息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

静かな黄昏の国

2013-11-26 10:05:03 | 著者名 さ行
篠田節子 著

あの地震で復刊されたといういわくつきの一冊……らしい。

原発後の日本を舞台にした表題作は素晴らしい。
経済力とともに発言力も政治力も失った近未来の日本では、
すでに生鮮食品というものは庶民の口には入らない。
力をつけた中国から来る酸性雨によって植物は壊滅し、
見て楽しむ緑すら既にない。
品種改良や育成法で解決しようとした時期は束の間で、
すぐに合成繊維製の植物が、季節に合わせて色や姿を変えるほうが
安価であるとして取り入れられる。
あのオリンピックのとき、芝生に緑の塗料をまいていた光景が
よみがえり、ぞっとしたのは私だけではないはずだ。
世界の方向性がそうなったとき、清潔や細やかさや高い技術で
生き延びようとした日本の価値観では太刀打ちできない。

ただ老いてなんの価値もない、過去の国・日本。
寂れた古い都営住宅に住む老夫婦のもとにわずか500万円で入れるという、
終身介護施設リゾートピア・ムルへの誘いが来る。
そこに入れば長くても3年しか生き伸びないという。
それは強制的な延命が行われないから、というのだが。

ユートピアのような森の中、本物の木でできた家に住み、
新鮮な野菜や魚を口にする日々。
しかし、そこには奇形の魚が泳ぐ湯の川が流れ、巨大なきのこがはえ、
双頭の鹿が遊ぶ。
そして住む人々は次々と死へと向かっていくのだ。

なぜそんな森が残っているのか。
それは核の中間保管施設だったから。
目に見えない毒に犯された美しい世界。

こんなに恐ろしい話なのに、長く生きた終わりにこんな暮らしも
悪くない、と思った自分が怖い。

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