をすることで、じつはとても美しい人になれる。

そんな大事なことを、大川隆法先生は教えておられたのではないかと、改めて私は感じいっているのです。

 

携帯版 仏陀再誕 THE REBIRTH OF BUDDHA ―縁生の弟子たちへのメッセージ― (OR books) 『仏陀再誕〔携帯版〕』

 大川隆法著


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