平家物語・義経伝説の史跡を巡る
清盛や義経、義仲が歩いた道を辿っています
 




平重衡は鎌倉に護送される途次、池田宿(現、静岡県磐田市)の長者、
熊野(ゆや)の娘侍従のもとに一夜の宿をとります。
かつて主要な街道には、遊女を置いた大きな宿場があり、その一つ、
池田宿は、天竜川を渡る際の宿駅で平安時代には成立していました。
この宿(しゅく)の長者(遊女の主に女主人)が抱えていた遊女と
義朝との間に生まれたのが源頼朝の弟範頼です。

JR豊田町駅北口前のユーバス乗り場
藤の花と熊野御前が描かれたユーバスで行興寺を訪ねました。

侍従は重衡を見ると「おいたわしや、世が世なら
とてもお近づきになれないお方なのに、
このような所においで下さるとは…」といって一首の歌をさしあげました。
♪旅の空 埴生の小屋のいぶせさに ふるさといかに恋しかるらん
 (旅の空でこんなみすぼらしい宿にお泊りになって、
どんなにか故郷が恋しいことでしょう)

これに対して重衡は、
♪ふるさとも恋しくもなし旅の空 都もついのすみかならねば 
(旅にあっても故郷が恋しいとは思いません。
都はもはや安住の地ではないのですから)とあきらめの心境の歌を返しました。

重衡は彼女の歌に感心して、「どのような女性であろうか」と
護送役の梶原景時に尋ねると
「ご存知ありませんか。宗盛殿(重衡の兄)が遠江(静岡県西部)守だった時、
見そめ都に召して寵愛されていた女性です。老母を故郷に置いていたので、
しきりにお暇を願いましたが、お許しがないので花の季節三月になって、
♪いかにせん都の春も惜しけれど なれし東の花やちるらん
(この都の春も名残惜しいのですが、こうしている間にも東国の花が
散ってしまうかも知れません。「あづまの花」は、故郷の母を暗示しています。)と
詠んだ一首に宗盛殿は心を動かされ、帰郷を許したという
海道一の歌の名人です。」
と答えました。(平家物語・巻10・海道下)

平宗盛と侍従の逸話を題材にして脚色されたのが謡曲『熊野』です。
春爛漫の京を舞台に病気の母を思う熊野の姿が詩情豊かに描かれています。
ただ謡曲のヒロインの名は熊野ですが、
『平家物語』では熊野の娘侍従とするものが大部分で、
謡曲と同じく女主人公の名を「熊野」とするものは底本のほか屋台本があります。
筆者がテキストに使用しています
「新潮日本古典集成」(百二十句本を底本)は、
女主人公の名は熊野で、覚一本系「角川ソフィア文庫」は侍従です。

「時は平家全盛期の京、平宗盛の寵愛する熊野のもとに池田宿から侍女の
朝顔が母の手紙を持って訪れます。文には病状が思わしくないので、一目でも
会いたいという母の願いがしたためられていました。熊野は宗盛に暇を願い出ますが、
宗盛は「この春ばかりの花見の供」と帰郷を許さず清水寺への供を命じます。
牛車で行く道すがら、東山の桜は今を盛りと咲き誇っていますが、
母を案じる熊野の気持ちは沈むばかり。
やがて酒宴がはじまり涙をおさえながら舞を披露します。舞の途中、
にわかの村雨に散る桜の花に母の命を重ね合せ、花びらを扇ですくって硯にあけ、
♪いかにせん都の春も惜しけれど 馴れし東の花や散るらん と一首短冊にしたためて
宗盛に差出すと、宗盛はさすがに熊野の心を哀れと思い暇をとらせました。
後に宗盛の死を知った熊野は尼となり、33歳の若さで生涯を閉じたという。」
(謡曲・熊野)


行興寺周辺には、多くの旅人や華やかに装った遊女が行き交う時代がありました。

熊野が母の冥福を祈るために建立したのが行興寺の始まりといわれます。
寺伝によると、熊野は池田の長者が熊野権現に祈願して授かった娘といわれ、
この寺の長藤は熊野が植えたものと伝えられています。
本堂に向かって左側に国指定天然記念物の老木があり、
ほかに5本の県指定天然記念物の長藤があり、熊野公園および行興寺境内を合わせた
藤棚面積約1,600平方メートルを誇る藤の名所です。


本堂を囲むように藤棚が広がっています。

本堂の傍には熊野と母、侍女朝顔の五輪塔が祀られています。

向って右が熊野の母の墓、左熊野の墓


国指定天然記念物の藤の老木

西法寺跡の土地千坪を借りて整備された
熊野記念公園には、立派な能舞台と伝統芸能会館があります。

行興寺の本堂裏、熊野(ゆや)公園に建つ能舞台


行興寺の西方には、暴れ天竜と恐れられた天竜川の「池田の渡し」がありました。
「池田の渡し歴史風景館」には、1000年も前から続いていたと
記録されている
池田の渡船の歴史が展示されています。

現在の池田の渡し前

池田の渡し前の常夜燈がわずかに往時を偲ばせています。
『アクセス』
「行興寺」静岡県磐田市池田330
JR「豊田町駅」北口から循環ユーバス「ゆや号」乗車約25分
(1時間10分に1本程度 日曜日は運休)「熊野公園入口」下車西へ徒歩約3分
「熊野公園口」から「JR豊田町駅」乗車時間は約50分 ご注意ください。 
長藤まつり期間中の土・日曜日およびゴールデンウィーク中は、
臨時シャトルバスが運行されます。
「池田の渡し歴史風景館」静岡県磐田市池田300-3
(休館)月曜日・毎月最終火曜日・祝日の翌日、年末年始 
9:00~17:00 入館料無料 行興寺から西へ徒歩約3分
『参考資料』

「平家物語」(下)角川ソフィア文庫 新潮日本古典集成「平家物語」(下)新潮社
 水原一「平家物語の世界」(下)日本放送出版協会 
「静岡県の地名」平凡社 「静岡県の歴史散歩」山川出版社
「らんまん花舞台」(産経新聞・夕刊・2008・4・8)「古典芸能」(産経新聞・朝刊・2008・3・19)

 

 



 

 

 



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