風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

北朝鮮の非道

2020-06-06 23:23:28 | 時事放談
 北朝鮮に拉致された娘のめぐみさん(失踪当時13歳、現在55歳)を救出する活動に後半生を捧げて来られた横田滋さんが亡くなられた。ニュースでお見掛けするたびに年老いて行くお姿に、私も子を持つ親としていたたまれない思いでいたが、ついに再会を果たせなかった無念の思いは察するに余りある。
 私には、拉致問題とそれほど遠くない(でも近いとも言えない)ご縁がある。
 薩摩半島の西岸に広がる吹上浜は、「日本三大砂丘」の一つに数えられる風光明媚な砂浜だ。残る2つは、言わずと知れた鳥取砂丘と、静岡県の遠州大砂丘(別名:南遠大砂丘)で、大きさで言うと吹上浜は全長47キロで、鳥取砂丘の三倍もある(因みに南遠大砂丘は遠州灘沿いに約30キロ)。私にとっては生まれ故郷の地元の海・・・と言いながら、ほどなくして大阪に引っ越したので、記憶にあるのは昭和50年8月に帰省したときのものだ。今では観光振興の祭典まで行われているらしいが、当時は真夏だというのに人っ子一人いない、様々な南国の貝殻が散らばる、東シナ海に面した美しい海岸だった。鑑真和尚が上陸を果たされた坊津とともに、私の血肉を生んだ故郷としてイメージする原風景である。
 その3年後の同じ8月に、この砂浜で、市川修一さんと増元るみ子さんが拉致された(まあ、ニアミスとは言えないほどの時間差なのだが)。拉致の多くは日本の朝鮮半島側の新潟や鳥取で実行されたことが分かっているが(一部には欧州でも)、まさか地元のあの長閑な海岸で、しかも私が訪れた後だったという同時代性に驚くとともに、あの静けさでは拉致という大罪にも気づかなかったのだろうと妙に納得し、思わず身震いしたものだった。
 横田めぐみさんは、タイミングとしてはその1年前の11月15日午後6時半頃、中学校(新潟県)のバドミントン部の練習を終えて、友人2人と一緒に校門を出た後、自宅まであと200メートルのところで姿が確認されたのを最後に、行方不明になったとされる。日常性と非日常性が曖昧に接する、なんと残酷な空間であろう。
 その後、小泉訪朝を契機に、拉致被害者の内5名が無事帰国されたが、潜在的には数百名、Wikipediaによると、2012年11月1日時点で「拉致の可能性が否定されない特定失踪者」として捜査・調査が行われている対象者は全国で868名にものぼるという。
 北朝鮮によるこの忌まわしい国家犯罪を、日本は十分に糾弾できないでいる。北朝鮮は「日本が解決済みの拉致問題を意図的に歪曲し誇張するのは、日本軍が過去に朝鮮人民に働いた犯罪を覆い隠す為の政略的目的に悪用する為だ」「日本が誠意を示せば、何人かは帰す」などと開き直って、盗人猛々しいにもほどがあるが、在日朝鮮人の朝鮮文学者・金時鐘氏は「植民地統治の強いられた被虐の正当性も、これで吹っ飛んだ気にすらなった」「拉致事件に対置して『過去の清算』を言い立てることがいかに冒してはならない民族受難を穢すことであるかを、私達は心して知らねばならない」と嘆いたということだ(Wikipediaより)。
 新型コロナ対応での日本の緩さ加減は、ある意味で美談と言えなくもないが(それを麻生太郎さんは民度と呼んだ気持ちは分からなくはないが、相変わらずちょっと誤解を招くものの言いだ)、この拉致事件があるからこそ、主権国家としての日本には重大な欠陥があり、私は戦後75年の(一見)平和な歩みを全面的に認められないでいる。北朝鮮の非道は、とりもなおさず日本の国家の欠陥と裏腹の関係にあり、政治の問題と言うより私たち日本人の一人ひとりに突き付けられた問題であることを忘れるべきではないと思う。

PS) 産経新聞に寄稿された元産経新聞記者・阿部雅美氏のコラムを読んだ。氏が新米記者だった1980(昭和55)年、「北朝鮮による男女4組の拉致疑惑・拉致未遂事件を大々的に初報したが、産経の荒唐無稽な虚報、捏造として葬られた」経験をもち、横田滋氏との思い出を綴られる。「人前で父親の心情を吐露することの少なかった滋さんがもらした一言が忘れられない。『なんで助けてくれないの、といつもめぐみに責められているような気がしましてね』」
 一昨年春、横田滋氏のご自宅で久しぶりに会った時のことは次のように記されて、切なくも、心に響く。「2時間余、早紀江さんの傍らで一語も発しなかったが、目には力が宿り、すがすがしい笑みさえ見せた。満足いく結果が得られなかった無念さはあるが、親にできることは全てやり尽くした、そんな充足感ゆえではないだろうか」。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« アメリカの暴動を嗤う中国 | トップ | 中国の深謀遠慮 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

時事放談」カテゴリの最新記事